2018年03月29日

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日本の新聞メディアは長い歴史の中で日本政府と組んで盤石の経営体制を築いてきた。最初は戦前の大本営発表の垂れ流し。戦争に勝ってます!記事を書くことで何も知らない国民を戦争に向かわせた。

 

その結果として死んだ300万人の日本国民の責任は誰も取らず戦後は左翼新聞と正反対の方向に「転向」した。政府を攻める記事を書いたが、裏では新聞と政治は完全に結託していた。新聞はガス抜きとして活動することで政府から様々な援助を受けてきた。

 

日本にテレビが入って来た時、日本にはテレビに関する法律がなかった。そこで新聞社がそれぞれの地域でテレビ局の親会社となり独占(寡占)免許を与えられてここに戦後のマスコミ体制が成立する。

 

広告はその地域で売る必要があるから、その地域のテレビ新聞に掲載され、どちらのメディアも認可制であるから地域広告を独占した。

 

これでメディアの戦後の長い「お花畑」時代が始まるのである。

 

20世紀の終わりに発明されたインターネットなど経営陣は誰も分かろうともせず無視放置、その結果として21世紀になりネットが強力な広告獲得合戦のライバルになると、さあどうするかと悩んでしまった。

 

けど悩む以前に30年と言う長い時間があったよね。誰かが早い時期からインターネットの持つ爆発的な力を理解して対応すればまだ良かった。ところが当時の経営陣は「自分の在任中に爆発さえ起きなければ」と問題を先送りした。

 

先送り、これこそ日本が世界との戦いに負けた時の主因の一つであるのは明白なのに「今そこにある危機」を先送りしたことでネット爆弾の威力はますます強力になった。



tom_eastwind at 17:53│Comments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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