2018年08月09日

火垂るの墓




野坂昭如は「火垂るの墓」の作者として知られているがデビュー作は「エロ事師たち」である。

 

タイトルだけ見れば「やだ〜!」と思うだろうが、内容は火垂るの墓と同様にしっかりと第三者的な視点から描かれており、下町の人々の生きざまを生々しく書き出している。

 

ブルーフィルムなど今は存在しているのだろうか。1970年代の那覇の「波の上」のバーで観たのが最後である。当時はその足でジャッキーステーキハウスに通ったものだ。あれは米軍支配の沖縄の名残を伝える名店である。戦争には負けたけど、商売では負けないさー、そんな気持ちが野坂昭如とかぶる。

 

彼は作家でもあり作詞家でもあり漫才師でもあり銀座のバーでテーブルの下に潜りこみ女の子の足の間を探す男、ある意味人生を達観した男と言える。

 

この場合「達観」とは人生を諦めるという意味が内包される。

 

彼は小説を書いて出版社に出す際に自分のことを「私は小説家ではありません、売文家です」と言ってたそうだ。

 

売文家、それは本来自分のために書くべき文章を他人に売り渡してカネを稼ぐという卑しい意味になる。

 

しかし野坂昭如の文章は透徹しており、その技術の高さは生半可ではない。むしろ最近出てくる自称「小説家」とか、昔の話で言えば自分の下ネタばかり書く「国境のトンネルを越えたら雪国だった」とかより数段上である。

 

なんで同じエロネタでも片方は小説家と自称し片方は売文家というのか、文学界は時代を越えてまさに摩訶不思議な世界である。

 

野坂昭如の話を持ち出したのは終戦が近くなったからだ。僕は小説の「火垂るの墓」を一度読みそれ以来絶対に読み返さないと決めた。アニメ化されたりしても絶対に観ない。

 

あれほど悲しい物語を透徹した視点で書くことが出来た野坂昭如はすごい。あまりにその視点がきつすぎて一度読んで泣いてしまい二度目も同じだなと分かるから読み返さないと決めた。戦争反対の気持ちが起こるし子供の命を守ろうぜという気持ちも伝わってくる。

 

しかし、多くの人に読んでもらいたい作品である。戦争で負けることの悲惨さ、子供を守れない国家、餓死する子どもたち、こういう現実をしっかりわかった上で戦争するかどうかを語るべきである。



tom_eastwind at 12:22│Comments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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