諸行無常のビジネス日誌

2017年10月17日

風が吹けば官僚が儲かる その2

文部科学省が自分の利権確保のために弁護士業界を振り回し、正義の味方だと日頃威張ってる弁護士もその勢いに乗って自分の利権を振り回して、それで潰されたのが消費者金融業界である。

 

消費者金融は稼ぎに稼いでその割に財務省の命令を聴かず自分勝手にやってたから役人からすれば面白くない。

 

文部科学省は天下り利権を確保したい、財務省は苦しむ銀行に餌を与えたい、ならば弁護士増やして法務省を使ってサラ金業界OUTの判決を出させてサラ金業界を銀行に乗っ取らせる。

 

これで財務省はサラ金が貸出総額規制を受けるのに対し銀行はサラ金ではないので規制対象外として消費者金融会社を買収してカードローンを始めて実質サラ金業界を引き継いだ。

 

日本のマイナス金利状況でもサラ金やれば利益はでかい。財務省、法務省、文部科学省、皆さん美味しい思いをしているし弁護士も銀行も救われた。唯一潰されたのはサラ金業界であるが、その代表格である武富士は相続裁判で勝ち、戦後初めて税務署を赤字にさせた「憎いやつ」である。

 

けれど弁護士が生まれてサラ金業界相手に飯を食えててもそれは今だけだ。何故ならサラ金業界はすでに潰されておりこれからさきの長期的な飯の種にはならない。

 

では次は何か?個人相手の弁護士が狙う次の目標は医療過誤である。ここは確実に儲かる。医療は医者が努力をすればするほど患者に有利になる仕組みがある。つまり真面目であればあるほど弁護士の食い物にされる可能性が高いのだ。

 

「医は仁術」と思う医者ほど苦労をする時代が来る。頑張って医師免許を取って開業して患者のために一生懸命頑張ってもある日のちょっとした過誤のために一生を奪われる。

 

これに対して霞が関はどう動くか?これもまさに「風が吹けば官僚が儲かる」である。日本医師会が業界として弁護士とどう戦っていくか?医者と弁護士の姿勢次第で医者を守りもするしもしくは医者を潰しもする、どちらにしても官僚の利益次第である。

 

官僚は国家天下を考えているのはごく一部であり多くの官僚は自分の保身のみを考えている。東大法学部を卒業した人々は天下国家の為ではなく自己保身の為に医者も弁護士もサラ金も食い物にする。

 

日本では「真面目に働いていれば良い」と言う考え方があるが、それは官僚には通用しない。官僚は文鎮の上に乗っかる頭でありその下は完璧に横一列、誰も逆らってはいけない。

 

「真面目に働いていればよい」のではなく「お上の言うことを聴いていれば良い」のが日本では正しい判断なのだ。その判断に従わなかったサラ金業界は弁護士と法務省によって潰され財務省主導で銀行に乗っ取られそして腹をすかせた弁護士は次の目標として医療過誤を狙う。

 

これから若い弁護士が病院に通う事が増えるだろう。救急車で運ばれた患者のベッドに殊勝な顔をして弁護士の名刺を渡して「どうですか?何かお手伝い出来ることはありませんか?相談無料ですよ」とやる。

 

次は医療過誤で悩んでいる人々をネットで見つけては「相談無料ですよ、どんなお医者さんにかかったのですか?」と突っ込み「セカンドオピニオンを取りませんか?」とやる。

 

この市場は飯の食えない弁護士にとってはでかい。訴えて着手金は確実に取れるし訴訟で勝てば成功報酬として40%くらいは取れる。

 

しかし官僚からすればそんなのはどうでも良い話である。下々はそれなりにやれ、で終わりだ。

 

医療業界は本当に医師会を中心に自分の身を守る方法を作っておかないと各個撃破される。何せ飯が食えない弁護士というのは思いもつかない刀で切りつけてくるのだから。人を性善説で考えても意味はない。



tom_eastwind at 15:33|PermalinkComments(0)

2017年10月16日

信頼と品質の終わり

21世紀に入り日本は大きく変化した。その一番はビジネスの西洋化である。バブル崩壊後の日本では米国から導入された成果主義や短期の実績重視等がある。

 

それまでの日本では年功序列と終身雇用であり労働者が真面目にやっている限り定年まで働き年金が支給された。この制度は国際化の中で疲弊化していったがこれを新しくする際に良いものもまとめて捨ててしまった。

 

日本社会の特徴は皆が同じ動きをすることでありチームを作れば強い。しかし一対一の戦いになると多くの日本人は弱い。中國、米国、韓国、どこと比べても個人のビジネス戦闘能力は低い。自分でものを考える能力がないからだ。

 

それでも3本の矢である。一人ひとりは弱くてもチームを作って組めばそれぞれに特技を出し合って強くなる。チームを作る際に最も大事なのはお互いの信頼関係。

 

これは終身雇用制度によりお互いに他人を騙して目先の利益を得るよりもお互いに信頼して長期の利益を得るほうが有利であり逆に目先の利益を追う事で長期的にはチームから外されて損をする事がある「村の論理」が働くからだ。

 

ところが終身雇用制度がなくなり仲間と長期の信頼関係を築くよりも今、目先の仕事上の利益を得て自分だけがボーナスをたくさん貰って次の会社に移る事が出来るようになった。

 

終身雇用をなくして成果主義を導入することで米国的な「如何にも格好良い」企業に生まれ変わったように観えて実は日本人の体質に合わない仕組みを導入した事で戦後長い間日本が世界に対して誇りにしていた品質が低下していった。

 

神戸製鋼。アルミや同製品、鉄粉、特殊鋼のデータ改ざん。出荷先は500社。MRJ,新幹線、これからエアバッグのタカタのような大騒ぎになるのは確実であり訴訟金額によっては神戸製鋼が倒産して他の企業に合併されるだろう。

 

これは東芝も同様であるが目先の利益のみ必達するために品質に手を付けて粉飾を行った結果として企業そのものが危機に追い込まれてしまった例である。

 

同時に商工中金の不正貸付も発覚したがこれも目先のノルマに追われた社員が組織的に行った犯罪である。

 

1970年代までの日本企業では品質が第一であり品質を守ることが長期的な顧客との信頼に繋がりそれが日本企業全体の品質を底上げしていた。目先の利益を無視してでも品質を守る、そういう企業文化があった。

 

それが21世紀になり三菱自動車のリコール隠し等大手企業の問題が続発するようになった。その背景にあるのが長期の信頼よりも目先の利益のみを追う「性悪説」としての企業文化を創り上げるようになった。

 

米国では企業は投資家等私人の所有するものであり社会貢献や地域の雇用と言う考えはない。何故なら最初から企業とは性悪なものであり悪いものでも高く売りつけて投資家に配当することが良い企業と考えられているからだ。

 

だから米国では企業が悪い事をするって前提で厳しい法律を作り罰則を作り故意か過失かはあまり議論にならないまま企業に厳しい制裁課徴金をかける。

 

しかし日本ではそもそも企業とは社会の公器であった。投資家ではなく社会のっ成長や発展の為に商品を創り地域の雇用を創り社員の家族を含めて守ることで社会的使命を果たしてきた経緯がある。

 

だから社員は企業を守るために自己を犠牲にするし「家族のために」夜遅くまで残業して来た。それはそれで弊害もあったが社会全体の安定と言う意味ではそれなりに効果的な運用がされてきた。

 

それが成果主義が導入されて会社主催の運動会がなくなり慰安旅行も止めてしまい社員は自分のボーナスの為だけに働くようになった。

 

ところが日本人は小学校時代から徹底して自己責任で行動して自分の頭でものを考える習慣を捨て去っている為一個人となると多くの場合非常に弱い。殆どのビジネスマンは米中で働くビジネスマンとは全く勝負にならない。

 

何故なら彼等米中のビジネスマンは自分で失敗のリスクを取って判断して自己責任を理解して行動するからだ。

 

ところが日本人ビジネスマンは失敗を極度に恐れて自己責任で判断せず行動を起こさない。それなのに目先の数字必達と言う「出来ないこと」を押し付けられた結果として違法行為に手を染めることになる。

 

良いものを捨てて悪いものを受け入れてしまった日本企業は今後どうなっていくのか?信頼を得るのは10年かかるが失うのはたったの1日である。



tom_eastwind at 15:44|PermalinkComments(0)

2017年10月15日

大阪で生まれた女

大阪に到着した頃から日本では急に気温が下がり16度くらいだからもう秋だ。何か寒くなるかなと思ってオレンジ色のセーター持ってきてちょうど良かった。

 

土曜日は大阪で2件の面談。日本って面白いのが危機感を理論的に感じるのが東京、肌感覚で「熱い!」って思うのが大阪である。そして何も感じないまま政府を信じて政府に食われるのが田舎者である。

 

大阪では二日間で4件の面談を行ったが、熱い。既にNZ永住権を取得した方もいればこれから取得の手続きを進める方、これから永住権取得を検討する方、色々あるけど皆さん熱心である。

 

やはり興味深いのは皆さん自分の身元隠しに一生懸命な点である。大阪ではおそらくお金持ちが狙われることが多いのか、普通の格好で普通のカバンを持ち普通以下の雰囲気を醸し出している。

 

阪神マークやヒョウ柄ってのはある意味普通の大阪でありながら本当の意味での大阪ではないなー、なんて感じる。

 

東洋のマンチェスターと呼ばれた工業都市であった大阪が新幹線開業と共に東京に人を奪われていったがコアの人々は未だ大阪に残っている。

 

勉強は京都、働くのは大阪、住むのは神戸、そんな言葉もあるようだ。

 

1970年代に多くの人々が大阪から東京に移住した。21世紀の今、大阪からニュージーランドに移住しようとする人が増えている。

 

ボロが歌った「大阪で生まれた女」が上田正樹の「悲しい色やね」になり、そして人々は今、大阪からニュージーランドへの移住を考えるようになっている。



tom_eastwind at 15:40|PermalinkComments(0)

2017年10月14日

風が吹けば官僚が儲かる。

アディーレ弁護士事務所が2ヶ月の営業停止になった。過払い金訴訟で成長した弁護士事務所で185人の弁護士を抱えるがそのうち10年以上の経験があるのは石丸弁護士を含む5名のみ。7割は経験5年未満である。

 

大手弁護士事務所の顧客は企業であるのに対しアディーレは個人で消費者金融過払い訴訟が殆どであった。

 

元々弁護士事務所は派手な広告はしないのが普通だったがここ数年様々な電車の吊り広告に弁護士事務所が広告を掲載している。

 

この背景にあるのは増えすぎた弁護士である。ここ数年法科大学院などが乱立して弁護士の数が急増した。けれど弁護士の数が増えても訴訟の数が増えるわけではない。

 

戦後法学部を卒業して弁護士登録した数は例えば1975年は10,115人。1995年は15,108人。20年で約5,000人増えたがこの時期は総人口も1,400万人増えていた。ところがその20年後の弁護士登録は201536,415人。何と2倍以上21,307人も増えているのにこの間の人口は150万人しか増えてない。そして2015年は人口減少が始まった年でもある。これでは街に弁護士が溢れても当然である。

 

そして弁護士の仕事量に変化がなければ確実に仕事の取り合いになる。そこで仕事のない弁護士たちが飯を食うために思いついたのが仕事量を増やす、つまり消費者金融相手の訴訟である。

 

ところがサラ金過払い訴訟と言っても本来の問題は日本政府が法律で定めた2つの規定の間のグレーゾーンの話であり法的に「過払いで違法である」と言うには論理的に無理がある。

 

違法としたいならばまず整備すべきは法律間の矛盾であり法律の整合性を調えてから「今後は違法です」とやるべきだ。過去の行為を遡って裁くことは出来ない。

 

法律は大原則として「法の不遡及」がある。つまり何かの行為を行った後に作られた法律は過去の行為を裁くことは出来ないと言う決まりである。そりゃそうだ、国民は法律に従って行動しているのに後出しジャンケンのように法律を変更して過去の行為を裁くようでは法治国家ではない。

 

つまり過払い訴訟を合法であり過払い金を返済しろと判決を出した裁判所こそ違法行為を行ったのである。

 

ところが司法界では誰もこの違法行為を問題とせずむしろこの違法行為を基に仕事を創り出すと言う司法のマッチポンプをやったのが今回の事件の背景である。

 

これは例えば「あなたの家の床下にシロアリがいるかどうか無料で調査します」と言って床下にシロアリを持ち込んだシロアリ駆除会社が家主に高い費用を請求して居もしないシロアリ駆除をするようなものだ。

 

しかしそれでは何故こんな事件が起こったのか?何故弁護士が急激に増えたのか?その背景にいるのが文部科学省である。

 

文部科学省が多くの天下り役人を大学に送り込んだのは前川事務次官の時代に暴露されたが古くからの事実である。

 

しかし大学に入学する学生の減少、つまり少子化で文科省の天下り先が減少したためにある役人の思いつきで法科学院が出来た。

 

これで天下りの場所確保と思いつつ世間でその結果は当然のように弁護士余りを生み出し、弁護士で飯が食えると思ってた人々が困窮に至った。そして起こったのが過払い訴訟である。

 

結果として消費者金融はどこも潰されたがその引取先は銀行。マイナス金利の中で利益が取れるビジネスを銀行が奪い取ったのである。まったく良く出来たビジネスモデルだ。



tom_eastwind at 15:09|PermalinkComments(0)

2017年10月13日

大阪面談

大阪で面談を行う。今日は2件の面談で1件が2時間かかるので面談時間は合計で4時間だけど面談の準備に時間がかかるので実質8時間労働だ。

 

面談では様々な話になるがテニスと同じでこちらのコートに打ち込まれた質問にはその場で回答をする必要がある。そうすることでお互いのリズムが掴めて会話が進むのだ。

 

移住は100人いれば100の理由があり全く同じ理由と言う事はない。だからその人の背景をよく聴き込んで選択肢を出来るだけたくさん作る必要がある。この背景聴き込みが不十分だとその後に選ぶ方向性がずれてしまう。

 

話を聴きつつ選択肢を考えながらいろんな例を出してその方の優先順位が何かを聴き込む。これはかなり大事である。移住を考える人は色んな理由がある。けどその優先順位が自分で意識していない事が多い。

 

けど優先順位を明確にしないと何を捨てて何を取るかってとこが明確にならない。自分にとって何が一番大事なのか?どれも最優先なんて言ってたら移住しても幸せになれない。

 

移住はその工程表を作る中で次第にご本人の移住する気持ちや理由が明確になる。

最初はとにかく移住を意識するけど何故かってのはあまり明確ではない。そこで面談で話をする中で「あ、そっか、自分が本当にしたかったのはこれか」と分かるようになる。そこで具体的な選択肢が明確になるのだ。

 

ここが明確になれば僕も移住工程表を作ることができる。

 

移住したいと言っても移住しない方が良い人も多い。今の気持ちが移住したいとなってても将来を考えれば親の介護もあるし永住権取れても結局日本に帰るしかない人もいる。そして移住先でも家族を食わせる生活費が稼げるのか?家賃は高いし生活費はオークランドだと東京並みである。

 

一番困るのは原発問題等で脊髄反射でニュージーランドに来たけど現実問題として永住権は取れず「私達原発難民なんですよ、NZは私達を救う義務があるでしょ!」と本気で思い込んでる人々である。じゃあ原発から逃れて自己破産するのか?

 

じゃあ北朝鮮や中國から「難民」がやってきたら日本は全部受け入れるのか?彼等の生活費をまかない日本語を教えて住宅を提供するのか?

 

とにかく自分の立場でからしかものを見ないから絶対に自分が正しいって思い込んでて「それって日本で状況を置き換えたらどうなんですか?」とは絶対にならない。

 

そして永住権取れずに撤退するのだけど、それって道を外れた時点で無理筋なのは分かっている。けどそういう人に限って「NZ移民局が悪い」とか「私は悪くない」って言うけど、悪いのはあなた、子供に迷惑をかけているのはあなたなのだ。なのにそういう人に限って自分の間違いを認めようとしない。だから日本に帰っても心情的に何も進まない。

 

だからそのような人は最初からNZで無駄な時間を使わずに日本で何が出来るかを考えるべきでありそれが現実的な選択肢なのだ。

今日は大阪で面談を行い明日も2件の面談がある。明日の面談終了後は伊丹空港に移動して羽田に飛ぶ。日曜からまた面談だ。

 

こんな事を年に10回くらいやってるわけで特に僕はキャセイ航空を使うのでオークランドから日本への片道移動時間は待ち合わせを含むと約20時間。若い頃から旅行屋で仕事してて移動が苦にならないし時差ボケがない体質なのが有り難い。

 

さあ、明日もやるぞ。



tom_eastwind at 02:35|PermalinkComments(0)

2017年10月12日

関西空港

昨日の昼にオークランド空港を出発して香港経由で関西空港に到着する。この関西空港も開設当時は海に沈むとか大赤字とか山ほど問題を抱えていたが最近では格安航空会社の発着拠点にもなり旅行客で賑わっている。

 

ほんと、関空が出来た頃は海の上に作った空港であり埋め立てた土がどんどん海水で溶け出して沈むとか、発着料の高さにどこの航空会社も「関空、やーめた」となり苦労していた。

 

ところが今ではすっかり息を吹き返して元気になっている。良いことだ。本来は関西の行政の問題である。

 

あんな狭い場所に空港を3つも持って、伊丹では周辺住民に賠償金払いつつ、じゃあ伊丹閉鎖して関空作りますとなると賠償金もらえない連中が「伊丹も継続せいやー」って話になり、おまけに神戸空港まで作った。

 

全く行政は何をやっているんだかって話であるが視点を変えて観れば地元住民が金儲けの出来る仕組みであり、そのカネは税金で賄っているので役所も自分の給料が減るわけではないので困らない。

 

間接的に困っているのは高い税金を払っている国民であるが伊丹空港を餌に飯を食ってる人たちからすればそんなのどーでもいい。自分が食えればいいのだから。

 

成田も自民党の代議士が地元利権のために作った空港であり本当に北関東国際空港であるが、関西空港と比較すればどっちがひどいか、うーむ、東西横綱って感じである。

 

ただ関空は格安航空会社を引き込むことで活路を見出しそうとしている。そして成田空港も羽田の国際化を観て「やばい!」と思っている。このままでは地理的優位性から成田便が羽田便に変わる。

 

すでにキャセイ航空は成田から羽田に移動し始めているしニュージーランド航空も今年から羽田便を用意し始めている。他の航空会社も右に倣えで羽田シフトが始まっている。

 

関空は開始時点では相当きつくて危機感があったから今のようにLCCを受け入れるって発想が出来たけど成田は政治の成功による利権獲得だったので関空のような危機感がない。

 

何せ国際線空港の到着口で地元の野菜を売ってるなんて世界を見渡しても少ない。これも地元農家向けの利権なのだろうか。

 

関空に朝6時に到着、ホテルに移動して書類準備など一日を過ごす。大阪駅前の景色をホテルから観ながら「この街、これからどう変化するんだろうな」て考えてしまう。

 

「大阪で生まれた女」や「悲しい色やね」だった大阪。大阪から優秀な人々が東京に移動した時代。

 

それでも大阪に残り大阪を愛しながら「勉強は京都、仕事は大阪、生活は神戸」、そんな話を聴くとついつい納得してしまう。



tom_eastwind at 03:01|PermalinkComments(0)

2017年10月11日

一方通行

世の中には自分が規則を守っていれば他の人も規則を守ることを期待するどころか強制する人もいる。自分だけの真実が他人には決して真実ではない場合もあるって事は考えない。

 

そういう真面目な人に限って規則通りに生きようとするし他人も規則通りに生きてるはずだと期待する。

 

だから一方通行の道を車で走っていると正面から車がやって来るなんて考えない。更に正面から車が来ない事を前提の行動を取る。つまり正面から車が来ない事を前提として正面に注意を払わない。その結果として正面から来た車にぶつかる。

 

最近のニュースでも高速道路を走っている前の車を車線割り込みで急停車させて運転手を車から引きずり出そうとしたバカがいて、追い越し車線で前の車を止めさせたら前の車のすぐ後ろから来たトラックに追突されて前の車の運転手が亡くなった。

 

世の中には良い悪いは別にしてこういう事件も起こるのだ。一方通行の道を逆走する人はいないなんて常識や思い込みは、そろそろ忘れたほうが良い。その方が生命の安全性が高まるからだ。



tom_eastwind at 02:32|PermalinkComments(0)

2017年10月10日

現金入金

明日から日本出張だ。スーツのズボンが蛇腹になるなと思ってたら古いお客様から助言あり。今のスーツは復元性が高いのでクリップハンガーでズボンを逆さに釣っておけばシワが伸びるそうだ。

 

他にもいくつか教えてもらったが、有り難い。移住のことは分かるけどズボンのシワの伸ばし方は分からない。そこで本職の方に教えてもらえば本当に助かる。こっちに来て本職やれば僕らオークランド在住の日本人も随分助かるのだけど。

 

そう言えば前回の日本出張で汚れたジャケットをクリーニングに出すと5日くらいして返ってきたが「あなたのジャケットの汚れは現在の技術では落とすことは出来ない」と但書付きが付いてた。そんなもんなんだよね、まだまだオークランドはサービスレベルが低いのが現実である。

 

でもって今日は銀行の話。今日は銀行に新しい規則が導入されて色々と署名が必要で、その関係でシティの銀行を3つ回って3時間位過ごした。そこで観てきた事。

 

「銀行窓口で現金を入金すると現金取扱手数料を頂きます」なんて言うと「そりゃそうだ、振込とかでしょ」と思うかもしれないが、NZでは自分の口座に現金を入金する時も一定額を超すと手数料がかかる。

 

NZでは日本の本州の広さに約450万人が住んでて人口密度が低い。ネットバンキングが主流であり銀行窓口が次々とATMに変わって銀行の人員はどんどん削減されている。

 

そんなところに大量の現金を持ち込まれていちいち数えるのだって人件費がかかる。おまけに現金を与れば金庫に入れる必要がある。金額の再確認をする必要もある。そんな手間をかけるビジネスなら手数料をもらわないと合わないって発想である。

 

特に最近はCRS(共通報告基準)が各国で始まりNZでも銀行窓口でのマネーロンダリングチェックが厳しくなった。

 

1101日からは更に新しい規則が導入される。今までは1万ドル(約80万円)以上の現金入金については身分証明書の提示が求められたがこの日以降はすべての現金入金に身分証明が要求される。

 

自分の口座にお金を入れるのに多額だと手数料が取られおまけに自分の身分証明を見せる必要がある。全く一昔前じゃ思いもつかなかったような規則変更である。

 

しかし今はOECD加盟国を筆頭としてマネーロンダリングを名目とした個人預金把握から海外送金規制強化、過去の送金記録を引っ張り出して「これ、何だ?」と言ってくる。

 

多くの方は例えば1年前に送金した時に何も言われなければOKと思っているが、税金は忘れた頃にやって来るであり1年前の記録を基に「お尋ね」が来るのである。

 

そして銀行窓口でも現在利用中の口座でも何か手続き変更をしようとしたら今まで聴かれた事もなかった国籍が聴かれるようになった。相手を観て純粋なキーウィじゃなさそうだと思ったら窓口で「あなたの国籍はどこですか?」と聞かれる。

 

そこで「日本です」と言うとすかさず申告書類が出て来て「あなたの納税国はどこですか?虚偽申告は違法です」に署名する必要が出てくる。まあ実に手際よく一気にガチガチにやってきたもんだ。

 

世界の政府が一致団結して自国の資金の封じ込めに走っているのがよく分かる。けど僕が一つだけ安心しているのは、これは今だけの話って事だ。

 

つまり今までは世界中の政府、特に欧米で大企業が節税を行いスターバックスが米国企業なのに米国で殆ど納税してないとかアルカイーダが資金調達にトンネル企業を使って海外送金をするとかで政府が後手に回ってたので、世界がテロリストへの反撃と同時に自国企業への締め付けを開始して各国が手を組むようになった。

 

けれどいずれどこの国も気づく。「あれ?スターバックスがこっちで納税してくれればこっちが儲かるじゃんか、米国の言いなりになる必要もないじゃんか」と「こっちの政府」は自国に有利な税制を導入する。

 

すると国際企業はその税制を利用して合法的に節税する。米国は怒るけど北朝鮮相手のような軍事行動を起こすわけにはいかない。

 

そうなると今までOECDで仲良くやって来たと思ってた政府同士が実は根本的に競争相手であるという事に気づくのだ。そこでOECDの仕組みは必ず崩れる。

 

今は一時的に政府グループが民間を上回っているがいずれ政府間で競争が起こる。その時を待って今は雌伏の構えに入っておくべきだろう。



tom_eastwind at 23:24|PermalinkComments(0)

2017年10月09日

体育の日

今日は日本が体育の日でお休みなのでメールの量が減るかと思ってたら全然変わらん。僕が記憶している体育の日は1010日だったけど2000年から10月の第二月曜日になったようで、これで三連休になるって言う有り難い制度である。

 

1010日ってのは毎年だいたい晴れの天気であり台湾では国慶節となっており、これは歴史的に晴れがあるからって事なのか。けど中華人民共和国では国慶節は1001日であり、いずれにしても東北アジアでは台風一過、秋を迎えた青空が広がる可能性が高いからこのあたりに政を持ってきたのだろう。

 

なので今日は日本の皆さんは三連休を楽しんでいるのだろうがニュージーランドではテレビニュースで北朝鮮がいつ戦争に入るかを取材している。

 

トランプのツイッター癖がより熱くなって北朝鮮を刺激するかと思えば米政権内部のネタまで書いてみたり、それでもトランプ就任時よりも支持層が増えているって統計も出ててNZのテレビ報道番組である7Sahrpでは司会者がペンを振り回しながら「現に支持層が増えてるじゃないか」とやってた。

 

けどニューヨークのコメンテーター兼弁護士とのテレビインタビューではトランプのすれすれさがやばいって話が盛り上がってて、全くトランプはどこに進むやらである。

 

共和党米上院議員のコーカー氏は有力議員であるがトランプ大統領のあまりに刺激的なツイッターに対して「ホワイトハウスと言う名前のデイケア施設で誰かが大統領の世話を忘れたらしい」とか言ってる。

 

全く落とし所の見えない状態にコーカー氏は偶発的な第三次世界大戦を危惧すると伝えている。

 

核戦争が北半球を覆い米潜水艦が単独で南半球に逃げ込む「渚にて(On the Beach)」は戦後の冷戦時代の有名なSF小説で1957年にネヴィル・シュートが発表してその2年後にグレゴリーペックによって映画化された。

 

当時は北半球と南半球の境に空気の赤道があり対流している為に北半球の汚れた空気が南半球には届かないと言う事が知られて無くて「渚にて」はいずれ南半球のオーストラリアも放射能によって汚染されると考えられてきた。

 

しかし実際には放射能の被害は限定的であり地球の南北では空気が違うと言う物理的事実が判明することで汚染に対する評価は変化した。

 

放射能自体は自然界に存在しているし人間の体は一定の放射能に晒されても悪影響どころか時には健康になることがある。危険な放射能は短時間に強力に浴びることであり長期にわたって少しづつ浴びるのはそれほど危険ではない。更に南半球の空気と北半球の空気は交流しない。

 

これだけ科学的な事実が理解出来ていれば原発や放射能への正しい対応は可能な筈である。そしてこの事実は福島が吹っ飛ぶ前から存在していた。

 

なのに原発が吹っ飛んでいきなり放射能に怯えた人々はそれまで何の勉強をしていたのだろうか??

 

自分の中に何の試金石も持たずただテレビのコメンテーターに振り回されていたわけだが、実は日本にとっての危険とは現在の北朝鮮の方がよほど大きい。

 

北朝鮮危機は「今目の前にある危機」である。、妄想でも空想でもなく、いつ起こってもおかしくない危機である。

 

それなのに一番の被害当事者になる可能性が非常に高い日本が休日モードで一番被害から物理的にも遠くにいるニュージーランドのテレビ番組が心配しているのだから全く皮肉なものである。

 

体育の日、健やかな健康は必要である。同時に脳みそも自発的に運動させると更に良いと思う。



tom_eastwind at 22:44|PermalinkComments(0)

2017年10月08日

中國的民主主義

先週地元会計事務所で会議をやってた時の話だ。世界情勢の中で中国をどのように位置付けるか?習近平体制が崩壊するのか?

 

この会話の中で僕は今までの考え方を変えて「もしかして今の中國は民主主義なのかもしれない」と話した。

 

最初周りを囲む白人キーウィ達はきょとんとした顔をしていたが、西洋式の民主主義だけが民主主義ではない、東洋的な民主主義が今の中國に出て来ているので、単純に中國が共産主義だからいずれ崩壊の危険があると考えるのではなく中國に根付いた市場主義がいずれ西洋の抱える自由市場原理主義の危険性を改善する中で適度に政府の制御の効いた市場主義が中國のやり方に近くなるのではないか、つまり中國が東洋的な民主主義の基でこのまま安定した国家になるのではないかという僕の意見である。

 

皆は「ほー!」とした顔で僕を観てたが流石にこの国は元々社会主義国であり少しは理解を得られた感じだ。

 

僕は1980年代初頭、つまり文化大革命が終わってすぐの中国から小平の南方巡話、そして天安門事件、香港生活、NZに戻ってからも中国との取引などで観てきて僕にとっての中国の位置づけはアジアの他のどの国よりも大きく、だから常に注視していた。

 

ただその大前提は江沢民等の共産党独裁でありその意味で独裁は何時か滅びる、つまり政治は腐る、長くなればなるほど政治は確実に腐る、変化のない政治は必ず滅びると言う前提で中国を観ていた。

 

しかし今年後半から少しづつ違う視点を中国に対して持つようになった。もしかして習近平がやってるのは民主主義ではないか?

 

この民主主義は西洋式民主主義とは違うし総選挙もないけど実質的に東洋的な民主主義が今の中国で行われているのではないかと言う感覚である。つまり常に変化し続ける政策と国民を向いた施策が実は民主主義のように国民の声を吸い上げて運営されているのではないかと言う推測だ。

 

そう考えるようになったのはいくつか要素がある。

 

まず第一に習近平は父親が文化大革命で下放されて彼自身が子供の頃に共産主義の抑圧の中で苦しい生活をしたと言う事実である。

 

優秀な父親が中国政府の中心にいたのにある日突然文化大革命の嵐に巻き込まれて失脚、父親だけでなく家族全員が中国の僻地に追いやられた。その体験は幼い習近平の心に大きな問題意識を植え付けただろう事は想像に難くない。

 

そんな彼は自分の心の中の怒りを知っているから、中国の一般国民が本気で怒って政府に反発をすれば民衆と戦っても勝ち目がないのは肌で理解している。何故なら自分のような人間が反体制側に回って、そういうのは梁山泊のように集団を結成すれば強い。自分が強いことをよく知っている習近平だからこそ、その怖さをよく理解出来る。

 

だからこそ虎もハエも叩く汚職追放作戦に出て日頃地方政府に不満を抱く国民に溜飲を下げさせて中央政府に対する信頼を取り戻す政策を行っている。

 

これはまさに国民目線の施策である。勿論その裏では政敵を追い落とす目的もあるがこの施策が国民に受けたのは事実である。

 

そして軍部の押さえ込み。中国人民解放軍は両刃の剣であるが上手く使いこなせば強力な武器になり地方の反乱や政敵の押さえ込みには最高の効果がある。だからこそ軍部トップの首を切りそのすぐ下で機会を狙ってたNO2を昇格させて恩を売り同時に軍隊を縮小させて国家予算の削減を行った。

 

政治的には上記2つの要素を使うことで自分の立場を強固にして次の5年間を不動の立場にすることで自分を毛沢東や小平のような位置づけにして子々孫々まで家族を守る。

 

その為にこそ国民目線の政治を行いそれが結果的に民主主義を生み出しているといえるのではないか。

 

と言うのも香港での雨傘集会や書店誘拐事件などがあり弾圧を強めつつもこれは日本でも公安がやっている事であり自由と治安の均衡を取るための、どちらかと言えば中国にしては随分大人しく対応していると言える。

 

何せ中南海が本気で危険を感じたら天安門広場事件のように戦車を送り込み学生を轢き殺すなんてごく普通、法輪功叩きの時は公安の取調部屋でで拷問で殺すわけだから、雨傘には放水、書店では誘拐と説得で事を収めようとするのは随分と「民主的」である。

 

そんなこんなを考えてみると、習近平のやってる政治ってのは西洋から観れば確かに独裁主義と定義されるが西洋的な発想を持たない東洋の大国である中国からすれば実は十分に東洋的な民主主義が成立しているのではないだろうか。

 

観光と言う言葉がある。今では旅行業界の言葉であるが語源は国の光を観ると言う意味、つまり国民や国家がきちんと運営されて繁栄しているかを観ることを意味する。

 

政治の治とは古代から水を治水することで農地を守り国民の食料を保全することが国の大きな役割であることを示し、政治とはつまり国民の安寧を築く仕組みの構築であった。その意味で元々の中国は国民主体の国家であったのだ。

 

それが同じ政権(王家)が何代も続くものだから腐敗が広がって結果的に政権が武力に依って倒される事が続いた。

 

逆に言えば中国の政権が5年から10年単位で変わっていけばそれは腐敗の拡散を一定レベルで止める事が出来て前の政権に問題があれば次の政権で燻蒸出来て国民からすれば「食い物をくれて殺されない国」であればそれほど文句はないのだ、今の日本のように。

 

そんな事を考えて中国を観ると国民の習近平に対する評価は高い。これは西洋や日本の新聞ではあまる触れられてないが実際に中国大陸の一般市民の声を聴けば習近平は「それほど、今までほど悪くない」のである。

 

ならばこれは習近平がそれなりに民主的な政治を行っていると評価出来るのではないか?江沢民に比べれば日本に対してもそんなに敵視していないし米国とも事を構えるより話し合いの姿勢を見せている。

 

さらに言えば西洋とか日本の民主主義と言ってもそれは常に政府の優越性を守るために公安警察が違法捜査を行い国策逮捕を行い、そこに本来の意味の民主主義は存在していない。そのような民主主義と中國の民主主義がどう違うのだろうか。

 

もしかしてこれは僕ら西洋陣営が中國的民主主義と言う新しい考え方を理解する良い機会なのかもしれない。



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2017年10月07日

近江ビジネス

ランドバンキング開発も進み今週から現地で販売オフィスを設置している。建設現場のコンテナの内装をショールームにしてフェンチャーチ地区第一期開発の全体図、販売価格などを掲載して毎週火曜日から土曜日まで毎日2時間程度見学と説明を行う。

 

まだまだ一里塚ではあるがNZで仕事をしていてここまで円滑に動く案件は少ない。勿論現場では細かいことが散乱しているがそれでもこれはチームワークの賜物だなと思う。皆の方向性が一致していてそれぞれ担当が明確でそれぞれ担当部門はプロなのでお互いに相手の仕事を尊重しつつ全体最適を考える事が出来るのが良い。

 

この不動産開発はオークランドのファーストホームバイヤー向けの企画であり購入者にはローンの金利を政府補助とか購入価格を値引きとかいろんな仕掛けがあるので通常の地区で購入するよりもお手頃に設定されている。

 

そして政府が直接購入する件もあるので、住宅の青写真が出来た時点で大体40%は売り先が決まり完工するまでにほぼ100%売却先が決定する。なので一軒の住宅建設を開始して売却まで半年以内、完工後すぐに売却資金が銀行から振り込まれるのでその資金で2軒目の建設を着工する。そしてこれも半年で完工売却代金回収となる。

 

なので一つの資金が一年で二回回るので一軒当たりの建設利益15%が二回転して粗利で約30%の内部収益率と言う計算になる。

 

これも今の時代のオークランドだから出来る芸当な訳で、同じことを今の日本でやってもあり得ない話である。

 

けど昭和30年代の大阪や東京ではどうだったろう?僕のお客様で大阪の万博跡地を住宅建設に利用して建売住宅を作ったら、作った端からどんどん売れていった時代があった。

 

古い中國の言葉で「天の時、地の利、人の和」と言うことわざがあるが、まさに今のオークランドがその場所と言える。

 

天の時は北半球のテロやアジアの教育問題、地の利は周囲2千キロにわたって近隣国がなく一番近い豪州でも友好国、その次に近いのは4千キロの南極、資源は羊と牛、まさに1980年代まではすべてにおいて田舎と言うマイナス要素だったNZがインターネットの発達に伴い距離感が変化して、逆にその地政学的観念から観て天の時と地の利を得ているのだ。

 

そして人の和。これは何よりも大事である。大体においてオークランドで起業する日本人や日本企業の失敗例は犬も倒れるワンパターンである。相手を信じすぎるか友達の延長で仕事をするのだが、キーウィは個人的に付き合う時と仕事では全く人間が変わる。

 

そしてキーウィは基本的に英国人であり契約観念は非常に強いが同時に自己責任も明確である。例え仲間と言っても成功すれば俺の実力、失敗すればお前が悪いである。そういう付き合いで長続きする理由はない。成功に偶然はあるが失敗に偶然はない。

 

そして日本人のこの国のビジネススタイルと合わないのが、大体において日本人は相手を使い倒して自分の利益を最大化しようとする点だ。

 

そりゃ日本のようにビジネス社会の裾野が広ければ焼畑農業的にまずこの市場で荒稼ぎして死屍累々とさせておいて次の焼き畑ってのもあるが、オークランドのビジネス社会は実に狭い。皆横でつながっている。

 

だから地元民の利益を無視するようなビジネスモデルは嫌われるし敵を作るしそうなると彼等は団結してガイジンを潰しにかかる。

 

これはもうオークランドのビジネス社会では上も下もなく皆同様な反応を起こす。だからこの街で長く生きていこうと思ったら、如何に地元の取引先と組んで相手に儲かってもらいつつ最終消費者である地元民に「お、こりゃいいな」と感じてもらうかである。

 

どんなに良い商品でも地元の人が価値を見出さなければ売れない。良くある例がシャワートイレである。どれだけ日本人にとって良くてもまだ白人社会では「気持ち悪い」としか理解されていない。

 

またシャワートイレを導入するって事は今までの陶器製のトイレが駆逐されるわけでそれを地元の人々が唯々諾々と受け入れるか?

 

そこで販売店や関係者が十分な利益が取れること、維持補修なので電気屋さんの仕事が増えること、そして最終消費者に商品の良さを知ってもらう為の必要最低限の宣伝が必要である。

 

衣食住に関わるビジネスは北半球から来る場合ビジネスサイズが大きすぎてNZに合わない案件をよく見る。例えば当社の斜め向こうに新しく出来た洋服店TOPSHOPは派手な宣伝で一時期人気を博したが2年で閉店。一番賑やかだったのは開店セールと閉店セールだったと言う、笑うしかないような案件もある。

 

ちっちゃな街にはちっちゃな街なりの戦略がある。一つ目の仕事が皆の利益に成り上手く言って地元人脈が広がればそれが次のビジネスを生み出してくれる。そこでまた皆の利益を優先して仲間を増やせばまた紹介があって次のビジネスに繋がる。

 

これは考えてみれば江戸時代から続く近江商人の三方一両得と同様である。何も難しい事はない、日本が小さな島国だった時代に田舎の一つの地域で長く商売をするためのコツであった。

 

まずは取引先に儲かってもらう。買って貰う人に価値を見出してもらう。そして残ったお金が自分の取分である。逆に言えば今の日本のように自分だけが儲かれば良いってビジネスのやり方や価値観は江戸時代に比較して相当に変化して来た証拠であろう。



tom_eastwind at 20:28|PermalinkComments(0)

2017年10月06日

香港法律事情

水曜日の話になるが、会計事務所の午前中の会議の後はフジキンでランチミーティング。NZ時代から古い付き合いで現在は香港で弁護士をやってる仲間が数年ぶりにオークランドに休暇で来たので当社担当スタッフ達と和食を頂きながら歓談する。

 

彼は元々ニュージーランドで弁護士資格を取得してその後香港の弁護士資格を取得して元々の生まれ故郷である香港で働いているのだが、香港の弁護士最新事情などを聴かせてもらうと元は同じ英国植民地で同じコモンローなのに土地柄によってこれほどコモンローの解釈が違うのかと興味津々に話を聴いた。

 

彼曰く香港の法律は古くて固くてNZのような弁護士の裁量もなく議論の余地もないガチガチとの事。

 

またその仕組は香港が英国植民地だった時代、つまりインターネットもパソコンも発達していない1970年代に構築された仕組みがそのまま残っていて、よくこれで21世紀をやっていけるなってびっくりしたこと。

 

そう言えば香港の法廷では今でも頭に被り物をした人たちが法律議論をやっているから、なるほどなー、あのままなんだなって感じた。

 

そして裁判所での裁判は英語が基本。香港人は広東語が基本であるが裁判は英国式なので第一言語は今も英語なのだと。証拠書類も英語で作成されるし。

 

けど僕が香港のテレビ番組で観る裁判では広東語でやってるよって聴いたら「あ、あれはね、被告が広東語しか出来ない時は被告に不利にならないように広東語でやるんだよ。勿論北京語を希望したら裁判は北京語でやる」

「てことは、君の場合は三ヶ国語出来るからどれでもいけるよって話かい?」

彼はにこっと「はい、その通り。おかげで仕事があるんだよ」と笑ってた。

 

香港では不動産売買が日本と同じように権利証書必須である。彼はNZの不動産売買に慣れておりNZではすべての書類が電子化されているので最初香港で不動産関連の仕事を取り扱った時は戸惑ったそうだ。

 

香港などは狭い場所に無数のビルが建っており1980年代には600万人の人口のうち60万人が海外移住をしており現在建物があっても所有者が誰か分からない、最後の所有者を何とか登記簿で見つけても海外移住してて現在どこにいるか分からない。

 

そんな案件は売買出来ないのでせっかくの一等地でも地上げも出来ず大変なんだそうだ。そう考えるとNZは田舎の小国ではあるが電子化と情報公開は進んでいる。

 

彼は香港では得意分野は訴訟であり特に著作権、メールを使った詐欺事件等を扱っており随分と生な現場の話も聴かせてくれて非常に学べるし楽しい。

 

そして彼が香港で弁護士になって一番違和感を持ったのは、香港では弁護士は同志ではなく敵であるって事だ。

 

NZは狭いし大学を卒業しても弁護士になれるのはほんの一握りであるからお互いに学生時代からよく知っていることがよくある。ましてや狭いNZ、そして性善説NZなので訴訟とかあっても弁護士同士が時には直接相手側弁護士に電話して「ちょこっと」話をすることがある。その方が仕事がお互いに円滑に進むからだ。

 

NZの弁護士は基本的に時給であり下手に長引くと依頼主の負担が増える。それよりは弁護士同士がお互いの本音を早いとこ出し合って「丁度よいとこ」で落とし所を決める。それで依頼主の費用も節約出来るし自分たちの時間も節約出来るし裁判所や調停で時間を使う必要もない。

 

ところが香港では弁護士同士はお互いを知らない事がほとんどで法廷で会って初めて自分の敵の顔を観ることになる。だから最初から喧嘩モードであり如何に相手を怒鳴り散らしてテレビドラマの「スーツ」のようにガンガンいくかが勝負になるとの事。

 

もちろん「スーツ」はあくまでもドラマで面白くしているからあそこまで興奮することはないけどNZの弁護士活動が大学のサークルの仲間内の話し合いとすれば香港の弁護士活動は高校生の修学旅行が旅先でぶつかっていきなり近接遭遇戦で殴り合いが始まる、みたいな感じと言ってた。

 

中国においては著作権は早い者勝ちである。例えばNZで当たっているブランドがあると目端の利く中国人が全く同じブランドを中国の裁判所に登録しておいて、NZブランドが中国に出て来てブランド展開した瞬間に裁判所に著作権法違反で告訴して賠償金を取る。

 

この中国独特の法律を知らないのは外国人にとっては当然だが、その間隙をぬっていけるような法律制度もどうかと思う。けど日本もそのあたりはかなりいい加減だもんな。

 

特に不動産売買とか古い法律が残ってたり著作権でも曖昧だったりするから日本人は中国の事をあまり笑えない。

 

そんなこんなを話しつつこちらは最近のNZのビザ事情や今まで彼が当社と組んで扱ってきた案件の話をすると彼も懐かしそうに「そっか、彼等も無事永住権取れたんだね」って話になったり「え?何であの案件でもめるの?あ、そっか、あの弁護士が割り込んだんだな、けどその対応で依頼しているあの弁護士は僕より優秀だから彼に任せとけば大丈夫だよ」とか話したり。

 

1時間30分と言う短い時間であったが美味しい和食コース料理と楽しい会話が弾み勉強にもなる時間であった。



tom_eastwind at 16:03|PermalinkComments(0)

2017年10月05日

おときた駿議員について

本来これは僕の領域ではないのだけど東京都議会議員として小池氏に合流してマスコミ出演も増えてた彼だが、昨日今日と都民ファーストから離脱云々と言う話が出てて、更にそれを本人が「分かれるつもりはあるけど分かれると言ったわけじゃないからマスコミ報道静かに」なんてコメントをしている。

http://blogos.com/article/250078/

 

小池騒動はいかにも日本の戦国時代を表す面白い現象でありそこに細野、前川が加わりとまるで天下分け目の大合戦になっているが、東軍と西軍がぐちゃぐちゃの状態であり外から観ているとまあコップの中の嵐。いずれ日本らしく納まる所に収まって来年の春になれば皆仲良く田植えが始まるからいいやと思ってた。

 

ここでおときたさんと言う議員が出て来た。都民ファーストをどうのこうの。僕からすれば彼が辞めようが残ろうがどうしようがどうでもよい。所詮外国から観ればコップの中の嵐の中の水滴がぴょんと上がった程度の目にも入らない話でしかない。

 

僕がここで感じたのは彼の政治信条の問題ではなく彼の日本語能力及びインターネットリテラシーの問題である。

 

おときた議員のブログは少し興味があったので1年ほど前から週に一回ほどまとめ読みして、それで都議会の様子等を他のブログと突き合わせながら理解する材料の一つとしていた。

 

僕の仕事は情報産業であり実際の仕事はお客様に対して「今目の前に見えないもの」を口頭や文字で説明するのが仕事である。特に文字の分野は大きい。常に相手の視点で観て説明するようにしている。

 

だから他人の書いた文章と言うのは職業病と言うかついつい目に入るし脊髄反射で文章の脈絡を読んでしまう。おかしな文章は理屈でなく直感で引っかかる。例えば口に入れたものがこんにゃくではなく消しゴムだった場合本能的に吐き出すようなものだ。

 

その意味においてこの議員の書いている内容で「これで議員になれるのか?」と「これでネット・ブログ議員」って呼ばれているのかと言う不愉快さがある。何故なら文章に一貫した趣旨がなく一つ一つの記事の底に本来あるべき一気通貫した信念がない事が観えるからだ。

 

感情的な記事は、それはそれで良い。結婚の記事なんてのは彼本来の心情が表れてて良かった。

 

けれど政治記事に関しては全く一貫性がない。信条がないから都議会での主張もその場の人気取りにしかなってない。その意味で民進党と同じ程度の「人気取りを狙って滑っている」状態である。

 

文章は一つだけ書かせれば上手く描くことも出来る。他人の文章をコピーすれば良いからだ。しかし連続的に文章を描くと必ずいつか矛盾が出てくる。だから議員として一貫性を持って文章を書くには自分が他人の文章をコピーするだけでなくその主張の真意をしっかり理解する必要がある。

 

それがないまま他人の文章をコピーばかりするから自分だけの主張を質問されると自分の主張がないから冒頭のような「分かれるつもりはあるけれど〜」のようなトンチンカンな答が返ってくる事になる。

 

それでも彼が一定の人気を得て票が取れて都議会や衆議院に選出されても芸能人議員扱いで議会に出席するのもありだろう。バカでも選挙民の意見を真剣に聴いていれば選挙民が議員を鍛えて成長させてくれる。

 

彼は根っこは良い人なのだろうから政治信条がまだなくてもいずれ能力が生まれるかもしれない。しかし現時点で彼は議員としては失格である。



tom_eastwind at 11:15|PermalinkComments(0)

2017年10月04日

定例ミーティングとNZ銀行社債

今朝は地元大手会計事務所の資産管理会社のトップと定例ミーティング。

 

会計事務所は世界中からやって来る投資移民顧客の租税協定や二国間協定を熟知して両国をまたぐ一番効果的な納税方法を提案して資産管理会社では投資先の選定から実際の投資実行、運用管理を行う。

 

こことは15年くらいの取引がありお互いに相手のやり方はよく知っているので話が早い。そして何よりも政府とのパイプも太く移民局からの信頼も厚いから一緒に仕事をしていて手筈が円滑に動くのが良い。

 

今回はPIMCOの世界情勢分析から入り世界4つのエンジンが同時に活性化していながらもインフレに繋がらず株価の上昇が起こっており今が良い時期であること。

 

米国ではイエレンがQEを止めて市場に出ている国債を買い戻して来年には利上げを行う予定。欧州も来年にはQEを止めて金利を上げる予定である。日本?日本だけは何せ安倍首相がアベノミクスの失敗をバラす訳には行かず黒田総裁がひたすらQEを続けて日本国債買取政策とゼロ金利を継続することになる。

 

歴史的に観て中央銀行が政府国債を買い取るとはお札をする輪転機ぐるぐる方式でありこれは世界中の歴史を見ても必ずハイパーインフレに繋がる。ところが日本円だけは現時点では世界で信用があり有事の円買いは変わらない。

 

この信頼があるからこそハイパーインフレが起こらないが、もしある日誰かがふと「あれ?ちょっとおかしくないこれ?」と言い出したらそこから債権の暴落が起こる。

 

国債の空売りが始まれば国際価格は一気に下落して債券金利が一気に上昇するので日銀は一日で債務超過に陥るがそこは国家の銀行であり倒産はしない。しかしハイパーインフレは確実に市民生活、特に年金生活者を地獄に落とすことになる。

 

相手が僕に聴いてくる。

「日本は一体何時QEを止めるのかな?」

「日本は経済政策としてのQEではなくアベノミクスが生きているふりをさせる為の政治政策なので経済合理性で動いてない。だから欧米とは歩調が合わないのは当然だろう」。

 

「むしろFRBQEから無事逃げ切るまでは日銀が殿軍としてQE継続をして欲しいと思ってるわけで日本がQEから離脱するのは世界の最後、そして一番被害を被るのは殿軍である日本経済だろう」と答えておいた。

 

それから次はニュージーランド国内経済事情の話になるが現在NZの経済指標は非常に調子が良い。マスコミはネタがないと面白くないので針小棒大におもしろおかしく書くが実体経済は底堅く今後も農業、建設、観光、留学と言うNZの中心産業は安定して成長していく。

 

政治的にはウィンストン・ピーターズがキングメーカーになるけど労働党は中道左翼、国民党は中道右翼、どちらも中道なのでNZの国家運営方針が大きく変わることはない。

 

それから話題は次に移り今度はこちらから企画提案しているNZの市中銀行が発行する社債のクラウド販売についてだ。

 

現在日本の大手銀行が発行する社債は0.5%以下である。ところがNZの銀行が発行する社債は3.5%であるから約7倍の配当。S&P格付けはAAだから投資適格である。

 

それにNZでは法的には政府が銀行を支援することはないがリーマンショックのような危機の時は政府が国債を発行して銀行を守る。それが結果的に国民を守る事を知っているからだ。

 

なのでNZの銀行が真面目にやっててAA格であり3.5%で運用出来るなら日本の債券金利の約7倍であるし政府のバックアップもある。けどNZドルでの投資だと為替リスクがある。そこでこの銀行社債をNZドルではなく日本円で購入できるようにする。

 

そうすると為替リスクのないAA格の銀行債が日本の銀行債の7倍の利回りで買えるからこれは有利である。

 

NZの金融免許を持ったNZの資産運用会社が主体となりNZで投資組合を設立して世界中どこからの申込みも受け付ける。通貨はNZドルでも米ドルでも日本円でも良い。

 

これで各個人投資家がNZの証券会社(資産管理会社)に自分の口座を持ち毎年日本円で配当を受けることが出来る。もちろんNZで納税15%、年間管理費、NZから日本への送金手数料が費用として発生するがそれでも日本より有利な投資になる。

 

相手側と法的な側面の問題、二国間の納税と租税協定、等などを1時間くらい検討してお互いに持ち帰り再度双方から提案を出し合うことになる。僕は来週水曜から日本なのでこの件は火曜日までに一定の結論を出す必要がある。

 

午前中はこの会議で過ごしその直後にランチミーティングが入っているがそれは明日の話である。



tom_eastwind at 20:06|PermalinkComments(0)

2017年10月03日

青空

日本ではいよいよ選挙戦が白熱していいる。選挙後の陣営を考えればこれで自民党と希望と公明で三分の二の議席を取り安定政権のままオリンピックに向けて突き進み米国との同盟は堅持しつつ日本は独自の防衛装備、必要によっては核武装まで視野にいれるのだろう。

 

何せこの選挙で勝てば3年間はやりたい放題である。何だかますますきな臭い雰囲気が漂っている。枝野氏も頑張って新党を立ち上げるけど「意気や良し 結果はまたも 社民党」と言う事になりそうだ。

 

ニュージーランドでもまだ選挙の最終結果である「どこが与党になるか」が確定しておらず暫くは役所も開店休業状態である。

 

特に与党体制が決まる頃は12月中旬からの約一ヶ月のクリスマス休暇が控えているからどこの職場もクリスマスにかかるような案件はやらないから政治的には今年はもう静かに終わりそうだ。のんびりした国である。

 

けど人口1億人を超す日本では年末もぎりぎりまで働き年明けもすぐ出勤するわけでその意味ではお正月も政治活動をやっているから河野外相が留任すれば面白い事になるし選挙に当選した2回生が不倫スキャンダルでまたギャンギャンやっているのかもしれない。

 

そんなこんなの10月であるが来週11日から日本出張である。今回は大阪と東京を回る。

 

最近は説明会を開催することはなく全て個人面談で対応しているから一つ一つの具体的案件に集中出来るので良いのだが一件当たりの面談時間が2時間になっているのでソファに座って面談3つもするとスーツのズボンが蛇腹になるのがいつもの悩みである。

 

部屋に戻ればプレス機械があるのだけど使い方もよく分からないので結局手で引っ張ってハンガーに架けるしかない。

 

うーむ、移住の方法が分かっててもズボンのプレスが出来ないと言うのは何か問題があるのではないかといつも思うのだけど、それでも電気系統が弱いのを無理に治そうとするよりも移住の企画を作っている方が適材適所だと思う事にしている。なので旅先では部屋でズボンを引っ張ることになる。

 

それにしても最近の傾向として起業家ビザ取得が非常に厳しくなった。事の起こりは2014年の総選挙であるがその前年に大量の中国人が起業家ビザに集中した結果、それまでは申請すればほぼ永住権まで取得できていたのが2014年からは申請して半数が落とされている。

 

また申請が通っても9ヶ月後の延長や最終的な永住権申請で落とされる案件が続出して去年からはもう申請さえそれまでの三分の一以下になった。

 

幸い当社で起業家ビザ部門を申請した方で最後までお付き合い頂いた方は全員永住権取得又は現在永住権申請中であるがほぼいける感触は掴んでいるので時間の問題であろう。

 

NZ政府としても最近の起業家向け宣伝ではNZで起業したキーウィのビジネスモデル「スタートアップ」と呼ばれる会社群にエンジェル投資をしませんかと言う切り口に変化している。

 

けどキーウィの起業は当たれば大きいけど外す確率が圧倒的に高い。新しく出来た会社が2年目には70%以上消滅しており5年続く起業は10%以下、10年となると5%以下である現状を考えればエンジェル投資はリスクが高い。

 

キーウィも個人的には良いやつばかりだけど仕事となると全く性格が変わったようになりその落差の大きさは日本人には理解し難いものがあるからキーウィと組むと言うのもかなり無理がある。

 

技能移民のポイントは増えて、あまり英語の得意でない普通のサラリーマンだと移住のハードルは相当に高く更に永住権が取れたとしても生活資金の確保が難しい。だから結果的にアジア人が技能移民でNZに渡り子供を育てると言う絵図にはかなり無理がある。

 

なので本当にここ1年で移住が厳しくなったのが事実である。

 

僕が何時も言うことは「ビザは取れる時に取れ」である。取っておいて結果的に渡航出来ず日数不足で撤退したとしても一度は挑戦して成功したわけだ。ところが二の足を踏んでいる間に規則が変わり以前の規則ならいけたのに新しい規則では行けないという話はあっちこっちにある。

 

永住権申請して取れなくて元々、取れれば幸運、取れて渡航出来れば更に幸運、渡航できても滞在日数が稼げなくてもやれることはやったのだから後悔は少ない。

 

明日は地元会計事務所で新規案件のプレゼンを聴いてその後弁護士とランチミーティングだ。ほんと日本から帰っても全然案件が終わらない。だから何時も弁護士や会計士を捕まえては「これ、いける?」とやる必要があるので気ぜわしい日々が続いている。

 

まあいいや、それでも世間が当社を必要としてくれている限りはやる。休むのは死んだ後にいくらでも出来る。今はとにかく前に進むのみである。

 

今日は空を観れば青空。日本出張まで後一週間、飛ばすぞ。



tom_eastwind at 22:32|PermalinkComments(0)

2017年10月02日

ランチミーティング

もう10月だ。一年の内3半期が終了した。残り3ヶ月で今年も終わりって事はこれから3ヶ月もやること満載って事である。

 

月曜日に出社して朝会議やって、会議後にはもう一つちっちゃい会議やって細かい事を決める。

 

元々ぼくは会議が好きではないし皆もそれは知っているけど、最低限の打ち合わせは必要である。だから時間を節約するために昼食会議をよくやるのだけど、最近よく行くのがシアター裏のレストラン街である。

 

古くからオークランドシティを知る人からすればほんと、ここ数年のシティの「今日はどこで食べようかな?」って楽しみはあり得なかった。選択肢がないのである。それが今はほんとにお店がたくさんあって更に次々と新しい店が開店して、昼食選びが楽しめる。

 

そんなん日本では当然、ってのは分かるけど、シティって10年前は完璧に選択肢なし、5年前でも少し歩かないと店ないし状態で、けどこの3年で一気に変化したのだからすごい。

 

とにかくシティで歩いて10分の範囲内に楽しめる店がどんどん増えているのだから当時を知る人々からすれば隔世の感である。これが街の発展と言う事なのだろう。

 

そんな中で今日もランチミーティング。議題が3つくらいあって少人数で飯食いながらささっと議題を並べてささっと問題点を確認してささっと方向性決めてささっと担当決めて最後に「あー、昼飯旨!」となる。

 

元々NZではランチミーティングが主要な社外ビジネス会議である。夕食接待と言う発想がないこの国ではシティで仕事をする時は昼飯を食ってワインを飲んで2時間くらいしっかり話しこむのが一般的である。その代わり夜は家族の時間だから夕方5時になればきっちりと自宅に帰る。

 

もちろん僕ら日本人は昼間に酒を飲む習慣はあまりないからお茶やコーヒーであるが、それでも会議を兼ねているので1時間を越すことはよくある。

 

昭和の福岡では昼飯一時間で最初の30分が飯、次の30分が喫茶店でタバコ吸いながら新聞読むってのが多かったな。あの時その光景を観て「何て非生産的だ」と思ったものだ。

 

それに比べればシティのビジネスマンの仕事の進め方は効率的かどうかは別として昼食時間は30分以内、ほんとに食うだけ。その代わり仕事なら2時間ランチもOK。だらだらとエロ新聞読んだりしてないからその分だけ仕組みとしては良いと感じる。

 

今抱えている案件も実によりどりみどりであるが、今朝は訴訟を得意とする弁護士と打ち合わせをやったのでその件の報告がランチミーティングの中心である。

 

この仕事をやっていると本当に様々な弁護士との会議が出てくる。

 

ビザ、不動産、ビジネス売買、株式取得、M&A、どれを取ってもすべて弁護士や税理士が必要なので彼等の英語についていくのは大変であるが彼等もこちらが移民一世と分かっているので英語についてはある程度妥協してくれる。

 

けれど本題に入れば相手に伝える事は出来る。流暢ではないし現在形と過去形しょっちゅう間違えるけどこちらの考えていることは相手に確実に伝わっているのは相手がその後に作る手紙を見れば分かる。

 

今回の案件は既に何度も繰り返しやった案件で、こっちからすれば「またやんの?また負けるよ」案件である。すでに3回弁護士を変えているがすべて撃墜されている。今回で4回目であるが、まだ飽きないのか?

 

他にもフィンテック関連のNZと日本の間の法的問題点も俎上に乗る。二国間の法律ってインターネットの世界ではすぐに飛び越えてしまうから本当に注意が必要である。

 

ある人は軽く考えて一線を踏み越えてしまうしある人は完璧国内主義になって折角の機会を失っている。しかしどちらが良いかと言えば「分からない事に手を出さない人々」である。

 

その意味で日本人は賢いと思う。子供の頃から金融を学ばずに挑戦をせずに真面目に働く道を選んだ人々は給与を得て貯金をしてそれを子供に残した。無理に株を買わず投資不動産に手を出さず実直に働き子供に教育の機会を与えてその為にお金を遣った。

 

そんな人達を石油ショックとかバブルとか何度も大津波が襲ったけど、結果的に生き残ってきたのは真面目に働いている人々だった。

 

そういう人たちの為に仕事をしよう。



tom_eastwind at 23:46|PermalinkComments(0)

2017年10月01日

バイセンテニアル・マン

最近フィンテックと言う言葉が飛び交っている。日本の銀行も結構本気でこの問題に取り組んでいる。と言うのも今取り組まないと銀行業そのものが崩壊する可能性があるからだ。

 

日経ビジネスでも銀行フィンテック特集を組んでソフトに関する各銀行の取り組みを紹介している。週末にこの銀行特集を読みつつふと思ったのが「これって別にコンピューターがなくても今までもやってた話だよね」と感じた事だ。

 

フィンテックという言葉を並べなくてもビジネスのネタそのものは古くから行われてきたものだ。ただそれがIT技術により規模が思い切り巨大化したと言うだけである。

 

これが勿論カード読み取り方式の変更でレジ不要になるとかハードの面であればそれは大きな進化である。実際にIT技術でもハード部分がファイナンス業界でものすごい勢いで発展しているのはよく分かる。

 

特に携帯電話のプラットフォームを上手く使ったアプリで小売ビジネスをやれば決済まで携帯電話で出来るようになり銀行振込不要となる。

 

そのうち中国のように銀行にお金を預けるのではなく携帯電話そのものが口座となりそこにお金を入れておサイフケータイが発展していけばATMが次第に使われなくなるだろう。

 

現金を持ち歩く必要がないし銀行窓口も企業や多額の資金を使う人だけのマイナーな存在になり日常生活では小銭の持ち歩きが次第に不要になっていくだろう。

 

携帯電話が一人一台の時代になり携帯のプラットフォームにレストラン予約から音声誘導の道案内、タクシー呼んだり支払いはすべて携帯電話となれば今まで銀行口座で小額決済用に置いてたお金はケータイ口座に移り「銀行よさようなら、携帯よこんにちは」となるだろう。

ところがこれがソフトで銀行金融の事になると例えば欧州から始まった送金ビジネスであるがこのモデルって何のことはない何百年も前から中東や欧州で使われていた方式である。それをフィンテックで規模を拡大して、今までは相対方式でやってた海外決済を世界中をネットで繋げて決済しようと言う仕組みである。

 

その昔欧州と中東やインドが貿易をする時にはいちいち現金は使わない。予め契約をしている欧州と中東やインドの銀行が手紙で事前に顧客取引の詳細と銀行保証書を発行してそこに暗号札を付けておく。

 

欧州から積荷を送ってきた船は中東の港に着くと荷受人が待ってて予め用意した割札でお互いの身元を確認する。

 

その後荷物は荷受人に渡り中東の銀行は積荷を保証した欧州の銀行に手紙を送り取引が無事に成立した事を告げて中東の銀行が欧州の銀行に持つ口座から荷送人の口座に資金を移動させて取引終了である。

 

つまり実際の海外送金は行わず現金が動くことはないから盗難の危険がない。銀行同士の信用で取引が成立した。これと同様の事をインターネットでやろうとしているのだ。

 

それから戦後の日本が手がけてきた、預金者の預金を集めて企業に貸す仕組みは間接金融であり銀行は貸付先の返済能力を見極める与信(審査)能力が非常に重要となった。

 

しかし今始まっているクラウドファンディングは借りる側がインターネット上で借り入れに必要な情報を出来るだけ多く提供して貸す側はそれを自分の目で観て直接貸付をする、つまり審査能力を銀行ではなく貸付する個人が持つ必要があるという事が戦後の間接金融とは完璧に違った直接金融の世界を作り出すと言う事である。

 

とまで言えば何だか素晴らしい話のように聴こえるが、これって日本でも昔からあった仕組みである。知り合い同士がお金を持ち寄り今必要な人に貸してその人が金利を含めて返済したら次に必要な人が借りていく仕組み、つまり頼母子講、モアイ、組合等と呼ばれた地域の生活協同組合の資金版である。

 

その昔日本では村が一つの単位となり村の中で生まれ育ち成人になり子供や孫に囲まれて最後も村で息を引き取った。

 

その村では皆が皆を知っており、だからこそ皆で協力して資金を集めて誰か困った村人、例えば子供が生まれて出費が増えたとか村の優秀な子供が東京の学校に行くのにお金を借りるとか、その代わり子供が大学を出て偉くなれば給料から返済をしてもらう、そういう互助会的な仕組みがあった。

 

実はこれは中国が元祖ではないかと思うが、中国では部族(親戚)の中で一番頭の良い子供に皆が集めた金を注ぎ込み科挙試験に送り出し無事に合格したらその子供が官僚になると同時に縁故で部族が仕事を得ることが出来て村全体や部族が発展した。

 

日本では戦前このような仕組みがあちこちにあったが戦後は行政によって信用組合や相互銀行などに変化していった。

 

現在インターネットで始まっているクラウドファンディングは地域ではなくネット上での繋がりの構築である。これが本格的に始まれば今までは銀行からしかお金を借りることが出来なかったスタートアップ企業がネット上で魅力的な提案をすることで資金を集めることが出来る。

 

そうなると戦後の銀行が担ってきた間接金融と言うビジネスモデル自体が崩壊するのである。もちろん大企業専門の部署には関係ない話だろうが、中小企業でクラウドが広がればいずれ大企業も部門別に特定のビジネスに限定してクラウドを始めたりするようになるかもしれない。

 

だから銀行としては今のうちから対策を検討して銀行が今後どのようにフィンテックに向かい合うかを真剣に考える必要がある。

 

現在のように低金利で預金者から資金を集めても貸出先へ1%も金利を取れないようでは事務経費は出ない。けれどその国内で集めた資金を海外で貸付すれば?と言う発想も出てきている。これはフィンテックとは別物であるが生き残りの一つの手段であろう。

 

ただ銀行が持つ与信・審査機能や決済機能が銀行からなくなった場合、銀行が提供出来るサービスがどう変わっていくのか?逆に言えば今銀行が出来ることは何なのか?

 

もしかしたら近い将来銀行とコンビニが提携していくかもしれない。多くの銀行は支店をATMのみにして企業同士でもネット送金を中心に持ってくるだろう。そうやって無駄な家賃と人件費を削減してその分投資銀行部門を強化して都市には相談窓口専門支店を作り細かい作業はATMとコンビニ対応になる。

 

その中心に来るのはITの進化であるのは間違いない。ここには様々なビジネスの機会が生まれている。それにしてもフィンテックの破壊力は、例えばインターネットの出現がベルの電話とすればフィンテックは無線電話であろう。これで第二次世界大戦は劇的に変化した。

フィンテックの次は何が出てくるか。現在の携帯電話に匹敵する21世紀の技術革新が既存市場を破壊するのは間違いない。その時そこに自分がいなくて済むように今から考えておく必要がある。

 

次は何か?まずはVRを利用した画期的な会議システムだろう。テレビ画面を並べる現行の仕組みではなく実際に会議参加者がそこに三次元的に立ち座り椅子を引いて会議に参加してお互いの顔を見ながらガンガン議論をしていくホログラム・ホログラフィー会議である。

 

お茶は各自本当の自分がいるオフィスで作って飲むがそれが会議室の中にいるように見える。これで人は会議の為だけの移動は大幅に不要になる。

 

パソコンのキーボードはいずれオタクオプションの一つになるだろう。それはDVDが主流になった今もLPレコードを聴く人たちのように。今後は一人が自分の執事を持ち彼に話しかければすべての答が出るようになる。この時に機械に振り回されない基礎知識は小学校から教える必要が出てくるだろう。

 

そしてAIが発達すればいずれ機械が人を殺す事件が発生してアイザック・アシモフが提唱したようなロボット三原則が実現化されてすべてのAIに人間を傷つけられないソフトが導入されるだろう。ターミネーターにはロボット三原則がなかった。

 

その先にあるのは世界の運営の殆どをAIが行う社会だろう。その社会ではモノづくりや食料はAIが作り供給し、人々は思索にふけり生きていく。いずれ科学が進化して人間は150歳まで健康なまま生きていくことが出来る。

 

そして次に出てくるのは脳だけ取り出して身体を人工機械にしてしまえば200年も生きていける時代が来る。そして人々は気づく。「俺って何のために生きてるんだろう?」

 

何だか映画「バイセンテニアル・マン」になった。



tom_eastwind at 19:44|PermalinkComments(0)

2017年09月28日

点、線、面、時。

日本は2020年を境に大きく変化する。

 

そこには政治、経済、社会など様々な要因があるが、観えているのはそういう様々な要素が時代の変遷の中である時期に一つに固まる事になると「大日本丸」と言う大きな船の方向を簡単に変える事は出来ずそのまま片方の端っこまで突き進むという事実だ。つまり秤の振り子がそれまで左端だったのがいきなり右端に向かっていくって事だ。

 

何故航路を変えられないか?それは各国民が自分だけの「点」の視点として物事を捉え自分の行きたい道がその先にあると考えるからだ。誰も自分の観たいものを観る。これから起こる現実を予測するよりも観たいものが本当であると考えるほうが思考停止出来て楽だからだ。それ以上考えなくて良いからだ。

 

僕は今から約17年前の2000年頃からオークランドで日本人向けに月刊情報誌を作成してた。その頃は日本がバブル崩壊後それまでの楽しいフリーターとかが実は地獄の一丁目じゃないかと理解され始めた頃であり、昭和の時代のサラリーマン社会が崩壊していくのを当時のコラムで描いた。

 

2030年、母と子供がサラリーマン博物館に行くと当時真夏でもスーツにネクタイをして自分の身体を実際に満員電車に載せて客先に移動して汗をかきながら仕事をする姿があり、それをお母さんに連れられて来た子供が「お母さん、昔の日本ってすごいムダなことしてたんだね」とつぶやく。それは丁度江戸時代のちょんまげ武士を観た昭和の子供がびっくりするように。

 

2000年当時にネクタイを外す人はいなかったがクールビズ以降ネクタイがまず外された。困ったネクタイ業界であるが事態を理解出来なく思考停止してた業界団体はそのまま失速。逆に汗を溜めないYシャツとか涼しい素材、洗えばアイロン不要のシャツは売れるようになった。

 

2017年現在、日本国首相でさえ暑い夏にはネクタイを外す事が普通になった。ネクタイ文化が大きく変化した。

 

けれど当時ネクタイを売ってた人からすればネクタイはビジネスマンが一生身につけるものでありそれが売れなくなるわけはないと本気で思ってた。何故ならそのほうが何も考えなくて思考停止出来て楽だからである。

 

ネクタイ業界のライバルは業界内での仕事の取り合いと思い込んでたら、何のことはない業界そのものがクールビズと言う金ではない国に依る文化習慣の変更と言うライバルに負けたのだ。これを「時代そのものが変化する」と言う。

 

その結果としてネクタイ業界は衰退した。これは変化を嫌った人が世の中を自分が今立っている「点」からしか眺めず目の前に見える景色だけを世の中全てと思い込み生きてきたからだ。

 

だからエコや在宅勤務や着心地の良さと言う周囲の他の点で起こっている様々な事象と自分の点の間に線を結んで考えようとしないから相関性が分からない。

 

そして2点が分かる人、例えば大手百貨店とネクタイの関係が分かる人がいてもそれ以上に情報を取らないから百貨店の中ではいくら紳士服が商売になると言っても百貨店そのものが時代の変化で売上が減少するなどと想像もしていない。

 

それは第三の点であるユニクロ等の量販店である。安くて良い品質の洋服を消費者に届けるようになると「じゃあ今まで百貨店で売ってた高いものって何だったの?」て話になる。

 

こうやって点と線と第三の点が結ばれて面になった時に人々は初めて今何が起こっているのかを気付いた。社会が急激に変化しているのだ。けど気づいた時にはもう遅い。

 

そして長期にわたるデフレで20世紀のビジネスモデルは崩壊した。

 

ところが問題は、これは戦後日本の長い歴史の第一章にしか過ぎないことだ。次の大きな変化は2020年以降に来る。それは誰もが知っている少子高齢化、徹底したネット社会とIoT、医療と年金は減らされ人々は死ぬまで働くしかなくなる。そこに見えるのは多くの人々が一生働かされ続け何も残せず死んでいく奴隷状態である。一つ一つの点は皆知っている。けどそれを結ぶと何が見えるかを考えようとしない。

 

ネットが発達した時代、体力は重要ではない。大事なのは気力と想像力である。しかし小学校時代から大学までかけてそのようなものを削がれた人々はいざ自分で考えろと言われても出来るわけがない。

 

このような人々が定年になるとそれまでの蓄えだけでは生きて行けず年金は少なく、結果的に都会に。シェアハウスの老人スラムが発生する。

 

これは社会的現象であり、そうすると日本が完全に二極化する。一部の土地を持つ資産家とそうでない圧倒的に多い数のサラリーマン上がりの無収入者達。

 

2020年に向けて面が段々観えてくるようになる。次に大事なのはそこに時間軸を加えて時系列でこれから何が起こるのか、その時自分がどうやって生き残るのか、それを今のうちから考えることだ。



tom_eastwind at 14:22|PermalinkComments(0)

2017年09月27日

恐怖のサラ金銀行

2016年に自己破産した一般国民の数が13年ぶりに増加したとの記事。

 

政府がサラ金を銀行に取り込ませ、言うことを聞かないサラ金会社を潰し銀行傘下にしたのが2010年前後。

 

その前に政府と金融業界が仕掛けたのが2006年の貸金法改正。サラ金が潰れるようにグレーゾーンを違法にして更に当時の仕事のなかったイソ弁が飯が食えるように弁護士によるサラ金過払い集団訴訟を行い裁判で勝ち巨額の手数料を被害者から受取り成長した。

 

当時の銀行は不良債権に加えて貸出先がなく苦しんでるけどそこに救いの手を差し伸べたのが財務省であり高金利が取れるサラ金ビジネスを銀行に始めさせた。

 

法的に貸金業に当たらない銀行は高金利も取れるし貸付の審査をやっている保証協会ってのは何と元サラ金会社の子会社で、銀行が貸付金を回収出来なくなったら保証協会(元サラ金会社)が銀行に支払ってサラ金会社が回収するという実によく出来たビジネスモデルである。

 

この全体図を見れば政府や財務省や銀行が如何に日本国民を何度も食い物にしているのがよく分かる。

 

まずは武富士などのサラ金に儲ける機会を与えて一般消費者から高額の利息を取る。これは大きな納税原資であるから財務省からすればしっかり法人税が取れる。けどサラ金会社が支払う法人税の原資は一般消費者。つまりグレーゾーンを作ることで法人税を増加させたのだ。

 

次に金融庁がサラ金の悲劇をマスコミにガンガン流して社会問題化させて裁判に持ち込む。そして裁判でサラ金側に違法判決を出させて過払い訴訟が出来る状況にする。

 

この時点で儲かるのは弁護士である。集団訴訟をすることで確実に儲かる。法科大学院を作って弁護士になったはいいけど全然仕事ないじゃん、そうやって困ってた弁護士を救う手段である。

 

これで財務省は法務省に大きな恩を売り弁護士はサラ金が消費者から取った金を自分の懐にねじ込む。誰も困らない、一般国民以外は。

 

そして今度はサラ金を潰して銀行業界の傘下に入れてその儲かるビジネスモデルを銀行が吸収する。そして一般消費者に「銀行だから安全ですよー」と金を貸して高い金利を取り大きな利益を出す。

 

そして今までサラ金に高い金利を払っていた人々は、今度は銀行に対して高い利息を払うのだ。これで銀行は儲かるし法人税が取れるしみんなハッピー、一般消費者以外は。

 

まったくこれくらい国民を何度も食い物にする仕組みもさすが東大だ、よく考えている。

 

けれどその結果として自己破産する一般国民数が2016年に13年ぶりに増加したと言う筋書きだ。

 

自己破産したそのすべてが銀行のカードローンとは思っていない。ただサラ金会社からの借金により自己破産していた人が今は銀行のカードローンで破産しているのも事実である。

 

国家は消費者保護と言う名目や消費者の権利回復などとりっぱな名前を付けて国民から何度も金をむしり取る、それも納税後の金を。

 

何かな、一体何回同じ相手から個人資産をむしり取られたら気が済むのかな、この国の人々は。



tom_eastwind at 11:03|PermalinkComments(0)

2017年09月26日

ユビキタス

今日はオークランド空港に行く用事がありついでに久々到着ホールを見て回る。何でかって言えば普段はチェックインカウンターと出発ホールを通って出国し帰国時は到着ホールをそのまま抜けて一切周りを観ないからだ。

 

何だかちょっと観ない間にまた店が増えたな。最近弁当屋「葉山」が出来てたのは視界にあったがその横にはダンキンドーナツがある。SIMを売ってる携帯電話会社は3社とも出店、レンタカー会社4社は以前からあったけど更に小奇麗になっている。

 

その向かいには以前なかったようなコンビニ。2軒あるのだが置いてある商品が微妙に違う。

 

おそらくオークランドに到着した人が小腹を空かせてサンドイッチや果物、チップスやチョコをちょこっと食べるのだろう。

 

それにしてもますます膨らんでいく空港である。僕がこの空港をベースにして働いてた20年くらい前は何もなくて、本当に何もなくてジーン・バッテンの銅像が一つ立ってるだけだった。何せ周囲数ヘクタールが何もなく馬や羊が走ってたから土地だけは広大にあるからどんどん拡大出来るのが田舎の強みであろう。

 

街の発展と言うのは本当にすごいものだと感じる。

 

シティと空港を結ぶ幹線道路もトンネル化されて信号待ちがない。空港を出て北に向かえば長いトンネルの向こうはもうシティの近くである。

 

昭和の東京が発展していく時もこんなものだったのかなと思いつつシティに戻り次の仕事にかかる。

 

今も出張中から続く案件を何件も同時進行で手がけており、どれも長く大きく重いのだけど毎日どうしてこんなに積み上がるように増えていくんだろうって本当に不思議だ。これも街の発展の影響なのか?

 

香港でワークビザを特別な条件で取得する方法、NZの企業売却依頼、東京にある日本企業のウェブサイトで宣伝する方法、大阪での10月出張時の日程組み立て、住宅購入の為の資金移動方法と購入した場合の納税方法等など、一つ一つが全く隣の案件とリンクしておらず独立しており毎回頭を切り替えていく必要がある。

 

こういうのを5分から10分単位で紙をめくるように案件を回しながら答を作ってメールで送りすぐに次の案件を脳の中に引っ張り出して選択肢を広げてどれがお客様のご希望なのか、言われた事ではなく言いたかった事を思い出しつつ答を作って送る。

 

今日は空港だったのでパソコンは持っていかずレポート用紙に重要な案件を相関図のように並べて書きペンと一緒にスーツの内ポケットに入れておく。これで空港で10分あれば一仕事出来る。

 

ただ昭和に比べて良いのはパソコンさえあればどこでも仕事が出来るので働く場所を選ばないのはありがたい。空港でもちょっと時間があれば鉛筆仕事が出来るし自宅に帰ってもパソコン立ち上げればすぐに会社にいる時と同様に仕事が出来る。

 

ユビキタスって元々は人間が動かなくても何でも手に届く範囲にある夢想的な状態を示していた。その一つの技術がコンピューターだった。

 

閑話休題。

1980年代にコンピューター(当時の電子計算機)やワープロを売ってた人たちは皆「これであなたの仕事が楽になります、見積もりが自動的に作れます、機械がやってくれるんです」と宣伝してた。

 

だが僕は高校時代に情報処理の授業で電子計算機を実際に動かしてたので実際はそんな事はないとわかっていた。

 

こちらが一台持てば競合企業も一台持つから仕事は合理化されて自動化されるがその分労働時間は短くならないし競争はむしろ機械を使いこなす必要が出て来てその分だけきつくなる。

 

きれいな見積もりを作るのに昔は和文タイプを使うしかなかったがワープロが出来てきれいな見積もりが他社から出るとこちらも同じワープロを持って競争するしかない。

 

結局コンピューターは時代の流れを劇的に早くしてくれたがそれは人間を楽にしてくれるものではなかったと言う事だ。

 

そしてそれは僕が旅行業を始めて40年経過した現在もこの状況は全く同様である。今じゃあどこにいてもどんな仕事道具にも繋がるユビキタス労働者である。



tom_eastwind at 21:31|PermalinkComments(0)

2017年09月25日

サマータイム

夏が始まった。

日曜日からニュージーランドのサマータイムが始まった。来年の4月まで約6ヶ月、日本との時差は4時間になる。香港は5時間である。

 

毎年こうなると自宅内の時計を半年に一回づつ変える必要があるけどパソコンと携帯電話だけは自分で勝手に変わってくれるので助かる。

 

サマータイムと言うと日本にはないルールなので、どうしても先にジャニス・ジョプリンとかを思い出してしまう。

 

あの時代のロックは良かったな、けど多くの人が若い内に死んでしまった。ジミー・ヘンドリックスは死に、エリック・クラプトンも一時期麻薬に染まってしまったり。

 

けど考えてみれば日本でこれから急増するだろう「お一人老人殺人事件」が問題である。現在の日本の個人資産の多くは老人が保有しており彼等は65歳迄に離婚するか妻を失くすと再婚を考えるようになる。

 

そこで結婚相談所に行き自分の資産や自宅の状況を書き込み付き合い出来る相手を探すのだが、それが老人ハンター(女性)にはまさに狙い所である。

 

結婚相談所を通じて上手くデータを手に入れたら後は一直線、相手を口説き落とす。特に子供たちなど家族と疎遠にしている老人はカモである。上手いことを言って相手と仲良くなって、ところが結婚はせずに通婚などの「お付き合い」のみにする。

 

何故か?結婚すると他のカモを狙えないからだ。独身のまま仲良くしてそのうちに公証人役場に行き遺産相続書を書いてもらう。

 

そこから先は相手の食事に気を遣う。塩分増やしたり体に悪いものを入れたり夏の暑い時に外を歩かせる。そうやって次第に相手の体を痛めつけて自然死してもらうのだ。

 

これは日本でもよく発生している事件であり珍しくもないのだが、これから団塊世代が一気に高齢化する中でこの犯罪は確実に増える。

 

中にはその被害者になっても良いと思っている老人男性もいるのだろうが警察からすればえらい迷惑である。

 

長い間サラリーマンとして働き伴侶を失くした男は寂しいのだろう、ついつい甘い罠に引っかかる。自分の子供の話を聴かずに最近知り合った女性の方の話を信じてしまう。

 

その結果として殺されるだけなら良いが生きたまま財産を持っていかれたらどうするのだろう?その女に捨てれた後に金がなく生活出来なくなったらどうするのだろう?ホームレスか?

 

サマータイムは1920年代の黒人ブルースである。その後様々な歌手が歌い継ぎジャズの定番となった。しかし基本的に悲しい歌である。



tom_eastwind at 23:01|PermalinkComments(0)

2017年09月24日

NZ総選挙終了。

NZ議会の議席は120議席である。61議席取れれば単独与党になる。現時点で国民党は前回より3議席減らした58議席なので単独与党になれない。

 

労働党は今回13議席増やして45議席と伸びた。ウィンストン・ピーターズ率いるNZファーストは2議席減らしたがそれでも9議席。このウインストン・ピーターズってのは本当に曲者で彼の周りにいるマオリ系の国会議員も何人か知っているが、小泉純一郎元首相のおじいちゃんみたいに、よく言えば任侠に生きる、悪く言えばヤクザ、とでもなるのか、まさに眼力の強い典型的なマオリである。

 

この結果としてどの党も過半数に至らず、そうなると国民党とNZファーストが連合を組むことで過半数は超える。しかしピーターズの要求はきつく国民党の中道右派の方向性とはずれる事も出てくる。

 

それでも労働党と組まれては困るから国民党のビル・イングリッシュもピーターズの要求を飲む必要が出てくる。その要求が集票向けの移民政策なのか自前の部族の利益を増やすマオリ対策なのかまだ分からないが、今回の選挙で一番喜んでいるのは間違いなくピーターズである。

 

 

PARTIES

SEATS

CHANGE

NATIONAL

58

- 3

LABOUR

45

+ 13

NZ First

9

- 2

GREEN

7

- 6