諸行無常のビジネス日誌

2018年05月26日

ビーンボール

それにしても北朝鮮、情けない限りである。中国に振り回されトランプにビーンボールぶつけられ、挙げ句に韓国にまた相談に行く。

 

言葉は言霊である。今まで思いっきり「米国を火の海にする!」とか罵詈雑言を吐いてたのに、米国が「じゃあ話すか?」と言うと飛びついて来た。

 

中国にも相談したら習近平が「えーんでねえの?」となった。

 

おっしゃ、これで金正恩体制さえ守れれば使えない核爆弾よりも安心である。

 

ところが習近平が何を思ったのか再度金正恩を大連に呼び出した。そして何かを吹き込んだ。これがまずかった。その後北朝鮮は急激に強気な発言をするようになった。「会いたいのはそちらでしょ」。

 

トランプは政治にはド素人だがビジネスではプロフェッショナルだ。世界中で修羅場をくぐり抜けてきた男である。

 

通常の国際政治では一度決めた国同士の約束、つまり6月のシンガポールでの国際会議を突如取りやめなんてのは非常識であり得ない話であるがトランプは政治家ではなくビジネスマンだ。

 

中国と北朝鮮の間でなにかやったな、そう感じた彼は直感的に北朝鮮に対してビーンボール、つまり「会議、やらん」とぶつけてきた。更に「うちの核爆弾は数も性能もおたくよりよいからね」とやった。

 

ここで北朝鮮はびっくりした。今までは外交で勝っていると思って偉そうなこと言ってたのに、いきなり自分の頭にビーンボールをぶつけられたのだ。

 

そこで態度を変えて「まあまあ旦那、そんな怒らずにさ、座敷に戻ってよ〜」となった。

 

だったら最初から大口を叩かなければよい。口から出た言葉は約束でもある。その意味を米国人は明確に理解している。

 

“My word is my bond” 「私の言葉は私の約束である」大英帝国時代から続く紳士の言葉である。

 

それに対して北朝鮮は「約束はしたけれど守るとは言ってない」と言う国だ。

 

つまり今回の米朝交渉は政治の世界から外れて荒野の決闘になっている。そうなると米国のほうが強い。持っている手玉が多いからだ。

 

米朝交渉がどうなるか、ニュージーランドから高みの見物である。



tom_eastwind at 07:03|PermalinkComments(0)

2018年05月25日

働き方改革法案

以前も書いたが野党が問題視している「高度プロフェッショナル」、いわゆる高プロは年収制度であり本当に高度な能力がある人が採用されて(または社内で昇進して)一定期間一定の能力を発したら何時でも次の会社に行ける仕組みである。

 

ところが野党が言ってるのは一般労働者に高プロが適用されるってことだ。高プロには一定の制限があり、その制限が緩まないようにすればよいだけだ。

 

法案は全体としてまともな事を提案しており21世紀の働き方に合わせようとしている。自分たち野党が制限が緩むことを止められないのを前提にしているのであれば、弱虫か馬鹿だ。

 

また労働者は高プロが嫌ならその会社を辞めればよいだけだ。

 

何?辞めても次の会社に行くだけの専門能力がない?その会社の内部のことしか学んでないから世間では通用しないことだけは分かっているのか。

 

ならば何故今まで自分の労働価値を高める努力をしなかったか?何故学校に居る時にもっと勉強しなかったのか?

 

例えばぼくが香港で生活をしていた頃、若い人々は転職するとすぐに夜間学校に通い新しい資格を学んだ。それは次に転職するための準備なのだ。会社を5時過ぎに終われば軽く夕食を食べて夜間学校に通い自宅に戻るのは夜10時過ぎが普通だった。

 

日頃自分を高める努力をせずに制度が変更になったら「おれ、どうなるの?」ってのは通らんでしょ。

 

てかこの制度導入で衆院で野党が大騒ぎして過労死遺族が傍聴席で涙を流して「何で数の力だけで・・・」と言っても圧倒的少数の野党は離合集散を繰り返して完璧に国民の信頼を失い、それに比べれば安倍政権の方が労働法を現在の働き方に合わせようと努力しているわけだ。

 

この法案はすでに何度も修正されており、数の力で当初案を押し切ったわけではない。だから「数の力」と言うのは間違いだ。少数意見でも取り入れられてるわけだ。

 

むしろ多数派が少数派の意見を取り入れて法案を改正して提出したら少数派が「おれの言うことだけ聴け!」となると多数派の意見はどうなるのだ?こういう簡単な常識がわからんのか?

野党がこんな事ばかりやってるから、ますます自民党は強くなるのだ。



tom_eastwind at 11:02|PermalinkComments(0)

2018年05月24日

視野狭窄




「かぼちゃの馬車」破綻を受けてスルガ銀行が相当ヤバイ。

http://biz-journal.jp/2018/05/post_23419_2.html

 

金融庁に追い込まれて去年まで地銀のヒーローだったのが今では金融庁から総攻撃である。

 

詳細はウェブで検索すれば出てくるが、一体なぜこのようなビジネスモデルがまかり通ったのかである。

 

まず銀行融資を受けていた人はそれなりの年収があり優良企業で勤務していたわけで、普通に考えれば「あり得ん」と分かるだろう。

 

またスルガ銀行からすればビジネスモデルを見れば到底貸せるわけがないことはプロの銀行員なら一発で分かる。

 

それでもこの図式が成り立ったのは、今丁度オーム真理教を小説化した「カルマ真仙教事件」の中で教団信者に対して警察幹部が呟いた言葉「エリート揃いらしいけど、皆おそらく視野狭窄でまわりが見えなくなるタイプなんだろうね」

「彼らはサリンやパソコンやらを作ってしまう頭脳を持ちながら、子供でも首を傾げるようなデタラメな教義を馬鹿真面目に実践しているんです」が分かりやすかった。

 

「かぼちゃの馬車」は最近のシェアハウス増加と言う噂を聴いた一般サラリーマン、特に東京の本社が大企業で給料は良いけど将来年金がないからどうしようと考えている30代から40代の人々にまるで福音のように聴こえた。

 

優秀な大学を出て優良企業で仕事をしているのに何故このビジネスモデルの問題に気づかなかったのか?そこがまさに視野狭窄、どんなに頭が良くても全方位に意識を払っていない証拠である。

 

これはFXで失敗する人、今年のビットコインFXで大損した人、彼らに共通する問題点である。周りがやってるから大丈夫なんて、完全に理性の向こう側である。

 

次にスルガ銀行であるが、彼らは実はお金を借りる人の担保はそれほど重きを置いていない。借りる人の属性を評価して貸すのだ。だから大手企業で働いて家族があって両親もしっかりしているようなら遠慮なく貸す。

 

何故なら属性の高い人は社会的地位を非常に気にする。自己破産なんて恥ずかしくてできない、だからシェアハウスビジネスが上手くいこうといくまいと、取り立てに問題がなければ貸すのである。

 

ここが今回の大きな問題点であったが、そこはカボチャの馬車を売り込む部隊が上手く話して「いやー、スルガ銀行さんが融資してくれるんだから、間違いないですよ!」と説明する。

 

すると借り手は「そうか、スルガ銀行が融資する案件なら間違いない」と思い込むが銀行が貸すのは借り手本人でありかぼちゃが壊れても御本人の給料でしっかり払ってもらいますよだったのである。

 

つまり借り手の美しき誤解をかぼちゃが逆用してスルガ銀行もそれに乗っかって高い利益率で金融庁からお褒めの言葉を頂いたのだ。そして最後に残るのは借り手の山のような借金。

 

しかし自分のメンツがあるから何とか返済しようとなるが、さすが優秀な大学を出て一流企業で勤めているだけに一旦冷静になって計算すると、どうやっても返せない、または一生銀行の奴隷。最後は退職金巻き上げられる事に気づく。

 

だから最初の時点でかぼちゃのビジネスモデルを自分の頭で分析していたら引っかかることもなかった案件である。この点がオウム真理教に引っかかった優秀な大学卒業者と同様に、賢いけど視野狭窄である。

 

今後スルガ銀行が債権放棄をするのか、他行と合併するのか、金融庁の判断次第である。金融庁だって去年までは手放しで褒めてた銀行であるから頭の痛いところであろう。

 

どれだけ頭が良くても、誰もが視野狭窄に陥れば終わりと言う好例である。



tom_eastwind at 15:14|PermalinkComments(0)

2018年05月23日

先生と呼ばれるほどにバカでなし




先生と呼ばれる人々は多いがそのうちどれだけの人が「先生」と呼ばれて嫌な気持ちになっているのだろうか。

 

センセイとは本来、先に生まれたから先生なのであって後から生まれた人より能力があるってわけではない。

 

そしていろんな業界で先生と呼ばれる人がいるが、それが人格的に優れているわけでもない。単なる一種の職人、専門家。

 

これが大工なら棟梁とか、大学のセンセイなら教授とか呼ばれるが、代議士、士業、例えば弁護士や税理士は彼ら固有の肩書がないからxxさんと呼ぶのも失礼と思うバカが「センセイ」と呼び始めてバカの間で定着した。

 

「ラ」抜き言葉と同じで一度定着してしまうともう抜けない。無思考でいられるからセンセイを乱発して、呼ばれる方も何時の間にか受け入れてしまっている。

 

代議士はxx代議士で良いだろう、もし敬称を付けたければ「お代議士様」とでも呼べばいい、確実に相手にされなくなるから。

 

士業の人々にどうしても敬語を付けたければ「士」が人を示すわけだから「お弁護様」とか「お税理様」とかにすれば良い。絶対に仕事の依頼を受けてくれないから。

 

このようにどこにどう敬語を付けるかは難しいし日本語の場合は特に状況によって使い分ける必要がある。社外の人に社内の人を紹介する時はどうこうと、とにかく面倒くさい。

 

なので僕は社外の人々に対して自社の社員を紹介する時にいちいち使い分けず社内用と同じにしている。そんなのどうなんか?と思う人もいるだろうが、ニュージーランドで会社同士が取引する時は非常にざっくばらんである。

 

初対面で名刺交換しないとか、最初から相手をファーストネームで呼ぶわけで、それくらいの方が気軽で良い。

 

だからNZで弁護士や会計士、議員相手にいちいち何か肩書を付けることはまずない。勿論相手が教授とかSIRの称号を持っていればそれはまず肩書を呼ぶが、普通の状況でNZの弁護士にTeacherと呼ぶことはない。バカと思われるから。

 

そしてもう一つあるのが、僕は個人的に社長と呼ばれるのが大嫌いだ。確かに立場的には会社を代表しており何かあればすべての責任を取る立場であるしすべての社員の生活に責任を持つ立場である。

 

しかしそれをやっているのは僕という個人の理性と責任感であり社長と言う立場だからやっているわけではない。社長と言うのは決算書に署名したり銀行口座の開設に必要な時だけであり、普段仕事をしている時のぼくはあくまでtomでしかない。

 

ついでに言えばうちの社内では誰も肩書で呼ばずファーストネームだけである。だから外部から来た人が、うちのスタッフが「tomさ〜ん、お客様ですよ〜」と呼ぶのを聴いて結構びっくりしたりする。

 

また社内でもいろんな話し合いをする時ぼくは彼らの中の一人であり僕の言うことよりも彼らの言うことに整合性があれば従う。だから肩書が不要なのだ。大事なのは自分の業務遂行能力のみであり本人に力があれば年齢に関係なく仕事を仕切る。

 

実力本位、社内調和、それさえ出来れば無駄な肩書など不要である。

 

先生とか社長とか呼ばれて喜んでいるのは、その時点で危険な兆候だと思った方がよい。



tom_eastwind at 14:28|PermalinkComments(0)

2018年05月22日

1Q ランドバンキングボード会議



今日はランドバンキングのボードミーティングでシリーズ3の建設現状と今後5年の計画の話し合いと各種報告事項通達。議題や報告内容は予め添付ファイルで送られているのですぐ会議に入られる。

 

ノースショアのグレンフィールドのステージ1からオークランド南部のTakaniniのステージ2、そして現在のステージ3まで無事に進み2Bフェンチャーチでは110軒の住宅を建設して更に追加のステージ4をやり、これが2020年には完工するので(合計110軒約90億円)、その次にどこの開発やるかって話になる。

 

今日もNZ経済ニュース用にNZヘラルドを翻訳してたら、今はオークランドから車で3時間程離れた街にも住宅不足が飛び火しているようで、ホークスベイでは2年前の不動産中間価格25万ドルだったのが現在では44万ドルと、まったく大変な騒ぎである。ホークス・ベイでは30代のビジネスマンが組めるローンは40万ドルが限界である。

 

とにかく今政府が求めているのは格安の住宅である。オークランドの30歳代のサラリーマン夫婦が銀行ローンを組めて買えるのは60万ドルが限界だ。当社が政府と提携して提供している住宅がまさにその価格帯であり青写真の段階で売れているが、その背景には政府の補助があるからだ。

 

若いキーウィビジネスマン夫婦ではそのままでは買えないが銀行ローン補助など様々な恩恵を付けているから何とか買える。表立ってやるとあちこちで反発があるので政府補助として「来た人だけに教えるね」と言う仕組みだ。しかし転売目的はダメ、NZ国籍保持者のみとか色々と条件が付いている。

 

この会議でぼくを除いた全員がキーウィであり30年以上こういう業界で働いているから案件の目利きが出来る。「このプロジェクトは上手くいくのか?」

 

不動産開発には様々な認可が必要であり普通に申請してたら1年くらい軽く待たされる。だから政府側担当者と強いパイプを持った人間が必要なのだ。

 

政府からしても開発を委任しても、本当に計画通りに建設されるのかが大事だ。土地を買ったが大工が集まらずカネが集まらずで工期延期になったら、またもマスコミや世間から突き上げを食らう。だから付き合う相手を選ぶ。

 

今後の開発予定について報告をもらう。現在の2Bフェンチャーチプロジェクトが完成後は次の政府案件を狙っているようだ。

 

まだ2年先であるが政府が大規模開発の為に整地を始めているので、あとは政府とのコネで話を仕入れてきてオークションに参加してこの案件では1000軒分の土地を仕入れるようになる。

 

2020年頃のプロジェクトでは当社だけで1,000軒の住宅を造成するのだけど今のニュージーランドの住宅はたしかに去年から100万ドルの不動産売買は縮小しているが60万ドルの市場はものすごい勢いがあるのを感じる。

 

とにかく既にオークランド住宅市場は賃貸も含めてどこも満室であり政府が緊急に民間モーテルをまとめて「賃借」して低所得者向けに提供しているほどだ。

 

何よりも自分の家を持つことが出来ればその地域の治安は良くなる。政府が目指しているのは安心して住める街であり決して二極化ではない。



tom_eastwind at 10:09|PermalinkComments(0)

2018年05月21日

誰でもいい

名古屋のインターネットカフェで殺人事件。若者が見知らぬ若者を果物ナイフで刺殺した。

 

誰でもよかった。

 

時代の流れからしてこの手合の事件は増えるだろう、それもここ3年で急激に。何故ならマスコミが事件を報道で広げるからだ。それほど今の日本は不安定なのだが多くの人々はその事実に気づいてない。

 

事実を隠す必要もないが、この手合の犯罪は「じゃ、俺も」と来やすい。世界の要人が暗殺の危機に遭うことは多いが大体においてマスコミ沙汰にならない。

 

何故なら「要人でも襲えるのか!」と思った切羽詰まった人間や極端思考の人間は「俺でも出来る!」と思って素人暗殺に走るからだ。

 

これがレーガン大統領の暗殺未遂のようにテレビの前でやられたら流石に隠すわけにはいかない。

 

けれど暗殺事件は一人の大統領や首相に対して任期中に10回程度は計画されている。未遂事件は絶対表に出さない、だから一般の人が知ることはなく世の中は平々凡々と進んでいるように観える。

 

けれど現実は違う。毎日要人に対する暗殺計画は世界中で作られているのだ。それが本当に弾けたのはオウムサリン事件だが、あれは集団で行った事件である。

 

しかしこれから起こるのは個人が起こすテロである。

 

今の日本は急激に過激化している。時代の閉塞感である。

 

大学を出た22歳の俺がこれから先どんな未来、何があるんだろう?

 

まともな仕事もなく親は年を取り、自分は毎日アルバイトや残業でこき使われ、安月給からはしっかり税金や年金が引かれ手元に残るのはいくらだ?

おまけに年金払ってもどうやら自分が年金世代になる頃には何も頂けそうにないぜ、おいおい、こんな人生馬鹿らしくてやってられねーぜ!

 

だったらそのへんのヤツぶっ殺して刑務所でタダ飯食ってる方がましだ。

 

死刑?それもいいんじゃねーの、それはそれで。だってこの世でずっと人生の最下層で何十年も苦しく生きるよりゃ、誰かに殺してもらった方が簡単だ。

 

これがこれから確実に、そして急速に増えてくる層である。

 

これは1970年代の安保闘争とはまったく別である。あの頃は集団がゲバ棒持って殴り合ってた。

 

現在は個人のテロリストが横の繋がりを持たずネットで情報を交換しながら標的を定め、自分だけがナイフを持って動くのだ。

 

ある時偶然見かけた子供を何日も行動確認する。そして子供が一番無防備な場所を選んで殺す。

 

車に乗りどこでもよいから人混みに突っ込む。

 

日本が諸外国に比較して安全なのは銃と爆弾を使ったテロ行為がないという点だ。つまり使える武器が限られている。これから起こる無差別殺人はある程度避けようがある。

 

だから、

1・通学路や通勤路は毎日変える。

2・常に人通りのある場所を歩く。

3・万が一襲われたら、とにかく笛を吹きながら逃げる。

4・歩く時は視線を上や下ではなく常に水平に周囲に向ける。

5・定期的に後ろを振り返るが、その時は遠くを観るふりをする。

6・絶対に戦おうとするな、逃げろ。とにかく人のいるところまで。

 

そして、本当にどうしようもなく追いつめられた時に、首からぶら下げた

すぐ抜ける小型ナイフで相手のどこでもいいから刺す。出来れば足。そうすれば相手は追跡に不自由になる。

 

こんなことを今の日本で実行出来るかどうか分からないが、本当に生き残りたいなら、注意すること、逃げること、そして最後の手段として反撃手段を持つことだ。



tom_eastwind at 19:51|PermalinkComments(0)

2018年05月20日

あいまい

夢の中で南米の旅をしていた。地元の人々と一緒に食事をするのだけどぼくは当然異邦人だから珍しそうに話しかけられる。夢の中だから会話が通じる。珍しい食材に楽しい会話と皆の情熱的な踊り。

 

そうこうしているうちにぼくは日本の田舎を旅している。ここでも地元の人の集まりに参加したのだけど、いかにも自分が賢いと思いこんでるおっさんが近づいてきて「あんた、いえはどこ?」と聴いてくる。

 

僕はこういう質問がどうも苦手である。この質問の意味するのは

1・僕の生まれ故郷はどこか?

2・僕が今生活をしている場所はどこか?

3・僕が今日寝る場所はどこか?

 

ところが質問する方からすれば田舎に生まれ田舎に育ち田舎で働き田舎で小利口に一つの村の中で立ち回っているだけで、彼からすれば生まれ故郷も今生活をしている場所も今日寝る場所も同じであるから、そのすべてが別々である人生という事に想像がつかない。

 

大分で生まれ福岡で働きクイーンズタウンに渡りその後香港で生活をして更にオークランドで20年以上を過ごして、今はこの夢の街に寝る場所があるのだから、僕は相手の質問の意味を正確に捉えられずになんと答えていいか分からず困惑するのだ。

 

あの、お願いだからもう少し具体的な話や質問をしてくれませんか?「あんたも分かってるでしょ」が前提で質問されても、こっちは分かってないのだ。

 

それからもう一つ、これは日本に行く度に感じる面倒臭さでもある。多くの日本人の初対面の際の質問は何時も犬も倒れるワンパターンなのだ。

 

相手の年齢、職業、住所、家族、まるで警察の尋問である。何で初対面のあなたにそんな話をしなくちゃいけないのか?プライバシーというものがない田舎で生きてる人間だから出来る質問なのだろう。

 

質問する方はそれが当然と思い込んでる。相手がどう感じるかではなく、自分が相手と話す時に先輩なのか敬語なのか社会的地位を確認しなければ会話が始まらないのだ。

 

じゃあいいよ「年齢80歳、職業無職、住所ブルーシート、家族?いない」とでも答えるか。

それとも「年齢28歳、職業社長、住所オークランド、家族?幸せ」とでも答えるか。

 

質問する方からすれば完全な嘘と分かる。だからその時点で会話を停止すればよいだけだ。こっちも気楽だ。

 

特に困るのが日本国内を移動する時である。例えば博多の屋台に行けばそこは美味しい料理が並んでおりぼくが18歳の頃から通った雰囲気がそのまま残っている。

 

お客は自転車でやって来たりしてビール一本とおでん食ったりして屋台のご主人と楽しく会話するのだが、ある程度こなれてくると大体「お客さん、どっから来たと?東京?」と聴いてくる。

 

こんな時に本当のことを話し始めたら1時間かけても終わらないし途中の追加質問に答えてたら夜が更けてしまう。

 

なので面倒くさいからこういう時は素直に「はい、東京の方から来ました」と言う。間違いではない。羽田空港国際線に到着して東京で仕事をしてそれから西進して福岡に入ったのだから「東京の方」であっている。

 

これなどは消火器を売りつけるのに「消防署の方から来ましたー」とやる詭弁であるが、別にぼくは何かを売りにこの屋台に来たわけではなく、座って黙って飲み食い出来ればそれで十分、だったら「東京の方から」で穏便に済ませる方が良い。

 

そして話が東京のことになれば適当に相槌も打てるし話も合わせられる。相手が良さそうな人ならちらっとリップサービスで「実は30年前に福岡に住んでたんですよー」と言うとすごく喜んでくれる。そして福岡の話に持ち込む。

 

しかしこちらから初対面の相手に細かいことは聴かない。相手が話したければ聴くけどこちらからいきなり聴くことではない。

 

でもその割に誰もが質問の內容があいまいなのだ。お互いに分かってるでしょてのを前提に自分と同じ環境で生きていると思い込んで質問するから「これで意味分かるでしょ」となる。

 

わからんちゅーに。

 

この地球は広く様々な民族や価値観や主義主張があり戸籍のない国もあるし、風呂のない家なんて普通だし掘っ立て小屋に住んでる人々もたくさんいる。

 

日本語は本来正確に使おうと思えば使える。ただ使っている人間が手抜きをするから意味が分からなくなるのだ。

 

「オフロに入った?」

「う、うん」

「何時?」

「昨日・・・」

この場合は最初から「最近何時お風呂に入った?」と聴けば良い。

 

質問の仕方があいまいで、それで分かるだろうと思う日本人の民族性は鎖国時代は良かったかもしれないが国際化と言うのならまずは日本語からでも明確に定義付けしていくほうが相手に伝わりやすい。

 

明確な日本語の使い方を勉強すれば英語も通じるようになる。日本語が曖昧なままでそれを英語にするからどんなに発音が良くても意味不明になる。こういうのはよく見かける。結局自分ってのがなくて周りが観えてないのだ。

言葉は意思を伝えるために存在する。つまり伝わってなんぼ。到達主義。そこをよく考えて、どう言えば相手に正確に伝わるかを考えるべきだ。 


tom_eastwind at 18:56|PermalinkComments(0)

2018年05月19日

ひらめき

僕のビジネスモデルは誰もやってない事を手がける事だ。すでに存在するビジネスに飛び込んで競争しようとは思わない。

 

その代わり、今の世界を見渡して日本を観てニュージーランドを観て、それぞれ何が不足しているかを考える。

 

例えばニュージーランドで戦車を操縦する。スピットファイアー体験搭乗もある。これなどは大人数にはならないだろうが戦争オタクには受けると思う。

 

ただオプショナルツアーにして売っても利幅は少ないし他社が同様の商品を販売して安売りしたら競争状態が発生して利益が減る。だから大事なのは自分でその戦車とスピットファイアーを買い取ってしまう事だ。

 

こうやることで誰にも手が出せないビジネスが成立する。この好例が日本人が南島で行っている星を観るツアーである。満天の夜空に光る星の美しさに北半球の都会から来た人々はびっくりする。

 

けれど星なんて仕入れの必要がなく毎晩空に上ってくるもので原価ゼロ、そりゃ儲かる。けど最初にこのツアーを思いついた人には周囲から「そんなもん売れるわけがない、ただで観られるんだから」と言われた。それでも都会から来た観光客をきちんとガイドしていくと売れた。今は大成功である。

 

これは彼らがひらめいて始めたビジネスであるが、同様の例で言えば冬の北海道の網走、屈斜路湖あたりの観光ツアーも今は外国人に受けだしている。

 

流氷の上を歩いたり(勿論万が一の際のウェットスーツ着用)網走監獄体験入所、雪も氷もそれまでは単なるゴミと思われていたのが地元の人々の努力でお金を生み出すようになった。

 

星も雪も流氷もすべて原価ゼロである。地元で運営するから利益はしっかりと地元に落ちる。ビジネスとはそうやって「思いつき」で「まずはやってみっか」から始まる。駄目でいいではないか、やらなければ確実にダメになるのだから。

 

この時の思いつきが実はひらめきでありそのひらめきは過去に自分が見聞きしたものからしかひらめかない。だから見聞が必要なのである。

 

見聞を広める、その為に何より大事なのが日頃からの読書や常の情報収集である。そうやって知識=見聞を広めておけば今目の前に出て来た現象に対して他の人には観えない絵図が観えてくる、様々な選択肢を持てる。

 

もちろんビジネス化するのは簡単ではないし、ましてや当たるなんて確率は非常に低い。ただ1000個やれば3個位は当たる、千三(せんみつ)ビジネスである。問題は1000個のビジネスを思いつくかどうかである。

 

1000個のビジネスをひらめく為に必要なのが日頃の見聞なのだ。

 

例えば一冊の小説には作者のたゆまない調査と勉強が打ち込まれている。例えば今日読了した「コマドリの賭け」ではノルウェーに行かなくても当時や現在のノルウェーに関する知識を身につけることが出来る。

 

作者としては本を作るにあたり様々な詳細な点をしっかりと自分の時間とカネで調べ上げる。そして僕は日本にいながらそういう作者の知識を身につけることが出来るし主人公と一緒に行動することで追体験が得られる。

 

そうやって得た知識は僕の体内に蓄積されていく。そして常に世の中に不足しているものを考えていれば、ある時ふとひらめきが出てくる。ノルウェーの方法が使えないか?このひらめきはノルウェーの知識がなければ出てきようがないのである。

 

今も一つの仕事を進めつつ、このやり方を他のビジネスに転用出来ないかと考える時に、既存のビジネスではなく今ここにないモデルを考えることで他人が手を出せないビジネスを構築出来る。

 

勿論そうは言っても同じことを3年もやってれば他社が参入するわけだが、それでも先行者利益は得られるし老舗であることは強みである。

 

こういうひらめきビジネスで注意すべきは撤退時期である。立ち上げで先行者利益を取りそこから数年利益が安定するが、必ず市場が変化する時がある。そこを見抜いて一番早く撤退するのが大事だ。

 

この、撤退時期の見極めは徹底的に戦史や歴史本を読むことである。そうすれば「あ、これか!」と、ピンとくる瞬間がある。その時に撤退する、他社を残して。

 

そしてその頃には先行者利益で得た資金で次のビジネスを立ち上げている。後はこれの繰り返しである。他社より早くひらめいてビジネスを立ち上げ先行者利益を得て安定している間に次のビジネスを「ひらめく」。

 

ビジネスは見聞+ひらめき+千三+努力、撤退の見極め、これの繰り返しだ。



tom_eastwind at 00:35|PermalinkComments(0)

2018年05月18日

即時対応能力

朝が寒い。11度であるからベッドから出るのが面倒くさくなるオークランドの冬の季節が来た。でもオークランドは昼頃になると10度近く温度が上がるので会社に到着する頃は少し暖かくなっている。

 

東京、大阪、大分、福岡と回ったが初日の東京のみ冷え込んだが後の日程は結構暖かくて良い天気だったのでやはり気温差が大きい。

 

そうは言ってもオークランドは南緯37度、東京とほぼおなじ緯度だけど冬に雪は降らないし夏場でもクーラーなしで過ごせる。

 

これはオークランドが南北に長く東西に細く、東に南太平洋の暖流、西にタスマン海の暖流が流れているため、冬場は暖流がこの街を温めてくれ、夏場はこの海の水がオークランドを冷やしてくれて過ごしやすい環境が維持されているのだ。

 

全く東京の人からすれば11度で文句言うなであるしクイーンズタウンの人からすれば11度は「暖かいですね」なのだから、まさに「文句言うな」ではある。

 

そんなこんな思いながら出社するとビルの中はすでに暖かくなり始めておりオフィスの椅子に座ると背中に当たる日光がきついくらいでシェードを下ろす。ほんとに一日の中に四季があると言われる所以である。

 

11日ぶりに出社したけど何が変わったわけでもなく何時もと同じようにいつものスタッフが普通に働いてる。

 

うちの会社は基本的に年俸制である。入社してから5年間は自動昇給するようになっている。年率5%程度の昇給率である。その代わり残業代はつかないので自分で自分の仕事をしっかり把握して効率的に時間内に終わるようにしろよってことだ。

 

実際にうちの会社は17:30終了で、殆どのスタッフは定時に帰るし帰れる社会環境がある。もちろん緊急案件が入り残業好きな人は残ることもあるが、土日はお客様の送迎がない限りおやすみ。

 

年休も一年目から4週間取得出来て実際に会社のクリスマス休暇は3週間あるのでこの時期に固めて年休を取ってもらい次はイースター休暇などに合わせて取得出来るし取得している。

 

勤務体系はNZの企業とほぼ同様(ただ金曜日にオフィスでビールを飲む習慣はない)だから日本と比べれば随分ゆるい労働環境であると言える。

 

体育会系でもなく皆が結構言いたいことを言える(もちろん限度はある、ハゲ!等は言語道断である)。

 

そんな事を思いつつ今朝の日本のニュースにアクセスしてみるとまたも過労死。

http://blogos.com/article/297807/

 

昨年8月に死亡したのは過労死であったと今年4月労災認定されたのだ。

昨年7月の本人のツイッターによると

***

「ねむい。13時から翌日の18時までってなんなん」(41224分)
「仕事終わるまであと22時間」(同日2020分)
「外明るいと思ったらもう6時かよ。アーメン」(5632分)
「うおー! やっとしごとおわったぁー!社会人になってから36時間ぶっ通しで働いたの初めてやがな」(6120分)

***

 

ちなみに彼は専門型裁量労働制度の適用を受けていたとの事。男性は去年8月に自宅で死んでいるを発見された。クモ膜下出血である。

 

こういう事があるからいくら安倍首相が「働き方改革」と言っても要するに労働者のこき使い倒しだけじゃんかとなるのである。

 

もちろんそれだけでなく普通これだけ残業したら本人がどうなるのか、管理職はしっかり管理していたのだろうか?第一本人もここまで無理して働く前に「辞める」と言う選択肢はなかったのだろうか?

 

いずれにしても、NHKでも既に死者を出しており、まずは自分から労働の仕組みを考えて社会に発信しろって話である。

 

実際に僕も日本社会を観ていると「実に無駄な仕事」をしている場合が多い。その理由の一つとして資料作りがある。「もしこうだったら?」を考えてすべての場面に対応出来るように準備するのだが、そんなもんいくら用意しても必ず「想定外」が起こる。

 

第一想定内であったとしても実際に使われるのは多くの資料のうち一つだけだ。それなら責任者が日頃から知識と知恵を身に付けておけば良いだけだ。

 

山ほどの資料がなくても自分で大体の回答と方向性が示せるようにして部下の「無駄な仕事」を省かせる事が必要だ。

 

ところが相手が自社の部下で大手企業の正社員となると、どれだけ仕事を押し付けても辞めるわけがない、だから自分の手抜きの為に「あれやれこれやれ!」となる。

 

それより自分が日頃から学び即時対応能力を持っていればどんな状況でも対応出来るはずである。つまり日本では上に行けば行くほど楽をしたがるバカが多いから下が苦労をする仕組みなのだ。この仕組みは1918年以降現在まで全く変わっていない。

 

そうそう、ちょっと話が逸れるが民主党の小西議員に喧嘩を売った自衛官が処罰されるそうだ。この事自体の良い悪いではなく国会議員たるもの国民の陳情を受けるのは当然でありその場で罵倒されて言い返せなかったのか、これが即時対応能力のなさである。

 

その場で言われたら国会議員として論点整理して反論するか納得するかである。更にそれが明らかな暴言であれば「それは論点ではないですね、暴言ですね」と返せばよい。そういう能力もなく国会野党として下らんことをタラタラとやってるから自衛官にもバカにされるわけだ。

 

日本の組織を観ていると二流社員が二流上司に引っ張られて昇進する傾向がある。何故なら二流上司は一流社員が昇進すると自分のポストが奪われるから一流社員は出世させないか早いうちに外に出してしまう。結局組織の真ん中に残ったのは即時対応能力のない二流社員のみになり大企業でさえ崩壊してしまう。

 

話を戻すとこの「労災認定」は専門型最良制度だけでなく他にも様々な要素が含まれており、その中でも一番大きいのは労働者自身が「自分だけ生き残れば良い」と思っていることだろう。

 

大企業の社長でも多くは元労働者、現役サラリーマンであり、自分が上に行く過程で周囲の社員と共同して皆が同時に成長出来る良い労働環境を作り決して落ちこぼれを出さない、そういう環境構築が必要だと思う。

 

誰しも得意技や苦手なことがある。自分がリーダーであれば部下の出来ない点を突くのではなく、部下の得意な点を早く見出して適材適所の業務を与えて皆で一緒に成長していくことだ。

 

足の引っ張りあいではなく皆で一緒に成長していく。これが出来れば過労死は減るだろうが今の日本の労働環境では、これから過労死はますます増えていく。



tom_eastwind at 21:34|PermalinkComments(0)

2018年05月17日

欧州、特に北。

昨日の午後、福岡を出発して香港経由でオークランドに戻ったのが今日の昼過ぎ。自宅に戻り日本で買った面白そうな入浴剤を風呂に入れて楽しむ。

 

その後は風呂の中で読んでたジョーネスポの「コマドリの賭け」をそのまま居間で読み続ける。

 

なんか冷えてきたな、オークランド。日本では30度前後だったのでオークランドの夜の14度となると、たしかに気温差が激しいな。

 

日本で買った夏用のジャケットを明日着るか?寒いかな。

 

それにしても今回も出張は無事終了。出張中にも山ほどメールが来てその対応をして面談もしてであるが、不思議にあまり疲れを感じない。仕事が自分の思う方向に上手く進んでいるからだろう。こういう仕事なら疲れない。

 

自宅でソファに転がりエディット・ピアフを聴きつつ「コマドリの賭け」の続きを読む。お、そっか、「コマドリの賭け」はノルウェーの作家だしこの国はフランスと同様に第二次大戦時はドイツに占領されてた国だ。

 

さ、明日からまたオークランドで仕事だ。今日は早く寝ようっと。



tom_eastwind at 17:50|PermalinkComments(0)

2018年05月16日

TPO

福岡での仕事を終わらせて荷物を片付けてから、さて今日の夕食はどうしようかと考えて結局ホテル近くのコンビニで水と弁当買って部屋に戻り福岡のテレビ番組を観ながら飯を食ったのが15日の夜。

 

516日のフライトは16時台の遅い飛行機だったが早くに目が覚めて非常食のどん兵衛うどんを食べる。東京で買ったのだが食べる機会がなく大阪、大分、福岡と旅をしたどん兵衛はオークランドに戻る最終日に福岡で食べることになった。

 

ちなみに何時も書くことだけど、どん兵衛は東と西で味が違う。福岡でラップを開いて茶こしでネギ取って粉スープを入れた時には強い鰹節味がある。これが福岡や大阪で買えば鰹節でなく昆布味が強い。

 

僕はどちらの味も好きだが東京で買った鰹節どん兵衛が一緒に旅して最後に福岡で鰹節で締めるってのも面白い話である。

 

僕は出張では普通の人よりもかなり荷物が少なめであり今回はキャリヤーバッグに東京で買ったどん兵衛と豚汁を入れる余裕があった。

 

最低限の2日分の着替えと洗面用具に読書用の文庫本2冊、それに部屋着だけであるので確かに気軽な旅である。これで10日の旅をしても不自由しない。

 

多分3週間でもいけると思う。何故なら着替えは常に部屋で洗って干して翌日使えるようにしているし、会うお客様からすれば私が昨日何を着て明日何を着るかはご存知ないことであるから僕は毎日同じ服で対応出来るのだ。

 

要するに仕事に合った服を着ていればよいわけでその意味でTPOだけは考えるが、今回の出張でお会いする方の顔を思い出し目的を考えて最大公約数の服装を考えて最低限の荷物にする。

 

旅行と言うとサムソナイトとかの大きなキャリー付きスーツケースを印象するだろうが僕の場合は足の付いたキャリヤーバッグとアタッシュケース一つだけである。

 

なので空港内の移動とか旅先の移動は随分便利で重宝している。今使っているキャリヤーバッグはつい2ヶ月前に買ったもので、去年まで17年間使っていたキャリヤーバッグが流石に足がもげていよいよジッパーが壊れてしまったので買い換える事にした。

 

僕はスーツを入れる大型のスーツケースを持っている。これは足が付いてないので新幹線移動がある時は使えないが東京滞在が長い場合で大都市を飛行機で移動する場合はスーツケースを使う。

 

ところがこの、スーツケースとキャリヤーバッグとキャリーケースの違いが日本ではあまり明確でないらしい。

 

移動可能な荷物入れをキャリヤーバッグと呼び、その中にスーツケースが入る。たまたま僕のスーツケースは足がないけどサムソナイトの旅行かばんにはすべて足が付いて移動に便利になっているから、あれはキャリヤーバッグである。

 

だから、移動=キャリーと認識する。

 

次に機内預け荷物と持ち込み荷物がある。預け荷物がキャビンチェックドインバゲッジで機内に持ち込むのがキャリードインバゲッジとなる。

 

キャリヤーバッグすべてを機内持ち込み手荷物と考えている人もいるがこれは正確ではない。サイズによっては持ち込み出来ないからだ。

 

移動出来るバッグがすべてキャリヤーバッグであり旅に利用する足のないスーツケースは、スーツを入れることが出来る移動用のキャリーバッグである。

 

そして荷物は飛行機の機内持ち込みと言う概念を持つ人も多いが、元々カバンは船旅であった。1800年代の欧州から豪州、米国、NZなど長い船旅では自室に持ち込むカバンと旅先のホテルで3ヶ月位利用する部屋に置く荷物は区別されていた。

 

「タイタニック」でも荷物詰め込みの画面があったが1800年代は船旅であり一回の旅行が3ヶ月など珍しくなかった時代である。

 

カバンの歴史は学ぶものがある。カバンの形状の変化がそのまま社会の変化だからだ。話しだしたら長いのでここまでにしておくが、その中で最近の若いビジネスマンに一つだけ注意しておきたいのは、スーツでバッグパックを背負うなと言うことだ。

 

カバンメーカーによってはバックパックにスーツをお勧めするところもあるようだが、スーツの身体の線を壊すようなバックパックはあり得ない選択肢である。

 

冒頭に書いたようにスーツで会う人にバックパック担いでいるのを観られたら「こいつは一兵卒だな」と思われるだけだ。

 

バックパックが便利なのは分かるが仕事で使うならあなたはそれなりの扱いしか受けない事を十分に理解しておく事だ。

 

ファッションとは着飾ることではなくTPOをよく理解して相手に無言で「この会合の意味は分かっていますよ」と伝えることだ。



tom_eastwind at 14:35|PermalinkComments(0)

2018年05月15日

HAZUKI

女の名前ではない。メガネの名前である。

 

外見はまさにメガネ。これは本を読むための拡大鏡である。記事で見かけて今回日本で買おうと思ってて、大分のヤノメガネで店員さんに聴いたら「あ、これですね!」とすぐ出してくれた。

 

外見は完璧にメガネだけど、本をよむ手元の距離とだけ合ってて、少しでも外れるとぼける。

 

面白い眼鏡である。拡大鏡だからいわゆる一般のメガネではなく、暗い場所で本を読むときに役に立つ。名前がHAZUKIなので少し誤解されそうだが、間違いなくメガネ、ん〜、メガネではないな。これは拡大鏡だ。だから使いづらい。

 

僕の主な目的は自宅のお風呂で本を読むときに使いたくて、自宅のお風呂は光が少ないのでこの眼鏡を買ったのだが、旅先の大分や福岡の風呂場で使ってみるとこれは良い。

 

重ねて申し上げるが、HAZUKIは眼鏡屋さんの名前である。

 

作りは1.6倍から1.3倍までありサイズや色にデザインがあるが、この眼鏡はいわゆるメガネではないので距離感は自分で判断する。

 

今読んでる本が「コマドリの賭け」で、最初にHAZUKIをかけて読んでその後にHAZUKIを外すと字が小さいなって感じる。

 

ふーん、本当にこの国はいろんなものを作るな、メガネ一つで感心した日だった。



tom_eastwind at 13:09|PermalinkComments(0)

2018年05月14日

久留米本田商店

九州の中核都市として福岡は人が増え続けているがキャナルシティでは中国や韓国からのお客でごった返している。

 

キャナルシティの一番上がラーメン専門店街になっているのだが「久留米本田商店」に昼飯を食いに行った時、1240分だったので10名位行列が出来てた。

 

普段ならめんどくさいので他の店に行くとこだけど本田商店の味は本田商店でしか食えないしラーメン屋なので10名程度ならまあいいかと思って行列に並ぶと、なんと全員が中国からの観光客。

 

それも日本語ガイドがついて食券の買い方を説明したり入り口で中国語のメニューを見せたりして、なんと賑やかだ。

 

キャナルシティでは天ぷら専門店もあるのだが、ここも中国人観光客に大人気。

 

彼ら観光客は旅行会社やガイドの言うことなど一切信用せずSNSで発信された情報を基に行くところを決めてる。

 

だからキャナルシティのラーメン屋と言えば他に何軒も店があるにも関わらず、また他の店のラーメンの方が安いにも構わずここに行列を作る。ちなみにラーメン一杯820円、餃子5個で350円税込みである。

 

それにしてもキャナルシティはマツモトキヨシも中国語と韓国語のパンフレッテオを作成しているし、ほんとにアジア特需である。そして何より良いのがリピーターが増えたことである。

 

観光地として大事なのはリピーターが取れるかどうかだ。例えばハワイは日本人お気に入りの観光地でありまたリピーターが多いためにハワイにマンションを買う人もいるくらいだ。

 

リピーターが増えると何が良いか?初めての人を相手にする宣伝費用が不要であり、その費用を現地の設備に回すことが出来る点だ。

 

中国や韓国から福岡は近い。元々江戸時代以前から中韓と福岡は距離的にも近く交易があり今も韓国の釜山から高速船、中国から客船がやって来て福岡を楽しんでいる。

 

食の福岡、観光の福岡、中国や韓国では経験出来ない楽しみを持つ街であり、福岡をベースとして阿蘇や別府、そして何故か門司、鹿児島までがあり、リピーターの通ぶりを見せてくれる。

 

一回来て気に入って調べたら、その周囲にたくさん見どころがある。だから何度も来たくなる。飛行機でも2時間かからずなので随分気軽に来ることが出来る。

 

日本は元々内需として国内旅行が盛んだった。ハネムーンでも昭和中期は別府・宮崎・鹿児島が中心でありそれから沖縄にシフトした。伊豆箱根熱海などは東京の奥座敷であった。

 

ところがバブル崩壊後旅行需要が減り会社の慰安旅行がなくなり熱海では次々と廃業する旅館が続出、名門旅館の3代目であっても世間の変化についていけない旅館は退場するしかなくなった。

 

しかしここに中韓特需が発生した。外国からの観光客が一気に増加した。これを受ける魅力のある観光地やRestaurantやホテルは一気に急成長した。

 

東京、大阪、京都清水寺、変わり種で言えば白川郷や「君の名は」の尾道などが観光地として人気を集めている。

 

ただしこれが「日本の旅行会社」に利益が出ているかと言えばそうではない。

 

インバウンドと言う言葉が一般に知られるようになったが中韓の旅行客は殆どが中韓の旅行会社によって運営されており、また中韓の個人客がSNSで得た情報で個人でインターネットを使って手配している。

 

つまりリスクを取ってRestaurantやホテルや観光地を運営している場所にお金は落ちるがその途中の中抜きビジネスでは利益が出ないビジネスモデルが定着しているのだ。

 

その意味でリスクを取って経営している久留米本田商店に行列が出来るし土地を買ってホテルを建てた会社は利益が出せているし発展している。

 

福岡の定宿では今日も中韓台湾香港からのお客が後を絶えない。団体客、個人客、大きなスーツケースをガラガラと運んでやってくる。帰りにはお土産で一杯になるのだろう。

 

福岡は地の利と言うか、運の良い街である。菅原道真からすれば島流しかもしれないが「海の道」として平安時代から交易に利用され今も栄えている。

 

 

ただ福岡の一番の問題点はすぐ「付け上がる」ことである。ちょっと調子が良いとそれがずっと続くと思って調子をぶっこいて転ぶ。まあ元気があるだけ良いのだが、今回のアジア観光客特需をどのようにリピーターとして安定して何度も来てもらえるような街づくりにするか。

 

旅行の三大要素は顎・足・枕、つまり食事、移動手段、宿泊場所が大事である。

 

この点、福岡は大型客船が泊まれる埠頭があり国際空港が市内から地下鉄2駅と近く博多駅周辺には手頃な価格で宿泊出来るホテルがあり食事はラーメンから魚まで美味しいものが揃っている。また博多駅からの移動手段は九州新幹線、山陽新幹線があり移動にも便利である。つまり顎足枕がきちんと揃っているのだ。

 

後はとにかく調子をぶっこかず安定成長で観光都市として海外からの収入を得て内需不足を補うことである。



tom_eastwind at 18:26|PermalinkComments(0)

2018年05月13日

ハイボール福岡

福岡に到着。今回の出張は移動が多いな。大阪と大分を回った後では、何つか福岡の陳腐「勘」を感じる。

 

何つか、自分が都会の勝ち組って、それは間違ってないんだけど、実際に景気も良いんだけど、こういうのって滅びる前のローマなんだと感じる。

 

僕が生活していた頃の福岡は景気が良かったけど、何つか成長する空気があった。中洲の店が成長して住吉がキャナルと名前を変えてどこも上を観て生きていた。

 

今?どうなんだろう。何だか誰もが成功感覚で「おれ、いけてる!」くらいかな。空気空気。良い街なんだけど、一息ついて回りを観たほうがいいぞ、そんな感じの福岡、博多。ハイボール、投げんなよ。



tom_eastwind at 16:45|PermalinkComments(0)

2018年05月12日

五車堂

10年ぶりの大分。仕事ではなく故郷訪問なのでゆっくりと駅前から中央商店街を歩く。

 

中央商店街の入口には僕が高校生の頃に長崎屋と言うスーパーがあり、当時デビューしたばかりの中島みゆきが入り口で無料ライブやってて僕はパイプ椅子に座って彼女の声を聴いたものだった。

 

それにしても大分、良い意味での大変化である。街が、なんつか安定している。自分たちが老化しているけど、それをきっちりと受け入れて変化して若い人々が集まるようなまちづくりにしている。つまり老人と若者が同居しているのだ。

 

若者は大分のような田舎から出ていって福岡や東京に行くって感じがしない。大分に生まれ大分に育ち大分で働く、なんか街を歩いててそんな感じを受けた。

 

五車堂。ここは僕が高校生の頃からあった中央商店街のど真ん中にある、サンドイッチとカレーの専門店だ。今もまだやってる。

 

一体何十年だ?外見が全く変わらずサンドイッチが相変わらず美味しく、隣のヤノメガネで買い物した時にお店の人と話したが、やはり昭和の時代から続く美味しさは変わらないとのこと。

 

昨日の大阪に引き続きだけど、何だか日本の地方が腹をくくって「おれたちはこれで生きてくぞ!」って元気を感じた。

 

日本は机の上の数字ではなく現場を観ないとわからないことが多いな、そう思った大分訪問だった。



tom_eastwind at 16:26|PermalinkComments(0)

2018年05月11日

大阪 凡

大阪のホテルで串カツ屋の「凡」と言う店を紹介されて行ったら、これがびっくりだった。

 

実に旨い。

 

大阪は元々食い物の旨い街であるが、北新地にあるこの店の串かつは実に旨い。普段は食わない方だけど、この日はよく食った。

 

そしてなんつかここ1年くらいで大阪人の東京に対する感覚が変化したように感じる。

 

2年くらい前までは東京方面から来たってだけで何か冷たい敵対心を感じて、けどおれ、東京じゃないんだけどと思いつつ、まあ仕方ないかなと。

 

けどそれが去年くらいから大阪の人が東京の人を普通に受け入れ始めた。これはあくまで僕の感覚でありビジネスのデータがあるわけではない。けど人々の心に余裕が出てきたのは、やはり売上が伸びてきたせいだろうと思う。

 

何せ大阪のホテル稼働率は94%で一年中ほぼ満室。パナソニックも復活して人が戻ってきて実に元気である。

 

小売店も調子良いしホスピタリティ業界も調子良いし、おまけに串かつもミシュラン一つ星を取るわけで、大阪復活と感じた二日間。



tom_eastwind at 16:11|PermalinkComments(0)

2018年05月10日

いたみ

伊丹空港に到着するたびに思い出す歌がある。松田聖子の「スイートメモリーズ」だ。

 

“懐かしい〜、いたみだわ〜”

 

羽田から大阪に移動するのは以前は新幹線だったけど今は飛行機にしている。東京のどこから大阪のどこに移動するのかで微妙な選択肢なのだが、今では東京の恵比寿から大阪駅前と固定されているので、これなら飛行機の方が時間的に便利であるので最近はずっと飛行機を利用してる。

 

ところが以前利用し始めた時はちっちゃな飛行機だったのがここ数年で大型機が導入されて、たった1時間の旅なのにご飯が出たりして満席便が続出で、やはり羽田と伊丹の便利さが再認識されたと言うべきだろう。

 

国際線においては羽田から成田に移し北関東国際空港にして都内からの移動が思い切り不便になった。大阪では伊丹空港が騒音でうるさいからと海の上に沈みかけの空港作って大阪中心地からの移動が思いっきり不便になった。

 

どちらの空港も政治利権でありカネ目当てであり空港利用者の利便性など全く視野に入っていなかったのだ。その結果利用者は思い切り不便をかぶることになった。

 

伊丹空港は本来関空が出来た時点で廃止される予定だったのに、今までダニのようにたかってた連中が、たかる相手がいなくなったら困るってんで継続。そしていざ継続してみると市内から20分で移動出来て、福岡→伊丹→羽田と戦前からの便利な路線が復活した。

 

福岡→伊丹など最初はプロペラ小型機だったのが、需要が拡大してジェット機になり伊丹→羽田はジェット機を1時間に1機飛ばすようになり、すっかり国内需要を取り込んでドル箱路線になった。

 

そして今回約半年ぶりに伊丹空港に到着すると、あ、建物が全面改装されている。以前のブログをお読みの方はご存知かと思うが伊丹空港って昭和のままのターミナルで、御飯食べるとこも雑誌売ってるとこもすべて昭和であった。

 

それが今回到着すると、あ、びっくり、全面綺麗に新しくなっている。わお、である。つまり大阪では伊丹空港を再認識して、これを有効活用しようぜって発想に変わったわけで、だから設備投資して平成様式に作り直したのだ。

 

これは良いことである。利用者視点で考えてサービスを提供する、ごく当たり前の事が実行されたのだ。これなら伊丹空港、これから福岡→伊丹→羽田で利用したいと思う、こういう行政をやってくれれば良い、そんなうれしい気持ちになった。



tom_eastwind at 15:50|PermalinkComments(0)

2018年05月09日

ジンギスカン

東京で夜テレビニュースを観ていたら最近ジンギスカンがまたブームになっているとの事。札幌でも東京でもジンギスカンの店が増えて羊肉を出しているのだけど、どうやらマトンらしい。

 

それも日本国内消費の99.4%が輸入品。観てたらニュージーランドからも羊肉を輸入している。

 

マトンでジンギスカンって、あの匂いが日本人には合わずに羊肉は臭いってイメージが定着してしまったのに、またマトンか。

 

けど羊肉と言ってもニュージーランドでは人間様が食べる羊肉は生後1年未満のラムのみである。マトンは生後3年の羊でありNZでは犬の餌である。

 

羊肉は細かく分けると、生まれてから母親の乳のみを飲んだだけのミルクラム、1年未満でまだ歯が生えてない状態のラム、1年経過して2年目になり歯が生えてきた羊がホゲット、3年目の羊の肉をマトンと呼ぶ。

 

なので昭和の時代に牛肉を食べることが出来なかった人々がジンギスカンと言う事で毛刈りを何度も済ませた用済みの安いマトンをバーベキューで食べる習慣が出来た。

 

当時の北海道では数十万頭の羊が飼育されておりその肉を食べる為に札幌でジンギスカンが定着した。その後僕の大分県でも城島高原でジンギスカンが流行り、僕も匂いも気にせずガンガン食べたものだ。

 

けれど今では北海道の羊は一万頭と減少している。羊の数を増やすために北海道ではNZと提携して羊の大量飼育技術をまた学ぼうとしている。

 

土壌改良についてもNZの技術が次第に北海道に導入されているし、何だかNZが日本に接触しようとしているのを感じる。

 

ジンギスカンだけでなくNZの牛肉の赤肉「WAKANUI BEEF」を日本に輸出している場面もあり、おおびっくりである。

 

けど実際問題として日本人の霜降り信仰は馬鹿げたものであり牛肉の味がわからなかった時代に作られた伝説であっても本当に美味しいかどうかとは別問題である。

 

もちろん好き嫌いの問題だから口の中をネチャネチャして霜降りを食べる人はそれで良いが、NZでは本当に美味しい牛肉とはイノシン酸をガチッと含んだ赤肉であると考えて草を食べる牛肉を飼育している。

 

最近ではNZの畜産企業が東京にもステーキハウスをパイロットショップとして進出して日本人がどれだけ赤肉を食べるかの研究をしている。

 

牛肉に限らず羊肉もだが、日本人は「流れ」に拘らず自分の舌で美味しい食べ物を理解して欲しいものだ。



tom_eastwind at 15:47|PermalinkComments(0)

2018年05月08日

人口減少

東京で仕事開始。最初のお客様に聴かれたのが日本の人口減少だ。

 

人口減少は移民受け入れで対応と言う意見があるが僕は反対だ。何故なら日本人は村社会であり米国などのような移民社会ではないから移民が大挙して来て彼らの文化を持ち込めば必ず地元民と喧嘩になる。

 

それは欧州への移民流入による混乱やドイツにあるトルコ人街へのドイツ人の攻撃を観れば分かることだ。文化や価値観が違うと言うのはそれほど大きな問題なのだ。

 

少人数が少しづつやって来て彼らが日本社会を理解して共有した上で彼ら独自の村を作るなら良い。例えばチャイナタウンやコリアンタウンがあってもよい。

 

普段は彼らの街の中で彼らの文化で生活をするがタウンを出て電車に乗れば日本文化と価値観を理解、尊重していけば地元民と共同生活も出来る。日本人は日本にいながら時々外国人の街に行って美味しいものを食べて買い物を楽しめる。

 

では人口減少に対してはどう対応するのか?

 

けどニュージーランドは人口450万人でも国家として運営出来ている。日本の人口が12千万人が1億人になったからと言って、まだ1億人もいるではないか、十分に食っていける。

 

こういうと「いやいや、内需が減少してー」と言うが2千万人の需要が減少すると何が問題なのか?

要するに既存企業が既存の商品を既存のままで売っていきたい、その為の消費者が2千万人減るから問題と言うが、それはその企業がビジネスモデルを変換しないから問題なのだ。

 

例えば家電製品を作ってて内需が減少と言うが、元々国内にもライバル企業がいるわけでおまけに中国や韓国からの家電メーカーも進出しているわけで内需減少以前に企業間競争の問題の方が大きいわけである。

 

人口減少と言っても世界の人口は増えているわけだから日本国内でライバル企業と競合するよりも世界に出ていけば良い。自分の商品に自信があるならあとはマーケティングを強化して世界で通用する製品を作れば良い。

 

つまり日本国内だけを対象に今までと同じビジネスモデルを続けていこうとするから、つまり自分が変化しようとしないから人口減少が気になるのだ。

 

例えば米国のデュポンと言う会社は元々が黒色火薬を作る会社だった。それが1900年代にはナイロンを作り他にも様々なビジネスを創出して時代の要請に合わせて常に変化している。

富士フィルムはフィルム事業が消滅する中で、更にデジカメも減少する中で大きく事業内容を変化させて生き残った。何もしなかったイーストマンコダックは消滅した。

 

日本は元々人口が多いわけで国土の多くが山である。だからこの際中核都市にスマートシティを構築して自宅と病院の移動も歩いていける距離にして老人が老人を介護出来る老老社会を作り、そこに子どもたちの学校を作り3世代が同居出来るようにする。そうすれば今までにない新しいビジネスが必ず生まれる。

 

そこに日本企業がビジネスチャンスを探せば良い。電化製品を作ってるからそれしかやらないと言うことはないだろう。自分の企業が持つ人的資産をどう利用するかをよく考えれば必ず答は出る。

 

人口減少はビジネスモデルの転換で対応すべきであり移民政策を持ってくるのは間違いだ。



tom_eastwind at 08:56|PermalinkComments(0)

2018年05月07日

デパート

朝早く香港を出て昼過ぎに羽田空港に到着。ホテルに着いて荷物を置き近くの行きつけの散髪屋に行く。

 

オークランドからの飛行時間合計が約14時間で昨晩は香港到着が夜遅くシャワーもせずにそのまま寝たもんで髪の毛がバサバサなままで店に入り髪を洗ってもらい切ってもらいすっきりして、ついでにクイックマッサージをしてもらうと「おや?今日は少し凝ってますね」と言われた。

 

まあそうかもしれない、飛行機の中でずっと身体を動かせずにいたわけで身体がバリバリしているのだろう。自分では凝ってると言う気持ちはなかったがマッサージを受けると気持ち良いのでやはり凝ってたのだろう。

 

それから近くのデパート食品売り場に行き水と弁当を買って部屋に戻る。

 

しかしまあデパートの専門店フロアはお客より店員の方が多いようだし夕方の食品売り場にはお一人様用にちっちゃな料理が並び、時代は変わったと実感する。

 

ぼくが日本を出たのは昭和の最後の時代だからデパートと言えば客が溢れるほどにいて家族が賑やかに買い物を楽しみ一番上のレストラン街で食事をして帰るというのが普通だった。洋服は飛ぶように売れて屋上の遊園地では子供が遊び持ち帰り料理は4人サイズで、皆がデパートを楽しんでいた。

 

それが今ではデパートはすっかり閑古鳥である。夕方の食品売り場ではお一人様向けの小分けされた料理や弁当を売っていて一人でやって来たお一人様が一人用の夕食を買って帰る。

 

もうデパートの今までのビジネスモデルは通用しないのだろうな、人々の行動範囲が変化したのにデパートは変化しなかった。どれだけ大きな売上があろうがどれだけ地元で有名で名士であろうが、変化しなければ退場するしかない。

 

すでに地方では名門デパートメントが次々と廃業している。時代は変わるのだ。けどそれを実際にこうやって観てみると昔を知っているだけにきついものがある。

 

さあ弁当を食いながらパソコンを開いて仕事再開である。夕方外を観ると何だか暗くて強い雨だし空気は全然暑くない。てかひんやりしているくらいである。

 

連休中日本から来た人には「日本は暑いよー」と言われてたのでちょっと拍子抜けだ。梅雨前線の為なのか気温も昼間で16度くらいとか、何じゃこりゃである。

 

天気予報も外れるなら全て外れてくれれば準備も出来るのにな。



tom_eastwind at 17:01|PermalinkComments(0)

2018年05月06日

英国紳士

オークランドから香港へのフライトは約11時間。二次元地図で観ると東京よりずっと近い感じがするが、香港も東京もシンガポールも飛行時間は約11時間と同じである。

 

飛行機に乗って真っ先にするのが着替え。ユニクロの部屋着に着替えてスリッパ履いてゆっくりする。

 

このフライトは欧州人、特に英国人が多い。彼らは元植民地であるニュージーランを訪れて「田舎だなー」とか「空気と空が綺麗だなー」とか思いつつ英国に戻るのだが、直行便がないためどこかで乗り継ぎとなる。

 

その意味では同じように元植民地である香港は馴染みがあるので、オークランド→香港→ヒースローと乗り継ぎをすることになる。

 

この場合飛行機に乗っている時間だけで約25時間、乗り継ぎを含めれば30時間程度の長旅である。

 

船旅ならまだしも狭く監禁された機内で、飛び降りることも出来ず外の空気を吸うことも出来ない。

 

それだけならまだしも、やはり英国紳士と言うのかな、一部の男性は飛行機に乗る時も乗ってる時も乗り継ぎの時も次の飛行機に乗る時もスーツを着たままネクタイも外さず革靴のままで真面目にずっと座っている。

 

あそこまでいけばもう根性とか忍耐とかじゃないな、自分の持つ親から教えられた矜持だろうな、ほんとに大したものだと思う。

 

英国では貴族の子供の世話をするのに2人のナニ−がいると言う。一人はウェットナニ−と言って本当に子供の身体の面倒を観るのだがもう一人のナニーはドライナニ−と言って精神教育をする担当である。

 

子供は三歳までに叩き込まれた精神はなかなか変わるものではない。「戦場にかける橋」で英国軍将校達が炎天下で立ち続けていた場面のようなものだ。

 

僕にはそういう英国人のような矜持はないので自分がいちばん楽に出来る服装で機内を室内のように過ごすのだが、彼らを観ていると本当に大変だなと思う。

 

これって飛行機の機内と自宅の室内の区別だと思う。

 

日本人は旅先の旅館で玄関先で靴を脱ぎスリッパに履き替え部屋で浴衣に着替えて旅館の中を浴衣のままで過ごす習慣がある。つまり日本人にとって旅館は旅先であろうがそこは自分の室内であり、だから浴衣で過ごせる。だから僕は飛行機に乗ったらそこは旅館の中と同じでリラックスした服装になることに何の抵抗もない。

 

しかし英国人等の場合、ドライナニ−に子供の頃に叩き込まれた教育が肌に染みており、自室を一歩出ればそこは外部であり共用施設でありスリッパや部屋着などはあり得ない。だからホテルでも廊下をスリッパで歩くなどはあり得ない。

 

そういう生活を感覚で学んでいるので飛行機の機内と言えどもそこは共用施設、街を歩くような格好でいるのが当然であり、それ以外の選択肢はない。だからネクタイも革靴も当然着用となる。

 

随分と生きづらいなとも思うがそれが彼らの主義である限りこちらが口を出すことではない。

 

そんなことを考えつつ香港に向かう飛行機で映画と本をゆっくり楽しむ。



tom_eastwind at 21:39|PermalinkComments(0)

2018年05月05日

GYOZA BAR in Ponsonby

金曜日と土曜日は連チャンでポンソンビーの餃子バーに行く。それにしてもポンソンビーはお洒落な街になったものだ。

 

勿論オークランドのシティの中では元々お洒落な街ではあったが、それでも20年前はお店の絶対数が少なくて大体4軒の店のうち1軒がRestaurantであったから夜になると櫛の歯が抜けたような町並みだった。

 

ところが今はお洒落なRestaurantが軒を並べて競い合っている状態だ。古くからあるPregoSPQRなどの老舗も元気だし新しいお店も個性を活かしつつ頑張っている。

 

ただまあニュージーランドの場合、大人の客があまり成長していない。子供の頃に美味しいものを食べてない世代だから何が美味しくて何が美味しくないのか分からない。

 

だもんで彼らはメトロ等の雑誌に掲載されたRestaurantに行って人気メニューを味も分からずに食って、後はワインとビールで大騒ぎして「俺、この店行ったよー!」と自慢するだけだ。このあたりは一部の日本人と同様である。

 

日本で次郎ラーメンやカレーや居酒屋の食べログを書いてても要するに相手が絶対に反発できないから書きたい事を書くが、やたらに量が多くて安いものを好みそれを「コスパ」等という日本語英語で書いてるがその料理の生い立ちも知らず、更に肝心の料理を作る側の事は考えてない「ナッツリターン女王」状態である。

 

Restaurantビジネスは厳しい業界である。原価計算をきちっとやってお客に喜ばれるメニューを考案して利益を出さなければいけない。またメニューに特許はないから一つ作ればそれで終わりではなく、常に新しいメニューを考える必要があり尚且つ常連のお客のために既存のメニューの味も守っていく必要がある。

 

だからほっとくとメニューも料理方法も増えるがそれでは店の手間が増えるだけだ。Restaurantはどれだけ手間が増えても座席数は変わらない。なので売上高の上限があるなかで手間暇かければ今度は原価が上昇する。かと言って売値を上げれば客足は落ちる。

 

このあたり本当にさじ加減が難しいのだ。だから食べログ書くなら作る側の事情も理解した上で書いてもらいたいものだ。

 

さて今回連チャンで通った餃子バーはこのあたりを相当考えている。メニューを絞込み出来るだけオペレーションを簡素化させて狭いキッチンを効率的に利用している。

 

餃子は福岡式の一口餃子で具は豚、和牛等選べる。他にも一品料理があるがキーウィは子連れでやって来て餃子を珍しそうに、手で摘んで食べてたりする。

 

日本から来た餃子がGYOZAとしてお洒落な街ポンソンビーに進出してキーウィにGYOZAを食べてもらう。これで日本人の雇用が生まれ日本のB級料理が広まってくれるとうれしい。



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2018年05月04日

不沈空母沖縄



今日が出社最終日、日曜日の飛行機で日本に向かう。朝から日本に持っていく書類を印刷したり整理したりしてカバンに入れて、自宅に帰ると今度はタンスの中の夏服を取り出す。今日のオークランドの天気は10度くらい。

 

僕の場合は日本とNZを行ったり来たりなのでタンスの衣替えがない。冬服も夏服も全部まとめてハンガーやタンスに入れている。

 

「それにしても毎回飛行機の旅、よく疲れませんね」と言われるが、僕にとっては飛行機の中の方が良い。誰にも話しかけられないから考えることなく映画や読書の静かな時間を過ごせて有り難い。

 

月曜日に東京に入りその後大阪などを回るのだが、何だか日本の空気って面白い。殆ど皆が本当に同じ動きをする。けどほんの一握りの人たちが「何かおかしいぞ」と思って人と違う動きをする。

 

そういう人たちは常に危機感を持って世間を観て政治を観て次に何が来るかを予測して対応する。第二次世界大戦の敗戦も危機感を持って日米を比較すれば勝ち目のないことなどすぐ分かる。

 

しかし多くの新聞は鬼畜米英を叫び愚民を踊らせ政府は大本営発表で踊りに応えた。そして左右の隣人が日本バンザイ!と言ってるからと自分も日本バンザイ!と言って、それを観た近くの人が日本バンザイ!と叫び、最終的には理性が吹っ飛び竹槍でB29を落とす等バカな状態に陥った。

 

それでもほんの一握りの人々は事態を冷静に判断して今何をすべきかを考え抜いて実行した。

 

それまで満州や朝鮮で商売をしていて利益も上げて自宅も建てたが、商売を売り自宅も売り日本のそれも田舎に引っ込んだ、大都会で戦勝国兵隊の直接の暴力に触れないように、食料を自給自足出来るように。

 

彼らは歴史書を読み敗戦国に起こる事態、食糧不足や現金不足、戦勝国による賠償要求と国家の仕組みの変更。

 

そしてそれは起こった。起こるべくして起こった。地震の予測は難しいが未来の歴史はそれほど難しくない。歴史を振り返り現在の状態にあった同じような街や国がどうなったかを観れば良い。同じ人間がやっているのだ、結果はそんなに大きく変わらない。

 

動的防衛協力

***

防衛省が開示した文書で削除された「共同使用」や「共同訓練」を記したページには、▽キャンプシュワブ、ハンセンへの陸自1個連隊の配備▽米海兵隊の伊江島補助飛行場での上陸・降下訓練▽北部訓練場での対ゲリラ戦訓練▽嘉手納弾薬庫地区に陸海空共通の兵たん部隊を配備―などが示されています。27日に発足した陸自水陸機動団の1個連隊を沖縄に配備する構想など、一連の動きのベースになっている可能性が濃厚です。

***

 

現在国会でも取り上げられているが僕がこの文書を最初に見た時に感じたのは「こりゃまた戦前に逆戻りだな」である。違いは、ただ今度は相手が西にいるだけだ。

 

この配備構想は米軍の沖縄からの撤収とグアムで防衛戦を作るというのが一つ、もう一つは今回は自衛隊を中心に、またも沖縄を戦争の舞台にしようとしていることだ。

 

日中全面戦争は考えられないが尖閣諸島を中心とした限定戦争は十分有り得る。その時に本土に影響が出ないように沖縄に自衛隊を集中させて中国人民解放軍が上陸作戦を行うにしても、まず沖縄からと言う状況を作っておく。

 

そして沖縄上陸戦を戦いその間に中国と停戦交渉を行う。こうすれば前回の敗戦時と同様に本土に影響は出ない。沖縄で毎日戦いが行われていても本土の人間からすれば遠い場所の問題でありニュースを観て「まあ怖い、あなた、今日の夕食はお刺身よ」となる。

 

所詮霞が関にとって沖縄は大和民族ではなく日本を守るための不沈空母でしかない。



tom_eastwind at 12:46|PermalinkComments(0)

2018年05月03日

新大阪駅のたこ焼き

最近は新幹線を利用する機会が減ったが、新大阪駅で売ってるたこ焼きは車内持ち込み禁止だとのこと。へー、知らんかった。

http://blogos.com/article/294669/

 

勿論新大阪駅でたこ焼きを買って車内に持ち込もうとは思わない。改札口手前の店でお寿司とか神戸牛の美味しいお弁当買ってチューハイ買えば十分に幸せなので、あえて匂いのきつい、おまけにソースこぼしたら面倒そうなたこ焼きは、自分の選択肢にはないなと思ってた。

 

けれどそれはあくまでも自分の基準であり他人に「持ち込み禁止」と強制されると少しいらっとする。

 

おまけに蓬莱の豚まん迄禁止になるという噂もあり、その原因も匂い。新幹線は密封された狭い空間で、たこ焼きや豚まんなど匂いの強い食べ物は他のお客の迷惑になるとの事。

 

う〜ん、分かるけど日本人は極端に走ることがあるから、それを言い出したら弁当でさえ駄目でしょ、ましてやビールなんて酒臭いわけで駄目、チョコは甘い匂いがあるので駄目、ついでに香水臭い女性も乗車禁止、汗臭い人も駄目、いびきをかいて寝るのも駄目。そのうちブスもハゲも観てて不愉快になるから駄目なんて言い出したら一体どうするんだろう。

 

例えば銀座ウエストが最近のツイッターで子供が店内を走り回るのは、炎上覚悟で言うけど止めてくれ、この店はそんな店じゃないんだと書いて、肯定的な意見が多かったとのこと。

 

じゃあ新幹線は「晴れの場」なのか?

 

TPOと言う言葉がある。Time, Place, Occasion, 時と場所と機会、これは男性がその日のスーツを選ぶ際によく使われる言葉だ。「誰と会うのか、何故会うのか、何処で会うのか」によってスーツを選ぶ。

 

それと同じで自分が置かれた場所では何をして良くて何をしたらいけないかを把握することは大事である。

 

そう言えば電車の中にテーブルを持ち込み宴会やってた中年グループがいたり、なんかおかしいのが増えてきたので規制強化でやらないと共用施設で他の人の迷惑になるってのがある。

 

ただこれはマナーの問題と法規制の問題の、丁度グレーゾーンである。食べ物の自由?匂いの規制?タバコは?

 

これを日本だけで考えるとわかりにくいので、例えば香港を例に出すと、あの国では超ご立派なオフィスビルで働く社員でも平気でにんにく臭い持ち帰り料理をオフィスで食べている。だからオフィスはにんにくの臭いが広がるけどこれはOKである。

 

ただしドリアンだけはオフィスビル持ち込み禁止。さすがに香港人でも限度があるのだろう。

 

住宅ビルでは夏の夜遅くに玄関を開けて大きな音で麻雀しているが子供は普通にぐっすり寝てるし文句言う人はいない。

 

ニュージーランドだと、金曜日の午後などオフィスでビール飲んでたりするから匂いにはこだわらないかもしれない。

 

新大阪駅のたこ焼き、そして蓬莱。これからどんな議論に発展するか分からないが、基本は他人に気遣うマナーだと思う。



tom_eastwind at 21:59|PermalinkComments(0)

2018年05月02日

AIに関する間違った認識

日経ビジネスの「賢人の警鐘」で書かれていた記事で、日本証券業協会会長である鈴木氏でさえやはりこういう認識なのかなと、日本社会の古さを感じた。

 

AIは今までのパソコンの延長ではないしグーグルでもない。独自に自分で判断する疑似人間なのだ。決められた事だけをするのは機械だがAIは機械を飛び越して人間の脳みそに近づいているのだ。

 

「人間にはまだ出来る仕事がある」と言って証券業界では高速取引やロボアドバイザーが出てきてるその延長でAIを考えているが、AIは全く別物だ。

 

AIは決められた事は出来るが不測の事態に遭遇した時に対応できない」と言うが、それこそ今の日本人の多くがそうであろう。自分で考えることを小学校時代から奪われ上司の言うことに従い不測の事態には何の対応も出来ずおたおたするだけ。

 

それに比べれば、AIに最初から四書五経を入力してアシモフのロボット三原則を追加しておけば、AIの方が余程優秀な経営者になれる。

 

「火の鳥」にマザーと呼ばれるAIが独立した都市を管理するようになる物語があるが、マザーが最終的に人間に近づきすぎて人間のような感情を持ち他の都市と戦争を始めると言う、まさに笑い話がある。

 

AIに対して人間が対応すべきこと。それは人間が歴史を学び四書五経を読みアシモフを読むことだ。出来ればファウンデーションシリーズが良い。あれは本当に未来を表している。僕らがどうすれば子供に未来を残せるか、そしてその限界と次の未来をも示している。



tom_eastwind at 12:03|PermalinkComments(0)

2018年05月01日

ギブソン

これは僕の仕事とは全く関係のない話だけど個人的には非常に胸に刺さる記事だった。

 

ギターメーカーのギブソンが倒産するとの事。

 

100年以上続き、ギターの最高峰であり名門でありなにせギター一台が普通に25万円以上するわけで、ギブソンを持つだけですごいのだが、下手くそが持ってると逆に笑い者だった。

 

ナッシュビルに本社を置き、エリック・クラプトン等の大御所にも利用されて1960年代にはプロミュージシャンの誰もが一台は持ってるギターだった。

 

1970年代になり日本でもギターが不良の道具じゃないと分かりだし、街の楽器屋でも扱うようになり、その頃始まったフォークソングブームでもプロが使うようになった。

 

京都をベースとした憂歌団が福岡の天神近くの店でライブをやった時には、ビール瓶の頭を使ってギブソンをスライド・ギターみたいにしたり、それを目の前でかぶりつきで観て音を聴いて「やっぱ、すげーギターだな」と本当に思った。

 

とにかくブルースに合う音なのだ。低音と重音がすごくて、これはヤマハにもマーティンにも出せない音で、だから皆が自分の財布を観ながらギターを使い分けてた。

 

初心者はヤマハでまずギター教室に行き、その時持参するのは1万円程度の初心者用ギター。そうは言っても弦はちゃんと6本あり音もきちんと出る。ここでギターコードを勉強すると街の店に行って弾き語りをするようになる。

 

けどこの時点ですでに弾き語りの実力は年齢もギターも越してくっきりと区別されており、このような「出来る連中」は何年かするとギブソンかマーティンかってなる。そこでカントリーソングを選ぶ人はマーティン、ブルースを選ぶ人はギブソンとなる。

 

どちらを選ぶにせよ当時におけるギブソンは世界最高峰であった。

 

記事を読むと若者のギター離れ、特に20代の若者が聴く音楽がDJだったりしてギターを弾くのはせいぜいジャスティン・ビーバー、彼一人ではギブソン飯食えない、そこで多角化経営を図ったがすでにギブソンは若者の「魅力ある将来持ちたいギター」ではなくなったのだろう。

 

そだなー、世の中は変化するなー。

 

ギブソン、これからもギター部門は継続するし株主も納得すみってことなので「古き良いブルースギター」はこれからも期待したい。



tom_eastwind at 11:36|PermalinkComments(0)

2018年04月30日

海外ネット通販に消費税。

いよいよニュージーランドでも海外企業がNZに向けて行うネット販売に対しても消費税を払う政策を導入した。1年後から実行すると言うのは、要するにどう海外企業に把握させてどう正確にNZに消費税を払わせるかだ。

 

NZの場合は消費税が15%でありNZ国内の通販企業は消費税を払うが、例えばAmazonにキーウィが注文してその品物が海外からNZに届いた場合は今までは消費税はかからなかった。

 

しかしこの為にNZ政府としては毎年数千万ドルの損害を被ってきておりNZ国内企業よりも安く物販をする海外のネット企業はNZの地元企業に対する明確な営業妨害であった。

 

小売市場がここ数年で急激に変化しているのは事実だしNZが田舎だからって外国企業が消費税を払わなくても良いなんてことはない。

 

しかし現実問題として外国企業にどう課税していくのか?これから一年かけて法整備をすることになるが、Amazon等は明確に確信犯でありNZ政府の法整備と本格的に戦うのか、それとも米国などでも同様の動きがありここはおとなしくするのか、興味のあるところだ。

 

これも結局G20の動きである。国家は何時の間にかお互いの壁を越えて共闘するようになり、それが次々と法制化され、Amazonやスターバックスのような国際企業を狙い撃ちにしだした。

 

表面的には正解な動きであろう。しかし問題は米国などではG20に参加するメンバーがAmazonの元社員だったりG20に参加していたメンバーがAmazonで働いてたり、要するに官民交流が良すぎるので情報戦になっているという事だ。

 

ネット通販については外国企業が消費税を払うべきか?これはサービスがどこで提供されたかによる。外国の小売会社がNZの居住者に本やCDを売った場合、サービスはどこで提供されたのか?この場合NZ居住者がNZで本を読み音楽を聴けばサービスはNZで提供されたと主張出来る。

 

しかし外国の会社が「サービスは郵送するまでで郵送した後は何のサービスもしていない」と主張した場合、NZ政府はどう反論するのか?

 

Amazonが正面からNZ政府と喧嘩するのか、その他通販会社がどう動くのか、これはいずれ日本にも影響の出て来る問題であり興味を持って観て行きたい。



tom_eastwind at 21:37|PermalinkComments(0)

2018年04月29日

今の日本の旅行業界に未来はない。

2019年の就職人気企業ランキングにJTBが日経ビジネスでは10位、ネットでは8位になっている。他にもKNT35位とかもあったりだが、現在の日本の旅行業に未来はない。

 

現時点ではインターネットを使えない人々相手に数年は食えるだろうが、既に個人旅行はセルフブッキングでホテルも飛行機も現地での移動手段も手配出来るから大手の旅行会社から個人客が離れていくのは当然である。

 

団体旅行も1980年代のような「団体慰安旅行」がなくなりその結果として熱海の旅館群も1990年代に次々と倒産した。団体で移動する習慣が次第になくなっていった。

 

インバウンドは実態としては中國からのツアーは中国人同士の手配ですべて完結しており日本の旅行会社にお金は落ちない。

 

つまり外国から観光客が増えて日本から海外に行く観光客が増えて国内旅行が盛んになっても、それは既存の旅行会社の手から擦り落ちているのだ。

 

唯一未来があるのがMICEであるが、現在の日本の旅行業界でMICEを出来る人間は限られており、第一MICEが出来るなら独立開業するほうがやってる担当者からすれば余程自由度が高まり仕事がやりやすくなる。

 

僕は1980年代に自分がMICEをやってたので分かるが、MICEは広告代理店が得意とする分野であるから広告代理店が本気で参入すれば代理店の下請けとして仕事をするしかない。

 

例えば今年ニュージーランドで行われたワールド・マスターズゲームでは日本からもチャーター便で多くの人々がやって来たが、仕切ったのは電通である。彼らの下請けでオークランドのインバウンドエージェントが動いた。

 

では何故旅行業界は世の中の変化を見て自分たちも変化しなかったか。

 

大きな原因としては2つ。

 

1つ目は老害である。1980年代にジャンボで香港チャーターを飛ばした夢が忘れられず何時も売上と総客数だけ観て利益率を考えず航空会社からの接待に喜び、インターネット時代になったのに全く対応出来ず外国から来た予約システムや日本国内の「旅の窓口」に後れを取った。

 

2つ目はやはり1980年代からの悪い習慣であるが、お客様の要望を聴かず自分の売りたいものだけを売ってきたことである。まるでたちの悪い銀行や保険の営業マンと同じである。

 

旅行業が提案するものは旅という非日常で絵や本でしか知らない場所に連れていき、事実確認をする満足感と旅の途中に起こる色んなハプニングが楽しいのだ。

 

銀行や保険ならカネも返ってくる可能性もあるが旅行では払ったお金は絶対に返ってこないし、むしろ旅先でお土産や食事の支払いで旅行費用と同じくらい確実に使う。

 

それでも人々は旅をした、その好奇心を満足させる為に。ならば旅行業者としては顧客ご家族一人一人の旅の歴史を把握して、この家族は去年はあそこに行ったから今度はこちらをお勧めしよう、お子さんが来年高校受験だから長旅は駄目だなとか、プロとしてその家族に提案した。

 

そして団体旅行を組むならその団体の存在目的は何なのか?彼らが忌諱するものは何で彼らの興味があるものは何なのかを考えて「先生、次の旅行は、こちらはどうですか?」と提案した。

 

つまり顧客と営業担当が旅行情報を共有して営業担当はプロとして誠実に顧客に提案していた。当時はインターネットもなく旅先の旅行情報は旅行会社にしかなかったからその情報格差を利用してビジネスが成立したのだ。

 

ところが1980年代に旅行業が急成長すると同時に航空会社がジャンボジェットを導入して座席を大量に旅行会社に販売した。当時は航空会社が自前で航空券を売る仕組みを持っておらず、旅行会社に依頼するしかなかったのだ。

 

そこで旅行会社の各支店は自分の担当航空会社と交渉して香港34日チャーターを組み300人募集をコミットする。

 

一旦コミットすると支店全員が顧客に売りに行く。そうなると本当はシンガポールを勧めるべき顧客に「今は香港っすよ!ジャンボチャーター!」全然顧客の顔を見ずに自分の支店ノルマだけ考えた。

 

更に支店長クラスになると自分とこの会社と送客契約をしている近辺の旅館やホテルの社長に声をかけて「おい、旅行に行こうぜ!」とやる。相手もプロだから「悪いけど今は丁度決算やってて休めないんだ、悪いけどその旅行で支店長んとこはいくら利益が出るの?その分払うから勘弁してよ」となる。

 

そしてチャーター担当者も他社と価格競争になるから香港3448千円!とかやる。これは業界では赤字発進と呼ばれており原価計算上では一人2万円くらいの赤字が出る。

 

だから香港に到着してバスに乗るとまずは日本語ガイドが両替を全員にする。続いて現地でのオプショナルツアー、例えば水上レストランの夕食とかを売り込み、最初にネイザン通りを観せたらすぐにお土産屋に連れていき30分以上缶詰めにする。

 

夕食後はお決まりのピークに向かい、九龍側の景色を背景に写真を撮るのだが、カメラマンは地元ヤクザである。彼らがニコニコしながらポラロイドを使って帰りのバスの中で即売する。

 

もうこうなると完全なぼったくりツアーであり、顧客は旅行会社のボッタクリに嫌気が差して「もう旅行会社なんて使わない」と思ってた。丁度その頃にインターネットが発達を始めて、今までは旅行会社が独占していた旅行情報を個人が得ることが出来るようになった。

 

何だ、だったら自分で予約するよ、そんな時代に個人がホテルや旅館を予約出来る「旅の窓口」が出来て、ビジネスマンを含む多くの人々がセルフブッキングを始めた。

 

それでも老害達はネットを無視して「へ、あんなの旅行会社じゃねー!」と言ってるうちにネット旅行会社に客を取られてしまった。

 

これは丁度1980年代にHISが安売り航空券会社として成長した時に当時のJTB幹部が「あんなの旅行会社じゃねー」と言ってたのと全く同じ状況である。

 

つまり消費者である顧客の旅の気持ちを読み取らず自分たちだけの情報格差が永遠に続くと思って顧客に寄り添わなかったからだ。

 

現時点でも既存大手旅行会社の売上は毎年減少している。これから先もネットでは客を取られ団体は減少しインバウンドも利益を取ることは出来ない。

 

MICEは利益を取れるが今まで古い旅行会社はMICEの知識を社内に蓄積しなかった。

 

これで勝ち目があるわけない。

 

本当に企業ってのは規模ではない。どんなに大きくても変化出来なければ退場である。生き残るのは企業規模に関係なく、時代に合わせて変化出来るかどうかである。

 

その意味で現在の大手旅行会社があいつら老害を抱えて変化出来るか?間に合うか?到底そうは思えない。だからこれから就職を目指すのに大手旅行会社を選ぶのはお勧めではない。かと言って中小旅行会社は更にきつい。なので既存の旅行業界をその知名度で判断するのは止めた方がいいって話である。



tom_eastwind at 21:34|PermalinkComments(0)

2018年04月28日

BNZクレジットカード

ニュージーランドには大きな銀行が3つある。ANZWestPacBNZである。

 

ただ大きいと言っても所詮人口450万人の国でありオークランドも150万人の街である。北半球の日本のような規模がない。

 

その為に僕が一番困るのがクレジットカードである。例えば日本のホテルを予約する時に会社用VISAクレジットカード番号を伝えるのだけど、これが通らない事が時々ある。

 

VISAカードで前払いするのだからいいだろうと思いつつも現実にカードが使えないので個人的に使っているAmexの番号を提示するのだが、そういう時は大体において日本とNZの銀行の関係である。

 

例えばVISAと言えども実際にはこちらが予約をしている日本の会社の取引先銀行で決済をするわけで日本の銀行がNZBNZと提携していない場合、日本の銀行は受け取りを拒否する。つまりビザカードといえど決済が出来ないのである。

 

日本の銀行からすればそんな南半球の田舎の銀行で発行されたカードなど怖くて決済出来ない。別にそんなとこと取引しなくても北半球だけでやってけるもんね、となる。

 

ところがNZBNZは自分たちが大銀行と思っているから堂々とVISAカードの宣伝をする。世界どこでも使えます!みたいなものだ。だから実は自分たちの発行しているビザカードが北半球で使えない場所があるなんて信じられない。

 

当然だ、銀行の担当者は北半球に行ったことさえないから顧客から「使えなかった」と言われても「お前の使い方が悪い」で終わりである。

 

しかし現実は表面のVISAカードではなく発行している銀行同士の契約問題である。だから日本でもBNZビザカードが普通に使えるちっちゃな商店もあれば大きなRestaurantなのに使えないこともあるとなる。

 

ましてや最初から銀行がそのシステムに「海外発行のカードは利用不可」と設定されている場合があるが、これもお店の人には分からない話であるから何故使えないのか分からない。

 

こういうのは日本国内で日頃カードを使っている人からすれば「うっそ〜、ビザでしょ?使えないのは残高不足じゃないの?」と白い目で観られる。

 

日本人がいかにドメスティックかと言うべきかニュージーランドが如何に田舎と言うべきか、両方だなこりゃ。



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2018年04月26日

九州ヤクザ

麻生大臣の発言。

***

司会の羽鳥慎一が「エッ!?」と驚いたのは、「(福田前次官は)はめられて、訴えるんじゃないかと、いろいろご意見がいっぱいありますので」と、被害者を加害者扱いにしたような発言だ。また、記者から「裁判の結果が出ないと処分できないんでしょうか」と質問されると、「本人が裁判で争うとなれば、財務省として処分を判断するのは難しいでしょうね。俺に聞いたってダメだって言ってんだろ!」

さらに、「いったん官房付にして処分後に辞任を認めるという意見が出ていますが」と質問されると、「給料は誰が払うの? 野党は税金で払うべきだと言っているの? もう少し常識的なことを聞けば? 朝日新聞なら」

しかし、朝日新聞の記者から「さっき(質問した)のはNHKです」と訂正されると、「お前、NHK? 見かけない顔だな」と、もうヤクザのような口ぶりだ。

***

 

あのですね、全国区ではあまり知られてないかもしれないけど、麻生ってのは元々九州ヤクザの元締めです。

 

麻生ってのは元々北九州で炭鉱掘りの元締めをやってて、明治時代に日本中から自分の経歴を書けない様々な人々が集まり明日炭鉱爆発で死ぬかもしれない気持ちで働き、掘った石炭を港まで送り届け、それから沖仲仕が危険を顧みず大型船に乗せこむ、どこを取っても明日をも知れぬ地域で働いていた人々の元締めであった。

 

大正時代には嘉穂劇場など、大阪並みの(つまり東京以上の)演芸文化が栄えて明日をも知れぬ人々が一夜の演芸を楽しんだ。

 

地下深く、いつ崩落事故が起こるかも知れぬ、また崩落事故が起こればほぼ確実に自分は死ぬ、そういう炭鉱で今日も石炭掘って仕事が終わり地上に戻りやっと自宅に帰り子供の顔を観て、すすだらけの身体で子供と一緒に公衆浴場に行き汗と煤を流してやっと人間の気持ちに戻る。

 

風呂帰りには近くの居酒屋で一杯飲んで子供には「おい、何か好きなもん注文しろ」と何か美味しいものを食わせて、子供の喜ぶ顔を観る。

 

家に帰れば奥さんが、

「あ、あんたお帰り、何か作ろうか?」

「あ、さっき風呂帰りに少し食ったから、豆腐かなんかでいいよ」

と言うと奥さんが、

「あ、丁度良かった、今日はいつもの豆腐屋さんが美味しいの届けてくれたんだ、お酒はぬる燗にしとくかい?」

「あ、すまねーな、それとこの子の学校の成績、最近どうなのさ?」
などとたわいのない話が続く、明日の命の知れない男たち。

 

東京のあふぉでお上品なテレビ局の人々はご存知ないかもしれないが世の中には歴史とか殿様の責任とか組織のあり方とかがあり、麻生は間違いなく北九州という地域で絶対的な殿様であり責任を持って独裁主義を貫き流れ者を受け入れ組織を作り、そこでは徹底的な階級があり上意下達、殿様が全てであり、殿様から「お前、誰?」と声をかけるだけでかけられた方は「お目に配された」だけで喜ぶわけである。

 

何も九州が日本の歴史を2000年以上前に最初に作ったとか邪馬台国が九州だったとか、東京なんて所詮太田道灌が1600年頃に湿原に家建てただけのたった400年の成金じゃねーかとか言うつもりはない。

 

けれど間違いなく麻生はヤクザの元締めであり親分は子分を守り子分の家族に飯を食わせ、子分に何かあれば必ずその家族を守る、そうやって組織は維持されてきた。

 

その流れで麻生大臣は今も生きている。だから誰かが質問すれば「お前、誰?」となるのは当然である。その発言が気に食わないならそれなりの背景を持って反論しろって事である。

 

当意即妙な会話が出来ないバカ記者が他人の揚げ足取りばかりして自分は記事に対して何の責任も取らない。実直な農家の親父に突撃インタビューして責めて自殺に追い込んでも知らんぷり。

 

そんな連中に比べたら麻生の大きさが分かる。今のマスコミの連中、お前らは人を救えるか?人を助けることが出来るか?追い込まれた人を助けて一夜の宿と粥を与えることが出来るか?

 

麻生ヤクザのほうがマスコミより余程ましである。



tom_eastwind at 14:35|PermalinkComments(0)

2018年04月25日

岩崎宏美とエディット・ピアフの違い

夕食後ベッドに入りゆっくりしながら音楽番組を聴いてたら偶然だけど岩崎ひろみとよしみのコンサートがあった。

 

二人共本当に歌が上手いな、時代を越えて年齢を越えて。仕事をしながらBGMとして暫く聴いてたが一つの仕事を終わらせた時に手を止めてゆっくり聴くと、やはり上手い。

 

特に岩崎宏美の声量と制御の上手さはエディット・ピアフ並みだと感じた。けど唯一、そして決定的な違いを感じた。

 

岩崎宏美はどこまでいってもステージの上で綺麗な歌を符号どうりに完璧に歌う歌手であり、その詩に自分の人生は入ってない。

 

あくまでも舞台の上での演技であり、それは歌舞伎とかと同様である。歌舞伎は技術力勝負でもあるが、エディット・ピアフは詩に人生を賭けた。

 

生き方の違いと言うか、ふっくらとして賢くていつも米の飯が食えていっぺん歌詞を聴けば記憶できる素晴らしい女性が何のはずみか芸能界で歌を歌い始めたが、それはものすごく高い世界から降りてきた天女であり間違いなく下品な店の女中の娘ではない。

 

けどピアフは生まれた時から女中人生を歩き最低の人生の中で子供の頃から詩を歌い、今日の飯を食うことに一生懸命で今目の前にいる男を愛してその先なんて考えずに燃え上がり、その気持がそのまま詩に出て来てピアフの詩になった。

 

そこには音符も歌詞もなく、とにかくピアフがその時に感じた想いをそのまま言霊にした。幸せな時は本当に楽しそうに、苦しい時は本当に苦しそうに、神が降りてきたような時は愛の讃歌を歌い、

そこがピアフと岩崎宏美の違いかな、そんなことを思うアンザックデーだった。



tom_eastwind at 14:39|PermalinkComments(0)

2018年04月24日

アンザック・デー

明日はニュージーランドの祝日である。アンザック・デーと呼ばれるこの日は要するに第一次世界大戦で豪州軍とNZ軍の連合部隊がボロ負けに負けた戦いを記念する日である。

 

日本感覚からすればどうせなら勝利の戦いの日を祝日にすれば良いと思うだろうが、当時の両国の人々の気持ちは国のために死んでいった若者に毎年必ず「君たちのことは忘れないよ」と祈る事の方が大事だった。

 

アンザックとはANZAC “Australia New Zealand Allied Company”豪州NZ連合軍の略称である。

 

1914年に欧州で始まった大戦に豪州とNZの兵隊が参戦してガリポリの戦いは始まった。当初は連合軍の考えでイスタンブール占領作戦として始まった上陸作戦は海軍軍艦が次々と撃沈され各師団が上陸作戦を行った。ANZACの上陸作戦開始日が425日、つまり今から113年前の明日であった。

 

連合軍上陸部隊がなかなか上陸出来ない中オスマン軍19師団の激しい攻撃を受けつつもANZACは上陸を敢行、橋頭堡を確保するに至る。

 

しかしその後は連合軍の足並みの乱れ、作戦の拙さで戦線が膠着して結局12月には橋頭堡から撤退することになった。

 

この戦いでNZ軍の戦死者は2,709人、戦傷4,852人。多くの戦争未亡人だけでなく結婚できない女性が急増した時代でもある。

しかしこの戦いを恥と思う人はいない。人は自分の所属する地域や組織や国家のために働くのだ。
だから100年昔の負け戦でもしっかりと仲間を大事にして自分たちの住む街を大事にする、それが
自分の家族や所属する組織や更に国家の為に働くと言う崇高な行為なのである。その為に命を落とした
仲間のために一年に一回手を合わせようぜ、そういう祝日である。

日本くらいのものだろうな、戦霊を侮辱して墓参りのケチをつけて無防備都市とか中韓に金貰って日本を潰しにかかるのは。

それならCIAの方が余程ましである。

 



tom_eastwind at 19:53|PermalinkComments(0)

2018年04月23日

働き方改革 残業編

一番上が完全ブラック企業なのに、その下の会社が「残業しません」なんて言えるわけがない。

 

昭和の時代の日本株式会社の現場工場を下から辿って行けば、そこにはまず大田区あたりの町工場である第3次下請けがいた。その上にいるのが2次下請け。でもってちょっと偉そうなのが1次下請け。

 

その上にいるのが発注元である超偉そうな中小企業の発注担当者。けどその上には大手企業の最終組み立て工場と言うのがあって、車でも電化製品でもここらあたりの意向が3次下請けまで影響することは当然だ。

 

突然の増産、型番変更、如何なる理由があっても下請けが元請けの納品時期をずらすことは許されない。 それが日本なのだ。

 

そしてそんなメーカーにカネを貸しているのが銀行などの金融機関であり、ここまで来るともう威張り腐ってそのままそっくり返って倒れて後頭部打ち付けて、でもってお偉いさんは怪我ないとなる。

 

ところが日本株式会社の面白い点は、そんな一部上場の数万人が働く大企業の社長や頭取でも日本株式会社全体から観れば「部長クラス」にしか過ぎないのだ。

 

日本株式会社大蔵省銀行局民間銀行部の一部長にしか過ぎない人間が数万人の企業を運営して、そこから下に向けて日本株式会社が上手く回るように年功序列と終身雇用制度で縛った上でやりたい放題にやってた。

 

時代が平成になり民間企業は随分と自由を取り戻したがそれでも許認可企業である銀行等は自分の上司である財務省や金融庁には絶対に逆らえない。

 

そして今の時代も霞が関の役人は毎月100時間以上の残業をして仕事をこなしている、その內容が有用かどうかは別として。

 

そういう上司を上に持つ部下が「働き方改革」とか言われて残業制限とか何とかフライデーとかバカ事を実行出来ると思っているのだろうか?

 

片方では「休んでね」と言いつつ「けどこの書類は今日中に提出してね、僕の上司が必要としているからね」となり、その上司は政治家が下らん質問する度に書類をまとめるために夜中まで働くわけで、そうなると民間企業も官僚に「忖度」して夜中まで働くとなるのは物の道理である。

 

日本が抱える問題は残業問題ではなく日本株式会社の無駄な仕組みそのものなのである。

 

官僚やその周辺の人々は(専業バカ国会議員は別として)優秀な大学を優秀な成績で卒業した人々であり正しい方向性さえしっかり指示すれば彼らは実に優秀である。

 

しかし年を取って偉くなった官僚は必ず「俺達が若い頃はな〜!」と部下に自慢して官僚組織や国会運営改革をしようとしない。何故なら自分たちが若い頃にやらされた事だから、何があっても後輩に同じことをさせようとする。

 

こんなのは別に大学教育の問題ではなく日本の組織に昔からある「苛めの申し送り」である。

 

先輩の命令は絶対、自分が高校1年で苛められたから自分が高校3年になったらまるで王様のように威張り年下にどうこう言う、自分の苛められた分の仕返しを後輩にするってだけの「苛めの申し送り」だけなのだ。

 

だから無駄な残業を生み出しそれが結果的には何も生産性に繋がらず、そのまま民間企業にも伝播して下に落ちてゆき日本社会全体が無駄な残業をしているだけだ。だから世界標準の労働生産性でも日本のホワイトカラーがどれだけ低いかが明確なのである。

 

働き方改革には様々な角度があるから切り口によって答は異なると思うが、間違いない事を言えば日本で働き方改革をするなら、まずは老害出て行け!である。



tom_eastwind at 16:51|PermalinkComments(0)

2018年04月22日

ストローが無くなる日

最近のニュージーランドの取り組みの一つに「ストローが無くなる日」がある。

 

何のことかと言えば毎年10万本以上のプラスチック製のストローが海や川に流されてそのままゴミになるだけでなく最近では死んだクジラを解剖したら胃袋に30kgのプラスチックごみが入ってたとかきれいな浜辺だった場所にプラスチック製品が打ち上げられていると言う現実だ。

 

 

つまり今まではマクドナルドやKFCでコーラを注文すると付いてきたストローはこれから順次廃止していきますよ、皆さんカップから直接飲むか、マイストロー持参で宜しくってことだ。

 

2年以内になくす。これが現在の各社の取り組みである。

 

これはストローに限らずスーパーマーケットのビニール袋の廃止も目指している。既にマイバッグでの買い物を様々な方法で導入するスーパーも出てきている。マイバッグ持参なら5セント割引とかビニール袋を有料にするとかだ。

 

なので僕も車のトランクにはショッピングバッグを常備しているし冷凍品用にはクーラーボックスも用意している。

 

20年前は海にモノを捨てる人などいなかったのだが、悪い意味での人口増加で道徳が低下した部分があるのが現在のニュージーランドだ。

 

水は低きに流れる。人の道は高きに上る。回りがどうであれ自分はゴミを捨てない、そういう気持ちで生きて行く必要がある。



tom_eastwind at 15:30|PermalinkComments(0)

2018年04月21日

人は失敗をする。

多くの日本人は変化を恐れて変化しようとしない。何故なら変化した後はまた一から仕組みを創り出す必要があるからだ。これが面倒臭い。更に変化しそこなって失敗するともっと怖い。

 

この「面倒」と「失敗」が問題で日本の組織はなかなか進化も変化もしない。そのうち他の国に追い抜かれてしまい日本が日の沈む国になってしまう。

 

けど日本人のまず第一の間違いが「人は失敗しない」と考える事だ。けど現実は、人は失敗する。問題はその失敗から何を学びどう改善するかを考えるべきである。

 

ところが現実は「人は失敗しない」筈だから失敗が起こった事そのものを責めて誰かに責任を取らせようとする、何故失敗が発生したかを考えずその原因を取り除こうとしないのでまた同じような失敗が起こってしまう。

 

結果として誰も失敗したくなくなり何の挑戦もしなくなる。そしてその組織は劣化していく。だから「人は失敗しない」と言う理屈を突き通すことで間違いを犯すことが最も愚かなのだ。

 

日本の役所や政府なんて観てみろ、年中失敗しているのが現実だ。そして失敗のケツ拭きをやってるのが日本国民と言うバカな話である。

 

人は失敗する。これを前提にすべての論理を組み立てて、失敗しても立ち直れる仕組みを内包した組織を作り、一つの失敗が起これば「誰が失敗したか?」ではなく「何故失敗が起きたか?」を考えて修正することで最終的に成長するのだ。



tom_eastwind at 14:27|PermalinkComments(0)

2018年04月20日

ねむねむ

先週からよく眠っている。何故か眠り病になったように夕食後にベッドに入ったらそのまま朝まで眠っているし週末などは昼過ぎまで寝ていた。余程脳みそから年休申請が出ているのだろう、こんな時はどうせ文字も頭に入らないのでそのまま眠ることにしている。

 

今の食生活をするようになってから昼過ぎに眠気を感じることはなくなった。以前だと昼過ぎに眠気を感じることが時々あったが現在はまったくない。

 

僕が香港にいた1990年代に、北は大連から北京、南は広州までが営業範囲

だった。一番面白かったのはどこの職場を訪問しても昼食時間は中国人スタッフの殆どが会議室や休憩室で男女混合で20分程度の雑魚寝をしていることだった。

 

普通会議室ってもっと重要な使い方があるよね、雑魚寝に使う場所じゃないよね、なんて思いながらも、それが大連から広州までどこの職場でも同様だったことが面白かったのだ。

 

現在でも中国人が昼寝をする習慣は変わっておらず今はどうやって休憩してるかは知らないが、当時は会議室で手足を伸ばしての雑魚寝は本当に面白い景色だった。

 

昼寝は仕事に好影響を与える。だからお昼ごはんを食べて20分でも寝れば身体は元気になり脳の働きも良くなる。なのでこれは良い事だと思う。

 

だから日本人も本当は昼食の後のコーヒーではなく20分程度の睡眠を取れば午後の仕事はずっと効果的になる。なのにコーヒー飲んで下らん話して午後はうつうつしながら仕事する。

 

何故か昼寝を良くないと思う人が多いが、そういう人に限って夜中まで残業すれば良いと思ってる。

 

仕事の効率と言う意味では全く無駄な仕組みなのだが、日本人の精神論は何時も何か取り違えてて、格好だけでものを考える。

 

だから仕事の質や內容や効率を考えずに会社に長くいることだけが評価の対象と思い込んでいる。それよりも昼寝して午後集中して働くほうがずっと良い。



tom_eastwind at 07:20|PermalinkComments(0)

2018年04月19日

女と首



すごいな、一日で県知事と財務次官の二人がセクハラで辞職。その前には国税庁長官辞任、そのちょっと前は前川次官が首!

 

次々と官僚が吹っ飛ばされていくわけだが、更に今度はテレビ朝日がセクハラ事件をもみ消したまま女性記者をずっと次官担当にしていたのだから、だったらテレビ朝日も社長から飛んでもらわないと話が合わない。

 

次官は飛ばすけど俺たちマスコミは社会の木鐸だから飛ばなくても良いと思っているのか?詳細は下記記事がよくまとまっている。セクハラと国会運営をごっちゃにするなって話である。

 

http://agora-web.jp/archives/2032208.html

 

それにしてもセクハラで事務次官の首が飛んだわけで、そうなると財務省に限らずキャリア公務員でセクハラ経験やエンコーやってた連中は首洗って待ってた方がいいぞってなる。

 

大体君らは子供の頃に女にモテなかったろ?勉強は出来ても同級生の女性に好かれず、何故好かれないか分からないまま悲しい女性経験を過ごしたから偉くなった今になって女性の気持ちも理解出来ないまま「俺は偉いんだー!がおー!」って感じで職権乱用して女にちょっかい出しているだろうな。

 

まだ遅くはない、仕事のことは少し忘れて女性に好かれる講座にでも参加した方が良いぞ。

 

ところで先日はバトルロワイヤルで青年将校と左翼って書いたが、どうも放送法でテレビ局を解体されそうなテレビ朝日が他局の意向を受けて特攻を仕掛けて来て参加して来たような感じもするぞ。



tom_eastwind at 20:35|PermalinkComments(0)

2018年04月18日

奥さん一人

僕がオークランドで地元弁護士にお客様の家族構成を説明する時によく使うジョークが「この方は日本でこのような仕事をしておられ〜家族構成は、奥さん一人、お子さん二人で」である。

 

これはかなりキーウィには効く。最初はびっくりした顔で次の瞬間に大笑いする。

 

キーウィの場合、国民が事務次官から県知事までセクハラやキャバクラ通い、挙句に女子大生相手に援交する国柄と違い、わりかし真面目である。

 

浮気と言うか他に好きな人が出来たら問題になる前にとっとと離婚するしセクハラはNZでは絶対にご法度。だから奥さんは一人と言うのが何も考えない常識なのである。

 

だから「奥さん一人」と真面目な顔でやるとツボにハマるのだ。

 

逆に彼らのジョークで僕らが全く笑えなかったのもある。随分古い話であるがクイーンズタウンで仕事をしてた頃何時もお願いしているリムジン会社の社長の自宅の新築パーティに呼ばれた時のことだ。

 

社長は60歳位のがっちりしたキーウィで自分で会社を起こして成功させたが、ほんとにキーウィファーマーって感じでよく笑うし人が良い。

 

その彼がビール片手に小高い丘の上にある広々としてベッドルームも4つくらいある自宅の部屋を順々に案内してくれた。ダブルガレージ、リビングから観えるワカティプ湖の素晴らしい眺望、そして反対側にならぶベッドルームに行くと「これが俺の部屋、奥さんは隣の部屋!」と言って大笑いしたのだ。

 

これには僕ら招待された日本人、誰も意味が分からずきょとんとした。すると彼のほうがびっくりして「おおい、笑わないのか?」

「う〜ん、日本では夫婦が別の布団に寝ることもあれば部屋が別の時もあるから、どこが笑いのツボか分からんのよ」と言うと、彼はそんな世の中があるんだってびっくりしてた。

 

香港でも同様のことがあった。香港でも日本から団体のご夫婦が来るとホテルの予約をする。ここまではどこの国からの予約も同じであるが、ある時フロントで部屋タイプの確認をしていたらところどころの部屋がキングサイズベッド一つになっている。

 

むむ、まずいな、けど僕の目の前にいる受付の若いお嬢さんは何が問題か分からない。すると後ろにいたベテラン男性上司が広東語ですかさず「日本人夫婦は同じ部屋でも別のベッドで寝るんだよ」と言われてお嬢さんびっくり。部屋タイプを変更していきながら上司に「こんな国もあるんですね〜」だって。

 

そんなこんなでジョークと言うのはその国の価値観が分からないとジョークにならない。下手なジョークを言ったら本気で怒って殴りかかってくるかもしれない。

 

そんな中で僕が「どこの国も同じだな〜」と思ったのは、相手のことをよくしらない限り絶対にネタにしてはいけないネタ。それは宗教とスポーツと政治である。

 

あ、勿論初対面でも一国の財務省事務次官の首が飛んだとか県知事が辞職したとかなら良い。これはほんとに世界の政治家共通の笑い話だから。

 



tom_eastwind at 17:15|PermalinkComments(0)

2018年04月17日

政局?泥沼?泥舟?



何かここ数日霞が関がすごい事になっている。完全にバトル・ロワイアルだ。

 

霞が関の青年将校は自分の省庁をもっとよくしようとして組織を壊しているし、左翼や民進党あたりは中國やロシアの意を受けて反対側から組織崩壊を狙ってるし、何じゃこりゃ?な状況である。

 

しかし基本シモネタである。誰が辞めようが構わないがそれを国会で延々とやるのかって話であるし、一般庶民はシモネタ週刊誌買い込んで職場で仲間とぐちゃぐちゃ駄話をするんだろうけど、日頃の仕事の疲れの溜飲で政治家が公衆の場で叩かれる「魔女裁判」を観て楽しむ。

 

政治家は国民を体現し、国民が3流の場合政治家も3流になり国家としても3流となる。てか昔からそうだったもんな。

民主主義ではなく民衆主義が染み付いてる国民に多くを期待するのも無理な話だが,天に向かって吐いたツバはいつか自分の上に落ちてくるものだ。

  

tom_eastwind at 17:13|PermalinkComments(0)

2018年04月16日

国民の敵

自衛官が議員会館近くで遭遇した民進党議員に「お前は国民の敵だ!」と近くにいた警察官に止められるまで約15分罵倒した。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201804/CK2018041802000121.html

 

罵倒された方は翌日の国会防衛委員会でこの事実を明らかにして問題とした。

 

おいおい、大の大人が罵倒されたらその場で言い返せよ。国会に持ち込んで問題にするとか、子供の喧嘩レベルだな、この議員。おそらくこの議員、即応体制能力がないから想定外の状況では身体が固まってしまう「大卒のお利口さん」なのだろう。

 

予め「ここが出るぞ」と言われたことを記憶して対応は出来るが突発状況に弱い。

 

それにしても民進党は何時までも下らんことで国会を空転させておいておまけに今度は自衛隊がどーのこーの、だったら民進党の立ち位置をまずはっきりさせろ。自衛隊は合憲なのか?

 

てか一般国民からすれば民進党の議員が非国民である。「武装しなければ誰も攻めてこない」と言う遥か昔に否定された「無防備都市」構想を今になっても日本に押し付けようとしている。それで攻め込まれたら誰が責任取るんだ?

 

自衛隊は戦後米国によって日本が二度と米国に牙を剥かないように牙を全て奪い今後も牙が生えないようにした。

 

その後占領政策が成功し日本人は進駐して来た米国人と仲良くなり、誰も天皇陛下万歳と叫びながら米国人を襲うことはなかった。

 

そして朝鮮戦争、中ロとのにらみ合いが始り日本を再武装させることにした。本来ならこの時に憲法を改正すべきであった。

 

米国としてはフル装備でいきたかったが日本側が憲法を盾に軽武装しか出来ない、だから残りは米軍が日本に駐留基地を作ってくれと言うことになり現在の米軍基地がある。本来なら軽武装をした時点で憲法改正することも出来た。

 

時代は流れ現在の自衛隊の形になったが上記の戦後のガタガタで自衛隊は憲法上は違憲である。しかし実態としては日本の戦後を守り国民の災害の際には積極的に救助活動を行い現在の名声を作った。

 

だから民進党が自衛隊についてどうこう言うなら、まず民進党が立場を明確にしろ。違憲と言うなら今すぐ自衛隊を解散するように国会で議論しろ。

 

現実的に自衛隊が必要と言うなら憲法改正を国会で議論しろ。

 

そういう政治家として基本的な活動はせず国民の税金で開催されている国会で下らない、何の生産性もないシモネタばかり一日中しゃべっているから「国民の敵」と言われるのだ。



tom_eastwind at 14:59|PermalinkComments(0)

2018年04月15日

ガラケー



2000
年代初期に使われていたフューチャーフォンと呼ばれるパカパカやチョコバー電話、つまり日本語で言うガラパゴス電話が復活を始めている。

 

これは日本の現象ではなく米国の話である。

 

iPhoneを代表とするスマートフォンが市場を席巻して長いがその間にSNSの驚異的な発展が人々の人間関係を大きく変えた。そしてスマートフォンはSNS利用を前提にアプリを作り人々はフェイスブック、インスタグラム、LINEの利用者になった。

 

問題はここから先である。人間関係がどうあるべきかってのは中國の古人がいみじくも言った「君子淡交」である。

 

人は他人と付き合う時は淡い交わりで十分、もし相手が何かおかしなことをすれば一度は忠告するがそれ以降は離れるべき、その為にも最初から踏み込んだ付き合いにもっていくな、である。

 

ところが現代のSNSはこの教えを完璧に破壊したのである。会った事もない人々が「良いね」と言い、写真を交換しあいネット空間で毎分毎にやりとりをしてお互いがすごく親しくなった気になる。

 

実際は寂しい人間の勘違いである。寂しい人間が仲間欲しさにネット上を検索して友達を探す。相手に「良いね」を送り、こちらにも「良いね」をもらい、ネット上の友達同士でその数を競い出す。

 

それに輪をかけるようにスマートフォンは使いやすいアプリを次々と出してくる、そのうちに人々は朝から晩までスマートフォンを手放せない「電話中毒」になり、やばいサイトでは人殺し仲間を探して実行して、エロサイトでは違法ダウンロードをして、メジャーなサイトでは一旦入ったSNS仲間から抜けられなくなる。

 

最初は楽しいツールと思って使ってた人々は何年もやるうちにSNS疲れを感じ始め「これはどうなのか?」と思い始める。仲間と勘違いしていた事に気づくと「良いね」を押すのもいやになるが、今更抜けられない。

 

そんな時代に入り始めたのが米国のガラケーではないだろうか。

 

電話をガラケーにして暫くはSNSから離れて、朝の静かな空気を楽しみ電話を見ずに朝食をとり電車の中では窓の外を流れる景色を楽しみ、自分一人の時間を楽しみたい、だって一日は24時間しかないんだから。



tom_eastwind at 14:56|PermalinkComments(0)

2018年04月14日

決算時期

今週はオークランドにいくつもの案件と訪問客がありずっと各担当者から現状報告を聴き指示を出して過ごす。

 

普段なら自分から出ていって動くのだが今週は司令塔になった方が良いと思いじっとしている。

 

M&A案件、次の日本出張の準備、今年後半の戦術作り等所謂定型業務ではないのでどれも頭を使う。どれが正解かがないしやり方によっては50のものを100にも出来る、こういう時はギリギリまで考えるがそれは他の人から観たら即断即決に観えるようだ。おそらく時間の長さが違うのだろう。

 

そして今は決算時期でもあり会計士に提出する書類の件もあり、これも頭を使って作らねば後でとんでもない事になる。

 

日本とニュージーランドでは会計制度が違うために日本から来て初めての決算をする人に説明するのは大変である。例えばのれん代(Intangible assets)や減価償却の処理方法も違うので日本式にやると後で大変な事になる。

 

そして更にその会社を日本の親会社とどういう位置づけにするのかで両国での納税が大きく変化する。支店なのか子会社なのか、決算後の監査が必要かどうか。

 

このような仕組みは単純に右左ではなく、売上額、株主、取締役などの要素をすべて勘案して最終的にNZではIRD、日本では税務署に判断される。

 

両国の判断がずれることもある。その場合はどうすればよいのか?これも実際に起こり得る事で、日本人は保証が大好きだけどこれには何の保証もない事を覚悟して、どっちに転んでも良いような仕組みを最初から作っておく必要がある。

 

NZの会計は日本と比較すれば簡単かつ単純に作られているが、最近のマネーロンダリング、犯罪収益防止法など次々と厳しい法律が導入されて、現場ではややこしい事になっているのも事実である。

 

こういう会計制度など実際に現場に降りて自分でやってみないと分からない。これから数ヶ月は各社の決算の件も念頭に置いて置く必要がある。



tom_eastwind at 14:09|PermalinkComments(0)

2018年04月13日

日本国会と官僚

何だか日本の国会がすごい事になってる。財務省では税務長官の首が飛び次官もやばし。自衛隊の件もあるし文科省では既に前次官が首だし、関ヶ原の戦いですか?

 

こういう時って裏で動いてる連中がいる。戦前の日本で言えば青年将校、今で言えば霞が関の若手官僚だ。

 

日本社会の仕組みは結局一番てっぺんの霞が関をその下の民間超大手企業が学びその下の企業が請負い、最終的には働き方改革なんて言っても霞が関が変わらないんだからどうしょうもない。

 

霞が関の若手官僚は「一日24時間働けます!」で法案作ったり政治家へ根回ししたりだけど、基本的に「この日本を良くしよう」と考えて策略を練り上司を倒すけど結果としては誰も責任を取らないまま日本の弱体化を創り出すのみだ。

 

アッタマ良いんだか悪いんだか、結果から観れば悪いとしか言いようがない。



tom_eastwind at 23:29|PermalinkComments(0)

2018年04月12日

比べるな、自分を持て。

比較論、と言う言葉がある。つまり森羅万象を常に自分と誰かで比較してそれで比較優位を感じて幸せになる人々だ。

 

例えばあの人の学歴、例えばあの人の結婚相手、あの人の年収、あの人の容姿、とにかく他人と比較することでしか喜びを感じられない人々である。

 

この理由は簡単で、自分がないからだ。

 

自分がある人間は、他人が何かやっても、そんなもん目に入らん。自分の昨日と今日を比べて少しでも成長出来たかな、そこに自己満足を感じるから他人が持ってるものなんてどうでもよい。

 

だから逆に、他人に良いことがあれば素直に「良かったね〜」と言える。自分があり、自分と他人は関係ないと理解しているからだ。他人の幸せを素直に喜べるのは自分を持っている人だ。

 

比較論でしか物事を理解できない人は他人の良いことが自分の心臓に突き去り痛いから、何とかそういう人間を蹴落とそうと思って必ず余計な事を言ったりしたりする。

 

けれどそんなもんは実際は何の幸せも産まない。だって常に世界のどこかにはあなたより上の人がいるのだから考えてもしかたない。

 

なのに他人に対してすぐに「ねえ?あんた何ビザ?あたし永住権!」とか、ワーホリで来た子に対して「あんたがNZの何を知ってるのよ?私に聴きなさい、私は何でも知ってるんだから!」とか。

 

おまけに後から来た若い日本人がすでに永住権持ってて自宅持ってて仕事なんかしてた日にゃ、もう怒りカックラキン大放送、回りの仲間を集めて何とか弱みを見つけて集中攻撃。そうしないと自分の気持が収まらないから。

 

何故収まらないの?

 

自分がないから。他人と比較することでしか生きて来なかったから。

 

そういう人は学校の勉強は出来るかもしれない。けど教養がないから自分がない。

 

他人と競争する学校の受験の世界では他人がすべてである。隣の机の自分より頭の良い子が受験当日に病気になってくれればそれで良いのである。

 

それに対して教養は、学んだからと言って食えないし売れないし就職に役立たない。けれど社会に出てどんな立場であろうが自分があるから判断を誤ることがない。何が社会的に正しくて何が間違いかを分かるから常に冷静でいられるし怒ることもない。

 

自分を持つことは一日では無理である。しかし古書、歴史書、古典文学、西洋文学、そういうものを1年くらいかけて読めば、少なくとも入り口くらいは分かるはずだ。

 

折角NZにいるのだ、時間はあるのだし人生は長い。

 

自分を、持て。



tom_eastwind at 23:14|PermalinkComments(0)

2018年04月11日

「Gメン」 スティーブン・ハンター

スティーブン・ハンターの新作でボブの祖父チャールズの物語が中心となっている。Gメンとは現在のFBIの事でありチャールズは1934年に一時期FBIで働いた。

 

その時に米国歴史上でも有名な「ボニーとクライド」、「ジョン・デリンジャー」、「ベビー・フェイス」を背景にした事件が起こりそこにチャールズが関連していく。

 

勿論これはフィクションでありあくまでも楽しく読めば良いわけだが、話のかなりの部分が歴史的事実に基づいており、上下2巻を読みつつ横にパソコンを立ち上げて場所とか時間とか背景などの事実関係を検索しながら楽しく尚且つ歴史の勉強にもなった。

 

1934年と言えば大恐慌が起こって皆が仕事がない中で、ギャング達が銀行強盗をやり一般市民には怪我をさせず警察も出来るだけ撃たずまるで義賊のような評判を得ていた年である。

 

そこにチャールズ・スワガーがなんの弾みかやって来て、出来たばかりのFBIマンの射撃の訓練、局内のしがらみに対応しつつ、もちろん銃の描写が素晴らしく当時使われていたトンプソン、BAR、モニターなどがまるで手に取るように分かる。

 

スティーブン・ハンターの作品は銃に興味がない人は読まない方が良いと思う。ナイトスコープとか50連装とかコルト45、ブローニング、そんなのが1910年代の第一次世界大戦、戦後のギャングとの戦い、第2次世界大戦、そしてベトナム戦争と続くのだから、いい加減うんざりするだろう。

 

そんな、トンプソンを2発腹に食らったら絶対に生きられないとかコルト45が自分に向かって襲ってくる相手に対してどの程度のストッピングパワーがあるかとか、BARは非常に強力で優秀な火器で第二次世界大戦でも米軍部隊の後方支援として使われたとか、まさにどーでも良い話である。

 

しかし、好きな人にはどっぷりと漬かって楽しめる本であり、だからこそスティーブン・ハンターのスワガーシリーズはもう1993年から現在まで人気を誇っている。

 

その中には日本を舞台にした作品もあり清澄白河での戦いもある。

 

スティーブン・ハンターを読むとすれば下記3点があると楽しめる。そうでなければ楽しくない、そんな極端な本である。

1・銃が好き。

2・米国の歴史が好き。

3・米国の戦争の歴史が好き。



tom_eastwind at 22:41|PermalinkComments(0)

2018年04月10日

キャンドルナイト

夕方からものすごい土砂降りで夜の最低気温が9度まで下がり街のあちこちで停電が起きている。

 

この街はきれいな街ではあるが停電はよく起きる。強風が吹くと電柱が倒れたり倒木が電線を切ったりで、うちのあたりも一年に34回は停電する。

 

なのでろうそくとライターはどの自宅でも必須の器具である。そして日が沈むと自宅はキャンドルナイトとお洒落な雰囲気になる、ははは。

 

困るのはオークランドの住宅は殆どがオール電化なので例えばお風呂に使うお湯は「シリンダー」と呼ばれる大型タンクで沸かして保温するのだが停電になるとお湯が水になる。つまりお風呂に入れなくなる。いや入っても良いのだが水風呂という事になる。

 

当社スタッフに聴くと3名の自宅で停電発生。キャンドルナイトを楽しんだそうだ。

 

それにしても日本だと信じられない都市インフラ設備であるが、元々雨水と暖炉とろうそく生活をしていた人々なので「いいじゃん時々電気が切れても」って発想なのだろう。

 

ニュージーランドに来る日本人ワーホリが必ず文句を言うのがホームステイ時のトイレとシャワーである。

 

トイレ。毎回流さないキーウィって意外にいる。何故か?それは元々彼らは英国や欧州からの移住者であり自分が買った土地は人里離れた山の中であり、1800年代や1900年代半ばまでは水も電気もなかった農場であった。

 

だからその家では空から降る雨水は貴重であり毎回トイレで3リットルとか6リットルとか流すのは「あり得ん」のだ。

 

シャワーも同様で、元々毎日泥だらけの牧場で仕事してて、それを毎日キレイに洗い流してたらいくら水があっても不足だ。だから一人のシャワー時間は5分までとか各家庭に決まりがある。

 

キーウィのジョークが一つある。

母「ねえ、ちゃんとシャワーした?」

子供「う、うん、したよ」

母「何時?」

子供「き、昨日」

 

そういう文化が背景にあるのだから、ワーホリで来るなら自分の標準ではなく相手の標準に合わせる必要がある。つまりNZで現地生活を学びに来たのだからトイレとシャワーで文句を言って自分の標準を素晴らしいと思い込むのではなく「なるほど、雨水文化ってあるんだ」と勉強した方がNZ生活を楽しめる。

 

そこでキャンドルナイトだが、これはそういうものだと思って予め懐中電灯、ろうそく、ガスコンロを幾つか用意しておけば楽しく過ごせるものだ。

 

旅先では相手の文化や背景を尊重して理解するようにすればより楽し良い生活が送れるものだ。



tom_eastwind at 22:13|PermalinkComments(0)

2018年04月09日

オークランドの不動産価格

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ニュージーランドの住宅価格に関して、急激な上昇はなくなったが、以前上昇傾向は続いています。国全体でこの1年間で7.3%の上昇が見られ、これはダニーデンやイーストコーストのオポティキの主要な地域でより顕著であり、それぞれ9.4%16.1%と高い上昇率となっています。これは主要都市から少し離れた場所にある手ごろな価格の住宅や投資物件を探している人の需要によって引き起こされています。

 

一方でオークランドやクライストチャーチではこの一年間、動きが少なくなっており、去年3月の12.3%であったオークランドの上昇率は今年3月に1.0%、クライストチャーチは0.6%まで下がり、ウェリントンでは21.2%から8.2%まで下がりました。

 

上昇傾向つづいているなかで、初めて住居の購入をする人に対する貸出は去年の$591ミリオンから$727ミリオンに上がってはいますが、一般的に必要となるデポジットの20%を支払うために、平均的な給料をもらっているカップルは16年かかると最新のリサーチで分かっています。

***

 

オークランドの住宅は去年後半から一気に冷え込んだ感じがある。1%の値上がりどころか、政府が決める路線価(RV)8割り程度の金額でしか売れないのだ。

 

これが一昨年ならRV以上に売れただろうが、今はどうも売る方もすくみ買う方もすくみの状態である。

 

政権が変わり不動産業法が変わり中国人の爆買いがやみ、不動産市場が「さあ、どうなるべ〜」と言うのが現状であろう。

 

しかし、だからと言ってオークランドの不動産価格の表面的なものは変わっていない。米国ではないのでわらしべ長者のように無理してローンして不動産を買ってるわけでもないので、売り手としては無理して安売りする積もりはない。

 

2008年のリーマンショックの時もそうだったが、あの時はシティのアパートに何軒も無理して投資をした人々は吹っ飛んだがノースショアでは一軒家の価格がそれほど下がらず、更に5年ほどして景気が良くなってRV以上で売れるようになって売り手が市場に戻ってきた。

 

だから今回も当面は不動産市場は冷えるだろうけど、だからと言ってバーゲン価格で売りに出るのはあまりないだろう。

 

もちろん、例えば2003年頃にノースショアで一軒家を買った人は今売れば確実に2倍の価格で売れるわけだが、誰も去年新しく通知の来たRVを観ているわけで、別に今日のカネに困っているわけではないので「じゃあ後3年くらい待ちましょうかね」という流れになる。

 

ほんとにこの街の不動産は元気がある。人口増加しているし北半球からの移民はお金持ちだから買おうと思えば何時でも現金で買える。ただ移民だって馬鹿ではない、後どれくらい相場が動くのかをじっと観ておこうって感じである。



tom_eastwind at 21:57|PermalinkComments(0)

2018年04月08日

変化の年

人に頼めない仕事が続いてて、何だ今年は?って感じである。

 

空から矢が降ってきたり地面が割れたりしながらこちらもトンプソンを腰だめにして撃ちまくり、相手に手榴弾投げ込んだりしているが、こんなの表面的に観えるわけがない。すべてが紙爆弾である。

 

それにしても「男の嫉妬は女より怖いです」と言われたが、ほんとにそうなんだな、彼は自分の失敗を認めたくない。子供に対して恥ずかしいからだ。けどなー、それでうちを巻き込むなって話である。

 

今は土曜日の夜遅くでエディット・ピアフやシャルル・アズナヴールを聴きつつ来週からやるべき仕事の整理をする。

 

事務仕事さえまだまだ手を付けられていないが、社会や会社が変化する時ってのは本当に業務が増えるし、それは誰かに頼める仕事ではない。これから5年の方向性を作るわけで一文字一句を考える必要があるから僕自身がやるのだ。

 

色んな経営者が言う事だけど、経営者に必要なのは情報収集、先見力、決定・実行力、そして組織を引っ張っていくリーダーシップである。

 

僕が幸運だったのは読書をするって事だった。本だけはよく読んだし今も読んでる。だから特に良かったのは歴史上の偉人から本を通じて色んなことを学ぶことが出来たってことだ。

 

だから例えば「勝って兜の緒を締めよ」である。

 

オークランドで20年間ビジネスをやっている間に多くの日本人ビジネスマンを観てきたが、殆どの場合最初のビジネスが当たるだけのビギナーズラックで、そこで勘違いして「このビジネスは10年上手くいく」くらいに思い込んで、何の情報収集もせず今の3年後の世界を読まず、結局何時の間にかこの街からいなくなっていった。

 

そして会社は民主主義ではないって事だ。

 

スタッフと常に会話することは必要だけど彼らの観えている景色と自分の観えている景色は違う。そんな時に民主主義で多数決をやれば、必ず間違う。常日頃スタッフと話をして情報を得るが最終決定は社長が自分一人でやるしかない。

 

それから5年後の未来を読めという事だ。

 

ニュージーランドのような小さな市場では何か一つのビジネスが10年も続くという事はない。どんなビジネスも5年以内に変化する。ましてやNZの日本市場なんて日本が象だとすればここは蟻以下であり変化が激しい。

 

とにかくどんなビジネスも最初のモデル作りから入り仮説を立てて検証してそれからやっと成長期に移る。ここまで最低1年はかかる。それから安定期に移るがこれはせいぜい2〜3年である。必ず競争相手が出てくるからだ。そうなると今度は衰退期、またはレッドオーシャンになる。

 

最後は「退き時を心得ろ」である。

 

最初から「このビジネスは5年だけ」と決めて台形の絵を書き成長期と安定期に得た収益で次の5年を予測してそこに力をかける。だからここで読み間違うと完璧OUTなので、絶対に乾坤一擲の勝負はしない。常に余裕を持ち幾つものビジネスを同時進行させる事でリスク回避を計る。

 

このリスク回避が何より大事であり失敗した場合の撤退基準を常に明確にしておく。多くのビジネスマンは攻撃は得意だが撤退は苦手であり結局それで逃げ遅れてしまう。そういう例をいくらも観てきた。

 

ビジネスにおいて何よりも必要なのは利益確保である。夢や未来も大事だが、それは食えん。食えんかったら社員も食えん。だから夢や未来とそこで利益確保が出来て他社と価格競争に陥ることがないブルーオーシャン戦略を作ることが何よりも経営者の仕事なのだ。

 

去年半ばから日本市場の変化に合わせてビジネスモデルを変化させている。日本が変化しているのだからこちらも変わらねばならない。

 

うちはニュージーランドに特化したビジネスを展開するけど逆に言えばNZに関係あることなら大体何でも出来る仕組みは作っている。

 

さあ今年は変化の年だ。すでに三分の一が経過した。残りの8ヶ月の予定を作らねば。これは僕にしか出来ないのだから。



tom_eastwind at 21:41|PermalinkComments(0)

2018年04月07日

野武士のグルメ

NETFLIXの記事を書いた後、ふと思って日本の番組がないかを調べたら「野武士のグルメ」があった。

 

主人公は竹中直人と鈴木保奈美の夫婦で、定年退職したばかりの竹中直人がそれまでのサラリーマン人生を振り返りつつ飛び込みのお店で食事を楽しむ。

 

但し料理の質がどうのこうのではなく退職して何の後ろ盾もない主人公が、今まで出来なかったこと、例えば昼間からビールを飲むとか商店街の肉屋でコロッケを買い食いするとか、イタリアンRestaurantでパスタを食べる時にお箸をお願いするとか、そんな自由な生活に一歩づつ踏み出していく物語だ。

 

遊び心を持てないサラリーマン根性も抜けない男が何とか自分を変えようとしながら、そこに食事と言うテーマを入れて「自由に食わせろ」とやる。

 

これはこれで大変面白いテーマである。勉強にもなる。

 

ただ思ったのは竹中直人のように自分を変えようとする60歳が決して多くはないという現実である。

 

実際は会社から離れて毎日何をしていいやら分からず誰も自分の存在を無視して自分で自分を確立していないからやけに周囲に当たりちらし文句を言い家族に嫌われ周囲に嫌われ、結局濡れ落ち葉となる。

 

本当に自立した男性なら会社にいようがいまいが自分は自分であり他人にどう観られようが観られまいが全く気にならない。そういう男性が会社から出ていけば更に自由に生きることが出来る。

 

野武士のグルメ、よく出来た作品であり何よりこの番組は最初から世界向けに作られており英語字幕なども整備されており面白い。

 

もしNETFLIXが最初から日本の高品質のアニメ等をネタにして世界に放映する計画があるのならすでに既存の日本メディア業界を飛び越してしまうな。



tom_eastwind at 14:43|PermalinkComments(0)

2018年04月06日

ランドバンキング現地最終確認

今日はランドバンキング・シリーズ3第一期29軒の完工最終確認を行う。住宅引き渡しが来週から順々に始まるのでその為の最終確認である。

 

それにしても2年前に計画を開始して土地を仕入れた時は本当に何もない場所だったのに、今ではあちこちに住宅街が形作られている。すでに近くには中堅スーパーのカウントダウンも進出しており、これから更に街が広がっていき最終的には6千戸の住宅が立ち並ぶ事になる。

 

殆どの住宅は隣り合っており駐車場は無理くり場所を確保しているようなものだが、それでもオークランドのファーストホームバイヤーからすればここで政府の優遇政策を受けて自宅を購入すれば「普通のオークランダー」として今後は家族構成に合わせて住宅転売を繰り返すことが出来るので千載一遇の機会である。

 

住宅そのものは投資家が「素」で買えば2ベッドルームで75万ドルと高いので手を出さないが、政府から購入時の割引、住宅ローン補助、毎年の経費計上等で大きな補助を受けられるファーストホームバイヤーからすればまさに今が機会なのである。

 

つまり政府からすれば公平性を保つために「政府は誰にも平等に販売してますよ」と言いつつ裏で優遇制度を使っている、何時もの犬も倒れるワンパターンである。

 

今回の引き渡し物件はすでにフロアリングも終了、壁のペンキも塗られており汚したり傷付けたりするわけにはいかないので靴を脱いで掃除の終わってない床を歩いてあちこち見て回る。

 

やはり今までのNZの住宅を観てきた立場からすれば狭い。けどそれでも購入する人からすればまさにマイスイートホームなのである。

 

そんな時ふと50年以上前の記憶が頭の中をよぎった。当時うちの家族が住んでいたのは市役所などが作る「団地」である。どれもこれも四角いコンクリートを積み上げただけでエレベーターもない4階建ての建物だった。

 

当時の団地であるからとにかく急増する住民を受け入れるために粗製乱造である。第一部屋に風呂がない。冬も夏も銭湯通いである。狭い部屋で家族が肩を並べて寝るわけだが、あの時はとても嬉しかった記憶がある。

 

何故ならそれまで人口が急増する街ではアパートを借りることが難しく、見つかったとしても家賃が割に合わない。つまり払えない。

 

そこで広い敷地を持つ親戚の間借りや何やらをしていたが、普通に正規社員として働いていても普通のサラリーマンは結構大変な時代だった。

 

そこでふと「あれ?これって今のオークランドと似ているな」と感じた。あの時間借りから団地へ引っ越せた。引っ越して来た人は、どんなに狭くても賃貸でも一国一城の主と思ったのだろう、皆顔が生き生きとして後から引っ越してくる人の手伝いをやってたものだ。

 

この新しい街でもこれから次第に近隣住民が街の雰囲気を作っていくのだろう。さあどうなるのか、僕には分からない。

 

ただ僕に出来るのはこの街を作るのにほんの少しだけお手伝いをして、それで入居してきた若い家族のちっちゃな子供ににこっと笑ってもらうだけだ、50年前の僕がにこっと笑ったように。

 

さあ、来週からは第二期開発の開始である。



tom_eastwind at 20:30|PermalinkComments(0)