2018年02月13日

紳士

「俺は、他の正義漢とは違う。敵のレベルまで落ちるのを恐れないからだ」

マーク・グルーニーの小説「暗殺者の鎮魂」に出てくる言葉であるが、これよく分かる。

 

僕自身が海外で30年生活をする中で覚えたのは、それがビジネス取引であれ直截な喧嘩であれ個人的な付き合いであれ、とにかくカウンターパートナー(味方)なりカウンターパート(敵)があれば彼らと同じレベルに自分を置くことである。

 

紳士に対してはこちらも紳士として接して紳士でない人に対してはこちらも紳士でない態度で接する。

 

一般的な日本人の場合はどうしても自分のスタイルと言うものを確定してしまい、相手がどうであれ自分の流儀でいくということになる。その方が面倒臭くないってのが大半の理由だろうが。

 

しかし世界には様々な考え方の人間が60億人いる。そしてそのうち少なくとも20億人は飢えている。

 

そして彼らは自分が生き残るためなら相手が死んでも気にしない連中である。

 

彼らの手の中にあるAK47自動小銃の引き金を引いて雇い主から金をもらう。殺した相手が誰なのかどうでもいい。

 

香港時代は随分いろんな事を観てきたしやって来た。何故なら相手がいろんな事をやるからだ。1990年代当時は重慶大厦も健在で偽造パスポート、密輸入、麻薬、何でもありだった。

 

中国本土から中国公安警察の支援を得たギャング団が高速ボートで香港にやってきてAK47を振り回して狙いをつけた麻雀荘を襲撃してそこにいる客から金目の物を全て奪い撃ち殺す、そういうのが日常茶飯事だった。深センでは香港のビジネスマンが建てた工場を狙ってビジネスマンを誘拐して身代金を持ってきた秘書を殺し奪ったカネを車に積み込み、同時にビジネスマンの身体をバラバラに刻み四川省まで行く道すがら10km毎に捨てていく。

 

当時の欧州人からすれば香港は東洋の真珠でありながらそこで働くと言うのは東京都中央区で生まれ育った若者がいきなり九州の福岡に転勤と言う感覚であり「箱根の山を越える様なお話であれば退職致します」であった。

 

このあたり元外交官でありMI6であったジョン・ル・カレの小説スマイリー三部作の「スクールボーイ閣下」の冒頭の場面によく描かれている。

 

そんな本を香港で読みつつ目の前にいる欧州人や香港人や大陸中国人の行動や考え方を学びつつ、あ、こりゃ状況に合わせて自分を変えないと世界では生きていけないぞと思うようになった。

 

だから今のんびりしたオークランドで生活をしながら「紳士」の定義を書くアメリカ人を興味深く読んでいる。

 

表面的にはのんびり観えても常に相手に合わせて自分を変えていくことは忘れていない。のんびりしたってのはあくまでも仕事をしてない時であり、仕事をする時はカメレオンのように状況に応じて自分の身体の色を変える必要がある。

 

もちっと休めば?と言われそうだが、休むのは死んだ後にいくらでも出来る。まずは今を生きることだ。その為に自分自身を変化させる。その事を絶対に忘れない。



tom_eastwind at 05:47│Comments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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