NZの不動産および起業
2009年09月24日
博多のうどん

ロンドンから福岡へは結果的に福岡で3泊滞在となった。
ロンドンから香港経由東京の航空券を福岡行きに変更する際はさすがに電話で手続きしたけど、それ以外のホテル変更などはすべてインターネットで行った。
文明の進歩ですね。
福岡到着の初日は雨でそこからもずっと雨の予報だったけど、結果的には二日目から薄曇、そして晴れとなり、おお、おれやっぱり晴れ男じゃんと思う。
ロンドンでも毎日青空が広がってて、なんだ、薄暗いロンドンってイメージと違うよね、なんでイギリス人はニュージーランドにわざわざやってきたの?と思わせたくらい。
けどまあロンドンの場合は食事をすると移住したくなる気持ちはよく分かる。イギリス人が世界制覇を狙ったのは食い物目的なのだと言われても充分に納得出来る味である。
だからと言って1840年代のニュージーランドの食い物が美味かったわけではない。食材としては美味しいのだが、そこにイギリス人の味付けをすることで想像も出来なくらい不味い料理に仕立て上げたのだから。
もちろん今のロンドンはそれなりにきちんと食える和食があるしオークランドでは結構美味しいものが食える。
しかしな〜、やっぱり福岡に来ると食い物の美味さが桁違いである。
福岡に到着したのは夜の9時過ぎ、荷物を片付けて近くのコンビニに寄ってカレーパンとかしわおにぎりとウイスキーを一本買って、部屋に戻って船戸与一の満州国演戯第五巻、「灰塵の暦」を読みふける。
しっかしまあ、たかだと言っては失礼だけど、コンビニのパンとおにぎりでもこれだけ美味い。添加物たっぷりは理解しているが、非常食として考えれば実に高品質と言える。
真夜中でもお近くのコンビニに行けばあっと言う間に当面必要な物が全部揃う。ある意味あれって自宅の冷蔵庫と物置代わりの存在だ。その冷蔵庫に美味しい食べ物が24時間詰まっているのだから、こんな贅沢なことはない。
空気ってのは、なくなって初めてありがたみを感じるのだろうけど、今の日本人は自分がどれだけ贅沢な立場にいるかを分かっていないのではないかと真剣に思う。
そして翌朝。僕は福岡では朝ごはんはホテルで食べない。ホテルの入ってるキャナルシティのすぐ横にウエストと言ううどんやがあるのだけど、ここが朝ごはんの行きつけ。
ドライブイン形式で店の前に車が駐車出来る独立店舗で、一階がうどんや、二階が焼肉やになっているこの店は、基本的にファミレスのファストフードって位置付けかな。
けど、何よりもここで飯を食うのは、単純にそれが美味いからだ。美味い不味いには人それぞれの基準があり、ロンドンのイングリッシュブレックファーストが最高と言う人もいるだろうし香港のお粥が最高と言う人もいるだろう。
英国式朝食が美味しいかどうかは別にして香港のお粥、あれは確かに美味い。だから香港では朝食は下町のお粥を食べる。
けど福岡では何と言ってもこのウエストのうどんである。讃岐うどんほど堅くなく、かと言って大阪のうどんほど柔らかくなく、その中間の、ぼくにとって程よい腰のある太麺とつゆの甘さ、それに乗っかってくる具材の豊富さ。いや〜、福岡はファストフードでもここまで美味いのである。
今朝は何にしようかなとメニューを見ながら目移りするが、今朝は肉うどんに生卵トッピング。この店が何よりもウレシイ隠れた一番の理由は、うどんにネギが乗っからないことである。
ネギが全く食えないぼくは麺の注文をするたびに「すみません、ネギなしでお願いします」と注文するのだけど、要望が100%通るわけではないのは経験で理解している。
ネギが乗っかったうどんがテーブルに来るたびに、持ってきた店員さんとぼくはお互いに哀しそうな眼で見つめあうしかなくなる瞬間がいつも辛い。
ところがこの店ウエストでは、ネギが最初からテーブルの上のカンの中に入っており、好きなだけ入れてくださいというのが標準。だから何も言わなくてもネギなしのうどんがやってくるのだ。
安心して注文が出来ると言う心安さは、これがもう味よりも何よりもお店を好きにさせてくれる大きな理由である。
でもって博多名物なのかな、かしわおにぎりを一個注文してからレジの隣にあるおでんを取りに行く。狙いは牛スジ。これを2本取り上げて、ちょびっと辛子をお皿に付けて自分の席に戻り、さっそくがぶっと食べる。
うまいな〜。それにしても、何で福岡の食い物はこうもうまいのか、そんな実感をさせる瞬間である。そしてすぐに持ってきてくれた肉うどん卵落しとかしわおにぎり。
うどんつゆを一口飲み、風味が口中に残っている間にかしわおにぎりをがぶっとガジる。
うっまいな〜。おにぎりの米粒とつゆが程よくからみ口の中で華やかな和の彩を広げてくれる。
日本人でよかったな〜、ほんとにそう思う一瞬である。
味覚ってのは面白いもので、西洋人は白身魚の味の区別が出来ない。中国人は日本式の米の美味さを今だ理解していない。そして日本人はいまだに牛肉の醍醐味を知らない。
もちろん明治からの西洋礼賛と牛肉信仰とマグロの霜降りが混ざって出来た霜降り牛肉が美味いと本気で信じている日本人が西洋人にどうこう言えないだろうし、中華料理に合う渇いた米の美味さを理解出来ない日本人が中国米をどうこう言う権利もない。
けど、しかししかし、日本式の米はその用途、つまり日本食と合わせた時に絶大な力を発揮するのだ。
とくに魚から取っただしで作ったうどんつゆと日本式に炊いたご飯でそこに鶏肉味を浸み込ませたかしわごはんとなると、こりゃもう「な〜んも言えん」美味さになる。
そして味付けした薄切りの牛肉がなんでこんなにうどんだしと合うのか、誰か科学的に説明してほしいくらいだけど、この相性がまたとても良い。そう、牛肉は厚めに切るとごろごろ感があってうどんやご飯には合わないしその味付けも大事なんだろうけど、この薄さが牛肉の強さをほどほどに押さえてくれて実に調合の良さを表現してくれる。
そこにかしわめしと牛スジを程よく合わせながらうどんのツユをまじえて口の中でほぐしていくと、こりゃもう極楽。
スジとかしわと牛肉うどん、日本人でよかったと本気で思う瞬間である。
2009年06月23日
香港初日
オークランド空港では大体出発前に「葉山」で食事を摂るようにしている。
機内食、あまり好きではないのだ。
だからと言って葉山が素晴らしく美味しいわけでもなく、それでも座席に押し込まれてブロイラーのように食べるよりはかなりましって事。ここのメニューに最近加わったのが、カウンターで自分でお皿からとる形式の焼鳥や魚フライ、鳥のから揚げなどである。
いかにもB級だけど、これが結構いける。魚フライなんて大ぶりで、ちょいとお醤油を付けてぱくっと食えばそこはもう日本のビジネスマン向け定食屋。
がらがらっと引き戸を開けてガラスカウンターの中に並んでいる「本日のおかず」を適当にトレイに載せて「おばちゃん、これ温めて」と頼んで、出来上がる間にご飯と味噌汁を注文する。
さばの味噌煮とか塩さばとかアジフライとか豚の生姜焼きとか、温かいほっこりとしたご飯と一緒に食べれば箸が進む進む、もう止まりませんって感じ。
やっぱり上品な白身魚のソテーとかフレンチよりもアジフライの方がいいよね。第一飽きが来ない。毎日食べてもいいくらい。
そういえば僕はカレーでもアジフライでもお醤油派。アジフライにお醤油でもかなり変な顔をされるけど、カレーにお醤油をかけた日にはもう非国民扱い。
何で?カレーにお醤油は駄目なのか?それってあなたの地域の人がたまたまソース派または何もかけない派なだけであって、日本を探せばカレーに醤油って人もたくさん居ると思うけどな〜。
とか何とか日本の昔を思い出しながら魚フライをぱくつく。ちなみにこの魚はHOKI。白身で鯛のような堅めの肉質ではなくあっさりしっとりした肉身で、ぼくは好きだ。
キャセイ航空の午後便は13:40出発なのでチェックインを済ませて食事すれば丁度良いタイミングで搭乗開始アナウンスが始まる。
今回も幸運でビジネスクラスにUpGradeされてた。チェックインの際に何気なく座席番号を見たら12Kなので、カウンターの係員と二人で「今日はらっきいでい!」とおしゃべりした。
けどこれもある意味航空会社の策略である。オークランド−香港間はいつも満席になることが多く、そうすると誰かをビジネスに移動させないといけない。
ところが乗客の多くは家族やカップルなので彼らをUpGradeさせようと思ったら2席同時に必要出し尚且つビジネスクラスで並んで2席とか取る必要がある。
その点一人旅であり窓際に坐る必要のないビジネスマンは、ビジネスで席が空いてればとなりが巨体のおっさんでも問題なく移動してくれる。その上でこれで喜んでもらえれば次回もキャセイを利用してもらえるんだから一番楽チンである。
オークランド−香港間がいつも満席なのは元々が予約システムの問題でもある。航空会社の座席販売は実際の座席数の120%を販売する。つまり満席になれば自動的に20%程度オーバーブッキングするような仕組みなのだ。
それでも120%と設定しているのは、予め急な予約取り消しが頻繁に発生するから見込みで多めに予約を受けているのだ。
でもって実際に全員が乗り込むようになったら僕のようなお一人様をビジネスクラスに移動させる。どうせ空気を運ぶならエコノミーを一席売ってそこに坐ってた人をビジネスに移せば利益になるのだから効率的と言える。
割引エコノミー航空券を購入してキャセイのビジネスにしてもらい、更に運が良ければファーストクラスのシートに坐れることもある。わらしべ長者の現代版かいな。
オークランド-香港間は2クラスで販売しているのだが、機体のやりくりをする中で欧州路線に配備された飛行機がニュージーランド路線に来るとファーストクラスが設備されているので、ビジネス料金でファーストとなるのだ。ちなみに飯とサービスはビジネスもファーストも同じ。
この日の香港は大嵐の天気予報だったのが、雲が足早に香港上空を抜けたのだろう、ぼくが到着する夜の9時には星と雲が交互に夜空の中に浮かんでた。
本当ならこの夜に合流する予定だった日本からのお客様が急遽便名変更で翌日になったため、自由行動開始。
2009年06月22日
安心社会と信頼社会
池田信夫ブログの中で取り上げられていた記事のテーマ。
これはまさに海外で仕事をするぼくとしてはずきっとするくらい頭の中に入ってしまう理屈である。
長いので前後は省略するけど、池田信夫ブログ
★抜粋開始
これは山岸俊男氏の一連の研究でもおなじみの定型的事実で、ゲーム理論で合理的に説明できる。日本のような安心社会では「一見さん」を仲間に入れないことが長期的関係のレントを維持する上で重要なのだ。しかしこれはネットワークを広げる上では不便なので、まず相手を信頼して取引し、裏切り者は法的に処罰するのが欧米型の信頼社会である。
★抜粋終了
日本で取引をしようとすると、まるで取引をしたくないのかと思わせるくらい参入障壁が高い。紹介はあるのか、取引先銀行はどこだ、日本で支店はあるのか、どんなビジネスをしているのか、挙句の果ては株主構成???
おいおい、そんな外見で取引が始まるようならバブル期以降の日本の大不況と超大手企業が倒産する現状は一体どういうことだ?
これに比べて西洋人との取引は、シビアではあるが間口が広く敷居が低い。良いものであればどんどん買ってくれる。その代わり切るときも早い。
日本の地方の革新的技術でも東京では採用されず、米国で最初に採用されてそれから日本に逆輸入された技術が多いのも、まさに日本の企業間の「参入障壁」である。
けど、ここまで学術的に言うよりも更に前段の、もっと低いレベルに今の日本企業の問題がある。それは「自分で考えて評価する能力がない」と言うことだ。
自分がバカでありながらバカであるという事を知らないから自分の判断が正しいと思い込む。ところがその判断の根拠と言うのは全く意味のないものであったりする。てか、かえって社会の成長を阻害するような内容であったりする。
その結果、折角の技術が潰されていくのが日本である。更に問題なのは「安心」と言うネットワークで繋がってしまうと、自分が相手を信用するのでそこから先相手のやることを疑わなくなる。
また自分がネットワークの中にいるとそれだけで「安心」だから、それ以降何の勉強もしなくなる。
日本の大学等まさに良い例だ。一旦中に入ればあとは努力の必要なしという組織が、日本には実に多い。
ところが西洋社会では転職等当然だし現場に入ってからも毎期ごとに実績を出さねば相手にされない。ビジネスを拡大する為にはリスクを取って全く見知らぬ市場に参入する必要もある。
けどその分新規市場の勉強もするし日常に置いても自分の知識を磨くために様々な分野の人と話をしたり本を読んだりする。
そうやって日頃自分を磨いているから、見ず知らずの人間が来て話をされても理解出来るだけの素地があるのだ。それが相手を信頼出来る素地なのだ。
こっちが何の知識もなしに相手のいう事をはいはいと聞くのは盲信であり、これは日本人の陥りやすい癖。
それと池田ブログの抜粋の最後の部分に書いている「裏切り者は処罰」と言う考え方も、組織を守る為には権力の行使が必要だし、権力を行使するだけの実力があるから言えることだ。もちろんこれには大前提としてキリスト教的倫理観念が必要だけどこれを書くと長くなるので省略。
日頃は組織の中で安住して何もせずに、さあ会社が新しいことをするぞとか外部から新しい提案があってもその意味が分からずに結局すべてを駄目にしてしまうのが最近の風潮ではないだろうか。
日本の場合、企業に限らず村社会でもどんな社会でも、とにかく通過儀礼のときだけきちんとすれば後は大丈夫、どうにかなるさと言う発想が強すぎる。
だから技術がどれだけ優れていてもこういう外部との摩擦によって成長する部分がないから、結局外部に一番美味しいところを吸い取られてしまう。
「存在感のない日本」と言うことばがぼくの頭の中にある。
安心社会が日本一国で続くなら逸れも一つの選択肢だと思う。世界が日本でしかなかった鎖国時代なら、その中で安心で生きてこれた。同じ価値観と同じ文化の中で生活できた。
けど今はもうそんな時代ではない。否が応でも門戸は開かれているのだ。
そんな時に恐れて萎縮して何もせずに食われて、それで周囲が悪いと批判したって誰も救ってはくれない。自分で自分を磨いて社会に向って外に向って戦っていくしかない時代なのだ。
かと言って再度の鎖国は今更不可能である。少なくとも経済的には利益よりも不利益の方が圧倒的に多い。それでも政府が鎖国をするとなれば、その理由は政治的安定のための人心掌握だけでしかない。政府は損はしない。何故なら鎖国で損をするのは国民だからだ。
自分を磨いて未知の世界に飛び出して向い傷を気にせずに突っ込むか、それともオストリッチのように目の前にある問題に眼をつぶって何もせずに砂の中に頭を突っ込むか。
安心社会はもう存在しないのだ、それくらいの気持ちでないと生きていけないのだ。西洋人と真っ向から立ち向かって対等の立場で仕事をしようと思えば、こちらも理論や技術や文化で武装をする必要があるのだ。
まあ最終的にはどちらを選んでも自己責任。ただ、後になって「あいつ、いいよな」なんて、間違っても言ってほしくない。自分が選んだ道なんだから。
2009年06月20日
フィッシュ!
北朝鮮の貨物船が米国のイージス艦に追っかけられそうだ。2年前のマカオの銀行閉鎖の時よりも今回の方が迫力あるな。すぐに軍事行動に繋がりそうな雰囲気だ。
かと思えばイランでは先日の総選挙で大勝利を収めた大統領に対して反対派が暴動を起こしている。
イランの事件はどう見ても米国との繋がりを感じるな〜。それも米国が二つに割れて、オバマ大統領を中心とする対話派と軍部などにいる強硬派がそれぞれイランに対して違う仕掛けをしているようだ。
そんな北半球の様子を南半球の平和な国からインターネットで眺めながら、今日もショッピングセンターで魚の値段を見たりしている。
流石に冬なので気温も12度と低いけど太陽が燦々と輝いているのでそれほど寒さを感じない。
てか、周囲の人たちがサングラスにTシャツで過ごしているからますます寒さを忘れてしまう。
鯛が1kgで32ドル。けどお店によって全然鮮度が違う。あるお店では鯛のフィレットの上に直接細かい氷をぶっ掛けている。あれじゃあすぐ氷が溶けて魚の身の中に染みこんで水っぽくなってしまうよ。
焼けば何でも同じと思っているのだろうけど。この国ではサシミ文化が入ってきたのが10年程度だし白人がサシミを食べるようになったのも最近のことだから、あまり区別がつかないのだろうけど。
ちなみに白身魚の味の違いを理解出来るのは日本人と韓国人だけという。ちなみにうちの奥さんは白身魚の味の違いをあまり感じないそうだ。
日本人だって風邪引いて鼻づまりしてる状態で白身の区別は難しいかもしれない。
青酸カリのアーモンドの匂いを感じることが出来るのも10人のうち半分くらいでその原因はDNAと言う話をスカーペッタ本で読んだことがある。
味はどうやらDNAにも関係があるのかもしれない。牛肉の脂身を有難がって「霜降り最高!」なんてのは、あれは味自体ではなく周囲が美味しいというから自分も美味しいと思い込むレベルの話だけど、魚については日本人のDNAがあるんではないかと思う。
日本人が普通に知識を持って普通に扱えば、今のニュージーランドの魚流通は劇的に変化するし品質は一気に向上する。
今やってる真っ最中の魚プロジェクトはいよいよ第三段階に来てる。次は新流通システムを現地の水産会社に提案する。これがOKになればまず3〜4ヶ月の会社立ち入りトライアル期間を経て本格的に新流通システムを導入するようになる。
新流通システムには同時にMAORIの若者の雇用改善と海外輸出による外貨獲得という2面がある。
意外と知られていないがニュージーランドの農業の殆どはMAORIが権利を持っている。例えば日本が南太平洋でマグロを取る時にニュージーランド政府と毎年漁獲高の交渉を行うのだけど、最終決定権を持っているのはMAORIだ。彼らがOKと言わなければマグロは獲れない。
これは元々ワイタンギ条約に端を発する。1840年に白人とMAORIが条約を締結した際に白人側は「土地はすべてMAORIのもの、これを白人が買うことが出来る」とした。
ところがその条約にはLANDとPROPERTYの解釈の違いがあり、その解釈の違いを見つけ出したのが1970年代のMAORI運動の活動家である。
当時のMAORI活動家は大学で法律を学びMAORIの権利復活に向けた活動を行っていたが、この条約の解釈によって漁業権、伐採権などニュージーランドのPropertyがMAORIのものであることが正式に裁判所で認められて、それ以降MAORI裁判所やMAORI省が設立された。
今回ぼくがカウンターパーティとして組んでいるのがまさにその当時の活動家やその後を継ぐ新しい世代の人々である。
最近はMAORIの権利が多すぎるとして既得権益を削減する方向になっているが、それでも漁業についてはMAORIの権利が100%である。
魚ビジネスについては最初はオークランドで技術を確定させてニュージーランド全体の水産会社で流通システムを導入していく予定。
けどこんなもん、日本人からすればそれほど難しくはないけどキーウィやMAORIからすれば「信じられない」となる。
要するに日本人のDNAに染み込んでいる魚の扱い方と美味しい魚の味と、何よりも「きれいに使う」「ていねいに使う」「もったいない」を長い間に実践してきた結果だろう。
魚ビジネスで新しい会社が出来ればこのビジネスモデルをベースにして漁業ファンドを組む予定。ニュージーランドに関心があって何かニュージーランドと関係を持ちたいと思う人に案内していきたい。
けどそれよりも何よりも、やっぱり日本人の持つ技術力の高さをキーウィに見せることが出来るほうがうれしいね。ようするに日本人でいる事がうれしい瞬間である。
そしてこうやってビジネスを広げていけば、そこに新たにニュージーランドにやってくる人の職場や起業の機会が作れる。これも実は大きなポイントだ。
魚に限らず他のビジネスも展開が始まっている。先週行われたFOOMAという展示会でも色んなネタが入ってきた。
日本には本当に素晴らしい技術がごろごろしているが、これをカネに替える、つまりビジネスにして利益の最大化を図るという部分が本当に弱い。てゆうか技術者によってはお金の話を「聞きたくない!」ような人もいるようだ。
ニュージーランドは周囲をすべて海に囲まれた、まるで日本のような島国である。獲れる魚も日本と非常に良く似ている。
今回の魚ビジネスで日本の技術とニュージーランドの自然の恵みが合体して雇用や経済貢献に繋がれば関係者全員にとってHAPPY! 三方一両得という当社のビジネスモデルと見事に一致してくれる。あとはいかに関係者全員に彼らに納得してくれるように説明をするか、である。
2009年06月04日
水漏れ工事
NZdaisukiからの記事全文
★
アパートの水漏れ問題
オークランド北部OrewaにあるアパートNautilus apartment towerが水漏れ問題に直面している。
開発者であるRick Martin氏は建物に問題があることを認め、水漏れ専門家に調査を依頼した結果、Nautilus towerを建設したBrookfield Multiplex社に責任があると話した。
Martin氏によると、アパートのメンテナンスが適切に行われていなかったのが今回の水漏れの原因で、Martin氏の会社Cornerstone Groupに一切責任はないとしている。
これに対してBrookfield Multiplex Construction (NZ)の代表であるDan Ashby氏は、建設作業は何年も前に終了しており、現在までに苦情などは出されていなかったと反論し、会社に責任はないと話している。
国内の水漏れ問題は過去9年間で30,000から80,000件ほどあるとみられており、Nautilus towerのような高層ビルの水漏れも何件か確認されている。Nautilus towerの修理には1900万ドルもの費用がかかるといわれており、そうなれば国内の水漏れ修理では過去最高額となる。
社会 2009年6月1日
★
そうでしょうな。
「そうでしょうな」と言う意味は、
1・国内の水漏れ問題
水漏れに限らずこの国では人の失敗を許すと言う文化が根付いてる。
当時に小学校から培われた「Try&Error」と言う考えで、駄目もとで何でもやってみようと言う失敗を恐れない文化もある。
この二つの文化が一緒になると何が起こるかと言うと上記のような水漏れだ。
つまり、ここ数年は建築ブームで随分たくさんのアパートが建設された。
その為に忙しい現場では「よっしゃ、工事の数をこなすためにここ、少し手抜きしてみよう」と言う確信グループから、工事の裏側の補強を理解しない日曜大工が「お!ばっちりじゃん、この出来上がり!」と表面だけ見て喜ぶ手抜き工事に繋がり、あちこちのアパートで問題が起こったのだ。
シティ内のアパートでも随分たくさんの訴訟が起こっている。けど誰も「オレ、知らないもんね」となる。
そりゃそうだ、こっちは自分なりに一生懸命作ったんだから失敗しても文句言うなよという文化がある。その上に、すでに飲み食いや車の購入や海外旅行に使った金を今更返せるわけもない。
だからその結果として買い手から何を言われても「知らぬ。おれは悪くない」となるのだ。
素人が参入しやすい為に技術水準が低い、その上に腕の良い建築業者は大きなプロジェクトの商業ビルや子供の頃からの付き合いの友達の丁寧に作る一軒家に取られてしまい、アパートには優秀な建設業者は集まらないのだ。
ついこの間も建設のプロの方が来られてて、その日本人からすれば信じられないような工事程度であったと唖然としていた。
だからアパートの水漏れだけじゃなくって、社会の仕組みが水漏れになるように出来てるってのが問題。
この「失敗を許す」と言う気持ちと「恐れずにやってみる」のが良い方向に向かえば人々が笑顔で過ごせるのだけど、専門家が必要な状況に置いても日曜大工が出てくる、つまり悪い方向に向かったのが今回の事件であるといえる。
今回ってか、ここ1年くらいで続けて発生しているもんね。アパート購入は当分見送りをお勧めします。
2009年05月17日
通
「おまえのように日本語が出来る奴がいて良かったよ」電話で話しているだけなので、おっちょこちょいなんだろうな、このキーウィの彼はぼくのことをすっかりキーウィと思い込んでいるようだ。ま、そのうちアクセントで分かるんだろうけど。
電話だとどうしても細かい話が伝わらないしおまけに音声が悪いので彼が誤解してしまうのも仕方ないんだろうけど、不動産屋さんってのはやっぱり忙しい仕事だから、あんまり相手の背景なんて考えてる余裕もないんだろうね。
もうちょっと落ち着いて仕事をすれば良いのにとは思いながら、東京の売主さんとの間を繋いでいる。
今日は香港に行ってる奥さんの代わりに不動産の仕事だ。日頃あまり携帯電話を使わないのだけど、一度不動産の仕事を始めると、そりゃもうケータイがじゃんじゃん鳴り捲り。業種が変わるだけでこうなるんだから、面白いもんだ。
★抜粋開始
現在の住宅販売事情
ニュージーランド最大の不動産業者であるHarcourtsが、他の地域の住宅価格が下がっている中、オークランド北部の住宅価格は上昇していると発表。
4月に売買されたオークランド北部物件の平均売値は$536,000で3月から6万ドル上昇しているほか、セール中の物件やオークション、入札数も上昇しているという。
Harcourtsは全国的に見ても売り上げが昨年の4月からの1年間で44%も上昇しており、オークランドとクライストチャーチ市場は特に活発だという。
Real Estate Instituteも全国的な物件価格の中央値が 5万ドル上昇し、価格、売上高が共に安定してきていると報告している。
社会 2009年5月16日
★ 抜粋終了
★
NZdaisukiに出てた記事。大体ニュージーランドの新聞記事は斜めに読んで丁度良いくらいで、実際の現場の雰囲気を伝えてないのが多い。てか、でっちあげがかなり多い。だからきちんと背景を理解して読まなければどれがでっち上げか分からない。
日本の新聞が「お利口さんのボーイスカウト」だとすれば、NZの新聞は「英語の綴りがきちんと書ける野蛮人」だろう。
共通しているのはどっちもバカってこと。けどまあ今回の記事の不動産価格については同意見。てか、新聞に書かれなくても知ってるしって感じ。
最近急に不動産を売る人が増えて、特にノースショアに行くと「え?この家でこの価格?」ってのが目立つ。
要するに今までは冬だった不動産だけど、そろそろ春が来たからちょいと高値で市場に出して見ましょうってことだろう。
だから出された金額でまともに買うのは得策ではない。けど駆け引きは上手にしないと相手を怒らせてよい値段が出せない。
このあたり、結局は阿吽の呼吸であるが、日本人には難しいだろうな、今の相場。
★閑話休題★
今読んでる小日向白朗の「馬賊戦記」でもしばしば出てくる記述だが、とにかく日本人は自分の経験と理解の範囲内でしか物事を考えようとしない。
例えて言えば地球の周りを宇宙が回っていると信じている状態では、それ以外の事実をどれだけ説明しても聞く耳を持たないし、第一理解出来ない。
香港時代もそうだったけど、現場や現地に染まるってのが出来ないのが日本から派遣されてきた連中の特徴だろう。
とにかく東京感覚だから何を話しても話が「かまない」。彼らは結局自分の器の中ですべてを処理しようとするんだけど自分の器自体がちっちゃいという事を知らない。
これがこわっぱ程度なら良いけど、会社とかである程度の地位の人間がこれをやると、もうその組織は可哀相なものである。せっかくの優秀な若者がどんどん潰されていくんだから。
オークランドでも同じである。現場や現地を知らずに理屈ばかりを並べてる連中。あいつらほんとに、それで満足しているんだろうか?自分の無知と馬鹿さ加減の上に座り込んでるだけなのに。
今もそういう大きな組織の末端の連中と話をしているのだけど、まさにバカの骨頂である。自分が何をやっているのか分からないままに机にしがみ付いて歯を立ててがりがりやって「俺が仕切ってるんだ〜」みたいな連中。それでいて本人はエリートと思ってるんだからやってられん。
ここ、組織の頂点の人間と話をする機会があったので、そのうちかたをつけにいこうと思ってる。
それにしてもxx通だとかニュージーランドがdaisukiです!だとか、薄っぺらい話が飛び回る時代になったもんだ。
2009年04月08日
御代は一億円

旅行業が従前の形態のままでは生き残れないと書いたけど、じゃあ具体的に何をすれば良いのか?
殆どの旅行屋にはその答が見えてないと思う。何故なら顧客視点でものを見てないからだ。
例えば1億円のツアーを作れるか?御代が一億円だ。
たぶん旅行業関係者であれば作れない。けど発想を変えれば作れる。
旅行業者は自分のことを旅行業者と思い込んでる。それは良い、けどその旅行業者の領域については思い切り勘違いしている。
旅行業者とはお客様の要望に応じてホテルと食事と移動手段をパックにする事だと思ってる。
違う。全然違う!
僕らの仕事はお客様を幸せにすることであり、日常生活から解放してあげることなのだ。
いつかは誰でも自分の家に戻る。そしたらどんなお金持ちでも殆どの家庭では奥さんが台所に立って味噌汁を作るだろう。旦那は庭掃除をするかもしれない。
けど、旅のあいだはそれが不要だ。その解放感だけでも全然気持ちが違う。
そう考えれば、高級ホテルを選んで宿泊なんて発想はすでに頭がちがちの心が貧しい発想だ。
例えば一ヶ月ニュージーランドで過ごすなら、ミルブルックゴルフリゾートで別荘を買えば良いではないか。
好きな時間にオークランドからクイーンズタウンに行ける様にプライベートジェットを手配すればよいではないか。
クイーンズタウンでの移動手段はBMWのZ3をレンタカー会社で手配すれば良い。
そして通訳兼任バトラーを雇い24時間サービスで専任スタッフを傍に置き、街に出るときは自分でドライブ、素敵なレストランでお酒を飲んだら、帰りはバトラーに運転してもらう。
こうすれば、別荘が8千万円、ジェットが5百万円、バトラーで50万円、レンタカーが30万円、それと食事代なんかを入れれば、ほら1億円のツアーが出来る。
このツアーの良い点は、2回目に来る時は1千万円程度の旅費で済むって事だ。
こうなると、豪華客船の「あすか」に乗るのと殆ど変わらない。ところがこっちでは別荘がもれなく付いてくるし、使い飽きたら売れば良いのだから、ずいぶんと手軽な値段で旅行を楽しめる。
ぼくが今ニュージーランド政府観光局とニュージーランドのホテルオーナーと提携して進めているのは、そんなラグジュアリーツアーだ。
ラグジュアリーと言いながら、買った別荘が高く売れれば、もしかしたらプライベートジェット費用も全部賄えるかもしれない。これならラグジュアリーツアーに宝くじが付いたようなもので、更に楽しみが増えるではないか!
今は企画を作成中だが、今年の11月頃から販売出来る予定。
何で既存の旅行屋がこういう発想が出来ないか?それは彼らが自分のことを「不動産屋じゃないしな〜」とか「おれ、移住なんて扱ったことないし〜」とか「え?ジェット?そんなん売る力ないし」からなのだ。
要するにどこの業界にもいるけど、出来ない言い訳と自分のビジネス領域を勝手に自分で狭めているだけの、貧しい心の人々なのだ。
元々は旅行屋としてぼくの社会人人生は始まったのだが、ここ10年くらいは「旅行じゃ食えん」と仕事の軸足を少しずらしてたが、そろそろ僕の一番大好きな「旅行」で食える時代が来るような気がしている。
てか、古い常識に縛られた連中の古い頭を吹っ飛ばす良い機会だと思っている。この企画を当てて、値引きしか脳みそにない旅行業連中の目を覚まさせてやる。
2009年04月05日
一億総中流は終わってます。

今回の出張で一番感じたことは、まだ一億総中流の時代は終わったってことを気づかない、てか気づきたくない人々の多さ。特に旅行業関連。
1990年代後半、バブルはすでに崩壊したのに証券会社の古株連中は「夢よもう一度」とばかりに毎日何もせずにバブルが戻ってくるのを待っていた。
それと同じで、日本の旅行業は完全にビジネスモデルが崩壊しているのに、その事に気づこうともせずに昔の夢の話ばかりしている。一億総中流の時代に作られたパッケージツアーってのは、一億人が皆中流にいた時に売れたビジネスモデルである。
だから世の中が二極化すれば今までのパッケージツアーなんて売れるわけがない。現実に顧客層の動きがすでに大きく変化している。
なのにまだパッケージツアーにしがみ付いて、少しでも現地価格を引き下げることで安売りをして、それでどうにかなると思っている企画担当者連中には困ったものだ。
まさに無努力の極みである。それが更なる旅行業者離れを起こしているのが気づかないのか?
値段を下げるって事は取引相手の利益を奪うことであり、そういう事ばかりやってたら誰もニホンジン相手に商品なんか売らなくなるぞ。中国や欧州など言い値で買ってくれる国はいくらでもある。何でわざわざ日本人に売る必要があるか?おまけに送客は毎年右肩下がりで去年は遂に中国に抜かれたではないか。
要するに自分で自分の首を絞める最低の行為が値段叩きなのに、その事を全く分かってない。
てか、企画担当者、自分が会社にいる限り簡単に解雇されないから安心しているのか?
安かろう悪かろうのパッケージツアーなど、誰も買わないのだ。皆、自分でインターネットを使って直接航空会社とホテルに連絡を取って予約をするのだ。
今現在大手旅行業者は軒並み大赤字である。旅行業自体がその体質変換をしないといけない時期に、今も偉そうなことばかり言って何の変化もせずに問題を先送りしてしまう経営者連中や現場の支店長クラスは、もうどうしようもない。
ああいう連中って、本当に口だけはうまいけど実際の変化を見ようとしないという点では、世間に転がってる「使えね〜中年おやじ」だ。
メタボメタボって最新の話題を口に乗せるだけで満足して、自分は言い訳ばかりで体調管理するだけの努力さえしない中年連中。煙草は体に悪いんだよななんて言いながらそれでも止めようとしない。
てか、大体自分の商品知識を磨いて新商品を作るって発想さえしない。これからも自分たちのビジネスがが永遠に続くって思ってるのか?
旅行業は続くよ。けどそれは今までの旅行業ではない。一人一人の旅行の歴史と家族の歴史を頭に入れて、一人一人の夢と喜びを提供するビジネスモデルが生き残るだけである。
そんな事を考えながら仕事をしていたら、偶然だけどそういう旅行会社があるのを知った。
北陸にある旅行会社で「マゼラン」と言うのだが、週刊ダイヤモンドで旅行業特集の中で紹介されていた。
旅行業が今後どうあるべきか。その一つの道筋がこういう旅行形態なのだろうと思う。
ホテルについても全く同じである。寝るだけの設備としてのホテルならそれは出張であり旅ではない。旅行会社が手配をする必要はない。
旅行会社がやるべきことは夢と喜びを売ることだ。その事を現場の人間がどれだけ分かっているのか?そこが旅行業として生き残れるかどうかの岐路である。
座席と部屋と飯を売るのが旅行会社ではない。お客様はブロイラーではないのだ。一回の旅でお腹一杯にさせて移動させて景色を見せれば終わりと言うのは、21世紀の旅行業ではないのだ。
てか、正直言えば20世紀でもそんなのは旅行業ではなかった。どれだけお客様の履歴を把握してその人が何を欲しいかを理解して、しっかりと手数料を貰ってプロとして手配するのが本道だった。
けど1970年代から飛び始めたジャンボ機が、座席の数をたくさん売った方が偉いと言う風潮を創り出してしまい、その方が楽だからと旅行業者がダイエー並みに野菜のたたき売りをするように旅行商品をたたき売りをするようになった。そうして手数料の値引きを始めた。
このあたりから旅行業はおかしくなったのだが、今の時代になってやっと本道に戻り始めている気がする。
2001年頃のブログやコラムで、これからの10年は革命的に時代が変わるぞと書いた。やはり世の中はそんな風に変わっていった。
旅行業でも、変化出来る人間だけが生き残れる。さ、業界の皆さん、変化出来ますか?
写真はマゼラン。
2009年02月24日
亀と兎
ニュージーランド経済についてちょいと一言。
NZdaisukiなどを見ると不動産のローン支払いの滞りが増えているという記事が出ていた。
それはその通り。けどこれには場外の人には見えない色々なずれや現実ネタがある。ここを知らない限り読み解いたことにはならない。
僕自身不動産を毎日のように見て扱っているので現場視線で見るのだが、市場外の人が思うほどには痛んでない。
まるで投売りのような印象を与える記事だが、僕がその記事を持って奥さんに
「ねえ、安い物件あるの?」と聞くと、
「ばっかじゃん、赤字になってまで売る人がそんなにいると思う?」
そう。新聞が言うほどには下がってないのだ。
これは数字のマジックで、銀行がアパート投資への新規ローンを実質停止した為にアパートを買う投資市場は消失したが、だからと言って家賃が下がってない現状では、ムリに叩き売る必要はない。
ここがポイントであり、米国では自分が住むマイホームを、本来払えるはずのない金利で借りて失業したから家を手放す結果になったのだ。
けどNZの投資家は自分が住む為にローンを組んだのではない。米国のような、途中から返済額が大幅に増えるローンでもない。
最初からきちんと払える計算をしてローンを組んでいるのだから、家賃さえ適正に入れば叩き売る必要はないのだ。
ローンが払えずに手放すケースも確かに発生している。しかしその内容と大変さは、米国や英国の比ではないのだ。象さんと蟻さんくらいの違い。
第一、本当に生活に困ればその時は政府がすぐに出動して経済援助してくれるのがNZの一番の特徴、つまりセーフティネットである。
多くの投資家は自分の持ち家がある状態で投資の為に買い、利回りが5〜7%で回っているのだ。あえて叩き売る需要はそれほど多くはない。
そう、NZでは元々ムリして投資をしてないのだ。だからムリして返済する必要もない。ここがサブプライムと一番違うところだ。
では誰が売っているのか?
投売りの多くは、実は外国人投資家がNZの物件に投資して自国通貨ベースで計算して損失が拡大したので損切りをしたりとかのケースである。NZドルで持っている人は為替は関係ないのだ。
米国や英国の強烈な激痛、例えば痛風や奥歯の歯痛に比べれば、蚊に食われた程度と言うのが正直な印象。
ニュージーランド経済を読むときに絶対に忘れてはならない視点がいくつかある。
1・NZと(比較する)自国民の消費動向や労働志向を同じと思わないこと。
2・NZが自国のような経済大国と同じような動きをすると思わないこと。
3・NZの新聞はネタ欲しさにクロスチェックもせずに扇情的な記事をかくこと。
4・NZでは現場を最初に見てから記事を読むこと。何よりも現場が全て。
5・NZと自国の法制度やセーフティネットを同じと思わないこと。
このあたりを理解せずに、記事に載った内容だけで悲観したり楽観したりする姿は、僕から見れば正直こっけいでさえある。
叩き売りはある。しかしそれは諸外国に比べて異常に少ないし、大体叩かれた値段ではない。
答は常に現場にあるのだ。何なら不動産オークションに行ってみろ。全然安くねえジャねーか。
一次情報を新聞やネットから見て無批判に信用して記事にする新聞やブログに利用する人がいるけど、あれは通用しないよ。
今では一次情報に値しないのが新聞なのは日本もNZも同じ。
何よりも大事なのはまず自分が社会常識と世の中の全体の流れを理解した中で記事を読み熟考し、普通に考えれば「そんなことあるわけないじゃん」と判断する読解力を持つ事だ。
けど多くの人はそういう自己努力をしないまま周囲の嘘の波に飲まれてアップアップしている。
なぜ今回の世界的金融危機でニュージーランドがあまり大きく傷ついてないか、思いっきりはしょって簡単に言うと、
1・NZは農業が中心の国家であり食い物に困らないし基礎生活品の値段も上がらない。だから日常生活で目に見える部分に及んでない。(勿論ちょっとはあるけど、それはもう北半球と比較すれば蟻さんと象さんの違い)
2・NZという国は元々勤勉で節約なプロテスタントとか英国教会の敬虔な信者の集まりで出来上がった国なので過剰消費がない。(これも比較だが元は同じような集まりであった米国とは全く純粋度が違う)
3・元々経済発展が遅れておりグローバリゼーション経済とのつながりも少なかった。
要するに糞真面目で退屈で美味しい食い物のない、活発な人間にとては面白みのない旨味のない国だったけど、結果的に「亀さんと兎さん」の亀さんになったのがニュージーランドなのだ。
本当はこれに色んな数字を付けてそれらしく見せれば良いのだろうが、毎日書くブログにそこまでデータ収集をする時間もないので大雑把にしたままで申し訳ないが、僕の感覚は実際に金融関係者や政府関連の人々の読みとほぼ一致している。
彼らは数字で武装しているので、机の上と現場の意識は一致しているといって良い。
誰しも1年前の自分の生活と今の自分の生活を比べて悲観したりする。けどあなたが比較すべきなのは、今世界の反対側で発生している事と今自分の街で起こっていることなのだ。
北半球でまさに今核戦争が起こっている最中に、オークランドの道端でバナナの皮に滑ってヒザを擦り剥いたって、核とバナナとどっちがましだ?
犯罪も経済も現場で起こっている。現場を見ることだ。
そう、実は一番現場を無視しているのが新聞記事だと言っても良い。
バナナの皮がどれだけ危険かを大学の先生に調査してもらい、比較の方法をわざと扇情的にする事でNZも核戦争に巻き込まれたくらいの記事にして少しでも部数を増やそうとしているだけなのだ。
目先の机上の数値ばかり見て騒いで更に世間を不安に落とし込んでいる高給取りの評論家や分析者のお利口さんよりも、実はニュージーランドで一生懸命毎日野菜や芋を作っている人の方が社会の価値を高めているんだと言う現実を見たら、真面目に働くことの価値を見いだせるのではないか。
今回の金融危機で当初は大丈夫と言われてた日本も、円高と輸出激減で大変な問題になっている。
東尋坊で飛び込む人が急増したのもその一つであろう。
ただ今こそ言えるのは、他人の無責任な言葉や新聞に振り回されることなく、自分が何故生きているのかをもう一回考えて、なぜ「助け合う社会」がこの世に必要なのかを考えて、じゃあ人間らしく生きようとすればどうすれば良いのかを、根っこのところから考え直す良い機会ではないかと思う。
災い転じて福となす。これから50年の人生を考えたとき、あなたにとって何が一番大事ですか?
目先の金?ウォシュレット?(妄想の)社会的地位?高層ビルと立派なスーツ?
せっかくの100年に1度の機会なのだ、自分が欲しかったのは何なのか、今こそ考え直す一番の機会ではないかと思う。
写真は寝覚めの床で川底を覗き込むりょうまくん。面白がって飛び込むなよ、そこはニュージーランドじゃないんだから。
2009年02月23日
両輪社会、三輪社会
今日からオークランドで仕事再開。
今回の出張を計算してみると、去年のどの出張よりも長かった。
と言うのも、
前半は農業など新規業務の立ち上げミーティングどっさり。
中盤はお客様ご家族と去年からお約束させて頂いてたスキー。
後半既存企画のミーティングどっさり。
それにみゆきのアパート探しもあってネタが目白押し。
けどこれで今年の方向性や各業務ごとに仕分けが出来てきたので種まきは無事終了だ。
後はこれを種ごとにどう大きくしていくか。
特に農業と漁業。
農業は早速取り組みを開始する。
まずはフランス産のプレサレと同様な土地で飼育されるラム肉の製品化と日本のレストラン向け業務用輸出である。
これにはまだまだ障壁が多いけど、生産、輸送、販売と各分野ではすでに業務遂行能力を持っている人々ばかりが今回のチーム。だから後はそれを全体図を描いて実際に動かすと言う商社能力が当社に要求される。
でもって当社の一番得意な部分も、実はこの商社機能なのだ。なのでこれはうまくいけば半年程度で市場に出せるだろう。
ここで難しいのは以前も書いたけど、生産者と消費者がお互いに相手を尊敬していくという点だ。
言葉を変えて言えば、お客様が神様と思っている人びととは、この取引は成立しないと言うこと。
生産者にしても消費者にしても、まず皆は人間である。一つの社会をそれぞれ業務分担しながら助け合って生きている人間である。
ある人は都会で機械を作り、ある人は田舎でその機械を使って農作物を収穫する。ある人は生産者と消費者を結ぶ流通の仕事をする。そうやって三者が最終的に社会を構築するのだ。
ほら、どれ一つがいなくなっても困るのが近代社会だ。
そんな時にモンスタークレーマーや値段叩きしか言わない流通業者、商品を誤魔化す生産者となったら、そんな社会はあっという間に他人が信用出来なくなって崩壊してしまう。
今の中国を見ればよく分かることで、人が人を信用出来ない。だから野菜でも果物でも日本製が高くても売れるのだ。
そうやって世界で構築してきた日本製の素晴らしさだけど、今その成功のリンクがdandan壊れ始めている。
それはマスコミ、クレーマー、自分の利益しか考えない流通業者などあちこちに問題はあるものの、一番悪いのは「お客様は神様です」と言うシンワを作った歌手だ(半分冗談・ほんとはその時代の流れだったんだろうけどね)
日本人ってのは理論的に考えずに情緒に流されるから、和服を着て歌うおじさんがにこっと笑って「お客様は!」とやってしまうと、その言葉の裏にある近代社会での分業化と言う一番大事な視点を忘れさせてしまい、消費者は神様、金を持ってれば消費者、じゃあ金持ちが一番じゃん!と言うことになったのだ。
まあそのあたりは日本でこれからどう変化していくにせよ、少なくとも今回のビジネスでは生産者である南半球の酪農家の人々が、8千キロ以上はなれた北半球の島国の人々に対して好意を持ってもらうのが第一だ。
酪農家の皆さんが5年も働けば一軒目の家を買える頭金が貯金出来るくらいの利益を出してもらいたい。
そして次は消費する人々に口福を味わって欲しい。フランスのプレサレラムは一頭で店頭価格25万円くらいする高級品だけど、味はそりゃもう絶品だし、第一流通量がめちゃ少ないから、そこにはまだニュージーランドラムが入っていく市場があるはずだし、クリーン&グリーンのニュージーランドのイメージでブランド化すれば、これは確実に売れる。
勿論途中で流通に関わって全体図を描く担当の僕らも商売だから利益を出さねばならない。けどそれは一番最後で良い。また必要であれば両者の利益確保の為には絵を描く責任者である当社が負担をすれば良いと思ってる。けど最終的には利益を出さないとダメ。企業の利益をどうこう言う人がいるけど、そういう人に限って自分の利益には敏いのだから困ったもんだ。
まあいずれにしても明日からだ。
漁業に関する新技術もしっかり日本で見せてもらったので、これも早速ニュージーランドでの実用化を目指して始動だ。農業よりもこっちの方が時間かかりそうな気がするけど、とにかく既存ビジネスの上に新ビジネスとして立ち上げていくには遣り甲斐のある仕事だ。
車は一輪ではいずれ倒れる。
両輪あれば進んでいる間は倒れない。
三輪あればまず倒れない。
三輪社会で皆が助け合う、そんな時に一人だけ神様になってもらったら困る。皆仲間、友達なのだ。
写真は八方の黒びし。ご存知の方はご存知ですね。初回目の挑戦でコブの真ん中あたりで見事に飛びました。まだ手足は付いてます・・・。
いや、ほんとにすごいですね黒びし・・・。来年待ってろよ。
2009年02月05日
アパートの鍵かします
僕はニュージーランドでは「外国人」だ。けど、だからと言ってなんらかの証明書を持ち歩けとは言われない。
日本では、外国人が日本に住む場合は外国人登録証が必要となる。
そして登録証は常に携帯する必要がある。香港では国籍や旅券に関係なく、すべての人々がIDカードの携帯を義務付けられている。
国によってそれぞれルールが違うんだけど不動産を借りるときも日本はちょっと面白い。
外国人がアパートを借りようとすると必ず「外国人登録証」が必要になる。けどこの外国人登録証を取得しようとすると「現住所」が必要になる。
いたちごっこだ。
つまり役所に行けば「住所がないからダメ」と言われ、じゃあ住所を決めようと不動産屋に行けば「外国人登録証がないからダメ」となる。
外国人は身分証明書を携帯しないといけないのに日本人は何故携帯しなくて良いのか?みたいな議論もある。
実際に日本でアパートを借りるのは大変だ。子供の学校が蒲田なので地元の不動産屋さんを訪問したのだが、とにかく「日本国内の保証人がいないとダメです」の一点張り。
「何故?」と聞くと「大家さんが要求しているからです」となる。
このあたり、借家人が強い日本の法律の影響だけど、この法律が出来たのは戦時中で、戦争をしやすくするための法律だったのは有名な話。
もともと所有者が誰に貸すかを決めていつになったら出てけって契約を結ぶのはごく当然。
だからニュージーランドでは家を借りるときも保証人も不要だしとても簡単。けど、追い出されるのも早い。
借家人の住んでるところにある日突然知らない人がやってきて「おい、部屋を見せてくれ」となる。何だと聞くと、所有者がこの不動産を売りに出しているとの事。
こんなの日本じゃ考えられないが、ニュージーランドではごく普通。時には借家人込みで販売される。
売り方=所有者の営業文句は「借家人付きでっせ、新規募集も不要で家賃収入ありまっせ」だ。
まったく奴隷か家畜並み、そう思う人もいるだろうけど、所変われば品変わるの代表的なニュージーランドの話である。
2009年01月24日
三連休
今日からまた三連休だ。
土日が普通のお休みで月曜日は「Auckland day」と言う、オークランドだけのお休み。
先週はクライストチャーチが同じように休みで三連休。県民の祝日?
だから昨日の夕方は午後4時頃から自宅に帰る車で高速道路もシティ内も大渋滞。
みんな早く仕事を終わらせて家に帰り、これからの三連休の計画を立てているんだろうね。
うちは今日もスキー。子供向けにはソリがあったりして、大人から子供まで遊べる屋内スキー場は、多くを望まずにスキーの練習と割り切れば実に楽しい。第一子供を連れてきても子供を見失うことがないので、親子連れには楽しい場所だ。
今日もたくさんの親子連れが来てて、皆さん窓ガラスに張り付いて子供が滑る写真をうれしそうにばちばち撮ってます。もちろんデジカメ。
そう言えば現像が必要なカメラの販売台数はここ10年で10分の1以下になったそうだ。おかげで現像をビジネスとしてたキタムラカメラなどはビジネスモデルの転換を迫られて大変そうだ。
フィルムが不要になるとフジフィルムはどうなるのだ?フジカメラ?そりゃもうすでにやってる。
フィルム技術を生かした業態転換。
社会に必要とされるものを提供するのが会社だから、社会がデジタルカメラになれば、それに追いつく何かを提供するか、退出するしかない。
うちも社会に取り残されないように常にビジネスモデルの変革をしていってる積りだけど、ほんと毎日注意しておかないと、あっというまに陳腐化するもんね。
今日と同じ明日はない。常に心に緊張感を持っておくこと。
それにしても二人とも随分上達しているぞ。毎週スキーやってれば当然だろうけど、やっぱりスキーって続けてやるものですね。
2009年01月14日
やじろべえ

来生たかおが作り薬師丸ひろこが歌う「夢の途中」が頭の中でずっと回っている。
誰でもありますよね、何故か無意識に頭の中で繰り返しかかる音楽。これがなかなか止まらない。
けど、ふと気づいた時には他の音楽が回っている。
ほんとに久しぶりにお正月を自宅で迎えたので、そいでもって1月8日に出社しても取引先はまだ商売始めてないので、会社にいてもいつもの半分くらいしかReplyがない。街の雰囲気としては何だかまだ休みの途中みたい。
けど対顧客、つまり日本の部分では早速ガンガンと全力で回っていて、今日はあるお客様の自宅の改築作業の問題解決に出向く。
市役所の建設課と現場でやり取りなのだが、建設課の若くて人の良さそうな担当者と腰の曲がった住宅検査官のお爺ちゃんがやってきた。
このおじいちゃんが建築現場の仮の足場(鉄パイプを組み合わせただけのもの)をまるで曲芸師のようにすいすい登っていって問題点を指摘しては「あれがダメ、これがダメ」とダメ出ししていく。
市役所の職員もかなりびびって「あのさ、そこ、登らないほうがいいよ、大丈夫、下からでも見えるから」って言ってるのに、爺さん「何の」と言いながらすいすいと柱をくぐり遂には3階まで登っていく。
そして3階の鉄パイプ足場に腰掛けながら(洒落じゃなく本当に)パイプをくゆらせて一言。
「ふん。足場が弱いな」
このお爺さんはニュージーランド流に言うと「Good old Boy」である。つまり良い人だ。決まりを守り家族を大事にして一生懸命働いて真面目な人生を過ごして、そしていつもまっすぐ正面を見て、何をするにしても正面突破。
決して横の抜け道を探そうとか考えずに、「真実は勝つ」とばかりに直進する人たちなのだ。
この住宅に関しては屋根の雨漏りがありその修理が必要だったのだが、屋根まで上がったおじいさん、大きな声で
「こりゃいい!立派な屋根だ。よく出来てる。ほら、この雨どいにしても、屋根瓦から流れ落ちてきた雨がちゃんと樋に溜まって下に落ちないように出来てて、よしよし!」
と、バンバンと屋根の樋を叩いている。
あのねおじいさん、問題は雨どいではなくて瓦の下に防水シートを張ってないから部屋に雨漏りすることなんですよね。外側の樋の雨漏りは今のところ問題じゃないんですけどね。
けどっまあ、お爺さんはとても楽しそうに仕事をしているので、まあいいやこの件は後で市役所の若いお兄ちゃんに話をしておこう。
街に流れる空気ってのか、やっぱりその街を構成する人々の総和の「空気」によって「街の雰囲気」が出来上がっているんだと思う。
北半球は大変なことになってるけど首相はハワイでのんびり過ごし、政府が活動を再開するのは来週。
何だか、体の右半分がキーウィの空気に染まってのんびりとしてて、左半分が日本の今年の動きに乗っかってて「早く動かなくちゃ」と焦っている感じ。
けど、下手に動くと転びそう。
ぎこちない、やじろべえのようだ。
2008年12月30日
大掃除
本を読んでいるだけではなく映画を観ているだけでもなくちゃんと仕事をしているのだけど、先日も書いた仕事パズルの組み合わせに苦戦中。
何せこのパズル、どれだけの組み合わせがあるやら。
おまけに今日は何年ぶりかの大掃除。庭の雑草を取り、自宅内のレイアウトを変更して、風水とか一応考えながら、風通しの良い自宅にしようと朝から奮闘。
朝から奥さんと
おれ「これは不要だよね?」
おく「ナンでよ!いつか使うでしょ」
なんて議論を繰り返す。
「男は棄てることが出来るけど女は棄てることが出来ない」最近読んだ本に書いてた。
これは間もなくUPする予定だけど、脳医学と心理学といろんな角度から男女の問題に触れてて非常に勉強になった。なりすぎて、全部筆写してブログに掲載したいほど。
今は自宅の在庫を整理して、どんどん古いものを棄てている最中。何かを得るには何かを捨てるしかない。これは僕が中学の頃の先生に学んだこと。
その瞬間、真実だな〜って心を打ったのを、今でも覚えている。高校生までの授業で顔を覚えている先生は3人しかいない。
一人は数学の先生。「おい、数学なんてやっても賢くはならん。けど、数学的考えを身に付ければ、これは役に立つぞ。例えばある人が100万円儲かりまっせと儲け話を持ってきたときに数字的に分析すれば、ありえないとわかるからだ」
まさに真理。今も実行している。いろんな人が「儲け話」をほぼ毎日のようにもって来るが、数字的に突き詰めてみると最後は「いやそれは、明日が天気になればの話です」とか「いやあ、精神力さえあればいけますよ!」なんて話ばかり。
What a wonderful world である。S先生、ありがと。
二人目は僕に亀井勝一郎を紹介してくれた国語の先生。
「その恋人たちは朝霧の消えかける山の裾野に二人して坐り、彼女はスカートを広げてひざを折り曲げて・・・・、、、おいおい、女の子のパンツが濡れるぞ」なんて笑いながら、亀井哲学を語ってくれた。
「愛とは彼女を皆に紹介して解放すること、恋とは彼女を閉じ込めて誰にも見せないこと」
お前、誰かを愛していると言いながら、実は閉じ込めてないか?それは自己満足にしか過ぎないぞ。愛ってのは、相手の未来を考えることだ。
人に紹介して盗られるとしたら、お前の実力が無い証拠だって何故思わない?
頭の中で流れるテネシーワルツ。
これ以降亀井勝一郎は、僕にとって日本人代表みたいになっている。
そして三人目が、やせ細った先生の語った言葉。
「おいお前ら、右手で何か持ってみろ」ペンを持つ。
「よっしゃ、次は左手で何か持ってみろ」ノートを持つ。
「ほら、その状態で教科書を持てるか?」出来るわけないだろ、ばか。
「お前ら今、出来るわけないだろと思っただろ、それが整理をするってことだ。つまり整理とは、何かを捨てない限り出来ないことなんだ」
この話は今も、あの教室のイメージと共に頭に残っている。
けど先生、たった一つ言わなかったことがあるよね。
女性は捨てることの出来ない人種であり、彼女を敵に回して掃除する大変さを。今更ながら、感謝しながらも、ちょいと恨むよ、はは。
2008年12月28日
真夏のイブ ウェリントンに行く

ウェリントンに行ったと書いたら「遊びか?」と聞かれた。違う。ウェリントンはクリスマスイブの12月24日に日帰り出張。こんな日でも飛行機に乗っている人は多く、ほぼ満席だ。ただクイーンズタウン行きと違って半数以上がネクタイをしてた。
来年の年間行動予定も基本的な部分は出来上がり、既に先週会計士や弁護士とも打ち合わせを終わらせて新しい会社を2社設立することになった。
来年は急激な円高で1980年代後半のような海外投資バブルが来るぞ、その為に海外での受け皿を今のうちに作ろうというのが今回の基本認識だ。
あの時も急激な円高で製造業が未曾有の危機に陥り多くの企業が中国にシフトした。今はすでに大手製造業は海外拠点にシフトを終了している。
なので商品さえ売れるなら海外生産をすれば良いのだが、今の危機は金融危機ではなく製造業危機になってしまったから、例えば中国やタイで車を作って米国に持って行っても、てか米国で作ったって買い手がいないという危機である。
これを救う為に金融の流動化、つまり政府が低利で市場に資金をじゃぶじゃぶと供給してるのだが、いくら銀行にお金を入れてもそのお金は国内製造業に貸し出しはされない。何故なら相手が製造業だと回収見込みが低いからだ。
するとこのような金は必ず海外に向かう。今の円高なら海外で何を買っても安いわけで、それなら世界中の土地を買ってしまえとかビルを買ってしまえという事になるのだ。
そして前回のバブルでは日本が世界中の土地を無節制に購入してホテルを建てて、バブルが弾けた後には何も残らなかった。それこそ第二の敗戦と言われたゆえんである。
そして今、日本は食料自給率の改善が大きな問題となっている。
ならば合法的に日本人が外国の農地や水産会社を購入して日本人向けに食料を生産すれば良いではないか。
安全な作り方で安心できる場所で高品質で美味しい食材を提供出来るようになれば、日本にとっても実質食料自給率の向上に繋がるしニュージーランドにとっても高級食材輸出国としての日本という新しい市場が出来上がる。
今までの日本は形を整えて色を揃えた食材を、安くオンタイムで納入する必要があった。そんな市場に疲れたキーウィ農家は、その食材を中国に売るようになった。
しかしここで全く新しい発想で、ニュージーランドでキーウィを雇用して日本に高級食材を輸出して利益を出してNZに納税すれば、NZの雇用と経済に貢献出来るし日本の自給率問題の解決の一案になるし、日本人も安全な食材が食べられるし、その時は日本の農法をNZに取り入れても良いのだ。
しかしその為の橋渡しは、通常のJETROや大手企業ではムリだ。何故なら彼らはサラリーマン感覚でしか取り組まないけど、これはゼロから文化を越えて作り上げる全く新しいビジネスモデルであり、その場その場で判断しながらすすめていく必要がある。
とくにこのビジネスは、今までの一般日本人の「食材は安くて安全」と言う常識をぶっ壊す必要がある。何よりも、購入客を神様と思っては絶対に失敗するビジネスモデルなのだ。
顧客と対等の立場でお互いに相手を尊敬しながら、時には許しあい助け合うビジネスモデルでなければ成立しないのだ。
だから日本の食ビジネスで「お客様は神様」と思い込んで「大量に売るのが偉い」とか「安く提供しなければならない」などと考えて生産者が農業を継続出来ないような価格を無理やり押し付ける、そういうビジネスモデルでは絶対に継続出来ないのだ。
すでにキーウィは農業水産と言う部分では日本人を相手にしなくなっている。日本人と付き合っても彼らのルールを勝手に押し付けられるだけで商売にならないからだ。
幸いにも日本とNZは同じ文化がある。見も知らない他人を信用できると言う文化だ。
今でも南島に行けば道路沿いに農家の無人やさい販売所がある。日本でも田舎に行けば無人販売所があった。今はどうか知らないが、人のものを盗まないという習慣を持っている文化を持っている国は先進国や西洋諸国の中でも珍しい存在だろう。
そして今の日本は偶然にも円高と言う機会が与えられた。
そういう背景をもとにニュージーランドでファームやワイナリーへの投資をしたり農業や水産業を考える企業、また勿論一般企業の進出のお手伝いをして、その受け皿として今までイーストウィンド社内に内包していた貿易機能、決済機能、市場調査やコンサルティング機能を新会社に切り出し、法人向けの会社を立ち上げる。
そうすればバブルが弾けた後でも日本はニュージーランドと長い付き合いをすることが出来る。単純に土地を買って家賃を稼ぐと言うビジネスモデルではなく、一緒に働いてモノを生産するってことが出来る。
来年は電話帳を端っこから開いてでも日本の企業にプロモーションを行い、二国間の橋渡しをするぞ。
その為に必要なのがこの国の首都にある機能だ。
来年からの法人向け新規営業を開始する場合に何よりも必要なのは、NZでの背景だ。会社の看板である。オークランドはすでにかなり強固なローカルのチームが出来上がっている。次はウェリントン、ニュージーランドの首都であり、ここでの人脈作りが大きなポイントとなる。
そのための出張であり、どれだけコネクションを作ったり政府や公的機関と提携できるかが勝負だ。
結果的に一日の滞在で随分とたくさんの情報を仕入れることが出来た。ウェリントンもオークランドと同じ、活発で新しいビジネスに対して意欲的だ。
てか、一目で気に入った。
オークランドと違うところは、ウェリントンの場合は人間に品格があってそれが町全体に漂っていると言うことだろう。道徳ってのかな、オークランドに無いものを感じる。
だからこちらの提案をするとストレートに乗ってきてくれる。そこに誤魔化しなどがないので、話が早い。お互いに信用をベースにしているから、こういう話が出来るのだ。
オークランドは東京と同じで、よそ者が一攫千金を狙ってやってきた街でもある。だから商売に道徳が少ない(それでも日本や米国よりはすんごいましだけど)。だから裏取りが時には必要。
ところがウェリントンでは、まさにGood Old Boysの街って感じを受けるのだ。正しいビジネスを正しくやって正当な利益を得て納税して、国民全体を豊かに使用って言う、ニュージーランド建国時からの良い雰囲気があるのだ。
今回はウェリントンシティ中心部のフレンチレストランでお客様ご夫婦と昼食をとる。そのレストランの名前がArbitrage。さすが首都、やられたね。今年一番の自分的流行語だ。
白のグラスワインSPYVALLEYを頂き、まるで日本のような小皿料理を食べると、おお!レベル高い!こりゃもう次回は週末の夕食と買い物だけのために来なくちゃ。
十分な手ごたえを感じたウェリントン。これに今年日本で出来たコネクションと来年新規で作るコネクションをどうつなげるか、A3の紙を引っ張り出して、そこにマルでそれぞれのコネクションの名前を書き込んで、それを線で結んでいく仕事をしなくちゃ。ビジネスの細部をこれから詰めていかねば。楽しい正月になりそうだ。
皆さん、上記の趣旨をご理解いただき、農業や水産業に興味のある方、または企業としてニュージーランドに進出をお考えの方、是非とも一度お問い合わせ下さい。
来年の説明会は2月8日東京を予定しています。この前後に個人面談の時間も取っています。
2008年10月13日
投資銀行と鳩の違い
11月08日の総選挙に向けて各党の選挙活動が盛んになっている。
ヘレンクラーク率いる労働党政権政府はお隣の豪州に次いで個人預金の全額保護を打ち出した。
これってニュージーランドでは画期的なことである。ニュージーランドは元々自己責任経済の国であり、民間会社が倒産しても一切面倒見ませんと明確にしていた。
去年から不動産事業に投資をしていたファイナンス会社が倒産した時も、政府は全く相手にせず。
ところが今回はヘレンクラーク首相も言うように、
「クラーク首相は演説の中で、無秩序で「強欲」な金融市場の体質が金融危機の発端となっていると非難し、今後国際社会は一致団結して、こういった体質が家族のために必死に働く一般の市民の生活を脅かすようなことがないようにしなければならないとも語った。」NZdaisukiより抜粋。
あくまでも太平洋を越えて来た津波であり、国家として責任を持って個人を守るのは当然のことである、となる。
このあたり、政府のやることはメリハリがはっきりしてて分かり易い。
元々ニュージーランド自体はサブプライムローン問題は殆ど抱えてない。兄貴分である豪州では少し経済が停滞気味ではあるが、どちらも実体経済としては十分にやっていけてるから、今回の政府の措置で国民の安心はかなり広がったと思う。
とは言ってもキーウィ、最初からそんなに不安そうでもなかったから今回の措置はどちらかと言うとNZ政府が世界の金融危機に共同で対処してますよって姿勢を見せたとも言える。
いずれにしても国民の預金はこれで守られるので、ニュージーランドにおいては今回の金融危機の一番大きな波は乗り切ったと言えるだろう。あとは北半球でどうなるか、だ。
これから1年以内に日本の地銀は5〜10行は吹っ飛ぶ。その時に日本政府がどのような対応をするのか?どうせやるなら麻生さん、今からニュージーランド並みに「国民の預金は全額国が保障します」と言ってしまえばどうなのだろうか?
実際問題として銀行が倒産しても日本政府としては全額補償をするしかないだろうし、それだったら今から公表したほうが余程効果があると思うのだが。
今日の帰りの車でラジオを聴いてたら、今回の金融危機もすっかりお笑いネタになってた。
おっちゃんっぽいキャラのアナウンサーが「さて、ちょっと軽いお話」と切り出してきた。
What the difference between invest bank and pigeon?
Pigeon still can deposit on Ferrari
2008年09月25日
食料投資

「ね、どこに投資すればいいの?どこが安全?」
NZドルが良いのか、土地が良いのか、円建てが良いのか?
そこにはいろんな回答があると思う。でも皆さん、今週は100年ぶりの世紀の大倒産を皆さんが目撃したのだからそろそろ投資の発想を根本的に変えてみればどうでしょうか?
自分の人生で何が一番必要か?そんなところに投資をしてみるのも、面白いのではないか。
人間にとって究極的に必要な物。
それは毎日変動してどきどきとちっちゃな心臓を痛めつけるような為替ではないしヤギしか食わない紙切れであるお札ではないし、ましてや誰も食えない金貨でもない。
空気と水と食料だ。
でも空気は世界中がシェアしているから投資のしようがない。水源も、全部を押えることは無理だよね、国を全部買わない限り。
でも食料なら投資が可能だ。個人の農家を買い取って、そこから収穫出来る食料を取引材料にするのだ。
それを今やっている国がある。
川も湖もなく雨も少なく、穀物を栽培する農地もなく、乳牛は扇風機で冷やしておかねばならない国、それがサウジアラビアだ。
彼らは食料はないけど石油で得た金がある。その金で今スーダンやウクライナ、パキスタン、タイへと飛んでいって大型プロジェクトを組んで、その食料がサウジに輸出されるようにしているのだ。
食料自給出来ない国の苦しさは、輸出国による貿易制限が発動されればすぐ分かることで、石油ショックを経験した日本では資源の重要さが良く理解されている。
でも、今だもって食料に関しては、毎日コンビニで弁当が買えるせいだろう、あまり新聞が煽るほどには危機感がないのが事実だ。
でもいずれ、本当に食糧危機の時代が来たら、今の日本なんて戦後すぐの東京や大阪や神戸(火垂るの墓)になってしまう。そしてそうなった時には、時既に遅しとなるのだ。
そんなん、あるわけないじゃん!
でも今年、投資銀行最大手5行全部が実質的に破綻したよね。
「ありえないじぇ!」世の中ってそんなもん、ありえない事が起こるって本気で思える人が、危機感を持っている人だと言える。
投資と言っても人が持てる資産は限られている。でもこの際、もし余裕があるなら友達と数人でオークランド郊外の牧場でも買ってみて、そこで牛や羊、アロエを育てて見ればどうですか?
要するに土地を買うというよりも、土地を有効利用して価値を高める、そしてそれが日本での生活に直結するメリットを持たせるという事。
こうすれば毎日の為替に一喜一憂する必要はないし月末に野菜の値段を気にする必要もない。
終戦直後の日本では、田舎に親戚のいない人々は箪笥からキモノを引っ張り出して農家に行き、そこで米と交換していた。
そんな時でも宮崎では白飯が普通に食えて魚や鶏肉が食えたのだ。それほどに自作は強い。
あの当時を知っている人なら、もし東京に住んでても宮崎の農家が親戚なら、それほど苦労しなかったことを覚えているだろう。
今これだけ物流が発達すれば、ニュージーランドで作った安心な食物を日本にDHLで送ることも可能だろう。
その為には日本とNZの二国間の政治が安定している必要があるし検疫も必要だ。でも、投資と言うことを考えたときに、せっかく投資銀行がこれだけ一気に倒産して世界が変わったのだから、投資のルールも、もう一度根本から見直してみるべきではないか?
お札に投資をするのではなく、資源に投資をする。お札を受け取るのではなく、食料を受け取る。
お札で食べ物は買える。でも、お札は食べられない。お札しかない国では生きていけないよね。
牧場購入希望の方、ご紹介します。もれなく羊とアロエが付いてきますから(笑)。
写真はロトルアのアグロドームの羊の毛がりショーです。
2008年09月24日
桜
毎朝通うノースショアの道路沿いに、少しづつだけど桜の花が咲き始めた。
冬だけど青空の出てる時にそんな道を車で通ると、何となく気持ちよい。
勿論それで仕事が実際にうまく進むわけじゃあないし、今目の前にある仕事の量がへるわけではない。
それでも気持ちが良くなるんだから、人間ってのはよくよく計算だけで動いているんじゃないなと思う。
どれだけ計算高くても人には心があるし、人の心がある限り人間なんてどこかで不合理な行動に出てしまう。
朝、急いで会社に行こうと思ってるけど、思わず車を道端に止めて写真を撮ってしまう。
全然合理的ではないよね、これって。てか、不合理の塊。
一生懸命稼いだお金を意味のないことに使ってみたりして。これも不合理。
でも、もっと違った視点で見れば、お金や時間は楽しむ為にあるんだから、会社に遅刻したって桜の花の写真を撮るほうが正解でしょ、とも言える。
つまり、当然のことなんだけど、経済の合理性を人間に求めてもその通りに行動するわけではないと言う点。
ところが最近の池田信夫ブログによると、経済学と言う学者の世界では、人は合理的に活動する事を前提に様々な予測を立てるのが主流らしかった。
その中で唯一「人は合理的に行動なんかしない。だから合理的に動くことを前提に予測したって正しい答が出るわけはない」と主張していた経済学者がいた。
彼はつい最近亡くなったのだが、おいおいちょと待て。経済学者と呼ばれる人々が国家の経済政策を決めてそれを実行しているのだが、その大前提となる基本的考え方が間違ってたら、そりゃあどんなにうまく舵取りをやっても失敗するじゃんか。
経済学を学びました!なんて言われると、ナンだかとても偉い人のように思えるが、視点を変えると4年間も間違ったことを教え込まれてそれが正しいと思い込んだ頭でっかちなんだから、こりゃあとんでもない話ではないかい?
それがまた社会に出て経済学者なんて言って政策を決めるようになったら、そりゃ世の中うまく回るわけがない。
そして、そのような学者の肩書きを使って投資銀行は様々な商品を組成しては販売していた。
学者の学歴が信用出来ないなら何を信用すればよいのだということになるが、人の話を少し勉強した後で普通の常識を持って聞けば、間違ったことは大体分かる。話している人の顔を見つめて、自分の心の中の声に素直に従えばよいのだから。
銀行預金のみとか自分の頭で理解出来る商品だけを扱っている会社や個人にとっては、今回は何もなかったに等しい。むしろ安い案件が出てくるので利益に繋げやすい。
皆さん、今は円とNZドルが洗濯機の中のドラムや遊園地のジェットコースターみたいに物凄い勢いで回ってます。こんな時は黙って利率の良い銀行にお金を預けて、それから後は一切為替を見ないでじっとして本業で働くことです。一年後には絶対にほっとしてますから。
本業が株投資(笑)?それだったら僕より詳しいですよね。
ただ僕なら、肩書きも合理性も人間の感性を上回るわけじゃないなと思ってるので、株は買いません。どんなに正しい株を買ってもM&Aや上場廃止であっと言う間に他人に振り回されて紙切れになる時代です。
それよりも、普通に毎日朝から晩まで働きます。そのほうが楽しいし。
もしどうしても一つ株を、と言われれば、アロエの株を買って畑に植えて、それを毎日家族で食べて体を大事に健康第一にします。
2008年09月20日
はだしのゲン
りょうまと一緒に「はだしのゲン」アニメを見る。
てか、出張が終わりオークランド空港に到着して会社でちょっと仕事をして自宅に戻って風呂に入り、やっと一息ついたとこでソファに坐ると、りょうまが何故かアニメを見ている。
そのアニメが日本語でやってたので何気なしにちらちら見てると、こりゃどうも広島弁のようだ。そのうちりょうまに「君は何見てるんだ?」と聞くと「日本のアニメ!」と答える。
もう話しても無駄なのでパッケージを見ると、何と「はだしのゲン」ではないか。英語版で普通にニュージーランドで販売されているのだ。
この漫画は僕の子供の頃に出版されて、リアルタイムで読んでた。そう思い出してwikiで調べると、最初は1973年、少年ジャンプで連載が開始されたとの記録。
一番感性が豊かな時期にあの時の少年ジャンプと巡り合えたのは運が良いとしかいいようがない。
当時の少年ジャンプは後発漫画週刊誌だったけど、そのレベルの高さは今思い出してもぞっとするくらいだ。
何せ毎週毎週発売される漫画雑誌なのに、どの掲載作品も質が高い。てか、あの当時に質の低い漫画なんて到底生き残れなかった。
もちろんマガジンもサンデーもレベル高かったな〜。今の漫画やアニメや実写映画などを見ても、原型はすべてあの時代にあるって感じがする。
書き出したらきりがないから「子供と終戦」だけをテーマにすると、あの時代の最高峰は(漫画が原作ではなかったが)「火垂るの墓」と「はだしのゲン」だろう。
戦争の悲惨さ、原爆の悲惨さ、そんな体験を子供の目から見た作品であり、一生懸命に生きようとする子供たちの姿は、漫画やアニメ、小説、その媒体や言語を超えて世界中に広がった。
「火垂るの墓」は、今でも絶対に見たくない。涙が止まらなくなるからだ。みっともない。
ところが「はだしのゲン」は原作以来ずっと見てなかったので、ついついりょうま君と肩を並べて見てしまった。
やっば〜、これもダメじゃん・・・涙が止まらなくなる。呼吸をしようとすると胸につっかえがきてしまい、声を出そうとすると涙腺がゆるむ。
政治のレベルで考えれば人が戦争で死ぬのは理解出来る。しかし、目の前でこのような絵を見せられると、出来る限り戦いはせずに話し合いで片付けたいと思う。
同時に、話し合いだけで世の中がすまないこともよく分かっている。だから、相手が喧嘩したくなくなるような強い人間にならないといかんと思う。そういう気持ちを少しでも人に持たせることが出来る、素晴らしい作品だ。
この映画は反戦とか平和とか、そんな物語ではない。生き残る為の戦いを描いている。仲間を守る為に戦い、生き残る為に戦う。
そんな姿の前ではどんな偽善ヒューマニズムも通用しない。死ぬような苦労をして生きてきた人間にとって何より腹が立って嫌いなのは、上っ面だけの偽善と上っ面でヒューマニズムと言いながら自分だけは守ろうとする連中である。
立派なことを言うんなら、自分の資産と土地を全部差し出してみろといいたい。自分を捨てる事が出来もしない人間が偉そうにヒューマニズムなど、言うな。
りょうまが「はだしのゲン」を見ながら、時々目をうるませている。
「お父さん、何でアメリカは原爆を落としたの?」、「お父さん、彼らはガンになったの?」、「何でアメリカは日本と戦争したの?」悲しそうな顔で分からない事を聞いて来る。
勿論英語だ。英語で戦争の話をしてあげる。結局言葉の問題じゃない。心の問題なのだ。日本人だから分かるとか米国人だから分からないとか、そんなことじゃない。英語でも伝わる。良いことだ。今のうちに豊かな心を持ってもらいたい。
日本には、こんな素晴らしいアニメ文化がある。政府も下らないことに金を使わず、こういう本当に世界に通用する文化の背中を後押ししてもらいたいものだ。
聞けば麻生さん、外務大臣の頃に「はだしのゲン」の英語版アニメを核拡散条約の会議の際に各国に配布したそうだ。
2008年09月19日
リーマン・ブラザース
ここ数日、周囲はリーマンブラザースのネタで大変だ。誰もが英語や日本語で「大変だ〜!」と叫びまくっている。
たぶんオークランドでも日頃取引のある銀行やファイナンス会社の連中、上を下への大騒ぎなんだろう。
東京を離れる日の朝などは、バフェット朝食レストランで隣に坐ってた若い英国人男性(おそらく・can’tをカントと発音してた)、片手に持ったブルーベリー(果物じゃないよ)を振り回しながら大声で「一体なんだこりゃ!こいつのスワップがどこに飛んでってしまうんだ!やってられないぞ!」と、反対側のテーブルに坐っている同僚らしき白人に、まるで怒鳴りつけるように叫んでる。
金融関係、それもたぶん自分がディーリングしているのだろうな。周囲の顰蹙を買いそうな大声で、椅子にそっくり返って怒鳴り上げている。
彼の向かいに坐ってた彼女(若い)は、男子のほっぺたにちゅっとキスして放置して出て行った。あはは、男の場傘加減に呆れたんだね。
それからもラウンジでは、ニューヨークから来た中年男性がやっぱり「OH!壊滅状態だよ!」と話してたのを聞いた。
日本人のお客様と話をしていても、「いや〜、あそこ最近良い条件を出してきてたんですよ、そういうことだったのか」とか「ニュージーランドは、今回の事件で影響出てませんか」とか聞いてくる。
確かに今回の事件は大きい。10年に1度も起こらないような、てか100年に1度か?ってくらいの大事件だろう。
どの新聞を見ても大特集ではあるけど、何故か僕はあまり興奮してない。むしろ、来るぞ来るぞって、一種の静かな期待をしている。
何でだろうな〜?
ちょっと自己分析してみる。
ふむ、要するに起こるべき事が起こったわけで、リーマンの倒産が僕のビジネスに直接的な影響を与えないと言うことに気づいてるからだと分かる。むしろ大きな成長の機会になるのでは?と思っている。
このような100年に1回しかあり得ないような事が起こって真っ先に発生するのは秩序の崩壊とルールの変更である。
そして僕のような後から来たちっちゃな連中ってのは、秩序がぶっ壊れたときにしか活躍出来ない。それまでは業界秩序がすべてに優先し、個人の能力等は全く省みられないからだ。
でもこうなると、誰を信じて良いか分からなくなる。そんなときは大体において古い秩序にしがみ付いて行動している人間よりも、自分でどんどん判断して進んでいった人間の方が生き残るのだ。
当社が大きくその業態を変化させて舵を切ったのは、実は1997年の金融大不況(山一廃業、拓銀倒産)とそれに伴う1998年の外国為替管理法の大幅な見直しがきっかけだった。いわゆる金融ビッグバンという奴である。
それまでは僕らのような企業には手の出せなかった商品が作れるようになり、一気にビジネスを拡大させた。
面白いことに、20世紀の世界大恐慌でも、常にそのピンチをチャンスとして対応した人々は利益を出していたのである。
もっと言えば、僕の頭の中には「質量不変の法則」ってのがあって、それが「よっしゃ!チャンスだ!」と訴えているのだ。
すでにそのような兆候が実績として出始めているから面白い。
質量不変の法則ってのは僕なりの解釈なのだが、世界のお金がせーのどん!で縮小することはないと思ってる。
つまり、今のように東京株が落ちれば円為替が上がるように、金融市場に漂っている資金は、シフトを繰り返しながらあっちいったりこっちいったりするけど、合計の流通量自体が減少することはないって事だ。
今はそのようなお金が円相場に流れ込んで円高に動いているが、その理由は「とりあえず怖いから金庫に入れておく」と言う発想だ。
その結果としてニュージーランドドルが安くなったがこれは結果論。強い日本円の前では通貨供給量の少ないNZドルは振り回されるのみ。
ただ、日本も非常に大きな爆弾を山ほど抱えており、いつそれが吹っ飛ぶか分からない。なぜなら実態経済が思いっきり落ち込んでいるからだ。
そうなると今安いNZドルだけど、何かのタイミングで一気に上昇する。そうなると通貨供給量が少ないから、あっという間に1ドル90円、もしかしたら100円近くまで上がるかもしれない。
ニュージーランドの実体経済は好調で、そうなると多くの人間がニュージーランドに目を向けてこの国の通貨を買うようになる。
なにせ毎年5万人の人口が増えている国だ。人口400万人の国で5万人増えれば、毎年1.1%の人口増加。10年後には11%でっせ。
これを日本に置きなおせば、毎年100万人増えて新しい県が出来て、10年後に1000万人、つまり東京並みの人口が増加しているって計算。
移民が減るのでは?大丈夫、誰もが不安になった時には逃げ場所を探す。地理的にも政治的にも経済的にも安定しているのはどこですか?
今の通貨変動はニュージーランドの実体経済を反映したものではなく、あくまでも世界の流れに振り回されているだけ。
そうなると、誰もがびびって振り返ったときに彼らの目に入る安全地帯、そこはニュージーランドになる。そこでNZドルが安いとなれば・・・。答えは明快。
質量不変の法則って考えれば、この金がニュージーランドに流れ込むと、またも振り回されることになるだろう。
ただ、何よりも大事なのは実体経済である。
実態として人口が増えれば住宅が必要だし、ニュージーランドの銀行が投資をするのは殆ど土地付き住宅である。だから、実体経済としては落ち込みがないと言えるのだ。
以前も書いたように、1NZドルが50円まで落ちることもあるかもしれない。ただ、実体経済は安定している。だから今年はジェットコースターになるだろうけど、今回のリーマン事件は、こりゃいけるぞ、てか、来るぞって感じを受けている。
昨日も書いたけど、潮目なのだ。一気に潮目が動いたのだ。
こりゃあ、来るぞ。
2008年08月28日
床屋談義
4月に家族で函館に行った時、ついでに散髪をしてきた。(散髪ってのも、もしかして死語か?)
駅前の平日の午後、人通りの少ない、でもその店だけは何故かたくさんのスタッフ(8名くらい?)とお客(10席もない)で埋まってた。初日に見かけてずいぶんお客が入ってるなと思い、翌日もまた偶然そこの前を通りかかると、お、スタッフばかりでお客は一人だけ。
ちょうど散髪したかったので、髪の伸びた竜馬と二人で飛び込む。
どこ切るんじゃ?とよくからかわれるくらい丸坊主のはげなのだが、短くするとそれなりに10日に1回は刈りそろえる必要があるのだ。
日本なので実に手際が良い。さっさと注文を取ってくれて、何より良いのは曖昧が通じることだ。「ここを大体こんな感じで〜、こっちがこうで〜」とか、「子供は普通に刈ってください」で通じる。
実は僕はオークランドにいる時は、いつも自分でバリカンで刈っていた。だから後頭部とか刈り忘れたりして、そこだけモヒカンになったりする。でも、地元のお店でキーウィ相手に「曖昧な」説明をして無茶苦茶に切られた挙句に金を払うくらいなら、30ドルで買えるバリカンを何十回も使ったほうが余程諦めもつくと言うものだ。
この時は旅の途中だしバリカン持ってきてなかったので、久しぶりに日本の散髪や=理容室に飛び込むことになったのだ。
ただ、何でこの店、特別でもないのに繁盛しているのかなと思って後でちょっと聞いたら、以前は個人経営の理髪店がたくさんあったのだけど、人口が減少して大手チェーンが進出(それがこの店らしい)、格安価格で客を取ってしまったもんだから、古くからやってる店はどこも赤字で子供は商売を継がず、結局廃業するか、チェーン店で働くしかなくなったとのこと。
元々この業界、ちゃんとした団体があって値段等は昔からどこでやっても同じ、大人一人4千円くらいってのが相場だった。
ところがQBハウスなど安売り?散髪やが参入してきて市場は激変。そこからすっかり値段競争に追い込まれて、古くからやってる理容室などは怒りのあまりにQBハウスが出来ると石ぶつけたり美容師を脅かすなんて騒動になった。
でも結局消費者の支持を得た安売り理容室が業界を席巻して、他の美容院もあの手この手で価格競争に走り、今の状況になっている。
たしかに価格競争で美容室チェーンの経営者は儲かるだろう。そこで働く人も仕事は安定するだろう。しかし、その人たちの収入は確実に減っている。
消費者は安いものを探して買う。その結果企業側は人件費を下げる。労働者の収入は減る。労働者は家に帰れば消費者だ。企業の安売りの結果給料が下がったから、消費者は安いものを探して買う。悪循環。
ここでもまた「働けど働けど猶〜」が始まっている。労働者が回りまわって同じ労働者を虐めているのだ。
価格競争はこれもあってしかるべきだろう。でも、適正価格がいくらかってのは大事だと思うし、適正価格の中には、必ず社員の生活の安定が入ってるべきだと思う。
雇用形態がどうであろうと、少なくてもその会社で5年から10年働けば、夫婦の共稼ぎで家を買う頭金くらい貯金出来る、それが一つの標準ではないかと思う。
その標準を作るのが政府の仕事である。
民間に任せていては、人間さえも商品の一部となってしまい、最低価格がどんどん下げられて、結局「食えなく」なる。5年経っても家が買えない、その日暮らしのサラリーマンになってしまう。
でも、人間だけは商品の部品ではなく仲間なのだ。その認識があれば、最低の生活を守ろうって気持ちになるはず。
例え派遣でもパートでも、最低守るべきものはあるはずだと思う。人が人を尊敬していれば、やってよいことと悪いことの区別がつくはず。
ところが今は職場で差別が広がり、同じ仕事をしても正社員、派遣、パートと、階級が発生している。職場内階級は、静かに人々の心に浸み込んでいる。
でもその格差是正を民間に求めても、民間は価格競争をやっているんだから他社が値下げすれば当社も値下げするしかない。そしたら一番経費削減に早いのは人件費である。だからどしても人件費の値下げに歯止めが効かない。
だから本来なら政府が国民生活の最低基準を守る為の「人が人に値する生活が出来る」最低賃金を導入してそれを遵守させるべきなのだ。ところが東京の最低賃金は739円である。ニュージーランドはどの地域で働いても12ドルだ。どっちがまし?
政府もやっと最近になって職場内格差の是正に向けて取り組み始めたが、キーウィ流に言えば「遅すぎるし少なすぎる」ではないだろうか。
結局いつの時代も一番損をするのは政府を信じて真面目に働いている人々だ。
写真はグレンフィールドのショッピングセンターでバーゲンやってるとこ。
しょうもない床屋談義であった。
2008年08月13日
コロネットはピーカン
このスキー場、特に今年は20億円かけて降雪機を増設しただけあって、一言、すごい!だ。どこでも滑れるし、とにかく楽しい。日本のスキー場にはない雰囲気だ。日本だと斜面にコブがあれば潰す。キーウィだと、コブがないところにコブを造ってジャンプする。
そのおかげだろう、今年はオーストラリアからのお客や欧州からのお客が増えており、ゲレンデでも普通にフランス語とかオージー英語が飛び交ってる。ないのは日本語だけ?
それにしても日本人、減ったな。てか、インストラクターとして働く日本人が6人いる。それから山で働くスタッフの中にもいる。けど、客としての日本人の消滅の方が思い切り感じる。
僕がクイーンズタウンで仕事をしていた1989年頃は、日本は勿論バブル絶頂期。スキー場のアジア人と言えば日本人のみで、特に8月に入るとスキー場の三分の一は日本人じゃねーかと思うくらいだった。それが消えたのだ。
日本の二極化で、一般の人々は余暇にお金を使う余裕がなくなった。わざわざニュージーランドまでやってきて寒いスポーツなんてする気も起こらないのだろう。
仕方ないとは思う。そして日本のスキー場も大変だ。人口減少と二極化がスキー客激減と言う結果を招いている。
ただ、生き残る道はある。日本のスキー場だって、海外スキーツアーを扱う会社だって、方策はあるのだ。
それが海外からのお客を呼び込むことだ。現にニュージーランドのコロネットピーク、リフトチケット一日券は95ドルもするけど、資産のある外国人からすれば「だから何?」である。丁度、BMWに乗る人はガソリンが値上げしても気にならないって理屈だ。
ニセコに行った時も香港人やオーストラリア人が来てた。
要するにお金のない日本人相手に昔と変わらない商品を売ろうとしても、もう誰も買いませんよという事だ。
でも、その商品を買うことが出来る人は世界中を見回せば、たくさんいる。
考えて見れば、戦争に負けた日本は、焼け野原から町工場を作り、外国から原材料を仕入れてトランジスタラジオを作り、それを商社マンがスーツケースに入れて米国の田舎町で売り歩いたものだ。
その時にお金持ちだったのは米国人だった。日本にはお金がなかった。買いたい人に買いたいものを売る、そういう時代の事を忘れたのだろうか?
ちょっと考えれば分かることだろうが、「考える」と言う技術を戦後の学校教育で潰された人々からすれば仕方のないことかもしれない。
でも、このまま放置しておくと、そのうち日本のスキー場は金持ちの外国人に買い占められるよ。今の日本のゴルフ場の多くが外国ファンドに買収されているのと同じ理屈だ。
日本のゴルフ場に韓国人が来て、その利益は外国ファンドが持っていく。日本に残るのはこき使われた労働者とその子供たちの将来の不安だけ。
その点クイーンズタウンはちっちゃいながら要領よく外国からの投資を受け入れて設備を整えて、外国人を呼び込んでいる。その利益はきちんと地元に落ちると言うビジネスモデルが完成している。
米国や欧州の観光客は、一週間単位でクイーンズタウンに宿泊する。天気の良い日は山でスキーを少し楽しみ、昼ごろにはワインと食事を楽しみ、おしゃべりを楽しむ。
少し天気が悪ければ、街に出てお土産を探したりジェットボートに乗ったりミルフォードサウンド一日ツアーに行ったりしている。
夜ともなると皆が街に繰り出してきて、車を止める場所もないほどである。レストランでははいかにも観光客って格好の人々が、一回の食事に一人一万円以上を平気で使う。
ワインのボトルはどんどん空いて、レストランのシェフはばたついて、町は夜遅くまで賑わう。特にファーグバーガーでは、朝の4時頃に飲み終わったオージー連中が夜食代わりの1200円のハンバーガーを食い、そのすぐ後には、朝食としてハンバーガーを食いに来たオージー連中が行列を作っている。
ちっちゃな、地下資源もない国が、その国にある無料の雪を利用して、外国人相手にしっかり稼ぐ。最近は不動産不況も始まっているが、不動産投資をせずに堅実に商売をしているクイーンズタウンの人々には、あまり大きな影響がないようだ。
今回も友達の経営するレストランで食事をする。彼の店も急がしそうで、「ちょっとごめん」とか言って席を外すと、観光客の間を回ってトップ営業である。
ある晩などは、最初から顔を出さないのでどうしたのってスタッフに聞くと、ちっちゃな声で、「キッチンでお皿洗ったり野菜切ったりしてるんですよ〜」と、くすくすと笑いながら教えてくれた。
良いことだ。
そうやって皆が、明日の希望を持てる、そんな気持ちにさせるクイーンズタウンだった。
2008年08月06日
ビジネス売買契約
今日はニュージーランドの会社の買収契約を成立させる。
当社の位置づけは、ニュージーランドで起業したい人と、ニュージーランドの既存ビジネスを売りたい人を結びつけるコンサルタント=仲介役である。
起業と言っても目的は様々で、日本で行っている事業をニュージーランドで展開したいと考える人のためには、会社をゼロから設立することもある。
また、既存のビジネスを購入することでロングタームビジネスビザと言う永住権を取得したい人もいる。
どちらの場合も問題は、売る側がいるか、と言う点だ。
日本だと、親子代々のれんを守りってなもので、ビジネスを売るなんてあり得ん!という人もいる。また、ビジネスを売るとなると、まるで悪いことみたいに考えてしまう傾向がある。
でもニュージーランドでは、親のビジネスを子供が継ぐという発想はあまりなく、むしろちっちゃなビジネスを大きくしたら、後は売却してしまうという感覚である。
だから、ビジネスで何かを売って儲けるという視点と、ビジネス自体を売って儲けると言う視点があるのだ。
でも、誰も自分のビジネスがON SALEだとは、あまり言いたくない。自分から売りに出すと、どうしても価格が低くなるし、第一誰にでも言うことが出来るような話ではない。だから売りの情報は、表面には出てこない。そこで僕らのようなコンサルタントの出番となる。
レストランでビジネスランチをしてる時とか、どこかのバーのカウンターでビールを飲んでる時とか、仲良くなった弁護士連中とコーヒーを飲んでいる時とかに、「そう言えばあそこが〜」とか「実はこんな話があるんだけどね〜」てな感じで、テーブルの下からこっそりと出てくるのだ。
所謂ビジネス売買コンサルタントがウェブサイト上で載せているのは、あれは氷山の一角。本当に面白みのあるビジネスは身内でしか回さないのだ。
このあたり、本当に田舎の地縁社会である。
あまり知られていないが、ニュージーランドの起業家ビザ(LTBV)のポリシーでは、既存企業の買収とは「当該会社の株式の25%以上を取得すること」が最低条件となっている。実際にはもっと積み上げて33%以上とか、できれば経営支配権が取れる51%とかが良いのだが、要するに会社を丸ごと買わなくても起業家ビザで永住権が申請できるという点なのだ。
そして、2〜3年後に永住権が取得出来れば、その時点で株を売却することが出来る。てか、中国人や韓国人の場合は、いたってごく普通のビジネスとして株の売買を行っている。
中国人経営のお土産やさんで、「ここでやっても絶対に儲からないでしょう?」みたいな場所や商品でやってる場合、僕はよく冗談で「ビザショップ」と言ってる。
それでもニュージーランド経済に貢献して雇用を創出しているのだから、政府としては問題ない。そのビジネスを誰かが再度購入して経営している限り、国からすれば納税と雇用があるのだから問題ないのだ。
ただそうなると買う側からして難しいのは、「適正価格がいくらか?」と言う点だ。ここでデューデリジェンスの問題が出てくる。
最近の日本でもM&A、企業買収がよく行われるようになって一般化された言葉だが、企業の株価がいくらなら適性か、またその株を再度売却する際にどの程度の価格で売れそうなのか、と言う「読み」である。
勿論非公開未上場企業の話なので、どこまで相手側の出す情報を読むか、また実際にその商売を見て、それがNZにおいては将来性があるのか、などなどを読まねばならない。
最初に見るのは、当然相手の会社の決算書である。日本の決算書ほど難しくはない。
意外に思われるかもしれないが、今儲かっているかどうかは、あまり関係ない。大体どこの会社もオーナー企業であり、利益を出して納税するよりは、経費を使って少し赤字にするのが一般的だからだ。
だから決算書を見ながら、その数字がそのビジネスモデルと合致しているかを見る。大体どんなビジネスでも、大事なのはビジネスモデルだ。そこさえしっかりしていれば、後は自然と家賃、人件費、経費部分が適正かどうかが分かる。
それで、経費とビジネスモデルをつき合わせて、本来出る筈の利益を見つける。この利益を年間に直してその2〜3年分の合計と、会社の持つ資産と、ビジネスモデル自体が誰にも真似が出来ないものか、又は誰でもすぐに真似できるものかを見る。
これで買収価格を算出する。
そうすると面白いことに、企業経営者は、自分の会社の価値を外部に客観的に評価されたことがないから、皆「ほ〜、そうなんだ」と口を揃えていう。
ただ、これで出てくるのはあくまでも数字の上だけなので、今度は実査をする必要がある。実際にその店や企業の中に入って、日常業務が回っているか、ビジネスモデルが実際に顧客の足をその店に向かわせているか、である。
なので僕の場合は、日頃から時間があれば街を歩き、どんなビジネスがどの程度お客が入ってるのかを見ることになる。帳簿だけでは実際のビジネスは分からない。
だから時々、売りたい人がネタを持ってきて「これなんぼで売りたい」と言うのだけど、「その店知ってます、その売値違いますよね」と切り返すことになる。
僕の立場は、買い手側のエージェントとしてデューデリジェンスを行い、出来るだけ買い手の利益になるように交渉を行い(勿論売り手としても納得出来る金額)、弁護士を通じて法律的な問題がないかを確認して、税理士を通じて株の売買契約を作成し、最後に署名を両者にしてもらうことだ。
毎年20〜30件程度の会社設立をやっているので、それに伴った上記のようなビジネス売買も発生する。ただ僕の立場は常に買い手の利益代表である。
だからどんなビジネスを紹介、仲介するかは、当然ながら最も重要。何せ買い手のお客様とは、これから何年もの長い付き合いになる。変なものを売ってしまったら、そのお客様は目の前にいるわけなので、後でトラブルになる。
そこで大事なのは地元とのコネクション。ほんとのところ、どうなの?ってブラックボックスな部分だ。これを、時にはキーウィ、時には中国人、時には韓国人、勿論日本人からも情報を収集して、さあどうしましょうって考えるのが僕の仕事。
日頃はあまりこういう事は書かないのだが、最近よく「結局君はなにやなのか?携帯電話レンタル会社?医療通訳会社?旅行会社?不動産会社?ファイナンス会社?ビザコンサルタント会社?ガイド派遣会社?」と聞かれる。
勿論全部答えはYESなのだ。実際にうちの会社は色んな事をやっているので、人によっては今でも僕が携帯電話レンタルの会社の人間だと思われている。
ただ、そのような仕事はすでにルーティン化されていて僕自身がする必要はない。なので、「君はなにや?」と聞かれれば、僕の仕事は移住と起業のコンサルティングです、となる。
他にも色んなケースがあるのだけど、今日は「起業家部門のビジネス買収」について、でした。
などと偉そうに書いてると、こんな声が聴こえてきた。
「情報収集が大事だなんてのを言い訳に飲み歩いてるだけでしょ」
・・・それはまあ、そうだけど・・・。
「大体情報収集なんて、記憶失うほど飲んで出来るわけないじゃん」
・・・それもたしかに、そうだな・・・・。
「あんまりかっこの良さそうなことばかり偉そうに言うんじゃないよ、飲んでる時の写真ばらすぞ!」
・・・・失礼しました!
2008年04月19日
香港に一泊
香港に一泊。
キャセイ航空は週に4日はオークランドから当日香港経由でそのまま成田に行けるのだが、今回はちょいと別の予定が入りそうだったので、泊まりにした。
結局その予定は取り消しになったのだが飛行機の予約を今更変更するのも手数料がかかって面倒なので、香港に一泊する。
泊まったホテルはチムシャツイイースト(尖東)にあるRegal Kowloon hotel(リーガルカオルーンホテル)。僕が90年代に仕事をしていた日通旅行のオフィスから、広場を横切って歩いて2分の場所にある、仕事でよく足を向けていたホテルだ。
ちなみに日航ホテルもDFSも、歩いて1分以内の場所にある。
決して5星級ではない。3星くらいかな。ホテルいわく4星だが、立地が良くて値段も手頃で、乗り継ぎの為と夜の街にのみに出るためと考えれば、胃の腑にすとんと落ちる使い勝手の良いホテル。
このホテルはチェーン展開しており、空港にも香港側にも九龍側にも旧空港にも沙田にもある。
70年代の建物で全面改築をしてないので、おばさんが無理して化粧したような、ドアの端っこにペンキを塗った後とかあるけど、部屋では無線LANが使えるし、ソフト面ではしっかり近代化についてってるホテルだ。
オークランドから11時間の飛行の後、夜9時過ぎに香港に到着。それからタクシーでそそくさとホテルに移動、チェックインして荷物を放り込んでシャワーして、10時30分にはコーズウェイベイの行きつけのバーで一杯目の水割りを飲む。
「まあ、久しぶりですね〜」と上品そうなお店のママがお迎えしてくれる。
半年近く前に来ただけなのに、しっかり顔を覚えててくれて、ボトルも本名で入っているのにすぐ出てくる。彼らの記憶容量には脱帽ですな。
ちょうど4月の人事異動のせいなのか、5〜8名の団体が二組、賑やかにカラオケを歌っている。
おっチャンにしては結構綺麗な歌声だなとか思いながら、ここは日本だな〜。窓の外の景色を眺めて、そんな事を思う。
でも、このビルに入居してた日本人向けバーが、すでに2軒廃業している事実は変わらない。「SENSE」と「蛍」は、香港人オーナーと韓国人オーナーと言う違いはあれ、客層は日本人だった。
ママにそんな話を振ると、何だか縁起でもないって顔をしながら「そうなんですよ、最近は日系が不況なんですよ」と語ってくれた。
今晩はたまたま団体が入ってるけど、古くからやってるお店では商売が結構大変だとの事。香港や中国に進出している日系企業も、その殆どが利益を出せてないと聞く。皆が行くから俺も行く的に進出して、今はその高いツケを払ってる、てか、社員が払わされているのだ。
1980年代は日本の製品を叩く意味でJapanBassingだったのが、21世紀に入るとJapanPassing、そして今は、JapanNOTHINGだ。「痛い日本」って意味で「JAPAIN」とも言われたりする。
ところが同じビルに入居している香港人向けのクラブやバーは、エレベーターの前まで行列が出来るほどだ。
おいおいこれでいいのかよ?
でも仕方ない。香港の連中は空気の流れにとても敏感だ。15年前は日本語を学ぶ香港人が多かったのに、今彼らが一生懸命中国語を学んでるのを見れば、21世紀は中国の時代かなと本気で思う。
日本に住んでいる人たちは、外国のものが高いという。違う。価格は適正なのだ。
自分の地盤が沈下しただけなのだ。日本の円が下がり給料が下がったから、外国からものを買うと高くなったと感じるだけだ。
USドルと比較して上がった下がったというが、ユーロ、NZドル、AUSドルと比較すれば、ここ5年でどれだけ墜ちたか良く分かる。
彼らは昨日の豆腐と今日の豆腐の値段の違いしか見ない。何故上がったか?何故下がったか?そんな事はどうでも良いのだ。バイオエタノールによる食糧問題も「俺には関係ない」、だ。今、いくらで野菜やとうもろこしが買えるか?それしか考えようとしない。食料を国家戦略として考えることが出来ない。全くドメスティックな発想しかない。
最近は食料の買い負けというのがやっと記事に出るようになった。日本人は安くて良いものを求めるが、食料に限ってはこれが通用しない。ニュージーランドで獲れる魚は、中国人が言い値で買ってくれるのだ。何で注文が難しくて値段の安い日本人に売らんといかんのか?
でも食料自給率が低い日本では、どうしても肉や魚や野菜を海外から買うしかない。その結果食料品の価格は確実に上昇する。ところが給料は増えないから、生活は苦しくなる。おまけに今後日本円は長期的には確実に安くなる。そうなれば為替分も食料品高に影響を与える。
ロシアが倒産して経済が破壊され、やくざが国を乗っ取ったのはつい10数年前だ。今はプーチンがすんごいパワーで何とか元の国家に戻そうとしているけど、経済が崩壊していた時代に国民がどれほど苦労したか。
政治の無策と言う大失敗が、失われた10年に続いて日本の長期的低下を招いている。国内にいては見えてこない事実だが、国内にいる人が気づいた時は、完全に手遅れになってしまうだろう。
2008年02月03日
2008年01月17日
天国と地獄

今日から日本。
オークランドから東京まで直行便があるのだが、仕事の都合もあるので、時間はかかるし乗換えで香港に一泊することもあるが、いつもキャセイ航空で往復している。
香港では、主にお客様の口座開設を手伝ったり、香港に置いてる会社の手続き等をしたりする。
そういえば、去年の10月に日本の当局からHSBC等に「日本人の口座開設ツアーは受けないで欲しい」と言う通達があり、日本に支店を出している銀行はそれに従わざるを得なくなったそうだ。
まあそれは、ジャの道は蛇だし、上に政策あれば下に対策あり、どうにでもなるのが香港だ。
こういう僕の発想は、日本人からすればぶっ飛んでいると時々言われるが、僕からすれば、ぶっ飛んでると思ってる時点で日本人は国際競争から遅れて負けているんだなと、悲しい思いで再認識するばかりである。
僕にとっては飛行機に乗っている時間は、とても楽しい。好きな映画を観て、本を読んで、好きな酒を飲んで、面倒な電話もかかってこないし、誰も話しかけてこない。
今日は機内で浅井隆氏の最新作「天国と地獄」を読む予定。
この人の書いた「日本が駄目ならニュージーがあるさ」を、4年くらい前にニューヨークの本屋で10分くらいで通読した。あまりに本屋さんに申し訳なかったので、他の文庫本を余分に一冊買った。
実にくだらない、内容の薄っぺらい本であったのを記憶している。これが本になって、それを読んだ人がニュージーランドに来るのかと思うと、誠に呆れた記憶がある。
ほかの事は知らないが、ニュージーランドについては、間違いなく僕のブログのほうが読者にとっては知識になる。
偉そうに何をと思われるかもしれないが、僕自身ずっと文章を書いてきた人間なので、肩書きを抜きにすれば負ける気はしない。
今回はたまたま、ある仕事の打ち合わせで浅井氏の名前が出て、偶然僕は日経ビジネスの書評で彼の最新の本を知り、彼がどれほど変化したのか興味があって一週間ほど前にamzonで取り寄せてたので、丁度良い機会、普通ならカバンに入れない新書を放り込む。
さてさて、どのようなことを書いているか、興味津々。新聞記者の息子が見る浅井隆ってタイトルで、次のブログがあがります。
写真は、クイーンストリートに最近目立つタバコの吸殻。ごみは目立つのかな〜。
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2007年12月29日
Sea World
本日も曇り空の中、シーワールドに行く。
ここでも、見かけるのは中国人、オージー、韓国人、その他欧州から来た白人って感じで、ニホンジン観光客は殆ど見つからない。
ディズニーランドのような驚異的な混み方ではなく、どこも20分程度の待ち時間で入れるので楽だ。その分、楽しさ少ないかもってのはあるけど、僕からすれば1時間待ちのディズニーで絶叫マシンに乗るよりも、丸太の河下り程度で丁度良い。
ムービーワールドには垂直に落ちて無重力を楽しむ奴とかジェットコースターがあり、このシーワールドにもジェットコースターはあったけど、僕はあの手の「絶叫系」には全く興味がない。何でカネを払って人に脅されなければいかんのだ。
日頃生きてる事自体が実は大きなギャンブルなのであり、一日を無事に生き延びたら、寝る前に神様に感謝しなくっちゃと思ってるくらいだし、朝起きたら、「おお、今日もまた一日生きていける」と喜ばなくちゃいけないと思ってる僕からすれば、絶叫マシン等は全く必要がない。毎日絶叫しながら生きているようなものだから。
まあ、他人が絶叫あげるのはどうでも良い。
それよりは、ホッキョクグマを目の前(とは言っても10メートルほど離れているが)で見たり、鮫やエイが悠々と泳ぐのを水面下から見たりしてるほうが楽しい。
絶叫マシンに興味があるんなら、柵を乗り越えてホッキョクグマと握手したり、鮫の泳いでる池に飛び込んで鮫と競泳大会をやるほうが、余程面白いと思うのだが。これなら、やる奴はかなりな大金もらえるぞ。
3時過ぎまで遊んで町に戻ったら、少し小腹が空いたのでラーメンを食べようと言うことになった。実は昨日も豚骨ラーメンやに行ったのだ。その時の雰囲気はとても微妙だったので書かなかったが、今日食べてみて、その微妙さがやっと言葉になった。
ここから先、一応文章は書いたのだが、そのままUPするとかなりやばくなったので、ぼかして書く。
この街に住む日本人は二つの層に分かれる。一つは現役及び元ワーホリ層で、殆ど皆が1年程度で日本に帰り、それからも懐かしくてやってきたり、何とかビザを取って残ったりする人々だ。
ゴールドコーストは一時期、旅行傷害保険金詐欺が連続して発生した街として、オセアニアの旅行保険の世界では有名な話だ。
保険金詐欺の件は5年ほど前に東京海上火災シドニー支店で聞いた話だが、真似する人が出ると良くないので詳細の手口は書かないけど、実際に何十件も発生して、保険会社が地元の探偵を雇って日本人ワーホリ犯罪者を見つけ出して、告訴の代わりに全額返還をさせて、その噂を豪州全体に流して、二度とそのような不正をしたら許さんぞ、次は刑務所だぞって認知させて納まったのだ。
勿論こういう事には例外もある。良い人もたくさんいる、ハズだ。詐欺をするのは一部の人間であり、他の大部分の人は、毎日しっかり英語を勉強したり、生活費を稼ぐ為に一生懸命お客様の事を考えながら働いたり、自分の将来をしっかり見つめて今を生きてる、ハズだ。
お土産やで給料を貰って働いているのに、客がいても店員同士でだべって、客が「ちょっとすみません」と声を掛けると、うざったい顔をしながら仲間に「ごめん、ちょっと行ってくるわ」みたいな目線を交わしてから、だら〜っとした顔でこっちの目を見もせずに「はい、何か欲しいんですか〜?」って聞くような人種は、例外なハズ、だ。
客が行列を作るような忙しいちっちゃなラーメン店で。
先にキャッシャーで注文と支払いをしてテーブルに座って待つ形態なのだが、テーブルが満席なので注文が出来ない。かと言って行列を作ってもらうような誘導もしてない。
て〜ことはバブル時代のスキー場のレストランのように、食い終わる客を席を捜す客が見つけ出して、その後ろに立ってろってコトなのか?4人家族が、他の4人掛けのテーブルを見つけて、彼らが食い終わるのを待てってのか?
あのさ、一応ゴールドコーストだよね。そんな日帰りスキー客みたいな対応か?だってラーメンは単価が安いんだもんなんていいわけだ。それならサービスを良くして行列担当を置き、その代わり客単価を上げるべきだろう。ゴールドコーストはそのマーケティングが十分通用する街だ。
ところが日本から来た人々は、自分が日頃日本で受けてたサービスや提供したサービスレベルをそのまま持ち込んでくるから、全く客との心理的交流が出来てない。つまり、今ゴールドコーストでサービスを提供している相手がどう感じるかなんて、全く理解出来ないのだ。
その時点で、ああ、やっぱりゴールドコーストを選んだ日本人の層がこうなんだなと認識した。実はこれが、昨日とても微妙に悩んだ点だったのだ。
別にそれが悪いと言ってるのではない。誰しもどんなサービスを提供するかは、結局は店側の決めることなのだ。客側は、それに対して「行かない」と言う選択があるので、お互いに平等なのだ。
ただ、今この街に住んでいる人々が、自分たちが日本で過ごしてきた世界をそのまま持ち込んで生活をしているなってのが、とてもよく分かったのが勉強になった。
その店、客がセルフサービスで水や高菜を取る店なのに、肝心のコップも小皿も置いてないから、テーブルに座ってラーメンを待ってても、水も飲めないし高菜も取れない。洗いが追いついてないのだが、洗いと片付けを担当するスタッフが食事を終わった客のテーブルをのんびりだらだらと片付け、ガムをくちゃくちゃさせながら、客の見える場所でとろとろと皿洗いをする人がこの街全体の標準とは思いたくない。
ただこの人たちも、日本の自分が生きて生活をしていた世界では、それでOKだったのだ。それがゴールドコーストのオージービジネスとどれだけずれていようが関係ない。
彼ら日本人からすれば、オージーは透明人間、彼らの視界には全く入ってないし、ましてや客としてやってくる日本人など、更に視界に入ってないのだ。
客単価ってか、彼らの店からほんの数分離れた中華料理店では、新鮮なあわびを使ったしゃぶしゃぶ料理を150ドルで、3kgほどのマッドクラブ一匹を普通に300ドルで注文を受け、それを普通に香港人に食わせてる。
日本でも繁盛するラーメン屋は、有名人が訪れて手形を残していく。そういう店の客単価が他のラーメン屋より100円高くても、文句を言う人はいない。この店は、ラーメンが十分食える段階に来てるのに、何故単価の見直しとサービス向上を考えないのか?
客が「コップないんですか?」と聞くと、「はい、すぐ持って行きます」と、彼だけは忙しく働いているような責任者らしき人は言うのだが、ディッシュウォッシャーから出したばかりのコップを持ち上げた瞬間、あまりに熱くて取り落とし、厨房近くのお客の半パンとスリッパの足元にガラスの破片が飛び散る。
彼は、客に謝るより先に、ばたばたとほうきとちりとりを持ってきて一生懸命床を片付けてるのだが、客に全く目が行ってない。お店の中のすべてのお客の視線が彼の行動を不思議そうに追っかけていた。お店に三分の一くらいいた中国人でさえ、珍しそうにじっと見てた。ほ〜、日本人でも俺らみたいなことをするんだなって思ってたんだろう。
「すみません、足元掃除しますから」って意味は、足どけろって言ってるんだね。てか、最後までお店のお客にお詫びの言葉はなかったような気がするのは、僕の耳が悪くなったのかもしれない。
空気読めないってのは、君らの世代が流行らせた言葉ではなかったか?あの時の店に流れる空気、読もうね。
ついでに僕らのラーメン。注文をする時にねぎ抜きでってくどいくらいに確認したのに、やっぱりねぎを入れて持ってきて「ねぎ抜きって言いましたよね?」と聞くと、「あ、そうだった〜!」とか言いながら引っ込む。
じゃなくて、「すみません」が最初でしょ。そのラーメンは勿論次の客が待ってたのですぐ捌けたからよかったけど、皆が見てる前でいっぺん引っ込んだラーメンが10秒後に次の客に配られたら、何かいう事あるでしょ。
僕が書いてるのは僕の目から見て感じた、僕的な主観の感想なので、私の友達は!なんて例外を持ち出さないで下さいね。
あくまでも、ゴールドコーストの空港やホテル、レストラン、お土産や等で働いている日本人や、街を薄汚い髪とだらけた服装でタバコをだらだらと吹かしながらうんこ座りをしている自分をかっこいいと思い込んでる日本人を百人程度見ただけの感想なので、主観です。
たまたま僕が歩いた場所が悪かっただけで、遭遇した人が悪かっただけで、それは僕の生活態度に問題があるのでしょう。
だから、僕はきちんと生きていると思ってるあなた、この文章はあなた宛に書いたものではなく、あくまでも僕が自分の日記として書いてるだけなので、このような駄文に反論せずに、今の素晴らしい人生をそのまま歩いてください。
もう一つは、1980年代にこの街に移住して、そのままお土産やとか旅行会社、レストランなどを運営している経営者層。この人たちが、クライストチャーチやオークランドの一部やバンクーバーで見かけた経営者層とぴったり一致しているのだ。
国が変わっても日本人の持ってる特質は変わらないのだろう。何故そこにいるのか?今の時代をどう生きるべきか?これからどういう方向で自分の仕事を進めていくべきか?そもそも、何故人は働くのか?
そういった根本的な部分を、前頭葉を完璧に紛失したのだろうか、全く考えてないまま毎日を過ごす人々。
彼らの一番の特徴は、見事なまでに日本の悪いところと外国の悪いところを取り入れて、とてつもなく突然変異したみたいな化け物になるって事だ。
観光で来た日本人に、あんた英語も出来ないの?って見下した態度で、そのくせ何かを買ってくれるとなると、ごみみたいなものを高値で押し付けて、買わないって言うと発狂したように「何でですか?!Qどうしてですか?!Q」みたいな態度に豹変する、自分をまったく反省しない人種。
そのくせ自分が喋る英語は、ほぼパングリッシュ。いまだ持って、「Hey, you can do this よね〜?」と、必ず語尾に日本語が付く。(恥ずかしながら僕の男友達にもそういうのがいるが、彼の場合は例外的に愛嬌で通る。経営会議でも堂々と使って、相手を染めてるからね)
おどろくばかりである。そして、そんな連中が外国に住む日本人だと思われて、それにこっちまで巻き込まれたら、たまったもんじゃねーな。
勿論そうじゃない経営者が殆どだ、なはずだ。僕が見たのは、ほんの一部の経営者であり、それがすべてと思わないし、サーファーズパラダイスを紺のスーツを着て歩くのも仕事だし、殆どの人は立派な仕事をしているのだろう、はずだ。
たまたま僕の生活態度が悪くてそういう人に会えてないだけで、悪いのは僕の方なんだ、そうやって一生懸命自分を納得させようとした。
ところでこのラーメン屋。昨日も思ったのだが、味は良い。勿論福岡でカネを貰って食わせるにはきついが、ゴールドコーストでこれだけのモノが食えれば、それほど文句はない。メニューはそれほど多くなく(10品以下)、普通の豚骨ラーメン一杯8ドル50セントで、高菜は自由に取ってよい。
繁盛店のようで、午後4時だと言うのに満席。そして、今日は僕ら4人が最後の客。スープが売り切れたのだ。僕らのすぐ後に来た中国人やフィリピン人のお客は、肩を落として引き返してた。
客がいる間が花だ。頑張ってほしいな。
2007年12月21日
2007 Summer Christmas
夏、である。天気は一進一退だが、夏空が広がって、例年に比べて湿気が強いものの、日本の湿気と比べればそれは軽いもので、これからは良い季節が始まる。
今年の営業は今日で終り。来年は1月7日から再開だ。
毎年そうだが、始まったと思ったら、もう一年経ってるってのを、何年繰り返したやら。10年、か。
毎年、思わぬことが起こる。良いことも悪いことも、何でも起こる。大概の事にはおどろかなくなった。
多分、関東大震災が来ても、「お、きたか、よっしゃ、」って感じだろう。
今年は随分とたくさんのお客様に訪れて頂いた。
そして新たに、以前から描いていた不動産業にも乗り出すことが出来た。
来年は、ほぼ毎月日本へ出張するようになる。
Many Christmas Card from Client
いよいよ日本が、大きな政府、規制強化の道に入り始めた。
いつか来た道、なのだが、バカ官僚は、いつまで経っても現場の実情を知らずに会員制の官僚風呂に浸かりっぱなしで、仕事をした気になって国民の首を絞めてる。
多分、ここ10年の規制緩和が1945年から10年続いた日本の無政府状態とすれば、これからは55年体制による国民の締め付けが始まるだろう。
そしてこれから暫くは、この体制が続くだろう。何故ならこの締め付け体制は、自民党だけでなく、もし政権を取れば民主党にとっても有難い仕組みであり、官僚にとってはどっちの政党が政権を取っても有難い仕組みで、困るのは自分に関係のない下々の人々ってなるんだから。
皮肉な話だが、そんな時代だから外国に移住しようとする人が増える、その結果ニュージーランドが候補地として選ばれ、うちの商売に繋がり、僕の出張が増えるというわけだ。
これからの増税は、本当に怖い。政府は、何かやるとなったら、法律を変更して自分を合法な立場にしたうえで、本来正しい倫理で生きてきた人を非合法に追い込み、潰しにかかる。公正なルールなんて、あったものじゃない。憎まれて狙われたら、それで終りだ。
締め付けは増税だけはない。実は、一番大きな、将来において日本の国力に影響を与えるのは、教育だ。
今の日本の教育を日本人に説明する必要はないだろう。
今日お会いしたお客様との会話が、とても印象的だった。超一流起業の高位の地位で、日本も海外も見て歩いた方だ。
彼が言う。
「tomさん、10歳の子供を夜の11時まで子供を塾にやって、それで何とか学校で上位に入れる。でも、それで行ける大学なんて、たかがしれてる。ましてや、目標も自分のやりたい事も分からないまま会社に入っても、大学までに身に付けた知識なんて、社会じゃ何の役にも立たない。それよりは、こっちの学校で伸び伸びと育てて、バイリンガルになってもらい、こっちの大学を出て世界に通用するような器になって欲しい。下手な学校の知識よりも、“お、お前、英語ネイティブか、じゃあ次の会議にアメリカ人が来るから、通訳とアテンドを頼むよ”と上司に見いだしてもらったほうが余程良いよ」
まさにそうだと思う。
入社試験にしか役立たない無駄な知識を得るために、子供時代を何の感受性も持たないまま過ごして、社会に出ても自分が何をやりたいか分からずに、3年も経たずに退職するような人間を生み出す教育が、果たして正しいと言えるのか?
2008年がどのような年になるか、誰も分からない。もしかしたら、ニュージーランドの方が地震で沈むかもしれない。
ただそれでも、自分が選んだ道だから、後悔をする事はないと思う。
来年も、前向きに生きていこうと思う。
2007年12月13日
投資家グループ
今週来られているお客様は日本からの投資家グループだ。
日本の将来、特に今後の重税、企業への締め付け、政府からの圧力を考えると、日本でこれ以上仕事をするのは政府を儲からせるだけで何もよいことはない、もう日本政府の奴隷でいるのはやめようと言う考え方の人たちの集まりである。
日本は形式上は移動の自由も国民の財産生命権を認められているが、生まれてからの長期洗脳に侵された日本人の多くは、実はそんなものは存在しないのに、今も見えない壁に縛られて、寄らば大樹の陰とばかり長いものに巻かれて喜んでいる。
まあ、人間は環境に慣れる適応性を持っているので、縛られる事が当たり前と感じているから、今更政府がどんな悪いことをやろうが、それが当たり前と思ってしまう。
ちょうど、家庭内暴力を受ける奥さんが、最初は抵抗していたのに、いつの間にか何の抵抗もせずに「ああ、またか」と思いながら暴力を受け入れるようなものだ。
ただ、日本人と言ってもそんな人間ばかりではない。おかしい事を率直におかしいと感じて、自分の住処を海外に求める人も増えている。
彼らは最初は恐る恐る一歩を踏み出す。海外ってどんなんだ?怖いところなんだろ?俺らでもやっていけるのか?
ところが、いざ踏み出してみると、ニュージーランドと言う国は拍子抜けするほど陽気で明るくて、政治は安定しているし、政府は企業や国民に優しい。
そんなはずはない、どこかに落とし穴があるはずだ、そう思って探すけど、見つからない。時々見つけるのは、キーウィが仕事よりも家庭を大事にするって事と、仕事のミスが多いって事くらい。
その結果、2回程度下見をしてニュージーランドを気に入り、この国の不動産や銀行へ投資をするという事になる。
日本で貯金をしても1%以下の金利しか付かない時代に、ニュージーランドでは8%以上の高金利がつく。
おまけに海外での預金は日本の税務署から補足されにくい。
住宅も、売買に対する課税もないし、現金で受け取る家賃はそのまま大家のポケットに入り、税務申告はしない。勿論ホテルとかの宿泊施設は別だが、フラットメイトやホームステイ程度なら、まず課税されることはない。
おまけに相続税が不要なのだから、日本で重税感を感じていた人からすれば、あまりの仕組みの違いに唖然とするだろう。
でも、この税の仕組みが普通で、実は日本の方が異常だと気づくと、今まで自分がどれだけ「ぼったくられていた」のかを実感するようになる。
何せこれだけ安い税金でも国家財政は黒字だし、セーフティネットとしての社会保障も充実している。
この国に来ると、日本の毒気が抜けると言う方もいる。
来年も年明けから投資家がやってきて不動産購入を予定している。日本政府の海外資産の捕捉は、まだまだ本格的には行われていない。
まずは国内資産の捕捉が先で、海外に目が行くのは、来年の半ばくらいからだろう。そして再来年くらいから本格的に海外資産の法的規制や捕捉が始まると思う。
それまでに資産移動をした人は、丁度ナチスドイツがユダヤ人をゲットーに放り込み始める前にアメリカに逃げ切ったユダヤ人のように、自分の生まれ育った祖国の同胞が、時の政府によって経済、言論共に潰されていくのを、対岸にいながら見ることになるだろう。
写真は3枚ともクライストチャーチ。普通の人でも、これだけ綺麗に撮れる。カメラが上等と言うよりも、被写体がきれいなのだ。
2007年12月04日
シドニー3日目
人々の忙しさを見る。
皆お金を稼ぐ為に一生懸命だ。無駄口なんて叩くヒマも聞く暇もない。NO MONEY、NO TALK、である。
レストランに電話で予約を入れる際も、店員は無茶苦茶早口で、レストラン業務について自分の熟知していることを、シドニーの食習慣も文化も何も知らない外国から来た人間に対して機関銃のように打ち込んでくるんだから、そら意味を理解するのに疲れるわ。
てか、そんなに忙しいの?
タクシーに乗っても、平気で乗車拒否するようなのが目立つし、サービスが全体的にがさつになっている。ニュージーランドもサービスはがさつだが、それは単純にプロとしてのサービス精神がないだけで、人間的には優しい。
シドニーの場合は、プロサービスの技術はあるのだが、サービス精神を持ちあわせてない拝金主義者が、一生懸命社会の底辺から引きずりあがろうとしている感じ。
だから、良いホテルやレストランに行くと、サービスは洗練されたものがあるし、料理も、高級レストランと呼ばれるところでは非常に良い。
て〜ことは、シドニーではきちんとしたサービスをする事が出来る人も多いけど、そうじゃない世界もあり、要するに上から下まで何でもありなんだなって思った。
結局、誰もが時代の波に追いついて乗っていこうと一生懸命なのだ。今、大きな波の中にいる、今この波に乗らなければ、次の波がいつ来るか分からない、そんな焦りが、彼らを駆り立てるのだろう。特に、多文化主義を標榜しているこの国では、欧州からの移民が多い。彼らの焦燥感が、このシドニーを益々熱くさせているのだろう。
シドニーの不動産も、オークランドと同じようにどんどん上がっている。一般庶民がなかなか買えない水準まで来ている。オーストラリアのほうがニュージーランドよりも給料が20%程度高いが、その分住宅価格も高い。可処分所得で見れば、もしかしてあまり変わらないのでは?と思う。
ところがここに!大裏技でマンション不動産を購入した連中がいるのは、昔のシドニーを知っている連中からすれば有名な話だ。そして今そいつらは、マンションを高値で転売して大もうけした。
どうするのか?
まず、シドニー湾が見渡せる高層アパートの高層階のワンベッドルームを見つける。30年ローンくらいで契約をして、毎月のローン支払いを2千ドル程度にする。
次にCheers等の日本語無料新聞に求人広告をうつ。「可愛い日本人女性を募集中!高給です!最低時給100ドル保証!」とかやる。
シドニーでは20歳代前半の、貞操観念のない女性が多いから、結構こういう話に飛びついてくる。
そして同時に、シドニーに住むオージーは、日本人女性の優しさとかを知っているから、日本人女性に興味を持つ、これでビジネスは成立するのだ。
一日の売上が、1時間の客単価300ドルとして、一日で結構2400ドルくらいいく。部屋清掃のスタッフをアルバイトで雇っていれば対応可能。
そうすると、家賃を払っても十分元は取れる。おう、経済は回る。シドニーの日本人経済は、結構こういうところでも回っていたのかなと思う。
こんな不動産投資とチン貸ビジネスもありですかと思う。
街のエンターテイメント度合いで言えば、これは間違いなくオークランドよりも格段に上だ。失礼だが、オージー女性とキーウィ女性の外見比較は、釈由美子と森三中の比較のようだ。三人いても敵わない。
2007年12月01日
円建てローン

現在のニュージーランドは人口増加による好景気で住宅市場が盛況。
政府の方針により、現在の人口約400万人を、100万人増加させて500万人にしようと言う計画の下、オークランドを中心に、受け入れ先となる住宅建設が開発業者によって行われ、これに合わせて新高速道路の建設、空港の拡張など、オークランド200万都市に向けた計画が着々と進んでいる。
このような状況の中で、銀行金利は8%と非常に高く、お金を預ける人には非常に恵まれた環境だが、住宅をローンで購入する人にとっては、ローン金利が大きな負担になる。
そこで考案されたのが、香港上海銀行による円建てローンである。
これは日本に居住する日本人のみに認可された金融商品だが、その特徴は、
1・日本の安い金利(2007年11月時点で3%)で円建てで住宅購入資金を借りる。
2・ニュージーランドで不動産を購入して高い利回り(家賃平均粗利6%程度)で運用する。
3・住宅の価値が上昇する数年後に売却する事で、キャピタルゲインを得る。
という商品だ。
今の日本では、不動産価格が上昇するというのは、東京都心の一部だけで、全国的には、土地は下がり続けている。だが、1980年代半ばまでは、東京や地方の大都市で人口が増える街は、確実に家賃が上昇してた。それと同じ現象が今、オークランドで起こっているのだ。
そしてこれは、バブルの話ではない、実は世界でもベスト3に入る最大手銀行である香港上海銀行オークランド支店では、お客様がニュージーランドの住宅を購入する際に、円建てでローンを組み、日本の安い金利で支払いが出来るという、画期的な仕組みを作っているのだ。
実際にこの仕組みを利用して、多くの日本人投資家が住宅を購入している。システムを簡単に説明すると、下記のようになる。
1・香港上海銀行にローンの事前許可を取る。
2・物件の決定。
3・HSBC(香港上海銀行の略)にローンの申請をする。
日本で定期収入がある事を、給与証明、確定申告などで証明する。
一軒屋の場合は60%程度、アパートの場合は50%程度がローンで借りられる。
この場合の金利は90日ごとの変動金利だが、日本の金利に準ずる為、現在は約3%である。
この住宅は投資用であることが条件だが、ニュージーランドで会社を設立して、その会社の所有にして、自分が名義上はテナントとして住む事が出来る。
例えば購入価格が100万ドル(約8千万)だとする。手元に現金が100万ドルあるとする。
この場合、50万ドルを即金で払い、50万ドルを定期預金にする。そしてHSBCから50万ドル借りる。
HSBCに払う借り入れ金利は3%、受け入れ利息は8%なので、5%のスワップ金利が発生する。
なので、為替が大きく円高に振れない限り、1年後には4万ドルの受け入れ利息に対して支払い利息が1万5千ドルなので、2万5千ドル、つまり5%の利回りが保証されるのだ。
こんなおいしい商品はないが、何か落とし穴は?それが為替である。受け取り金利はNZドルだが、支払い金利は円建てなので、もし為替が、借り入れ時よりも50%以上下がった場合は、赤字になる可能性がある。
ただ、現実的に1年で為替が半分になるとは考えにくい。今回のサブプライムローン問題でも、値下がりは30%以下であったから、そう簡単に起こるとは思えない。
もう一つ言えば、これには予めヘッジがかかっている。そう、最初に預けた定期預金を解約して、ローンを一括支払いすれば良いのだ。元々全額を購入するだけの資金はあるのだから、最初の予定通り現金で一括支払いすれば、結局リスクは全く発生しないという事になる。
このような面白い仕組みは、実は円キャリートレードと同じ仕組みなのだが、日本では現実性のない商品だ。どうしても海外を噛ませていかないと、面白みが出ない。
写真はファンショーストリートから眺めるシティの景色。
2007年11月30日
キーウィフルーツ

今日は移住ネタの、永住権取得と言う本命問題。投資をするにしても、誰もがリターンを考える。でも、そのリターンに、相続税とか市民税とか安全性とか将来性は計算されているか?
要するに、今住んでる土地で最大の節税を計ろうとするだけで、それを世界レベルで考えて、治安、国政、経済、教育、医療などを見て自分の住む国を決めようなんて人は、ほとんどいない。
でも、これから先、それでよいのか?そう思う人々が、毎年1000人以上ニュージーランドに移住を始めている。
現在のニュージーランドの日本人人口は12,000人である。正確な統計はないのでネタ元を求められても困るが、在留届ベースで11,000人くらいはあると思う。
さて、この国に住むとなると、つまりこの国の税制の恩恵を受けようとすると、永住権の取得を考えねばならない。(実はそうでもないのだが、一応分かりやすい例として)
ところがこの永住権、日本人には実に分かりにくいシステムになっている。
まず、永住権。こればっかりは申請時期、担当者、運、によって、見事なまでに変化する。
取れる人はいともあっさりと、殆ど努力らしい努力もせずに半年くらいで取れるし、取れない人は数年かかっても取れない。
その理由は何かと聞かれたら、上記のように、本当に、申請時期、担当者、運であるとしか答えようがない。
一応決まりがあって、学歴、職歴、年齢、英語能力などがある程度揃えば、基本的には誰でも申請できる。あ、これにもう二つ。健康診断と無犯罪証明。
なので、最近の普通のサラリーマンであれば、何とか申請までにはこぎつけられる。そこから先の経済生活や家族の不和が起こるかどうかは別として。
逆に言えば、それほどに永住権とは不明瞭な条件の下で決められるので、どちらかと言えば申請する人が「先行きが不明瞭な状態でフレキシブルな考え方が出来るかどうか」も、大きな要素の一つとなる。
大体、外国の基準や道徳で申請をするのに、日本では〜とか、日本ならこうなのに〜なんて基準や道徳を持ち出すような人は、まずOUT。
ここはキリスト教国家だし、自己責任の国。日本の理屈は通用しない。
でも、じゃあどうすれば良いのか分からないって時に出てくるのがビザコンサルタントだ。ただ、これも刃物と同じで、使い方を間違えばとんでもないことになる。
よく「ビザコンサルタントが働かない!」なんて文句を書き込む人もいるけど、僕から見えれば、コンサルタントも説明が甘いし、聞くほうも甘いままというケースが多い。
たとえて言えば、生まれて一度もキーウィフルーツを食べたことのない人が、自分の頭の中でその味や形を予想する。ちっちゃくて可愛くて黄金色で〜。そして果物やに行って、おもむろに「すみません、キーウィフルーツ下さい」と言う。
店員は何も考えずに「ういっす、何個くらい食べますか?今は旬だから美味しいですよ〜」と言う。
客は、サイズの検討もつかないし、自分一人で食べるので、とりあえず「一房くださいな」と注文する。
店員、やはり何も考えずに、一房分って事で、裏庭に行ってキーウィのぶら下がった枝一本ごと持ってくる。
客はびっくり!おまけにその枝にぶら下がっているのは、汚い毛が表面に生えて、ざらざらしてて、薄汚い皮を剥ぐと、なんと中身はぬるとした黄緑色!りんごのようにしゃくしゃくもしてなければ、みかんのような透明な果汁もない。
「何よあんた!あたしの事、キーウィフルーツ食べたことがないってバカにしてるでしょ!」と怒り出す。
こんな時に大事なのは、最初にやるべきは、互いの認識の一致である。店員からすれば、表面落ち着いてるけど、何となくそわそわさを感じるお客に「こいつ、キーウィフルーツって分かってんの?」と疑問を抱くべきだし、一房と言われた時点で、こいつ、ブドウと勘違いしている、こりゃやばしと気づかねばならない。
客のほうも、自分が要求しているものが、実は自分が思い描いてたものとは違うという事を、そこまでは自分で調べてから注文すべきである。
つまりこのようなお互いの認識違いが、コンサルタンティングが失敗する時の一番の原因で、永住ビザは何故取るのか、取ったらどうなるのか、取るまでの手間がどれだけかかるかも説明せずに、「取りたい?あ、そ。じゃここにサインして」から始まり、あっちこっち引きずり回して書類を用意させた挙句、また同じような書類を出させ、結局は「え〜っと、いつ取れるか分からんぜ」と言うことになる。
これじゃあお客が怒るのも当然だ。お客は素人であり、自分が何を要求しているか全く理解していない。そんなお客への説明責任は、当然サプライヤーであるコンサルタントの業務に付随している。これはコンサルに限らず弁護士でも同じだが、ニュージーランドでは未だサービス業がきちんと定着していないので、このような場合の対処の仕方が分かってないケースばかり目立つ。
対してお客も、この国の情報を自分なりに最低限でも収集して、自分が何をしようとしているのかを理解しないまま、相手に言われたとおりに動いて、最後になって「こんなはずじゃなかった」となるのだが、それなら、素人なりに出来る限り調べてから問い合わせをすべきだろう。
自分のこれからの一生を賭ける大事件なのに、何も考えずに他人任せという事はだめでしょ。
上記はコンサルタントの話だが、移民管理官とのやり取りは、また全然違う。コンサルタントとの争いが本当の夫婦喧嘩とすれば、移民局とのやり取りは、偽装結婚夫婦の喧嘩みたいなものだ。
これを書き始めると、またまたきりがないので、そのうちに分割して書いてみよう。
ただ、僕が今まで2百数十人を扱った経験からすれば、本人がフレキシビリティがあり、腹が括れて、他人をある程度信用できれば、早かれ遅かれ永住権は取れるという事だ。何故なら永住権は、何度でもトライしてよいのであり、一回目に失敗しても二度目で取れるという事があるからだ。
永住権があれば、人生の選択の幅は思いっきり広がる。日本が駄目ならニュージーランドに渡航して、現地で家を買ってそこに住む、そんな選択もあるのではないかと思う。
写真はクイーンストリートから一本横に入ったスワンソンストリート。現在は道路の石畳の張替え作業中。左に見える看板は「まさと」と言う現地向け日本食レストラン。カレーとか丼モノが有名。
2007年11月29日
キャピタルゲイン課税なし

特にキャピタルゲイン課税がないし、売買の際に消費税が発生しないので、要するに10万ドルで買って15万ドルで売れれば、丸儲け、そのお金は全部使ってよいのである。
次の家に買い換えても良いし、飲みに行ってもよいし、銀行で年利8%の貯金をしても良い。
何でそうなるの?
よくある質問だが、これはニュージーランドと言う国の税制が、国民にはしこたま勝手に儲けてもらい、最後に搾り取る政策だからだ。
日本だと、何かやるたびに全ての段階で金を取ろうとする。収入印紙なんて、その典型だ。
ところがニュージーランドはイギリスの経済政策を伝統にしており、基本的に自由放任政策なのだ。
だから、「売った買ったと現場でやって、しっかりお互いに儲けたら、そのカネで飲みに行ってください、家族にクリスマスプレゼンを買ってください、そしたら政府に消費税が落ちますから」となるのだ。
なおかつ、消費が活発になるので企業も儲かれば法人税も取れる、忙しくなれば人員確保も必要だから所得税も取れる、政府も労働者も企業も、皆さん幸せではないですか、って言う考え方だ。
合理的だと思うんだよね、この考え方。実際に政府の歳入の3割は一般消費税、次の約3割は所得税、法人税は20%程度かな、残りはその他収入という構造の中では、消費が盛んになる事が重点。
だから、どっかの島国のように、すべての取引に関与して小銭を吸い上げるような、そして彼ら金の卵の将来を不安にさせて卵を産まなくなるような、消費を冷え込ませるような政策は取らない。
それと、やはり家族が出来れば持ち家が欲しいと思うのは、全世界共通なようだ。その為ニュージーランドでも、20歳代で結婚したら、まずはローンを組んで家を買うという習慣がある、てか、あった。最近は高すぎてなかなか買えないからだ。
元々ニュージーランドの持ち家率は70%以上あったが、最近のオークランドでは、これが65%くらいに落ちてる。
何よりも家が大事って考えている政府は、一般のサラリーマン向けに減税をしたり、若い人が住宅を買いやすいように最大融資率を高めたりしている。そのような中でキャピタルゲイン課税などは、導入するはずもないし、ましてや売買の際の消費税と言う発想もないのだ。
ただ、企業が投資として売買する場合は、これは別。基本的には課税されるし、一般消費税が発生する部分もある。
これ、かなり専門的でケースバイケースなのでブログには書けないが、個人は課税しない、企業には「基本的に」利益分を課税すると覚えておけばよいと思う。企業向け課税を逃れる方法もあるけど、これも書くと長いので、そのうちまとめて書こう。
写真はオークランドのバルカンレーンに置かれたクリスマスデコレーション。最初は何か分からなかったけど、2日くらいして気づきました。爆弾なんですね。
テロのない国だから思いつくんでしょうか・・・。
2007年11月28日
先週は投資家が2組来訪
先週は投資家が二組来られた。丁度同じ日だったので、不動産視察を一緒に回ってもらう。
去年の後半くらいから、移住のお客様よりも投資が中心のお客様が増えている。その為、うちの会社も不動産ビジネスにシフトしており、今月からは不動産を扱う部門も立ち上げて、本格的に不動産投資を扱うようになった。
面白いことに、それまではあまり興味のなかった不動産だが、やってみると、お客様の反応が非常に良い。
元々不動産は、NZでは最も騙しの多い商売として、地元キーウィのアンケートでも、「最も嫌い?騙された職業?」に挙げられるほどだった。
だからうちもあまり関わりを持ちたくなかったのだが、実際に目の前でお客様がトラブルに巻き込まれているのを傍観するわけにはいかない。
その為に今年初頭くらいから、不動産ビジネスのネックとなっている売主重視の視点を排除(つまり購入側が高く買わされる)、円建てローンの契約サポート(年利3%で借りられる)、購入後のサポート(実はこれが一番の問題、日本にいるお客に不動産管理は出来ない)、などなどを、お客様側に立ってビジネスモデルとして構築してきて、やっと大体まとまった。
不動産を扱うには資格が必要なので、これはうちの奥さんに免許を取ってもらい、購入の実務はバーフット&トンプソンというオークランドベースの不動産会社で行うようにした。他にも、仲良くしてくれる不動産やさんがいるので、チームを作ってどんなお客様でもOnestopで商品を提供出来るようにした。
うちがやるのは、あくまでもお客様の側に立った購入、管理、売却サポートだ。
結局ビジネスって、自分が「こうだ!」と勝手に思い込むよりも、市場の声に耳を傾けることではないかと思う。素直に流れに乗って、市場の求めるものを提供すれば、過剰な宣伝などせずとも、お客様は付いてきてくれる。
今、日本では不動産が値上がりするってのは奇跡か詐欺かと思われているようだが、ニュージーランドでは、これからも値上がりが期待出来る。理由は単純で、人口が増えているからだ。
毎年3万人近くが増えていれば、自然とインフラ整備も必要になり、人口増加がビジネスを呼び込むことにもなる。
そして、最初は半信半疑でニュージーランドにやってきた投資家も、「お、これはいけるぞ」と分かってもらえる。
これからもビジネスの現場をしっかり見てれば、まだまだ新しいビジネスが出てくるはずだ。
明日からシドニー。シドニーで起こった事は、半年から1年後にはオークランドで起こると言われている。だから、シドニーを見ておけば、僕の次の戦略に大きな影響を与えてくれる。これが今年最後の出張だ。
シドニーの人口は400万人。しっかり市場調査をして、不動産の次に何が来るかを見極めねばならない。もちろん、美味しい中華も外せませんね。
写真はオークランドシティのど真ん中に毎年立ち上がるサンタクロース。このサンタ、もう何十年も同じ場所に立っているのだが、最近のアパートの増えようにはびっくりしているだろな。
2007年11月27日
ニュージーランドで起業する
日本から来た起業希望の方と面談する。
最近は不動産を通じた起業や投資を考えている方も増えた。昔と比べれば、隔世の感があるニュージーランドだ。
そういえば毎回同じような話をしているので、今後は、不動産、投資、起業という話を、少しまとめてみた。
今後も、新しいカテゴリーを作って、不動産、投資、起業という情報を提供していく。
例えばオークランドで小売店をオープンさせて、将来は永住権に繋ぎたい場合。
世界で2番目に起業しやすい国
1・外国人が外国にいながらNZで会社を設立して、取締役及び株主になれる。但し会計監査が毎年必要。
2・会社設立の際の資本金は1000ドルでよい。事業資金は貸付となるので、利益が出れば無税で回収出来る。
3・契約観念が徹底しており、契約に従ってルール通りに行動すれば、例え企業が倒産しても、経営責任は会社資産のみに限定される。
4・初期投資が他国に比較して安い。オーストラリアで小売店を開く場合の概算費用は50万ドルが目安。NZでは30万ドル程度で開業出来る。
5・永住権を持つ日本人労働者を採用出来ることで日本語による管理が可能である。
6・NZで得た利益はNZで納税するが、法人税は33%(30%に下がる予定)。
投資コスト
会社設立費用: 約1000ドル
会社資本金: 1000ドル
税理士費用: 年間で2000ドル程度
弁護士費用: 1契約に付き1500ドル程度
店舗契約及び家賃: 契約時に2か月分の前払い、家賃は売上の10%が目処
店舗改装費: 平均で1万ドル程度だが、MALL等の条件によって変わる。
店舗什器: 1万ドル程度
初期仕入れ: レストランなら5千ドル、小売なら10万ドル程度
スタッフ人件費:マネージャー年収4万ドル、スタッフ年収3万ドル程度
光熱・諸経費:毎月1000ドル程度
広告宣伝:毎月200ドル程度
運営
1・法律上の問題点を弁護士を入れて調査する。
2・調査の結果が問題なければ会社を設立する。(社名、取締役、株主名が必要)
3・会社に資本金を投下して銀行口座を開設する。
4・銀行口座を開設する。
5・店舗探し。
6・店舗契約、改装準備。(改装は6ヶ月ほどかかることがある)
7・商品仕入れ
8・スタッフの採用と教育(当初は日本からマネージャーを送ることも可能)
9・什器の輸送と搬入
10・商品の展示決定
11・広告方法の検討
12・開店
問題点
1・NZの各種法律、特に労働法を理解しておくこと。トラブルが発生する一番の原因である。
2・NZの商習慣をマネージャー、社長が理解しておく。日本とは全く異なる発想である。
3・初期の段階から経理を徹底して明朗にしておく。税務署は日本のようなぼったくりのわからずやではないので、正直が一番。
起業家ビザ関連
1・弁護士費用が15000ドル+GST
2・税理士費用が3000ドル+GST
3・申請後約6ヶ月で、最初の9か月分のワークビザが取得出来る。それから9ヶ月以内に実際に渡航して会社を立ち上げて営業開始すること。
4・9ヶ月経過した時点で会社の書類を持って移民局に行き、27ヶ月のワークビザを取得する。
5・36ヶ月以内に2年分の決算書を持って移民局に行き、永住権を申請すると取得出来る。
他にも、その人の希望する商売によって色んな方法があるけど、まずは上記の内容を説明すると、何となくイメージが湧くようだ。
ただ、ニュージーランドで起業するのは簡単だが、1年生き残る会社は、そのうち2割と言われている。
ビジネスモデルx経営者の能力x時の運=経営の成功度ってな感じかな。この3つが33%づつ占めているから、ビジネスモデルが良くても能力がなければ負けるし、要するにこの3つがすべて揃って、初めて利益の出るビジネスが継続できると思ったほうが良い。
毎週2〜3件は日本から色んなビジネスモデルが持ち込まれるが、聞いてても、「それ、どうなん?」と思うケースが多い。
結局、ニュージーランドの市場の小ささを理解せず、もひとつは、とにかくどっかのビジネススクールで習った机上の空論で、何とか理論とかでビジネスを展開しようと考えている人。どっちも、大体うまくいかない。
製造業でも警察でも、現場100回である。どれだけ責任者が現場に出て市場を観察して接客しているか。それが出来なければ経営がうまくいくはずがない。
なのに、「シャチョー!」と呼ばれたいが為だけに会社を興すような連中も目立つ。余程日本では相手にされなかったのか、外国で親の金で会社を作り、社長と呼ばれたい連中だ。
逆に、日本で会う起業希望者の中には、実に良いアイデアや実行力を持った人がいる。ただ、そのような人に限って慎重派で、なかなか飛び出してくれない。
今のニュージーランドは早いもの勝ち、First come, First Gain / Winner takes all の世界だ。これは自分で毎日現場で仕事をしているから、肌で感じることだ。難しい理論ではない。







