2018年01月16日

さらば1万円札

去年から議論が出ているのが日本銀行が発行する1万円札の廃止である。

 

仮想通貨、フィンテックによるスマホ決済、中國のアリペイ等電子通貨が次々と登場して来て中國では乞食や大道芸人もアリペイ決済と言う時代になった。

 

政府としては通貨は管理したい。誰がいくら持っているか知るのに電子決済であればすべての資産の把握がネットで一発で出来る。

 

そんな時代に現金1万円札?1万円あれば都会のビジネスホテルに泊まって近くの店でせんべろ楽しんで翌朝はコンビニでコーヒーとドーナツが楽しめるぞ。

 

てか1万円札がたくさんあれば大きな現金決済に使われてお金の行く先が分からなくなるから税務署も把握が大変。それなら1万円札を廃止すればどうよ?と言う話が出てくるのだ。

 

すでにインドでは高額紙幣を廃止したり北欧でも現金通貨の流通を止めてすべて電子決済にしようとしている。

 

今時日本ではコンビニでもお財布携帯、クレジットカード、最近では鉄道系カードで決済とか広がっている。

 

実際に僕も日本のコンビニで買い物をする時、以前は現金しかなくて不自由したものだ。到着した空港で現金を引き出すけど基本1万円札。

 

それでコンビニ行って水やパンやカップヌードル買ってお釣りが8,958円とかになるとポケットじゃらじゃらだ。小銭は重いしポケット膨らむし、かと言ってアタッシュケースに入れてると買い物の時につい忘れてしまい、オークランドに戻って使えない日本の小銭を見つめることになる。

 

オークランドでの生活ではEFTPOSと言うデビットカードとクレジットカードが一枚になっているので朝起きて会社に行く途中でスムージー買ってお昼ごはんを屋台のようなお店で食べてスタッフ用にドーナツ買って訪問先の駐車場で駐車料金払って自宅に戻る途中にガソリンスタンドでガソリン入れて、これで自宅を出てから自宅に戻るまで一度も現金を使わずに生活出来る。

 

オークランドで生活してて日本に出張すると「そう考えると日本って現金文化だな」そう思ってたらここ数年でカードが普及したので随分と支払いが楽になった。現金でさえも到着空港のATMなら外国のカードでお金を引き出せるからこれで非常用の現金は確保出来る。

 

なので僕にとっては日本で現金がなくなるのは有り難い話であるが、やはり多くの日本人にとっては現金文化が根づいているのでいきなり1万円札廃止と言う事にはならないだろう。

 

フィンテックの発達でビットコインが成長しているがあれは中央政府が管理出来ない。ならばブロックチェーンの仕組みを政府が導入して政府が主体となる電子通貨「円コイン」を発行して徐々に市場に出回っている現金を回収して電子通貨に切り替えていく。

 

その際には国民全員にまず政府発行の「円コインカード」を支給するがここにはマイナンバーが全て付設されている。国民がどこで決済しようがどこの銀行に入金しようがマイナンバーで全て把握出来るし現金がないのでタンス預金も出来ない。

 

2020年に向けた国内銀行の名寄せ作業はすでに大手IT企業が受注して作業の真っ最中である。

 

マイナンバー発行→国内銀行名寄せ→国外財産調書→共通報告基準(CRS)→通貨の廃止→泥棒にも課税出来る仕組みの出来上がりである。

 

もともと消費税を導入する時に欧米では「泥棒からでも課税出来る仕組み」と言ってた。そりゃそうだ、泥棒だって盗む時に税金は払ってないけどレストランで食事したり買い物したらすべて消費税を払っているから、泥棒からでも取れる税金となっているのだ。

 

消費税は世界的に観て今後も定着していく税制であり企業への法人税を減らして経営者がいちいち節税対策しなくて済むようにして、その代わり経営者には高級車買ってもらい高級レストランで食事してもらい、その度に消費税を払ってもらう。政府としてはこの方が手間いらずだ。消費税はNZなら現在は15%だ。

 

国民から確実に税金を取る。この仕組の未来版が現物通貨の廃止である。原始時代の石の通貨から始り天保銭、日本銀行発行の円と続いてきた通貨の歴史がインターネットとファイナンスの発達と融合でいよいよ通貨自体がなくなる。

 

そのことで中央政府が国民の資産管理が出来て課税も適正にできて、政府からすれば「あはは!」である。国民からすれば「払ってもいいけど、何に遣うんだよ?消費税って君らが消費をするために国民が納税しろって事かい」ってなるだろうな。

 

僕はニュージーランドで20年間ビジネスをしているがその間消費税、PAYE(源泉徴収)、どれもこれも馬鹿正直に払ってきた。何故なら税金を払ってもそのお金で僕の子どもたちが小学校から大学まで行けるわけで、住んでる地域で医療が提供されて生活に困った人たちに補助金が支払われて誰でも平等にこの社会に乗り出していけるからだ。

 

1万円札がどうなろうが構わないが、一体日本は誰のための政府であるのか、ただそれだけである。



tom_eastwind at 16:29│Comments(0)諸行無常のビジネス日誌 

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