NZの不動産および起業

2016年10月24日

オークランド一極集中

労働者の休日という意味は社長の休日と言う意味ではない。なので社長は働く。

 

先週末に届いたランドバンキング開発の現状報告読み込み。

 

第一期は主にグレンフィールド地区開発。オークランド市役所の容積率変更によるビジネスモデルだ。今まで広い土地に一軒しか家がなかったのが開発により3軒程度に広げられる。

 

第二期と三期は政府主導のハウジングNZ案件だ。ハウジングNZが政府軍用地を収容して広大な地域に電気水道道路の設置を行った後はデベロッパーが住宅建設を行う。

http://mclennan.co.nz

 

この案件は最初から市民にも広く知られており分譲価格は銀行がファーストホームバイヤー用にローンを組める設定にしている。

 

現在のオークランドの不動産価格は平均100万ドルである。それに対してマクレナン一戸あたり6070万ドルに抑えられている。なので住宅建設が開始されると青写真の段階ですぐ売れる。

 

買う方からすれば今の條件で早く購入して「自宅持ち組」にはいっておかねばますます上昇する不動産市場で取り残されるという気持ちがあるからだ。

 

作る方からすれば建設開始時点で売却となるのだから売る悩みはない。

 

まるで昭和後期の東京の住宅が一気に増加して多摩地区開発やっているようなものだ。

 

この次はカラカウォーターズの開発に進む。すでに開発地区の土地は購入しているので11月後半から来年1月でインフラ設備を整えて来年3月までには第一期住宅完工予定。

http://www.karakawaters.co.nz/frequently-asked-questions/

 

なおこの住宅開発は移住者向けではない。仕事を求めてオークランドに移り住んだキーウィの若者向けである。主に海外投資家がビザ取得の為政府主導の開発に投資をして住宅を建てて地元の若い人たちに入居してもらうスキームである。

 

今のNZでは田舎の学校を立派な成績で卒業しても仕事がない。以前であれば田舎町の会社や会計士事務所などに就職して後方業務を学びながら成長するパターンであったがその後方業務はパソコンとインターネットによる外注にすべて奪われた。

 

そうなると若者が仕事を得るにはオークランドに行くしか無い。

 

生まれた田舎では部屋の窓を開けると羊の顔が見えてた。学校に行くと皆が賑やかに騒いでた。誰もが誰もを知っていた。

 

「俺はお父さんの牧場の手伝いをするんだ!」けど牧場を持たない父親の子供には仕事がない。

 

だから子供はオークランドに出て来て仕事を見つけてオークランドで生活をおくることになる。けどそうなると問題になるのが住宅で、NZでは家主とテナントの立場は圧倒的に家主が強い。

 

やっと見つけた貸家に住み始めて荷物を整理し始めたところ家主が「あ、ところでこの家、もうすぐ売りに出すから」と平気で言われる。市場で売却された後に買い主に「出てって」と言われれば退去するしかない。

 

なのでオークランドで仕事をするからには通勤時間が1時間と長くなる郊外でも自宅が必要なのである。

 

現在の住宅不足の原因の一つには昭和の東京一極集中のようにNZの中のオークランド一極集中もある。



tom_eastwind at 10:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年09月16日

事業経験

最近移民局の審査システムに変更があったのは既報の通りだが便利になった面と不便になった面の、今日は不便な話。

 

ビザによっては申請者本人の事業経験の証明が要求される。これは本人が社長をやっている会社の謄本や毎年の決算や納税などを提出することになる。

 

社長としての経験年数、企業としての年数、納税証明、はいどうぞってやると審査官は「はい、書類は全部受け取りました。ところで事業経験は?」と聴いてくる。

 

なにー!であるがまさにいま自分が持っている書類が何を意味するかを読み取ることが出来ないのである。何故なら彼らはニュージーランドの田舎生まれであり北半球の仕事や組織の仕組みなど想像がつかないのである。今まで観たことがないものを理解出来ないのだ。

 

移民局の採用試験に受かって研修も受けるけど頭の中は今も南島の田舎のちっちゃな街の景色だけである。

 

なので後はこちらが説明をするしか無い、この書類の意味はこうこうで、とやることになる。この場合相手は嫌がらせをしようとしているわけではない。

 

NZの田舎では夜になれば電気が消えてオポッサムが走り回り男たちは銃を持ってオポッサム撃ちをする。そういう田舎の景色ばかり観てきた人に六本木ヒルズを理解しろと言ってもムリである。

 

本当に知らないだけの素朴な疑問なのでこちらも丁寧に対応する。何しろ彼らが早く勉強してくれれば次の申請時は手続きがもっと早くなるからだ。



tom_eastwind at 12:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2016年04月07日

乞食

昨日の夜のテレビで話題になってたのがAucklandやウェリントンの大通りに座り込む乞食である。

 

10年前はほぼ誰もおらず5年前も少ししか見かけず、ところがこの1年で急激に増えた。それも中には元気そうな若者が薄汚い格好で道端に座り込みタバコを吸いながら紙コップを振って「カネくれ」とやってる。紙コップ振ればカネが入ることを覚えたからだ。ちなみにタバコ一箱20ドル(約1,600円)である。

 

街の景観としてあまりにみっともないし働こうと思えば仕事はあるわけで、大体ヴィトンの前で汚い格好で乞食をするのは「働かずに食っていく」という資本主義の最先端を追求しているのか単にバカで小銭が集まって納税しなくて良いからやってるのか。

 

いずれにしてもこの問題は1年前からAuckland市議会でも議論になり、乞食取り締まりをやっていた。

 

ところが問題はクイーンストリートで救世軍あたりが募金を集めるのと乞食とどう違うのかとか、音の外れた笛を吹くだけの下手な大道芸人と乞食とどう違うのかとか、乞食を生む社会が悪いとか、わけの分からん社会主義者のいつもの通り答の出ない議論になっていた。

 

しかし現実的には町中にはびこる乞食対策が必要であり、そこで昨日出てきた一つの案が「乞食にカネを渡したら違法とする」だ。

 

乞食にカネを渡せばその場で罰金刑である。1ドル渡して10ドルの罰金とするのか細部は未定のようだが、いずれにしても仕事が十分にある今のAucklandやウェリントンで若者が乞食をするのは良しとは言えない。

 

今までは普通のキーウィが何の考えもなく小銭を渡していたがそれがどういう問題になるかは予想できた事だ。そして予想通り1年で街の乞食は急増した。

 

ぼくは社会における「施し=乞食」問題は一概に悪いとは思ってない。戦後の日本でも神社のお祭の時には神社の片隅で白い軍用浴衣を身に着けた手や足のない傷痍軍人達がお祭りに参加した家族から施しを受けていたものだ。

 

全員が本当に軍人だったかどうかは分からない。だが日本の為に戦争に行き大怪我を負って帰国しても日本政府の「施し」は雀の涙であった。公的扶助が届かない場合に私的扶助があるのも良いと思う。

 

東南アジアの托鉢僧のように毎朝お布施を頂く文化もあるしイスラム国家では富める者が貧者に寄付をするのは当然だという考え方もある。

 

しかしAucklandやウェリントンの乞食の場合そんな社会的見地からどうのこうのという高尚な議論ではない。

 

仕事もあり社会保障もあり食っていける状況なのにへらへらにたにたとタバコを吸いながらだらけて乞食をして道行く人々を不愉快にさせる行為ってのはまともなキーウィからすれば「ふざけんな!もっと真面目に生きろ!」である。



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2016年03月06日

人間交差点

今回の東京では久しぶりに山手線に乗った。午後早く恵比寿を出発して五反田駅に着いた時車内放送があり「神田駅で人身事故がありました。運転を見合わせます」との事。

 

一体この国は何なんだ?弱い者が生きていけないのか、酔っぱらいが線路に落ちたのか、誰かに突き落とされたのか?気になったがその日のニュースではやってなかったのでおそらく自殺、誰かが山手線に飛び込んだのだろう。

 

今の東京では人身事故など犬が人間を噛むような話でニュースにもならないのだろうか。いや、最近では犬が人間を噛んでもニュースになるから人身事故は犬以下の日常ネタということなのか?

 

「人間交差点」という連載漫画がある。弘兼まさのり作品でもう20年以上前になる。そこで取り上げたテーマの一つが人身事故である。

 

遮断機をくぐってちっちゃな女の子が自転車できこきこと前だけ見て走っている。そこに通勤電車が突っ込む。当然のように車内放送が行われ「踏切で人身事故がありました」

 

そのうち女の子が踏切で撥ねられたのが伝わってくる。すると電車に乗り合わせたサラリーマン達が真っ先に言ったのは「ふざけんな、こっちは仕事があるんだぞ!」

 

誰も女の子の事を気にしない。自分の目の前の仕事しか見ていない。電車に乗り合わせた主人公はそのあまりの冷たさにぞっとする。彼も仕事があるのだが、おいおいちっちゃな子供がたった今死んだんだぞ、そのことを少しくらい気にかける奴はいないのか?

 

このテーマが描かれてから20数年経つのに東京の人は何も変わっていない。自分が生き残るのに一生懸命なのだ、他人の命など自分には関係ないのだ。

 

そしてターミナル駅から約40分、座れる電車で移動していたら、10人のうち3人は居眠りをしている。僕の前の和服を着た中年女性は携帯電話を取り出して「50分に着くからね」と言って膝の上の荷物を押さえたままこくこくと寝始めた。

 

他の座席でもスーツを着た男性が完璧に寝入っている。他にも大きな荷物を抱えたビジネスマン風の男性が、両足をガーッと広げて熟睡している。

 

他に寝るところはないのだろうか?それほど毎日が大変なのだろうか?多分大変なのだろう、疲れているのだろう、それぞれに家庭や仕事やいろんなストレスを抱えて生きているのだろう、下だけを見ながら眠れる時に眠って生きていくしかない。

 

そんな彼らにとっては日米関係や日中韓問題、アベノミクスの失速など自分に直接関係ないことはどうでもよいのだろう。

 

ビジネスマンの場合は一応新聞に書いてある程度の事は受け売りでお客と話をするのだろうが、それが何を意味するのかを長期的な視点で考えることはないのだろう。

 

彼らの問題は電車が予定通りに動かない事であり迷惑なのは人身事故であろう、もしかしたらある日自分が電車に飛び込む可能性があるなど考えもおよばないのだろう。

 

けれど僕から観ると今の東京のビジネスマンの異様さはバブル期より激しいストレス社会になり誰もがピリピリして、これが普通の人間の生き方か?人間として生まれ育ち社会に出るとそこは誰もが競争で他人を追い抜き他人への興味や関心はゼロになってしまう、それが生まれてきた目的、人生なのか?

 

ターミナル駅に夜戻り西へ向かう切符を買うために並んでたら二つある窓口の一つがずっと一人の客で塞がっている。

 

窓口の女性担当者は「あなたの切符はここでは払い戻し出来ない」と懇切丁寧に説明するのだが男は何も聞いてない、「とにかくどうにかしろ!会社に提出しなくちゃいけないんだ」とか「払い戻しが出来ない理由なんて聞いてない、とにかく払い戻せ!」と怒鳴るばかりである。

 

窓口の女性はそれでも懇切丁寧に対応している。そのうちもう一つの窓口が空いたので僕は切符を買ってそこを離れたがその時も男は怒鳴り続けていた。

 

彼も会社の規則があってストレスを抱えて誰かを怒鳴るしかないのだろう。

 

窓口の女性はこの勤務が終わったらおそらく同僚と居酒屋に行ってビールを飲んで焼き鳥を食いながら店員に「ほら!あたしの料理まだなの!何してんのよ、全く!」と怒鳴るのだろう。怒りの連鎖である。負の連鎖である。

 

西へ。



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2015年12月26日

ボクシングデー

ニュージーランドの今日はクリスマスに送られたプレゼントを開ける日というのでボックス→開く→デーをセットしてボクシングデーと呼んでいるようだ。

 

実際には多くの子供がクリスマスイブの当日にフライングして箱を開いて楽しんでいるのだろうが(笑)。

 

1225日はスーパーも普通のお店も閉まってて、家族はクリスチャンオーナーでない中国飲茶レストランに久しぶりの飲茶を楽しみに行った。

 

「あっらー、久しぶりー」この中華レストランではとにかく宗教に関係なく食べることを第一義としているので気軽に好きなモノが食える。

 

けど飲茶って考えると相当に豚肉やエキス使っているからイスラム教徒は食べることが出来ない。だからと言ってイスラム教向けのハラル飲茶をAucklandでやって需要はあるのか?

 

日本だったら市場が大きいからハラル飲茶もありかも。最近の日本の食料品業界であれば様々な調味料使って美味しく作れますよね、第一中国はベジタリアン向け精進料理の本場でもあるのだから。

 

僕は家族のいない間に日本から送ってきてもらった易経関連の本を読む。易経を学ぶ時間がなかったので年末年始で読み込んで見る。

 

休暇前に日本から6冊ほど送ってもらい、旧版の岩波文庫なのだろう文字がちっちゃくて太陽光の下で読まないとルビが読めない(苦笑)やつから東洋医学を簡単に説明したものまである。

 

これも年末だから出来る贅沢である。明るい空の下、ソファに座ってゆっくりと読むのは贅沢である。どこまで理解出来るかな、やれるとこまでやってみよう、この休暇中に。

 

その間にも日本では慰安婦問題が解決するか?とか尖閣諸島でまたも中国艦船が領海侵入。けど中国側からすれば「日本が領海侵犯しているから出て行け」と、全く会話が噛まない。

 

「約束はしたけど守るとは言ってない」という思想に染まっている人々と会話って可能なのか?だって西洋社会で普通に共有している「約束したことは守る」という価値観が通じないのだ。

 

生活をする上ではこの国って日本の価値観と近い。

 

仕事や生活で色々あって苦労している人もいるだろうから「そうでない」って人もいるだろうが、そこは自分の価値観だけではなく何故相手がそう考えるかを踏み込んで考えてみればどうだろう。

 

永住して何時まで経っても日本の価値観と常識だけで生きて地元に迷惑をかけるのもどうかと思う。

 

僕はこの社会でずっと生き続けてきて少しは見えてきた、彼らキーウィの何故彼らがこう判断するのかが分かったから今は納得出来る。

 

ここで大事なのは地域や国家ごとに習慣や価値観がありそこに外人が入り込んで自分の価値観を押し付けることは出来ないってことだ。彼らの行動は彼らなりに至って合理的で現実的なのだ。

 

少なくとも今日シティやノースショアのショッピングモールに家族で買い物に来ている人々は「今宵会う人な美しき」な、少なくとも約束した事は守るってのを理解している人々であった。



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2015年09月06日

一罰百戒

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2015 9 4 16:31 JST 更新

 東芝のフラッシュメモリー技術を韓国の半導体メーカーに流出させたとして、不正競争防止法違反(営業秘密開示)罪に問われた元技術者杉田吉隆被告(54)の控訴審判決が4日、東京高裁であった。大島隆明裁判長は懲役5年、罰金300万円とした一審東京地裁判決を支持し、弁護側控訴を棄却した。

 弁護側は起訴内容をおおむね認め、量刑が重過ぎると主張したが、大島裁判長は「転職先でより良い待遇を得るため、秘密保持義務を十分承知しながら情報を持ち出した。身勝手な動機で刑事責任は決して軽くない」と退けた。 

[時事通信社]

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54歳で懲役5年か、この歳できっついなー。けど日本の国益を流出させたって事で一罰百戒の分かりやすい例であろう。高等裁判所で出された判決が今後の日本の技術者の海外流出を防ぐための具体的な懲罰である。

 

日本人であることを理解して日本の大きな意味での国益を考えて、そういう大きな意味での腹をくくった行動ではないからこういう中途半端な結果を招く。しかし政治犯ではないし技術者としては自分のやりたいことを出来る環境とか良い待遇とか、どうしても目先のことで動いてしまうのだろう。

 

そういう人たちに「あなたも日本人でしょ」って事を言っても通じない。水と安全はただとおもっているからだ。具体的に厳しく理解させるための判決って言っても間違いないだろう。

 

普段は日本人として保護されていて道路も安心して渡れるしコンビニの弁当も安くて安全でありビルの前で昼休みに売ってるお弁当屋さんも親切で安心であり地震が起こっても皆で助け合う。そういう生活原価を日本で作っているのは間違いなく日本人でありその頂点にいるのが官僚である。

 

官僚に対するぼく自身の批判は山ほどあれど彼ら少数の霞ヶ関民族が日本という国家を戦後70年、戦争もなく支えてきたのも事実である。僕は彼ら官僚に対する批判はあるが敬意も払っている。実務として国家を支えてきたのは彼らだからだ。

 

勿論批判する時はするが、今回の技術者に対する判決とその判決を出させた官僚には「きついけど、仕方ないよね、賛成」と言いたい。そして出来れば半年くらいで仮釈放して欲しい。

 

だってこの技術者だって自分のやったことの大きさを理解していないんだから、裁判沙汰になり個人名が公表され外国企業に技術を売り渡すことの罪の大きさを理解した段階で十分に他の技術者にも意味は通じただろう、これ以上傷めつけるのはやめようよって気持ちだ。 この部分、ぼくは日本人だ。



tom_eastwind at 15:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年05月01日

オークランド不動産価格と経済成長

でもって本題。じゃあこれはバブルか?まずバブルってのは実需の伴わない価格上昇である。世界を見るとオランダのチューリップバブルが有名だ。チューリップの球根を皆が買いあさり値段が爆発的に上昇して、けどある日誰かがふと気づいた。「これって食えないな・・・」そして買い手がいなくなった。

 

実需がある、つまり常に買い手がいてそこに住む人がいる限り価格は上昇する。これはバブルとは言えない。だってオークランドは毎年人口が増加して供給側(土地と住居)が常に不足しているからだ。

 

賃貸住宅も貸し手市場である。毎年家賃が上がるし自分の気に入った物件があれば言い値で入るしかない。現在のオークランドで3ベッドルームの一軒家であれば週500ドル以下の物件はなかなか見つからない。

 

簡単に言えば昭和当時に東京への一極集中により東京に土地を持ってれば誰でも値段が上がったようなもので銀行も不動産があればカネを貸してた時代があった。東京の1960年代から1980年代までの約30年をバブルと呼ぶ人はいるか?

 

地方から東京へ人がやって来る。仕事はあるけどまさかテント暮らしってわけにはいかないからアパートを借りる。そこで家賃相場が形成される。そして人が流入を続ける限り東京のアパートの値段は上昇していった。

 

例えば1959年の東京の民間賃貸家賃は1坪500円。それが1992年には18,000円だ。毎年の土地価格上昇率を計算してみれば分かる。ただし東京も地方部の人口減少で2007年から家賃は下がり始めている。

 

では不動産が余り始める時って何時だ?それはオークランドで人口減少が始まる時だ。北半球からの移住者が来なくなりすでに移住して来た人々が北半球に帰る時、オークランドの不動産価格は下がるだろう。しかしこれから10年間の人口動態からすれば増加予測であり、2025年以降に人口減少が始まったとしても移住して来た人々は北半球の安全を確かめてから戻るので価格が下がるのも緩やかに起こるのでソフトランディングだ。

 

ただ現在のオークランドで最も注意すべきバブリーな問題は中国人である。今年後半から来年にかけて不動産価格が5%程度落ちる可能性がある。それは習近平に直接関わる話である。

 

去年の不動産価格上昇は異常であったがその直接的原因は金持ち中国人である。彼らがオークションに来てはろくに内見もせずに競り落としてすぐに賃貸に出す。おかげでオークランドの不動産だけが10%以上上昇した。オークランドの物価上昇率が大体5%(ニュージーランド全体では3%程度)だったのでこの5%部分がバブルであると言える。本来の価値より高く買われたのだ。

 

なぜ中国人が割高でも不動産に手を出すか?その理由は中国で賄賂などで儲けたカネをオークランドに持ってきて不動産という動かせない資産にしたいからだ。彼ら共産党地方幹部は農民の土地を奪って外国人に売って莫大な資産を作った。中国は法治国家ではない。強いものが勝つ国である。

 

けれどニュージーランドは法治国家であり個人の権利が保障されている。だから中国人はこの国で土地を買う。現金だと盗まれるが土地は盗まれないと知っているからだ(笑)。ずるいよねー(苦笑)。

 

けどこれら中国人が買った不動産が叩き売りに出る可能性がある。ここが価格下落の一つの要素である。それは中国マネーがNZから出て行く時だ。

 

中国の習近平がやってる腐敗防止戦略「虎を狩りハエを叩く」は更に拡大して現在は賄賂を持って外国に逃げた中国人「キツネ」を捕まえるところまで来ている。すでに去年後半に習近平がNZにやってきてジョン・キー首相と話を決めている。

 

習近平の手を逃れてオークランドまでやって来た中国人腐敗政治家や共産党地方幹部をNZの税務署(IRD)が捕捉してその個人情報を中国に提供して彼らの身柄を中国に返して彼らがNZに貯蓄したカネの半分をNZの国庫に入れる。

 

NZと中国、お互いに儲かる話だが(笑)この際に中国人腐敗政治家の持っているNZの不動産がファイアーセール(叩き売り)されるからその時に市場が少し下がるかもしれないという予測だ。

 

但し基礎的な現象である人口増加による経済成長、これは続く。現時点でオークランドの人口が約150万人、これが2025年には200万人まで増加する。つまりこれから10年間は毎年5万人程度の人口が増え続ける計算だ。なので不動産は今が高いと言っても今後10年では更に上昇すると考えて対応したほうが良い。

 

なので総論として言えば現在のオークランドは地政学的に安全で水と食料と自然エネルギーがある(原発がない)から北半球の人々を惹きつけて好景気であるが不動産は少し値上がりしすぎで今後5%〜10%程度は値下がりの中国リスクがある(買う方にとっては有難い話)と考えている。

 

さて不動産は上記であるが経済成長をもたらしている人口増加の根拠として挙げられる第一は北半球の治安悪化である。

 

現在北半球で行われているイスラムのテロ戦争ではいくらニューヨークの立派なアパートに住んでてもいつテロに巻き込まれて殺されるかもしれない。戦争が始まれば子供は戦場に駆り出されるかもしれない。現実にベトナム戦争では5万人の米国の若者が戦死した。様々な危機が予想される。

 

イスラム国や中東の内戦ってか国家同士の戦争は英国が無理やり作った既存の国境が新しい秩序で国境が引き直されるまで戦いは続く。国境を引き直した後は更にスンニ派とシーア派の戦争が続く。お互いどっちも相手の存在を認めてないんだから。この戦争が北半球の他の国を巻き込んでいく。

 

次に大きな問題は環境汚染である。世界で一番空気が汚いのは中国でその汚れをもろに受けてるのが香港や日本である。この環境汚染はやばい。すでに中国では奇形児が生まれ始めているし元気に生まれた子供でもずっと毒混じりの空気を吸うわけで体内に沈殿された毒はいつかその子に病気をもたらす。

 

1950年代の日本で水俣病が公害であると一般に認識された時にはすでに多くの患者が発生しておりその後多くの死者を出した大規模な公害汚染であった。ウィキペディアで検索してその数字や写真を見てみると良い、そして当時の人々が公害と認識するまでは一体何と言ってたかを、そしてそれが今の中国で同じように言われてるとすれば・・・。これから中国や日本では「今まで見たことのない病気」が大量に発生するだろう。

 

黄砂が運んでくる毒性物質が人間の、特に子供の体に影響を与えるのは数年かかる。しかし一度発病してしまうともう元には戻れない。一生脳性麻痺のような状態で生きるしか無く実に残酷である。

 

水俣病の経緯を読んでもらえば日本で公害がどのようにして起こったかがよく分かるが、水俣病は早い時期から一部の医者が「これは工場の排水による公害だ」と指摘していたが農水省や経産省(当時の通産省)は一切その事実を認めなかった。後日経産省の当時の担当者が「公害だと認識していたが当時の日本ではチッソの操業を止めることは出来なかった、それは経済発展を止めることになるからだ」

 

そして今の中国がまさに当時の日本と同じで、地域住民の安全を無視して経済性のみを追求して工場を稼働させている。誰もが「ヤバい」と分かっているが、将来の他人の子供の健康よりも今目の前のカネに走ってるのだ。

 

治安、環境、そして子供の教育を考えれば今のうちに安全な英語圏で生活を始めて少なくともバイリンガルになってもらい出来れば英語圏の大学を卒業して彼ら白人の論理思考を理解出来れば国際社会で生き残れる。問題は日本語と日本史だが、これは親がしっかり教えるしかない(頑張れ!)。

 

最後に納税の問題だ。北半球各国はとにかくカネがないから自国民に重税を課す。もちろん正当な税なら払う。けどそれを何に使ってるんだ?米国人であれば中東で莫大な戦費を使われて米国兵が戦死して後で蓋を開いたら何のことはない一部米国人(軍産複合体など)の利益の為だけに市民の税金が使われた事がわかった。

 

イラクを2回も攻めてそれで米国が得たものは何もない、カネを濫費して若者の命を奪い税金が高くなり、むしろ今ではお荷物であり戦争相手に返して自分たちは早く本国に帰りたい状況って、米国政府って一体どんな馬鹿だ?まことに馬鹿らしいどことか腹立たしい話である。とっとと自家用機に乗ってニュージーランドに移住してNZで適正な税金を払い安全な生活を送りたいよ。

 

要するにニュージーランドは北半球の生活が悪化すると人口が増えて北半球が住みやすくなると人口が減る仕組みだ。従って北半球の様々な要素を見る限りこれから5年は状況は変化せず、変化を始めてもそれが効果が出るまでに5年、てーことは後10年は経済が成長して不動産価格が上昇すると思った方が良い。

 

ではこれをバブルと呼ぶか?呼ぶとすれば不動産バブル?経済成長バブル?うーん、あえて言えばイナゴ(中国人)バブルだろう。現在の不動産市場とその背景にある北半球の世界を理解して今のオークランドで何が起こっているか、よく考えた方が良いと思う。



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2014年12月04日

前を見ない人が増えたな。

今日は会社の定期健診も兼ねた定期血液検査。体は一つしかないので大事に使う、なので3ヶ月毎にチェックしているが、今年2月から始めた糖質制限の効果が絶大で血液検査の度に医者に「ほらー!」って威張ってる(笑)。

 

でもって糖質制限を始める前からだがぼくの血液はずいぶん元気よく注射針突っ込んで血が出るときの勢いがすごい。ドピューって音がする感じなので看護師さんもいつも「すごいですねー!」と喜んでもらえる(笑)。中には採血しようとしてもなかなか血液が出ない人がいて、何回も刺さないといけないらしい。ヤク中みたいになるのでは?と他人ごとながら気になる。

 

ぼくは糖質制限信者ではないし、食うものがなければラーメンでも食う。非常食としてホテルに置いておくこともあるが結局今までのホテル滞在経験上食べた事はない。コンビニで買うおつまみチーズとかサラミで十分だ。ラーメンはあれば安心するだけで別に食わなくてもよい状況だったので結局最後は飛行機に持ち込んでそのまま置きっぱなしとかである。

 

逆に自宅ではここ一ヶ月で2~3回ラーメン食った。夕食を食い終わった後に何故か少しお腹がすくので食ったが何となく以前のような美味しさを感じなくなっているので卵、のり、干しエビなどを入れてる。

 

ほんと、糖質制限を始めて食事量が増えたのには周囲もびっくり。それでも袋ラーメン一食あたりの糖質は60g以下である。信者ではないけど科学的かつ経験的に考えて糖質制限効果ありだ。

 

今日はわりかし早めに検査が終わったので早めのランチって事でいつものカレー屋さんに行く。店に入るといつもの兄ちゃんが僕の顔を見るなりにこっと笑って“No Rice?”とだけ聴く。

 

YES。簡単でいいな、本来のメニュー名は“Chicken Katsu Curry”であるが、カツってのがすでに日本語だよな、でもって僕がかつカレーを注文することを前提に「今日もご飯なしでいいんだよね?」だけ聴く。だって料理名は”チキンかつカレー“。ほら、カレー”ライス“じゃないもんね(笑)。

 

それにしてもこの店に限らずで気になるのがアジア人の携帯電話中毒?とでも言うのか、飯食う時くらいは飯を見ようよ、友達と食べるんだったら誰か知らない相手にケータイカチャカチャやらずに目の前にいる現実の友達とゆっくり話せば?って思うんだけど、何故かアジア人、例えばこの店でも若い中国人女子学生二人が一緒にご飯食べてるのに会話がないままお互いにケータイをジーっと見つめつつカチャカチャやってる。

 

じゃあ一緒に飯食う意味って何だ?少なくとも目の前に話すべき相手がいるのに自分のケータイをカチャカチャやる人間とビジネスは出来ないし一緒に御飯食べたくない。

 

結局あれって心が弱いのかな?常に誰かと繋がってないと不安で目の前にいる友だちと距離的に繋がり、けど他の友だちとも繋がっていたくて、なんてのはまさに北海道南部、どうなんである。

 

人は一人で生れて一人で死ぬ。生まれた時は何も持たず死ぬ時も何も持っていかない。そんな人生で言葉が話せるようになった頃から段々と人と対面で付き合い始めて人間関係が分かってくる。会って話してこそ信用が何なのか分かってくる。

 

なのに見えない相手にケータイかちゃかちゃ・・・どうなん?そんな薄い付き合いで相手に命預けられるか?2千年前の中国の歴史を学んでいるのか?三国志や梁山泊が「作りもの」だとしても当時の人々の心意気を表していたわけであり、それを文化大革命がぶっ壊して歴史を持たない成金ばかりを生み出したのかな?

 

カレーを美味しく頂きオフィスに戻り、次の仕事は300QueenStの弁護士オフィスでの会議だ。午後1時にオフィスに行くと、このビルはほんとに殆どのオフィスが韓国と中国顧客向けでハングル文字と簡体字がずらーっと並んでいる。

 

ビルの入口ではタバコ吸いがたむろいエレベーターフロアでは誰もがケータイカチャカチャ、エレベーターの中でもカチャカチャ、何だかな。

 

それにしてもこの人達にかぎらず日本人も同様だけど、思わず「そんなに寂しいの?」と聞きたくなるくらい一日中ケータイに向かって話しかけてる。

 

中国製ソフトでケータイのマイクのあたりに向かって話しかけてるのがあって、これなど知らない人から見れば「だ、だいじょうぶですか?使い方知ってますか、そこ、話すとこじゃないですよ?」となる。

 

この弁護士事務所は新しい取引先で韓国系で実はぼくは数年前から面識があり(彼も僕を知ってる)新規のワークビザの話を進める。相手担当弁護士のプロ度合いを確認しつつポイントを突っ込む。わりかし素直に回答してくれるから「弁護士がそれ言っていいの?」って思ったりするが、まあ話が早くていいや。

 

弁護士は状況によって使いわけるのだが、自分の命を量り売りする習慣のない日本人にはここは今はまだ当社の実績が少ないから、まずは難しくない仕事からやってもらう事にする。良い点はトップクラスに比べて安くて手頃でアジア人感覚でやってもらえることだ。

 

帰り道にクイーンストリートを歩くとほんとに人が増えたが、とくにアジア人が、道を歩いてるのに前も見ずにケータイ見つめてカチャカチャ、耳には詰め物(音楽を聴く装置のようだ)、目も耳も塞いだ状態で歩いてくるから危なっかしくて仕方ない。

 

あなたはそんなに忙しいのか?それとも前も見ずに音楽聴きつつケータイ見つめるのがなんかIpadIphone の宣伝写真の主人公になった気持ちにさせるのか?

前を見ずに生きていくって、ほんとに危険だよ。そうやって前を見ずに車に撥ねられたらかっこ悪いよ(苦笑)。そして人生そのものも同様で、足元ばかり見て耳塞いでいると遠くに明るく輝いてる道が見えないままに泥沼に足を踏み込んでしまうよ。 



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2014年06月15日

自宅はオークランド、職場は東京です。

明日の月曜日から金曜日までオークランドで働いたら次の週はもう日本だ。定宿の方から教えてもらったのだが、ぼくは今年が始まり5月末までにすでにこのグループだけで53泊している。他のホテルも含めると5ヶ月のうち約半分が日本である。

 

こうなるともう、自宅はオークランド、職場は東京ですってのが現実になる。

 

自宅のあるオークランドでは仕事内容は激激だけど毎日午後3時になれば仕事を終わらせて残ったのは自宅に持ち帰り、自分のペースで自然を楽しみつつ夕食を作り映画や音楽や落語を楽しみ、夜の9時過ぎにはもうベッドに入る生活だ。

 

こんな生活、日本じゃ無理だよねー。第一夜の9時なんて日本だとやっと残業終わったくらいの感覚だ。それから「よっしゃ一杯のみに行くか!」くらいだけど、日本人、体疲れないのかい(笑)?

 

ぼくも50半ばであり髪の毛もない(笑)が疲れも全くない(笑)。とにかく元気なのは無理してないからだと思う。

 

体重は高校生の時代から全く変わらず現在も身長165cmで体重60kg20数年前に買ったスリーピースを今でも着ている(笑)。さすがにスリーピースのほうがくたびれて裏地に穴が空いたりしているが、着ている方は超元気であり、体に穴は空いてない。

 

今も裸眼であり視力1.2以上あるだろう、雑誌の小さい文字もすべて裸眼で読んでいる。

 

やっぱり無理のない生活がいいよね、自分の体に過剰な負担をかけずストレスを抱えず毎日をなべて事もなく過ごし、オークランドの空に浮かぶ白い雲と青い空、そしてランギトト島を眺めつつ過ごす。

 

その代わり一旦日本に行くとなればこれはもう戦闘である。戦いにおける戦略、戦術、戦闘、の、一番下の現場の殴り合いの喧嘩である。オークランドにいる時はゆっくりと戦略を考え戦術を練るけど日本に行けばそこは戦場、24時間戦う。

 

今回はすでに説明会の参加者がほぼ満席状態で東京と大阪の個人面談を詰めているところだが、久しぶりに一週間程度の出張で終わりそうだ。

 

一昨日の金曜日は街に出て飲み歩いて情報収集、そっかー、あそこ、こーいくんだな、ほー、この会社、調子良いよね、ビジネスモデルもしっかりしているよねー、なんて感じで真夜中寸前まで楽しみ、いつもの運転手、キースに迎えに来てもらい無事に自宅に到着だ。

 

ただ今回思ったのは、ぼくのような生活をする人が増えているって事だ。

 

日本でビジネスを成功させたけど、何か自分の思ってた自分の人生と違う、そう感じている人がニュージーランドにやって来て「あ、これか」と気づいて生活の拠点をニュージーランドに置き仕事の必要があれば日本に行く、だんだんそういう生活をする人が増えている。

 

ほんとにオフコースの歌じゃないけど「地球は狭くなりました」ですぜ。

 

ニュージーランドに住み日本に通勤する、そんな生活が20年後には確実に出来上がってますよ。あなた、そんな生活を信じますか(笑)?

 

ぼくは10数年前にそういうコラムを書いた。オークランド大学を卒業した若い女性たちがロサンゼルス、香港、ロンドンの職場に就職、それぞれに散らばっていたが、ある日偶然オークランドに戻る機会があった。

 

「じゃあお茶でもしようか」そんな雰囲気でカフェに集まった彼女たちは、日本人の子供、韓国人の子供、中国人の子供、共用語は英語で必要に応じて自分たちの言葉も使ったりして「ロンドンって、暗いんだよねー」とか「香港の環境ってきついよね」とか「ロサンゼルスは良いんだけど、何かもう時代遅れかもー、次探そうかなー」みたいな感じ。

 

当時は「あり得ん」とバサッと切られていたが、今それが現実になり始めている。親たちの人種が何であろうが関係ない、NZという国で生まれ育ち同じ教育を受けて世界に飛び立つ子どもたち。

 

彼らの自宅、故郷は間違いなくオークランドだ、けれど職場は世界です、そんな時代が来たなーって感じです。



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2014年06月09日

街の風景 カツカレー

今日は雨が強めに降っており普段は傘をささないキーウィも今日は傘をさす姿が目立つ。

 

オークランドは毎年6月に入って冬の気圧配置になるこの時期によく雨が降る。この雨が抜ければ冬になるのが毎年恒例の天気である。

 

ぼくは普段は2ブロック離れたふじのきんたろうまで歩いてカツカレー、ライスなしを注文するのだが今日はさすがに傘をさすのは面倒で、けどカレー食べたいなって思って同じブロック内で軒続きにある韓国経営の定食屋に入った。

 

この店、入るのは初めてだけど昼時ということもあり混み合ってる。てかテーブルと椅子がまるで小学校1年生の教室並にちっちゃい。人間が座れる最低限の椅子と料理を2つ置いたらソレ以外のものが置けないようにして最大限のテーブル確保を狙って作ったのだろう。ちなみに隣のテーブルとの距離はどう見ても20cmだ、太った客には綱渡りです(笑)。

 

この店の動線は不思議で狭い入り口にレジがありそこで持ち帰り客が店頭に陳列しているスシを持って並んでるから、後から来た客が店に入れない。持ち帰り客の横を通って中に入ろうとすると前に並んでた人から「追い抜くなよ、おれも中で喰うんだ」みたいな目で見られる。礼儀を重んじる日本人には辛い場面である(苦笑)。

 

お店に入り笑顔の可愛い若い韓国系のウエイトレスに早速きっぱり「カツカレー、ライスなし!」と言うと最初は何とか注文を聴こうと一生懸命笑顔一杯にしてたのだがちょっと間を置いて「え?」。

 

「ライス無し」もう一度にこっと笑って言うと彼女はどうやらこれが冗談の注文でもからかっているわけでもなく本当にこの中年ハゲオヤジはカツカレーのライス無しを欲しがっているのだと分かったようで「は、はい、ライス無しですね」と注文を受けてくれた。

 

良かった良かったと思って料理を待っていると今度はキッチンから男性が伝票を掴んで飛び出てきて「これ、ほんとにライスなしだね?」と確認を取られた。「はい、間違いなし」。日本人が外国の日本食レストランで自分の好みで食事をするのも結構大変なものだ。次回は「犬鍋」って言ってみようか、多分何の質問もなく赤犬の鍋が出て来るのかな?

 

さて、この韓国式カツカレーは12ドルだ。約1,100円、日本のカレーチェーン店ではあり得ない高さだけどオークランドはこれで通る。でもってこのカレーを注文すると最初にお箸とスプーンと一緒に味噌汁が出て来る。カレーに味噌汁ねー、ふーんと思いつつ飲むと、これが結構旨い。ちゃんと出汁を取っている。

 

暫くすると随分と大きな丸皿にカツとソースと野菜サラダと本来ならお椀でパカっと置いたようなライスが乗っかってくる。

 

カツを食べるためにお箸を箸袋から出すと、まるで半月のように曲がった割り箸が出てきて「これじゃ曲芸だ」なんて思いつつ袋を見るとよく知ってる日系食材卸やの名前・・・。

 

これじゃ文句も言えんなと思いつつサクッとして美味しいカツをカレーソースに絡めながら食べると、これが旨い。ちょっと辛めのソースは野菜の旨味がしっかり染みこんでおりカツにかかったウスターソースの二重奏な味だ。

 

そうこうしているうちに隣に座ったガタイの良い男3人組のキーウィが陽気そうにカツカレーや焼きそば、丼ものを注文している。

 

そこで韓国系の可愛らしいウエイトレスが早速味噌汁を一つだけ持って韓国なまりの英語で「カツカレー?」と聞く。他の料理に味噌汁が付いてないのも変なものだと思いつつ何気なく観ていると陽気なキーウィが手を上げて「はい、こっち。ところでねえ、これはカツカレーかい(笑顔)?」と聞いてる。

 

可愛らしい笑顔の彼女は満面の笑顔で「YES!」と答える。するとキーウィは味噌汁の椀を両手で持ち上げてにこーっと笑って、

「そうか、これがカツカレーか、俺が知ってるのとは随分違うなー」

 

おちゃめな冗談であるが彼女、よく意味が分からずにこにこしながら“I don’t know -”と言って立ち去っていった。残ったキーウィは楽しそうに彼らの会話を続けてその後の食事を楽しんでた。

 

反対側の隣ではどうやらイタリアから来た若いカップルだろう、持ち帰り用のお寿司を二人の前に置いてスシをつついてる。「うまい!これ、うまいよね!」と手で持ち上げてたのは、ご飯に揚げ春巻きが海苔で巻かれてたものだった。コ、コメは何にでも相性が良いのか、ぼくが見たものが気のせいだったのか・・・(苦笑)。

 

オークランドはシティ内の再開発地区が指定されアルバートストリート沿いに高層ビルが建設される予定になった。すでにパンフレット、青写真、店舗を購入する際の価格なども発表されている。オークランド北部郊外でも次々と新しいモールが建設されてすっかり建設ブームが続くオークランドではあるが、街の雰囲気はこんな可愛らしいものでした。



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2013年11月11日

TIme Line

これは映画の話。

何故かこの映画が大好きで、心をすっきりさせたい週末に観ている。これってすべてのSF的要素を組み込んだロマンチックアクションとでも言うのかな、とにかく僕の欲しい「心をスッキリさせたい週末」に丁度良い。

タイムマシン、1300年代の英仏関係、キリスト教の発展など観てて楽しい。未来と過去が一つに繋がっている。けど今の時代TimeLineとかラインって言うと何だかSNSの世界に入ってしまいそうだ。

21世紀になって流行ったネット文化はそれなりに面白いが、バカッターとかフェイスブックとかラインとか、さて誰が生き残るのか?というのはあまり積極的な興味がない。社内ではずっとMSNのチャットを利用していたが最近はなんちゃらというとことサービスが合体したとかでなんちゃら使いづらくなった。だもんで今は他のシステムに乗り換えを検討中。

無料のサービスも有料のサービスもあるが、有料と言っても年間数万円なので使い勝手の良いほうが良い。

ぼくはあくまでもこういう媒体を使って仲間と情報交換をするだけの利用者でありそのビジネスで直接の利益をえるわけではないからどこが生き残るかってのは関係ない、その時代に最も合ったサービスであればそれで良い。生き残るものは偶然の結果として生き残るだろうし滅ぶものは必然として滅ぶだろう。それを決めるのは時代であり努力ではないからだ。


人間は常に他人とのコミュニケーションを必要としている。その基盤が言語である。話し言葉、書き言葉、それが人と人をつないでいる。これによってお互いの意思疎通が出来る。コンピューターは結局単体の計算機でありネットとは全く関係のない機械だ。けれどある時この二つを引っ付けた奴がいる、こいつらが本当に時代を変えてしまったのだ。まさにTimeLineの世界である。


IBMという会社は世界で最初にコンピューターを社会に広めた会社であるがこの社名はInternationll Business Machineというスーパーマーケットのレジで使ってた機械のメーカーだ。それが自動計算機を作り更にコンピューターに進化してインターネットと接続することによりコミュニケーションツールへと変化している。


そして現在ではコンピューターさえ中国のレノボに売却、自らはソリューションビジネスに転化しようとしている。大巨人企業でさえ変化を続けなければいつかはちっちゃなガレージ起業家に追い抜かれる。


僕は幸運なことに高校の授業でコンピューターを学ぶ機会があった。高校生の頃からコンピューターを扱いコボルやフォートラン言語でプログラムを書いてたので、現在のネット社会の進化の方向に何となく肌で感じる「違和感」がある。これって必要なのか?って事だ。


バカッターは5年くらいで潰れるから今回の上場で株を買った人は早めに売ることをおすすめする。それはMixiがドボンしたのと同じ理由である。もっと良いサービスが出れば全員でそこに引っ越しをして残ったのは死骸となったスレばかりのmixiみたいになる。


むしろ土管屋に徹したNTTとかの方が余程堅実である。どのようなソフトも土管なしには通信出来ないからだ。


じゃフェイスブックは?となれば、これも同様でありもっと良いサービスが出れば客はそっちに行く。課金システムが広告代理店システムであればすぐによそに食われる。だからこそグーグルなどはどんどん実業の世界に入り込んでいる。これは正解。


ニュージーランドではTradeMeと言うシステムが好調である。ただ僕はまだ使った事がない。これはネット系というよりインフラ系である。Amazonが絶好調なのも結局は人々が必要とするサービスであり今までは存在しなかったから最初に飛び出したものが先行者利益を獲得して、でもって大体こういうビジネスって「一強九弱」であるからどっか一つにすべてが集約される。


これ、僕が1990年代にやってたビジネスモデルと同じで誰もがやってない時に新しいサービスを提供するとストロー現象が起こり似たような他業種は全滅する。また新サービスを提供しても更に時代の最先端の技術で進化してかなければあっと言う間に新興企業に淘汰される。


これは企業から見た視点であるが、最初に書いたように利用者からすれば社名は何でも良い、使い勝手が良いかどうかだけである。


だからmixiが出来るとすぐアカウントを作りツイッターが出るとすぐフォローし挙句にフェイスブックに入ったら「いいねボタン」を押す苦痛に「何じゃ、ネットなのに実社会のねちゃねちゃがあるじゃん!」と思ってもすでに繋がりを持った人々と縁が切れないので結局ずるずると続けていってますます泥沼にはまるという事になる。


コミュニケーションの取り方、情報収集、どのような方法を取るにしてもそれぞれの媒体が一体何者なのか十分注意してから手を出す必要がある。自分に合った媒体は何なのかを考えずに新しいだけで飛びつくと、苦労するのは結局本人である。


とか言いつつ福岡へ移動。機内ではあいも変わらずでっかいインクの付いたガサガサ紙を広げているビジネスマンがいるが、今の時代にすでに新聞は凋落のさなかでありテレビでさえもネットに凌駕され始めている。


ある調査によれば新聞やテレビ媒体を利用するのは年を取れば取るほど増加して若くなればなるほど利用率が大きく減少していく。中には自分のアパートにテレビもないし新聞も取ってない若者が増加している。


いつの時代も変わらぬ学ぶ心が絶対に必要だが、それは今までの自分を否定して自分を変化させる事でしか成立しない。テレビを観ているだけで世の中の真実は分からない。わからないままで良いのだったらそれでも良いが、もし時間を越えて変化をしたいなら今手に持っている媒体が本当に今の時代に対応しているか、少し考えてみたほうが良いと思った福岡行きの機内でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2013年07月07日

起業家ってどんな人が何をするんでしょうか?

「がごめ昆布がニュージーランドで収穫出来るか?」というご質問を頂いたが、そうそうオークランドは海辺でありながら全く潮の香りのしない街なのです。今はどうか知らないが昔は沖縄の車は錆びやすいと言われてた。潮の香りが強く海風に含まれた塩分が車を錆びさせるという話だった。

 

ところがオークランドは全くと言って良いほど潮の香りがなく、海に出ても昆布を見かけることが少ない。てかぼくは個人的には潮干狩りにも行かないのでよく知らないが、うちのお客様同士の定期イベントでは潮干狩りをやったりして貝がたくさん採れるのは知っているし体長30cmの大きな鯛が岸壁から釣れるのもよく見かける光景だが、そういえば日本のような昆布を売ってる店はないし昆布が海中にあるってのは??どうなのか?

 

オークランド以外の海では2年ほど前に国内最大手のサンフォード社が持っている鮭の養殖場見学でスチュワート島にフェリーで渡った時に島の港の海中に立派な昆布が沢山あるのを見て、また潮の匂いの強さにびっくりした記憶がある。

 

なのでニュージーランドだからって昆布がないわけではない。考えてみればスチュワート島は日本の利尻や礼文島と同じくらいの緯度だし海も南極の海水が直接入り込むから相当に冷たい。

 

あそこあたりでどんな昆布が採れるのか、一度誰かに聞いてみよう。けどもし昆布でビジネスが成立するなら面白いだろうな、地元の人は昆布がくいものだとは絶対に理解していないから相当に安い原価で買うことが出来る。あ、けど昆布はマオリが所有権を主張するからめんどくせー駆け引きになりそうだ。

 

けどこれで起業すればニュージーランドの為にもなるし面白いと言える。

 

ということで今日は会社のウェブサイトにも掲載したのだが、具体的な起業プランについてご説明。起業家って具体的にどんなイメージですか?という質問がよくあるが、では実際にどのようなビジネスがあるか例を出してみましょう。

 

美容院

日本で美容院を経営している方がオークランドにある売りに出てる美容院を買い取って自分で日本の技術を導入して日本人及びアジア人のヘアサロンにする。この場合お店の買取費用と最低必要な改装費用、それから日本から送るシャンプーとかで開店出来ます。

 

顧客層はもちろんまず日本人ですが、それから中国、韓国などの顧客も日本人的デザインは受けます。大事なのは価格設定で、高級路線でいくのか安く数をこなすかで随分顧客層が変わります。

 

起業家ビザは現在やっている仕事とこれからやる仕事の関連性が要求されますが自分が現在美容院を経営している人なら全く問題なく開業出来ます。また自分が美容師として働いている場合でも同様ですね。

 

レストラン

日本人ならまずは日本食でしょ!って感じですが、オークランドでは現在約250店舗ほどの「日本食レストラン」がありますが、そのうち150店舗以上は韓国人または中国人経営で寿司テイクアウェイが流行ってます。

 

日本人オーナーできちんと椅子や掘りごたつに座ってきちんとした日本食が出せるお店は50軒程度です。なので人口150万人のオークランドで日本食レストランを経営するビジネスは日本人には馴染みやすいですね。

 

レストランを買収する際は最初から酒類販売免許を持っているお店を居抜きで購入するのが一般的です。基本的に営業権だけの買取なので自分の営業できる期間に利益を出すために設備投資は出来るだけ控えるのが正攻法ですね。これも美容室と同じで、日本での経営経験またはシェフとして働いていた経験が大事です。

 

中古車販売

ニュージーランドを走る車の80%が日本の中古車です。右ハンドルで交通ルールも日本とほぼ同じで、壊れにくくて修理しやすい日本車は人気があります。地元のディーラーはお客の注文を受けて日本のオークションで車を買って車専用輸送船でオークランド港に送りナンバープレートを付け替えて車検を通してお客様に渡すだけです。勿論事前に仕入れておいて展示場で売る場合もあります。既存ビジネスの買取が可能で日本人の強みが生かせるビジネスですね。

 

モーテル、バックパッカー

これも日本人が好むビジネスですね。最近では田舎の街でも日本人経営のB&Bが人気です。日本からやって来る個人旅行客が言葉の不自由なしに格安な値段で泊まれるので需要もあります。何より日本人独特の「清潔さ」が心地良いです。6ベッドルームが一般的で投資額も高くなりますが移民局から見ても外国のお金の呼び込みなので受けが良いです。

 

日本食材や日本の商品小売

日本の100円ショップはこちらでは2ドルショップとか3ドルショップとか呼ばれています。日本の高品質の百均商品を毎回20万点くらいコンテナで輸入してお店に並べたら後はアルバイトの店員さんに管理してもらうだけなのでかなり楽ちんなビジネスですね。すでに日系百均が数店進出していますが需要の高さにびっくりしますよ。他に日本食材輸入販売も人気があります。

 

上記以外にも日本人向けフリーペーパーやウェブサイト運営で頑張っている日本人もいます。日本メディアの取材代行、CMや映画制作のロケハンを中心とするフィルムコーディネーターも意外と知られてませんがニュージーランドでは盛んで日本人の感性でしか出来ない仕事もあります。

 

変わり種として日本の最新技術をニュージーランドで輸入販売する代理店ビジネスも面白いですね。太陽光エネルギー、車関連のパーツや技術導入、建設資材の輸入販売などはBtoBビジネスと呼ばれますが大量ロットを扱う事で当たれば大きなビジネスですね。これもたくさんの日本人先駆者がいます。

 

反対に日本人が「これなんていいのでは?」と思ってて全然ビジネスにならないのが「日本語教師」や「日本人向け塾」とかです。これ、日本で個人面談をしているとよく「わたし、海外の人々に日本語を教えて橋渡しを〜」と言われて、気持ちは分かるのですが、はっきり言えば止めた方が良いし起業家ビザにつながることは非常に難しいです。

 

この国では学校で普通に外国語として日本語を教えていますしアニメを好きな子供はほっといても日本語を独学します。キーウィの若者は世界中に飛び回ってますから日本在住何年で日本語問題なしってのはたくさんいます。公立学校で日本語を教える教員補助の日本人もいますが基本的に言葉を教えるのはボランティアのようなものです。

 

日本で考えると当たりそうでも地元では全く需要がないって意味では赤道地帯で暖房装置を売ったり南極でクーラーを売るようなものです。

 

建設関連ビジネスはオークランドの水漏れ住宅問題やこれからクライストチャーチの復興も始まるので潜在需要の高いビジネスです。もし日本で建設関連のコネクションがあればオススメです。

 

旅行会社、留学会社

移民局は経済活性化の為に移民を受け入れています。一番直接的で分かりやすいのが旅行客と留学生です。実はニュージーランドの外貨収入の多くは海外からの旅行客や留学生で占められております。酪農や農業よりも多くの外貨を稼いでいます。自分が日本で旅行産業にパイプを持っている場合、人脈を生かしてNZで日本人旅行客、留学生の受け入れをするビジネスはビザ取得の際にも有利になります。

 

自分に何が出来るか?それが日本で何かをしようとすれば自分である程度想像もつきますがニュージーランドで何がやれるか?なかなか想像が付かないのが実際でしょう。ただ僕自身が長いことこの仕事をしている経験からすると、考えすぎる人、一切のリスクを絶対に背負い込まない人、絶対に他人の価値観を受け入れようとせず自分だけの殻に閉じこもって考える人、これはまず起業家は無理です。

 

海外移住とは行く先の国でどれだけ相手の考え方を理解して受け入れることが出来るかどうかが大事です。どうしても自分の考え方を変えたくない人は日本でやれることを頑張ることをお勧めします。



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2012年12月19日

ドパルデュー氏、仏国籍の返上宣言=ベルギー移住への批判に反発

★抜粋開始

フランスの俳優ジェラール・ドパルデュー氏=2010年12月、ベルリン(AFP=時事)

 【パリ時事】フランスを代表する人気俳優ジェラール・ドパルデュー氏(63)は16日付の日曜紙ジュルナル・デュ・ディマンシュに掲載したエロー首相宛ての公開書簡で、仏国籍を返上する意思を表明した。高額課税回避が目的とみられるドパルデュー氏のベルギー移住に対し、首相が「情けない」などと批判したことにレストラン経営など事業家としても知られるドパルデュー氏は、首相宛ての書簡で、自身が過去45年間に1億4500万ユーロ(約160億円)を国庫に納めてきたと主張。「私が国を離れるのは、あなたが成功、創造、才能などは罰せられるべきだと考えるからだ」と訴えた。(2012/12/16-23:19

★抜粋終了

 

「国家よ、お前は泥棒か!」そう怒鳴っているドパルデュー氏の顔が目に浮かぶ。てか記事は写真付きで、その写真が怒鳴っている。そりゃそうだ、真面目に働いて創意工夫で雇用を生み出し多額の納税をしたら「もっと払え」だってさ。

 

俺の払った税金は働かない若者に配分される。しかしその前に聞きたい、彼らは働こうと努力したのか?機会があっても何もせずキツイ仕事は避けて夜勤仕事も嫌がり休みは欲しがり売上責任を回避してその結果仕事をせずにいて、俺の金で飯を食おうというのか!?

 

そりゃ誰でも怒るわな。

 

フランスに限らずだが人はどこの国に生まれようが出ていく権利がある。自分が生まれた街が自分の考え方に合わなけれ当然出ていく。地方出身の若者がもっと稼ぐために東京に出るようなものだ。

 

日本国内でも自治体によって税制が違うから例えば東京でも港区は福祉が充実しているから他の区から引越しで編入してくる家族もいる。彼らはやすい税制と手厚い福祉を提供してくれる区に移住しているのだ。

 

国内移住組がOKであれば何故それが海外ではダメなのか?第一今の時代、国家とは一軒の病院付きホテルである。そのホテルで生まれたからと言ってなぜずっとそのホテルで住まなければいけないのだ?

 

今までホテル代はきちんと払ってきた。ところが最近になると戦後作られたホテルは設備が古くなりトンネルは壊れるわフロントスタッフはしょっちゅう喧嘩してまともにお客の相手も出来ない。挙句にホテル代を値上げだと!ふざけるな、いくら付き合いの長いホテルだからって、お前んとこの内輪の事情を押し付けるんじゃねーよ。

 

だからおれは最新設備を持っている、値段が安くてサービスの良いホテルに移るんだ、それのどこが問題なのだ??

 

こんなのは普通に考えればわかりきった事であり、それは日本でも同様だ。今まで一生懸命に働いて日本に納税したのに、更に増税しようとしている状況ではこれ以上生活することは出来ない。第一その増税した金を何に遣うのだ?お役人のお手盛りではないか。

 

そんな不透明な使い方をされて黙ってろって言うのか?おかしな話である。日本の場合は出て行こうとする人々に対して直接は何も言わないが、今はすでに実質的送金規制に入っている。銀行窓口で海外送金しようとする人にいろんな理由を付けて断っているのだ。

 

挙句に今度は海外国と租税協定を次々と締結、又は改定して実質的に世界中どこにいても日本国籍がある限り課税しようとしている。これが毎日現場で移住のしごとをしている僕が見た現実だ。

 

出る気があって出られる状況であれば早くした方が良い。出られなくなってからではもう遅い。



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2012年09月20日

象の形

木曜日は一日中喋り過ぎで喉が痛くなった。この日は午前と午後にそれぞれ別の弁護士事務所との会議。一つの事務所で3件くらいの案件を話すのだが、どれもこれも重厚な案件で、ほんとに脳みそが痛くなってきた。

 

6個の案件はそれぞれに内容が全く異なっており、投資家、起業家、どの案件を取ってもどういう風に相手に説明するかで全く話が異なる、まるで目の見えない人に象を説明するようなものだ。

 

こういう時は相手の理解度をこちらが理解して相手の理解出来る単語を選んでこちらが伝えたい部分だけを余計なことを省いて説明する必要がある。どこの国でもそうだが弁護士は自分が賢いと思ってるし何でも知っていると思いこめる素養がある。

 

自分が住んだ事もない東洋の島国で1億2千万人が生きて様々な生活様式を築き上げており、それは人口400万人の南太平洋の小島では思いもつかないビジネスがあるのだが、それを理解出来ないって事を認めようとしない。

 

とくにこれは男性弁護士に理解不能傾向があり女性弁護士の方が受け入れ幅が広くて柔軟に理解しようとする。洋の東西を問わず賢きものは・・・というところだろうか。

 

しかしそのような彼らを怒らせずぼくらの意思を正確に伝えていくのが仕事だから堅い話の最中にも軽い冗談を入れるのは大事だ。

 

例えば顧客の家族構成を伝える際に「えーと、この顧客男性には現在小学校に通ってる子供が二人、奥さんが一人、」とさらっと言うと白人は100人のうち90人はくすくすと笑って場が和やかになる。ちなみにここで「笑わない残りの10人はアイルランド人だね」みたいな事言うとますます笑いが進み場が和む。

 

ちょっと話はそれるが冗談と言うことで一つ。ある時送迎ビジネスで成功している地元の白人ビジネスマンが自宅を新築して僕らを招いてくれた。

 

新築で湖の見える立派な豪邸で、にこにこしながら「ここがリビングルーム、ここがダイニング」そして「こちらがマスターベッドルーム、僕の部屋だ。隣が奥さんのベッドルームだ!」と言って一人で大笑いした。僕ら招かれた日本人は笑っていいのやらかなり迷ったものだ。

 

これが文化の違いである。文化の違いを否定したり自分の文化を優秀と自慢するだけでなくお互いの文化の違いを認めてそれを笑いながら受け入れて2つの文化を理解して使い分ければ楽しく共存出来る。

 

話は戻って弁護士との会議はどんどん続く。弁護士はキーウィ白人もいれば香港系キーウィもフィリピンキーウィもいるわけで、これも相手に応じて話の切り口を使い分けるのが相手の理解度を高めるポイントになる。

 

象を説明するのにでかい足から話を始めるか長い鼻から話を始めるか、それによって相手の印象は全く変わる。ぼくにとって最も重要な会議だから力が入るし相手の目を見ながら理解度を一つ一つ確認していく作業でこと細かい点まで適切な単語を選んでいくので相当に神経を使う。

 

これは日本での説明会やその後の個人面談でも同様だ。初対面の人からどこまで相手の状況を読み取るかは目をつぶって象を触ってその全体像を理解しようとするようなものだ。これは弁護士とのやり取りと正反対の作業になる。

 

殆どの日本人は初対面の相手にありのままの話をすることはない。だから最初の話し合いで僕が一番気をつけるのは相手が何を話したかではなく相手が何を話さなかったかである。どんな人間でもある程度の共通する部分はある。

 

その、誰でも共通する部分のうち相手が言わなかった点がこちらが一番理解すべき点である。移住とは単なる引越しではなく人生の一大転機であるが一番大事なのはその人の価値観を把握してその希望する生活をできうる限り構築することである。

 

キーウィにとっては国をまたいだ引越しなどごく普通のことなので一所懸命の日本人が一所でなく二所を選ぶという重さが理解出来ない。そこをいかに説明するか、弁護士と最初の会議が非常に重要になる。かなり重くて長い一日だったけど、いずれにしても日本人5万人移住計画はまだ始まったばかりである。



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2012年09月19日

尖閣諸島私案 2

尖閣諸島 日本官僚

 

日本の官僚が今一番気になっているのが橋下氏率いる維新の会の増長である。明治から続く官僚支配を破壊しようとする行動は許せるものではないが自民党や民主党が票を取れない状態で維新が増長する状態は止めようがない。そこで日本国民が米国追従外交を求める状況にすれば、選挙で勝ったり負けたりする政治家は米国との歴史的外交経緯を知らないので官僚に頼るしかない。

 

今回の中国内部抗争で尖閣諸島がエサにされたが、これを逆に利用して米国の存在の大きさを日本国民が理解すれば自然と嫌中親米になる。親米になれば官僚が必要になる。そうすれば維新がどれだけ議席を取ろうと実際の歴史を知っている官僚を無視することは出来ない。そこで官僚体制の維持が可能になる。

 

このような見立てをすれば官僚としても中国が尖閣諸島で騒いでもらった方が都合が良い。現地で海上保安庁と中国の監視船が銃撃戦でもやってもらえば日本国民は「やっぱり米軍が一番頼りになるね」という事になる。

 

*国民を守る政治家として度胸と戦略

 

こうして見ていくと中国、米国、日本官僚と、尖閣諸島を先鋭化させた方が都合の良い状況がある。いずれにしても彼ら支配層が直接鉄砲を持って戦うわけではないし中国に駐在する日本人が頭にラーメンを引っ掛けられようが蹴飛ばされようが工場を焼かれようが官僚体制が困ることはない。

 

では日本の政治家はどうするのだろうか?彼らは誰のために働いているのだろうか?もちろん日本国民の為である。ならば彼らは日本国民の身体と財産を守る義務がある。具体的に何をすべきか?

 

それはこの茶番劇が中国の内紛であることを理解した上で日本人を守るために行動を起こすことだろう。それも国際社会に理解されるような行動だ。

 

まず最初に行うのは現在中国にいる日本人家族を直ちに日本に帰国させる事を国際社会に発表することだ。日本からチャーター便を手配して北京、上海、広州に飛ばしてまずは家族の安全を守ることで中国および国際社会に「中国は法治国家ではない、女子供を危険なめに遭わせる野蛮人国家である、中国進出には危険が伴う」と知らしめる事だ。

 

この時点では駐在員は避難勧告は出すが現地に留める。それが日本が冷静な行動を段階的に取っていることを示せる。駐在員まで攻撃対象になれば各企業に対してすべての駐在員を強制帰国させるように促す。

 

次に取るべき行動は日本企業に対して攻撃を行った個人を特定して中国内で告訴を行い中国政府に「こっちは黙っちゃおらんぞ」と見せることだ。中国政府が訴えを受けるかどうかは問題ではない、日本がそこまで本気であるというメッセージを伝えれば良いのだ。

 

そして世界中のメディアを日本国として招待して那覇をベースにして自由に行動させ更に尖閣諸島に保安庁の船やヘリで自由に行動させる。大事なポイントは常に国際社会に対して今日本がどのような行動を取っているかを見せることだ。

 

出口とは?

 

国境を挟んだ2つの国家に領土問題は尽きることはない。これは日中や日韓だけではなく世界中で日常的に行われている。ここで感情的に動くのではなく冷静かつ毅然として行動すべきである。

 

そう、つまり喧嘩の時は最初から落とし所を考えておくことだ。

 

日本国内からの視点ではなかなか見えないだろうが、この国境問題は世界を味方に付けたほうが勝つ。つまり相手に無理をさせて国際社会に知らしむべきだ。女子供が中国から逃げ出す、中国の船が日本の船に対して襲撃をかける、そのような無法な行動を国際社会に知らしむべきである。

 

中国が10月の大会を乗り切るまではとにかく冷静に対応することだ。誰か特定の中国高官を非難したりすることは危険だ。もしその人物が大会を無事乗り切った時、自分の足を引っ張った相手のことはこれから10年間絶対に忘れない。

 

だからと言って何もしなければ結果的に領土を取られてしまうのだから上記の段階的行動を粛々と進めるよと相手に通告することだ。

 

中国内デモは公安の指示で一旦停止したが尖閣諸島では了解侵犯が続いている。相手の作戦が何を意味しているかをよく考えてこちらの作戦を段階的に発動しつつ大会の終了を待ちそして大会が終了してこれからの10年を受け継ぐものが決定した時点で新しい指導者とゆっくりと話し合いを持って今後のエネルギー戦略の一つとして尖閣諸島付近のガス田などの共同開発などの話を進めていけば良いと思う。

 



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2011年10月28日

ニュージーランドの住宅


今日はお客様同伴でオークランドの建設現場を視察。日本で住宅建築を手掛けているお客様とオークランドで住宅建設をしている会社の社長と現場でミーティング。工法の違い、似てるところ、二人のプロが話をしているのを聴くだけで随分学ぶものがある。

 

例えばオークランドの住宅建築では駐車場がダブルガレージと言って二台分のスペースがある。なので駐車場の横幅が6メートルくらいある。その上の2階部分が住居となる場合はガレージの天井に鉄製の柱を入れて支えにするのだが住宅自体は木造なので鉄の柱の周りはすべて木だ。お客様はこれを見て「うわ〜、日本じゃあり得んですね」

 

どういう事か聞くと鉄と木はそれぞれ膨張率が違うので混合で建てることは日本の建設基準では認められないとの事。ほ〜、ではこの家は日本の建築基準ではOUT!ですな。けどNZでは鉄を入れないとOUT!なので、ところ変われば品変わる。

 

この住宅はツーバイフォー(2X4)工法だけど壁の中にはすかいを入れてない。その代わりに格子状に木を組み合わせている。これも日本じゃあり得ない工法で、地震の横揺れを防ぐためにはすかいは基本でしょと言うとNZの社長は「これがこちらの常識です」。NZは地震国家なんだけど本格的な地震はまだ少ないから横揺れで人が圧死するという発想がないのかもしれない。

 

水漏れ防止の技術については、壁に必ず隙間を作り空気が入るようにした上で壁の途中または下部にちっちゃな穴を空けておき、空気を通して湿気を抜き穴を使って水を抜く。この技術は日本もNZもあまり変わらんなと言ってた。

 

けれど屋根の部分を見た時日本のお客様は「あれ〜!そのまんま瓦じゃん!」とびっくり。これは僕もよく日本から来たお客様に指摘されるのだが、こちらでは瓦を乗せたらそれで終わり、防水シートは敷かないのだ。これでは雨もりするでしょうって、そう、その通りなんだけどNZの大工にいくら言っても「これで間違いない、雨は漏れない」って一点張りで、実際に雨が漏れると「それは瓦の問題だ」。ちがうし・・・。

 

NZの社長はその問題を理解しているから彼は予算のある限りシートを敷くようにしているが、このあたりキーウィの発想と言うか、良いものを見たことがない人間にいくら説明しても、ゴジラ映画を観た事ない人にゴジラを説明するようなものだ。

 

そして地震の時の一番のポイントとなる地盤強化。NZでは勿論家を立てる前に地盤調査をするのだが、粘土質の場合はかなり深く掘って玉砂利みたいなものを埋め込む。でもって2X4工法ってのは一つのブロックみたいな作りなので地震が起きても地盤が揺れても家が玉砂利の上を左右に滑るようになるから壊れにくいという。

 

ほー、そういうもんか、勉強になるなーって思いながらひょいと横を見ると大きな発泡スチロールがある。ちょうど大型テレビを包むような感じの大きさだ。「あれ?何ですか?」資材を搬入する時に使ったのかなと思ったら、「あー、あれっすね、あれを地盤の底に敷くんですよ」だって・・・。ちょっと待て!地盤は発砲スチロールかい!かなりびっくりだけどこれもこちらNZでは普通の方法。

 

確かにこちらの家を見ると、ぼくの自宅もそうだけど斜面に建つ家は床下に柱を打ち込んでる。木の柱を打ち込んでるんだけど、その上に家が乗っかっている状態で柱と家は留めてない。発泡スチロールもありなんですな・・・。

 

日本のお客様が「ほー、これは良いな」と言ったのが外壁に使う木製の横板。こちらの住宅ではごく普通に住宅の外壁に横板を使っている。これは耐震性もあるし見かけも良い。日本にはないのですかと聞くと、これを使うとコストが高くなってしまい、住宅を売るという事があまり一般的ではない日本では、住宅は30年くらいで建て替えをするし引越しをすることも少ないので外見よりも「住めれば良い、費用は安い方が良い」と言うことでどうしても横板は嫌がられるようだ。うーむ、日本にいる間はアパートしか住んだことないから全く記憶にないが、そうか、そういうものか。

 

こちらでは住宅は10年ごとにライフスタイルに合わせて引越しをするのが普通。例えば結婚してすぐなら郊外のちっちゃくて安い、新婚夫婦でも手の届く住宅を買う。数年して子供が出来て5歳くらいになると郊外の広めの、3ベッドルームに引っ越す。子供たちが18歳くらいになると大体家を出ていくから、そうなると夫婦二人なので街に近い便利な2ベッドルームに移る。

 

そういう時に家を毎回売るわけで、だから家を買ってもいつでも売れるように小まめに手入れをするし外見をきちんとする。これはご主人の仕事なのでこの国の週末の旦那さんの仕事は芝刈りとペンキ塗りと塀の手入れとなる。

 

住宅建設一つをとってもいろいろと基準が違うのは当然としても、家を売ることを前提とした文化のある国と家を終の棲家と考える文化の国の違いとかも勉強になった。まだまだ学ぶことが多いNZ生活でした。それにしても、この国にはもっとプロの日本人建築家がいればな、仕事は山ほどあるんだけどな、って思った一日でした。



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2011年06月16日

スカイシティカフェにて

昨日に引き続きのネタになるが、オークランドにスカイタワーとその隣にスカイシティカジノがあるのはこの街を訪れた人ならだれでも知っていることだ。

 

日本では「カジノ〜!!!ダメダメ!そんなのだめ〜!」って怒りを振り回す人がいる中、オークランドカジノでは1000人以上の雇用を常に抱えホテルやレストラン事業も含めればおそらく純民間としてはトップクラスの雇用を創出する、さらに近隣の建物を再建して次々と街づくりをしている優秀な企業であるのも現実だ。

 

そして日本でカジノ反対と言ってる人も、では現在日本で行われている政府主催のばくち(競馬、競輪、競艇)や警察の子会社的なばくちであるパチンコを撤廃と言う話にならないのは面白いものだ。文句あるならまずはパチンコ屋に旗ふってみればどうか?

 

ところが旗ふる人間だって日頃の生活があり旦那がコンビニで働いててパチンコ屋の客がいつもそのコンビニを利用していたら言いたい事も言えない、そこは日頃のお付き合いがあるからパチンコ屋反対とはならない、これが結局現実なのだ。今そこに存在しないカジノは自分と利害関係がないからエラそうに反対出来るけど、目先の自分の利益と生活をネタにされた時にどうするか???世の中はきれいごとでは何一つ片付かないのが現実なのだ。

 

そんな今日、まさにスカイシティカジノが入ってるホテルのカフェでこの地域の再開発を考えている連中とお茶会議になったのだが、こいつら地元生まれの地元育ち、思いっきり言いたい放題である。

 

「カジノなんてのはxxから金を吸い上げる仕組みだよ、おれたちはあいつらが低賃金で稼いだなけなしの金をこの場所で使い切って、そこで吸い上げた金でこうやってカフェでのんびりするんだよ、たばこと同じ、xxに吸わせておきゃ俺たちの懐に金が入るんだよ」てな勢いであるから思わずこちらが「おいおい、声が大きくないか、ここはカジノの入り口で皆タバコ吸ってるんだぜ」と言うと、そいつはにやっと笑って「がはは!誰が文句あるんだ、言ってみろ〜!」だからこれ以上いう事もない。

 

でもってこの親父が「おいTomよ、日本はカジノは合法なんだっけ?」と聞かれて思わず「政府のやってるカジノは合法だけど民間でやってるのは違法だ」と言うと彼はけらけらと笑いだし「日本政府もうまくやってるな、自分だけぼろもうけかい〜」だって。

 

でもって来年あたりの日本でのカジノ解禁の状況を聞かれて石原東京都政などの一般論を話したのだが、この間中とにかく出てくる話はスカイシティを中心としたシティ再開発の話であり、一件が100億円単位である。

 

隣のバーのブースではテレビでクライストチャーチの最近また起こった地震についてアナウンサーが深刻な顔で「この街の再建には更に長い年月と費用がかかるでしょう、けれど誰もがクライストチャーチの復興を願ってます」としゃべっている。

 

けれどこのテーブルの現実は液状化して沈んでしまった街の話ではなく今ある金になる再開発の話なのだ。ちらっとテレビニュースに目を向けた一人の親父は興味なさそうにまたこちらの会話に戻って「ところでさ、このブロック(30m四方くらいの一画)、誰かがまとめて買えば10年後は大儲けだぜ」と笑ってた。

 

まあ荒っぽいというか「俺だけ儲ければいいんだよ」てか、近江商人の三方一両得なんて彼らには理解不能な世界であるが、そんな彼ら西洋人がこの世を支配しているのも事実。

 

彼らは同じ白人でさえ機会があれば狙って食う。ましてやすでにビジネスネタのないクライストチャーチの話など過去の事になっているのだ。

 

白人社会はほんとに食うか食われるかだなって思う。日本のように皆が無条件に信じ合って肩を寄せて一緒に成長しようよなんてのはない。

 

これからやってくる日本人も、この街に来るだけで幸せになれるなんてことは絶対に考えないでほしい。生きている限り戦い続けるしかない、とくに男は外に出て戦うしかない、それが男の仕事だ。

 

日本を出たらどうにかなるなんてあり得ないわけで、そんな甘い考えは「熱いフライパンに熱されて飛び出したらぐつぐつ煮える鍋に落ちちゃいました」となるのが落ちである。

 

ただ少なくとも今どうしようもない「日本」と言う国よりも、オークランドと言うこの街を新たな土俵として仕切りなおして戦うだけだ。

 

ひとつだけ希望があるとすれば、今の日本で価値観が合わない人、何となく日本っておかしいな、そう思ってる人にはこの街の方が戦いやすいということだ。少なくともこの国ではまともな理屈が通じる。

 

それから追加すればもう一つかな、この国は基本的に子供に対して優しい。どのような子供に対しても社会全体が守ろうとしてくれる。今日もあるお客様からうれしい話があった。日本にいる時は不登校だった子供がこちらに行き始めたら学校大好きになったというのだ、もちろん殆ど英語が分からない状態なのに。


ビジネスの社会では乱暴で子供っぽくて段取りも下手で行き当たりばったりの連中ばかりだが社会の底辺はきっちりと社会保障で守り社会の宝である子供は学校と地域で守られている、さあお父さん、あとはあなたが外に打ち出ていくだけですよ!

 



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2011年05月19日

不動産神話

今回の大震災で不動産の評価基準が大きく変化した。つまり今まで通用していた常識がある日突然通用しなくなり人々はどうしてよいか分からず右往左往しながら、やっと新しい常識に慣れてきた。

 

今回は日本の不動産に対する神話=常識が大きく変化した。それは今まで前提とする条件にはあまり考慮されてなかった、つまり地震による液状化、埋め立て地、インフラ崩壊などが現実化してしまい、今後はこれを考慮にいれなければいけないという事が分かったからだ。

 

昭和20年、つまり1945年から1990年までは不動産神話があり、土地の値段は上がるもの、絶対に下がらないと言われていた。そして新築の一軒家を建てれば一人前と言われた時代があった。土地を担保にすれば銀行がお金を貸してくれた。

 

明日は今日よりも不動産の価値は上昇するのだ、そういうことが神話として常識としてまかり通っていた。「なぜ不動産価格が上昇するのか?それは上昇するからだ」という神話だ。

 

こういう常識や神話と言うのは数十年単位で変化している。

 

今も田舎に行けば一軒家を建てれば一人前と言われるのかもしれないが、不動産市場全体を見渡せばすでに中古とリフォーム市場の方が新築より大きくなっている。つまり新しい家を建てる人が減り、人々は今住んでいる家をリフォームしながら終の棲家として利用したり中古市場で割安な住宅を購入する層が表れてきたという事だ。

 

キーウィが日本人の変な癖と思ってたのは新品嗜好である。車にしても「え、中古?」とか不動産エージェントと一緒に回っているとお客が「この家を壊して更地にして新築にすればいいわね」なんて平気で言う。不動産エージェントからすれば「なんでこの家壊すの?!十分に住めるじゃないか、必要ならリフォームすればいいのに、なんで??」である。

 

「いやいやキーウィさん、日本人は何でも新品でないと気に入らないのですよ、奥さん以外は」と言うと合理的思考しか出来ないキーウィには意味不明、とくに奥さんの部分だけは「なんで他は新品なのに奥さんは新しいのにしないんだ?」。

 

たった1千km走っただけの車が新品と比べて大幅に安くなる、大工が自分で建てたデザイナーハウスに数か月住んで売りに出すと「それ、中古だよね、だったら大幅値引きよね」と言い出す日本人の感覚がどうしても理解出来ないのだ。

 

そりゃそうだ、新品嗜好なんてのは何の理屈も存在しない見栄はりみえちゃんの世界なのだが、日本人はほとんど全員がみえちゃんの世界に入ってるから自分の言ってる事のどこがおかしいか理解出来ないのだ。

 

ニュージーランドではモノを大事に使う習慣があるし車の年間販売台数のうち8割以上は中古市場、新車を買うのはよほど儲かってる会社の税務対策か車オタクかって感じだ。住宅市場も同じで、新築なんてあまり見かけない、どこの家も中古で、むしろ地区20年くらいのカウリの木を使った木造住宅なんかのほうが「ほう、20年も使っているのだから安心だ、それにカウリじゃんか」と喜ばれる。

 

5年ほど前にお客様の同行でノースショアの不動産視察をして「このあたりはこれから更に土地が値上がりします」と言うとそのお客はせせら笑って「は!そんな事あるわけないじゃん、土地は買ったらそこから下がるのよ、何言ってるんだか、あなた不動産の事分かるの?」と言われた。

 

結局この人の頭の中では日本の土地値下がり神話しか頭になく、いくら人口動態を説明しても聞く耳持たずであった。だから〜、ここは日本じゃないし日本の常識は通用しないし、これからオークランドは200万人の街に向けて人口増加していくんだからと言ってもダメ、とにかく「そんなことありません、わたしはね、東京で不動産のプロのセミナーにも参加して分かってるんです、不動産と言うのは買った時から価値が下がるんです」の一点張り。

 

あれには参りましたな、本気で信じている人に何を話しても仕方ない、まさに神話の世界の話なのだから。

 

しかし不動産でこうやって常識が変わるんなら日本での生活そのものを覆っていた常識も、ここでもう一度見直してみるべきではないだろうか。

 

要するに日本人が日本と言う国に対して持っている前提である様々な条件がすでに変化を始めているのだ。それなのに自分の生活は変化に対応しているんだろうか?

 

明日も今日と同じ、同じ明日が来ると思い込んでいないだろうか?そしてそれに対して「違うんだ、前提が変わったんだから僕らも生活を変化させなくちゃ」と警鐘を鳴らす人々の意見は無視されて、結局行き着くところまで行きついてから初めて「あ!やばい、ここ崖っぷちじゃん!」と言う事に気づく。

 

崖っぷちで気づく人などまだ良い。社内を渡り歩く能力と社内用稟議書を書くのは上手だけど何のスペシャリストでもなく平凡なサラリーマン、けど自分はこれだけ会社に貢献したんだからリストラなんてされないと思ってた40代中年がある日突然肩たたきされて退社、再就職も出来ず貯金は底をつきはじめ家族には何も言えずに消費者金融で金を借りて「給料」として入れて半年も経たずに行き詰ってしまい、最後は山手線ダイブとなってしまった人たちもいる。

 

けれど不動産神話も日本を覆う日本だけにしか通用しない常識も、その前提となる条件が変化すれば変化していくしかない。変化しない者は確実に滅びるからだ。

 

そのような前提の変化はすでに様々な形で情報として流れている。それを自分のこととして当事者意識を持ってきちんと読み取り消化していけるかどうか、これがほんとに運命の分かれ道である。

 

新品神話、不動産神話、いずれも「時」と言う大きな津波がすべて洗い流していって問題を顕在化させた。これからは東京都内では車はシェアで住宅は賃貸でマンションは中古の低層階で職場から歩いて帰れる距離となるだろう。

 

そしてこれから顕在化するのが「脱東京」だ。すでにケンコードットコムはオフィス機能を福岡に移しているし外資系企業は大阪に事務スペースを確保して、今までのような東京一人勝ちではない時代となってきた。東京でなければ出来ない仕事は東京に残すが、オフィスの賃貸家賃は福岡や大阪に移せば半額以下になるので大部分の作業は地方都市で賄うようになる。

 

そして他の企業も同じように東京を出ていくから「おや、おたくも福岡ですか、お互い近くて便利ですな〜」となれば今まで東京の一極集中だったメリットが薄くなっていく。つまり東京でなければ出来ない仕事が減ってきているのだ。

 

そんな時に資産ポートフォリオの大部分が都内のマンション高層階でローンが残っている場合、かなりやばいことになる。

 

顕在化されていない前提条件の変化は他にもたくさんある。一番大きなもので言えば、数十年と言う長期間をかけて日本の太平洋側が少しづつ沈没していくことである。もしかしたら百年後には日本は地図の上に存在しなくなっているかもしれない。ならば今、自分は目の前にいる家族の100年後の将来の為に何をすべきか?

 

目先の顕在化されていない問題で言えば年金、医療、教育などがある。一部の人にはすでに顕在化しているかもしれないが多くの人にはまだ具体的に年金医療教育が今後どうなるのか目の前に見えてないので行動していない。

 

「出来ない」のではなく「してない」のだ。自分の意思で行動を起こしていないのだ。そして問題が目の前に出てきてから初めてパニックになったように「おれは悪くないんだ、おれはちゃんと真面目にやってきたんだ〜!」と騒いで行動を起こすが、果たして右に行けば良いのか左に行けば良いのかさえ分からない。その結果として残された道は行列を作って崖から飛び降りる作業となる。

 

戦後の不動産神話は崩壊した。不動産を選ぶ常識は大きく変化した。それ以外の要素が変化しないと誰が言い切れるだろうか。



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2011年02月11日

今年も賃上げ

 

875284e4.jpg今年の4月からニュージーランドの最低時給は13ドルになる。

最低時給はすべての業種に適用されるし全国一律なので、日本のような地域別最低賃金とかではない。ちなみに今年3月31日までは最低時給は12.75ドル、去年までは12.5ドルだったから、毎年25セント刻みで上昇していることになる。

 

ぼくが15年前にオークランドで会社を設立したときの最低時給は6ドルだっけな、すんごい安かった。けどそれがどんどん上昇して現在は2倍以上になっている。

 

東京の最低賃金は821円だが沖縄では642円だ。

 

けどニュージーランドではオークランドのマックで働こうがハミルトンのマックだろうがクイーンズタウンのマックだろうがすべて同じ13ドルである。

 

現在の為替レートでいけば13ドルは900円くらい。でも13ドルの肌感覚は日本でいう1300円かな。

 

例えばバスに乗って15分程度で4ドル50セントかかる。バーガーキングのベーコンダブルバーガーセットで8ドル。映画は大人が16ドル。

 

この国は元々社会主義国だったせいもあり労働者に対して手厚い手当を取る。だから賃金はほぼ毎年上昇するし、下がることはあり得ない。

 

また労働者も意識?が高いから絶対にサービス残業なんてしないので、残業したらしっかりその分は手当をもらう。契約時に決めた労働条件にちょっとでも違反しようものなら大騒ぎで、すぐに労基署に駆け込まれるくらい労働者の意識は高い。

 

これが小売業に与える影響は大きく、賃金を上げすぎると経営者が委縮して雇用を縮小させる方向に向かうのだが、それでも最低賃金を上げることで現在働いている人々には恩恵となる。

 

雇用が減るじゃんと言っても、どんな企業でも一定数の雇用は必要であり、雇用されなかった人は政府の失業保険で65歳までずっともらい続けることが出来るから失業者が街に溢れるということはない。

 

日本では失業保険は半年程度で打ち切られ、それ以降は仕事がなければ飢え死にするしかないのでどんな仕事でもなんとか見つけて働くしかないから、企業を首になった中年サラリーマンがコンビニでレジ打ちをするという光景によく出会う。

 

しかしニュージーランドでは65歳まで失業手当が出るので、今の会社も飽きたしちょっとお休みしたいなーと思って退職、半年や1年くらいのんびりと失業保険で食っていくことが出来る。

 

平日の昼間からオークランドのカフェは中年男性をたくさん見かけるが、彼らは大体の場合投資家か失業者だ。どちらにしても食うには困らない状態の人々である。

 

ニュージーランドでは自分が手に汗して働くというのは「労働階級」と考えられており、金持ちになればイギリス貴族のように他人に働かせて自分はのんびりとする方が格好良いって思われてる。

 

なので昼間からカフェでのんびりしている人に「働かなくても大丈夫なの?」と聞くと彼らはのんびりした声で「あ、大丈夫、金に働かせてるから」だって。

 

これが失業者だった場合は「だって政府がおれの納得出来る仕事を用意出来ないんだもん」となる。労働者にとっては働く場所がない=仕事を提供出来ないのは政府が悪い、だから政府が罰金を払うということになる。

 

こんなの日本じゃ考えられない理屈であるがニュージーランドではこれで通る。だからWINZNZ政府のハローワークみたいな機関)がせっせと失業者の為に職探しをしたり政府の金で職業訓練学校に通わせたり、地元の企業に頼み込んで「なあ、悪いけど政府が半分給料出すから、能力のないこの子を採用して勉強させてくれないかな」となる。

 

全く恵まれた制度ではあるが、そりゃそうだニュージーランドは元々労働者天国として作られた国なのだ。

 

1840年にこの国が英国の植民地として開始され三代目のジョージグレイ総督が剛腕でこの国を労働者天国の理念を導入してその後も歴代首相によって最低賃金法、労働組合法、老齢年金、などなど様々な法律を整備していき1900年代初頭には「社会主義実験国家」として世界中の政府から視察が訪れたほどだ。


この背景にあるのは1800年代初頭のロンドンにおけるあまりに酷い労働者搾取にあり、資本主義に疑問を持つ貴族たちが新天地を作り上げようとしたのがニュージーランドなのだ。
 

それからニュージーランドは1960年代までの60年間は世界でトップクラスの裕福な国家となり、当時は英国からニュージーランドに出稼ぎに来る英国人もたくさんいたくらいだ。

 

ただ行き過ぎた社会主義がその後の国際社会で競争力を失うことになり1970年代後半には国家財政が崩壊した。

 

1984年に首相となったデービッドロンギにより市場の自由化、経済開放、国家公務員の大幅削減(8万人を3万人!)を行い、それからやっとニュージーランド経済は復活して1990年代からはまたも豊かな国に戻って現在がある。国家財政で見ると1993年から2007年まで毎年黒字を出している。


けれど国家創設の基本である労働者天国という考え方は変わらないので、今でも労働者、てか国民の基本的権利は見事に守られている。
 

のんびりとした生活、のんびりとした仕事、ミスしても文句言われない労働者、仕事がなくても食っていける人々、これで国家が運営されているわけであり、そう考えたら、やっぱり日本って働きすぎだし労働者への再配分率って、かなり悪いぞって感じですな。



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2011年02月09日

移住の話→宣伝的な記事なので予めご承知おきを。

今月は移住視察のお客様で毎日ばたばたしている。2月の予定表は1日から28日まで完ぺきに真っ黒。

 

日本社会を見て、なんとなく移住という漠然とした気持ちがあった人々が去年一年の日本社会を見て、やっぱダメだこりゃ、自分と家族の人生は自分で守るしかないわなって考え始めたのかもしれない。

 

毎日数件の面談や弁護士訪問、不動産視察、ビジネス売買の打ち合わせ、などなど、スタッフ総動員で対応しているが、こりゃダイエットには最高かもしれないが、ほんっと、疲れる。

 

お客様の将来の話をしているわけでありこちらに来られた後はお隣さんとして十年以上のお付き合いをするわけだから、間違ったこともその場限りの適当なことも言えない。

 

間違った情報で渡航して、あとで話が違うじゃないかと言われ、あげくに元厚労省次官刺殺じゃないけど、視察の結果が刺殺になってはシャレにもならない。

 

ということで毎日いろんな調査をしながらお客様の要望をお伺いして処理していくのだが、その中で感じた事を移住希望の方に一つ提案したい。

 

提案、てか考え方を少し視点をずらしてみたらってことだが、移住って言うと誰もがすぐ「永住権!」と考える。けどそれは条件厳しくて取れないという現実もある。

 

けど実際にはワークビザから入国する方法もある。ワークビザで入国して2〜3年経過して、自分がこの国になじめるかどうかを考えてから永住権を申請すれば取得はかなり容易になる。

 

もちろん闇雲にどんなワークビザ(就労先)でもよいというわけではない。そこには2年先を見据えた戦略が必要だ。逆に言えば戦略を立てて戦いを挑めば勝ち目は高いということだ。

 

要するに右か左かYESかNOか、なんて二元論で考えるのではなく、紐の右端と左端の間のどの位置に自分を置くかである。

 

なんでかわからないが日本ではどうしても二元論で議論して中間を省略する思考方法が一般的であるが、現実は白か黒かではない。ほとんどの事が灰色である。

 

そういうのが嫌いな人種だから仕方ないのはわかるけど、海外に出るのであれば白黒ではなく何%の灰色かってことを理解する必要がある。

 

それからもう一つは、今年行けないから今年は何もしない、行ける時になったら申請すればよいって考え方の間違い。

 

ビザのルールはしょっちゅう変更されている。ニュージーランドが欲しい人材も常に変化している。なのに日本にいる人はそのことを考えない。ルールは不変、くらいに思ってるが、ルールは朝令暮改である。

 

なのでビザは取れるなら出来るだけ早めに取っておくこと。よく皆さんが誤解するのが「え?ビザ取ったらすぐ行かなくちゃいけないんでしょ、けど今年は無理よ〜」である。

 

話は逆である。ビザは取得しようと思ってすぐ取得出来るものではない、時間がかかる。また取得後も入国までの時間にかなりの余裕がある。

 

ビザによっても違うが、例えば150万ドルの投資でビザが取れる投資家ビザは手続き開始から最初の入国までには約2年の間がある。さらにそこからも滞在日数は限定されている。

 

つまり申請しておいて取得して入国するまでに2年あるのだからそれまでに日本で必要な手続きを行えばよいのだ。

 

技能移民も同じで申請から最初の入国まで平均的に2年程度の余裕がある。このように現場では様々なタイムフレームの組み方があるから調整が可能だ。

 

けれど移民希望者が準備出来た2年後頃に「じゃあ申請しようか」と思って移民局のサイトを見たら「あれ?このビザ枠、なくなってるじゃん」となってしまえば意味はない。

 

なので取れる時に取っておくのが基本だと思うしお客様にも常にそう説明している。このあたりは案ずるより産むが安しである。

 

ぼくはニュージーランド国内法で決められた移民アドバイザーではない。法的に規制のないパーソナルアシスタントだ。

 

だからぼくが出来るのは移民局のウェブサイトに書かれていること、弁護士からのアイデアを伝えること、そしてお客様の状況を整理して弁護士に伝えることだけである。

 

しかし実際には弁護士はビジネスを知らずビジネスマンはビザ状況を理解出来ず会計士はビジネスもビザも分からず不動産屋は家を売ることしか知らない。

 

ところが移住の現場ではぼくらのように全体図を描いてどの専門家がどのように仕事を進めていくかが一番大事である。移住なんて自分でも出来る、それは間違いない。問題は費用対効果だけである。

 

ここでいう費用とは移住にかかる費用が自分でやると100かかるとするとぼくらがお手伝いすれば50で済むし移住にかける手続きなどの時間は半減されるし、この道を行けばビザが取得出来ますと足元を照らして道案内するわけだから歩く方も安心である。

 

普段はこんな宣伝的なことは書かないのだが、日本から来たお客様と話をしているうちに、間違った情報で移住は出来ないと最初からあきらめている人が多いのに気付いたので書きました、今日は割り切って「これは広告ページだな」と思ってください。



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2010年06月16日

キャッツ株価操作

キャッツ粉飾:会計士の有罪確定へ 最高裁
 害虫駆除会社「キャッツ」の粉飾決算事件で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)に問われた公認会計士、細野祐二被告(56)に対し最高裁第1小法廷は5月31日付で、上告を棄却する決定を出した。懲役2年、執行猶予4年とした1、2審の有罪判決が確定する。細野被告は一貫して無罪を主張していたが、白木勇裁判長は「虚偽記載を認識しながら適正意見を付しており、元社長らとの共謀が成立する」との判断を示した。
1、2審判決によると、キャッツと監査契約を結んでいた細野被告は、元社長=同法違反で有罪確定=らと共謀。元社長が仕手筋に渡った同社の株を買い戻すために同社から60億円を借り入れたことを隠すため、02年9月期の半期報告書と03年3月期の有価証券報告書に虚偽記載して関東財務局長に提出した。【伊藤一郎】

6月1日の記事なので新聞とは言えないが、これだけ見れば誰も細野と言う会計士が悪い事をしたんだな、だから捕まって最高裁でも有罪になったんだなって思うかもしれない。

けど彼が上告中に書いた本を読んだ僕としては、またも検察及び司法による国策捜査かいって感じ。本人も周囲の人間も皆彼のために証言をして彼が正しい事をしたって言ってるのに、事情を知ろうともしない検察は自分の書いた筋書きを通すだけの為に無実の人間を罪に落す。

一体日本はいつからこんな国になったのだろうか?

もちろん警察だって裁判所だって間違うことがあるから、今だって再審請求があるのは分かっている。けど経済事犯のこのような場合、バカが経済を理解しないままに筋書きを書きまともな人間を捕まえて犯罪人に落としこむ、このシステムがどうしても理解出来ない。

バカはおとなしくしてればよいのに分かりもしないままに人を犯罪人扱いする。バカどもが人間の気持ちを理解出来ないままに大学を卒業してバカに囲まれて誰にも何も言われない状況で権力を持っているからこのような無法な結果が出るのだ。

彼らバカ集団からすれば、「オレ様に逆らった、生意気に本まで出した、それが犯罪だ!」くらいの勢いなのだろう。

しかしそれは間違いである。絶対的な、認めてはならない間違いである。この細野祐二氏の書いた本を読んで検察の訴えの内容を読んで、そして普通の頭で考えれば、どう考えても無罪である。

検察からすれば自分の書いた筋書きに逆らう人間はそれだけで許されない存在であり、逆に言えば権力にぺこぺこする蛆虫どもこそがこの世で正しい存在だと思っているのだろう。

しかしまあ、それをまともに新聞記事にして検察批判をしない新聞って一体なんだ??まさに権力側のスピーカーでしかない。

まさに日本はまともな人間の住める国ではなくなった。今日は思いっきり気分の悪い一日だ。



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2010年06月11日

シドニーでビジネスをしない理由

d638d8e0.jpgよく人に聞かれるのが、何でバンクーバーとかロンドンとかで会社作るのにお隣のシドニーでビジネスをやらないのかって事。

これ、理由はいろいろあるんだけど一番最初に来るのが“この街は過当競争”であるって事だ。

ん?過当競争?ビジネスに競争は付き物でしょって思うだろうけど、勿論品質やサービスの競争については僕は大賛成、どんどんやってけ派ではあるんだけど、そうじゃなくて単なる無知な連中の値段の叩きあいである点がどうしても好きになれないからである。

例えば旅行業。地元の無料情報誌に広告を掲載してるんだけど、大体において書く内容はどこよりも安いとか何でも無料とか、とにかく安い安いの一点張りである。

旅行業と言うのはお客様から手数料を頂いて手配するものと言う基本を全く理解出来てないど素人が自分でも何となく簡単に始められそうだからと旅行業をやっているのだけど、その会社を作る時のお金は結局親からの投資であることが殆どである。

つまり日本のど田舎のどんくせーバカ議員が自分で面倒見れなくなった子供を海外に留学と言う名目で追い出したが、毎日クサやったりまともに漢字も書けないままに大人になった子供が今更日本に帰って来られても地元の選挙民に合わせる顔がない。

そこで子供に「おい、オマエ何か会社やれよ、そしたらオレは“うちの息子は海外で独立起業して社長です!”と威張れるじゃないか」とカネを渡し、バカなガキは親父の本音も理解せずにのぼせ上がって本気で旅行会社を作る。

でもって原価計算も人件費も理解出来ないままに野菜の叩き売りみたいにとにかく「よそより安い!」だけを新聞で連呼して客を呼び込む。

しかし最初から原価なんて考えてないからいくら売れても利益は出ない。そのうちカネが回らなくなると親父に電話してカネ送ってもらう。そして数年して一応「青年社長」と言う呼び名が定着すると会社を適当に誰かに売り飛ばして日本の地元に帰って二代目議員の誕生である。

そういうバカを伝統的に送り込みやすい、つまり授業に来なくても出席した事にして学生ビザを取らせる語学学校や私立大学がたくさんあるのがシドニーであり、ここはカネさえあればバカでも過ごせるから街の本質や内部は一切知らないまま、勿論英語なんて出来やしなくても生きていける。

金があるのだ、英語の勉強とかそんな面倒な事をする必要がないってことになる。

ちなみにオークランドでは語学学校はそういうずるは絶対にしない。お国柄と言うよりも英国のどの階級出身者が創った国かの階級の違いであろう。

そういう街でいくらまともに旅行ビジネスをやろうとしても結局は野菜の叩き売りに巻き込まれてしまい商売は成立しない。

なにせサービスを受ける客も高品質のサービスを期待していないからそんなサービスを提供出来る旅行会社も必要ないしそんな事やってても無駄な経費が出るばかりであるとなって、最後は値段だけの叩き売りになる。

つまり程度の低い客が程度の低い旅行会社とお互いに信頼関係が構築出来ないままに相手の利益をいくら食い潰すかしか考えてないから、そのような街で旅行業をやってもビジネスが成立するわけがないのだ。

これは丁度オークランドで言えば今の不動産業者と同じような状況である。ただしオークランドの不動産業者の程度が低いのは不動産業法による規制が大きく影響してるのに比べてシドニーの場合は法律の問題でなく経営している人間の素質の問題だってところが違う。

じゃあ高級レストランとかやればいいじゃんかって話になるのだろうが、ぼくは自分がレストラン経営の素質があると思ってないし、やっぱり人には向き不向きがある。人生は一回なんだからやりたくない仕事で稼ぐよりもやりたい仕事で飯が食えればそれでよい。だいいちなんでレストランをシドニーでやらんといかんのか、と言う話にもなる。

シドニーで流行ったものは半年から一年後にはオークランドに波及してくると言われている。なのでぼくの中でのシドニーの位置はあくまでも情報収集と美味しい食事が出来る街であり、半年に一回くらい来れば充分かなと思っている。

写真は成田空港出発口で見かけた笑える掲示板。これを考えた人、本気で「お洒落な警告」だと思っているのだろうか?


tom_eastwind at 17:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年06月06日

大工がシェフに

d13d323d.jpgニュージーランドに限らずだけど、海外に来ている日本人で勘違いが目立つのは、自分が能力あると思い込んで、それを主張する事がカッコいいと思ってて、それがガイコクでは当然!みたいに信じている人。

特に給料を貰う立場の人で何かの資格を持っている人は、すぐに「私はxxの資格がありますから」と言うけど、おいおい、大工の資格を持っててもうちはレストランだよ、料理作る資格じゃないと意味ないんだぜって説明するのに時間がかかる。

そういう人は普通に平気に「何故ですか、わたしは大工の資格があるのに、何故駄目なんですか?」と本気で聞いてくる。

恐らく今の日本の学校教育か両親の教育か本人の無能かのどれかが影響しているのだろうけど、「資格と給与は連動する」と言う部分だけが頭の中で反芻されており、「その資格とこの仕事は関係ない」と言っても分かろうとしない、てか本当に分からないようだ。

東京で説明会をしてても気になるのがここであり、日本で一流大学を卒業して一流銀行あたりで仕事を10年くらいして年収が1千万円くらいある人は殆どの場合この事実を認識出来ない。知ろうとしないってんじゃなくて、子供の頃から親に擦り付けられた考えがどうしても抜けない、つまり洗脳が解けてないのだ。

仕方ないのでそういう人には現実を見せる事にする。

「よっしゃ、あんたは立派!じゃあ今から一流のレストランのオーナーの電話番号を教えるから、あんたがいくらの給料なら採用されるのか、是非とも聞いてくれ。もちろんオレからの紹介だと言って貰って結構!」

電話の結果は常に同じであり、レストランのオーナーから「うちは大工はいらねえよ、で何?料理出来るの?出来ない、あ、役立たずだね、手に職をつけてからもいちどおいで」で終わり。

同じ日本人であるぼくに言われても絶対に信用しようとしなかった彼は、キーウィのオーナーに真実を伝えられてやっと現実に目が覚める。

たまたま大工を例に取ったが、どんな職業でも同じである。現場が求めているのは即戦力となる人であり、他のどんな無意味な学歴をいくつ持ってても意味はないのだ。

移住は決して簡単なことではない。なのにそれを簡単にしようとか、今の地位と年収をそのまま守った上で移住しようとか、そんな裏道はないって。現実は厳しいのです。

今読んでる小説も邦銀から外資に移籍して高給を貰いながらも毎日が修羅場という人生を歩いている人の話だ。

この主人公の場合、まだ運が良かった。日本の普通の銀行員は、世界標準で言えば「ガキ」にしか過ぎず全く使い物にならない。一生自転車で中小企業を回ってお金を集めるだけの集金マシンにしか過ぎない。

そういう現実を知った上で自分の労働者としての価値をしっかり理解すること、これが海外に出るための第一歩だ。




tom_eastwind at 17:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年05月18日

オークランドの欠陥住宅

NZdaisukiで下記の記事を読むことが出来る。

★記事全文★
水漏住宅物件の修繕費に関して、一軒につき国と地方が25%ずつ負担するという総括案の提案を、政府は発表した。住宅のオーナーは50%を支払うが、政府保証の銀行ローンを受けることもできる。

補助総括案は、水漏住宅物件の所有者にとっての経済的な救助策になる、とKey首相は話している。

以前の提案では、政府負担は10%であった。今回は、地方政権がこの案に賛同する場合に限り、提案改修を進める。

この提案を進めた場合、今後5年の間にかかる政府の費用は10億ドルを超える見積もりとなる。

被害住宅のオーナーは、この費用補助を受けるか、あるいは現在の論争を引き続き行うかの選択をすることになる。

オークランド市長John Banksは、地方政権がこの政府の申し出に賛成することを確信しており、すでに他の市長とも会話を交わしている。オークランド市にとっても、政府と同額の10億ドルの費用がかかるというのが、Banks氏の見積もりである。

ウェリントン市長Kerry Prendergastも、この補助総括案には基本的には賛同しており、政府にとっては最高のオファーだということを認めている。Prendergast 氏は、ウェリントンでは被害物件と見なされる約4000件のうち200件は解決済みとされるが、 1億2000万ドルから、2億4000万ドルと見積もっている。
★全文終了★

http://www.nzdaisuki.com/


住宅問題については4〜5年前から「欠陥住宅」であることはちょっと建築知識のある人なら分かっていたことだ。とくに僕が日本から来た建設関係に従事するお客様と視察をすると、彼らは本当にびっくりした顔で「ええ!こんなので家?アパート?」と言ってたのを思い出す。

日本では新築住宅が欠陥なんてのは考えられないが、こちらの建築市場やキーウィの仕事に関する専門性のなさを考えれば必然的に「そうなるでしょ」って感じだ。

それでも一軒家はまだまし。何故なら土地が残っているからそこに価値がある。ニュージーランドでは購入した一軒家の場合、大体半額が土地の評価額である。

けれどアパートの場合は土地が付いておらず、建物が欠陥だった場合はレントに出す事も出来ず、購入金額全額を丸損とするか、購入金額と同じくらいのオカネを払って再度作り直すかと言う悲惨な事になる。

更に問題なのは、ちっちゃなアパートだと日本のマンション管理組合みたいなものがないから、全体で修理すべき欠陥をある人は「おら知らねえ」と言ってしまえば法律的に強制執行も出来ないしだれがオカネを払うのだってことになる。

オークランドの不動産市場は確かに景気が戻り始めているけど、あいも変わらず欠陥住宅問題は後を引いてるのが現状だ。


tom_eastwind at 03:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年05月15日

駐車場

トヨタ自動車の社長が愚痴った言葉に「うちの技術陣はヴィッツを作らせてもレクサスにしてしまう」というのがある。

これは別にトヨタ技術陣だけの問題ではなく日本人がその遺伝子として持っているものである。そしてそれは海外の日本食レストラン市場で大きな影響を与えている。

最近新しく韓国人ファミリー経営の定食屋が出来て、オフィスから歩いて2分なのでそこで丼モノとかてんぷらうどんを食べている。

このお店、たまたま僕が使っている駐車場の真下にあるのでスタッフには「駐車場でメシ食ってきます」と言うと眼を丸くされてる。

味は良い。値段も手頃。料理も早い。何せおかずが全部ショーケースに入ってて、丼に入った白ご飯を持ってるお姉さんが「はい、おかずは何にする?照り焼きチキン?」と聞いてきて2品の肉を載せると次は「はい、それで野菜は何がいいの?」と今度は野菜をどかっと載せて出来上がり。

長いカウンターの右端から料理が出来上がる左端までが1分と早い早い、でもってカウンターの一番最後に控えているのがお勘定場に立っているおじちゃん。こりゃサブウェイ方式だ。

お客は殆どがキーウィで、料理を見ながら「ねえ、これって韓国料理?」と聞くとスタッフは「じゃっぱにーず!」と答えてる。ふむふむ、え〜?!

確かに食材は肉と野菜とご飯だからこれで日本食は作れる。けど、照り焼きチキンにスパイシーチキンにスパイシーポークとかの上にそのまま生のレタスや玉葱とかをサラダとして載せるんだぜ、そりゃないだろ。

などと思いながら、それでも昼時になると地元ビジネスパーソンでごったがえすので商売としてはうまい方法だと思う。

オークランドに住んでいるとこんな感じで中国人や韓国人が経営している「日本食レストラン」を見かけることが多い。日本食レストランの数は多分100軒以上あるだろうけど、日本人が経営しているお店はおそらく20軒くらいではないか。

面白い事にこれはオークランドだけの現象ではなくバンクーバーでも香港でもシドニーでもどこでも、とにかくなんちゃってが多いのだ。

彼ら中国人や韓国人からすればアジア人の顔の区別がつかない白人相手に商売をする時は日本人の看板を持ち出してニホンショク!と言うほうが「かんこく!」とか「ちゃいな!」と言うよりも高い値段付けが出来るし最近健康志向の白人からすれば脂っこい中華や肉肉っぽい韓国料理よりもニホンショクが選ばれる傾向が高いのも事実。

そこでニホンショクレストランを経営するのだが、ビジネスモデルは勿論彼らのやり方なので日本の持つ独特の“やっていい事わるい事”なんておかまいなしだし“こだわり”はあくまでもお金だけ、だからなんちゃってニホンショクレストランが世界中で広まっているわけだ。

そういう現状を見た日本人が言う事は99%同じである。

「なんだこりゃ!こんなもん日本食じゃねえ!」
そして、
「だったら本ちゃんの日本人がほんもんの日本食を作ってやるぜ、美味しいものを食わせて日本の味を教えてやるんだ!」

となるのだけど、肝心の客である白人が白身魚を出されると全部同じ味にしか感じないし、第一白身魚の香りを嗅ぐことが出来ない人ばかりなので、いくら職人が頑張って美味しいもんを作っても「ふ〜ん」で終わり。

でもってここが本題なんだけど、日本人が持つ品質へのこだわりがあるから、日本人の経営するレストランはどうしても一定の費用がかかる。良い食材を仕入れて料理に手間をかけて綺麗なお皿に盛り付けて、とやるのだ。

ところが競合店舗はそんなのおかまいなしで使い残しの食材でも平気で次の料理に出すし客の食べ残しがあればそれも利用させて頂く吉兆精神である。

おまけに働く人の給料は低いし何でもかんでも交渉で値切るし、食材に至ってはまさになんちゃって中国産を平気で使う。

だから日本人から見れば明らかに「なんちゃって味」なんだけど、お客からすればそんなの知ったこっちゃないから安くて美味しい?ニホンショクレストランに行く事になるのだ。

でもって結局日本人が経営する日本食レストランは淘汰されてしまい、その街のニホンショクは中韓市場に制覇されてしまうのだ。

海外で頑張っている日本食レストランの為に日本政府認定マークを出そうと言う話があったけど結局それはお流れになった。

だから日本人がこだわりを捨ててヴィッツはヴィッツなりに作ってくれれば良いのだが、どんな安いレストランでも日本人が経営しているといつの間にかヴィッツをレクサスにしようと無意識に行動している。

まあこれは日本人の特質であり文句をいう事もないのだが、海外で日本食レストランを展開する事の難しさは、実はその日本人自体にあるのだってのが、笑っていいやら泣いていいやら、やっぱり「はあ〜っ」とため息をつくしかない。



tom_eastwind at 17:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年04月20日

早寝早起き

今週からは純粋に仕事が忙しいので又も夜10時前就寝プランの導入。

これは実に効果的でここ数ヶ月実に重宝している。

これを思いついたのはサトナオブログで佐藤さんが一緒に酒飲んだ相手がどっかの学校の先生で、この先生が宴席の盛り上がってる最中の10時前に突然「じゃあ帰りますね、皆さんごゆっくり!」と爽やかに帰っていった場面を見たからだ。

彼は自分の脳みその最高率的活用をする為には10時就寝が最も良いと考えており、それを宴席で実行しただけなのだ。

だけど普通なら「おいおい、しらけるz」となるところだし、実際にサトナオさんとしては少し?だったみたいだが、ぼくから見ればなんちゃらメソッドを作って田舎の小学校だかの学力をぐーんと伸ばした「実績のある人」がやっている事だったので、よっしゃオレもやってみようと夜早く寝ることをやってみたわけだ。

するとこれが実に効果的!翌朝起きた時の脳みそは、まさに一点の曇りもない青空!すべてが見渡せる状態になる。何でもよく見えるし気持ちよい。

特にこれがぼくにとって良いのは夜にあんまり考え事をし過ぎない点だ。

余計な事をあーでもないこーでもないと考えずに、無理にでも自分の体を10時前にベッドに押し込めば翌朝の爽快感は、まさに、おおそうかい!(冗談にしてもおやじですね)

実は読みたい本もたくさんあるけど、考えたい事もたくさんあるけど、早寝モード時はあえて読まないし考えない。

10時過ぎも本を読みながらお酒を飲むってのは実に竹林の七厘、じゃなかった七賢みたいに贅沢だけど、現場で仕事をしているとそんな贅沢をしてはいけない。

ぼくにとっての優先順位は仕事が一番である。(あえて家族と言わない理由があるのでが後述)

ぼくしか出来ないことを通じて会社を運営する、その結果としてお客様が幸せになりお金を払ってもらい、そのお金でスタッフや関係者全体がやりがいとか給料とか勉強と言う点で更に幸せになる。

そして僕には出来ない税金の再配分と言う仕組みを、僕の会社が政府にPAYE(源泉徴収)やGST(消費税)を払うことで毎月何百万円かの税金が納入され、それが政府の再配分によってお金を必要とする人々に回っているのだ。

そして再配分の恩恵を蒙るのがうちの二人の可愛い子供であり奥さんであり、ぼくの家族全体が治安、医療、教育という面で安心していける点がこの国の一番良い点なのだ。

そう考えると付加価値を創造していく経営者の立場ってのは結構重いわけである。しかしこれで適正適所を考えて僕自身が

ヽ惺擦寮萓犬砲覆襪茲
共産党幹部になるより
1ν磴砲覆襪茲
ぅ汽薀蝓璽僉璽愁鵑砲覆襪茲

たぶん今の仕事が一番合っているのだし社会貢献出来るのだと思う。

だからこそ一年前のようなライフスタイル、つまり夜遅くまで本を読み、面白ければついつい夜更かしをしてお酒も飲んでるし翌朝は寝不足になるから結果的に頭が働かずに効率が下がるというONとOFFの区別がないのは僕的によくないのだ。

もちろんそういう生活が得意な人もいるだろう。作家やモノ作りをする人はONもOFFもないほうがいいのかもしれない。

けどぼくの仕事の内容からすればそうではないってだけの事。

もちろんその代わり、今日は休みと決めた日は朝6時からでも好きな本を開いてずっと読むし、翌日は仕事がないって夜は遅くまでゆっくりと古典を読みたい。

結局こういうONとOFFの切り替えさえ出来れば、かなり人間の効率は上がると実感している今日この頃である。

陰山先生、ありがとであると言わねば失礼に当たりますね。

珍しくガッコのセンセにモノを教えてもらいました。という事で今日も10時前には寝ます。

ちなみに陰山先生のほんちゃんの方のメソッドが良いかどうかは、やった事がないのでそのうち時間が出来たら考えて見ます。


tom_eastwind at 19:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年04月03日

イースター二日目

今はオークランドを出て香港に向う機内。

イースターのせいだろうオークランド空港も随分混雑してて荷物検査は行列で通り抜けるのに20分ほどかかった。

イースターホリデイは人種や宗教に関係なく国家の祝日なので堂々と休めば良いのだが、その理由がキリスト復活のお祝いってのはかる〜く引っ掛かるとこもある。

けどまあ日本に住む米国人がお盆休みを取るようなものだから、世界全体で考えればプラマイゼロってとこか。拘るよりも気にせずにお休みを取ればよいものだ。

だからってわけでもないんだろうが香港に向うキャセイ航空も満席で、キリスト教信者はどの程度か分からないが隣に坐ってる白人のおばさんは持ち物からしてクリスチャンだろう。

香港で乗り換えてインドに行く雰囲気の人々はヒンズー教かな。でもって半分くらいは中国人なので、これは仏教徒か共産党か拝金教であろう。

じゃあ日本人はどうなのかって話なのだが、一般的に日本人は「私は無宗教です」と言う場合が多い。けどそんな事を米国人に言えば「え!君は宗教がなくても生きていけるのか?」と思われるだろう。

けど殆どの日本人は無宗教ではなく実際にはどんな宗教でも受け入れる雑教だと言うのが正解ではないか。これは元々八百万の神を信心してるから神様が何百人いても気にしないし、その場で相手に合わせることが出来る。

山に行けば山の神、海に行けば海の神を敬う事で1万2千5百年まの縄文時代から生きてきたんだから、たかが2千年前に出来たキリスト教なんて軽いものだ、クリスマスに利用させてもらいますぜ。

お寺の墓参りでは仏教徒になり神社で結婚するときは神道に永遠の愛を誓い(後で離婚したら笑ってすませる)、お盆休みは海外旅行を楽しむことが出来る日本人てのは実に融通無碍で、宗教に縛られる事がないから楽っちゃ楽ちんですな。

その分これと言った宗教を持っていないから心の拠り所がないって時でも大丈夫。

寂しければ新宿に行けば朝まで誰かが相手にしてくれるし会社に行けば仲間がたくさんいる。まあ会社は過去の事だけど。

ニュージーランド人がそれほど宗教色が強くないのはやはり本国である英国がカソリックやめて国教会とかプロテスタントになったりで、同じキリスト教でも様々な信心の方法があると認めているから日本の不信心をあまり気にはしていないようだ。

それと追加で言えば英国からニュージーランドに移住してきた人々は英国内でも中流階級にあたるし教養もあるので、米国の一部のキリスト教原理主義者に“わたしの神を信じろ、疑いを持つな”と言われて「あ、はいそうですか」と素直に納得することもないのだろう。

色んな宗教が乗り合わせているキャセイ航空だから食事も一切の肉を食べないベジタリアンから鶏肉ならOKってのとか、麺を大好きな中国人のためにカップヌードルも用意してある。

とくにインド系の食事はベーガンくらいに激しく肉製品が一切受け付けない人も多く、彼らの食事は予約の際に予め注文を受けておいて、他の料理よりも一足先に出てくる。

まあ誰が何を信じるかとか何を食べるかってのは本人の自由だし誰も彼らの趣味を僕に押し付ける事はないので気にはならない。

ただ唯一、これって宗教の問題じゃないかなってのはニュージーランドの料理のまずさである。

何故ニュージーランドの料理が1980年代までまずくて、何故英国の料理が今も不味いかってのは、彼らプロテスタント系の人々は神様との契約で労働の義務があるのと欲望を抑えて贅沢はしないのが根底にあるからではないかと思う。

肉はがちがちになるまで焼いて塩と胡椒を振るだけ、芋をふかしてせいぜいがグレービーソースをかけるくらい。メシが食えるのだ、これ以上の贅沢はないんだからこれ以上贅沢にする為の料理方法を考える事がすでに神様に対する冒涜である、みたいな感じ。

しかし1990年代になって中華料理や日本料理が取り入れられるようになってニュージーランドも随分食生活が豊かになったと思う。

最近のレストランは和洋中の味を取り入れた料理が流行りであるし、食事を楽しむってのがOKになって宗教と同じくあんまり一つの形に拘らない融通無碍な多文化社会が発達しているのだと思う。



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2010年03月27日

友愛と民主主義の結果

95c846bb.jpg民主主義の根幹にあるのは全員参加の政治である。全員で情報を共有して同じ情報を皆が自分の価値観に合わせて評価して、自分の意見を述べる。

最終的には多数決原則が導入されるが、これが嫌ならその国を出れば良いし、今回は自分の意見は通らなかったけど他人の価値観もよく分かるから納得もする、次回は自分の意見を述べてみようと、そのまま国に残る人もいる。

そしてある程度国民が増えるとさすがに話し合うことも多くなり直接民主主義では効率が悪く適応しなくなるので、今度はそれぞれの国民が自分の意見に合った代表を選挙で選び、代表同士で議論をさせる「間接民主主義」が導入されて、そこで選挙によって選ばれた人が議論をぶつけて最終的には多数決で決定していくものだ。

ではこの民主主義方程式のどこに問題があるのか?民衆が自分の事を自分で決める民族自決主義であることに何の問題があるのか?

実はこれ自体は問題ない。けどこれも地球温暖化と同じで、理屈は立派なんだけど運用においては細部にたくさんの技術的な問題点があり、正確な答を導き出すには日本人が得意とする、てか他に解決方法を知らない「YESかNOか」では絶対に答が出てこない仕組みになっているから本当の問題がうまく隠されている、困りもの方程式なのだ。

では逆に聞いてみよう。もし本来は全員が共有すべき情報が一部にしか流れず多くの人が知らない状態で何かを判断するとなったらどうだろう。または情報を操作して多くの国民にはわざと一部の事しか教えずにそこで判断を要求した場合はどうなるだろう?

例えば第二次大戦当時の朝日新聞は、日本が戦場で負ける度に「勝った勝った!」と報道した歴史的事実はある。新聞に書いてある情報がすべての人々からすれば、戦争で勝っているんだから政府はもっとイケイケ!となる。もっと戦地にヘイタイを送り込め、鬼畜米英をやっつけろとなる。

現実は日本軍はミッドウェイで大敗しガダルカナルで部隊が殲滅させられソロモン諸島で空母が沈められ、次々と太平洋から撤退していったのだ。

けれどそんな事実を知らない国民は、目先の情報で判断して、誰も停戦や交渉等を言い出す人は(殆ど)いなかった。

さあ、あなたは朝日新聞で毎日書かれている「日本勝利!アジア解放、鬼畜欧米の植民地からアジア人民を解放、正義を実現するまで戦い抜きましょう!」の記事を読んだあとに「お前はどうするのだ!」と言われたら、どうします?

与えられた情報で判断する限り、どうやっても「お、おお、おれだって戦争賛成だ!」としかなりませんよね。

それに更に警察権力が国家に反逆する人々を逮捕虐殺しては「アカは狂信的テロリスト集団である!」とやってるのを目の当たりに見て、誰が「これ、おかしくない?」と言えるか?「君、死にたもうなかれ」なんて言ってられないんだ。

結果的に国家が情報統制を行い警察が国家の手先として活動した場合、その国では民主主義は機能しなくなり、民主主義の名前を借りた独裁国家となってしまう。

これが民主主義国家での情報公開の何よりも大事な点であり民主主義の根幹をなす部分であるからジャーナリズムが一定の発言力をもてるし憲法でも発言の自由を認めているのだ。

それでも民主主義を導入している場合、選挙という方法で独裁政府をひっくり返す方法もある。これも民主主義を担保する素晴らしい仕組みだ。

けどここにも裏がある。選挙は実は操作出来るのだ。

皆さんは選挙のたびに政党が相手側のスキャンダルを暴露したりするのを見てるが、正しい情報かどうかが判らないない状態スキャンダルが事実なのか、政治家の発言が「どこかの国」に操られていないってのをどうやって見分けるのか?

テレビ局で偉そうに話している評論家と呼ばれる連中が中国寄りの発言をする時に、彼が中国からお金をもらってないなんて誰が保証出来るか?(実際には左翼は中国からの金を受け取っているのは社会党が存在した頃から明確です)

またその反対に親米派と呼ばれる評論家や学者や政治家が米国から操られ、米国からある時はお金を貰い、ある時は逆らって殺され、ある時はどっかの官僚のように米国の物覚えが良いおかげで中央官庁で出世出来て、そんな事実がないって誰が保証出来るか?

要するに選挙の際に行われる政党や政治家の発言も、それが本当に国民の為になることを訴えているのかどうか、それを判断する情報も基準もないってのが選挙の問題点なのである。

つまり自分たちが主権者のように思い込まされているが、実はそれが巧妙に仕組まれた情報操作と政治家操作によって、その後ろにいる世界の大国の意志のままに操られていることを気付かないそんな状態で選挙に参加しても、正しい答を出せるのか?

スキャンダルとテレビや新聞を利用した情報操作で常に自分たちのお気に入りの政党が勝つように仕組む事は決して難しいことではない。すでにある程度世間では知られているが、読売新聞の中興の祖である正力松太郎氏はCIA要員だったし、岸元首相も同様に米国の指示を受けていた。

ここで一つ断っておかねばならないが、日本の戦後の政治家はそれほど単純でもバカでもない。そして官僚たちも素晴らしい知能と教養を持った人々であった。

戦争に負けた彼らは米国の強さを知り、面従腹背と言う方法で時にはCIAのお手伝いをしたり時には米国の意志を「社会党がですね〜、反対なんですよね」とかうまく言い訳を作って日本国家を再生させたのだから、それは独裁主義が成功したという意味では稀有の歴史であり、それは正しく評価されるべきだと思う。

ある情報を隠しある情報を誇張し選挙では常に自民党が勝つけど野党としての社会党は温存させて、米国と中国と言う二大大国の間で渡り歩いたのだからたいしたものである。

ただしそれでも、情報操作と利益誘導という部分においてそれは民主主義ではなかったという点では事実なのだ。

時に世間は皮肉なもので、そうやって世界中の国を支配しようとしていた大国に逆らい、日本でも国民の圧倒的人気を得て選挙で勝って国民を洗脳から解かせようとする政治家も出てきた。

ここで出てくるのが米国のCIAによる国家操作、つまり実力行使である。

まずは米国に従わない政治家に「独裁主義者」と言うレッテルを貼る。レッテルを貼るのはその国の「学者」や「評論家」や「マスコミ」と呼ばれる、何らかの理由で米国から利益を得ている連中だ。

彼らからすれば自分の(例えば米国によって作られた女性問題や賄賂)スキャンダルをばらされても困るし、黙って米国のいう事を聞いてその流れに沿って発言すればカネが貰えるのだから文句はない。

日本国民?あんなバカども、どうでもいいよ、僕ぁは優秀な大学を出た賢い学者だし日本社会のためにずっと役立ってるんだ、そんなボクの生活は日本国民より大事なんだって理屈である。

そして次がいよいよ実力行使、CIAによって作られた政治家スキャンダルをバンバンとメディアに書かせるのだ。人間なんて面白いもので、嘘でも100回繰り返せば信じてしまう。

スキャンダルを半年くらい繰り返して、いよいよ国民も「それって、事実なんだろな」って思った頃に検察が動いて政治家を逮捕して件(くだん)の政治家を排除するのである。

日本は田中角栄がスキャンダルでやられ、小沢も刑務所の塀の上をぎりぎりのところで歩かされた。

日本のことを考えて行動した田中を売ったのは田中の子分であった竹下元総理などだが、田中はそれ以来生きている間は売国奴である彼らに目白御殿の敷居をくぐらせる事はなかったという。

中にはスキャンダルで自殺したり大国の狭間に挟まれて殺された政治家もいる。

それでも日本はまだ可愛いもので、一応それなりに米国だって「日本ってのは国民それ自体が非常によく働く奴隷資産であり、あの国は地下資源がない」と知っているからそれ以上の過激なことは仕掛けなて国家を転覆させるような事はしない。だってそんな事して社会構造が破壊されたら儲からないもんね。

太平洋の反対側にいる日本人を兎小屋に住まわせて始発から終電まで働かせて土日も働かせて年休も取らせず生まれた子供の運動会も参加出来ずに、おまけにその子も企業戦士にしてしまい、とにかく親子ともに馬車馬のように働かせる。

そして奴隷からの搾取で得た利益を様々な形で米国に還流させて、米国人はプール付きの豪邸に住んで毎日家族とゆっくり食事をして土日は友達とゴルフを楽しんだり子供の野球大会に参加したりバカンスで欧州旅行に行ったりするのだ。

そりゃそうだ、日本は資源がないのだ、だったら奴隷貿易で儲けるのが一番ではないか。

その為には奴隷が反乱を起こさないように息抜きのために飲み屋街を作り売春宿を作り警察は目をつぶっておいて、ついでに週末はギャンブル禁止の国で政府がギャンブルを運営して奴隷の鬱憤を晴らさせるのだ。

奴隷のような状況に追い込まれた人間は、酒と女と博打があれば大体において反乱は起こさない。そんな危険なことをするよりは黙って働いて溜めた小銭で飲み屋で女相手に威張ってれば良いのだ。

白人のこんな声が聞こえそうだ、「おれたちゃ英国人の血を引く奴隷貿易のプロですぜ、人心操作なんて簡単なもんだ!」


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2010年03月11日

こんな天気の良い日に

0c6af8a1.jpgこの写真は香港上海銀行(HSBC)の受付から見えるワイテマタ湾。

この時期になると世界中から客船がやってきて、今朝も客船からちっちゃな通関を通って観光客が降りてきているのが見える。



男性は半ズボンに明るい色のポロシャツ、足元は白い靴下に運動靴、首からカメラをぶら下げてサングラス、頭には野球帽(Cap)と誰もが制服のように決まった格好、けど女性はそれぞれにカラフルでカジュアルな格好を楽しんで、夫唱婦随で楽しそうだ。

「こんな天気の良い日にね〜」

これが今朝一番のHSBCでの会議で最初に発した言葉。期せずして彼も同じことを考えていたようで、
「ほんとだよね、まったく」
と返ってきた。

そう、今日はあまり楽しくない話題でHSBCとの会議である。

ニュージーランドに興味を持ってもらうのは有難いのだが、殆ど情報がない中で現地の法律も知らずに闇雲に不動産を買ってみて、後になって日本と法律の違いにびっくりして手放したい、けどそれが簡単にいかないって言っても、そりゃ後の祭りですぜ。

でもって祭りの後始末がこちらに回ってくる。うちの会社のような存在はある意味日本人にとっての駆け込み寺的な面があり、うちも費用さえ貰えばどんな交渉でもやるけど、それにしても日本人の契約観念の薄さには時々頭が痛くなる。

日本国内でやる分にはある程度消費者保護や仲間内の常識で“なあなあ”や“まあまあ”で通ることもあるが、外国では大体の場合において通用しない。

書類にサインした後に「ところでこれって何の書類ですか?」って、順番が逆ですよね。最初に書類を読んでからサインしましょうぜ。

後になって「聞いてない、知らない、分からない」なんて言っても、あなたがサインした書類は「不動産売買契約」だし弁護士に通訳入りで説明を受けて弁護士の目の前で「わたしは不動産に関するすべての情報をしっかり聞きました」と言う確認書類にもサインをしているんだし、銀行でも「あなたがやろうとしている事はこういうことですよ」と説明を受けているのだからどうしようもない。

そのどうしようもないものをどうにかならないかと交渉するわけだから、HSBCの担当者と僕は顔を見合わせて「こんな天気の良い日にね〜」となるのだ。

ニュージーランドの不動産市場は基本的に右肩上がりである。昭和の日本と同じで、どんどん人口は増えているしオークランド周辺に移住者は集中しているし、世界的にある程度以上の人々は積極的に国境を移動する生活をすることになるから、この状況がこれから最低でも10年間は続く徒予想される。

なので不動産については右肩上がりと言う神話が出来上がっているしそれは事実なのだが、勿論市場原理も働いているから過熱し過ぎれば調整もある。ある時期、例えば去年前半は不動産価格が20%程度下がったこともある。

けど今年になってまた価格は上がり始めているし、10年単位で見ればのこぎりの歯のようにぎざぎざを刻みながらも上昇している。

住宅価格が上昇する一つの理由は、ニュージーランドが世界経済の中で動いているからだ。

日本の工場が低賃金の労働力を求めて中国に工場を移しても、暫くすれば中国の人件費が上昇する。そうすると低賃金が中賃金になる。こうやって賃金はいずれ平準化する。

難しい方程式を書き始めるときりがないけど、風が吹けば桶屋が儲かる式で世界レベルで見れば時間はかかるけど賃金や物価はある程度収斂されていく。

その過程ではニュージーランドのように低賃金の国は賃金が上昇するし、住宅が世界的に見て安ければ上昇する。

その意味でニュージーランドの不動産を長期的に見れば投資対象としては良いと言える。何よりこの国では不動産売買に税金がかからない。無税で売買が出来るのだからこれは魅力的である。

なので長期的に保持をして住宅売却の利益=CapitalGainを狙うのであれば問題はない。

ただそこに日本の常識を持ってくるから話がおかしくなる。

「不動産が値上がりするなんてあり得ない!」

「新築しか価値がない!」

「中古住宅の価格が上がるわけがない!」

などなど、「今の日本」では30年前の日本では土地も値上がりしていたのをすっかり都合よく忘れて「今の話」しか言わない人が実に多い。

いくら説明しても聞く耳を持たず、とにかく「あり得ん!」を繰り返しておきながら、けど実際にニュージーランドに視察に来て不動産視察をすると今度はいう事が正反対になって「不動産がいい!」となる。

そしてこうなるとまたも人の話も聞かずに何でも買おうとする。

やめとけっつうのに不動産屋(最近ますますこの手のセミナーが増えた)にうまい事言われてその気になって、まるで中学生の小娘レベルである。

てか、最近の女子中学生はもう騙されないだろうから、小学生の男子児童レベルと言うべきか。

けどその不動産を誰がどう管理するのか、維持管理費はどの程度なのか、問題が起きた時にどのような法的措置が取れるのか、そういう大事な部分を「売りたいだけの」不動産屋に全部任せてしまう。

不動産屋は売れれば後は知らないんだからその場では「はいはい、何でもしますよ出来ますよ」と調子の良いことばかり言いながら、もちろん売れた後は「知らん。そんなもん自己責任でしょ」となる。

そこでドツボにはまるのは動かしようのない商品、つまり不動産を買ってしまった投資家である。

誰に貸せば良いのか、修理はどうすればいいのか、家賃の納税はどうするのか、最終的な出口である売却はどうすればいいのか、などなど問題は山積みとなる。

そしてある日、いよいよどうしようもなくなった時、ふと見た月刊ニュージーランドの広告で当社の存在を知り電話してくるってことになる。

僕は仕事だからどんな案件でも受ける。ニュージーランドと日本にまたがる問題であれば、ほぼ100%の割合で問題点を発見して解決する自信はある。

しかしそれはあくまでも顧客がその解決方法で納得してくれた場合であり、どうしても自分のやり方でないと嫌だとなれば、これはどうしようもない。

なので最初に案件の内容を聞いて、顧客がどこまで妥協出来るか、どれを捨ててどれを残したいか、優先順位をしっかりと決めてもらう。そこで初めて当社がお手伝い出来るかどうかが分かる。

今回の案件は更に複雑であり、HSBCの担当者も「こ、こんな複雑なのは初めてだぞ、どうすりゃいいんだこりゃ〜」って頭を抱えている。

こっちからすれば様々な選択余地がある。例えばA案、例えばB案、みたいに。

銀行とすれば出来るだけもめずに片付けたいけど、出来るだけたくさんの回収をしたい。そりゃそうだね銀行さん、けどさ、あなたも優先順位を付けようよ。

ちなみに今交渉している部署はクレジットデパートメントである。ここの人々はあまりネクタイをしていない。

銀行の表の顔となるセールスデパートメントのスタッフは全員ネクタイ着用だけど、銀行の裏の顔にあたる彼らの仕事は、英語で言えばクレジットデパートメントなんてかっこいいけどクレジットカードを発行するわけではなく「貸した金の回収」が仕事である。

だから債務者相手に「こら、どうなっとるんじゃい」が主な仕事なので、夏の暑い日の南太平洋の小島のちっちゃな街で借金取りをしている彼らにネクタイは必要ないとなるのである。

さて今日の話し合いは結果的に「またちょっと考えてみるわい」である。彼らにとっても複雑に権利関係が絡んでおり下手に何かやって後で裁判起こされるのも嫌だし、だからと言ってカネの回収は絶対だし、さあどうしよって感じである。

お互いにプロとしてやりあっているので感情的になることはない。けど隙を見せればすぐに相手のわき腹に短剣差し込むくらいの真剣さはある。

「お前、今こう言ったよな、いい間違いなんて言わせないぞ、おれ、聞いたからな」みたいのから始まって「おい、お前どうもモノの言い方悪いよ、お前と交渉したくないからウエの人間出せよ」とか「あのさ〜、ない袖振れないのは分かってるだろ、お前のことはToughNegotiatorだってお前の上司に言ってやるから早いとこ納めようぜ」まで、甘辛なんでもあり。

具体例を書けないのが残念なくらいだけど実に多様な表現が飛び回り、間違いなく英語の勉強にはなる。

まっすぐな米語と違い英語の場合は日本語と同じように最後の最後に今まで話してた事を全部ひっくり返す事が出来る。こういうのをお互いに何発もかましあいながら相手の顔色を見ている。

最初に相手に良さそうな話をしておいてどの時点で相手が「にやっ」とするかを見極めて最後の言葉で「〜じゃないんだけどね」とやって、それでがくっとした相手の顔を見て、考えている落しどころを見極める。

けどこれを乱発するとかえって相手の反発をくらって、「もういい、お前とは話をせん!」になってしまえばこれまたダメダメである。

こんなのを真夏の太陽がぎらぎらと照りつける南国の小島の海辺に立ってるビルの中で朝一番にやるんだから「こんな天気の良い日にね〜」となるのである。

2時間ほど話し込んでから、相手もボスと打ち合わせしてから返事をくれるとのこと。

“Ok, see you soon” と言う僕に対して彼はにやっと笑って“Hope NOT! “だってさ。



★ あ、そうだ、これだけは日本の方に言っておきたい。

今の日本は猫も杓子もエコエコって言うのに、何で住宅は今で使えるものを壊して「新築」にするのか、この意味が不明である。

“もったいない”なんて言葉が外国人に使われて喜んでいるけど、だったら中古住宅を買って中古車に乗りましょうぜ。「え〜、気持ち悪い」なんて言ってるうちはエコなんていわないほうが世界的にはYESだと思いますぜ。

そう考えたらニュージーランドはエコエコなんて騒がれなかった時代から古いものを何度も修理して使うような習慣があるので、よっぽどエコですぜ。


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2009年12月31日

博多 花山 2009

cdb4117a.JPG花山2009

雪のちらつく博多の街、800年の歴史があるお宮の前に60年の歴史を持つ屋台「花山」に2年ぶりに家族で顔を出す。冷たい風や小雪が降りこむ屋台で、備長炭で焼かれた焼鳥を楽しむ。

子供たちは皆メニューを覚えており、牛タン、サガリ、勿論シロ、四つ身、とにかく立て続けに焼き鳥を注文する。

日本語の出来ない竜馬くんも「すみまっせん、こっれ、ちょだい!」と一生懸命注文している。

それにしてもここの大将はたいしたものだ。日本を支えているのは結局このような人々なのだろうと思う。こればかりは、店に行かないと説明しようがないほどだ。

仕事に一生懸命で、儲かるよりも客を喜ばせて世の中を幸せにさせて、客からの「美味しい!ありがと、また来ます」って言葉を一番の報酬として受け取り、幸せがぐるぐると回っている感じ。

実際に花山の場合は地域社会の中の一つの集会場となっている。いまだにウェブサイトもないし電話もないし広告もしないけど、その店に集まる人は皆が何十年単位の付き合いだ。

父親に連れてこられたちっちゃな子供がラーメンを食ってその美味しさにびっくりして、焼鳥を食べてその味の純粋さにびっくりして、そんな子供がそのうちオトナになって彼女を恐る恐る連れてくる。

これから一緒に生きていきたい彼女は、ぼくの原体験を理解してもらえるかな、そんな感じ。整地してない地面に風の吹き込む屋台が乗っかる。けどそこで焼かれる食い物はすべて本物。本当に海水から取った塩を使って一切の余計なものがない焼鳥を焼く。

そして彼女にOKを貰って結婚、その後は自分の子供をつれてくる。「大将、この子にラーメン作ってやってください」となる。

こうやって何代も続く屋台でありながら、新入りを排除するような厭らしさはない。常に新しいお客に対して明るい笑顔で「にいちゃん、何食べる?!」って聞く明るさは、やっぱり今の大将の個性であろう。

このような人々はファイナンスビジネスを学ぶ機会もないけど学びたくもないだろな。だってカネを儲けることよりも楽しい事を知っているんだから。

2年前も家族でこの屋台にやってきた。今年もここに来れたのが幸せ。すでに2晩通っているけど、たぶん明日の昼もここで食べるだろうな。

雪のちらつく博多の街で家族と過ごす幸せ。花山を知っていると言う幸せ。そして、独身時代に酔っ払って店にかよいずいぶん迷惑をかけたこの大将のところに、自分の奥さんと子供を連れて行ける喜び。

博多。

いいな〜。うれしいな〜、なんか繋がっている喜び。

2009年も今日で終わり。今年もお世話になりました。


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2009年09月24日

博多のうどん

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ロンドンから福岡へは結果的に福岡で3泊滞在となった。

 

ロンドンから香港経由東京の航空券を福岡行きに変更する際はさすがに電話で手続きしたけど、それ以外のホテル変更などはすべてインターネットで行った。

 

文明の進歩ですね。

 

福岡到着の初日は雨でそこからもずっと雨の予報だったけど、結果的には二日目から薄曇、そして晴れとなり、おお、おれやっぱり晴れ男じゃんと思う。

 

ロンドンでも毎日青空が広がってて、なんだ、薄暗いロンドンってイメージと違うよね、なんでイギリス人はニュージーランドにわざわざやってきたの?と思わせたくらい。

 

けどまあロンドンの場合は食事をすると移住したくなる気持ちはよく分かる。イギリス人が世界制覇を狙ったのは食い物目的なのだと言われても充分に納得出来る味である。

 

だからと言って1840年代のニュージーランドの食い物が美味かったわけではない。食材としては美味しいのだが、そこにイギリス人の味付けをすることで想像も出来なくらい不味い料理に仕立て上げたのだから。

 

もちろん今のロンドンはそれなりにきちんと食える和食があるしオークランドでは結構美味しいものが食える。

 

しかしな〜、やっぱり福岡に来ると食い物の美味さが桁違いである。

 

福岡に到着したのは夜の9時過ぎ、荷物を片付けて近くのコンビニに寄ってカレーパンとかしわおにぎりとウイスキーを一本買って、部屋に戻って船戸与一の満州国演戯第五巻、「灰塵の暦」を読みふける。

 

しっかしまあ、たかだと言っては失礼だけど、コンビニのパンとおにぎりでもこれだけ美味い。添加物たっぷりは理解しているが、非常食として考えれば実に高品質と言える。

 

真夜中でもお近くのコンビニに行けばあっと言う間に当面必要な物が全部揃う。ある意味あれって自宅の冷蔵庫と物置代わりの存在だ。その冷蔵庫に美味しい食べ物が24時間詰まっているのだから、こんな贅沢なことはない。

 

空気ってのは、なくなって初めてありがたみを感じるのだろうけど、今の日本人は自分がどれだけ贅沢な立場にいるかを分かっていないのではないかと真剣に思う。

 

そして翌朝。僕は福岡では朝ごはんはホテルで食べない。ホテルの入ってるキャナルシティのすぐ横にウエストと言ううどんやがあるのだけど、ここが朝ごはんの行きつけ。

 

ドライブイン形式で店の前に車が駐車出来る独立店舗で、一階がうどんや、二階が焼肉やになっているこの店は、基本的にファミレスのファストフードって位置付けかな。

 

けど、何よりもここで飯を食うのは、単純にそれが美味いからだ。美味い不味いには人それぞれの基準があり、ロンドンのイングリッシュブレックファーストが最高と言う人もいるだろうし香港のお粥が最高と言う人もいるだろう。

 

英国式朝食が美味しいかどうかは別にして香港のお粥、あれは確かに美味い。だから香港では朝食は下町のお粥を食べる。

 

けど福岡では何と言ってもこのウエストのうどんである。讃岐うどんほど堅くなく、かと言って大阪のうどんほど柔らかくなく、その中間の、ぼくにとって程よい腰のある太麺とつゆの甘さ、それに乗っかってくる具材の豊富さ。いや〜、福岡はファストフードでもここまで美味いのである。

 

今朝は何にしようかなとメニューを見ながら目移りするが、今朝は肉うどんに生卵トッピング。この店が何よりもウレシイ隠れた一番の理由は、うどんにネギが乗っからないことである。

 

ネギが全く食えないぼくは麺の注文をするたびに「すみません、ネギなしでお願いします」と注文するのだけど、要望が100%通るわけではないのは経験で理解している。

 

ネギが乗っかったうどんがテーブルに来るたびに、持ってきた店員さんとぼくはお互いに哀しそうな眼で見つめあうしかなくなる瞬間がいつも辛い。

 

ところがこの店ウエストでは、ネギが最初からテーブルの上のカンの中に入っており、好きなだけ入れてくださいというのが標準。だから何も言わなくてもネギなしのうどんがやってくるのだ。

 

安心して注文が出来ると言う心安さは、これがもう味よりも何よりもお店を好きにさせてくれる大きな理由である。

 

でもって博多名物なのかな、かしわおにぎりを一個注文してからレジの隣にあるおでんを取りに行く。狙いは牛スジ。これを2本取り上げて、ちょびっと辛子をお皿に付けて自分の席に戻り、さっそくがぶっと食べる。

 

うまいな〜。それにしても、何で福岡の食い物はこうもうまいのか、そんな実感をさせる瞬間である。そしてすぐに持ってきてくれた肉うどん卵落しとかしわおにぎり。

 

うどんつゆを一口飲み、風味が口中に残っている間にかしわおにぎりをがぶっとガジる。

 

うっまいな〜。おにぎりの米粒とつゆが程よくからみ口の中で華やかな和の彩を広げてくれる。

 

日本人でよかったな〜、ほんとにそう思う一瞬である。

 

味覚ってのは面白いもので、西洋人は白身魚の味の区別が出来ない。中国人は日本式の米の美味さを今だ理解していない。そして日本人はいまだに牛肉の醍醐味を知らない。

 

もちろん明治からの西洋礼賛と牛肉信仰とマグロの霜降りが混ざって出来た霜降り牛肉が美味いと本気で信じている日本人が西洋人にどうこう言えないだろうし、中華料理に合う渇いた米の美味さを理解出来ない日本人が中国米をどうこう言う権利もない。

 

けど、しかししかし、日本式の米はその用途、つまり日本食と合わせた時に絶大な力を発揮するのだ。

 

とくに魚から取っただしで作ったうどんつゆと日本式に炊いたご飯でそこに鶏肉味を浸み込ませたかしわごはんとなると、こりゃもう「な〜んも言えん」美味さになる。

 

そして味付けした薄切りの牛肉がなんでこんなにうどんだしと合うのか、誰か科学的に説明してほしいくらいだけど、この相性がまたとても良い。そう、牛肉は厚めに切るとごろごろ感があってうどんやご飯には合わないしその味付けも大事なんだろうけど、この薄さが牛肉の強さをほどほどに押さえてくれて実に調合の良さを表現してくれる。

 

そこにかしわめしと牛スジを程よく合わせながらうどんのツユをまじえて口の中でほぐしていくと、こりゃもう極楽。

 

スジとかしわと牛肉うどん、日本人でよかったと本気で思う瞬間である。



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2009年06月23日

香港初日

オークランド空港では大体出発前に「葉山」で食事を摂るようにしている。

 

機内食、あまり好きではないのだ。

 

だからと言って葉山が素晴らしく美味しいわけでもなく、それでも座席に押し込まれてブロイラーのように食べるよりはかなりましって事。ここのメニューに最近加わったのが、カウンターで自分でお皿からとる形式の焼鳥や魚フライ、鳥のから揚げなどである。

 

いかにもB級だけど、これが結構いける。魚フライなんて大ぶりで、ちょいとお醤油を付けてぱくっと食えばそこはもう日本のビジネスマン向け定食屋。

 

がらがらっと引き戸を開けてガラスカウンターの中に並んでいる「本日のおかず」を適当にトレイに載せて「おばちゃん、これ温めて」と頼んで、出来上がる間にご飯と味噌汁を注文する。

 

さばの味噌煮とか塩さばとかアジフライとか豚の生姜焼きとか、温かいほっこりとしたご飯と一緒に食べれば箸が進む進む、もう止まりませんって感じ。

 

やっぱり上品な白身魚のソテーとかフレンチよりもアジフライの方がいいよね。第一飽きが来ない。毎日食べてもいいくらい。

 

そういえば僕はカレーでもアジフライでもお醤油派。アジフライにお醤油でもかなり変な顔をされるけど、カレーにお醤油をかけた日にはもう非国民扱い。

 

何で?カレーにお醤油は駄目なのか?それってあなたの地域の人がたまたまソース派または何もかけない派なだけであって、日本を探せばカレーに醤油って人もたくさん居ると思うけどな〜。

 

とか何とか日本の昔を思い出しながら魚フライをぱくつく。ちなみにこの魚はHOKI。白身で鯛のような堅めの肉質ではなくあっさりしっとりした肉身で、ぼくは好きだ。

 

キャセイ航空の午後便は13:40出発なのでチェックインを済ませて食事すれば丁度良いタイミングで搭乗開始アナウンスが始まる。

 

今回も幸運でビジネスクラスにUpGradeされてた。チェックインの際に何気なく座席番号を見たら12Kなので、カウンターの係員と二人で「今日はらっきいでい!」とおしゃべりした。

 

けどこれもある意味航空会社の策略である。オークランド−香港間はいつも満席になることが多く、そうすると誰かをビジネスに移動させないといけない。

 

ところが乗客の多くは家族やカップルなので彼らをUpGradeさせようと思ったら2席同時に必要出し尚且つビジネスクラスで並んで2席とか取る必要がある。

 

その点一人旅であり窓際に坐る必要のないビジネスマンは、ビジネスで席が空いてればとなりが巨体のおっさんでも問題なく移動してくれる。その上でこれで喜んでもらえれば次回もキャセイを利用してもらえるんだから一番楽チンである。

 

オークランド−香港間がいつも満席なのは元々が予約システムの問題でもある。航空会社の座席販売は実際の座席数の120%を販売する。つまり満席になれば自動的に20%程度オーバーブッキングするような仕組みなのだ。

 

それでも120%と設定しているのは、予め急な予約取り消しが頻繁に発生するから見込みで多めに予約を受けているのだ。

 

でもって実際に全員が乗り込むようになったら僕のようなお一人様をビジネスクラスに移動させる。どうせ空気を運ぶならエコノミーを一席売ってそこに坐ってた人をビジネスに移せば利益になるのだから効率的と言える。

 

割引エコノミー航空券を購入してキャセイのビジネスにしてもらい、更に運が良ければファーストクラスのシートに坐れることもある。わらしべ長者の現代版かいな。

 

オークランド-香港間は2クラスで販売しているのだが、機体のやりくりをする中で欧州路線に配備された飛行機がニュージーランド路線に来るとファーストクラスが設備されているので、ビジネス料金でファーストとなるのだ。ちなみに飯とサービスはビジネスもファーストも同じ。

 

この日の香港は大嵐の天気予報だったのが、雲が足早に香港上空を抜けたのだろう、ぼくが到着する夜の9時には星と雲が交互に夜空の中に浮かんでた。

 

本当ならこの夜に合流する予定だった日本からのお客様が急遽便名変更で翌日になったため、自由行動開始。



tom_eastwind at 22:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年06月22日

安心社会と信頼社会

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池田信夫ブログの中で取り上げられていた記事のテーマ。

 

これはまさに海外で仕事をするぼくとしてはずきっとするくらい頭の中に入ってしまう理屈である。

 

 

 

長いので前後は省略するけど、池田信夫ブログ  

 

★抜粋開始

これは山岸俊男氏の一連の研究でもおなじみの定型的事実で、ゲーム理論で合理的に説明できる。日本のような安心社会では「一見さん」を仲間に入れないことが長期的関係のレントを維持する上で重要なのだ。しかしこれはネットワークを広げる上では不便なので、まず相手を信頼して取引し、裏切り者は法的に処罰するのが欧米型の信頼社会である。

★抜粋終了

 

日本で取引をしようとすると、まるで取引をしたくないのかと思わせるくらい参入障壁が高い。紹介はあるのか、取引先銀行はどこだ、日本で支店はあるのか、どんなビジネスをしているのか、挙句の果ては株主構成???

 

おいおい、そんな外見で取引が始まるようならバブル期以降の日本の大不況と超大手企業が倒産する現状は一体どういうことだ?

 

これに比べて西洋人との取引は、シビアではあるが間口が広く敷居が低い。良いものであればどんどん買ってくれる。その代わり切るときも早い。

 

日本の地方の革新的技術でも東京では採用されず、米国で最初に採用されてそれから日本に逆輸入された技術が多いのも、まさに日本の企業間の「参入障壁」である。

 

けど、ここまで学術的に言うよりも更に前段の、もっと低いレベルに今の日本企業の問題がある。それは「自分で考えて評価する能力がない」と言うことだ。

 

自分がバカでありながらバカであるという事を知らないから自分の判断が正しいと思い込む。ところがその判断の根拠と言うのは全く意味のないものであったりする。てか、かえって社会の成長を阻害するような内容であったりする。

 

その結果、折角の技術が潰されていくのが日本である。更に問題なのは「安心」と言うネットワークで繋がってしまうと、自分が相手を信用するのでそこから先相手のやることを疑わなくなる。

 

また自分がネットワークの中にいるとそれだけで「安心」だから、それ以降何の勉強もしなくなる。

 

日本の大学等まさに良い例だ。一旦中に入ればあとは努力の必要なしという組織が、日本には実に多い。

 

ところが西洋社会では転職等当然だし現場に入ってからも毎期ごとに実績を出さねば相手にされない。ビジネスを拡大する為にはリスクを取って全く見知らぬ市場に参入する必要もある。

 

けどその分新規市場の勉強もするし日常に置いても自分の知識を磨くために様々な分野の人と話をしたり本を読んだりする。

 

そうやって日頃自分を磨いているから、見ず知らずの人間が来て話をされても理解出来るだけの素地があるのだ。それが相手を信頼出来る素地なのだ。

 

こっちが何の知識もなしに相手のいう事をはいはいと聞くのは盲信であり、これは日本人の陥りやすい癖。

 

それと池田ブログの抜粋の最後の部分に書いている「裏切り者は処罰」と言う考え方も、組織を守る為には権力の行使が必要だし、権力を行使するだけの実力があるから言えることだ。もちろんこれには大前提としてキリスト教的倫理観念が必要だけどこれを書くと長くなるので省略。

 

日頃は組織の中で安住して何もせずに、さあ会社が新しいことをするぞとか外部から新しい提案があってもその意味が分からずに結局すべてを駄目にしてしまうのが最近の風潮ではないだろうか。

 

日本の場合、企業に限らず村社会でもどんな社会でも、とにかく通過儀礼のときだけきちんとすれば後は大丈夫、どうにかなるさと言う発想が強すぎる。

 

だから技術がどれだけ優れていてもこういう外部との摩擦によって成長する部分がないから、結局外部に一番美味しいところを吸い取られてしまう。

 

「存在感のない日本」と言うことばがぼくの頭の中にある。

 

安心社会が日本一国で続くなら逸れも一つの選択肢だと思う。世界が日本でしかなかった鎖国時代なら、その中で安心で生きてこれた。同じ価値観と同じ文化の中で生活できた。

けど今はもうそんな時代ではない。否が応でも門戸は開かれているのだ。

 

そんな時に恐れて萎縮して何もせずに食われて、それで周囲が悪いと批判したって誰も救ってはくれない。自分で自分を磨いて社会に向って外に向って戦っていくしかない時代なのだ。

 

かと言って再度の鎖国は今更不可能である。少なくとも経済的には利益よりも不利益の方が圧倒的に多い。それでも政府が鎖国をするとなれば、その理由は政治的安定のための人心掌握だけでしかない。政府は損はしない。何故なら鎖国で損をするのは国民だからだ。

 

自分を磨いて未知の世界に飛び出して向い傷を気にせずに突っ込むか、それともオストリッチのように目の前にある問題に眼をつぶって何もせずに砂の中に頭を突っ込むか。

 

安心社会はもう存在しないのだ、それくらいの気持ちでないと生きていけないのだ。西洋人と真っ向から立ち向かって対等の立場で仕事をしようと思えば、こちらも理論や技術や文化で武装をする必要があるのだ。

 

まあ最終的にはどちらを選んでも自己責任。ただ、後になって「あいつ、いいよな」なんて、間違っても言ってほしくない。自分が選んだ道なんだから。

 



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2009年06月20日

フィッシュ!

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北朝鮮の貨物船が米国のイージス艦に追っかけられそうだ。2年前のマカオの銀行閉鎖の時よりも今回の方が迫力あるな。すぐに軍事行動に繋がりそうな雰囲気だ。

 

かと思えばイランでは先日の総選挙で大勝利を収めた大統領に対して反対派が暴動を起こしている。

 

イランの事件はどう見ても米国との繋がりを感じるな〜。それも米国が二つに割れて、オバマ大統領を中心とする対話派と軍部などにいる強硬派がそれぞれイランに対して違う仕掛けをしているようだ。

 

そんな北半球の様子を南半球の平和な国からインターネットで眺めながら、今日もショッピングセンターで魚の値段を見たりしている。

 

流石に冬なので気温も12度と低いけど太陽が燦々と輝いているのでそれほど寒さを感じない。

 

てか、周囲の人たちがサングラスにTシャツで過ごしているからますます寒さを忘れてしまう。

 

鯛が1kgで32ドル。けどお店によって全然鮮度が違う。あるお店では鯛のフィレットの上に直接細かい氷をぶっ掛けている。あれじゃあすぐ氷が溶けて魚の身の中に染みこんで水っぽくなってしまうよ。

 

焼けば何でも同じと思っているのだろうけど。この国ではサシミ文化が入ってきたのが10年程度だし白人がサシミを食べるようになったのも最近のことだから、あまり区別がつかないのだろうけど。

 

ちなみに白身魚の味の違いを理解出来るのは日本人と韓国人だけという。ちなみにうちの奥さんは白身魚の味の違いをあまり感じないそうだ。

 

日本人だって風邪引いて鼻づまりしてる状態で白身の区別は難しいかもしれない。

 

青酸カリのアーモンドの匂いを感じることが出来るのも10人のうち半分くらいでその原因はDNAと言う話をスカーペッタ本で読んだことがある。

 

味はどうやらDNAにも関係があるのかもしれない。牛肉の脂身を有難がって「霜降り最高!」なんてのは、あれは味自体ではなく周囲が美味しいというから自分も美味しいと思い込むレベルの話だけど、魚については日本人のDNAがあるんではないかと思う。

 

日本人が普通に知識を持って普通に扱えば、今のニュージーランドの魚流通は劇的に変化するし品質は一気に向上する。

 

買い物客2今やってる真っ最中の魚プロジェクトはいよいよ第三段階に来てる。次は新流通システムを現地の水産会社に提案する。これがOKになればまず3〜4ヶ月の会社立ち入りトライアル期間を経て本格的に新流通システムを導入するようになる。

 

新流通システムには同時にMAORIの若者の雇用改善と海外輸出による外貨獲得という2面がある。

 

意外と知られていないがニュージーランドの農業の殆どはMAORIが権利を持っている。例えば日本が南太平洋でマグロを取る時にニュージーランド政府と毎年漁獲高の交渉を行うのだけど、最終決定権を持っているのはMAORIだ。彼らがOKと言わなければマグロは獲れない。

 

これは元々ワイタンギ条約に端を発する。1840年に白人とMAORIが条約を締結した際に白人側は「土地はすべてMAORIのもの、これを白人が買うことが出来る」とした。

 

ところがその条約にはLANDとPROPERTYの解釈の違いがあり、その解釈の違いを見つけ出したのが1970年代のMAORI運動の活動家である。

 

当時のMAORI活動家は大学で法律を学びMAORIの権利復活に向けた活動を行っていたが、この条約の解釈によって漁業権、伐採権などニュージーランドのPropertyMAORIのものであることが正式に裁判所で認められて、それ以降MAORI裁判所やMAORI省が設立された。

 

今回ぼくがカウンターパーティとして組んでいるのがまさにその当時の活動家やその後を継ぐ新しい世代の人々である。

 

最近はMAORIの権利が多すぎるとして既得権益を削減する方向になっているが、それでも漁業についてはMAORIの権利が100%である。

 

魚ビジネスについては最初はオークランドで技術を確定させてニュージーランド全体の水産会社で流通システムを導入していく予定。

 

けどこんなもん、日本人からすればそれほど難しくはないけどキーウィやMAORIからすれば「信じられない」となる。

 

要するに日本人のDNAに染み込んでいる魚の扱い方と美味しい魚の味と、何よりも「きれいに使う」「ていねいに使う」「もったいない」を長い間に実践してきた結果だろう。

 

魚ビジネスで新しい会社が出来ればこのビジネスモデルをベースにして漁業ファンドを組む予定。ニュージーランドに関心があって何かニュージーランドと関係を持ちたいと思う人に案内していきたい。

 

けどそれよりも何よりも、やっぱり日本人の持つ技術力の高さをキーウィに見せることが出来るほうがうれしいね。ようするに日本人でいる事がうれしい瞬間である。

 

そしてこうやってビジネスを広げていけば、そこに新たにニュージーランドにやってくる人の職場や起業の機会が作れる。これも実は大きなポイントだ。

 

魚に限らず他のビジネスも展開が始まっている。先週行われたFOOMAという展示会でも色んなネタが入ってきた。

 

日本には本当に素晴らしい技術がごろごろしているが、これをカネに替える、つまりビジネスにして利益の最大化を図るという部分が本当に弱い。てゆうか技術者によってはお金の話を「聞きたくない!」ような人もいるようだ。

 

ニュージーランドは周囲をすべて海に囲まれた、まるで日本のような島国である。獲れる魚も日本と非常に良く似ている。

 

今回の魚ビジネスで日本の技術とニュージーランドの自然の恵みが合体して雇用や経済貢献に繋がれば関係者全員にとってHAPPY! 三方一両得という当社のビジネスモデルと見事に一致してくれる。あとはいかに関係者全員に彼らに納得してくれるように説明をするか、である。

 

偉そうなこと言ってるけど、UPした写真を回転させる方法が分からない・・・。

 

 



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2009年06月04日

水漏れ工事

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NZdaisukiからの記事全文

 

アパートの水漏れ問題

 オークランド北部OrewaにあるアパートNautilus apartment towerが水漏れ問題に直面している。

 

 開発者であるRick Martin氏は建物に問題があることを認め、水漏れ専門家に調査を依頼した結果、Nautilus towerを建設したBrookfield Multiplex社に責任があると話した。

 

 Martin氏によると、アパートのメンテナンスが適切に行われていなかったのが今回の水漏れの原因で、Martin氏の会社Cornerstone Groupに一切責任はないとしている。

 

 これに対してBrookfield Multiplex Construction (NZ)の代表であるDan Ashby氏は、建設作業は何年も前に終了しており、現在までに苦情などは出されていなかったと反論し、会社に責任はないと話している。

 

 国内の水漏れ問題は過去9年間で30,000から80,000件ほどあるとみられており、Nautilus towerのような高層ビルの水漏れも何件か確認されている。Nautilus towerの修理には1900万ドルもの費用がかかるといわれており、そうなれば国内の水漏れ修理では過去最高額となる。

 

社会   200961

 

そうでしょうな。

 

「そうでしょうな」と言う意味は、

 

1・国内の水漏れ問題

 

水漏れに限らずこの国では人の失敗を許すと言う文化が根付いてる。

 

当時に小学校から培われた「Try&Error」と言う考えで、駄目もとで何でもやってみようと言う失敗を恐れない文化もある。

 

この二つの文化が一緒になると何が起こるかと言うと上記のような水漏れだ。

 

つまり、ここ数年は建築ブームで随分たくさんのアパートが建設された。

 

その為に忙しい現場では「よっしゃ、工事の数をこなすためにここ、少し手抜きしてみよう」と言う確信グループから、工事の裏側の補強を理解しない日曜大工が「お!ばっちりじゃん、この出来上がり!」と表面だけ見て喜ぶ手抜き工事に繋がり、あちこちのアパートで問題が起こったのだ。

 

シティ内のアパートでも随分たくさんの訴訟が起こっている。けど誰も「オレ、知らないもんね」となる。

 

そりゃそうだ、こっちは自分なりに一生懸命作ったんだから失敗しても文句言うなよという文化がある。その上に、すでに飲み食いや車の購入や海外旅行に使った金を今更返せるわけもない。

 

だからその結果として買い手から何を言われても「知らぬ。おれは悪くない」となるのだ。

 

素人が参入しやすい為に技術水準が低い、その上に腕の良い建築業者は大きなプロジェクトの商業ビルや子供の頃からの付き合いの友達の丁寧に作る一軒家に取られてしまい、アパートには優秀な建設業者は集まらないのだ。

 

ついこの間も建設のプロの方が来られてて、その日本人からすれば信じられないような工事程度であったと唖然としていた。

 

だからアパートの水漏れだけじゃなくって、社会の仕組みが水漏れになるように出来てるってのが問題。

 

この「失敗を許す」と言う気持ちと「恐れずにやってみる」のが良い方向に向かえば人々が笑顔で過ごせるのだけど、専門家が必要な状況に置いても日曜大工が出てくる、つまり悪い方向に向かったのが今回の事件であるといえる。

 

今回ってか、ここ1年くらいで続けて発生しているもんね。アパート購入は当分見送りをお勧めします。



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2009年05月17日

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「おまえのように日本語が出来る奴がいて良かったよ」電話で話しているだけなので、おっちょこちょいなんだろうな、このキーウィの彼はぼくのことをすっかりキーウィと思い込んでいるようだ。ま、そのうちアクセントで分かるんだろうけど。

 

電話だとどうしても細かい話が伝わらないしおまけに音声が悪いので彼が誤解してしまうのも仕方ないんだろうけど、不動産屋さんってのはやっぱり忙しい仕事だから、あんまり相手の背景なんて考えてる余裕もないんだろうね。

 

もうちょっと落ち着いて仕事をすれば良いのにとは思いながら、東京の売主さんとの間を繋いでいる。

 

今日は香港に行ってる奥さんの代わりに不動産の仕事だ。日頃あまり携帯電話を使わないのだけど、一度不動産の仕事を始めると、そりゃもうケータイがじゃんじゃん鳴り捲り。業種が変わるだけでこうなるんだから、面白いもんだ。

 

★抜粋開始

現在の住宅販売事情

 ニュージーランド最大の不動産業者であるHarcourtsが、他の地域の住宅価格が下がっている中、オークランド北部の住宅価格は上昇していると発表。

 4月に売買されたオークランド北部物件の平均売値は$536,0003月から6万ドル上昇しているほか、セール中の物件やオークション、入札数も上昇しているという。

 Harcourtsは全国的に見ても売り上げが昨年の4月からの1年間で44%も上昇しており、オークランドとクライストチャーチ市場は特に活発だという。

 Real Estate Instituteも全国的な物件価格の中央値が 5万ドル上昇し、価格、売上高が共に安定してきていると報告している。

社会   2009516

     抜粋終了

      

NZdaisukiに出てた記事。大体ニュージーランドの新聞記事は斜めに読んで丁度良いくらいで、実際の現場の雰囲気を伝えてないのが多い。てか、でっちあげがかなり多い。だからきちんと背景を理解して読まなければどれがでっち上げか分からない。

 

日本の新聞が「お利口さんのボーイスカウト」だとすれば、NZの新聞は「英語の綴りがきちんと書ける野蛮人」だろう。

 

共通しているのはどっちもバカってこと。けどまあ今回の記事の不動産価格については同意見。てか、新聞に書かれなくても知ってるしって感じ。

 

最近急に不動産を売る人が増えて、特にノースショアに行くと「え?この家でこの価格?」ってのが目立つ。

 

要するに今までは冬だった不動産だけど、そろそろ春が来たからちょいと高値で市場に出して見ましょうってことだろう。

 

だから出された金額でまともに買うのは得策ではない。けど駆け引きは上手にしないと相手を怒らせてよい値段が出せない。

 

このあたり、結局は阿吽の呼吸であるが、日本人には難しいだろうな、今の相場。

 

★閑話休題★

 

今読んでる小日向白朗の「馬賊戦記」でもしばしば出てくる記述だが、とにかく日本人は自分の経験と理解の範囲内でしか物事を考えようとしない。

 

例えて言えば地球の周りを宇宙が回っていると信じている状態では、それ以外の事実をどれだけ説明しても聞く耳を持たないし、第一理解出来ない。

 

香港時代もそうだったけど、現場や現地に染まるってのが出来ないのが日本から派遣されてきた連中の特徴だろう。

 

とにかく東京感覚だから何を話しても話が「かまない」。彼らは結局自分の器の中ですべてを処理しようとするんだけど自分の器自体がちっちゃいという事を知らない。

 

これがこわっぱ程度なら良いけど、会社とかである程度の地位の人間がこれをやると、もうその組織は可哀相なものである。せっかくの優秀な若者がどんどん潰されていくんだから。

 

オークランドでも同じである。現場や現地を知らずに理屈ばかりを並べてる連中。あいつらほんとに、それで満足しているんだろうか?自分の無知と馬鹿さ加減の上に座り込んでるだけなのに。

 

今もそういう大きな組織の末端の連中と話をしているのだけど、まさにバカの骨頂である。自分が何をやっているのか分からないままに机にしがみ付いて歯を立ててがりがりやって「俺が仕切ってるんだ〜」みたいな連中。それでいて本人はエリートと思ってるんだからやってられん。

 

ここ、組織の頂点の人間と話をする機会があったので、そのうちかたをつけにいこうと思ってる。

 

それにしてもxx通だとかニュージーランドがdaisukiです!だとか、薄っぺらい話が飛び回る時代になったもんだ。



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2009年04月08日

御代は一億円

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旅行業が従前の形態のままでは生き残れないと書いたけど、じゃあ具体的に何をすれば良いのか?

 

殆どの旅行屋にはその答が見えてないと思う。何故なら顧客視点でものを見てないからだ。

 

例えば1億円のツアーを作れるか?御代が一億円だ。

 

たぶん旅行業関係者であれば作れない。けど発想を変えれば作れる。

 

旅行業者は自分のことを旅行業者と思い込んでる。それは良い、けどその旅行業者の領域については思い切り勘違いしている。

 

旅行業者とはお客様の要望に応じてホテルと食事と移動手段をパックにする事だと思ってる。

 

違う。全然違う!

 

僕らの仕事はお客様を幸せにすることであり、日常生活から解放してあげることなのだ。

 

いつかは誰でも自分の家に戻る。そしたらどんなお金持ちでも殆どの家庭では奥さんが台所に立って味噌汁を作るだろう。旦那は庭掃除をするかもしれない。

 

けど、旅のあいだはそれが不要だ。その解放感だけでも全然気持ちが違う。

 

そう考えれば、高級ホテルを選んで宿泊なんて発想はすでに頭がちがちの心が貧しい発想だ。

 

例えば一ヶ月ニュージーランドで過ごすなら、ミルブルックゴルフリゾートで別荘を買えば良いではないか。

 

好きな時間にオークランドからクイーンズタウンに行ける様にプライベートジェットを手配すればよいではないか。

 

クイーンズタウンでの移動手段はBMWのZ3をレンタカー会社で手配すれば良い。

 

そして通訳兼任バトラーを雇い24時間サービスで専任スタッフを傍に置き、街に出るときは自分でドライブ、素敵なレストランでお酒を飲んだら、帰りはバトラーに運転してもらう。

 

こうすれば、別荘が8千万円、ジェットが5百万円、バトラーで50万円、レンタカーが30万円、それと食事代なんかを入れれば、ほら1億円のツアーが出来る。

 

このツアーの良い点は、2回目に来る時は1千万円程度の旅費で済むって事だ。

 

こうなると、豪華客船の「あすか」に乗るのと殆ど変わらない。ところがこっちでは別荘がもれなく付いてくるし、使い飽きたら売れば良いのだから、ずいぶんと手軽な値段で旅行を楽しめる。

 

ぼくが今ニュージーランド政府観光局とニュージーランドのホテルオーナーと提携して進めているのは、そんなラグジュアリーツアーだ。

 

ラグジュアリーと言いながら、買った別荘が高く売れれば、もしかしたらプライベートジェット費用も全部賄えるかもしれない。これならラグジュアリーツアーに宝くじが付いたようなもので、更に楽しみが増えるではないか!

 

今は企画を作成中だが、今年の11月頃から販売出来る予定。

 

何で既存の旅行屋がこういう発想が出来ないか?それは彼らが自分のことを「不動産屋じゃないしな〜」とか「おれ、移住なんて扱ったことないし〜」とか「え?ジェット?そんなん売る力ないし」からなのだ。

 

要するにどこの業界にもいるけど、出来ない言い訳と自分のビジネス領域を勝手に自分で狭めているだけの、貧しい心の人々なのだ。

 

元々は旅行屋としてぼくの社会人人生は始まったのだが、ここ10年くらいは「旅行じゃ食えん」と仕事の軸足を少しずらしてたが、そろそろ僕の一番大好きな「旅行」で食える時代が来るような気がしている。

 

てか、古い常識に縛られた連中の古い頭を吹っ飛ばす良い機会だと思っている。この企画を当てて、値引きしか脳みそにない旅行業連中の目を覚まさせてやる。



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2009年04月05日

一億総中流は終わってます。

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今回の出張で一番感じたことは、まだ一億総中流の時代は終わったってことを気づかない、てか気づきたくない人々の多さ。特に旅行業関連。

 

1990年代後半、バブルはすでに崩壊したのに証券会社の古株連中は「夢よもう一度」とばかりに毎日何もせずにバブルが戻ってくるのを待っていた。

 

それと同じで、日本の旅行業は完全にビジネスモデルが崩壊しているのに、その事に気づこうともせずに昔の夢の話ばかりしている。一億総中流の時代に作られたパッケージツアーってのは、一億人が皆中流にいた時に売れたビジネスモデルである。

 

だから世の中が二極化すれば今までのパッケージツアーなんて売れるわけがない。現実に顧客層の動きがすでに大きく変化している。

 

なのにまだパッケージツアーにしがみ付いて、少しでも現地価格を引き下げることで安売りをして、それでどうにかなると思っている企画担当者連中には困ったものだ。

 

まさに無努力の極みである。それが更なる旅行業者離れを起こしているのが気づかないのか?

 

値段を下げるって事は取引相手の利益を奪うことであり、そういう事ばかりやってたら誰もニホンジン相手に商品なんか売らなくなるぞ。中国や欧州など言い値で買ってくれる国はいくらでもある。何でわざわざ日本人に売る必要があるか?おまけに送客は毎年右肩下がりで去年は遂に中国に抜かれたではないか。

 

要するに自分で自分の首を絞める最低の行為が値段叩きなのに、その事を全く分かってない。

 

てか、企画担当者、自分が会社にいる限り簡単に解雇されないから安心しているのか?

 

安かろう悪かろうのパッケージツアーなど、誰も買わないのだ。皆、自分でインターネットを使って直接航空会社とホテルに連絡を取って予約をするのだ。

 

今現在大手旅行業者は軒並み大赤字である。旅行業自体がその体質変換をしないといけない時期に、今も偉そうなことばかり言って何の変化もせずに問題を先送りしてしまう経営者連中や現場の支店長クラスは、もうどうしようもない。

 

ああいう連中って、本当に口だけはうまいけど実際の変化を見ようとしないという点では、世間に転がってる「使えね〜中年おやじ」だ。

 

メタボメタボって最新の話題を口に乗せるだけで満足して、自分は言い訳ばかりで体調管理するだけの努力さえしない中年連中。煙草は体に悪いんだよななんて言いながらそれでも止めようとしない。

 

てか、大体自分の商品知識を磨いて新商品を作るって発想さえしない。これからも自分たちのビジネスがが永遠に続くって思ってるのか?

 

旅行業は続くよ。けどそれは今までの旅行業ではない。一人一人の旅行の歴史と家族の歴史を頭に入れて、一人一人の夢と喜びを提供するビジネスモデルが生き残るだけである。

 

そんな事を考えながら仕事をしていたら、偶然だけどそういう旅行会社があるのを知った。

 

北陸にある旅行会社で「マゼラン」と言うのだが、週刊ダイヤモンドで旅行業特集の中で紹介されていた。

 

旅行業が今後どうあるべきか。その一つの道筋がこういう旅行形態なのだろうと思う。

 

ホテルについても全く同じである。寝るだけの設備としてのホテルならそれは出張であり旅ではない。旅行会社が手配をする必要はない。

 

旅行会社がやるべきことは夢と喜びを売ることだ。その事を現場の人間がどれだけ分かっているのか?そこが旅行業として生き残れるかどうかの岐路である。

 

座席と部屋と飯を売るのが旅行会社ではない。お客様はブロイラーではないのだ。一回の旅でお腹一杯にさせて移動させて景色を見せれば終わりと言うのは、21世紀の旅行業ではないのだ。

 

てか、正直言えば20世紀でもそんなのは旅行業ではなかった。どれだけお客様の履歴を把握してその人が何を欲しいかを理解して、しっかりと手数料を貰ってプロとして手配するのが本道だった。

 

けど1970年代から飛び始めたジャンボ機が、座席の数をたくさん売った方が偉いと言う風潮を創り出してしまい、その方が楽だからと旅行業者がダイエー並みに野菜のたたき売りをするように旅行商品をたたき売りをするようになった。そうして手数料の値引きを始めた。

 

このあたりから旅行業はおかしくなったのだが、今の時代になってやっと本道に戻り始めている気がする。

 

2001年頃のブログやコラムで、これからの10年は革命的に時代が変わるぞと書いた。やはり世の中はそんな風に変わっていった。

 

旅行業でも、変化出来る人間だけが生き残れる。さ、業界の皆さん、変化出来ますか?

 

写真はマゼラン。



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2009年02月24日

亀と兎

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ニュージーランド経済についてちょいと一言。

 

NZdaisukiなどを見ると不動産のローン支払いの滞りが増えているという記事が出ていた。

 

それはその通り。けどこれには場外の人には見えない色々なずれや現実ネタがある。ここを知らない限り読み解いたことにはならない。

 

僕自身不動産を毎日のように見て扱っているので現場視線で見るのだが、市場外の人が思うほどには痛んでない。

 

まるで投売りのような印象を与える記事だが、僕がその記事を持って奥さんに

「ねえ、安い物件あるの?」と聞くと、

「ばっかじゃん、赤字になってまで売る人がそんなにいると思う?」

そう。新聞が言うほどには下がってないのだ。

 

これは数字のマジックで、銀行がアパート投資への新規ローンを実質停止した為にアパートを買う投資市場は消失したが、だからと言って家賃が下がってない現状では、ムリに叩き売る必要はない。

 

ここがポイントであり、米国では自分が住むマイホームを、本来払えるはずのない金利で借りて失業したから家を手放す結果になったのだ。

 

けどNZの投資家は自分が住む為にローンを組んだのではない。米国のような、途中から返済額が大幅に増えるローンでもない。

 

最初からきちんと払える計算をしてローンを組んでいるのだから、家賃さえ適正に入れば叩き売る必要はないのだ。 

 

そう、ここがポイント。オークランドで毎日家賃相場を見ているが、これが下がってない。何故ならアパートを必要とする学生の数が減ってないどころか増えているからだ。

 

ローンが払えずに手放すケースも確かに発生している。しかしその内容と大変さは、米国や英国の比ではないのだ。象さんと蟻さんくらいの違い。

 

第一、本当に生活に困ればその時は政府がすぐに出動して経済援助してくれるのがNZの一番の特徴、つまりセーフティネットである。

 

多くの投資家は自分の持ち家がある状態で投資の為に買い、利回りが5〜7%で回っているのだ。あえて叩き売る需要はそれほど多くはない。

 

そう、NZでは元々ムリして投資をしてないのだ。だからムリして返済する必要もない。ここがサブプライムと一番違うところだ。

 

では誰が売っているのか?

 

投売りの多くは、実は外国人投資家がNZの物件に投資して自国通貨ベースで計算して損失が拡大したので損切りをしたりとかのケースである。NZドルで持っている人は為替は関係ないのだ。

 

米国や英国の強烈な激痛、例えば痛風や奥歯の歯痛に比べれば、蚊に食われた程度と言うのが正直な印象。

 

ニュージーランド経済を読むときに絶対に忘れてはならない視点がいくつかある。

 

1・NZと(比較する)自国民の消費動向や労働志向を同じと思わないこと。

2・NZが自国のような経済大国と同じような動きをすると思わないこと。

3・NZの新聞はネタ欲しさにクロスチェックもせずに扇情的な記事をかくこと。

4・NZでは現場を最初に見てから記事を読むこと。何よりも現場が全て。

5・NZと自国の法制度やセーフティネットを同じと思わないこと。

 

このあたりを理解せずに、記事に載った内容だけで悲観したり楽観したりする姿は、僕から見れば正直こっけいでさえある。

 

叩き売りはある。しかしそれは諸外国に比べて異常に少ないし、大体叩かれた値段ではない。

 

答は常に現場にあるのだ。何なら不動産オークションに行ってみろ。全然安くねえジャねーか。

 

一次情報を新聞やネットから見て無批判に信用して記事にする新聞やブログに利用する人がいるけど、あれは通用しないよ。

 

今では一次情報に値しないのが新聞なのは日本もNZも同じ。

 

何よりも大事なのはまず自分が社会常識と世の中の全体の流れを理解した中で記事を読み熟考し、普通に考えれば「そんなことあるわけないじゃん」と判断する読解力を持つ事だ。

 

けど多くの人はそういう自己努力をしないまま周囲の嘘の波に飲まれてアップアップしている。

 

なぜ今回の世界的金融危機でニュージーランドがあまり大きく傷ついてないか、思いっきりはしょって簡単に言うと、

 

1・NZは農業が中心の国家であり食い物に困らないし基礎生活品の値段も上がらない。だから日常生活で目に見える部分に及んでない。(勿論ちょっとはあるけど、それはもう北半球と比較すれば蟻さんと象さんの違い)

 

2・NZという国は元々勤勉で節約なプロテスタントとか英国教会の敬虔な信者の集まりで出来上がった国なので過剰消費がない。(これも比較だが元は同じような集まりであった米国とは全く純粋度が違う)

 

3・元々経済発展が遅れておりグローバリゼーション経済とのつながりも少なかった。

 

要するに糞真面目で退屈で美味しい食い物のない、活発な人間にとては面白みのない旨味のない国だったけど、結果的に「亀さんと兎さん」の亀さんになったのがニュージーランドなのだ。

 

本当はこれに色んな数字を付けてそれらしく見せれば良いのだろうが、毎日書くブログにそこまでデータ収集をする時間もないので大雑把にしたままで申し訳ないが、僕の感覚は実際に金融関係者や政府関連の人々の読みとほぼ一致している。

 

彼らは数字で武装しているので、机の上と現場の意識は一致しているといって良い。

 

誰しも1年前の自分の生活と今の自分の生活を比べて悲観したりする。けどあなたが比較すべきなのは、今世界の反対側で発生している事と今自分の街で起こっていることなのだ。

 

北半球でまさに今核戦争が起こっている最中に、オークランドの道端でバナナの皮に滑ってヒザを擦り剥いたって、核とバナナとどっちがましだ?

 

犯罪も経済も現場で起こっている。現場を見ることだ。

 

そう、実は一番現場を無視しているのが新聞記事だと言っても良い。

 

バナナの皮がどれだけ危険かを大学の先生に調査してもらい、比較の方法をわざと扇情的にする事でNZも核戦争に巻き込まれたくらいの記事にして少しでも部数を増やそうとしているだけなのだ。

 

目先の机上の数値ばかり見て騒いで更に世間を不安に落とし込んでいる高給取りの評論家や分析者のお利口さんよりも、実はニュージーランドで一生懸命毎日野菜や芋を作っている人の方が社会の価値を高めているんだと言う現実を見たら、真面目に働くことの価値を見いだせるのではないか。

 

今回の金融危機で当初は大丈夫と言われてた日本も、円高と輸出激減で大変な問題になっている。

 

東尋坊で飛び込む人が急増したのもその一つであろう。

 

ただ今こそ言えるのは、他人の無責任な言葉や新聞に振り回されることなく、自分が何故生きているのかをもう一回考えて、なぜ「助け合う社会」がこの世に必要なのかを考えて、じゃあ人間らしく生きようとすればどうすれば良いのかを、根っこのところから考え直す良い機会ではないかと思う。

 

災い転じて福となす。これから50年の人生を考えたとき、あなたにとって何が一番大事ですか?

 

目先の金?ウォシュレット?(妄想の)社会的地位?高層ビルと立派なスーツ?

 

せっかくの100年に1度の機会なのだ、自分が欲しかったのは何なのか、今こそ考え直す一番の機会ではないかと思う。

 

写真は寝覚めの床で川底を覗き込むりょうまくん。面白がって飛び込むなよ、そこはニュージーランドじゃないんだから。



tom_eastwind at 00:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年02月23日

両輪社会、三輪社会

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今日からオークランドで仕事再開。

 

今回の出張を計算してみると、去年のどの出張よりも長かった。

 

 

と言うのも、

 

前半は農業など新規業務の立ち上げミーティングどっさり。

 

中盤はお客様ご家族と去年からお約束させて頂いてたスキー。

 

後半既存企画のミーティングどっさり。

 

それにみゆきのアパート探しもあってネタが目白押し。

 

けどこれで今年の方向性や各業務ごとに仕分けが出来てきたので種まきは無事終了だ。

 

後はこれを種ごとにどう大きくしていくか。

 

特に農業と漁業。

 

農業は早速取り組みを開始する。

 

まずはフランス産のプレサレと同様な土地で飼育されるラム肉の製品化と日本のレストラン向け業務用輸出である。

 

これにはまだまだ障壁が多いけど、生産、輸送、販売と各分野ではすでに業務遂行能力を持っている人々ばかりが今回のチーム。だから後はそれを全体図を描いて実際に動かすと言う商社能力が当社に要求される。

 

でもって当社の一番得意な部分も、実はこの商社機能なのだ。なのでこれはうまくいけば半年程度で市場に出せるだろう。

 

ここで難しいのは以前も書いたけど、生産者と消費者がお互いに相手を尊敬していくという点だ。

 

言葉を変えて言えば、お客様が神様と思っている人びととは、この取引は成立しないと言うこと。

 

生産者にしても消費者にしても、まず皆は人間である。一つの社会をそれぞれ業務分担しながら助け合って生きている人間である。

 

ある人は都会で機械を作り、ある人は田舎でその機械を使って農作物を収穫する。ある人は生産者と消費者を結ぶ流通の仕事をする。そうやって三者が最終的に社会を構築するのだ。

 

ほら、どれ一つがいなくなっても困るのが近代社会だ。

 

そんな時にモンスタークレーマーや値段叩きしか言わない流通業者、商品を誤魔化す生産者となったら、そんな社会はあっという間に他人が信用出来なくなって崩壊してしまう。

 

今の中国を見ればよく分かることで、人が人を信用出来ない。だから野菜でも果物でも日本製が高くても売れるのだ。

 

そうやって世界で構築してきた日本製の素晴らしさだけど、今その成功のリンクがdandan壊れ始めている。

 

それはマスコミ、クレーマー、自分の利益しか考えない流通業者などあちこちに問題はあるものの、一番悪いのは「お客様は神様です」と言うシンワを作った歌手だ(半分冗談・ほんとはその時代の流れだったんだろうけどね)

 

日本人ってのは理論的に考えずに情緒に流されるから、和服を着て歌うおじさんがにこっと笑って「お客様は!」とやってしまうと、その言葉の裏にある近代社会での分業化と言う一番大事な視点を忘れさせてしまい、消費者は神様、金を持ってれば消費者、じゃあ金持ちが一番じゃん!と言うことになったのだ。

 

まあそのあたりは日本でこれからどう変化していくにせよ、少なくとも今回のビジネスでは生産者である南半球の酪農家の人々が、8千キロ以上はなれた北半球の島国の人々に対して好意を持ってもらうのが第一だ。

 

酪農家の皆さんが5年も働けば一軒目の家を買える頭金が貯金出来るくらいの利益を出してもらいたい。

 

そして次は消費する人々に口福を味わって欲しい。フランスのプレサレラムは一頭で店頭価格25万円くらいする高級品だけど、味はそりゃもう絶品だし、第一流通量がめちゃ少ないから、そこにはまだニュージーランドラムが入っていく市場があるはずだし、クリーン&グリーンのニュージーランドのイメージでブランド化すれば、これは確実に売れる。

 

勿論途中で流通に関わって全体図を描く担当の僕らも商売だから利益を出さねばならない。けどそれは一番最後で良い。また必要であれば両者の利益確保の為には絵を描く責任者である当社が負担をすれば良いと思ってる。けど最終的には利益を出さないとダメ。企業の利益をどうこう言う人がいるけど、そういう人に限って自分の利益には敏いのだから困ったもんだ。

 

まあいずれにしても明日からだ。

 

漁業に関する新技術もしっかり日本で見せてもらったので、これも早速ニュージーランドでの実用化を目指して始動だ。農業よりもこっちの方が時間かかりそうな気がするけど、とにかく既存ビジネスの上に新ビジネスとして立ち上げていくには遣り甲斐のある仕事だ。

 

車は一輪ではいずれ倒れる。

両輪あれば進んでいる間は倒れない。

三輪あればまず倒れない。

 

三輪社会で皆が助け合う、そんな時に一人だけ神様になってもらったら困る。皆仲間、友達なのだ。

 

写真は八方の黒びし。ご存知の方はご存知ですね。初回目の挑戦でコブの真ん中あたりで見事に飛びました。まだ手足は付いてます・・・。

 

いや、ほんとにすごいですね黒びし・・・。来年待ってろよ。



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2009年02月05日

アパートの鍵かします

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僕はニュージーランドでは「外国人」だ。けど、だからと言ってなんらかの証明書を持ち歩けとは言われない。

 

日本では、外国人が日本に住む場合は外国人登録証が必要となる。

 

 

そして登録証は常に携帯する必要がある。香港では国籍や旅券に関係なく、すべての人々がIDカードの携帯を義務付けられている。

 

国によってそれぞれルールが違うんだけど不動産を借りるときも日本はちょっと面白い。

 

外国人がアパートを借りようとすると必ず「外国人登録証」が必要になる。けどこの外国人登録証を取得しようとすると「現住所」が必要になる。

 

いたちごっこだ。

 

つまり役所に行けば「住所がないからダメ」と言われ、じゃあ住所を決めようと不動産屋に行けば「外国人登録証がないからダメ」となる。

 

外国人は身分証明書を携帯しないといけないのに日本人は何故携帯しなくて良いのか?みたいな議論もある。

 

実際に日本でアパートを借りるのは大変だ。子供の学校が蒲田なので地元の不動産屋さんを訪問したのだが、とにかく「日本国内の保証人がいないとダメです」の一点張り。

 

「何故?」と聞くと「大家さんが要求しているからです」となる。

 

このあたり、借家人が強い日本の法律の影響だけど、この法律が出来たのは戦時中で、戦争をしやすくするための法律だったのは有名な話。

 

もともと所有者が誰に貸すかを決めていつになったら出てけって契約を結ぶのはごく当然。

 

だからニュージーランドでは家を借りるときも保証人も不要だしとても簡単。けど、追い出されるのも早い。

 

借家人の住んでるところにある日突然知らない人がやってきて「おい、部屋を見せてくれ」となる。何だと聞くと、所有者がこの不動産を売りに出しているとの事。

 

こんなの日本じゃ考えられないが、ニュージーランドではごく普通。時には借家人込みで販売される。

 

売り方=所有者の営業文句は「借家人付きでっせ、新規募集も不要で家賃収入ありまっせ」だ。

 

まったく奴隷か家畜並み、そう思う人もいるだろうけど、所変われば品変わるの代表的なニュージーランドの話である。



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2009年01月24日

三連休

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今日からまた三連休だ。

土日が普通のお休みで月曜日は「Auckland day」と言う、オークランドだけのお休み。

先週はクライストチャーチが同じように休みで三連休。県民の祝日?

だから昨日の夕方は午後4時頃から自宅に帰る車で高速道路もシティ内も大渋滞。

みんな早く仕事を終わらせて家に帰り、これからの三連休の計画を立てているんだろうね。

うちは今日もスキー。子供向けにはソリがあったりして、大人から子供まで遊べる屋内スキー場は、多くを望まずにスキーの練習と割り切れば実に楽しい。第一子供を連れてきても子供を見失うことがないので、親子連れには楽しい場所だ。

今日もたくさんの親子連れが来てて、皆さん窓ガラスに張り付いて子供が滑る写真をうれしそうにばちばち撮ってます。もちろんデジカメ。

そう言えば現像が必要なカメラの販売台数はここ10年で10分の1以下になったそうだ。おかげで現像をビジネスとしてたキタムラカメラなどはビジネスモデルの転換を迫られて大変そうだ。

フィルムが不要になるとフジフィルムはどうなるのだ?フジカメラ?そりゃもうすでにやってる。

フィルム技術を生かした業態転換。

社会に必要とされるものを提供するのが会社だから、社会がデジタルカメラになれば、それに追いつく何かを提供するか、退出するしかない。

うちも社会に取り残されないように常にビジネスモデルの変革をしていってる積りだけど、ほんと毎日注意しておかないと、あっというまに陳腐化するもんね。

今日と同じ明日はない。常に心に緊張感を持っておくこと。

それにしても二人とも随分上達しているぞ。毎週スキーやってれば当然だろうけど、やっぱりスキーって続けてやるものですね。



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2009年01月14日

やじろべえ

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来生たかおが作り薬師丸ひろこが歌う「夢の途中」が頭の中でずっと回っている。

 

誰でもありますよね、何故か無意識に頭の中で繰り返しかかる音楽。これがなかなか止まらない。

 

けど、ふと気づいた時には他の音楽が回っている。

 

ほんとに久しぶりにお正月を自宅で迎えたので、そいでもって1月8日に出社しても取引先はまだ商売始めてないので、会社にいてもいつもの半分くらいしかReplyがない。街の雰囲気としては何だかまだ休みの途中みたい。

 

けど対顧客、つまり日本の部分では早速ガンガンと全力で回っていて、今日はあるお客様の自宅の改築作業の問題解決に出向く。

 

市役所の建設課と現場でやり取りなのだが、建設課の若くて人の良さそうな担当者と腰の曲がった住宅検査官のお爺ちゃんがやってきた。

 

このおじいちゃんが建築現場の仮の足場(鉄パイプを組み合わせただけのもの)をまるで曲芸師のようにすいすい登っていって問題点を指摘しては「あれがダメ、これがダメ」とダメ出ししていく。

 

市役所の職員もかなりびびって「あのさ、そこ、登らないほうがいいよ、大丈夫、下からでも見えるから」って言ってるのに、爺さん「何の」と言いながらすいすいと柱をくぐり遂には3階まで登っていく。

 

そして3階の鉄パイプ足場に腰掛けながら(洒落じゃなく本当に)パイプをくゆらせて一言。

 

「ふん。足場が弱いな」

 

このお爺さんはニュージーランド流に言うと「Good old Boy」である。つまり良い人だ。決まりを守り家族を大事にして一生懸命働いて真面目な人生を過ごして、そしていつもまっすぐ正面を見て、何をするにしても正面突破。

 

決して横の抜け道を探そうとか考えずに、「真実は勝つ」とばかりに直進する人たちなのだ。

 

この住宅に関しては屋根の雨漏りがありその修理が必要だったのだが、屋根まで上がったおじいさん、大きな声で

 

「こりゃいい!立派な屋根だ。よく出来てる。ほら、この雨どいにしても、屋根瓦から流れ落ちてきた雨がちゃんと樋に溜まって下に落ちないように出来てて、よしよし!」

 

と、バンバンと屋根の樋を叩いている。

 

あのねおじいさん、問題は雨どいではなくて瓦の下に防水シートを張ってないから部屋に雨漏りすることなんですよね。外側の樋の雨漏りは今のところ問題じゃないんですけどね。

 

けどっまあ、お爺さんはとても楽しそうに仕事をしているので、まあいいやこの件は後で市役所の若いお兄ちゃんに話をしておこう。

 

街に流れる空気ってのか、やっぱりその街を構成する人々の総和の「空気」によって「街の雰囲気」が出来上がっているんだと思う。

 

北半球は大変なことになってるけど首相はハワイでのんびり過ごし、政府が活動を再開するのは来週。

 

何だか、体の右半分がキーウィの空気に染まってのんびりとしてて、左半分が日本の今年の動きに乗っかってて「早く動かなくちゃ」と焦っている感じ。

 

けど、下手に動くと転びそう。

 

ぎこちない、やじろべえのようだ。



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2008年12月30日

大掃除

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本を読んでいるだけではなく映画を観ているだけでもなくちゃんと仕事をしているのだけど、先日も書いた仕事パズルの組み合わせに苦戦中。

何せこのパズル、どれだけの組み合わせがあるやら。

おまけに今日は何年ぶりかの大掃除。庭の雑草を取り、自宅内のレイアウトを変更して、風水とか一応考えながら、風通しの良い自宅にしようと朝から奮闘。

朝から奥さんと

おれ「これは不要だよね?」

おく「ナンでよ!いつか使うでしょ」

なんて議論を繰り返す。

「男は棄てることが出来るけど女は棄てることが出来ない」最近読んだ本に書いてた。

これは間もなくUPする予定だけど、脳医学と心理学といろんな角度から男女の問題に触れてて非常に勉強になった。なりすぎて、全部筆写してブログに掲載したいほど。

今は自宅の在庫を整理して、どんどん古いものを棄てている最中。何かを得るには何かを捨てるしかない。これは僕が中学の頃の先生に学んだこと。

その瞬間、真実だな〜って心を打ったのを、今でも覚えている。高校生までの授業で顔を覚えている先生は3人しかいない。

一人は数学の先生。「おい、数学なんてやっても賢くはならん。けど、数学的考えを身に付ければ、これは役に立つぞ。例えばある人が100万円儲かりまっせと儲け話を持ってきたときに数字的に分析すれば、ありえないとわかるからだ」

まさに真理。今も実行している。いろんな人が「儲け話」をほぼ毎日のようにもって来るが、数字的に突き詰めてみると最後は「いやそれは、明日が天気になればの話です」とか「いやあ、精神力さえあればいけますよ!」なんて話ばかり。

What a wonderful world である。S先生、ありがと。

二人目は僕に亀井勝一郎を紹介してくれた国語の先生。

「その恋人たちは朝霧の消えかける山の裾野に二人して坐り、彼女はスカートを広げてひざを折り曲げて・・・・、、、おいおい、女の子のパンツが濡れるぞ」なんて笑いながら、亀井哲学を語ってくれた。

「愛とは彼女を皆に紹介して解放すること、恋とは彼女を閉じ込めて誰にも見せないこと」

お前、誰かを愛していると言いながら、実は閉じ込めてないか?それは自己満足にしか過ぎないぞ。愛ってのは、相手の未来を考えることだ。

人に紹介して盗られるとしたら、お前の実力が無い証拠だって何故思わない?

頭の中で流れるテネシーワルツ。

これ以降亀井勝一郎は、僕にとって日本人代表みたいになっている。

そして三人目が、やせ細った先生の語った言葉。

「おいお前ら、右手で何か持ってみろ」ペンを持つ。

「よっしゃ、次は左手で何か持ってみろ」ノートを持つ。

「ほら、その状態で教科書を持てるか?」出来るわけないだろ、ばか。

「お前ら今、出来るわけないだろと思っただろ、それが整理をするってことだ。つまり整理とは、何かを捨てない限り出来ないことなんだ」

この話は今も、あの教室のイメージと共に頭に残っている。

けど先生、たった一つ言わなかったことがあるよね。

女性は捨てることの出来ない人種であり、彼女を敵に回して掃除する大変さを。今更ながら、感謝しながらも、ちょいと恨むよ、はは。



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2008年12月28日

真夏のイブ ウェリントンに行く

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ウェリントンに行ったと書いたら「遊びか?」と聞かれた。違う。ウェリントンはクリスマスイブの12月24日に日帰り出張。こんな日でも飛行機に乗っている人は多く、ほぼ満席だ。ただクイーンズタウン行きと違って半数以上がネクタイをしてた。

 

来年の年間行動予定も基本的な部分は出来上がり、既に先週会計士や弁護士とも打ち合わせを終わらせて新しい会社を2社設立することになった。

 

来年は急激な円高で1980年代後半のような海外投資バブルが来るぞ、その為に海外での受け皿を今のうちに作ろうというのが今回の基本認識だ。

 

あの時も急激な円高で製造業が未曾有の危機に陥り多くの企業が中国にシフトした。今はすでに大手製造業は海外拠点にシフトを終了している。

 

なので商品さえ売れるなら海外生産をすれば良いのだが、今の危機は金融危機ではなく製造業危機になってしまったから、例えば中国やタイで車を作って米国に持って行っても、てか米国で作ったって買い手がいないという危機である。

 

これを救う為に金融の流動化、つまり政府が低利で市場に資金をじゃぶじゃぶと供給してるのだが、いくら銀行にお金を入れてもそのお金は国内製造業に貸し出しはされない。何故なら相手が製造業だと回収見込みが低いからだ。

 

するとこのような金は必ず海外に向かう。今の円高なら海外で何を買っても安いわけで、それなら世界中の土地を買ってしまえとかビルを買ってしまえという事になるのだ。

 

そして前回のバブルでは日本が世界中の土地を無節制に購入してホテルを建てて、バブルが弾けた後には何も残らなかった。それこそ第二の敗戦と言われたゆえんである。

 

そして今、日本は食料自給率の改善が大きな問題となっている。

 

ならば合法的に日本人が外国の農地や水産会社を購入して日本人向けに食料を生産すれば良いではないか。

 

安全な作り方で安心できる場所で高品質で美味しい食材を提供出来るようになれば、日本にとっても実質食料自給率の向上に繋がるしニュージーランドにとっても高級食材輸出国としての日本という新しい市場が出来上がる。

 

今までの日本は形を整えて色を揃えた食材を、安くオンタイムで納入する必要があった。そんな市場に疲れたキーウィ農家は、その食材を中国に売るようになった。

 

しかしここで全く新しい発想で、ニュージーランドでキーウィを雇用して日本に高級食材を輸出して利益を出してNZに納税すれば、NZの雇用と経済に貢献出来るし日本の自給率問題の解決の一案になるし、日本人も安全な食材が食べられるし、その時は日本の農法をNZに取り入れても良いのだ。

 

しかしその為の橋渡しは、通常のJETROや大手企業ではムリだ。何故なら彼らはサラリーマン感覚でしか取り組まないけど、これはゼロから文化を越えて作り上げる全く新しいビジネスモデルであり、その場その場で判断しながらすすめていく必要がある。

 

とくにこのビジネスは、今までの一般日本人の「食材は安くて安全」と言う常識をぶっ壊す必要がある。何よりも、購入客を神様と思っては絶対に失敗するビジネスモデルなのだ。

 

顧客と対等の立場でお互いに相手を尊敬しながら、時には許しあい助け合うビジネスモデルでなければ成立しないのだ。

 

だから日本の食ビジネスで「お客様は神様」と思い込んで「大量に売るのが偉い」とか「安く提供しなければならない」などと考えて生産者が農業を継続出来ないような価格を無理やり押し付ける、そういうビジネスモデルでは絶対に継続出来ないのだ。

 

すでにキーウィは農業水産と言う部分では日本人を相手にしなくなっている。日本人と付き合っても彼らのルールを勝手に押し付けられるだけで商売にならないからだ。

 

幸いにも日本とNZは同じ文化がある。見も知らない他人を信用できると言う文化だ。

 

今でも南島に行けば道路沿いに農家の無人やさい販売所がある。日本でも田舎に行けば無人販売所があった。今はどうか知らないが、人のものを盗まないという習慣を持っている文化を持っている国は先進国や西洋諸国の中でも珍しい存在だろう。

 

そして今の日本は偶然にも円高と言う機会が与えられた。

 

そういう背景をもとにニュージーランドでファームやワイナリーへの投資をしたり農業や水産業を考える企業、また勿論一般企業の進出のお手伝いをして、その受け皿として今までイーストウィンド社内に内包していた貿易機能、決済機能、市場調査やコンサルティング機能を新会社に切り出し、法人向けの会社を立ち上げる。

 

そうすればバブルが弾けた後でも日本はニュージーランドと長い付き合いをすることが出来る。単純に土地を買って家賃を稼ぐと言うビジネスモデルではなく、一緒に働いてモノを生産するってことが出来る。

 

来年は電話帳を端っこから開いてでも日本の企業にプロモーションを行い、二国間の橋渡しをするぞ。

 

その為に必要なのがこの国の首都にある機能だ。

 

来年からの法人向け新規営業を開始する場合に何よりも必要なのは、NZでの背景だ。会社の看板である。オークランドはすでにかなり強固なローカルのチームが出来上がっている。次はウェリントン、ニュージーランドの首都であり、ここでの人脈作りが大きなポイントとなる。

 

そのための出張であり、どれだけコネクションを作ったり政府や公的機関と提携できるかが勝負だ。

 

結果的に一日の滞在で随分とたくさんの情報を仕入れることが出来た。ウェリントンもオークランドと同じ、活発で新しいビジネスに対して意欲的だ。

 

てか、一目で気に入った。

 

オークランドと違うところは、ウェリントンの場合は人間に品格があってそれが町全体に漂っていると言うことだろう。道徳ってのかな、オークランドに無いものを感じる。

 

だからこちらの提案をするとストレートに乗ってきてくれる。そこに誤魔化しなどがないので、話が早い。お互いに信用をベースにしているから、こういう話が出来るのだ。

 

オークランドは東京と同じで、よそ者が一攫千金を狙ってやってきた街でもある。だから商売に道徳が少ない(それでも日本や米国よりはすんごいましだけど)。だから裏取りが時には必要。

 

ところがウェリントンでは、まさにGood Old Boysの街って感じを受けるのだ。正しいビジネスを正しくやって正当な利益を得て納税して、国民全体を豊かに使用って言う、ニュージーランド建国時からの良い雰囲気があるのだ。

 

今回はウェリントンシティ中心部のフレンチレストランでお客様ご夫婦と昼食をとる。そのレストランの名前がArbitrage。さすが首都、やられたね。今年一番の自分的流行語だ。

 

白のグラスワインSPYVALLEYを頂き、まるで日本のような小皿料理を食べると、おお!レベル高い!こりゃもう次回は週末の夕食と買い物だけのために来なくちゃ。

 

十分な手ごたえを感じたウェリントン。これに今年日本で出来たコネクションと来年新規で作るコネクションをどうつなげるか、A3の紙を引っ張り出して、そこにマルでそれぞれのコネクションの名前を書き込んで、それを線で結んでいく仕事をしなくちゃ。ビジネスの細部をこれから詰めていかねば。楽しい正月になりそうだ。

 

皆さん、上記の趣旨をご理解いただき、農業や水産業に興味のある方、または企業としてニュージーランドに進出をお考えの方、是非とも一度お問い合わせ下さい。

 

来年の説明会は2月8日東京を予定しています。この前後に個人面談の時間も取っています。



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2008年10月13日

投資銀行と鳩の違い

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11月08日の総選挙に向けて各党の選挙活動が盛んになっている。

 

ヘレンクラーク率いる労働党政権政府はお隣の豪州に次いで個人預金の全額保護を打ち出した。

 

これってニュージーランドでは画期的なことである。ニュージーランドは元々自己責任経済の国であり、民間会社が倒産しても一切面倒見ませんと明確にしていた。

 

去年から不動産事業に投資をしていたファイナンス会社が倒産した時も、政府は全く相手にせず。

 

ところが今回はヘレンクラーク首相も言うように、

 

「クラーク首相は演説の中で、無秩序で「強欲」な金融市場の体質が金融危機の発端となっていると非難し、今後国際社会は一致団結して、こういった体質が家族のために必死に働く一般の市民の生活を脅かすようなことがないようにしなければならないとも語った。」NZdaisukiより抜粋。

 

あくまでも太平洋を越えて来た津波であり、国家として責任を持って個人を守るのは当然のことである、となる。

 

このあたり、政府のやることはメリハリがはっきりしてて分かり易い。

 

元々ニュージーランド自体はサブプライムローン問題は殆ど抱えてない。兄貴分である豪州では少し経済が停滞気味ではあるが、どちらも実体経済としては十分にやっていけてるから、今回の政府の措置で国民の安心はかなり広がったと思う。

 

とは言ってもキーウィ、最初からそんなに不安そうでもなかったから今回の措置はどちらかと言うとNZ政府が世界の金融危機に共同で対処してますよって姿勢を見せたとも言える。

 

いずれにしても国民の預金はこれで守られるので、ニュージーランドにおいては今回の金融危機の一番大きな波は乗り切ったと言えるだろう。あとは北半球でどうなるか、だ。

 

これから1年以内に日本の地銀は5〜10行は吹っ飛ぶ。その時に日本政府がどのような対応をするのか?どうせやるなら麻生さん、今からニュージーランド並みに「国民の預金は全額国が保障します」と言ってしまえばどうなのだろうか?

 

 

実際問題として銀行が倒産しても日本政府としては全額補償をするしかないだろうし、それだったら今から公表したほうが余程効果があると思うのだが。

 

今日の帰りの車でラジオを聴いてたら、今回の金融危機もすっかりお笑いネタになってた。

 

おっちゃんっぽいキャラのアナウンサーが「さて、ちょっと軽いお話」と切り出してきた。

 

What the difference between invest bank and pigeon?

 

Pigeon still can deposit on Ferrari



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2008年09月25日

食料投資

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 「最近ますます投資に関するお問い合わせが増えている」と先週書いたのがこのブログの仕込み中だったのだけど、今週に入って更に増えた。

 

「ね、どこに投資すればいいの?どこが安全?」

 

NZドルが良いのか、土地が良いのか、円建てが良いのか?

 

 

 

そこにはいろんな回答があると思う。でも皆さん、今週は100年ぶりの世紀の大倒産を皆さんが目撃したのだからそろそろ投資の発想を根本的に変えてみればどうでしょうか?

 

自分の人生で何が一番必要か?そんなところに投資をしてみるのも、面白いのではないか。

 

人間にとって究極的に必要な物。

 

 

それは毎日変動してどきどきとちっちゃな心臓を痛めつけるような為替ではないしヤギしか食わない紙切れであるお札ではないし、ましてや誰も食えない金貨でもない。

 

空気と水と食料だ。

 

でも空気は世界中がシェアしているから投資のしようがない。水源も、全部を押えることは無理だよね、国を全部買わない限り。

 

でも食料なら投資が可能だ。個人の農家を買い取って、そこから収穫出来る食料を取引材料にするのだ。

 

それを今やっている国がある。

 

川も湖もなく雨も少なく、穀物を栽培する農地もなく、乳牛は扇風機で冷やしておかねばならない国、それがサウジアラビアだ。

 

彼らは食料はないけど石油で得た金がある。その金で今スーダンやウクライナ、パキスタン、タイへと飛んでいって大型プロジェクトを組んで、その食料がサウジに輸出されるようにしているのだ。

 

食料自給出来ない国の苦しさは、輸出国による貿易制限が発動されればすぐ分かることで、石油ショックを経験した日本では資源の重要さが良く理解されている。

 

でも、今だもって食料に関しては、毎日コンビニで弁当が買えるせいだろう、あまり新聞が煽るほどには危機感がないのが事実だ。

 

でもいずれ、本当に食糧危機の時代が来たら、今の日本なんて戦後すぐの東京や大阪や神戸(火垂るの墓)になってしまう。そしてそうなった時には、時既に遅しとなるのだ。

 

そんなん、あるわけないじゃん!

 

でも今年、投資銀行最大手5行全部が実質的に破綻したよね。

 

「ありえないじぇ!」世の中ってそんなもん、ありえない事が起こるって本気で思える人が、危機感を持っている人だと言える。

 

投資と言っても人が持てる資産は限られている。でもこの際、もし余裕があるなら友達と数人でオークランド郊外の牧場でも買ってみて、そこで牛や羊、アロエを育てて見ればどうですか?

 

要するに土地を買うというよりも、土地を有効利用して価値を高める、そしてそれが日本での生活に直結するメリットを持たせるという事。

 

こうすれば毎日の為替に一喜一憂する必要はないし月末に野菜の値段を気にする必要もない。

 

終戦直後の日本では、田舎に親戚のいない人々は箪笥からキモノを引っ張り出して農家に行き、そこで米と交換していた。

 

そんな時でも宮崎では白飯が普通に食えて魚や鶏肉が食えたのだ。それほどに自作は強い。

 

あの当時を知っている人なら、もし東京に住んでても宮崎の農家が親戚なら、それほど苦労しなかったことを覚えているだろう。

 

今これだけ物流が発達すれば、ニュージーランドで作った安心な食物を日本にDHLで送ることも可能だろう。

 

その為には日本とNZの二国間の政治が安定している必要があるし検疫も必要だ。でも、投資と言うことを考えたときに、せっかく投資銀行がこれだけ一気に倒産して世界が変わったのだから、投資のルールも、もう一度根本から見直してみるべきではないか?

 

お札に投資をするのではなく、資源に投資をする。お札を受け取るのではなく、食料を受け取る。

 

お札で食べ物は買える。でも、お札は食べられない。お札しかない国では生きていけないよね。

 

牧場購入希望の方、ご紹介します。もれなく羊とアロエが付いてきますから(笑)。

 

写真はロトルアのアグロドームの羊の毛がりショーです。

 



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2008年09月24日

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毎朝通うノースショアの道路沿いに、少しづつだけど桜の花が咲き始めた。

 

冬だけど青空の出てる時にそんな道を車で通ると、何となく気持ちよい。

 

勿論それで仕事が実際にうまく進むわけじゃあないし、今目の前にある仕事の量がへるわけではない。

 

それでも気持ちが良くなるんだから、人間ってのはよくよく計算だけで動いているんじゃないなと思う。

 

どれだけ計算高くても人には心があるし、人の心がある限り人間なんてどこかで不合理な行動に出てしまう。

 

朝、急いで会社に行こうと思ってるけど、思わず車を道端に止めて写真を撮ってしまう。

 

全然合理的ではないよね、これって。てか、不合理の塊。

 

一生懸命稼いだお金を意味のないことに使ってみたりして。これも不合理。

 

でも、もっと違った視点で見れば、お金や時間は楽しむ為にあるんだから、会社に遅刻したって桜の花の写真を撮るほうが正解でしょ、とも言える。

 

つまり、当然のことなんだけど、経済の合理性を人間に求めてもその通りに行動するわけではないと言う点。

 

ところが最近の池田信夫ブログによると、経済学と言う学者の世界では、人は合理的に活動する事を前提に様々な予測を立てるのが主流らしかった。

 

その中で唯一「人は合理的に行動なんかしない。だから合理的に動くことを前提に予測したって正しい答が出るわけはない」と主張していた経済学者がいた。

 

彼はつい最近亡くなったのだが、おいおいちょと待て。経済学者と呼ばれる人々が国家の経済政策を決めてそれを実行しているのだが、その大前提となる基本的考え方が間違ってたら、そりゃあどんなにうまく舵取りをやっても失敗するじゃんか。

 

経済学を学びました!なんて言われると、ナンだかとても偉い人のように思えるが、視点を変えると4年間も間違ったことを教え込まれてそれが正しいと思い込んだ頭でっかちなんだから、こりゃあとんでもない話ではないかい?

 

それがまた社会に出て経済学者なんて言って政策を決めるようになったら、そりゃ世の中うまく回るわけがない。

 

そして、そのような学者の肩書きを使って投資銀行は様々な商品を組成しては販売していた。

 

学者の学歴が信用出来ないなら何を信用すればよいのだということになるが、人の話を少し勉強した後で普通の常識を持って聞けば、間違ったことは大体分かる。話している人の顔を見つめて、自分の心の中の声に素直に従えばよいのだから。

 

銀行預金のみとか自分の頭で理解出来る商品だけを扱っている会社や個人にとっては、今回は何もなかったに等しい。むしろ安い案件が出てくるので利益に繋げやすい。

 

皆さん、今は円とNZドルが洗濯機の中のドラムや遊園地のジェットコースターみたいに物凄い勢いで回ってます。こんな時は黙って利率の良い銀行にお金を預けて、それから後は一切為替を見ないでじっとして本業で働くことです。一年後には絶対にほっとしてますから。

 

本業が株投資(笑)?それだったら僕より詳しいですよね。

 

ただ僕なら、肩書きも合理性も人間の感性を上回るわけじゃないなと思ってるので、株は買いません。どんなに正しい株を買ってもM&Aや上場廃止であっと言う間に他人に振り回されて紙切れになる時代です。

 

それよりも、普通に毎日朝から晩まで働きます。そのほうが楽しいし。

 

もしどうしても一つ株を、と言われれば、アロエの株を買って畑に植えて、それを毎日家族で食べて体を大事に健康第一にします。

 

 写真は今年4月、弘前で見た桜です。いずれ余裕が出来たら、100本単位で桜の植樹をしてみたいですね。



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2008年09月20日

はだしのゲン

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りょうまと一緒に「はだしのゲン」アニメを見る。

 

てか、出張が終わりオークランド空港に到着して会社でちょっと仕事をして自宅に戻って風呂に入り、やっと一息ついたとこでソファに坐ると、りょうまが何故かアニメを見ている。

 

 

そのアニメが日本語でやってたので何気なしにちらちら見てると、こりゃどうも広島弁のようだ。そのうちりょうまに「君は何見てるんだ?」と聞くと「日本のアニメ!」と答える。

 

もう話しても無駄なのでパッケージを見ると、何と「はだしのゲン」ではないか。英語版で普通にニュージーランドで販売されているのだ。

 

この漫画は僕の子供の頃に出版されて、リアルタイムで読んでた。そう思い出してwikiで調べると、最初は1973年、少年ジャンプで連載が開始されたとの記録。

 

一番感性が豊かな時期にあの時の少年ジャンプと巡り合えたのは運が良いとしかいいようがない。

 

当時の少年ジャンプは後発漫画週刊誌だったけど、そのレベルの高さは今思い出してもぞっとするくらいだ。

 

何せ毎週毎週発売される漫画雑誌なのに、どの掲載作品も質が高い。てか、あの当時に質の低い漫画なんて到底生き残れなかった。

 

もちろんマガジンもサンデーもレベル高かったな〜。今の漫画やアニメや実写映画などを見ても、原型はすべてあの時代にあるって感じがする。

 

書き出したらきりがないから「子供と終戦」だけをテーマにすると、あの時代の最高峰は(漫画が原作ではなかったが)「火垂るの墓」と「はだしのゲン」だろう。

 

戦争の悲惨さ、原爆の悲惨さ、そんな体験を子供の目から見た作品であり、一生懸命に生きようとする子供たちの姿は、漫画やアニメ、小説、その媒体や言語を超えて世界中に広がった。

 

「火垂るの墓」は、今でも絶対に見たくない。涙が止まらなくなるからだ。みっともない。

 

ところが「はだしのゲン」は原作以来ずっと見てなかったので、ついついりょうま君と肩を並べて見てしまった。

 

やっば〜、これもダメじゃん・・・涙が止まらなくなる。呼吸をしようとすると胸につっかえがきてしまい、声を出そうとすると涙腺がゆるむ。

 

政治のレベルで考えれば人が戦争で死ぬのは理解出来る。しかし、目の前でこのような絵を見せられると、出来る限り戦いはせずに話し合いで片付けたいと思う。

 

同時に、話し合いだけで世の中がすまないこともよく分かっている。だから、相手が喧嘩したくなくなるような強い人間にならないといかんと思う。そういう気持ちを少しでも人に持たせることが出来る、素晴らしい作品だ。

 

この映画は反戦とか平和とか、そんな物語ではない。生き残る為の戦いを描いている。仲間を守る為に戦い、生き残る為に戦う。

 

そんな姿の前ではどんな偽善ヒューマニズムも通用しない。死ぬような苦労をして生きてきた人間にとって何より腹が立って嫌いなのは、上っ面だけの偽善と上っ面でヒューマニズムと言いながら自分だけは守ろうとする連中である。

 

立派なことを言うんなら、自分の資産と土地を全部差し出してみろといいたい。自分を捨てる事が出来もしない人間が偉そうにヒューマニズムなど、言うな。

 

りょうまが「はだしのゲン」を見ながら、時々目をうるませている。

 

「お父さん、何でアメリカは原爆を落としたの?」、「お父さん、彼らはガンになったの?」、「何でアメリカは日本と戦争したの?」悲しそうな顔で分からない事を聞いて来る。

 

勿論英語だ。英語で戦争の話をしてあげる。結局言葉の問題じゃない。心の問題なのだ。日本人だから分かるとか米国人だから分からないとか、そんなことじゃない。英語でも伝わる。良いことだ。今のうちに豊かな心を持ってもらいたい。

 

日本には、こんな素晴らしいアニメ文化がある。政府も下らないことに金を使わず、こういう本当に世界に通用する文化の背中を後押ししてもらいたいものだ。

 

聞けば麻生さん、外務大臣の頃に「はだしのゲン」の英語版アニメを核拡散条約の会議の際に各国に配布したそうだ。

 

 



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2008年09月19日

リーマン・ブラザース

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ここ数日、周囲はリーマンブラザースのネタで大変だ。誰もが英語や日本語で「大変だ〜!」と叫びまくっている。

 

たぶんオークランドでも日頃取引のある銀行やファイナンス会社の連中、上を下への大騒ぎなんだろう。

 

 

東京を離れる日の朝などは、バフェット朝食レストランで隣に坐ってた若い英国人男性(おそらく・can’tをカントと発音してた)、片手に持ったブルーベリー(果物じゃないよ)を振り回しながら大声で「一体なんだこりゃ!こいつのスワップがどこに飛んでってしまうんだ!やってられないぞ!」と、反対側のテーブルに坐っている同僚らしき白人に、まるで怒鳴りつけるように叫んでる。

 

金融関係、それもたぶん自分がディーリングしているのだろうな。周囲の顰蹙を買いそうな大声で、椅子にそっくり返って怒鳴り上げている。

 

彼の向かいに坐ってた彼女(若い)は、男子のほっぺたにちゅっとキスして放置して出て行った。あはは、男の場傘加減に呆れたんだね。

 

それからもラウンジでは、ニューヨークから来た中年男性がやっぱり「OH!壊滅状態だよ!」と話してたのを聞いた。

 

日本人のお客様と話をしていても、「いや〜、あそこ最近良い条件を出してきてたんですよ、そういうことだったのか」とか「ニュージーランドは、今回の事件で影響出てませんか」とか聞いてくる。

 

確かに今回の事件は大きい。10年に1度も起こらないような、てか100年に1度か?ってくらいの大事件だろう。

 

どの新聞を見ても大特集ではあるけど、何故か僕はあまり興奮してない。むしろ、来るぞ来るぞって、一種の静かな期待をしている。

 

何でだろうな〜?

 

ちょっと自己分析してみる。

 

ふむ、要するに起こるべき事が起こったわけで、リーマンの倒産が僕のビジネスに直接的な影響を与えないと言うことに気づいてるからだと分かる。むしろ大きな成長の機会になるのでは?と思っている。

 

このような100年に1回しかあり得ないような事が起こって真っ先に発生するのは秩序の崩壊とルールの変更である。

 

そして僕のような後から来たちっちゃな連中ってのは、秩序がぶっ壊れたときにしか活躍出来ない。それまでは業界秩序がすべてに優先し、個人の能力等は全く省みられないからだ。

 

でもこうなると、誰を信じて良いか分からなくなる。そんなときは大体において古い秩序にしがみ付いて行動している人間よりも、自分でどんどん判断して進んでいった人間の方が生き残るのだ。

 

当社が大きくその業態を変化させて舵を切ったのは、実は1997年の金融大不況(山一廃業、拓銀倒産)とそれに伴う1998年の外国為替管理法の大幅な見直しがきっかけだった。いわゆる金融ビッグバンという奴である。

 

それまでは僕らのような企業には手の出せなかった商品が作れるようになり、一気にビジネスを拡大させた。

 

面白いことに、20世紀の世界大恐慌でも、常にそのピンチをチャンスとして対応した人々は利益を出していたのである。

 

もっと言えば、僕の頭の中には「質量不変の法則」ってのがあって、それが「よっしゃ!チャンスだ!」と訴えているのだ。

 

すでにそのような兆候が実績として出始めているから面白い。

 

質量不変の法則ってのは僕なりの解釈なのだが、世界のお金がせーのどん!で縮小することはないと思ってる。

 

つまり、今のように東京株が落ちれば円為替が上がるように、金融市場に漂っている資金は、シフトを繰り返しながらあっちいったりこっちいったりするけど、合計の流通量自体が減少することはないって事だ。

 

今はそのようなお金が円相場に流れ込んで円高に動いているが、その理由は「とりあえず怖いから金庫に入れておく」と言う発想だ。

 

その結果としてニュージーランドドルが安くなったがこれは結果論。強い日本円の前では通貨供給量の少ないNZドルは振り回されるのみ。

 

ただ、日本も非常に大きな爆弾を山ほど抱えており、いつそれが吹っ飛ぶか分からない。なぜなら実態経済が思いっきり落ち込んでいるからだ。

 

そうなると今安いNZドルだけど、何かのタイミングで一気に上昇する。そうなると通貨供給量が少ないから、あっという間に1ドル90円、もしかしたら100円近くまで上がるかもしれない。

 

ニュージーランドの実体経済は好調で、そうなると多くの人間がニュージーランドに目を向けてこの国の通貨を買うようになる。

 

なにせ毎年5万人の人口が増えている国だ。人口400万人の国で5万人増えれば、毎年1.1%の人口増加。10年後には11%でっせ。

 

これを日本に置きなおせば、毎年100万人増えて新しい県が出来て、10年後に1000万人、つまり東京並みの人口が増加しているって計算。

 

移民が減るのでは?大丈夫、誰もが不安になった時には逃げ場所を探す。地理的にも政治的にも経済的にも安定しているのはどこですか?

 

今の通貨変動はニュージーランドの実体経済を反映したものではなく、あくまでも世界の流れに振り回されているだけ。

 

そうなると、誰もがびびって振り返ったときに彼らの目に入る安全地帯、そこはニュージーランドになる。そこでNZドルが安いとなれば・・・。答えは明快。

 

質量不変の法則って考えれば、この金がニュージーランドに流れ込むと、またも振り回されることになるだろう。

 

ただ、何よりも大事なのは実体経済である。

 

実態として人口が増えれば住宅が必要だし、ニュージーランドの銀行が投資をするのは殆ど土地付き住宅である。だから、実体経済としては落ち込みがないと言えるのだ。

 

以前も書いたように、1NZドルが50円まで落ちることもあるかもしれない。ただ、実体経済は安定している。だから今年はジェットコースターになるだろうけど、今回のリーマン事件は、こりゃいけるぞ、てか、来るぞって感じを受けている。

 

昨日も書いたけど、潮目なのだ。一気に潮目が動いたのだ。

 

こりゃあ、来るぞ。



tom_eastwind at 00:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)