2018年01月08日

慈雨 その5 黒い雨から軽武装へ

日本は戦争末期に2発の原爆を落とされた。既に敗戦は確定していたにも関わらず。米軍の主たる目的は「使ってみよう、どうせ死ぬのは東洋のチビ猿だから」。そして黒い雨が降った。

 

その後吉田茂は日本の首相となり日本は米国の武装を借りて自国は軽武装で兵器にカネを使わずその分を鉄鋼、造船、自動車など第2次産業に振り向けて成功した。

 

ある意味戦後の日本政治家も米国に対しては上手い戦術を用いて、負けたふりをして実利を得ていた部分もある。

 

しかし21世紀になり世界の様相は変わった。日本も変わらざるをえない。変化出来ないものは滅びるしかないのだ。

 

では米国相手の傘寸借詐欺が通用しなくなった日本は今後どうするか。

 

その意味で現政権の方向性は正しい。普通の、主権を持つ国家に戻ることだ。米国から距離を置き中國と今のうちに対等に付き合える関係を構築する(軍備は最後に語る)。

 

その為の第一歩が権力あって責任なしの官僚から権力を奪い彼らの霞が関城を落城させて本来の優秀な役人として政権に対して政策選択肢を示す公僕とする。政権はその選択肢を国民視線で考えてどれが国民にとって一番良いかを判断して責任を持って実行する。失敗すれば次の選挙で落とされる。

 

まず外務省にあっては儀式とワインの万引きと個人資産を増やすことしか考えない連中を追放する。今の在外公館は主たる仕事が日本から来た有力者の接待なのだから、現業部門はビザ発行も含めてJTBにでも任せればよい。

 

財務省は優秀であるが現場を知らず仕切ろうとするので失敗する。なので局長クラスから上は政府が現場を知る民間から優秀な人材を高い給料で雇用して5年程度の任期で官僚と民間が行き来出来る仕組みを作る。野村證券と財務省スタッフが5年毎に入れ替われば良い。

 

内政においては50年計画で日本の将来を描く。ここで大事なのは国民を今までのような使い捨ての駒にするのではなく日本人を中心とした使い捨てでない本当の意味での民主主義が自然と入り込めるような仕組みを作る。ここに必要なのは数字が分かる哲学者である。亀井勝一郎が生きていたら面白いが今の時代なら稲盛和夫だろう。

 

教育に関しては日教組を完全に排除し公務員としての労働組合行為を一切禁止する。労働活動したければ民間企業に行け。学校卒業して民間企業で働いた事のない先生が将来社会に旅立っていく子どもたちにどのような助言が出来るか?

 

道徳授業の復活も良いがむしろ現代社会と現在の世界の現実を教えて子どもたちに考えさせる教育を身に着けさせる。日本人は放っといても一致団結するのだから学校にいる時くらい自分の頭でモノを考える自主的行動性を身に着けさせることが必要だ。でないと何十年経っても社会のリーダーとしての英米には勝てない。日本で何故マイクロソフトもアップルもグーグルも生まれないのか?

 

このようなことを実行するにはまず雇用の流動化である。最高裁判決を廃棄して新しい時代に合った社会に作り直す。

 

この際に転職教育を充実化させる。その上で官民交流を行う。こうやって「外圧」ならぬ「高圧」で上から一気に下に向けて明治維新のように社会構造を大変化させる。

 

国家の主は国民であり国家の主権は国民にある。憲法は政府を統治するための手枷足枷であり憲法は国民を縛るものではない。それは憲法の前文に明確に述べられている。

 

憲法改正するならその前に国民全員に現在の憲法が何を主張しているか理解させることだ。国民を国民らしく扱うことだ。

 

そして最後に軍備を考える。

 

憲法を読み今の日本が置かれた地政学的位置を確認して何を武器とするかを考える。

 

最近から振り返れば、

太平洋の西の端で米軍の傀儡不沈空母として中ロに対抗していた時代。

太平洋を渡って米国まで戦争を仕掛けた時代。

中國とロシアをそれぞれ別々に何とか撃破した時代。

長い鎖国の時代。

北は千島から蝦夷、十三湊、新潟、舞鶴、博多、鹿児島、琉球、広州までと広がった日本海大貿易時代。

 

この長い歴史の中に日本が平和的に生き残れる要素がある。それは貿易と経済の繁栄である。

 

フェニキア人の時代ならいざ知らず世界がこれだけ狭くなる中で国家間の全面戦争は起こりにくく、起こるとすればそれは何かの理由が他に存在するしそれは長続きしない。

 

アイザック・アシモフが考えた本当に長続きする国家とはそれは戦争力を持つ国家ではなくて経済力を持つ国家であった。他国からすれば破壊するよりも自国に取り込みその技術を学びたい、そう思わせる国家であった。

 

今の日本が成長する素地は経済と技術にある。失敗を恐れてばかりで起業家を生まない国に成長はない。

 

結局今の日本を良くするのは全体社会主義を止めて本当の意味で国民視点の市場主義を導入することである。問題は今の日本人が首に鎖の付いてない状態を不自由と感じる国民性かどうかである。



tom_eastwind at 07:24│Comments(0)諸行無常のビジネス日誌 

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