2004年 移住とは自分を知る事

2005年07月22日

2003年11月 あなたの宗教は?

TwelveYO

 

外国に来て日本を見つめ返す機会が増えたと思う。外人に質問されて、「あれ、私って随分日本の事知らないんだな」って感じる事があると思う。そんな貴方が、外国人に話し掛けられても困らないように、今回は「宗教」を取り上げてみました。

 

あなたは無宗教?

 

今あなたがHSファミリーから、「君の宗教は何?」と聞かれたら、何と答えるだろう?おそらく殆どの人が「無宗教です」と答えるだろう。

 

しかし、無宗教というのはこの場合正しくない。正確には「宗教に無知」なのだ。「貴方は仏教式葬式をしながらクリスマスを祝う。これは、二神を信じる事なのか?」、「あなたが無宗教と言うなら、例えばキリスト教を信仰するに足りない理由はどこにあるのか?」こう聞かれたら、何と答えるか?答えようがない。

 

「だって、じいちゃんが先祖の墓に入るのは本人の希望だったし、クリスマスイブって言うのは、本命の彼女と一流ホテルに泊る晩の事だとばかり思ってたから」

 

それはそれでいい。日本国内であれば何の問題もない。むしろ状況判断としては正解でさえあろう。キリスト教の事を考えてるうちに、ホテルの予約を忘れたら、そのほうが悲惨である。一人で過ごす冬の夜は寒いのだ。しかし海外ではそうはいかない。

 

神は同じ?

 

キリスト教とイスラム教とユダヤ教では同じ旧約聖書を経典としている為、彼らの唯一の神はヤハウェのみである。エホバ、アッラー等と呼ばれたり、英語ではGOD、ラテン語ではDEUSと呼ばれたりしている。

旧約聖書+タルムード = ユダヤ教

旧約聖書+新約聖書  = キリスト教

旧約聖書+コーラン  = イスラム教

 

神の言葉を代弁した人物が、キリスト教では「神の子」キリスト、イスラム教では「預言者」ムハンマド、ユダヤ教では「預言者」モーゼである。この3人は皆、神ではない。代弁者だ。成立年代は、ユダヤ教が紀元前2000年〜1300年頃(推定)、キリスト教は紀元4年、イスラム教は7世紀頃である。

 

仏教の神とは?

 

これら3宗教に比較して、仏教では所謂西洋的な意味での神は存在しない。インド北東部の王子として生まれた仏陀(お釈迦様)の教えが仏教である。

 

なので、仏教の神様はいるのかと聞かれれば「貴方達のような、人間の上に立つ絶対的な支配者という意味では存在しない」と答えるのが正解だろう。そう、仏教においてはみんなが、先達である仏陀のように悟りを開く為の勉強会をする「同朋感覚」なのだ。

 

啓典の民

 

旧約聖書=経典を聖典として派生したのがキリスト教とイスラム教なので、兄であるユダヤ教と合わせて兄弟宗教と言う意味でこの3宗教をイスラム教では「経典の民」と呼ぶが、この3種の民は、大変に仲が悪い。

 

元々イスラム側としては兄弟子にあたるキリスト側が旧約聖書の十戒の一つである「偶像崇拝禁止」の戒律を破って次々と教会を建立する事を苦々しく思っていた上に、十字軍遠征はイスラムの世界を決定的に反キリスト教にさせた。

 

キリスト教対ユダヤ教

 

またキリスト教によるユダヤ教弾圧(反ユダヤ主義・1300年頃から最近まで続く)は、昔苛められた兄貴に対する陰湿な仕返しと言える。特にカソリックが、前大戦でユダヤ人を虐殺していたナチスを黙認していた事実は有名である。

 

ユダヤ教はユダヤ民族限定の宗教であり他民族に対する布教をしないが、当時ユダヤ教から派生したキリスト教は、ユダヤ教信者を真っ先にキリスト教に改宗させた。

 

獅子心中の虫が身内を食い荒らすのであれば許しておけない。そう考えたユダヤ教は、時のローマ帝国と結託してキリスト教弾圧を行い、キリストを磔にするのだが、これに激怒したキリスト教が最近まで反ユダヤ主義を続けていたのだ。

 

2000年3月にローマ法王ヨハネ・パウロ2世がサンピエトロ大聖堂の1万人ミサで「十字軍遠征」と「反ユダヤ主義」を悔い改めたのは有名である。

 

イスラム対ユダヤ

 

しかし、意外な事に、ユダヤとイスラムの間ではつい最近まで大きな抗争は殆どなかった。ユダヤは民族宗教なのでイスラム教信者を改宗させる気もないから喧嘩にならない。

 

(旧約)聖書って何?

 

3宗教の手本となる(旧約)聖書は3群24巻の書物群の総称であるが、特に重要なのが「創世記」と「出エジプト記」であり、キリスト教でもイスラム教でも聖典とされている。

 

「創世記」では主に世界と人の創造を描き、アダムとイブの「失楽園」、カインとアベルの「弟殺し」等が有名であるが、アブラハムという人が神との契約で土地をもらう章がある。この土地がカナン、今のパレスチナである事に現在のイスラエル−パレスチナ紛争の元がある。

 

「出エジプト記」は紀元前1300年頃エジプトで奴隷生活を送っていたイスラエルの民をモーゼが率いて脱出し、十戒を受領する話だ。

 

(旧約)聖書は元々ユダヤ教の聖典であり、ユダヤ教からすれば(旧約)と言われる筋合いは全くないのだが、キリスト教が4世紀に自分だけの聖典を作る時に本来の聖書を「旧約」の位置に「隠居」させた為、新約と旧約という呼称が業界標準になったのだ。

 

仏教の経典

 

仏教では阿含経、法華経などの経典や小乗仏教、大乗仏教などの経典があるが、3宗教と基本的に違う点は、輪廻転生の考え方で、仏教では死んだ後も魂は形を変えて永遠に続くのだが、生まれ変わるのは虫かも鳥かもしれない、という点である。

 

神はごりやく?契約?

 

「約」は、神様との約束という意味であり、人は「一神のみを信じる,絶対服従する、十戒を守る」代わりに、神は「現世の幸福と死後の楽園を保証してくれる」という一生ものの生命保険みたいな相互契約なのだ。自分の神様だけが一番とやっているから、他の神様が「俺のほうが一番」と言うと、必ず争いが発生するのも、このあたりに理由があるのかもしれない。

 

お断り:このコラムは「世界5大宗教入門」主婦と生活社発行から一部引用を行っております。



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2003年12月 宗教紛争から国際紛争へ

タイトル

Twelve・Y・O−2

 

小見出し

宗教紛争から国際紛争へ

前回で述べた通り、歴史的にはイスラムとユダヤの対立は比較的少なく、聖地パレスチナでも3宗教が共存する時代が続いていた。しかしそれも欧州にロスチャイルドが現れ、国際社会の中でシオニストとしての発言力を持ち、それに迎合する英米政治家が現れるまでだった。

 

本文

土地争い

今世界を揺るがすテロ事件の根源であるパレスチナ問題は、平穏に住んでいる人々を政治力と暴力で追い出したという意味では成田闘争や地上げと同じだ。そこにユダヤ対イスラムと言う宗教を絡めたから話がややこしくなった。

 

この土地争いを首謀したのは1914年当時のイギリスである。中近東は元々イスラムの支配地域であり、税金さえ払えば「信教の自由」が認められていた場所であった。そこに自らの利権を獲得する為に三枚舌外交を行って人種問題に火をつけたのがイギリスであり、その結果としてクルド人難民問題、イスラエル問題、そして現在のアル・カーイダ、テロへ連綿と繋がっているのだという事は、しっかり認識しよう。

 

それでは、具体的にどんな三枚舌を使ったのだろう?

 

一枚目

フセイン・マクマホン書簡 (1914年)

アラブ地域の豪族であるフセイン(現ヨルダン国王の先祖)と、アラブ地域にアラブ人独立国家を作ることを取り決めた契約。当時トルコの支配下にあったアラブは、この契約を信じてトルコへの反乱を行った。この時イギリス側から送り込まれたのが映画でも有名になった秘密情報員「アラビアのロレンス」である。

 

戦後アラブは独立宣言を行ったが、結局イギリスによって阻止され、その土地は更にイギリスの信託統治領とされてしまったのだ。

 

二枚目

バルフォア宣言(1917年)

時のイギリス外相バルフォアが戦費獲得の為に欧州の銀行家ロスチャイルドから借金を行い、その際に交わした契約がバルフォア宣言である。戦後のパレスチナにイスラエル国家を樹立する事に賛同するという内容だ。しかし当時人口比はアラブ人683,000人に対しユダヤ人60,000人であった。

 

6万人が68万人を支配する?という非常識がどうして発案されたか?それが前回の旧約聖書に出てくる「神とユダヤ人の契約」である。ユダヤ人からすれば、2000年以上も前に神から授かった土地であり、そこに誰が住んでいようと関係ないという訳だ。

 

2000年以上にわたりパレスチナの土地を離れ世界を放浪したユダヤ人たちは、行く先々で差別や弾圧、時には虐殺さえされた。そんな彼らが19世紀頃から自分達の生命と財産を守る為に国造りに立ち上がった。これがシオニスト運動であり、そのリーダー格がロスチャイルドなのだ。

 

一番厚かましいのはイギリスである。元々イギリスの土地でもないものをユダヤ人に「どうぞ使ってください」と差し出したのだ。差し出す方も受け取る方も、そこに実際に住んでいるアラブ人の事は全く考えていなかった事だけは事実である。

 

三枚目

サイクス・ピコ条約(1916年)

敗戦したトルコ領を仏、露等で分割する契約であり、実際には1920年4月のサン・レモ会議において、フランスによるシリアの、イギリスによるイラク・パレスチナの委任統治を決定した。この時イラクが分割され,民族に関係なく国境線を引いた事でクルド人難民問題が発生した。

 

エクソダス 栄光への脱出

1948年、英国のパレスチナ領地権利放棄と同時にユダヤ人はイスラエル国家の樹立を宣言した。この時点で120万人のアラブ人が同じ地域にいたにも拘わらずである。当然これは周囲のアラブ国家の反感を買い、パレスチナのアラブ人を保護する為に戦争が起こった。これが第一次中東戦争である。

 

しかし英米の庇護を受けたイスラエル軍は圧倒的に強く、翌年イスラエルの勝利に終わったが、周囲すべてを敵に囲まれるという異常な状態でスタートした国家は、最初からその「生き残り」がすべての優先条件であった。

 

その為には世界の耳目を集め、世論を巻き込み、この土地戦争に違った視点を持たせる事だ、そう考えたユダヤ人は、「宗教戦争」という視点を取り入れた。多数民族イスラムによる少数民族ユダヤへの攻撃。これにより西洋社会はアラブを正当に攻撃する理由が見つかった。

 

米国のユダヤロビーは、米国在住のユダヤ人500万人の代表として政府を動かして、武器供与、資金供与、兵士の訓練など、様々な援助を与えつづけた。弱いイスラエルを攻撃する悪いイスラム。この構図なら米国民は納得するし、おまけに武器が売れる。死ぬのはアラブやユダヤだ、アングロサクソンに関係のない戦争であれば、良いではないか。これには勿論英仏も乗り、中東に武器を売りまくった。

 

勿論ここで一番の力を発揮したのがメディアである。連日のキャンペーンでアラブ非難を半年もすれば、白いものも黒くなる。こうやってパレスチナ戦争は作り上げられた。

 

この戦いを合わせて合計4回の戦争が1973年までイスラエルとアラブの間で繰り広げられていくが、結果的に領土拡大をしたのはイスラエル側であった。そして戦いの度にパレスチナの人々は当事者としての発言権もないままに、難民ととしシリアやレバノン等に追いやられ、泥の中でテントを張り、戦争の度にどこかの兵隊によって殺され、無視され、その存在は全く片隅に追いやられてしまったのだ。

 

イギリスの帝国主義による利権拡大の暴威の中で振り回されたのがアラブ国家であり、その象徴となったのが「誰も助けてくれない」状態に置かれたパレスチナ難民なのである。

 

CNNを観て外人の友達とパレスチナ問題を語る時は、この背景を理解した上で語るべきであるが、実際西洋社会でもパレスチナ問題が正確に把握されているかどうかは疑問の残るところである。



tom_eastwind at 23:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2004年1月 そしてテロが始まった・・・

現代版宗教戦争の始まり

 

そしてテロの始まり・・・

 

2000年にわたって虐待され続けたユダヤ人は、自分の生きる権利を守る為に戦いを始めた。その結果としてパレスチナ人という、新たに虐待される人々を作り出してしまったのは歴史の皮肉であろうか。いや、そうではない。自己の利益のみを守る為には他人の事など一顧だにしない特権階級が、このカオスを創り出したのだ。

 

平和主義と平和の違い

 

もし平和主義のあなたの住む村に敵が現れ、村の財産や家族の命が奪われそうになったら、あなたはどうするだろう?頼るべき警察も存在せず、旗を振って現れる騎兵隊もない村で自分の財産や自由を守る為にはどうするだろう?当然村人全員が一丸となって敵と戦うだろう。

 

こんな時に「戦いは間違っているから戦いません、私は平和主義ですから」とか「人のものを盗るのはいけないと思いまーす、間違ってると思いまーす」と言うのは自由だ。しかしその頭に斧が振り下ろされて、残った村人全員が殺されて財産が略奪され、土地まで奪われたら、無人の焼け跡で誰がどう「平和を守るべきでーす」と言うのか。

 

理想を掲げて生きる事は正しい。しかし現実とのバランスが取れない理想は、画餅に過ぎないどころか、危険でさえある。平和を守る為には戦いが必要な時もあるのだ。

 

そして戦いは始まった

 

世界の誰もが無視する中で、やせ細る子供やけが人を守る為に、パレスチナ人は立ち上がった。生き残りたいなら闘う。彼らは平和を守る為の戦争を開始した。

 

「戦闘してない民間人を殺したらテロ?それならば平和に暮らしていた私たち民間人を殺したイスラエル人もテロリストだし、彼らに武器を与えた米国人はテロリストの親玉だ。仕掛けられた戦争である以上、闘い方に文句を言うほうがおかしい」そして彼らは、イスラエルを後押しして自分達を殺戮の現場に追い込んだ親玉である西洋社会にも攻撃を仕掛けた。

 

ちなみに西洋社会では今でも「テロ」と呼ぶが、実際は戦争である。しかし戦争と認めるとパレスチナ問題の矛盾が露呈するから「テロ」という言葉をメディアに押し付けただけである。ここからも、如何にマスメディアが体制に組み込まれているかはよく分かる。

 

「テロ」又は「中東戦争」自体の悲惨さや正当性を語るのがこのコラムの目的ではないし、民間人攻撃を容認するものでは絶対にないが、少なくともCNN報道だけが中立公正な歴史認識ではない事を理解してもらえばと思う。

 

アル・カイーダ

 

アル・カイーダは、アラブ諸国から集まった外人部隊と考えてもらうと良いだろう。どこか一つの国を守るだけではなく、イスラム諸国をキリスト教国家の弾圧から守る為、いろんな国を渡り歩いている。最初の戦いはキリスト正教を信じるソビエトの侵攻に対する抵抗であった。

 

1985年、ソビエトが不凍港を求めて南下、アフガニスタンに侵攻した。自分の土地を守る為、アフガンゲリラとアル・カイーダは10年にわたりソビエトと絶望的な戦いを続け、ついにアメリカの援助を受けたアフガンゲリラが勝利したのだ。「ランボー2」で馬に乗ったシルベスター・スタローンの戦いを観た方も多いだろう。映画でご覧の通り、アフガンに武器供与をしたのは米国であったし、アフガニスタンの前宗主国は実はイギリスである。

 

激烈な内部抗争の後タリバーンがアフガンの政権を実質的に押さえ、アル・カイーダが次の活動を開始した。その目的は、中東戦争を引き起こした二枚舌のアメリカを攻撃して、戦争のルールを教える事だった。アメリカの二枚舌。イスラエルに兵器と金を送りつづけて仲間のパレスチナ人を殺しつづけ、自分達はニューヨークの、クーラーの効いたビルでワイン付きのランチを楽しんでいる連中に。

 

誰が誰を攻撃したのか?

 

2001年9月11日、この日をもって米国の「ゲームのルール」が変わった。彼らのルールでは、ゲームの場所はいつも相手の国もしくは傀儡国家だったのに、ある日アラブのチンピラが、アメリカ様に向けて飛行機を突っ込ませたのだ。こんな事は、半世紀以上前に東洋の猿と戦争して以来だ。

 

ふざけるな、そんなのはルール違反だ。戦争はお前の土地でやる事だろ!子供や民間人を殺すのはテロだ!そう言ってアメリカは立ち上がった。勿論自分達がベトナムで殺した子供や村人は「戦争だから仕方ないのだ」し、パレスチナで殺される人々も「イスラエルの政治は干渉出来ない」のだし、民間人に原爆を落としたのも「戦争を早く終わらせる手段」なのだろう。自分達がやるのはいいが、相手がやるのはいけない。これが米国のゲームのルールだ。確かにそのルールは変わった。自分達がやることは、いずれ相手もやるのだという事に気付いた日だったのだ。

 

こういう時、ブッシュは旗振りには最高だ。頭の中に何もないのだから、倫理、公平や平等、人道等悩む必要がない。ましてや政治家としての勉強もせず失言が多く、大統領の支持率がどんどん落ちていた時に、「親分、テロの今が勝負でっせ」と教えてくれる補佐官連中が唆したのだから、本人は舞い上がった。

 

仕返しだ!やり返せ!そしてアメリカはルールを変えた。国連なんて知ったこっちゃない。俺の味方か、それとも敵か?!敵の頭には拳銃を突きつけてやる。こうやって国内のキリスト教信者を固め、外国を巻き込み、アフガニスタンからイラクへ復讐の戦火を広げていったのだ。

 

ユダヤ教とキリスト教、そしてイスラム教の三つ巴の戦いとなった中東戦争だが、それを遠くからじっと眺めているグループがある。仏教を中心とした中国だ。仏教はどこの宗教とも組める融通性がある。国際情勢は中国を中心としたアジア仏教国に問い掛けてくる。どっちにつくのか?

 

こうして、否応もなく国際紛争に巻き込まれた時、貴方が日本の首相ならどう判断するだろう。どちらと組んでも、反対側から攻撃されるのだ。

 

 



tom_eastwind at 22:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2004年2月 イラク戦争の真実

イラク戦争の真実

 

前回までは宗教の問題を取り上げてきたが、今回のイラク戦争と宗教はどう影響しあっているのだろう?

 

イラクでは米英による侵略戦争が終わり、米国主導で民主政治の導入を進めている。しかし、今も米兵に対する攻撃は容赦なく続き、既に第二のベトナム戦争化の様相を見せている。

 

戦争時に失った兵よりも多くの兵が、占領後に殺されている。本当に戦争は終わったのだろうか?多くの識者の中で出てくる疑問である。実は、国際法上では(この記事を書く時点では)フセインが終戦協定を結んでいないから戦争は終わっていない。これは、占領は終わったが戦争は終わっていない事を示している。

 

ではフセインが逮捕された後も闘っているのは誰だろう?それは普通の国民である。例えばボーア戦争で英国に侵略された農夫達が、自分の土地を守る為にイギリス軍に戦いをしかけたり、マオリ戦争で土地を奪われたマオリが、各部族ごとにイギリス正規軍と戦ったようなものである。

 

そこで、ここで大胆な前提を想定してみよう。CNN等のメディアではフセインが独裁者と報道しているが、実際には独裁ではなく、国民に選ばれた指導者だったのではなかろうか。この現実をまず認識しないと、イラク問題は理解出来ないのではないだろうか。イラクは元々フセインによって「安定した政治と生活」を与えられていたのだと考える事は出来ないだろうか?

 

第二次世界大戦当時の日本も侵略主義と呼ばれ、連合軍との戦いに敗れた時はメディアによって「日本は独裁主義国家である」と言われていた。また、戦後も学校教育の中で「侵略戦争」と呼ばれたが、しかしどれだけ多くの日本人が、その当時の日本を独裁と感じていただろうか?

 

また実際にアジアで植民地化してた多くの国々が、戦後すぐにイギリスやオランダ、フランスから独立した事実を見ると、米英メディア主導の「侵略」や「独裁」という言葉には、素直に頷けないものがある。

 

確かにフセインはクルド人を生物兵器で殺害し、イランとの十年戦争を行ったが、国内的には人気のある指導者だったのかもしれない。だから今も国民は、「侵略者」である米国兵に対してゲリラ戦争を仕掛けているのではないだろうか。ここで間違っていけないのは、終戦協定が結ばれるまでは戦争が継続しており、米英に対する攻撃はテロではなく戦争行為であるという事だ。

 

例えば今、日本が北朝鮮から攻撃をされて日本政府が降伏をしたとしても、国民はそんな不合理を許しはしないから、当然武器を持って自分の家族や民族の為に北朝鮮兵士と戦うだろう。そんな時に自分達の事をテロリストと呼ばれれば、どう思うだろう。それと同じ事を行っているのが今のイラク人である事を忘れてはいけない。

 

大量破壊兵器がない事は、実はブッシュのブレインも知っていた。それでも敢えて事実を無視して侵略戦争を仕掛けたのは何故か?その理由は大きく分けて二つある。一つは勿論米国の伝統的政策である「エネルギー戦略」だ。石油を押さえる事で戦車や飛行機などを押さえて、戦争に負けない力を持つ事だ。産油国として最大のサウジアラビアは既に米国の味方だし、次の産出国がイラクなのだから、ここを押さえればエネルギー戦略は完成する。そしてもう一つの問題はネオコンだ。

 

ネオコンとは、neo conservative、新保守主義である。但しこれは比較的最近になって出来たグループであり、米国人でさえ多くの人がその存在理由を理解していないが、要するに19世紀から20世紀にかけて大陸鉄道や石油などで東部特権階級となった人々が、米国から更に世界までも自分の手中に納めたい、自分の為の地球を作りたいと考えている人々の集まりだ。

 

言葉を変えれば、帝国主義である。彼らは、いかにして自分が利益を得るかのみを考えている。都合の良い時は国連を無視して自分のルールでイラクに戦争を仕掛け、都合が悪くなると国連のルールを持ち出して「国際法違反」と言うのが、彼らの特徴だ。分かりやすい例で言えば、一旦は認めた京都議定書を、自分の不利益になるからとその後拒否した事である。彼らの傀儡がブッシュである。頭の悪い彼には一番の役回りだろう。本当の役者は影に隠れて、ブッシュが表舞台で踊っているだけだ。

 

では、イラクはネオコンにとってどのような利益があるのだろう?それは一つにテロへの復讐と、もう一つ大きなものは、キリスト教対イスラム教の対決という構図を世界中に想起させる事である。

 

ここで初めて宗教問題が出てくるが、何故キリスト教とイスラム教の対決が必要なのか?それは、そうする事でユダヤ人問題が影に隠れるからだ。そう、ネオコンとは実は米国系ユダヤ人の一部派閥なのだ。たまたまブッシュが選挙で勝ったので、力のあるうちに一気にユダヤ問題を片付けてしまえと、彼らの絵を描いたのだ。

 

イスラエルに直接ミサイルを打ち込む事が出来る敵性国はイラクだ。潰してしまえ。フセインは昔みたいに俺たちの言う事を聞かなくなった、やっつけてしまえ。しかしそんな本当の事を言ったら米国人は戦争に反対するから、宗教やテロや大量破壊兵器を持ち出した。

 

但しこの絵には大きな誤算があった。戦争とは政治の一手段であり、必ず妥協点が存在する。勝利の限界点とも言うが、相手が一国家であり、国民を皆殺しに出来ない以上、政治的戦いも自ずとルールが出てくる。現在のルールは、周囲の国家を味方につける事だが、ネオコンが国連の決議を得ないまま戦争に突入した事は一番の誤算だった。そして占領だけでは戦争が終わらないと言う点を知らなかった事が、現在の多くの米兵戦死者が発生した理由である。

 

20年前にアフガニスタンで何が起こったか?どうしてロシアが10年も支配したのに、結果的に退却する事になったのか?ネオコングループは、その多くが机上論者である為、政権内反主流派で戦いを知っているパウエル長官に議論では勝ったが、現場の戦争では負け続けている。パウエルは戦いを知っており、道義のない戦争は勝たないという事を知っていたが、戦いを知らないブッシュは戦いを選んだ。

 

今回のイラク戦争では米国と欧州に亀裂が出来たというが、正確には、米国内ネオコンユダヤグループと欧州政治家グループの亀裂であり、国民レベルの亀裂ではない。

 

ロスチャイルド家を代表とする欧州ユダヤグループは、長い歴史の中で戦いの愚かさや損失の大きさを知っており、今回のイラク問題に関しても、実力行使は時期早尚と判断した。

 

イラク問題に一番反対したのはフランス外務大臣であるドミニック・ド・ヴィルバンであるが、彼も本来なら同じ白人である米国を批判する必要はなかった。それが何故これほど争う事になったのか、その理由は、あまりに子供っぽい西部劇感覚のネオコンが、結果的に世界を再度戦争に巻き込む事に気づいていたからだ。



tom_eastwind at 21:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2004年3月 戦いを忘れた日本

子どもの遊びの延長戦。キリスト教による差別がすべての始まりで、彼らがユダヤ問題を作り、ユダヤがパレスチナを作った。そして今、イラクでイスラムが叩かれている。地球サイズのグローバリズムは、実はユダヤによる地球支配にしか過ぎない。それに対抗するにはアジアの知恵を結集するのが一番だ。日本の知識と中国の知恵を組み合わせるのだ。

  

戦いを忘れた日本

 

僕らが今こうやって外国に住み、一応日本人としてそれなりの評価を受けていられるのはどうしてだろう?いろんな理由はあるだろうが、やはり日本人の持つ勤勉さ、真面目さ、実直さ等が素直に西洋社会で評価されているからと見なすべきだろう。

 

では、誰がその「日本人」の基本を作ったのだろうか?そして、その人は、日本人のあるべき姿としてどんな理想像を描いていたのだろうか?

 

石原完爾(いしはらかんじ)という人物を知っている人は少ない。彼は第二次世界大戦前のエリート陸軍軍人であり、国際政治というレベルで世界を読み、激動する世界の中で日本がどうあるべきかを具現化した人物であった。

 

しかしその政治的意図が、敗戦後、GHQにより意図的に歴史から抹消されたのは、彼こそが満州事変の張本人であり、米国にとって最も思想的に危険な人物だったからである。だからこそ彼の存在は、教科書や歴史から名前を消された。それは、彼こそが、その当時日本が尊厳ある独立国家としてどうあるべきかを理解していたからだ。

 

第二次世界大戦は日本側では大東亜戦争と呼ばれていた。この戦争は日本が真珠湾に奇襲をしかけて始まったと言われるが、これはどこまでが事実だろうか?軍国主義の日本がある日突然米国に理由もなく戦争を仕掛けたのだろうか?

 

日本の教科書では、何故日本が戦争に突入したか等の戦前の日本の状況は殆ど描かれていない。しかし日本の中国進出に対して対抗措置として行われた米国による石油の送油停止、日本の海外資産の凍結等、日本が戦争に走らざるを得ない状況を作った一因が米国にあるのは、歴史が証明している。

 

勿論他国を侵略する事自体を容認するものではないが、その時代に英国やオランダ、フランス、米国等が東南アジアを植民地化していた現実を見ると、「俺たち白人はアジアを植民地化してもいいが、黄色い猿には俺たちの真似をさせない」と宣言しているようなものであろう。

 

19世紀の植民地政策でアジアを支配しようとした西洋列強に対して、東洋の中で唯一明治維新という自己変革により植民地支配を受けずに成長した日本は、五国協和と言う精神でアジアの連合を唱えた。この事に怒った西洋諸国が日本に懲罰を加えようとしたのは、日清戦争後の三国干渉と全く同じ経緯である。その結果第二次世界大戦が発生した。

 

さて、日本がどうあるべきかという答を出す為には、日本人とはどのような民族なのか、そして日本が明治維新後どう歩んだのか、日本の生産力、国力はどれだけあるのか、日本を取り巻く国際情勢はどうなのかという様々な要素を、時代のある一点で切り取って総合的に読み取る能力と判断力が必要になる。

 

稀代の戦略家と呼ばれた石原莞爾は、1920年代のアジア情勢を読み、日本の進むべき道を決めた。これが「大東亜共栄圏」思想である。この思想は、実際は玄洋社の頭山満等多くの愛国活動家の集大成であったとも言える。

 

1900年代初頭のアジアは、殆どすべての国が欧米帝国主義によって植民地化されていた。日本のみが明治維新により植民地化を逃れ、その後の日清戦争、日露戦争でアジアの独立国としての体面を保ち、その当時国力が分解され、欧米の植民地として乱暴の限りを尽くされていたアジアと提携して「大東亜」として一つの国際的発言権を持てる「地域」として立ち上がろうとしていたのだ。インドにおけるチャンドラ・ボース、中国における孫文等が有名である。

 

日本による満州建国、中国侵略は、結果として多くの災禍を中国側にもたらし、また日本もそれによって多くの歴史的問題を残した。しかしこれは石原の当初の目的ではない。

 

欧米に踏みにじられた清朝は国民を守れず、反対に国民に更なる苦しみを押し付けていた時代に、満州を建国し、石油戦略を確立し、清朝に反対する孫文等の革命グループを巻き込み、「アジア」としての体力をつけてから欧米と互角の立場に持っていくのが彼の目的であったが、陸軍内部の抗争により失脚させられた彼の後釜に座ったグループ(東條)がその方針を換骨奪胎させて進めたのが現在まで問題を残す「中国侵略」だったのだ。

 

その後の歴史は皆さんが学校で学んだ通りである。

 

そして日本は、否応なく大東亜戦争に突入する。当然、国力の違う米国には敵わず、1945年に敗戦を迎える。その時軍人政治家が学んだ事は、「負ける戦はするな」という昔からの原則だった。敵を知らずして己を知らねば、戦争には勝たない。こんな簡単な原則を、数百万人の日本人の血を対価として学んだ日本は、戦争をしない道を選んだ。

 

そこまでは間違ってない。勝てない相手への戦いは体力の消費だからである。全方位外交という名目の元、米国支配に甘んじながら、裏では経済力で日本を大国にしようとしていた。そして1980年代までには、日本は世界で第二位の経済力を身に付ける事が出来た。

 

しかし国際社会の中で日本の置かれた立場は不安定である。中国と米国に挟まれ、お互いの覇権主義の狭間でどう舵を切るのか?この問題は「先送り」のまま、田中角栄が失脚させられ、ある政治家は絞殺された。

 

国自体に一つの明確な国策がない。米国主導でいくのか、大東亜共栄圏の現代版で、アセアンを中心としたアジア連合体と共同するのか?国家自体がこの二つの流れの中で結論を出せずにいる。そしてプラザ合意。日本は敗戦の恐怖を忘れた二世議員と、米国の本当の怖さを知らない官僚によってバブルに突入した。



tom_eastwind at 20:20|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2004年4月 Twelve Y.O

Twelve.Y.O

 

連載期間中、このタイトルを見て「どういう意味だろう」とお考えの方も多かったと思う。これは福井晴敏という1968年生まれの作家の小説のタイトルであり、彼は米国に帰国したマッカーサーが公聴会で「日本人は12歳の子どもである」と発言した事でこのタイトルを想起したとの事だ。

 

日本人とは何であろう?国家とは何であろう?そういう疑問を持たずに生きてきた日本人が、上滑りの形ばかりの議論をする中で、この小説は世の中に蔓延するすべての中途半端な誤魔化しや現実無視、自己に対する甘えを切り捨てて、読者に対してまるで刃物を突きつけるように答を迫る。

 

戦前は「東洋のサル」と言われ、米国の人類学者から「あと10cm背が高ければ、サルは戦争をしなかっただろう」と言われ、原爆を完成後、すぐに落とす決定をした当時のトルーマン大統領は、その理由を日記の中で「日本人は野蛮人で、無慈悲、残酷、狂信的」」だからとしている。

 

ところがこの狂信的なサルが、戦後は米国が投げ与えた偽りの自由に飛びつき、米国に飼い慣らされたサルになった。本来戦って勝ち取るべき民主主義と自由をただでもらったサルは、その使い方を知らなかった。

 

米国が日本を飼い慣らした目的は、米国の安全保証であり、1950年代当時に米国の敵と予想されたロシアと中国、そして北朝鮮などのアジア敵性国家に対する不沈空母として日本が自衛隊を持つ事を認めた。つまり「自衛」とは言いながら自衛隊が守るべき相手は米国であり、日本自体の生残ではない事を忘れてはならない。

 

ちなみに日本の航空自衛隊は最新の戦闘機とレーダーで世界第三位の要撃力を持ち、海自も米国に次ぐ対潜哨戒機能を持っているが、基地構築や長期地上戦は弱い。この事実が示すのは、敵が攻めて来た時に情報収集をして迎撃の時間を稼いでもらい、捨石になってくれという米国の意思である事は明らかである。

 

しかし戦争に負けた日本には多くの選択肢はなく、こうやって日本は戦後、敗戦を知る日本人官僚集団と政治家が、敗戦の悔しさをバネに日本株式会社として80年代まで一枚岩で米国と渡り合ってきた。

 

しかし彼らが引退した後を引き継いだのは、敗戦の苦しみをしらない、拝金主義や利己主義の政治家と官僚であった。また、たまに本気で国を良くしようと考える政治家がいても、選挙に通らなければただの人である。だから彼らは選挙区からの請託を聞き、法を捻じ曲げる。選挙に勝つ為に企業に都合の良い法律を作り、選挙資金を貰う。政治家の言い訳はいつも「そうしないと選挙に勝たないし、自分の理想の国作りが出来ない」からだ。

 

そこにつけこんだ一部企業や地域の既得権者が政治家を利用し、「おらが村の代表」を国会に送り、「おらが村」だけが金持ちになればよいと言う、今の金権政治の仕組みを創り上げた。その結果、お互いに自分の権利ばかり要求して、国全体の事を考える人がいなくなった。今の政治的混乱は自由の意味を学ばなかった国民が自ら創り出したと言っても過言ではないだろう。その結果失われた10年が発生した。

 

何故日本人がこのようなミスをしたのか?その理由は、中途半端な米国的個人主義が浸透した日本で国民すべての判断基準が「お金」になってしまい、日本人が本来持つ民族性=道徳や社会規範が破壊されたからだ。

 

それでは日本は今後どのような道を進めばよいのか?パレスチナのように西洋に蹂躙されず、米国のような覇権主義を歩まず、正しい道を行く為にはどうすればよいか。

 

その第一歩は、国家と国を混同してはいけないという事だ。「お上」に飼い慣らされた日本人は、国家=国と考えがちだが、「国破れて山河あり」という言葉通り、日本人として持つ民族性は、その属する国家とは関係がない。従って日本人が帰属すべきルールは普遍的な日本民族性であり、期間限定国家(おまけに賞味期限切れ)それもしょっちゅうボスの代わる政府ではないという事だろう。

 

そして大事なのは誰の為に生きているのか?自分が命を捨てても守るべきものは何なのかを徹底的に考え抜くことだ。中国人とユダヤ人はそれを「家族、そして民族特性(宗教も含む)」であると考えている。家族は時代や民族を越えた団結を生み出す。そして家族を離散させずに永遠に継続させる為には民族特性が必要となる。従って彼らは世界中どこに行っても自分の言葉と自分の文化を持ち続けている。

 

しかし同時に、そのアイデンティティが「自分達が良ければそれでいい」的利己主義を生み出しているのも事実である。何故なら彼らの発想は自分達の民族が生き残れば他はどうでも良いという発想であり、民族の壁を越える事が出来ないからだ。

 

だから彼らはその利己主義の為、いつまで経っても他人に好まれない。時代の覇者にはなれない彼らが今目指しているのは、一つの民族による力による全世界支配である。しかしこれは結局パワーゲームであり、いつまで経っても世界レベルの安定した統一はあり得ない。なぜなら力による押さえつけは、力による反発を必ず生むからだ。

 

世界から戦争がなくなればよい、みんなが幸せになればよい。言葉ではどうとでも言えるが、ではその実行の為に何をすべきか?実はここに日本が生き残る一つの道がある。それは全世界全ての人種と宗教を一つの器に入れてしまう、地球国家構想である。

 

かつて藩という国家同士が争っていた。大した違いもないのに、お互いの利権や考え方の違いで争っていた。そこに明治政府という中央集権政府が出来て、軍備の集中と法律の国家的統一整備を行う事で日本という統一国家を造った。

 

その際には勿論多くの人々が反対した。薩摩の人々は自分のアイデンティティを大事にするし、それぞれの地域に独特な文化や風習が残っている。しかしその壁を壊す事が出来たのは、日本人のみが持つことが出来る「滅私」の思想があったからだ。

 

この明治政府構想を世界レベルで当てはめてみればどうだろう?すべての軍隊を地球政府=国連の下に集合させ、地域レベルでの武力は持たせない。無理やりにでも国境をなくして、国家間のパスポートなしの移動の自由を認める。同時に労働の自由を認める。すべての貿易に関税を撤廃する。世界レベルでの法律と地域法律を導入する。そうすれば自ずと、人間が好きな地域がどこなのか分かるだろう。

 

この結果、一時的に人口がゼロになる地域が出てくるかもしれない。水と安全がただで治安が良い日本に人々が集中し、日本は一時的に麻痺してしまうかもしれない。しかしそれでも世界が平和になれば良いではないか。「滅私」である。滅私を美徳と捉える事が出来る国民性。ある意味、他人を無条件に信じる事の出来る国民性でなければ、このような世界的事業は出来ないであろう。

 

水と安全がただの国で生きてきた12歳の子どもたち。机上の空論を振り回していつまでも答を先送りしてきた政治家。しかし世界の価値観が大きく変動する今なら、世界に対してその国民性を発揮する事が出来るだろう。

 

今日と同じ明日は来ない。自分で作り出すのみだ。



tom_eastwind at 19:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)