諸行無常のビジネス日誌

2017年07月27日

生きる

東京で会社働きしている人と話してて時々感じるのが「これって宗教か?」と言う点である。

 

ほんと「日本の会社」と言う宗教に染まっているのかもしれないが一生懸命会社にしがみつきイエスマンで夜遅くまで残業しつつ、けど同僚と居酒屋に行けば自社の文句を言い人事の話ばかりして、けど肝心の仕事でどうやって社会貢献しようかと言う発想がない。

 

自分より上、つまり仕事を貰う会社にはペコペコしてご無理ごもっとも、けど自分が発注する取引先には無理ばかり押し付けて「今回は頼むよ、なになにちゃーん」と赤字発注させる。

 

それが当たり前な社会で仕事をしているからそれが仕事と思いこんでる。けどそれって人が幸せに働ける仕組みか?てゆーか、ビジネスとしてどう成立しているのか?

 

結局皆が夜遅く迄働きストレスを抱えて仲間と飲みに出るのが夜9時過ぎでそれからぐちゃぐちゃと文句を言って、でも誰も社内革命起こせず結局終電で自宅に帰り翌朝また会社に行って上司の言うこと聴く。寝た子供の顔見てるのか?子供と夕ごはん一緒に食べてるのか?

 

僕が仕事を思いつく時にいつも考えるのは皆が儲かる三方一両得である。けれど今の日本では「俺だけ稼ぐ、お前はカスを引け!」である。

 

実際にビジネス現場で話をしているとこちらの提案は一生懸命聴く。また売り込みもする。それが利益になると考えるからだ。ところがこちらから「では御社にはこういう事は可能でしょうか?」と聴くといきなり固まってしまい「その件につきましては本社に問い合わせして担当部署の回答を頂きどうのこうの」と全く意味不明。

 

他社や他人の生活に思いを馳せず、相手から搾り取るだけで自分の金も知恵も一切出さずそうやって生きてることが利口だと思ってるのだろうか。

 

あのさ、世の中って助け合いで出来てるわけで、そこを飛び越して自分だけ生き残ろうとするわけ?そしたらあなたは今は生き残るけどいずれ全員死ぬよ。下の人間を切っていればいずれ自分が一番下になり、切られて人がいなくなり、遂に組織として維持できず最後は誰も生き残れない。そのことを覚悟して先食いしているのか?

 

人を助けない、人に儲けてもらわない仕事に何の意味があるのだろうか?今の東京ではあまりに冷たい人が多すぎる。人に優しくしてこそ初めて仕事が回るし上手くいくのに。

 

レイモンド・チャンドラーの小説の中にこんな一説がある。はっきりと覚えてないが大意こんな文章。

主人公フィリップマーローがあるクラブに行った時のことだ。酔っ払った友を助けようとするマーローにクラブの入り口で警備をしている男が言った。

「そんなのに関わってるから駄目なんだよ、もっと要領よく生きなきゃ」

「そうか、それで君はここまで出世出来たんだな」



tom_eastwind at 11:41|PermalinkComments(0)

2017年07月26日

加計問題

国会閉会中審査で安倍首相と野党がどんぱちやっている。

 

最初に断っておくが僕は安倍首相を擁護する気持ちはない。何故なら彼の目指す方向が間違いなく将来における日本の戦争の可能性を高めるからだ。

 

日本が武装するのは良い。そうでなければ危険な近隣諸国に攻め込まれるからだ。非武装都市は攻め込まれないなどと言う都市伝説を信じられるほど僕は平和な人生を送ってないので「戦争が出来る国」になることの重要性は理解している。

 

けれど日本を防衛する為に武装化するのと外国に侵略戦争する為の武装化をするのは全く別問題だ。武器とは他人と戦わないための道具であり戦うための道具ではない。

 

けれど小人は武器を持つとすぐに使いたがる。それで他人を威嚇して面白がる。まさにジャイアンか米国のようなものである。更に兵器産業にビジネスが絡むと軍産複合体のような事になって自分の利益だけのために他国へ侵略することになる。

 

安倍首相の、お爺ちゃんから引き継いだ考えは悪くない。けれど安倍首相のやり方は振り子の針が一番左に振れていたのを右に戻す作業で一気に極右に吹っ飛んでしまうからやばい。

 

日本が戦争に突入した時は何が起こったか。それは日本特有の現場の「部分の無謬」が上司をふっ飛ばして「全体の無謬」をぶっ壊して政府の制御の出来ないままに下っ端が戦争に突入した事だ。

 

そして今の安倍首相のやり方では確実に戦争への道を進む。彼のやり方には制御装置がないからそろそろ退陣して石和氏か岸田氏に政権禅譲しても良いかと思う。

 

けれど加計問題は別の次元の話である。

 

日本は官僚と既得権益保持者がべったりと癒着してお互いに利権を守っていたがそれは獣医師問題も同様でありその岩盤に穴を開ける必要があるのは間違いなかった。

 

だから今回安倍首相は官僚や既得権益の壁を突き破るために獣医学部新設に突っ走った。

 

だがぼくは今回の獣医学部問題は実は鳩山邦夫議員死去に伴う去年10月23日に行われた衆議院議員福岡第6区補欠選挙が発端であると思っている。

 

鳩山邦夫氏は普段は東京在住だが選挙区は福岡県久留米市である。これは鳩山氏の母親が久留米発祥のタイヤ会社ブリジストン創業者の石橋氏の娘であり嫁いだ先が鳩山威一郎だったからだ。

 

鳩山邦夫氏の死去に伴い補欠選挙が行われたが鳩山次郎が跡継ぎとして立候補して菅官房長官が応援に入った。つまり官邸がバックに付いたのだ。

 

そこに対抗馬として出て来たのが福岡県を地盤とする蔵内謙である。そして彼の応援に入ったのが何と麻生太郎と古賀誠と言う福岡を支配する二人である。

 

実は謙の父親が蔵内勇夫、福岡県自民党県連会長であるが勇夫と麻生太郎は親友であり福岡県南部を地盤をとする古賀誠も東京にしかいない鳩山よりも地場にいる蔵内を推した。

 

その結果として「麻生太郎+古賀誠」対「菅官房長官」と言う絵図が出来上がった。

 

この選挙では菅官房長官が推す鳩山次郎氏が勝利したがここに一つ裏があった。それは蔵内勇夫は元々獣医師であり日本獣医師会の会長を2013年から務めていることだ。

 

菅官房長官と安倍首相は勿論仲が良い。安倍首相としては岩盤規制に穴を開けたい。そんな時に麻生太郎と日本獣医師会会長を敵に回して衆議院選挙を戦い、菅+安倍コンビが勝利した。

 

つまり蔵内謙を破った事で今まで岩盤だった獣医師に穴を開けたと考えたのだ。そこで安倍首相としては一気呵成に自分の盟友である加計学園を引っ張り込んで四国の田舎に学校を作り獣医師を養成することにしたのだと思う。

 

この補欠選挙前であれば麻生氏に対する遠慮もあっただろうが福岡代理戦争で麻生氏と堂々と戦い勝った安倍首相からすれば麻生氏が後押しする獣医師会を敵に回してもいける、そう考えたのだと思う。

 

だから今回の獣医師問題を単なる身内びいきとかの程度で評価するのではなく、堂々とした戦いであったと評価すべきだと、僕は思っている。

 

だからこそ民進党のような下らぬ足の引っ張りをして問題の次元を低下させる事でムダな時間と経費を遣っている連中を観ると「お前らそれでも国士か!」と言いたい。



tom_eastwind at 17:14|PermalinkComments(0)

2017年07月25日

パックンセーブ

日曜日の昼、久し振りに家族でシティの最近人気のざっけないイタリアンレストランに行く。

 

広いレストランは100席くらいあるだろうか、12時過ぎは殆ど満席で客層は40代前後のカップルやグループでビールやワインをお洒落なイタリア料理に合わせて楽しんでいる。

 

メインのパスタが30ドルなので値段は高級だが雰囲気はカジュアルで日曜の午後をのんびり過ごすにはちょうどよい。

 

ところが食事をしながら暫くすると奥さんが「ふーん、この店初めてだけど、カップビレッジに昔から来ている客層と違って若いし、ちょっとがさつかも」と言い出した。

 

言われて僕も「あ、そうだ!」と思った。ここブリトマートはここ数年急激に成長した新しい街で勢いがありシティで成功した人々が集まっているのだが、この若さは新興層なのだ。

 

10年前にこの年代であれば成功したと言ってもシティで手頃な20ドルのステーキや15ドルのパスタにワインとビールだったが、現在の新興層は30ドルのパスタを食べている。

 

そしてその新興層は一握りではなくオークランドの発展に合わせて急激に増加している。その証拠にこのブリトマートには最近高級宝石店や高級化粧品等の店が急増してランチの単価もどんどん上がっている。

 

しかしこの新興層はニュージーランド全体の経済や政治を手中に持つ古層な人々ではなくあくまでも古層が作った大地の上で毎日一生懸命に働いてビジネスを起こして家を建てて美味しいものを食べている人々だ。

 

彼等の旺盛な消費活動が循環されてシティは賑やかになるが、一番美味しいものを持っていって食べているのは古層であるのは、まるでロンドンで一般庶民がビジネスに成功している影で英国の一部選良だけが通うクラブでもっと大きな話が進んでいるようなものである。

 

やっぱりここも英国連邦の一つなんだな、人に働かせ金に働かせるのが得意な英国の本当の主人は、日曜の昼にこんなカジュアルレストランに来ない。

 

けど庶民は10年前よりも確実に豊かになり日曜日の午後をお洒落なイタリアンレストランで友達や家族と過ごして30ドルのパスタを楽しむ。

 

美味しい料理に満足して自宅に帰る途中、地元のスーパーマーケット「パックンセーブ」で買い物をする。

 

この店は龍馬くんが高校生だった頃に送迎駐車場としてよく利用させてもらったものだ。当時は入り口でパンに焼いたソーセージを挟んだホットドッグを売っており学校帰りのお腹を空かせた子供たちがお母さんの迎えが来る前に一つ買ってぱくぱくと食ってる、のんびりした場所であった。

 

ところが今日久し振りに行くと日曜の午後のせいか実に人が多い。そしてガサツである。

 

広い通路なのに買い物カートを真ん中に置いたまま買い物しているから後ろの人が通れない。かといえば買い物の途中で急に大きなカートを反転させて流れに逆らって歩く人もいる。

 

なんじゃこりゃと思いながら歩いてたら奥さんが「そう、昔はのんびりしてたのに、今はすごいお客が増えてカートもまともに押せない。カウントダウンは最近はいつもガラガラなのにね。すっかりこっちに客取られてる」と言ってた。

 

何が起こっているのか?オークランドのスーパーマーケットは最高価格のファロ、高価格のニューワールド、中価格のカウントダウン、低価格のパックンセーブと順位がある。

 

ファロのレジではフレンドリーなスタッフが上品なビニール袋に食材を詰めてくれるがパックンセーブはビニール袋さえなく買い物客はお金を払った後は持参した袋に入れて持ち帰る。

 

今まではこの4つの層で住み分けが出来ていたのだが今回パックンセーブを観て感じたのは、この店の商品が従来の低価格も充実しているけどその棚の横にはちょっと中価格の新しい魅力的な商品が並んでいるって事である。

 

オークランドは毎年物価上昇しておりその波に乗った人々からすれば楽しい街である。しかし生活費は確実に上昇しており一般市民からすれば出来ればムダな買い物はしたくないのも事実。

 

そこで今までカウントダウンで買い物をしていた人々がパックンセーブを訪れると、以前と違って商品も良くなってるし同じシャンプーや石鹸がカウントダウンよりも安い。

 

それならビニール袋なんて不要、DIYの徹底した国だから自前の頑丈な袋で買い物をすることになる。そして買い物客はパックンセーブに流れていく。

 

勿論昔からのお金持ちはファロやニューワールドで買い物をする。彼等にパックンセーブのがさつさは好まれない。

 

こうやってこの街でも何の特徴もない「中流」スーパーは、上には行けず下にも行けずその存在価値がだんだん薄れていくことになる。

 

これも街の変化だな、そしてこの街で仕事をしている限り常にこの変化を感じて自分も変化をしていかねばならない。

 

日曜日の午後の昼食と買い物を通じてそんな事を感じた。



tom_eastwind at 09:52|PermalinkComments(0)

2017年07月24日

自警団その2

家族と夕食を食べながら最終話を観終わる。うーん、そっちに来たか。

 

男は当初凶悪犯を誘拐してはネット上で晒して本人に罪を告解させて一般大衆に向けて双方向通信で「殺しますか?」とアンケートを取ったりした。

 

ある時は11歳の女性を強姦した悪人が出獄後に誘拐されて「殺しますか?」とやった。そこで刑事は18年前の被害者女性を見つけ出してテレビに出て法を説くように依頼した。

 

彼女は大勢が観るテレビカメラの前で悪人の行状を話して、涙を流しながら最後に言った「あいつを殺して!」

 

自警団はこの時点で市民権を得た。

 

しかしこの行動の現実的な問題点が出てきた。犯罪抑止の為に犯罪者を殺す事で人々の心をほっとさせるが、次第にエスカレートしてきた男は、今度は刑務所の中にいる犯罪者を殺す事を考える。

 

しかし自分は塀の中に入れない。そこで正義を盾にした彼は刑務所医の妻を自宅で誘拐して刑務所医を脅迫して犯罪者を刑務所の医療室に移して殺せと命令する。

 

そう、ここが個人的正義の一番の問題点なのである。

 

つまり誰もが最初に手がける自衛行為は一般大衆を喜ばせるが、では誰が犯罪者で誰が裁く権利を持つのか?また裁くためには関係のない人々を巻き込んで良いのか?と言う問題が必ず出てくる。

 

どんな正義も最初は自分が正しいと思うが、他人にはそんな男の正義を貫くために犠牲になる義務はない。けれど自分だけの正義を信じる男にはそれが分からない。結果として他人を自分の正義に巻き込んでしまう。

 

その結果として悪は悪を呼び彼は何時の間にか自分がいちばん嫌っていた犯罪者に成り下がる。

 

そう、これが自分の正義だけを信じて主張する過激派イスラムと何時の間にか同じになってしまう、これが社会におけるリンチになってしまい自己満足のために法を無視して犯罪を続けることになるのだ。

 

つまり自警団が守っているのは治安秩序ではなく自分だけの価値観なのだ。そしてその時に他の価値観を持っている個人が同じ社会で全く反対の行動を起こしても否定できず、それは社会全体の秩序の崩壊に繋がるだけなのだ。治安を守る為に始めた実力行為が治安を崩壊することになるのだ。

 

では人々が自分の防衛の権利を放棄しつつ社会正義を実現して治安を守るにはどうするべきか。

 

それこそが民主主義の根幹である発言の自由であり自分の主張を力でなく発言で社会の参加者に同意してもらいそれを選挙で実行して自分の主張が法律に届くようにして犯罪の厳罰化に発露されるようになるのだ。

 

だからこそ英国では自由に発言出来る広場があるし選挙は広く行われている。これが民主主義社会なのである。

 

逆に言えばこの妻を失った男が実現しようとしたのは、たったひとりの判断で裁判も開かずに殺人を行える共産主義国家や独裁主義国家だったのである。

 

ただ番組を見終わって少し英国のほうがましだなと感じたのは二つある。

 

一つは、僕が住むニュージーランドでは今も裁判所や司法関係には1970年代にマリファナを吸って無政府主義を訴えてた左翼ヒッピーの生き残りが支配しており現在の世界の趨勢である「人のものを盗ったら犯罪である」と言う思想が乏しい事である。

 

この国の司法の一部では今もこそ泥や空き巣等は、そのような犯罪を犯すしかなかった社会が悪いのだと考えている。社会と教育が悪いから犯罪が起きた。ならば反省するのは社会であり犯罪者ではないから罰するべきではないという恐るべき発想である。

 

実際にこの国で自宅に泥棒が入ってきて、家主が手元の木刀などで泥棒を撃退して怪我をさせたら家主が逮捕される。ではどうするか?泥棒が侵入して来たら抵抗せずに好きなものを持っていかせる。NZにおける自警団とは泥棒に財産を差し出すことである。

 

もう一つ。それは日本だ。日本には社会への参加者が自発的に参加する民主主義とその合意である民主的な法律さえ存在しない。法はお上が作り民主主義は民衆主義、つまりテレビに踊らされる感情論である。

 

何故なら国民は江戸時代から自分が生まれた場所で昔からある決まりがすべてでお上が偉くてそれは今も国民を「空気を読む」事で自発的に法律を超えたところで超法規的な判断が優先されているからだ。法律の上に決まりがある、この仕組のどこが民主国家だ。

 

まともに教育を受けているはずの高校生さえ「K.Y」など平気で言えるのはまともな民主教育を受けていない証拠、生まれたときから似非民主主義に洗脳されているからだ。

 

これが西洋社会と日本の一番の違いである。日本人が自分の頭でものを考えて選挙に行く日は当分来ないだろう、だって江戸時代から何も変わっていないのだから。



tom_eastwind at 14:49|PermalinkComments(0)

2017年07月23日

自警団その1

Lutherは英国を舞台に一匹狼刑事が様々な事件を通じて現代英国社会を描いている番組で僕は食事時間に家族と一緒にネットフリックスで観ている。

 

或る夜街頭でカップルが強盗に襲われていた。そこに現れた男がショットガンで強盗を撃ち倒してカップルを救うが男性は既に殴り殺されて死亡、女性も重傷を負っていた。

 

刑事は犯罪行為として怪我を負った女性に情報や証言を依頼するが女性は「彼は私を助けてくれた、警察は何もしてくれなかった。私は彼を助けるために刑務所に行くことも厭わない」

 

男は殺した強盗の口にウェブサイトを記した紙を貼り付けていた。そのウェブサイトでは数年前に妻を殺された男が「自分の妻は強盗に遭い強姦されて殺された。このような被害者がたくさんいるのに自分の街の治安を自分で守ることの何が悪いのか」と主張する。

 

場面は変わり次の犯罪者が絞首刑になった。刑事は悩みつつも男の居場所を見つけるがショットガンを突きつけられたまま議論になる。

 

「俺は警察の敵になりたくない、見逃してくれ」

「お前の言ってることは分かるがそれは警察の仕事だ」

「その警察が何も出来ずに犯罪者を人権の名の下に放置するから俺の妻が殺されたんだ!」

概要はこのような事であるが、これは民主社会の一つの究極の問題点を包容している。

 

フランスの思想家ルソーいわく、人々は元々家族や個人として森のなかに住み野生動物などからの攻撃は自分で自分を守った。つまり自己防衛である。自己防衛のために武器を使用して必要に応じて敵を倒すのは道義的責任もなければ罪の意識もない、生き残るための自然権として防衛行動を起こして相手をやっつけた、ただそれだけだ。

 

しかし人々は個人で自己防衛をするには限界がある。そこで森から出て来て都市を作りその中で共同生活を行い共同防衛体制を作った。これで人間はどの動物よりも強くなった。

 

しかしその代償として共同生活を行うために共同生活を壊さないための仕組みである内向けの国内法が必要になった。そこでは従前のような個人が自己防衛をする権利を認めることは出来ない。

 

何故なら価値観は人毎に異なり違う価値観がぶつかる度に殺し合いをしてたのではお互いを助け合う目的の共同生活は成立しない。

 

そこでお互いが自己防衛の権利を放棄して大多数が納得する法律を作り治安を破壊するものに対しては自己防衛の権利を委譲された治安組織、つまり警察が法律を執行することにした。これで誰もが自分の身を守る手間も時間も不要になった。

 

法律さえ守っていれば警察は守ってくれる、これが本来の治安組織である。つまり社会に参加した人々は本来の自然権である自己防衛の権利を委譲することで生命及び財産の安全を確保したのだ。

 

ところがそんな社会で警察が正当に活動しなければどうなるか?守るべき対象を警察が守れねばどうなるのか?ましてや警察が政府に阿って国民を攻撃するとなったら?

 

そこで出て来る考えが「都市の自警団」である。自分の持つ権利を渡したのに自分の生命と財産が守れない?ふざけるな、これは双務契約である。なのに君が義務である僕の生命と財産を守れないと言う事は君は契約不履行である。

 

ならば何故僕が君との契約を維持して自己防衛の権利を放棄し続ける必要があるか?ない。ならば自己防衛するのみだ。ここに「都市の自警団」が誕生する。

 

このドラマでも刑事は男の主張に耳を傾けざるを得ない。警察である自分たちが治安維持出来ないのに何故自警団に対して違法といえるのか?

 

これに対しては様々な答があるだろう。価値観の多様化、宗教、法律、どこの角度から観るかによって全く答は異なる。

 

しかし共同社会を構築する基礎となったのは社会契約である。従って双務契約の違反を犯した警察は個人から告訴されて賠償する責任がある。

 

しかし個人は双務契約違反をもとに犯罪者への直接攻撃を認めることはこの社会では契約上認められていない。何故なら双務契約は個人対国家であり個人同士ではないからだ。

 

では国家による契約違反を受けた個人はどうすればよいのか?そんなものかと思ってその社会に住み続けるか、自分が納得出来る社会に移動するか、南極にでも行って自己責任でペンギンやシロクマと生活するか、だ。

 

この社会で殺人を犯すと言う事は殺人罪と言う犯罪になるのだ。どうしてもやりたければ復讐をすれば良い、罰されることを前提に。

 

日本なら江戸時代の敵討ちがあったし欧州でも決闘が正当化されていたがこれは価値観が一致している社会の中でのみ限定的に可能であり価値観があまりに多様化した現在の社会でこれを認めることはISのテロを認めることと同様になってしまう。

 

番組は全4話?で今日のお昼ごはん時に第3話を観て今晩の夕食時に最終編を観る事になる。さあ現代の英国がどのような結論を出すか興味を持って今日の夕食を楽しもう。

 



tom_eastwind at 18:54|PermalinkComments(0)

2017年07月22日

お江戸日本橋

いよいよ日本橋川の上を走る首都高速の地下移設が本格化する。

 

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG21H3O_R20C17A7CR0000/

 

僕は九州の田舎人なので江戸では日本橋が文化と歴史の中心と思ってた。またその後も日本橋は日本を走る街道の発祥地であると思ってた。

 

ところが東京に行ってもその橋がどこにあるか分からない。映画の舞台にもなった場所で像もいっぱい立ってる筈なのにどれか分からない。

 

そんなある時江戸両国の博物館などを観て回った帰りに高速道路沿いの下の川沿いを歩いてたら、何か日陰になってるけど立派そうな橋があった。あ!これが日本橋か!

 

あの時はほんとに悪い意味でびっくりした。こんな薄暗い所に閉じ込められた歴史的な橋。ほんとに日本文化を壊すやつっているんだな、嫌な気持ちになったのを覚えている。

 

それが東京オリンピックが決定したと聴いた時に「お、いよいよ首都高速道路の付替えが本格化するぞ」と感じた。

 

改築費用に数千億円かかると言うが一旦滅びた文化を復活させることは難しい。

 

名古屋では市民レベルの寄付で尾張名古屋の名古屋城の復元を行っている。お客様のご案内で何度かお伺いしたが如何にも大藩の威容を感じることが出来る素晴らしいものである。

 

次は木造の天守閣も再現しよう、運良く名古屋城は設計図が残ってて再建が可能なのだそうだ。

 

尾張人はこうやって自分たちの文化を生まれてくる子供たちに引き継ぐ。そう、文化とは引き継ぐものであり自分の代で終わりにすることはこれから生まれてくる子供たちへの冒涜なのだ。

 

東京は豊洲と築地とかもりそばかけそばでわいわいと程度の低い事をやってるけど、その金と時間を日本橋の再現に向けて使って欲しいものだ。



tom_eastwind at 17:22|PermalinkComments(0)

2017年07月21日

ビジネス街

昨日はメールばかりではなく外部との会議が一つあり1時間30分、日系企業社長と今後の経営戦略、どっちの方向に進むかの提案を行う。

 

ほんとにニュージーランドはちっちゃな国で、日本なら一つの業種にしがみついてても10年程度は何とかなる。ビジネスの興隆期と上昇期、安定期、停滞期、降下期の期間が長いからだ。

 

けれどNZではこれが非常に短い。人口が少ないのが一番の原因であるがビジネスを作っても1年程度で安定期に入り5年も経てばもう競合が激増して完全に降下期になる。

 

また一つ一つのビジネスの取扱額がサービス業の場合日本と比べて圧倒的にちっちゃいから一つだけの業種で会社を維持することは難しい。

 

それがマオリとか漁業や林業など太いパイプがあれば一つの業種でもいけるが、それでも10年続くのか?である。

 

なのでNZでビジネスをする限り自分の得意分野が何でありその為にスタッフは何人必要でビジネス分野も扇のように要を一つ作り扇を広げて周辺分野に手を広げてワンストップサービスを提供する必要がある。

 

得意分野と扇の要、これを基礎として毎年自社のビジネスモデルを取捨選択して常に変化する必要があるのがこのちっちゃな街オークランドである。

 

当社の場合は得意分野が日本人。だから日本人が現在望んでいるものが何なのか、そしてそれはNZで提供可能なのか、更に競合可能性があるビジネスなのか数年は先行出来るビジネスなのかを常に考えておく必要がある。

 

日本人を得意とすると言う意味は日本に住み日本の感覚を理解している外国人も当社は対応可能と言うことである。

 

今日も朝から別の日系企業社長と面談、今後の戦略に関する提案を行う。

 

2020年に向けて今何をすべきか。これから3年の戦略及び2020年になったら次は何をしていくのか?企業で経営をする以上目先のことではなく3年先5年先を読まないと生き残れない。

 

NZはのんびりした国であるのは間違いないが、オークランドと言う商都でものすごい勢いで回っているビジネスを無事に成功に結びつけるにはのんびりではやっていけない。

 

だからキーウィ達はやる時は一気に集中してやる。その中から成功が生まれて自信が付く。失敗も生まれるけどくよくよしない。けど但し土日は家族のために休むし平日も残業はしない。平日の昼間に一気に意識を集中させて働くのだ。

 

このビジネス街では日本人であるという利点はほとんどない。逆に日本語しか出来ない、日本人人口が少ないから市場がちっちゃい、客単価が安い等不利な点はいつもある。

 

だからこのような街で生き残るには街の変化を観つつ日本の変化を理解しつつ、それがどう合流出来るかを予測しつつ、日本人の性格である勤勉であること、約束を守る事、人に優しくある事、これを得意技として戦うしかない。



tom_eastwind at 17:37|PermalinkComments(0)

2017年07月20日

オークランド初日

昨日は早く寝ようと思ったけど何故だか未処理のメールと仕事が頭に残ってしまいなかなか寝付けず真夜中過ぎにとにかく無理やり横になった。

 

今回の出張では東京の熱い街も周ったがホテルで缶詰のように仕事をするのもきつい。

 

ところがオークランドオフィスに戻った初日。机の上を片付けつつメールボックスを観ていると、何と流れるようにメールが入ってくる。

 

次々と10通単位で来るメールを何とか返信したらまた次の15通が返ってきて、あっという間に地球は狭くなりましたと言うかまるでテニスで二人相手にラリーやってる感じ、お手玉状態である。

 

そう言えば香港でアウトバウンドの仕事してた時もこんなのがあったなー。

 

1990年代前半の香港の旅行会社はパソコンもメールも発達しておらず僕は朝からJALとアバカス端末の前に座り端末操作して朝一番で電話で入ってくる航空券予約の手配をしてたら次々と電話が鳴り出してどんどん処理するのだけど、かかってくる電話が圧倒的に多くて「折り返し電話下さい」のメモがどんどん溜まる。

 

当時の香港は中国返還前バブルでハンセン指数が2倍になった時代で日系企業もまだ景気が良かった。

 

すぐに折り返して用件聴いて端末で一気に操作してお客様の性格を考えつつ「この人ならこの対応」と決めて、相手が言ってることではなく言いたい事を聞き取りつつ処理をしていく。

 

必要に応じてキャセイ航空など航空会社にも直接電話して予約のプッシュをする。こういう時は広東語のほうが相手も処理が早いので一気に広東語でまくし立てると、相手も「変な発音だな」と思いつつもまさか電話の先が日本人とは思いもしないから好意的に処理してくれる。

 

香港はこの点今も多重標準である。香港人、鬼老、日本仔、大陸人、それぞれに対応が違う。

 

僕は電話対応が殆どで自分で航空券の発行は殆どしなかった。また社内の経理端末もスタッフに任せる。やれるけどやってる時間がないしスタッフは僕が取った仕事の処理をするのが結局一番適材適所、何時の間にか仕事の役割は決まっていく。結局いつの時代も僕の仕事は顧客直接対応である。

 

そんな中で時々は香港の日系企業への営業周りもする。こういう時は銀行の支店長クラスや商社の部長クラスが出張する時で航空券配達に合わせて顔出しして最近の話などや彼等に役に立つ情報を提供する。

 

すると彼等は普段自分の業界の関係者としか話さないから他の業界の話を楽しく聴いてくれる。

 

当時の香港に住む日本人で現地採用で永住権保持者で広東語と英語を話すわけだから駐在員からすると現地の知らない話を聴ける。

 

例えば当時混み合ってた九広鉄道の軟座のチケットを九龍駅でダフ屋から買う。割増料金を払ってニセの切符を掴まされないようにするのがコツだ。何度かやると相手もこっちの顔を覚えるから変なものは掴ませない。

 

少し高くても日系企業からすれば東京からの出張者の切符である、取れないなんて日本本社に言えないから値段はこちらの言い値である。そんな現場の話で盛り上がる。

 

今でこそ異業種交流なんて言ってるけど当時はそんな考えはなかったから珍しかったのだろう。

 

そうそう香港時代のオフィスに話を戻すと朝から電話が止まらずそれを観ていた若い香港人女性スタッフが「何か代わりにやれることありますか?」と聴くので「よっしゃ、代わりにトイレに行ってくれ!」と言って笑ってたものだ。

 

時代は変わっても忙しさは変わらない。朝から結局40通以上のメールをあちこちの国に送りそれでもメールボックスに残ってるずっと処理出来てない案件を早くやりたいのに急ぎの処理が来るからどうしてもそっちを対応することになる。

 

そうこうしている内に今日も夜の10時過ぎ。眠れるのかな?全く良くないな。回答の遅れているお客様、申し訳ありません。



tom_eastwind at 21:59|PermalinkComments(0)

2017年07月19日

オークランド到着

シンガポールからオークランドへは結局機内では夕食も朝食も食べずに殆ど寝て過ごした。

 

ジャケットはラックに掛けてもらいジーンズを畳みYシャツも折りたたみ機内用の部屋着に着替えたらすぐにアイマスクして寝る。

 

前の晩が徹夜だったのでよく眠れたがキャビンクルーが食事の度に「ほんとに何も要らないのか?」と心配そうに聴くけど、食べると寝づらくなるし人は水さえあれば11時間は全く問題なく生存出来る。

 

飛行機が少し揺れ始めて降下を開始し出すと体の慣れなのか自然と眼が覚める。これも不思議なものである。

 

オークランド空港国際線に到着すると、またも入国の流れが変わっている。ここってここ数年ずっと工事してて、ほんとに毎月のように何かが変わっている。

 

今回は入国の際のeパスポート入国の場所。今まで入国カウンターに向かって一番左だったのが二番目の左になっている。けど手続き自体は係員不要で、パスポートを機械に挿して一歩進んでカメラに写真を撮ればこれで入国終了。

 

入国後GFの荷物ターミナルで待つこと10分で荷物を受け取りNZ市民用のレーンに並びそそくさと進み最終荷物チェック。にこっと笑って「おはよう!」

 

「何か申告するものある?」明るく聴かれて「何もないよ」

「あ、そ、じゃグリーンレーンね」

グリーンレーンとは出口に向かって一番左側のX線検査のない通路。Green Laneは安全な通路と道路の名前を引っ掛けているのだろう。

 

ここを抜けるとそこは雪国、ではなくオークランド空港到着口。

 

うわ、流石に空気が冷えてるけど昼間なので15度くらい。

 

冬のオークランドを出発する時の服装は夏のジャケットにジーンズ、長袖のYシャツであり日本とシンガポールでも同様で、帰国する時も同様であるが基本的に外を歩かないのでこの格好で不自由することはない。

 

荷物も手で持てるスーツケース一個と機内持ち込み用の布製の買い物袋とアタッシュケースだけで移動するので、ぱっと観たらこれで2週間の旅で真冬のオークランドから真夏の東京やシンガポールを移動しているの?と思われるほどだ。

 

けど一番困るのはオークランドに到着してメールを開く瞬間である。今朝は一体何十通のメールが来ているのやら。これからは機内でメールを処理するのが自分的に主流になりそうな感じである。

 

特に今回は日本にいても香港やシンガポールや豪州やマレーシアからの問い合わせに対応してバタバタしているわけで「あれ?俺って何で日本にいるんだろ?」と、ふと疑問に思ったりする。

 

そんなこんなで自宅に戻り鞄の荷物を整理して風呂に入って体を伸ばしてゆっくりしてからは日本で購入したDVDや本を引っ張り出して束の間楽しむ。

 

2次大戦当時ドイツ第6軍によるスターリングラード侵攻と長い冬、その後ソ連軍の反撃で遂に約30万人の軍団は全面降伏して捕虜となり戦後ドイツに戻れたのは数千人。

 

2001年ジュード・ロウ主演の”Enemy at the Gate”はスターリングラード攻防戦をソ連側から見た勝ち戦であるが今回のDVD1950年代にドイツで製作された負け戦であり、戦争の悲惨さを肌を持って実感した人々による反省のための映画でありジュード・ローのような最後の明るさは全くない。

 

それから本は「野村證券第2事業法人部」。オリンパス事件で首謀者として検察に告訴された主人公が20年近く勤めていた野村證券の実態がとても興味深く、その後オリンパス事件がどのように起きたかを裏側から書いている。期待の一冊だ。

 

それにしても日本の証券会社って、昔は徹底的にお客に損をさせて自分だけコミッションを取ってたってのをあっけらかんに書くとこなど、野村證券ってなんじゃ?と思ってしまう。

 

バブル崩壊も現場で観てきた人間だけが分かる法改正とか、なるほど現場はこうやってキャリア官僚に潰されてバブルが大崩壊したんだな、って分かる。

 

キャリアと呼ばれる行政官が本当にすべきなのは執行官である現場の叩き上げがリスクを持って作る企画に合法性を与えることであり自分が執行官になることではない。リスクを取ると言う発想が全くないキャリアが現場も知らずに紙の上の理想論で現場に指示するから大きく失敗することになる。

 

週末はこの本で楽しめそうだ。



tom_eastwind at 17:39|PermalinkComments(0)

2017年07月18日

帰国

今日の便でオークランドに戻る。今回はシンガポール航空なので羽田からシンガポールが約7時間、シンガポールでの乗り継ぎ時間が約5時間、シンガポールからオークランドが11時間なので23時間の旅である。

 

昨日は溜まったペーパーワークとメール処理と新しい企画作りをずっとやってて結局真夜中過ぎまで仕事して、ホテル出発が朝630分なので面倒くさいからそのまま徹夜で仕事をした。

 

お陰で随分片付いたけど、と思いつつも、まだ懸案が数件残ったまま羽田に向かう。

 

早朝のためだろう羽田空港には30分程度で到着。チェックイン後に朝ごはん食べようと4階に行くが朝早いせいで寿司屋も開いてない。仕方ないのでとっとと出国手続きして出発ターミナルのカフェで飯を食うことにする。

 

羽田空港のカフェご飯は美味しい。お洒落なお寿司屋とかうどん屋、カレー屋などがあり十分に楽しめるのが良い。

 

それにしても今回は気温差がきつかった。オークランドは朝晩は10度を下回るのに東京は35度であるから25度の温度差。

 

春と秋は気温が近いからいいけど今回のようにオークランドは冬、日本は梅雨も明けてないけどもう真夏と言う天候は体がびっくりする。

 

オークランドは冬でも10度前後だし夏でも25度をこすことがあまりないから東京のような「派手な四季」があるところに比べたら極楽である。

 

21世紀の現在であればオークランドのような田舎でもDVDで古典落語も鑑賞出来るし最新ニュースもネットで読めるし必要があれば飛行機で日本に行って必要な事出来るし、だったら普段は温暖な気候のオークランドで涼しい風に吹かれた方がいいぞって話だ。

 

しかし今回一番疲れたのは、とにかく東京滞在中にあちこちの国から問い合わせが飛び込んで来た事だ。お客様からの新規問い合わせはこれはもう僕が対応するしかない。

 

当社のスタッフは20数名いるけど企画と営業スタッフは僕一人であるから企画立案、営業提案と言うのは必然的に僕が担当である。特に最近来る案件が予想通りの海外相続に関する内容なのでこれはもう僕が対応するしかない。

 

海外相続は2カ国又は3カ国を合わせた方法なので各国の法律の読み込みと理解、そしてその法律が実態としてどのように解釈運用されているのかを理解する必要がある。

 

ある日突然担当になったからと言ってすぐ出来る仕事ではない。日本人で長くオークランドで生活をしてても日本の税法は知らないわけで第一オークランドの税理士事務所でも日本の税法の知識はないから合せ技が使えない。

 

ましてや普通の生活をしている日本人であれば自分も場合によっては日本で税金が発生する事を認識していない。

 

NZに住んでいるのだから日本の税金が発生するわけがないと思い込んでいるが、税金は居住地の認定で決まる。一年の内半分とか言ってるのはもう古い。

 

今の日本は居住の5原則があってこれをクリアーしないと例えNZの永住権を取得してNZに住んでいても日本での課税対象になる可能性がある。また例え日本の非居住者=NZに居住している日本人でも日本に不動産がありこれを売る場合は条件によっては約10%の納税が必要となる。

 

これは税に関する基礎知識と最新の判例や条例を理解しておかないと間違った絵描きになってしまう。ほんとにちょっとした事で絵描きの前提が一発で壊れてしまう。

 

なので僕の頭の中ではいつもルービックキューブが回っている。それでも僕のプランの大前提は「きちんと納税して子供に財産を譲渡してそれから子供がその財産を増やして元に戻す」と言うやり方なので道は開けている。

 

さあ、徹夜明けの朝から23時間移動だ。



tom_eastwind at 16:54|PermalinkComments(0)

2017年07月17日

G8諸国民が観る「評判の良い国」

***

世界で評判の良い国トップ10は以下の通り。

 

1位 カナダ

2位 スイス

3位 スウェーデン

4位 オーストラリア

5位 ニュージーランド

6位 ノルウェー

7位 フィンランド

8位 デンマーク

9位 オランダ

10位 アイルランド

*日本は13位。

 

同ランキングは、国・企業の評判を調査する米コンサルティング企業、レピュテーション・インスティテュート(RI)が毎年発表するもので、今年の結果は主要8か国(G8)の39000人超を対象として3月に実施した調査に基づいている。今年注目すべき点は、英米ロの3か国の急落だ。

http://blogos.com/article/234794/

***

 

幸せな国とか国民幸福度とかでもよく出てくる数字である。北欧とオセアニアは常連になっている。両地域とも他地域に比べて戦争が起こる可能性が低く社会福祉が整備されており貧富の差が少なく政治の透明度が高く税金がきちんと国民のために使われていると言う意識が国民に強い。

 

ただそれと同時に上記国家は基本的に「田舎」の「小国」であり、G8の大国からすれば評価をしても気にならないと言う点もあるだろう。自分の国より「都会」であり「大国」であれば負け犬意識が出てくるが相手が「田舎」の「小国」であれば「あ、お宅もいいよねー」と心に余裕を持てる。

 

大阪の人が東京に対して敵対感を持っても福岡に対しては格下と思っているので安心して「元気やねー、ラーメン美味しいねー」と褒めることが出来るようなものだ。

 

そうは言っても北欧もオセアニアも住みやすい国であるのは間違いない、その国で生まれ育った国民であれば。

 

けれどこれが移住者一世だった場合オセアニアが住みやすい国かとなると話は違う。特にここ10年の豪州及びNZの不動産価格のロケット的上昇と物価上昇率を観れば日本の田舎に住んでる方が余程住みやすい。

 

最近日本に帰る日本人家族が増えていると言うがそれは当然だろう、この物価高で移住一世が高給取りになるのが難しい中では生活を維持するのは大変だ。

 

これは結局移住した時期の問題でもある。20世紀や21世紀最初の10年に移住した人であれば住宅が50万ドル前後と安く買えた。特に1ドル40円なんて時代なら現在の為替80円の半額で住宅が買えた。

 

しかし今は1ドル80円、物価が上昇する中で不動産販売価格が100万ドルになり到底手が届かない。仕事だって昔ならバックオフィス等の事務職などがあったが今はPCとインターネットの発達でそれもなくなった。

 

さあこうなるとニュージーランドが良い国であってもそこで生きていくことは大変な作業になる。そしてこれは豪州でも同様である。

 

何せ豪州は最低時給もNZより高いし人口は多くて仕事も多いけどその分競争も厳しい。現実問題として普通のお人好しキーウィが移住しても移住一世なわけで現地のコネもないわけで生活は苦しく結局NZに戻ってくるしかない。

 

同じ英国人を先祖に持っていてNZと豪州の間の「経済緊密協定」によって人々の自由な移動が認められて豪州労働ビザもなく働けるキーウィにとっても豪州は外国であり移住先であり移住一世が大変なのは変わらない。

 

隣の芝生は綺麗に観えるというしそれは事実であるが実際に隣の芝生に入って観れば自分にとっては決して綺麗ではない事に気づく。



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2017年07月16日

東京都民税

今日は朝から外出。天気は快晴だけど、何せ暑い。仕事柄スーツにネクタイなので歩道を歩くだけですぐに暑くなる。東京の人たちってどうやってこの生活を過ごしているのだろう。

 

夏が暑いだけならまだしも冬は雪が降って道路は滑り12月に行きが降ると酔っぱらいのオッサンが転倒したりする。

 

冬が終わると花粉症と中国からの黄砂と公害が飛んできて窓を開けられない。

 

やっと花粉が終わるとつかの間のゴールデン・ウィークを過ごしたら毎年恒例の梅雨が来る。そして土砂災害。東京都心は大丈夫だけど関東北部や西部に行くと大雨に土砂崩れとなって暑い夏にそのまま突入する。今日なんて梅雨も明けていないのに30度を超えている。

 

その上に地震や原発があるわけで生きてるだけで結構刺激のある生活が送れる。

 

更にその上にあるのが日本政府による徴税。これなどは災害に遭うか遭わないかではなく、どれだけ酷い災害になるかだけの話である。

 

それでいて健康保険は自己負担が増えるし年金はたっぷり払わされてちょびっとは戻るかもしれないと言う、まるで負けることが前提のパチンコのようなものだ。

 

それでも東京で生活する利点って何だろう?

 

それはやはり文明生活を享受出来ると言う点であろう。

 

東京にいれば歌舞伎座に行けるし銀座もあるし新宿も楽しいし遊ぶ所に不自由はしない。

 

東京は電車も充実しているし地下鉄もあり移動に便利で自動車がなくても不自由しない。

 

東京にいればいろんなイベントもあるし無料で参加出来るし、病院だって充実している。そう考えれば田舎暮らしとはぜんぜん違う。

 

田舎に住んでると歌舞伎座ないし銀座と言えば田舎の駅前銀座のシャッター街しかない。遊ぶところも盆踊り広場とイオンしかない。

 

田舎に住んでると一人に一台ずつ車がないと移動も出来ない。

 

田舎にいると病院探すのも一苦労である。

 

等と東京と田舎を比較すれば大きな違いがある。なのでいつも贅沢な東京に住む人々の都民税を思いっきり高くして地方に配分しろって話になる。

 

そして夏は冷房費用として沖縄に配分、冬は暖房費用として北海道に配分しろって話になる。


すると東京都民はこう反論する。

「そんな事言っても東京は生活費高いしミサイルで狙われたり大地震が発生するし津波に襲われるかもしれないし黄砂だって飛んでくるし人は多過ぎて仕事競争厳しいし電車に乗るのも行列競争厳しいし、電車に乗れば誰かが山手線ダイブやって電車に閉じ込められたり痴漢冤罪で会社クビになるかもしれないし、自分がダイブすることになるかもしれないし、田舎の方がいいじゃんか。」

 

「第一、東京のほうが良いってんなら日本国民は移動の自由が憲法で保障されてるんだから田舎から東京に引っ越してこいよ、勝手に田舎に住んでおいて文句ばっかり言うんじゃねーって話だ。」

 

この手の話は実は1980年代から起きており最近あった話ではない。

 

そして最近はこの東京対地方都市の格差がますます広がっており更に地方の田舎に行けば限界集落問題まで出ている。一つの居住地域として維持できなくなっている。

 

だから少なくとも地方都市まで引っ越してこいって話なんだけど、住み慣れた場所を移るのは嫌、けど公共サービスを提供してくれって言ってもそれは国民平等の視点からすれば不公平である。

 

仕事柄日本のいろんな街を周るけど何時の時代も「どこに住むか?」と言う問題は人々が自分の住む場所だけ良くしてくれと言ってる限り解決策はない。



tom_eastwind at 22:58|PermalinkComments(0)

2017年07月15日

個人面談

昨日は個人面談を開催。昼過ぎから1時間単位で4組続く。つまり4時間ずっと話す事になる。

 

旅行屋のビジネスの特徴は在庫を持たない情報産業であると言う点だ。製造業であれば原材料を仕入れて加工して完成品を作って在庫として倉庫に入れたりするわけだが旅行屋には原材料を置く場所も完成品を置く倉庫もない。すべては昔は紙のタリフ、現在はPCデータである。

 

旅行には車や冷蔵庫のような現物がないのでこれから始まる旅行について参加者に対してまだ観たことがない、経験した事がない体験を如何に相手にわかるように説明するのか、どういう切り口で説明するのかが大事である。

 

例えば旅行記がそうであるが、どんな立派な旅行記でもそれがフランス語で書かれていれば英語しか読めない人には無意味であり情報は伝わらない。こちらが何語で話せば話しやすいかではなく相手が何語を話す人かを理解して相手の言語で話す必要があるのだ。

 

僕の仕事の大事な部分は「相手に伝わるように話すこと」になるので4組の個人面談をすると相手に応じて言語を変えて4時間話し続けることになる。

 

日本でニュージーランドの移住情報と言ってもなかなか手に入るものではなく更に入手出来てもその情報が一定の色付けをされている事がある。

 

つまり不動産業者が不動産を売りたいが為にNZを褒めてみたり、自分の本を売りたいが為に「誰でもVISAが取れます!」みたいな事を書いてみたりして情報弱者を振り回しているのが散見される。けどそれでお客様の希望は叶うのか?

 

現在のニュージーランドは既にバブル状態でありこれはまだ数年続く。この状態で技能移民でやって来て生活資金はあるのか?不動産購入するにしても価格が高騰している現在、親の資産でもないかぎり購入は難しい。

 

賃貸をすればオークランドで4人家族だと一ヶ月の家賃が17万円程度になる。これに生活費を加えれば月間手取りで40万円程度が必要である。けど普通の技能移民でそれだけの給料がもらえるのか?そういう事実を伝えているのか?

 

僕の仕事は部品屋ではなく旅行屋である。この場合部品屋とは旅館、ホテル、航空会社等のサプライヤーになる。サプライヤーは自分の商品を買ってもらう必要があるから皆さんどこも自分が一番と売り込む。

 

けど僕ら旅行屋はそのような「部分の無謬」である部品を組み立てて「全体の誤謬」が出ないように参加するお客様の希望を突き合わせる必要がある「旅行工程完成品」組み立て会社なのだ。

 

だから時には売ってはいけない相手もいるのでその時には「何故あなたに売れないのか?」を説明してお断りすることもある。旅行は電気製品ではなく心理的要素が大きいので文句を言おうと思えばいくらでも言いがかりをつけることが出来る。

 

例えて言えば冷蔵庫にフリーザードアを開けなくても氷を取れる窓口があるけど、それだけを観れば確かに格好良いけど壊れやすい。そしてここが壊れると修理をお願いするけど、その為に自宅で修理屋さんを待たねばならない。「待つその時間はどうしてくれる?せっかくの旅が台無しだ!」。

 

そう考えると部分としてはすごく良い氷取りではあるが完成品として冷蔵庫を使うには、あってはいけない部品となる。全体の無謬は部分の無謬に優先されなければいけないのだ。

 

単体であれば良い航空会社でも発着時間など旅行全体の「部品」から観れば使えない事にもなる。これは他のサプライヤーも同様である。

 

常に顧客視点から観る、顧客の側に立って一緒に目の前の景色を見る、そしてプロとしてこの旅行には行かないと言う案も含めて最善の提案をする、これが僕の仕事である。

 

いつもこれを念頭に置いて面談を行うのだが、この「移住」と言う旅行仕事を扱うには二つの側面が必要である。

 

1つは実務経験である。いくら座学で学んでも実際には現場経験を積まないと使いものにならない。日本でも弁護士や税理士など資格は取れても実務経験がなければ合わせ技が使えない。

 

移住においてはVISAが最たるもので、誰でもVISAアドバイザーの資格は勉強すれば取れるが今まで何件のVISAを扱ったのか?技能、起業、投資、その他インターリムやVISA延長など移民局と議論になるような案件も含めてすべてのカテゴリーについて最低30件程度の取り扱いがなければ実務経験とは言えずそれがなければあわせ技は使えない。

 

そしてもう一つ大事なのが、移住希望者の求めているのが何かを理解してその希望が叶うように実現手段を作り上げる企画力だ。

 

実務経験があればたしかに必要最低限の事は出来る。けれどそれは自分の出来ることをやったに過ぎずお客様の希望に沿っている移住計画かどうかは別問題である。

 

ここが多くの人が勘違いをすることだが、VISAはあくまでも幸せな生活を作るための手段であり目的ではない。そのまま日本にいることが幸せな人達もたくさんいる。

 

しかし多くの人はVISAを取れば自動的に幸せになると考えているからビザを取ってNZにやって来て現実生活を経験して日本に撤退することになる。旅をする人の目的は何なのか。それを知り実現させる企画を作るのが旅行屋の仕事だ。

 

ここで言う企画力とは解決力である。多くの人は常識とか「出来るか出来ないか」で物を考えるが、解決力を付けようと思う場合はまず常識を一旦忘れてどれだけの解決方法があるかを考えるのが大事だ。

 

次に出来るか出来ないか等偉そうな批評家ヅラで考えるのではなく「どうすれば出来るか?」と言う視点で問題を観ることだ。

 

1980年代にツアーがPC管理されるようになりハネムーンのハワイツアーが日本全国どこの支店窓口でも空席確認がその場で出来るようになった。

 

ある時ハネムーンを申し込みに来たカップルに対して窓口の若い担当者は「ハワイのハネムーンは売り切れております」ときっぱり回答した。この若い担当者はハネムーンと言うのはPCの中に入ってるものが全てであり個人で航空券を予約してホテルを取ると言う発想がなかったのだ。これなどまさに「出来るか出来ないか」の発想である。

 

実務知識と企画力、これは今の時代も全く変わっていない。



tom_eastwind at 22:48|PermalinkComments(0)

2017年07月14日

劉暁波

「いつの日か自由を求める人間の欲求をいかなる力も止めることは出来ない」

 

マーチン・ルーサー・キング師が黒人の公民権運動で語った言葉とよく似ている。

「私には夢がある。いつの日か黒人の子供と白人の子供が丘の上で肩を並べて」

 

劉暁波は米国留学をしていた時に天安門事件が起こり急遽中国に戻り天安門民主化運動に参加する。

 

本来なら若者の気持ちに同意したかっただろう小平による民主化運動の強制排除。しかしここで強制排除しなければ折角経済が活性化し始めた中国が分解してしまう。すべての中国人民の為には民主化運動を今受け入れることは出来ない。そう判断して小平は軍隊を送り込んだ。

 

この時天安門に送り込まれた若い兵士たちの多くは当時の中国の飯もまともに食えない田舎に生まれ育ち学校教育もまともに受けないまま軍隊に入営、国内情報に触れることなく戦争の訓練をしていた。

 

そんな若者たちにある日突然共産党中央から指令が下る。「国歌反逆の売国奴が天安門広場で暴動を起こしている。直ちに武器を使用して制圧しろ」

 

そう命令を受ければ若者は何も考えずに戦車を走らせ歩兵は小銃を発砲してみると、そこにいたのは自分たちと同じ年代の何も抵抗しない聡明そうな学生だった・・・。

 

多くの若者が命を失い多くの若者が中国から亡命する中、劉暁波は中国内に残り一切敵を作らず恨みを持たず中国の民主化と言論の一定の自由を要求し続けた。

 

小平ならば劉暁波を生かし続けることが出来た。今の劉暁波は危険人物であってもいつかは使える、そう考えて生かしていた。これが小平の器である。

 

しかし現政権の習近平は小平に比べると実に小粒でありいつも戦々恐々としている。小平のように何度失権しても悠々としてまた復権出来てそして中国を如何に発展させるかを大局から考えることは出来ない。

 

だからこそ今の中国は巨大な国になったがその政権の舵取りは実に不安定であり小平が決めた政治原則を無視して海洋進出することで逆に大きな向い波を喰らっている。

 

劉暁波とルーサー・キングのもう一つの似ている点は、お互いに民主化運動の中で殺されたと言うことだ。



tom_eastwind at 14:37|PermalinkComments(0)

2017年07月13日

二重国籍と公職選挙法の違い

最近の日本の政争や国会審議はかなり程度の低い猫のひっかき合いになっている。けれど民進党の蓮舫の二重国籍問題は明確な選挙法違反なので問題の次元が全く違う。

 

選挙法では虚偽の説明、例えば学歴詐称等は禁止されているし国籍について虚偽の説明、つまり二重国籍であるのに「私は日本人」と言えばこれは選挙法違反である。

 

これは民進党(元民主党)でも処罰の対象になっているのに何故か蓮舫だけは処罰から逃れている。

 

つまり、

1・蓮舫は選挙法違反の議員でありながら日本の司法当局から罰されていない。

2・民進党は蓮舫が二重国籍と分かっていながら党内処分を行っていない。
3・日本国籍法では22歳までに国籍選択をする必要があるので法律違反。

 

蓮舫は上記の問題を抱えているわけだ。

 

現実の二重国籍問題で言えば国民レベルの現場では二重国籍を持つ日本人は多い。例えばジャパカナ(Japanese Canadian)と呼ばれるカナダで生まれた日本人移民一世の子供達である。

 

カナダには1900年代初頭から日本人移民が入植し一生懸命働きその子供は学校に通い英語と日本語を使い分け大学を卒業してカナダ社会で一定の地位を築いている。

 

彼等はカナダで生まれたのでカナダ国籍を保持しつつ同時に両親が日本人なので日本国籍を持っている。

 

こういう彼等は2冊の旅券を持ちバンクーバーを出国する時はカナダの旅券で、日本に入国する時は日本の旅券を使う。当然ながら 日本入国時の日本旅券にカナダの出国記録はない。なのでジャパカナは2冊の旅券を保持して日加両国を往復している。

 

だからこの時点で二重国籍である事は明確なのだが現在はこの方法で普通に往復出来ているのは日本側でも河野太郎あたりが自民党内で重国籍を認めろと主張している背景があるからだ。

 

国境問題を問題視しているのは自分の既得権益を守りたい役人だけであり国民ではない。そのことを理解している代議士は重国籍を認めろと主張して役人と代議士の駆け引きの最中なのが現在の日本の二重国籍問題なのである。

 

だから二重国籍であることは厳密に現行法で言えば違法であるが現実的には日本の入管も問題視していないと言うことだ。

 

こういうのは法律にはよくあることで現行法は既に時代遅れだけど法改正が行われていないから形式的には違法になる。しかし法の精神からすれば罰則を適用するようなものではないと言う場合は法律を適用しないと言うことが可能である。

 

二重国籍問題は議員としても票に繋がらないし法務局も切迫した状態ではないから法改正が後回しにされているというだけだ。

 

僕の場合で言えば僕はニュージーランドの国籍を取得してその後すぐオークランドの日本領事館に行き「日本国籍離脱宣言」を行い(実際には宣言するわけではなく領事館に用意された書類に必要事項を記入して署名して日本国旅券を返納するだけ)日本国籍から離脱したので二重国籍ではない。

 

具体的には領事館にある国籍離脱書類に必要事項を書き込み日本旅券を提出して旅券にVOID印を押してもらい記念に持ち帰ったが、この日本旅券はもう使えない。

 

国籍については僕の戸籍謄本の名前の掲載された欄の左側に「除籍」と言う赤い印鑑が押されて、これで僕は日本人の国籍ではなくなった。「日本人であった」記録は残っているが現在は日本人ではないという位置づけである。

 

なので僕は現在ニュージーランド国籍であり日本に行くたびに3ヶ月の上陸許可を僕のNZ旅券にシールで貼ってもらってる。

 

国籍はNZであるが日本の短期滞在に不自由はしない。滞在日数に期限はあるが仕事はNZなので長期滞在する理由もない。なので現在の状況で全く不自由はない。

 

インターネットがこれだけ発達してテレビ会議が出来て飛行機が高速化すれば何で一つの国に張り付く必要があるだろうか。もう国籍が生まれた場所でしかないと言う制限を加えられる必要はないのだ。

 

しかし最初の話題に戻るが、少なくとも蓮舫は日本では非合法の状態だったまま選挙で虚偽説明をしたから公職選挙法違反なのだ。

 

公職選挙法違反と二重国籍の在り方についての議論を混線させてはいけない。これは全く別問題である。



tom_eastwind at 14:16|PermalinkComments(0)

2017年07月12日

民度

安倍政権の支持率が急激に低下している。朝日や毎日等反安倍チームの調査だけではなく親安倍政権の読売新聞でも支持率低下だ。

 

その原因としては森友と加計問題であろう。安倍首相が最近蕎麦屋に行って何か簡単なものを食べようとしたら店員に「へい!もりにしますか、かけにしますか?」と聴かれて店を飛び出したと言う冗談が最近出回っているが、それにしてもマスコミとそれに踊らされる民衆とそれを政治利用しようとする野党と、とにかく民度の低さを感じる。

 

森友と加計の問題は基本的に違う政治問題である。文科省の既得利益を政治に取り戻そうとする作業が戦略特区であり特区を進める安倍首相と内閣グループが強力に推し進めるのは当然な話だ。

 

それが政治主導であり内閣が霞が関の人事権を取り戻したのも政治主導で国家運営をするためであるから、これも当然な事である。

 

考えてみれば良い、日本の大企業で各部門が独立して本社に人事権がなく各部門の既得権益を壊すことができないとどうなるか?そういう大企業は現代の世界の中で戦うビジネスには対応出来ず組織変更をするしかない。

 

今の安倍政権が目指すのは内閣主導で国際情勢に対応出来る国家組織を構築することである。

 

なのに野党は怪文書を振り回しマスコミはそれを面白おかしくニュースにして、新聞とテレビ番組しか観ない人々は誰が悪役か分からなくなりマスコミや新聞で書かれた人を何も考えずに悪人にする。

 

だから今国会やテレビで賑やかな前次官等天下りの責任を取って首になった人物であるが何時の間にかテレビでは英雄のような扱いをされることがある。

 

前次官は内閣主導の人事権を行使されて首になった。すると怪文書が出てきた。その怪文書の出所はどこか?

 

普通に考えればマスコミの説明や国会での野党の攻撃も随分理屈の通らない話であることが分かるが、自分で考えることをしない人々は自らマスコミの餌食となっている。

 

問題はそのマスコミさえ記者個人は上司や会社や広告主の言いなりになっており、真実を伝えるよりも自分が生き残ることを優先しているからそこに長期的な政治目的がないという点だ。

 

そして政治家は目先の選挙のみに振り回され、政治家と言いつつ政治を知らず守るべき法も知らず、国会でわいわい騒ぐだけである。

 

本来ならアベノミクスが偽薬だという点で安倍政権に攻撃を加えるべきだった。ところが野党もマスコミもどこが偽薬か分からず放置して何年経っても国民生活は豊かにならず株価だけが上昇して株主と大手企業だけが利益を得た。

 

日銀はバズーカ砲を撃って物価上昇を狙ったが日銀バズーカ砲は元々物価上昇をする機能を持っておらず3年経過しても効果はなく逆にまたデフレが発生し始めた。

 

春闘で一部大企業や公務員の給料は上がったがそれ以外の大多数の人々の給与は上がらず、それどころか正社員を派遣に切り替えて賃金を下げ、正社員でも各種社会保障費が上昇したため経営側も労働者も負担が増えて結果的に賃金が下がっている。

 

このような現実を修正するには本来はアベノミクスの構造改革をやらねばならないが岩盤規制を破壊することは出来ずその意味でアベノミクスは失敗している。

 

しかし今回の獣医学部新設は岩盤規制の破壊でありその意味で正しい政策であった。

 

この正しい政策をあげつらい間違った政策のアベノミクスを放置していては何たる矛盾である。

 

政治は民度に等しい。愚民より優秀な政治家は現れない。自己変化が出来ず自分の頭で考えることが出来ない国家で良い政治が行われるとは、あまり期待しないほうが良い。民度に合わせて自分も沈むのではなく、自分の身は自分で守るしかない。



tom_eastwind at 14:42|PermalinkComments(0)

2017年07月11日

問い合わせ対応の1日

今日は完璧に部屋から出ずに朝からずっとメール対応と作業である。朝昼晩と買い出ししてた食料を部屋で食べてずっと仕事。部屋の掃除はお断り。それにしても明日は朝から外出しなければいけないので今日中にメールと作業は片付けておく必要がある。

 

外に出ないので暑くはないがニュースでは東京やその近郊の街の暑さを報じており、本当にこの国の夏って変わったよな、暑くなったよなって肌感覚で思う。

 

NZ時間は現在日本より3時間早いのでNZ時間の930分、つまり日本時間の朝630分から仕事が始まる。

 

またNZでは1730分、つまり日本時間の1430分に終わるけど日本のお客様からの問い合せは日本時間で動くので結局朝の630分から夕方の1730分までみっちりとメール対応などの仕事である。

 

1730分以降は作業の時間であるから要するに朝から夜までずっとパソコンと一緒だ。ほんとにパソコンが出来てから仕事の形が激変したものだ。

 

昭和の時代で紙と鉛筆とそろばんと固定電話で仕事してたのは間違いないけど今のこの仕事も時代に合っているな、良かったのは高校時代にそろばんとコンピューターを学ぶ機会があり社会に出て英語の勉強をしたことだろう。

 

だから現在は一人ですべての仕事が出来る状況にある。調べ物は全てネットで対応出来る。だから逆に言うと仕事が増えた。

 

今まで一週間かけてやってた仕事を一日で対応する必要があるので、時代が変わっても仕事をするのが楽になったわけではなくどんどんきつくなっているのが事実であろう。誰だ、パソコン導入時代に「これで仕事が楽になります!」等と営業してたのは。

 

今晩の仕事は海外相続の問い合わせだがこれはいつもずれが出る。と言うのも海外相続は家族構成や移住の時期や国籍等様々な要因があるので誰にも使える「取扱説明書」がない。目的は何なのか?法的側面は?資産構築上の納税記録は?とにかく二カ国の法律をクリアーする必要があるので全体像を聴き込む必要がある。

 

つまり完全にオーダーメイドで対応するのだけど、問い合わせして来る人は何だか「とても簡単で誰にでも使えるマニュアル」があると思っているようで聴いてくるけど、それはない。

 

なので「聴き込みしないと答えられない」と言うとそこで連絡が途切れたりする。

 

いやいやあなたの個人情報を知りたいわけではないが、個人情報を知らないと回答出来ないわけで、自分個人を特定されずに調査依頼をしてもらう事は出来る。海外相続は一面だけが揃っても意味のないルービックキューブでありすべての面で色が揃わないといけないのだ。

 

そんなこんなで部屋の中で一日を過ごすともう夕方だけど、まだまだ仕事は終わってない。問い合わせもオークランドからだけでなくシンガポール、香港、日本国内とあり今日は長い一日である。



tom_eastwind at 08:21|PermalinkComments(0)

2017年07月10日

熱い!

東京は暑い、すでに30度越えだ。九州の豪雨災害の後は気温が大分の気温が34度とか、全く最近の日本の天候ってどうなっているのだろう。

 

シンガポールを昼過ぎに出発する時はシンガポールが熱いと言う意識があったので熱いのも当然と思ってたが夜に到着した東京がここまで暑いとなると全く季節感が狂ってしまう。

 

でもってニュースを観ていると通勤電車に乗るのが大変だそうだ。都内の朝8時過ぎの混み合う電車では乗車率180%でおまけに30度越え、よくもそんな電車に乗れるものだと思ってたら今年は「時差ビズ」とか「時差ビズライナー」が出てるようで時間差出勤も出てきたようで、やった方がいいぞって感じである。

 

僕は車通勤であるがラッシュで高速道路駐車場に車を停めるのも興味ないので午後はいつもラッシュが始まる前に早めに帰り自宅で仕事をしている。この方が効率的である。

 

日本もこの暑さと言う自然現象に対応するのは現在のネット環境であればいけると思う。時差出勤をしてもコアタイムだけ一緒に仕事して午後は子供の迎えに早く帰るとかもありだろう。

 

そうやって誰もが働きやすい環境を作り満員電車と暑さを逃れて子供との時間を大事にして要領よく仕事をする、それって出来るよなって思う。

 

翌朝はホテルで資料印刷やメール対応していたが、何で?と思うくらい新規の問い合わせが続き対応が大変だ。けどこの仕事はホテルの中なので外で働いている人達に比べればまだましである。

 

今日などホテルの道路側入り口で歩道の張替え作業をやってて、真夏なのに長袖に手袋にヘルメットでスコップを使い歩道のレンガ型コンクリートを取り出してたけど皆さん汗だらけである。

 

その後ニュースを観ていたら工事現場では作業着の中に扇風機を入れたり霧の水を吹き出す大型扇風機を回したり休憩時間はかき氷を作って食べたりと現場の知恵はますます進化しているようである。

 

ほんと日本って現場の努力で国造りされているのに東大卒業した人物たちは今もその意識がないのかな。働く現場の仕組み創りでやれることがまだたくさんあるだろうに。



tom_eastwind at 23:56|PermalinkComments(0)

2017年07月09日

The night in Singapore

夜の7時過ぎにシンガポールに到着、荷物を車に積んでホテルに向かい、チェックイン後に街に出る。空港も街も賑やかだ。

 

日本からもレストランがどんどん出店してて、山頭火、一風堂、日本で元気のあるお店が次々と頑張って出てきている。決してすべてが利益が出ているわけではないがとにかく元気が良い。

 

その他にも日本スタイルのカラオケバーも賑やかである。日本企業にとってシンガポールが「挑戦」ではなく「流行」でもなく何時の間にか根付いてしまった感覚であろう。

 

第二次世界大戦当時に昭南島と呼ばれたシンガポールは南アジア戦略の中心となりこの街を真中に置いてビルマ、フィリピン、タイ、ベトナムと、点と線を結んでいた。

 

結果的にシンガポールは牟田口のような優秀バカが大失敗をした土地であるが、何だかこの景色を見ながらデジャブ−と呼ばれる既視現象である。

 

それは僕が1990年代に香港で仕事をしていた時、すでに日本のバブルは弾けていたが日系企業はまだまだいけると思い香港に来た証券会社や銀行もイケイケであった。

 

しかし現実は香港の企業に高値でビルを買わされたり良い物件を買うにもいちいち東京にお伺いを立ててる間に他の企業に買われたりでぼろくそだった。

 

そして1997年、僕が香港を離れた翌年日本のバブルは完全に崩壊した。

 

今回シンガポールを訪問しても同様の気持ちが出てきた。それはまず日本人が日本社会の中だけで活動をしていて現場をみてないって事だ。日本企業は資金はあるから出てくる時は「赤信号、皆で渡れば怖くない」って勢いで進出する。

 

しかし昭南島に到着しても現地人からの情報は取らず日本人だけで日本語だけでつるんでいる。あーらま、こりゃまずいぞ。

 

大企業が日本を離れて本社機能の一部をシンガポールに移すのは良いけど現地を現場としてよく観て何をすべきか考えないと、第2次世界大戦時のように上滑りのままガターンと落ちて集団撤退する事になるぞ。

 

ちょっと浮かれすぎて調子に乗ってはいないか?今こそ足元を固めてシンガポールの人々と手を組んでインドや南アジアに進出する必要があるのだが、どうなんだろう。



tom_eastwind at 23:24|PermalinkComments(0)

2017年07月08日

地球は丸い

今日のフライトでシンガポールに飛ぶ。2年ぶりくらいで定点調査として興味がある。

 

ところでいつも聴かれるのだがシンガポールって全然近くない。

 

オークランドから地図を見るとシンガポールが一番近くて東京が一番遠く観えるけど実はシンガポールも香港も台湾も東京も飛行時間は約11時間である。

 

そしてシンガポールから日本は7時間なので、合計18時間。

 

香港経由だと11時間+4時間なので15時間。

 

ニュージーランド航空で移動すれば11時間。これが一番近い。

 

地球図を二次元で観ると感じないけど地球は丸い。オークランドを出発して豪州の近くを通りそのままニューギニアの上を飛んで行くのだがアジアはどこもそれほど距離は変わらないのだ。

 

ニュージーランド航空が日本まで一番近いけど僕はあまり直行便に興味がない。途中で他の国を見て回る方が楽しい。おまけに閉所恐怖症なのでNZ航空からニューギニアの上空で落下傘降下もしたくない。

 

なのでいつもアジア経由便にして香港やシンガポール等の都市を見て回り勉強するわけだが、さて今回はどのような勉強になるのか。



tom_eastwind at 22:51|PermalinkComments(0)

2017年07月07日

出稼がない日本人

現在のニュージーランドの最低時給15.75ドル。豪州の最低時給はそれより高い。日本の最低時給は1,000円前後。交通費とか手当されると言っても勝ち目なし。もしマクドナルドで働くなら日本よりNZの方が時給が良いのが現実だ。

 

1950年代は英国からニュージーランドに移住する目的が出稼ぎだったりした事もある。

 

1970年代からNZの不況が続いた時は逆にキーウィが豪州や英国に移住出稼ぎで働いたものである。

 

つまり、何時何処で働くかによって給与に差が出るのは分かりきっている事でありそれが国をまたいでも同様であるという事だ。

 

元英国連邦であれば言語も文化も近いので移住と言うより海外引っ越しである。引越した先でうまくいかなければ、又は環境が変わるなら元の国へ戻れば良い。

 

そのような時代では国を越えて自分の好きな国で住める能力を持っているのかと言うのが大きな要因になる。

 

それは言語だけではなく白人社会での理論の作り方への理解と使いこなしも必要である。日本国内で英語を学んで発音が良くなってもいざ討論となると通用しない。彼等の理論で彼等の問題点を指摘していく事が必要である。

 

日本の底辺で生きるよりはNZのような最低生活が保障された国で真面目に働いた方が良いのではないか。

 

そんな事を考えていたら最近おもしろい記事があった。それは中国企業のファーウェイが日本で技術者を採用するというのだ。初任給の年収で500万円がいきなりオファーされる。

 

勿論日本で働くので言語の問題もない。また論理も日本にいるからには日本語での討論も出来る。ただ雇われた相手が中国の外資であるというだけだ。

 

今まで日本は人件費が高いからメーカーの研究施設としての利用が一般的だったが既に中国は世界企業になり優秀な人々の人件費はもう安くない。

 

そうなれば日本人の人件費はもうそれほど高くないし何よりボスの言う事を良く聴く。自発的に技術を作り上げる。そうなれば日本で技術とモノづくりをやった方がずっと効率的だ。

 

そこでファーウェイが日本に進出して来た訳だが、これからも日本に進出してくる外資系メーカーは増えてくるだろう。大手企業はすでに国境を持たない。

 

世界で一番税金の安い国で納税し世界で一番人件費の安い国で労働者を雇用し世界で一番効率的な販売を行うのだ。

 

そうなると現在の日本は世界的メーカーにとっては今までと違ったものに観えてくるのだろう。

 

台湾のメーカーがシャープを買収し東芝の子会社買収にも外資が出てきている。日本が段々狩場になって、日本人が出稼ぎに出なくても外資から日本に来るような時代に変化を始めている。



tom_eastwind at 22:21|PermalinkComments(0)

2017年07月06日

不公平とか不平等とか

今日はアメリカズカップの優勝パレードがクイーンストリートで開催された。

 

昼前には完全に閉鎖されたクイーンズトリートを7階のオフィスから眺めつつサンタパレードのような賑やかさである。

 

ところがパレードが始まってうちのオフィスの下を通る頃は良かったけどそこから数分もしない間にものすごいスコールが襲い、普通の傘じゃ役に立たないくらいの土砂降りでパレードの後半はすごい事になってたが、そこはヨットレーサーのパレードだからメンバーはけろっとしたものである。

 

そんなパレードを観ながら仕事で調べ物をしているとまたもNZに移住した日本人の愚痴が出ている。

 

何で日本人て自分の範囲内での不公平とか不平等に自分が正義の味方のようにものすごく正義感を持って十字軍のようになるのだろうか。

 

自分はすでに違う文化の国に住んでるわけで世の中が公平でもなければ平等でもない、公平や平等は勝ち取るものであり誰かに与えられるものではないってわからないのか。

 

ジャッキーチェンの「ポリス・ストーリー2」の最後の場面で主人公が中国本土からやって来た子供に「世の中は平等でもなければ公平でもない。それは自分で勝ち取るものなんだよ」と話す場面がある。

 

まさにその通りである。日本では官僚政府が国民をバカにしておく為に「消費者無罪」と「平等と公平はタダ」と植え付けた。バカな国民はその教育を真に受けて全く現実的ではない発想と対応をするようになった。

 

その結果として消費者であればどんなわがままを言っても良いし理屈が通らなくても「悪いのは企業」とか「安全ではなく安心を保証しろ」と全く理屈の通らない主張をしてそれがまるで正義の味方のような顔をするから始末に負えない。

 

ニュージーランドに移住して永住権を欲しいのに日本人に永住権を取るのが難しくなり「そんなの不公平だ、先に永住権取った人に比べて不公平だ」って平気で言ってるけど、じゃあ小学校の早生まれってどうするんだ?

 

世の中にはどうしようもないことはいくらでもある。本人が与えられた環境の中で精一杯戦って少しでもその世の中で平等や公平を勝ち取るしかない。

 

第一それで言うなら現代の日本に生まれたのがどれだけ恵まれているのか?バブル後の就職氷河期と言うけど、餓死したのか?

 

日本に生まれた幸せを理解しているのか。中国で貧しい家庭に生まれたら?インドの田舎で女性として生まれたら?アフリカの山の中で生まれたら?

 

世の中は上を見たらきりがないけど下には下がある。もし君の心が弱いなら「まだ下がある」と自分を慰めれば良いし本当に心を強くしようと思ったら一切他人と比較するな。

 

愚痴って何が得られる?自分の行きたい方向に向かって今自分が出来ることを最大限にやる。自分を無条件に信じて進むのみである。



tom_eastwind at 01:02|PermalinkComments(0)

2017年07月05日

分散投資