2014年06月

2014年06月30日

中国人 妻

1930年代上海。各国から租界(占領地)を取られてる上海は実質的に無政府状態で、当時は上海で一番力があった日本政府及び軍が中国マフィアと組んで麻薬取引を仕切り日本軍諜報部の工作資金を作っていた。

 

その責任者になっていたのは佐野眞一の「阿片王」によると里見氏という管理官で彼はきちんと関係者全員の利益分配を行い戦後日本に帰国してからは戦後のフィクサーである人々から距離を置き隠遁生活を送っていたという。この「阿片王」は勉強になる本の一冊だ。

 

今回の機内で観た映画の一つが当時の上海を舞台にしたカンフー冒険活劇である。ブルース・リーのそっくりさんのような若い俳優が素晴らしい技で敵を倒しつつヒロインとどーのこーのである。

 

内容はあいも変わらず日本人性悪説なので最初はどーしよーかな、時間のむだかなと思いつつも、けどブルース・リーの再来なら面白いし、まあいいや観てみようと番組を開く。

 

当時の中国の田舎でどうしようもなく貧しく不安定な生活をおくるよりも都会に出て何かのチャンスを得たい、ちっちゃな船に乗り母親に言われたことをしっかり守るごく普通の若者の上海渡航がこの映画の始まりである。

 

上海に出てきた若者は日本軍が支配する街で仕事を見つけて何とかヤクザにならずに働こうとする。そんな中で偶然知り合った美人歌手と次第に仲良くなる。最初は恋人というよりもお姉さん、かな。

 

主人公の空手ボーイが綺麗な歌い手の彼女にソーセージをバンに挟んだホットドッグを渡す。一口食べた彼女、びっくりして「美味しい!これ何!」と聴くとブルース君すかさず「熱狗(ホットドッグ)!」

 

それで彼女は“あたしに狗肉(犬肉)食わせたの!”って顔で怒ってしまう(笑)。

 

笑わせるのも良いのだけど上海に出てきた若者の気持ちを考えてみた。当時の感覚で言えば田舎から都会への短期移住である。例えば冬の東北から東京に出て建設現場で出稼ぎするようものだ。

 

誰しも当然の行動であり、故郷を思いつつ家族の安全と安心と成長を求めて生活をする。まるで新日本紀行ですね(笑)。

 

日本で生活をしているとなかなかピンと来ないし実際日本は50年単位で見ればそのうち30年は安全な国である。

 

ただ中国は100年単位で国家が入れ替わり、つまりお爺さんと孫の世代あたりまで世の中が入れ替わるとそれから100年は徹底的にきついか楽しいか、二つに分かれてしまう。だからモンゴル人も苦労する。

 

結局最後まで観てとても楽しい気分になれる映画で良かった。”Once up on a time in Shanghai” とタイトルまで殆どアメリカ映画のパクリであるが(苦笑)。

 

それにしてもいつの時代もどこの政府も本来は支配者同士の戦いなのに国民、つまり被支配者を表に出して映画やプロパガンダ、歴史の嘘を並べて人民同士を憎ませようとするし最終的には国民同士を戦わせるけど、自分は絶対に人殺しの現場には出てこない。

 

おいおいずるいぞー、国民同士は個人的には仲良いのに政府、つまり支配層が自分の既得権益の為にこっちを操ってるだけじゃないか、騙された方が馬鹿と言うのは解ってるけど、それにしても政府ひどいなって感じ。

 

第一次世界大戦を舞台にした有名な小説「西部戦線異状なし」ではドイツの兵隊が塹壕の中でつぶやく。

 

「おい、フランスのパン屋が銃持って俺たちドイツの炭鉱夫を撃つってのはどういうことなんだろうな」だったけな、けど意味はそういうことだ。

 

そうなんだよね、フランスのパン屋にとってドイツから来る炭鉱夫旅行客はパンを食ってくれる客であり、パン屋がパンを焼くのに使う炭はドイツの炭鉱夫が掘った炭鉱からやってくる。ここで経済はきちんと循環している。だから両国が闘う必要は現場レベルでは存在しないのだ。

 

ところが両国の支配層は自国の国力を強くしたいから、例えばドイツはフランスに侵略してパン屋のビジネスを奪おうとするしフランスは戦争に勝てばドイツの炭鉱をフランスの領土にしようとする。

 

けどフランスのパン屋にしてもドイツの炭鉱夫にしても「今のままで良い」わけであり、もっと良いのは両国の関税をゼロにして国境をなくしてもらう事なのだ。

 

中にはフランス人男性とドイツ人女性のカップル・・・あ、これは少ないな、ドイツ人男性とフランス系女性のカップルがアメリカで結婚して生まれた子供は欧州系米国人。こんな時に第二次世界大戦が起こったらどうするだろう?

 

欧州と新大陸である米国の間ではご先祖様を遡れば様々な国や地域の出があるし、ご先祖様の住んでた場所の現在の国家同士が喧嘩した場合、一体どっちに味方すればよいのか、ほんと、困るのは現場である。

 

これは僕の家庭でも同様である。日本人と香港人が結婚してニュージーランドで生まれた子供はNZ国籍を持ち利害関係が複雑となるが、日本と中国が戦争するとうちの子供は一体どっちの味方をするのだろうか?

 

もちろん家庭内で夫婦げんか、つまり戦争状態になれば子供二人は100%の確率で中国側、つまり奥さん側に経つが(苦笑)、日本を知っている彼らは日中戦争となれば嫌いだけどおやじの味方をするだろう。

 

なぜなら彼らにしたらきちんと情報を得ているから感情的におやじの味方ではなく理屈で考えて中国だめっしょと分かるからだ。(はは、情けない・・・)

 

けれど中国のような国家で生まれて考える機会もない人々はどうしても自国政府の喧伝する単一的な価値観に洗脳されてしまうから「日本人のバカヤロー!」となる。

 

バカヤローは中国共産党政府なのだが民族と政府の区別が付いてないし日本に行ったこともないまま共産党政府に洗脳された中国人は「日本人のバカヤロー!」って話になる。お互いに「見えてない」のだ。

 

けれど今、日本でビザを取り真面目に働いている中国人からすれば誰が嘘をついているかすぐ分かる。彼らにとっては今の大陸中国政府の横暴くらい頭に来るものはない。「何で俺の生活にトラブル持ち込むんだよ!」って話になる。

 

しかし現実の視点を持つ中国人はこのまま日本にいてもいいのか?という疑問も出て来る。もっと安全な場所に、安定した生活が出来る場所に移りたいと思うのだろう。

 

中国人妻と日中NZ3つの国籍を持つ子供二人を持つ元日本人のネタでした。 



tom_eastwind at 12:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月28日

6月末説明会、無事終了。

いつものように高座に上がり「えー皆様、本日はお足元の悪いところ、遠路はるばるお越しくださいまして有難うございます、どうやら本当に足元が悪くてドタキャンのお客様も出てらっしゃるようで、えー、落語家殺すに刃物は要らぬ、雨の3日も降れば良い、なんて感じで御座いますがー(笑)」みたいな雰囲気で始まった説明会。何だか最近は頭のなか、落語になってるなー(苦笑)。

 

今回は偶然だが起業家希望のお客様が集まったのでそこに焦点を合わせて話をする。こういうのが少人数セミナーの良い点である。大人数にするとどうしても話題が散らばるからだ。

 

起業家ビザがきつくなったのか緩くなったのか、それはご本人次第である。ルールが変化したわけでありその変化がプラスになる人もいればマイナスになる人もいる。そのあたりの具体的な条件をひと通り説明。

 

例えば今までは日本で経営経験が必須だったが今後は必須ではないけどポイントが付かないだけとか。逆に今まではあまり起業資金の最低限とかが決まってなかったのにこれからは起業資金がなければまず申請出来ないとか。

 

他にもご主人が起業家ビザを申請し同時に奥さんが専門学校に通いワークビザから技能移民申請という同時進行方法も案内した。

 

セミナーを行ったホテルではイタリアフェアやってて4階から10階までエレベーターが超混雑、明朝は週末の結婚式で盛り上がってる人々の行列で朝飯もまともに食えないのでコンビニでインスタント豚汁でも買っておこうって思ってファミマで買い込む事になる。東京、やっぱり消費者市場として賑やかですねー。

 

それにしても忙しい。イタリアフェアに結婚式に、誰もが、店も、ビジネスマンも遅くまで仕事してて大変だなー、やっぱり東京って大きな街で、仕事するには真夜中まで働かないと生き残れない街なんだなー、そんな事を思った今日でした。

 

ネタ、いっぱいあるけどちょっと疲れてまだ書けない状況です(笑)。




tom_eastwind at 17:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年06月27日

戦後は終わった。

「もはや戦後ではない」1956年の経済白書で使われた言葉は敗戦後に無法状態に陥った日本が次第に闇市から朝鮮戦争、重厚長大産業へのシフトなどを行い発展した当時の日本を象徴的に表す言葉として使われている。

 

昨晩は偶然だが戦後の闇市を舞台に成長した安藤昇の映画を少し見る機会があり懐かしく感じた。安藤昇は子供の頃から喧嘩っ早く戦時中は航空隊員となり特攻訓練も受けたが終戦。それまで信じてきた天皇とか神の国とかすべて崩壊した中で焼け野原の渋谷を新しい戦いの場所として自分の腕一本でのしあがった。

 

しかしその後戦後は終わり安藤昇は脅迫罪で逮捕され出所後組は解散、その後彼は自分を主人公とした映画の主役に選ばれて!映画俳優として数本の映画に出演した。

 

敗戦後の無法状態の日本、特に焼け野原になった東京では日々の食料の為に闇市が立ち田舎に行き帯や着物を質に闇米を買う上流階級のご婦人がおどおど出てきたり、すべてが混沌としていた。

 

闇市から朝鮮戦争を経て日本の戦争処理という戦後が終わった。しかし次の戦後「混乱期」が待ち受けていた。安保条約改正と反政府学生運動、そして沖縄返還。1970年代の全学連、浅間山荘、三里塚闘争、当時を直接知る人はあの頃の日本の混乱と激動を覚えているだろう。

 

これらの「混乱期」の事件全てが政府側の勝利で終了してやっと本当の意味での戦後混乱期が終わったと言えるかもしれない。

 

しかしその後第二次世界大戦の「戦後体制」が続いた。対米従属による軽武装と経済優先政策は日本の復興と近代化を強力に推し進め1980年代終わりまで日本に好景気をもたらし世界で起こってる戦争に背を向けひたすら金儲けに邁進した。

 

そしてバブル崩壊という第二の戦後がやって来た。

 

長い戦後のトンネルを潜り第二次安倍政権が長期安定政権の予想を見せて、今年になって日本の仕組みにやはりというか案の定と言うか、様々な変化が起こっている。

 

集団自衛権を何とか押し通したい安倍政権であるが、今日の朝日ニュースで日本政府のODAに外国政府の軍事援助が含まれるとかのネタが出たり集団自衛権の話がどんどん広がっているが、どうも舞台裏ではもう「オール確定」ではないかと思わせる。

 

集団自衛権とODA軍事援助と武器輸出3原則の撤廃をすれば立派な軍事国家でありこれは安倍首相の望むところであり国民も期待しているだろう。実は僕自身も日本が防衛軍備をすることに反対はしない。

 

ただこのバランスが難しい。防衛のための軍備は必要であり無防備都市神話を夢見てたら国なんてあっという間に食われてしまうのは歴史が証明している。ただ同時に日本人はすぐ極端に走り理屈に走り現実を観てバランスをとる事が苦手だ。だから武器を持ってて中国が挑発してくると、すぐ子供のように使いたくなる。

 

これを抑えるのが政府なのだが日本的統治は上に行けば行くほど責任がなく下に行けば行くほど現場主義で一体誰が何を決めているのか分からないし何かあった時の指示系統が平時用に作られているから戦時には役立たない。

 

そこで限定的戦争のはずが拡大していく可能性が高い。特に支配層の上に行けば行くほど自分は戦場にイカないから無責任なことを何とでも言える。これも日本の歴史が証明している。

 

そして相手となる中国は今相当にヤバイのだ。ウイグル問題、不動産バブル鬼城問題、ノンバンク、共産党不信、幹部同士の政治抗争、どれ一つが弾けても一か八かで日本相手にどんぱちやらかす可能性が高いのだ。

 

だから今起こっている軍事ODA、武器輸出、集団自衛権という軍事3本の矢は日本にとってある意味自然でありこうでなければ台頭する中国をアジアの真珠ネックレス(日本からフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア、タイ、ミャンマー、インドと続く中国包囲網)で抑えこむことはできない。ただその時にバランスと責任感と指導力を持ったリーダーが現れてくれるかどうかだ。

 

再軍備が始まったぞ。これが第一の矢だとすれば第二の矢は内政強化、つまり治安強化だ。最初はソフトにやるから誰も何も感じないが国民総背番号制など国民一人ひとりを政府が直接監視する仕組みが構築されつつあり様々な法律が細かく変更され政府に逆らう発言は厳しく取り締まられるようになる。

 

これは全国民に対して覆いのようにふわーっとかぶさって、いつの間にかあれ?って息苦しくなってることに気づく。

 

そして第三の矢は私有財産の否定と国民全員の下向きの平等である。まずじわーりと増税しつつ私有財産を捕捉して政府の財産に移す活動はすでに行われている。

 

それは健康保険や介護法案や年金だ。私有財産約1400兆円は国民の財産であるがその個人財産で自分の両親の介護をして下さい、病気になれば自分で民間保険で治療して下さい、年金は財源がないので自分が今から貯金してください、である。

 

本来政府が払いますからみなさん若い時に政府の年金加入してくださいね、何かあったら政府が払いますよだったのが、年金財源ないので自分で払ってねって、じゃあ今まで払ってたのは何なんだ?って話。

 

ただこれは政府から見れば間接的に政府の負債を国民に負担させる仕組みであるから国民に気づかれない可能性が高いし、自分の借金を他人に背負わせるのだから政府の腹は痛まない(笑)。

「大体おかしいよ!政府が1300兆円も借金してるのに何もしない国民が私有財産1400兆円!そんなバカな話があるか!俺たち東大法卒が作った政府が赤字で国民が私有財産持つなんて許さない(恥ずかしい)!私有財産全部没収!」

「もちろん僕ら力で奪いませんよ、東大法卒ですから。ぼくらが法案を作り決定するのは政府であり国会で法案を通して法律になって後は税務署や検察や警察が法律を粛々と進行させるのみです。逆らえばタイーホですよ(笑)」

 

こうやって次第に国民は可処分所得が少なくなり親の蓄えは相続税で持っていかれ子供は何もない状態で社会に放り込まれる。

 

もちろんこのような政治予測は100%正確ではない。けれど予測はできる。いくつかのあみだくじを作り、その時その時の環境に合わせてあみだくじを進めていき、大体どの辺に爆弾が落ちるかを予測することは出来る。だから爆弾の落ちそうな場所から避ける事が可能である。

 

財政改革のネタを書いた5年ほど前は日本の改革にいくつかの方向性があった。その中の一つが増税であり一つがインフレによる政府債務の実質解消である。ただインフレは影響が大きいので政府は増税を選択した。これがあみだくじの一例だ。

 

そのあみだくじが今言ってるのは、「新しい社会」はぼくが予測した2020年よりも前倒しになるなーって予測だ。自民党は、やれるうちにとっととやってしまえ、そういう風を感じる。「光る風」が予定よりもかなり早く現実になるなー、嵐、予定よりも早いなー、そんな感じ。

 

この「感じ」は日本に出張して岡目八目で観るから感じるのでありのんびりしたオークランド日本人社会で情報収集をしてても感じられない。東京にいて定点観測でやってるから分かる。このような大きな流れが動いているのにそのカウンターパートにいる一般国民の反応が弱いから更に危険度の高さを感じるのだ。

 

やっぱり歴史って繰り返すんだな、民族の持つ個性はどれだけ時代を経ても変化せず、日本は50年単位で動く、今はまさにその変動期の入り口を観ているんだな。戦後は終わった、そして新しい戦前が始まった、そんな感じがした梅雨時の東京の一日でした。 



tom_eastwind at 10:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2014年06月26日

新警察故事

警察故事2013

 

ジャッキー・チェンの作品の中でも最も好きなグループに入ってるのが「新警察故事=Police story 」で今回の警察故事2013もとても良かった。けどいつものようにどっか他の映画の筋が混ざってる?ダイ・ハード4とかLaw Abiden Citizenとかはご愛嬌(笑)。

 

それにしても今回のこの映画、北京の息がかかってますね、前回の舞台は香港だったのに今回は大陸。香港警察の代わりに公安がまるで良い人のように描かれてるけど、それは嘘。

 

大陸中国としては50年かけて香港を中国化しようとしているんだな、その迫力だけを感じる映画ですが実際に公安警察がやってることは決して良い事ではないので、この映画を観て「何だ、中国公安って悪いやつじゃないよね」なんて思わないでくださいね、あれはジャッキー・チェンを使った洗脳ですから(笑)。

 

オークランドから香港に行くのは11時間くらいかかるので、映画は5本くらい観ることが出来る。ほんとに楽しい時間で、メールも来ないしお酒も飲めてご飯が食べられて映画を観ることが出来て、なんか楽しい。映画「人間の条件」を6本全部、夕方から翌朝までかけて観たような感じ。

 

今回の2013は前回の筋書きの最初の部分を思いっきり広げた感じで、密室物語というか、けどよく作ってるなー。ジャッキー・チェンはもうカンフーアクションはやんないよって宣言したし、実際この映画でもアクションはあるけどすんごい抑えてる。昔ならこうやったのにーってのが、今回はきちんとアクションにしてる。

 

ぼくが何故この映画を好きかって言うと、その底辺に流れている「人間なんて平等で生まれてくることはない、だから戦って強くなるしかない、けど優しくなければ生きていく資格はない」って事を分かりやすく伝えてくれるからだ。

 

新警察故事の最後の場面で、大陸から父子で密航してきてある晩交通事故で父親を失ったちっちゃ子供に「この世は公平じゃないし平等でもない、けど生きていこうよ」そうやって語りかける言葉が良い。

 

日本のような嘘ばかりの「人はみな平等に生まれてくるんですー、だから不平等なんておかしいんですー!」なんて馬鹿騒ぎを「現実的でないあふぉどもめ、下らん!」と思って生きてきたから、ジャッキー・チェンの言葉のほうがよほど現実的で分かりやすい。

 

そう、人は権利を使って生存権を勝ち取っていくしかない。権利は行使しなければ失ってしまうものだ。戦って生き残った人間にのみ初めて与えられるものだ。黙ってても空から降ってくるものではない。権利は誰にも無料で与えられるものではないのだ。

 

この世は平等じゃない。だから戦うんだ、そんな気持ちにさせてくれる映画でした。



tom_eastwind at 08:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 | 最近観た映画

2014年06月24日

今日から日本出張です。

さあ今日から出張だ。昨晩は冷蔵庫の整理もあるので料理は作らず富士の金太郎で鶏の唐揚げと天ぷら盛り合わせの持ち帰り料理を作ってもらいたっぷりの脂とお醤油を吸収しつつ自宅で仕事。脂と醤油はぼくの場合普段不足しているので今朝起きた時もお肌の具合が丁度良い(笑)。

 

てか出発前日の夜6時過ぎから8時までの2時間に送ったメールだけで20本、受けたメールは僕個人宛てでもほぼ同じ本数。それ以外にも各部門のメールを読むので段々いらいらしてくる(苦笑)。

 

キャセイ航空の一番良い点はメールが来ない事、機内で酒を飲ませてくれること、アジア(中韓日)の映画が充実してること、出発時間が午後でゆっくりしている事か(笑)。ニュージーランド航空は自分たちの道徳を押し付けてくるから嫌なんだよね。これだけ自由な国なのに一部の組織はあいも変わらず社会主義のままだ。

 

今回は香港でアポイントが入る予定なので一日時間を作っている。香港はまさにタックスヘイブンの世界であるが昔のような明るいタックスヘイブンではない、大陸中国の資金洗浄場と化しているから生臭い。

 

カジノ、不動産、ホテル買収、様々な形で人民元が香港ドルに変わりそれがBVIあたりに送られてUSドルに化けて共産党幹部の蓄財となる。

 

去年はそれがネット上でばらされて大変な騒ぎになった。日本人も個人名と住所がすべてネット上で晒されてグーグルで住所検索するとその人の職業まで判明した。国税局もあの時は新橋の居酒屋で派手に前祝いやったんだろうな(苦笑)。

 

明るいタックスヘイブンは今はシンガポールだ。あ、そうだ、「タックスヘイブン」の書評、まだ書いてないぞ。記憶のあるうちに書かなくては。

 

それにしてもタックスヘイブンはプレイヤーの少ない世界だから情報の動きが早い。特に最近はカンボジア、ミャンマーなど、まだ銀行システムが確立していない国で動きが目立つ。サッカー、トリッキーワードですぜ、ご注意を(笑)。

 

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ニフコ会長が10億円申告漏れ 東京国税局が指摘

2014/5/24 1:50

 自動車部品製造大手「ニフコ」と英字新聞「ジャパンタイムズ」(東京・港)の小笠原敏晶会長(83)が、東京国税局の税務調査を受け、2011年までの3年間の所得約10億円の申告漏れを指摘されていたことが、23日分かった。

 関係者によると、無申告加算税などを含めた追徴税額は1億数千万円。会長は既に申告と納税を済ませたとみられる。

 会長は08年ごろから国内外を頻繁に行き来して生活。その間、海外で保有する株式の配当所得などを申告していなかったという。

 日本の居住者は国内外で生じた全ての所得が課税対象になる。国税局は会長の海外での滞在日数などから、生活の本拠地を日本と認定したとみられる。

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この記事など、一体誰が絵を描いたのか、現場を知らないコンサルと会計士か(笑)?徹底的にやるって意味を知らないのだろうか。

 

PTの意味を理解せず居住者の判定を法令で解釈せず、何も考えずに提案したんだろうけど、提案した連中、今頃は会長が特別に作った自動車製造用歯車に挟まれて「ギアー!」って叫んでるのでは(笑)。

 

さてっと、気温13度の涼しい青空の広がるオークランドを出て、梅雨時の熱い北半球で10日程仕事して来ます。 



tom_eastwind at 08:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月23日

行列のできる弁護士事務所

昼過ぎにちょっとした案件で弁護士事務所に立ち寄ると、何と受付女性が今までのキーウィから中国人に代わってた。おまけに受付だっちゅーに客を目の前に立たせて電話に向かってずっと中国語で話し続けている。

 

だもんで面倒くさいから担当弁護士のガラスの個室越しにおーいと声を賭けて出てきてもらう。担当弁護士と机を挟んであーでもないこーでもないと言ってたら何だか次から次へと中国人がやって来ている。受付の女性に片言の英語で「ぼく、アポイントがある」と言ってソファにどんと座り汚れた運動靴にジャンパー姿。

 

そう言えば事務所に入ってきた時も数名いたし打ち合わせしている間もひっきりなしに中国人が出入りしてて、あれ?と思ったぼくは目の前にいる弁護士に「ここ、中国人の駆け込み寺になってない?」と聴いたら、にやっと笑って「うん」。

 

やっぱり、駆け込み寺になってるー!ぼくのオフィスの入ってるビルは中国人向け留学移住会社が多いのだが去年辺りその辺の会社に出入りしてた中国人が次々とビザ却下されてこりゃ話にならんってんで地元で移民法に強いこの弁護士事務所に駆け込むようになったのだろう。

 

まさに大群の移動であるが、それにしても約1千組ってことは一家族4名として4千名分のビザがたたっ斬られるのだから大変な騒ぎであるのは間違いない。折角やって来たのに今更中国に戻るのは嫌だ、こうなったら何とかしがみついてやるってことなのだろう。

 

けどキーウィの殆どが中国人はこれ以上不要、てか今いる連中もうざいと考えているのは事実。昨晩の「7時シャープ」という番組の司会者は結構歯に衣着せぬ言い方をすることで有名で、去年はインド人総督を番組内でからかって降板された事もあるが、今再び毎晩7時のニュース特集で司会をしているって事は多くのキーウィにとって彼が語ってることが本音と言うことだ。

 

去年も中国人のあまりの横暴や傍若無人ぶりに怒ったキーウィ市民団体が中国住民団体であるアジアなんちゃら協会(実際には中国人団体ですよ!)に抗議に行ったら協会の会長って中国人が後のテレビインタビューで「アジア人差別であーる!」

 

ふざけんな、お前らジョークか、差別されてるのは中国人だけでありそれ以外のアジア人はきちんと現地に溶け込んで生活してる(笑)。中国人って指摘されてるのにアジア人ってすり替えはないでしょ(苦笑)、日頃は俺たち大陸中国人、勢いあるもんね、他のアジアなんてちっちゃいちっちゃいなんて言っておきながら、恥ずかしいとは思わないのかな(笑)。

 

ビザにしても投資にしても仕事にしてもとにかく中国のやり方を持込み、今も中国人ビジネスマンが多額の賄賂を政治家に渡した事件で審理が続いている。こういうニュースを見ると一般的キーウィは「金もらった政治家も当然悪い、けどそんな汚い方法を持ち込んだ中国人はもっと悪い!」である。

 

まあそのような世論が巡り巡ってオークランドの移民弁護士事務所の仕事が急増しているわけだが、彼ら黄禍のおかげで日本人のビザまで巻き込まれて本当に大迷惑だ。

 

一昨年、黄禍が来るまではビザは非常に順調に進み全く問題なかったのに、日本人の状況は何も変わってないのに移民局が世界中のビザを締め付け始めたからその被害がもろにこっちに来てる。

 

まったくもう、本国では大気汚染で公害を日本にまで撒き散らし南シナ海ではベトナムやフィリピンと喧嘩してトラブルをバラマキ、尖閣諸島では日本と喧嘩して、ニュージーランドに来てまで他のアジア諸国民をトラブルに巻き込む大陸中国人には困ったものである。

 

大国と言いながらやってることは後進国以下である。なまじ図体がデカイからジャイアンである(苦笑)。

 

なんか英国では女王陛下に会わせろ、でなきゃいかんぞとかヒースロー空港では「レッドカーペットが3メートル短い」とか、他に話す事あるでしょ、国家同士。それともアヘン戦争の恨みを今晴らそうとでもしているのか、だったら日本は元寇を持ち出すぞ、いずれにしても面倒な国である(苦笑)。

 

日本在住の皆さん、世界の街角で起こっている事件に目をやり、中国に対してはめんどくせー議論になる尖閣諸島ではなく、大陸中国に対して「ゴミを外に出すな!大気汚染にしろ人間にしろ。見ろ、世界でお前らは嫌われているぞ!」とでも訴えればどうでしょうか(笑)。

 

日本だけじゃない、行列のできる弁護士事務所でした。



tom_eastwind at 13:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月22日

栄養問答

最近は朝730分に目が覚める。夏よりも一時間損した気持ちになるのは僕が日の出と共に起きるからだ。夏の日の出は6時30分なので夏はいつも6時30分に目覚める。

 

ぼくが時差ボケをしない理由はおそらく僕が行った先の太陽と同じ活動周期になるからだろうと思う(?)。伝書鳩の時差ボケってのは聴いた事ないし、電信柱に掴まってた渡り鳥が寝不足で畑に落ちたなんて話も聴いた事はないので僕の脳みそは彼らと同じような程度の脳みそ、いや、程度ではなくて仕組みになっているのだろう。

 

ただもう一つの特徴としてその前に朝の3時過ぎに目が覚めることはよくある。その時は体を起こさずに頭のなかに保留箱に入ってるものを脳内に出して整理する。一切の筋肉を使わないので脳だけがぐわーって洗濯機の水槽みたいに回るのがよく分かる。エクセルとワードとお絵かきソフトが同時に立ち上がる瞬間である。

 

この時はほんとによく頭が回転してくれて難しいと思ってた案件が角度を変えればおーびっくり、みたいな解決をすることがよくある。不思議なことに一旦解決するとそのまま寝てしまうのだけど朝起きて枕元に置いてある紙とペンか、又はそのままマックを立ち上げて書き込む。

 

ただそんな事が出来るのも日頃どんなものでも頭に放り込む習慣があるからだ。世間一般では活字中毒とでも呼ばれるのだろうが、とにかく起きている間は常に周囲にある情報を観たり活字を拾ったりしている。

 

そーいう断片情報がいつも頭の中でくるくる回ってて、だもんで夜中の夢を見る時も十分な入力がされているからとんでもないものをとんでもないものにひっつけてしまい、実に様々な単語や情景やアイデアがポンポンと出力されるのだ。

 

ぼくの仕事を定義付ければマーケティングでその中には企画(かっこよく言えばひらめき、簡単に言えば思いつき)が大きいが、これも千三(せんみつ)の世界であるから、千三個思いついてはじめて三個程度が企画になる。逆に言えば常に千三個以上の思いつきがないとやってけないので「常在入力」が大事。

 

そこでふと、栄養問答なる言葉が飛び出してきた。

 

「何も食わないのに活動出来るとはこれいかに?」

「死霊の盆踊りよ」

 

「脳みそが腐ってるのに食い物が見えるとはこれいかに?」

「ふん、所詮はあきめくらよ」

 

ゾンビーじゃないんだから何も食わないのに肉体活動を維持出来るわけはない。人は食わねば死ぬ。死んだ後に蠢いてたら、そりゃ人間じゃない死霊だ。

 

ニュージーランドで生まれた日本語を話せないキーウィが日本に行っていくら電子辞書があってもその日から日本人と日本語で普通にビジネス会話が出来るわけはない。

 

日本で生まれ育てば日本語は話せるようになるだろう。しかし子供の頃から何の勉強もせず学生時代も学ばず日頃何の知識補充もせず社会に出て「ぼく、何をすればいいんでしょう?」ではゾンビーだ。

 

勿論彼らだって一応大卒だから単語としての言葉は入ってる、例えば拉致とか民主主義とか。けどそれが何を意味するものであり自分が対応してどういう主体性や考えを持って生きていくかという出力に全然結びつかない。まさにその一生、死ぬまで生まれっぱなしか死霊の盆踊りである。

 

だから社内で雑談する時もいきなり他人に何かのコメントを求められても答えられるわけがない、だって基本的に何も入力されてないのだから。まさに生まれたままの赤ちゃんの脳みそ状態でありそれがそのまま大人になったような「生まれっぱなし」であるが、世間にはそういうのが実に多い。

 

つまり他人と時事ネタを議論したり歴史上の人物を語るのに、ネタに関して全く学んでない。朝の新聞とニュースだけ見てそれで今日のネタは仕入れたと思い、全く頓珍漢な答をだす。おいおい矛盾してね?

 

日頃から知識を系統立てて入力しておき自分の立ち位置を考えてそれが自分にとって心地良いのか納得出来るのか、理論として正しくて日頃自分が考えている他のことと矛盾はないのか、そういう訓練をしていないから自分の矛盾に気づかない。

 

タイトルの栄養問答であるが、食べずに生きていけるのか?知識を得ずに生活の質を維持出来るのか?知識とは脳みその栄養である。なのに物理的な食物だけはガバガバッ食って太って夏になると(^_^;)だーらだら、酒にタバコに暴飲暴食で体を壊す。

 

肉体的栄養は摂り過ぎ精神的栄養は全く摂らず、生まれてきたのがこの子ですー、みたいな縁日の見世物小屋の出演者になってしまう。

 

けれどそんな事を言っても、今からでも遅くはない。人間は死ぬまで勉強でありいつ始めても遅過ぎはしない。まともな例で言えば60歳過ぎて退職してから声楽を学びクラシック音楽を聴き人生を楽しむ人もいる。学ぶ楽しむは本人次第、年齢ではない。

 

どうでも良い例だがぼくは糖質制限を始めたのが今年の3月頃、それまでは三度の食より好きだったラーメンやうどんをある日突然ピタっと止めた。ただそれだけで体調がものすごく良くなり副作用もない。50過ぎて始めても全然遅くない。ラーメンをネタにするなっちゅうに(笑)。

 

ましてやこれからの時代、日本人男性の寿命は80歳であり、今あなたが30歳だとすればこれから50年間世間にバカを晒して生きるか、今1年程度徹底的に自分を見なおして勉強して残りの49年を開けた目で生きていくか、まさに境目である。

 

境目というのも30過ぎたバカは普通そこから先は人の話を聞かず自分が正しいと信じて疑わず人生を過ごし、40歳過ぎた頃に思ったような人生になってない、何かおかしいと思うけど、そしてある日読んだ本に自分の犯した過ち、つまり学ばなかったという事に気づくが今更間違いを認めて自分の今までの人生が全く無駄であったって事を反省も後悔もしたくないから静かに本を閉じてブックオフに持っていく。

 

何も入力されてない脳からは何も出てこない。今の時代、手元にお金がなくても使い放題のネット環境があるのだ、無料で様々なことを学ぶことが出来る。

 

ちなみに言っておくと最初に出来るだけたくさん脳みそに情報を押し込んでおくと、何か突発事象!が起こった時に冷静に判断出来るのも事実である。何かある前に脳に栄養を与えるかどうか、決めるのはあなたである。



tom_eastwind at 16:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月21日

うつ病

「うつは乗り越えられるか?」

「いや、ありゃ、うつる」

 

最近はすっかりDVD落語にはまってる。今日は桂枝雀の落語を南太平洋の小島の小都市で青い空と海を眺めつつ楽しむ・・・少し曇ってるな、まあいいや、晴れてる部分が多いしさ(笑)。

 

でもって桂枝雀。あんまり天才的で面白いものだから演目解説やウィキを読む。・・・そっかー、こんな素晴らしい芸風なのに、だからどこか「逝ってしまった」部分があるんだなー。

 

桂枝雀、関西落語会の雄、1999年うつ病で自殺、年60歳。

 

真面目な話、うつは乗り越えられるか?答は、人によるとしか言いようがない。ではうつにかかって乗り越える方法は?絶対乗り越えられるという方法は存在しない。何故ならうつとは自分との戦いだからだ。

 

あえて言うなら絶対に乗り越える方法は今の自分と戦って勝つことだけだ。では誰が今の自分と戦うのだ?今の自分である。

 

自分が二人いるのか?

 

そうだ。自分を生きている(演じている)自分と、自分を見つめている(観客)自分がいて、その二人の葛藤(かっとう)である。「やっとう!」ではない、それはちゃんばらだ。

 

自分を生きている自分とは賢く理性的であり先を読むことが出来て、だから失敗の予測に気づき不安でだから恐れてそれがだんだん恐怖になり次の1ページを開くことが出来なくなり舞台から降りたくなる、それが結果的に自分を殺すことになり最悪の選択肢であると“理性的に”気づかないまま。

 

自分を観ている自分とは、感情的であり太陽を見て微笑み自然を愛で素顔のままの自分を喜び失敗も含めてこの地上の人生を楽しむ。例え目の前にどんな未来があろうとも、未来は絶対に自分で選べる、そう無条件で信じることが出来る自分がいる。

 

この、感情と言う自分と理性という自分の戦いがうつ病との戦いだ。江戸末期の開国派と攘夷佐幕派みたいなもんだ、一つの国ん中で2つの同じ日本人が争っている。

 

感情の強い人はどんな表面的に正しく見える理屈にも「ナニクソ!」と戦える。勘定の強い人はどんな時でも「お前、払っとけ」と開き直って言える(苦笑)。

 

じゃあどうやって感情を勝たせるか?答は簡単、感情にたっぷりの栄養を与えておけば良いのだ。後ネタで栄養問答って書く予定だけど、感情の栄養とは、晴れたら大地を耕して野菜の育つ姿に感動し雨が降れば読書してまだ見ぬ過去の人と語り合う事であり、旅に出ては先達の望まほしき事を理解することであり、要するに徒然草読めって事だ(苦笑)。

 

吉田兼好が足りんからすぐにうつ病になる。てか吉田兼好学ぶ前に鬱病になるんだから困ったものだ。けどいつの時代も希望を持てば未来予想図が見えてきて吉田美和のように復活するのになー。そう思って自分を無条件に信じることが出来れば演じてる自分に勝てる。これだけは間違いない。

 

学問の世界でも人間はまず感情ありきで理屈は後付であると言われている、てか大学行ってないので聴いたことはないが(笑)。

 

ただ自分なりに長いことこの人生生きてきてそう思う。自分の中の二人がいつも心のなかで「やっとう!」とやってる。時には二人の戦いを観てる自分がいることもある。え、三人か(笑)?けど、繰り返すけど、自分を信じたら、勝てる。これだけは間違いない(あ、ほんとに繰り返した!)。

 

ぼくがこんな話をするのもおかしな噺だが、ぼく自身だってうつの部分がある。そして世界中殆ど誰にもほんのちょびっとはうつの部分がある。理性がなくちゃ死ぬし感情だけだとやはり死ぬ。あとはそれとどう向き合ってバランスを取りつつ生きていくかだ。

 

うつとは目に見えない闇であり道端を歩いててほんのちょっとした拍子に転ぶようなもので、あははと笑って裾をはたいて立ち上がりまた歩き始めれば良いだけなのだが、真面目な人間に限ってどうしても座り込んだまま考えこむ。

 

「わたしは何故転んだのか?膝の角度が悪かったのか?視線の中にきちんと小石の位置を調査して入れなかったのか?はたまた世の中が悪いのか?それともおれが悪いのか?」などと道端に座り込んだまま歌でも歌い出す。

 

世の中を生きるのに誠実である事は大事だけど、時にはイタリア人みたいに“ケ・セラ・セラ、なるようになる〜”と人生陽気に生きることも必要だ。人間は機械ではないし時には恋も食事も休暇も必要だ。まあ、かと言って自分の乗ってる船を沈めた挙句に「まんまみーあ!」じゃあ困るけど(苦笑)。

 

ところでこの“ケ・セラ・セラ、なるようになる”ってのは2つの意味がある。

 

一つ目の“なるようになる”とは、世の中は自分の思うように“なる”である。努力する限り人は悩むものだけど努力する限り世の中、少なくとも自分を取り巻く環境は変えられる、である。

 

2つ目は、世の中は川の流れのように大きな部分で変えられないところがある、だから“なるようにしかならない”から思うように上手くいかなくても気にするな、未来がどうなるかを今からあまり気にするな”である。ほら、美空ひばりも歌ってるでしょ、“あーあー、川の流れのように”って歌ってたでしょ、あれ聴いて元気出しゃいいんだよ。

 

一番いかんのは、“なるようになる”からって何の努力もせずに毎日だらだらと酒に麻雀パチンコ麻薬、まさに「立てば痴漢で座れば盗撮歩く姿はASKAです」だ。

 

なるようにしかならないから努力しなくて良いって意味で生きてると地獄に行くよ。そしたらハリセンボンが出てきて結婚迫られるよ。あ?それでもいい?あの痩せた歯の出てる方がいい?ああ、それなら早いとこ地獄にいっとくれ、地上じゃ人間が多すぎて暑苦しいんだから。

 

お後がよろしいようでー(笑)。



tom_eastwind at 15:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月20日

児童ポルノ禁止法?

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子どものわいせつな写真や画像、動画などの所持を新たに禁止する改正児童買春・児童ポルノ禁止法が18日午前の参院本会議で、与野党の賛成多数で可決、成立した。

 改正法は、「自己の性的好奇心を満たす目的」で児童ポルノを所持した者に、1年以下の懲役または100万円以下の罰金を科す。既に所持している場合に自主的な処分を促すため、7月に想定される施行から1年間は罰則を適用しない。他人から一方的に電子メールで送り付けられたケースなどを処罰対象から外すため、「自己の意思に基づく所持」との要件も設けた。

 また、児童ポルノの定義があいまいだとの指摘を受け、「ことさらに児童の性的な部位が露出され、または強調されているもの」と具体的な記述を盛り込んだ。

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オークランドでも昨日の夜6時のTV-ONEニュースでも児童ポルノを作ってた工場を急襲する警察チームの姿が映ってた。

 

この国では児童ポルノの取り締まりは非常に厳しい。冗談では済まないレベルで、例えば日本人の父親が3歳の娘と一緒にオフロに入ってる写真を撮って居間に置いていたらキーウィの友人が来て「お、お前—、やったのかー!警察呼ぶぞ!」なんて騒ぎになるほどだ。

 

しかし今回の日本の場合は話が違う。表面的には各国に合わせてどうのこうのだが実際の運用は全く違うものになる。いやさ、もちろん児童ポルノは取り締まる。けれどそれはあくまでもお付き合いであり実際の目標は政府に逆らう者にかける網を増やすことである。

 

今どき日本で情報発信している人間でパソコンを使ってない人間などおらず、そして常にウィルスは蔓延しておりいつどこで何に感染しているか分からない。そんな時に「自己の意志に基づく所持」なんてどうやって要件定義するの?取り敢えず逮捕してパソコンをにたまたま入ってたスパムメールを「自己の意志」と定義されたら終わりじゃんか。

 

日本はいよいよ戦前の予防国家に移行を始めている。自分は何も悪いことをやってない、なんてのがいよいよ通じない時代になって来ている。映画「マイノリティ・リポート」では「こいつは将来犯罪を犯すから今のうちに逮捕しろ」なんて話がまかり通ってくるようになる。

 

日本は戦前特高警察というのがいて、社会主義者や共産党員を追い回してとにかく逮捕拷問挙句の果てに殺してしまっても「病死」。おいおい、顔中腫れ上がり背中が木刀で殴られてずたずたになっててどこが病死だよって話だけど、それがまかり通ってた、何故なら日本政府が認めていたからだ。

 

戦後は警察の捜査方法が問題にされて予防名目で無実の人を逮捕することが出来なくなりそれが結果的に犯罪が起きてからでないと動けない警察体質を作った。その為ストーカー殺人など警察が未然に防ぐ事が出来なかった事件も発生した。

 

一般市民はそういう時には「だから予防警備が必要だ!」なんて言ってたが、警察が一般市民の普通の生活に立ち入るようになったら何が起こったか、戦前の歴史を見ればよく分かる。どちらが怖いか、である。警察が本気で自宅に乗り込んで来たら一体どれだけの一般民が逆らえるだろうか?

 

要するに警察なんて存在しないのが一番良いわけだが社会の悪を退治するための必要悪として存在するのなら、一般市民は出来るだけ関わりを持たない方が良い。

 

警察が一旦予防捜査方針に切り替えていけば今後確実に予防の名目で支配層に逆らう一般市民を事前逮捕出来るようになる。逮捕理由は何でも良い、とにかく政府や権力者に逆らえば痴漢にも児童ポルノ保持にでも、何にでも仕立てることが出来る。

 

つまり日本で生きていく限り政府に逆らうことは許さない!社会的に抹殺してやるって話だ。これが一昔前なら、金持ちであれば税務署を動かして脱税容疑で逮捕することが出来たが一般市民でサラリーマンの場合は脱税しようがないので税務署を動かせなかった。

 

そこで思いついたのが痴漢容疑や別件逮捕で自白供述を取って有罪にして社会的抹殺という方法だった。今回導入される児童ポルノ法は表面的にはまともな法律に見えるがこれで確実に支配層の暴力装置が一つ増えたということなのだ。

 

もちろんどんな国家でも政府は常に暴力装置を持って治安維持をしているわけで問題はその政府が信頼に足るかどうかである。

 

「これからの子どもの教育や10年後のこの国の将来を考えると今のうちに家族でオーストラリアに移住をしたい」こう語るのは日本人ではなくベトナムに住むベトナム人である。これは中国も同様で彼らも出来るならすぐに中国を出て海外のパスポートが欲しいのだ。

 

何故か?それは両国とも共産主義という名目の独裁国家であり警察の権力が無限大であり自分が正しいと思うことを主張してもすぐに逮捕投獄拷問、挙句の病死になることをよく知ってるからだ。

 

日本も今後は例えば資産を持って海外移住しようなんて言ってると突然警察がやって来てパソコン開かされて知らぬ間に児童ポルノのデータを移されて挙句に現行犯逮捕!

 

はい、旅券は逃亡の恐れがあるから没収、世間に逮捕の事実を公表されて社会的抹殺、「海外移住なんて考えようものなら、こうなるよ」と移住を希望する国民への見せしめ。

 

一回目は執行猶予だけど最低3年は海外に出られない、それでも3年後に出ようとすると執行猶予期間中に二回目の逮捕で執行猶予は取り消されて実刑、半年ほど刑務所—。

 

身内の不祥事は徹底的に甘い体質ですぐ隠蔽や誤魔化しをするが相手が一般市民となればいきなり態度が変わって何でも自白脅迫でっち上げをする日本国家が中国やベトナム国家とどう違うのだろうか。あ、そうだ、同じだ、皆共産主義! 



tom_eastwind at 10:14|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月19日

街の風景 距離感

クイーンストリートを歩く多くの中国人は電話に向かって話している。電話で話しているのではない。つまり多くの人間が普通に行う、耳に電話をあてて話すのではなく、電話の正面画面を口の下あたりに持ってきてわーわー言ってるのだ。

 

あれで聴こえるのかなー、まあいいや、あいつらどうせ言ってるだけで相手の話は聴いてないんだもんな、あはは、落語だよこりゃ(笑)。

 

今日もうちのオフィスを出て目の前のクイーンストリートとビクトリアストリートの交差点で信号待ちしていると気持ち悪い感。それが距離感。

 

これってあまりネタにならないのだけど、人間には他人に近寄られると気持ち悪くなる「距離感」がある。どうもこの距離感、日本人は西洋人に近くて、大体80cm程度の距離が普通だけど、中国人はこれが異様に短くて30cm程度!

 

殆ど接触状態であるのが彼らの常識のようだ。ところが更に近いのがインド人で、肌が触れるのが当たり前?のように並ぶ。

 

勿論西洋社会に慣れたアジア人ならバランス取ってきちんと距離を開けるのだけど、彼らが数人揃うと本国の癖が出るんでしょうね、距離感バリバリ超近距離でぼくが交差点で立ってる時でもいきなり横から割り込んできたおばさん、数センチ隣に頭にスカーフ巻いておでこに赤いシンボル付けて普通にこっち見て立ってる。

 

うーん、中国人にしてもインド人にしても社会的に強い、タフってのは良いことですが、横で大声で喋られたり並ばれたりすると決して僕からすれば気持ちの良いものではないわけで、そこでちょいと横に行くと、今度は馬鹿っぽい薄汚れたのが短い手巻きタバコをぷか〜ってやって、この煙が臭いのなんの、全く最近のこのみちはやってらんない(談志)!

 

最近の中国のニュースでも公安が悪いやつらを逮捕すると大体あいつら前に並んでるやつの背中に自分の手を載せてる。何か飛び馬するようにね。あれってのは距離感で、前の奴と自分の間に割り込みが入らないようにするためってんだけど、逮捕された時まで「割り込み禁止!」って、それってどうなん(笑)?

 

中国でバスを待つ時に数十センチの間を空けるって事は並んでないって事で割り込まれても割り込みじゃあない、だって並んでないんだもん、というふうに見なされる。

 

距離感、これって個人が確立出来た社会でのみ享受出来る感覚なのかなー、けどまあ日本人とキーウィの距離感が近いから良かったなーなんて思いつつ今日もクイーンストリートを下がったり上がったり行ったり来たり、富士の金太郎での面白いランチミーティングなんて喋るのに忙しくてカツカレーご飯なしが冷えるぞ、素うどんのネギが臭いから早くクエって感じの一日でしたー(小三治、笑)。



tom_eastwind at 09:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月18日

医療・介護法が成立=来年8月、自己負担引き上げ

さあ、いよいよ始まったぞ、2015年から介護保険の自己負担の引き上げや介護を家族の負担で在宅でやらせるぞ。

 

安倍首相が進める改革は次々に実行される、この流れは以前から何度も書いているが2015年から本格化されて2020年には全く新たな社会が出来上がっている。国境の長いトンネルを抜けると、そこは違う国だったって感じだろう。

 

1980年代に青春を過ごした日本人からすれば信じらない景色でありバブル崩壊後に大人になった人々は「またかよ・・・、また、俺たちかよ・・・」と無気力に受け入れるか、切れて包丁振り回して社会に仕返しするしかない。

 

他にも同様の法律や通達が次々と出されたりして、日本に住む一般日本人の95%を占める「普通の日本人」から様々な名目であるが要するに強制性のある支払い、つまり税金を搾り取る仕組みが次々と構築されている。

 

バブル崩壊を受けて一時期は官僚が完全に死に体になったが小泉首相あたりから少しづつ力を回復して遂に今は超元気でピンピンして「おりゃー、いくぞ国民!死ぬまでついてこい!」状態である。

 

これは何も言葉の綾ではなく、本当に生まれてきた子供を日本国家の労働力として税金で育て成人に達すると何らかの労働を義務付けて働かせて可処分所得ゼロの状態、つまり高額の税金を支払わせて当面は70歳、そのうち「現役75歳!」みたいにしてそれまでは年金払わないようにして、そして本当に死ぬまで何らかの労働をさせるのだ。

 

なんかまるで収容所群島だな、国民から搾れるだけ搾っておいて国民が病気になったら「おい、そいつの自宅に放り込んでおけ」で終わりである。

 

ロシアもびっくりだろう、何せ治療を受けるにも金があるかどうかが全てであるが、当然可処分所得がないので貯金もないから医療など受けられず人生終了、そこで政府は「ああ、君はお国の為によく頑張ったねー!ばんざいーい!」で終わりである。

 

周囲を見渡すとコンビニがありケータイがあり無料の物も多く、何だか普通に楽しく過ごしているように見えるが、それはキアヌ・リーブスのマトリックスと同じで、ある日気づいてみれば自分は壮大な収奪装置の中で単に生かされている事を知る。

 

「そう言えば回りの男たち、あまり結婚してる人がいないなー、なんかおやじの世代だと20歳過ぎたら皆結婚してたとか聴いてたけど、今は違うんだなー」けれどその原因を考えようとしないしそういう健全な疑問を持つ思考回路は小学校時代にすでに切除されている。

 

「カッコーの巣の上で」はジャック・ニコルソン主演で1975年に発表された。僕はその時高校生でこの映画を観たが、社会や政府が持つ暴力装置に本当にぞっとしたものだ。同時期にジョージ・オーウェルの「1984年」や「動物農場」も読んだので「どのような理想を持って作られた組織でも腐る、長くなればなるほど確実に腐る」という言葉を肌身で感じたものだ。

 

今回“小池晃氏(共産)は特養の新規入所者の限定について「要介護1、2の人は現在でも後回しにされているが、今後は行列に並ぶことすら許されない」と指摘。「法案は介護保険の根拠なき負担を押しつける歴史的な改悪だ」と述べた。”との事。

 

いやいや、小池さん、そうなんですよ、行列にも並ばせないんですけど、国家財政から見れば改正、つまり正しくしているんですよ。

 

だって要介護なんですよ、役に立たないんですよ、政府にとって国民とは労働者、労働が出来なくなった時点で不要なのですよ、だからその老人を生かしておきたいならそれはどうぞ、家族のわがままですから自分の家で家族の方が介護してくださいって事ですよ、ほら、きちっと筋が通ってるでしょ。

 

え?介護すると仕事やめなくちゃいけない?そりゃ困ったもんですねー、けど今まで頑張って働いててお金を貯めてたら介護費用が払える筈でしょ、現にあたしたち東大法学部卒は卒業時は貧しくても、役人になってから一生懸命働きましたよ、退職後も生活に苦労しないように天下りとか渡りとかきちんとシステムを作ってきた。

 

それに比べてあなた、今まで何して来たんですか?え?パチンコ?カラオケ?ばっかじゃないですか、そりゃもう自己責任ですよ、親子で枕並べて討ち死にして下さい。間違っても親だけ殺してあなたが刑務所などダメですよ、裁判費用も馬鹿にならないし刑務所だってタダ飯じゃないんだからね。



tom_eastwind at 07:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月16日

積読 橘玲について

積ん読ってわけでもないが、昨日の日曜日の午後の僕が座ってるソファの回りには、落語研究会の柳家小三治の自伝、橘玲の「タックスヘイブン」、週刊日経ビジネス、月刊情報誌「選択」、そしてネットで配信される田中宇の中東情勢など、文字通り文字だらけになってる。

 

ぼくのような情報産業では情報がすべてであるから世の中にバラバラに無関係に存在する様々な情報を一通り目を通してどれとどれが「結がる」かをあとで考えて自分なりに世の中の明日がどうなるかを考えて組み立てる。それから戦略を構築する。

 

情報、これはもうとにかく読み込むしかないので読むわけだが、読んでる時点で具体的にどう「結がる」かは分からない事が殆どだ。

 

回りに広げた本の中で今回一番面白かったのが橘玲の「タックスヘイブン」だ。

 

彼の本の一冊目は「マネーロンダリング」だ。この本を読んで、「おー、この人、現場知ってるな」ってびっくりした記憶がある。

 

「マネーロンダリング」を読んだ多くの人はお気づきだろうが、あそこに書かれている事のどこまでが本当でどこから具体的な手口をぼかして真似されないようにしているか、また中途半端な真似をすればドツボにハマる罠を隠しているか、分かりようがない。

 

こちらからすればまるで舞台裏から本を読んでるようなものであり、この橘玲って相当に冗談好きなやつだなー、てか面白い!と思ったものだ。何故なら罠は常にバカが調子ぶっこいてこの本一冊読んで分かったふりをして日本から客連れてくるとドツボにハマるように設定しているからだ(笑)。

 

1990年代の香港を利用した口座開設、資金移動、運用、そしてお金を浮上させる方法、こういうのは理論だけでは成立しない。現場の動きもしっかりと理解しないとダメだ。綿密に作った筈のスキームが銀行担当者のちょっとした勘違いで全部ぶっ壊れることがある。

 

今だから時効で書けることであるが、当時僕は香港で大手日系流通企業の現地採用として宮仕えを6年間やってた。いや、宮仕えやってたって事ではなくその時にやってた業務内容の一部です。当時日本から来た駐在員で英語を出来る人材は限られましてや広東語が話せるとなれば広い社内でも僕一人。

 

だもんでいつも日本から来た駐在では手に負えないケースは「特命」で様々な業務?色んな場に呼び出されて生臭い話、金の話、裏の話をやっていた。

 

生臭い話で言えば日本から来た企業駐在員が中国で死んだので家族の呼び寄せ、死体処理と日本への搬送、各種手配など、この時は臨時に5人程度の香港人と日本人合同チームを作り全員にその場でどんどん指示を出し僕の所にすべての情報が集まるようにしてすべての時間を調整してすべてがジャストインタイムになるように、まさに時間との勝負で動いた。

 

後日この企業のオーナー会長からのお礼状とうちの会社のお偉いさんから食事会に呼んでもらった時には日本から来てた駐在の嫉妬の目がきつかった(苦笑)。

 

この事件以降も様々な案件が来た。金に絡む話がよく来た。銀座に本社のある宝石屋の会長さんのアテンドなんて、要するに税務調査ですか(苦笑)?地元の銀行にご案内して貸し金庫を借りてそこにビロードの袋や小箱に入ってザラザラするのやらを入れていく。

 

その間じいさんはじっとこちらを観ているがぼくが話している言葉が全くわからないのでしょっちゅう「おい、日本語でやれ!」と言うが、あのさ、この支店長は香港人ですよ、そして僕は今、この銀行内にある貸し金庫の隠された鍵が何本あるか、この貸し金庫の裏側に穴が空いてないか、支店長がしょっちゅうマカオに行ってないか、そういう心配をしている最中にしょうもないことを話しかけるな、気が散るっちゅうに。

 

そう、香港ではすべてが騙し合いであり騙された方が負けであり銀行の窓口に行けば何でも正しく行われるのだと信じこんでる日本人にはあり得ない世界があるのだ。

 

例えばあなたがハンセン銀行で口座を開いたとしよう。入金の為に連れていかれた5メートル四方ほどの入金専門の銀行窓口でお金を渡して領収書をもらいバンザイ!ところが翌朝その銀行本店に行くとお金が入金されてない、あれっと思って昨日入金した窓口に行くとそこは空き事務所。もぬけのから。

 

そんなのが日常茶飯事であり金目のものを持ってセントラルあたりの宝石屋に行くとトラックで店に突っ込んで自動小銃振り回す強盗団に遭遇したり、バスに載ってると深センの港から大型エンジンを積んだ高速ボートでやって来た強盗団(時には解放軍)が目の前を横切り隣のマージャン屋を襲い警官隊と撃ち合いになって警察官が逃げたり(笑)。これすべて実話である(笑笑)。

 

そんな世界で1991年から1996年まで過ごした。香港の景気が良く日本もまだ1997年の銀行崩壊の手前であり、香港ではまさしく金が舞っていた。どっかのホテルチェーンが香港にホテルを高値で掴まされ買ったがその後すぐに日本でバブル崩壊、結局半額以下で元のオーナーに買い戻されて大損、その後倒産。

 

とか、香港側の海沿いに立つ高級ホテルのオーナーは日本人で、東京香港間では絶対に日本航空の1Aしか座らなかった人物がいた。

 

彼はぼくの働いてた会社の本社総務部の中でも特別中の特別扱いで支店長がわざわざ空港まで出迎えに行くほどの人物で、夜の接待も必要であるが、日本食レストランなら問題なくても中華とか珍しい店とかナイトクラブとなるともう特命である(笑)。

 

それも当社だけではなく商社や航空会社や銀行も出て来る程のVIPであり、まさに企業駐在員の命は接待にあり!

 

この人も相当にいろんな事を香港や日本で仕掛けて派手に飛び回ってたが、僕がそばで観る限り寂しそうな老人だった。その後、風の噂で彼が自殺をした事を聴いた時は「ああ、これで一つの時代が終わったのかな」なんて思った。

 

当時は日本から香港の金融現場も知らず日本と香港の法律も理解せず一発屋が日本からお客を連れてやって来て大失敗、でもってうちに駆け込むことの多さには呆れたものだ。こんな一発屋の言うことを大企業の社長がどうやったら信じるんだろうね?

 

てな感じであるがこっちは宮仕え、相手は当社の株主となればやるしかない。だもんで相手の希望している事は何なのか、そのお金は白いのか黒いのか、黒いのは白くしたいのか、日本に戻したいのか外国のままでいいのか、税務対策は日本国内でどのような事をやってるのか。

 

そういういろんな事を聞き込みつつ少しづつ相手の希望するスキームを描き同時にリスクの説明をする。スキームが出来上がれば後は実行するのみ。

 

スキームは相手の理解度に応じて作り分けるがどれだけ簡単なスキームにしても基礎知識がなければどうしようもないから、時には「私が作りたいのではなくあなたですよね?私を信用してもらえばここから先の手続きをしますが、信用出来ないならどうぞよそでやって下さい」と突き放す。

 

さて、腹をくくってもらえば後はパスポートとボールペンを持って朝から銀行を回り弁護士事務所に行き必要な書類にサインをしてもらい相手が希望する場合はPOAもその場で作成して非常時に備える。

 

大事なのは予め用意してもらった書類の内容確認(英語と広東語で書かれている)と落とし穴がないかチェックして正しい場所に署名すること、一通り終了する頃には一日経ってしまうが、この一回のみでその後は香港に渡航不要であるから一気に回る。

 

そんな生活を、今は時効であるから話せるが橘玲の「マネーロンダリング」を読んだ時はオークランドで生活を始めてずいぶん経ってた頃だから2010年頃か?時期はあまり記憶にないが「ほー、現場知ってるね、てかあの時代の現場にいた人だなあ」と懐かしく読んだ記憶がある。

 

あれ?タックスヘイブンの話を書くつもりがいつの間にかマネーロンダリングの話になってしまったぞ(苦笑)、ダメだな、書き始めると筆が、じゃなくてキーボードが止まらなくなった、はは。

 

タックスヘイブンの話は明日後日あたりに書きます(苦笑)。



tom_eastwind at 14:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月15日

自宅はオークランド、職場は東京です。

明日の月曜日から金曜日までオークランドで働いたら次の週はもう日本だ。定宿の方から教えてもらったのだが、ぼくは今年が始まり5月末までにすでにこのグループだけで53泊している。他のホテルも含めると5ヶ月のうち約半分が日本である。

 

こうなるともう、自宅はオークランド、職場は東京ですってのが現実になる。

 

自宅のあるオークランドでは仕事内容は激激だけど毎日午後3時になれば仕事を終わらせて残ったのは自宅に持ち帰り、自分のペースで自然を楽しみつつ夕食を作り映画や音楽や落語を楽しみ、夜の9時過ぎにはもうベッドに入る生活だ。

 

こんな生活、日本じゃ無理だよねー。第一夜の9時なんて日本だとやっと残業終わったくらいの感覚だ。それから「よっしゃ一杯のみに行くか!」くらいだけど、日本人、体疲れないのかい(笑)?

 

ぼくも50半ばであり髪の毛もない(笑)が疲れも全くない(笑)。とにかく元気なのは無理してないからだと思う。

 

体重は高校生の時代から全く変わらず現在も身長165cmで体重60kg20数年前に買ったスリーピースを今でも着ている(笑)。さすがにスリーピースのほうがくたびれて裏地に穴が空いたりしているが、着ている方は超元気であり、体に穴は空いてない。

 

今も裸眼であり視力1.2以上あるだろう、雑誌の小さい文字もすべて裸眼で読んでいる。

 

やっぱり無理のない生活がいいよね、自分の体に過剰な負担をかけずストレスを抱えず毎日をなべて事もなく過ごし、オークランドの空に浮かぶ白い雲と青い空、そしてランギトト島を眺めつつ過ごす。

 

その代わり一旦日本に行くとなればこれはもう戦闘である。戦いにおける戦略、戦術、戦闘、の、一番下の現場の殴り合いの喧嘩である。オークランドにいる時はゆっくりと戦略を考え戦術を練るけど日本に行けばそこは戦場、24時間戦う。

 

今回はすでに説明会の参加者がほぼ満席状態で東京と大阪の個人面談を詰めているところだが、久しぶりに一週間程度の出張で終わりそうだ。

 

一昨日の金曜日は街に出て飲み歩いて情報収集、そっかー、あそこ、こーいくんだな、ほー、この会社、調子良いよね、ビジネスモデルもしっかりしているよねー、なんて感じで真夜中寸前まで楽しみ、いつもの運転手、キースに迎えに来てもらい無事に自宅に到着だ。

 

ただ今回思ったのは、ぼくのような生活をする人が増えているって事だ。

 

日本でビジネスを成功させたけど、何か自分の思ってた自分の人生と違う、そう感じている人がニュージーランドにやって来て「あ、これか」と気づいて生活の拠点をニュージーランドに置き仕事の必要があれば日本に行く、だんだんそういう生活をする人が増えている。

 

ほんとにオフコースの歌じゃないけど「地球は狭くなりました」ですぜ。

 

ニュージーランドに住み日本に通勤する、そんな生活が20年後には確実に出来上がってますよ。あなた、そんな生活を信じますか(笑)?

 

ぼくは10数年前にそういうコラムを書いた。オークランド大学を卒業した若い女性たちがロサンゼルス、香港、ロンドンの職場に就職、それぞれに散らばっていたが、ある日偶然オークランドに戻る機会があった。

 

「じゃあお茶でもしようか」そんな雰囲気でカフェに集まった彼女たちは、日本人の子供、韓国人の子供、中国人の子供、共用語は英語で必要に応じて自分たちの言葉も使ったりして「ロンドンって、暗いんだよねー」とか「香港の環境ってきついよね」とか「ロサンゼルスは良いんだけど、何かもう時代遅れかもー、次探そうかなー」みたいな感じ。

 

当時は「あり得ん」とバサッと切られていたが、今それが現実になり始めている。親たちの人種が何であろうが関係ない、NZという国で生まれ育ち同じ教育を受けて世界に飛び立つ子どもたち。

 

彼らの自宅、故郷は間違いなくオークランドだ、けれど職場は世界です、そんな時代が来たなーって感じです。



tom_eastwind at 15:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) NZの不動産および起業 

2014年06月13日

街の風景 (昨日の続き) バナナ作戦

あ、そうだ、街の風景って意味は、ぼくの仕事は街つくりであり、その為に時間があれば街に出て様子を観る、定点観測のことです。大阪のコンビニ、オークランド・シティの韓国系日本式お弁当屋、こーいったネタは基本的に定点観測をしながらネタとして拾ったものです(笑)、だからちょっとお笑いが入ってます(笑笑)。

 

さて昨日の続きです。

 

けど彼らが去ったわけではなく現在はこれが投資家ビザとワークビザ部門になだれ込んできてる。今までは投資家ビザ部門なら申請して2週間で担当官が決定して2ヶ月程度で取得出来たのに、今は担当官を決めるだけで数週間かかる、具体的な期間は分からないって、それって去年の起業家ビザ部門の動きと全く同じじゃんか!

 

でもってワークビザ部門がパニックになってるようで、ここもとにかく申請が来ればとりあえず落とせ!的な動きになっている。中国人が知り合いのつてなんかを使ってワークビザを申請しているのだろうけど、移民局はこの申請はすべて撃墜が前提。

 

正直、悪いのはいつも自分のルールを無理やり押し付ける中国人であり迷惑なのは南太平洋の小国で善良に嘘を言わずに生きてきたキーウィである。

 

ほんとにもーもーいい加減にしろって感じであるが中国人にも生きる権利はあるわけでこっちがどうこう云う権利もないわけで、とにかく黄禍にならないように戦略を立てる必要がある。

 

そこで脳内トレーニングとしてゴーストタウンのイメージを頭に残しながらちょっと考えてみた。

 

一つは大陸中国人を絶対に一つの箱に入れない事だ。彼らは一つに固まるとすぐ腐る。

 

バラバラにして良い中国人だけを受け入れて、更にNZでもチャイナタウンを作らせず地元に同化させてキーウィの文化に流し込む。子供の世代になったらキーウィの価値観を持つチャイニーズキーウィ、つまりバナナになる。外は黄色で中は白。

 

実際に今のニュージーランドで頑張ってる中国系キーウィは1800年代半ばにダニーデンあたりで金掘りをしてた中国人の子孫でありアロータウンに行けば中国人が住んでた家が見られる。

 

じゃあ何故彼らがキーウィ化したのか?それはあまりに増える中国人に対して危機感を持った当時のNZ政府が黄禍(Yellow Perill)として移民受け入れを停止したからだ。その後中国人は全く入ってこなくなり初代にやって来た中国人もチャイナタウンを作るほどの数ではなく、更にそののち金が取れなくなって中国人はNZ中に拡散して、結局キーウィ化したのだ。

 

それから80年経ってNZの政策が多文化主義になり移民受け入れを始めると、最初に来たのが香港人。彼らは英語を話し英国文化を理解して問題なく受け入れられた。

 

ここで、バナナと香港人の間で軋轢があったのは事実であり、ぼくはその現場で傍観者として彼らが喧嘩するのを観てた。大変だなー、そう思ってたのを今も覚えている。

 

さて現実政策。それはダイバージョンプログラムとして人口の割合別に移民受け入れ数を決める方法だ。現在のニュージーランドの人口が400万人で日本人、中国人、それぞれ一定の割合になったらそれ以上の申請は受け付けない方法である。

 

例えば移民受け入れは日本人は10万人まで、中国人も10万人までとする。そして中国人の場合は更にダイバージョンを重ねて都市ごとに受入数の上限を作る。オークランドは3万人までとか。NZに住みたかったら田舎の町しか受け入れないとか。

 

こういうのって結構あり得るわけで、だからいつも僕は「ビザは取れる時に取れ」という理由だ。

 

さてもうひとつの現実的政策。それは海外に出たい中国人を相手に大型タンカーで受け入れてその船をマンションタンカーにしてしまい、どこの国家の規則にも縛られない公海に浮かべた船で一生過ごしたらどうだろうって事だ。パスポートいらないもんね(笑)。

 

石油タンカーみたいにでかい豪華客船作ってその中に住み、ある意味動くマンションだ、食い物は公海上で船会社から購入していつも新鮮な肉や野菜を入手出来る。

 

北半球の冬にはオークランド近くの公海に浮かび北半球の夏が来ればシンガポールあたりでのんびりすれば良い。

 

中国ではもともと客家とかボートピープルが普通にいたわけで、だったら中国人大作としてボートピープル政策やれば?なんて思いつつビザショップを観てた今日でした。

 

けど、日本人として忘れてはならないのは、古代中国は日本に漢字と文化を伝えた人々であり彼らに対する尊敬を忘れてはいけないって事。同時に今の中国人は古代中国から続く中国人ではないって事。次のネタは古代中国人と現代中国人の比較だなって思ってます。

 

長安一片月、万戸搗衣声。 秋風吹不尽、総是玉門情。

――李白、「子夜呉歌」

 

長安。三蔵法師。日本人には馴染みのある話です。お互いに仲良くやっていきましょう!



tom_eastwind at 13:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月12日

街の風景  ゴーストタウン(鬼城)

今朝のニュースでニュージーランドの公定歩合(OCR)が上昇して3.25%になったとの事。

 

ニュージーランド中央銀行はRBNZと呼ばれておりリザーブが付いてるBNZだ。BNZは元々国営銀行で日本で言う日銀にあたる。それが1980年代、当時のデイビッド・ロンギ首相による財政改革民営化政策でBNZは民間銀行に生まれ変わったが、その際に国策を実行する銀行部門としてリザーブBNZが付いたBNZが並立して残っているのだ。

 

おとなりの豪州は失業率上昇する予測なのでまたNZドルが強くなる。日本円は弱いままだ。これでNZドルが強くなれば僕の日本出張費用も安くなるってーわけで、1NZドルが40円だった時代に日本に出張してた時の半額の費用で日本出張出来るのでこりゃ助かる。

 

しかしそうなると農作物を輸出してる農家が困るなんてニュースがネタになるのだけどそれは番組編成上のネタでしかなく、実際問題としては中国などではNZ産の乳製品は高級品であり商品に競争力があるので為替で上がった値段はすべて消費者に転嫁出来るから誰も困らない。

 

だから通貨が強いってのはこの国ではそれほど悪いことではないのだ。日本も実は同様で強い通貨が悪いことであるかのようにデフレ退治と宣言して通貨安を狙って成功したら輸入製品、特に石油やガスの価格が一気に上昇して給料が上がらないまま物価上昇で庶民の生活を直撃している。

 

今日は午前中に2件の内部ミーティング(打ち合わせ?会議?ミーティング?)だけだったので、これをガーッと詰めて片付けて最近お気に入りの同じブロックにある韓国系弁当屋で1130分にかつカレーを注文して混みあう前にさっさと喰う。

 

今回の訪問で気づいたのだが前回登場した可愛いウエイトレスさん、元気よいのだけど、どうやらあまり英語は上手ではないようだ。店に近づく人を見かける度に大きな声で“Hi There !”とやってるのだけど、その後はテーブルに座った人のメニューを取るのに一生懸命聞き取ろうとしている。

 

けどやっぱ、こういう元気の良いお弁当屋さんがこっちの顔を覚えててくれて、入り口に近づくとニコッと笑って「いらっしゃい!カツカレー、ライスなし!」と言ってくれれば“おれの名前はカツカレーライスなしではないんだけどな”と思いつつ、一人で昼飯を食うおやじからすれば「じゃ、ここで喰おうか」って気持ちになる。

 

実際問題、昼過ぎのプレゴとかソウル(魂)あたりでたむろってる、あ、失礼、ランチで下らん他人の噂話をネタのお喋り、あらまた失礼(笑)、えっとですね、要するに美味しいブランチを素敵な会話で楽しむ女性の方々も店を選ぶ際には自分の顔を覚えてくれてるイケメンシェフや会話の上手なハンサムウエイターが基準になったりするという、まあ源氏物語の時代から連綿として続く至極普通の社会現象ですな、どうでもいいや(笑)。

 

でもってカレーを食い終わり入り口のレジでお勘定の時に「この店は毎日何時から開店してますか?」とゆっくり聴くと彼女は何か言おうとして目の前の客が韓国人でないことだけは理解したようで、一瞬小首を傾げて何か閃いたように大きな笑顔で両手の指をぱっと広げて大きな声で“TEN!”。・・・え!蒟蒻問答か(笑(!

 

楽しい元気をもらったようでこっちまで笑顔になって店を出て今日の目的であるビザショップに立ち寄る。

 

クイーンストリートの、うちの会社からほんの50メートル程上った道路の反対側にある3階建てか4階建ての商業ビルがある。相当以前は中華料理屋韓国料理屋テイクアウェイ、とにかくごっちゃ混ぜで色んなちっちゃいお店がそれなりにビジネスをしてたのだけど、ここ2年位でその内容が一気に様変わりした。

 

このビルの3階部分の、それまでがらん堂だったスペース全部をすべて一坪ごとベニヤ板で仕切ってそこに壁紙貼ってハローキティのぬいぐるみ3個位置いて店の奥には中国人の若い娘が退屈そうに座ってる。

 

上はジャージー下はミニスカ生足にビーサン、パイプ椅子に堂々と片膝立ててケータイ見つつプラスチック容器に入った弁当を、両手を広げてかけこむようにバクバクと喰らってる姿。

 

多分その商品、100万年たっても売れねーよ、そういうのを並べているのだが、これが中国式ビザショップ、起業家ビザで申請してた連中の「売れても売れなくてもどーでもいい店」なのだ。

 

そりゃさ、起業家ビザのビジネスモデルってのは俺が3年前に発明したやつだよ、でもって地元の弁護士経由で広まったものだ。けどぼくが作ったモデルは大前提として移民局のビザ精神を順守して地元への貢献、雇用の創出、納税、等など移民局の要求するものを叶えることであり、更に将来ニュージーランドで彼らが生活することで消費税を払い住宅を買い地元に貢献するモデル、つまり法の精神を順守するビジネスモデルだった。だからこそ静かに移民局と地元に受け入れられたのだ。

 

ところが去年中国人のやったことは全く脱退完骨・・・違うな、換骨奪胎であり、起業家ビザに付き物の非常に繊細な手当部分が全く存在せず現地への貢献や雇用もなく利益もなく、中国人の中だけで金を回し悪用したのだ。

 

その結果として移民局にとって最も嫌がる案件にして今回の大なたにしてしまったのだ。全く中国人って奴は芥川龍之介の蜘蛛の糸のような連中である。持続するビジネスは常に相手に儲けてもらうことが前提なのに「お前ら付いてくるなー!」とやってまた中国地獄に皆が落ちてしまう。馬鹿だなーって思う。自分だけが良ければなんて長続きしないよ、あふぉ。

 

でもって去年全滅した中国人の起業家ビザ1,000件の申請の結果としてこのビルの3階に構えていたチャイナタウンがどうなったかを見たかったのだけど、上がってみると見事に全滅!ほとんどすべての店が見事にシャッターを閉じてまさにゴーストタウン(鬼城)、残ってるのは自分の家族の食材を経費で落としたいテイクアウェイショップとパソコン修理のお店だけ。

 

ほんと去年はこいつらに振り回されてしまったが、何だかつむじ風みたいな奴らだったなー。

 
長くなったので続きは明日書きます。 



tom_eastwind at 10:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月11日

大風の中で

高村光太郎ではないけど、昨晩は大風の中で過ごした。あんまり大風でうちのブロックは送電線が切れたのだろう、夜中から今朝までずっと停電、はは。

 

凄い大風でしたよ、起きたらベッドルームの外に植えてあった背の高さ1m位の白い花たちが全部なぎ倒されてました。

 

ラジオを聴いてたらオークランド市全体で15,000戸が停電になっているとのこと。しかしさすがは朝ラジオのキーウィ司会者、話が面白い。

 

「今朝は昨晩の大風の影響で市内15,000戸が停電になっており、交通信号が停止しているところもたくさんあるので十分に気をつけて下さい。それにしても今日がゴミ捨て日だったこともあり多くの家庭が昨日の夜にゴミ出ししてた事もあり、大風で枝や葉っぱやゴミが散乱してますねー、いやー、ほんと、まさに今日のオークランドはゴミの日です!」

 

朝はカーテン開いて陽の光で顔洗ったり髭そったり去りゆく頭髪を整えたりするんだけど今日の日の出は7時30分だから光が十分でない。ヒゲを洗って顔の皮を剃らないように注意が必要だけど、それより何より、寒い!

 

昨晩の大雨がすっかり大地の温度を奪ったようで、足元から寒さが来る。あんまり寒いのでベッドルームのヒーターを入れよとして停電してることを思い出し、じゃあ床暖房入れてる洗面所に行けばと駆け込むがここも停電でひんやり、やはり電気のある生活に徹底的に慣れてるんだなーって思う。

 

これが昨晩でワカヌイビーフステーキ焼いて食べる時に停電ならろうそく持って来て「キャンドルナイト」って楽しめるところだが、朝はきついですね(苦笑)。日本にいて移住を考えている皆さん、電気のある生活にあまり慣れてしまうと大変ですよ(笑)。

 

この国ではつい先年まで地方に行けば電気は自家発電、水は雨水なんて家が普通にあったので停電はどこの家庭も慣れたものだけど日本から来たばかりで停電にぶつかったらびっくりするだろう。

 

ただ僕が一つだけ困るのはニュージーランドの住宅はお湯についてはドラム缶みたいなシリンダーというやつに水を貯めこんで電気で沸かして使うのだが停電が数時間続くとシリンダーのお湯が水になりシャワーもお風呂も使えない。

 

まあいいや、その時は近くの市民プールのスパにでも入ろうと思いながら自宅の内ドアに続く駐車場に入り扉を開けようとすると、これも当然電気なので開かない。

 

仕方ないのでチェーンに付いた紐を引っ張って手動に切り替えてガラガラっと開ける。車を出したら一旦降りてまた駐車場に戻りガラガラと引き下ろして次に玄関から出て車に乗り込む。

 

車を走らせハーバーブリッジのあたりに来ると、今度は浜辺の浅瀬に打ち上げられたヨットがありびっくりだけど、更にハーバーブリッジに入ると大型のヨットが倒れかかるように橋桁に船体を横たえてますよ!いやー、昨晩の大風の激しさがよく分かる。

 

車の中でヒーターを入れて暖かい思いをしつつも、ほんとにこのニュージーランドって国は常に自然と隣り合わせだなって感じた瞬間でした。

 

けどま、それがこの国の良い所でもある。完璧に制御された日本ではまずあり得ない状況が次々と普通にやってくるのだけど、自然と共存する国民は笑って受け流して、むしろ楽しんでさえいるようだ、なにせラジオの司会者が笑って「今日はゴミの日!」なんて言って通るわけだから。

 

日本だとすぐ「不謹慎!」とか自己制御して結局面白くもくそもない国になるわけだけど、この国は笑い飛ばし冗談のネタにする。やっぱ、この国の人々って、精神的にタフだわー、そんな事を考えながらシティのど真ん中で朝から連続で外部会議、内部打ち合わせ(会議と打ち合わせ、どう違うのだろうか?)などと考えつつ気づいたらもう13時30分。

 

あー、なんだかもうこんな時間なら昼飯抜きでいいや、とりあえずランチルームにスタッフ用に常備している味噌汁と冷蔵庫の生卵を引っ張りだしてスターバックスのマグカップに放り込んで熱いお湯かけて混ぜてがーっと飲み込んで仕事再開(笑)。

 

結局自宅に戻った15時30分の時点で電気は回復しており、何とかお風呂に入れました、あーよかった、これで一日、無事終了です。さてっと、夕食作って本読んだりして知識吸収してとっとと寝ます(笑)。



tom_eastwind at 17:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月10日

小さいままで " I love me just the way I am "

大雨の中、自宅でオイルヒーターに温まりつつ、ビリー・ジョエルを聴きながら書いてます。

そう言えば前回の日本出張で出会ったあるビジネスマンからこんな事を聞かれた。

「して御社の今後の成長戦略は?」

は?この人真面目な顔して俺に向かって大喜利しかけてんのかねー、成長、成長ってあの、背が高くなるあれっすかね?って感じだ。

 

このビジネスマンは年の頃40前後、頑張って自社の成長や自分の部門をどうやって大きくしていこうか、てか、成長するのが企業でありその為に戦略を構築するのが当然と思っているのだろう。対前年比とかが大好きな人なんだろう。

 

日本ではビジネスは成長することが前提であり対前年で常に上昇することが当然のように思われている。経営者は経営セミナーに参加して経営コンサルタントから経営の基本を学び技術を学び対前年比を学び・・・。

 

けどそれって本当に当然なんだろうか?ぼくはニュージーランドに住むようになって「対前年比」がどうしても社会の成長に正比例しているのか、疑問を持つようになったのだ。

 

社会が持続しつつ成長するのは良いことであるが社会の成長だけがすべてであろうか?その為に無理をして会社の規模を拡大して皆が夜遅くまで働き対前年を超えるって事は言い換えれば余程の仕事の合理化をしない限り対前年より忙しくなることを意味するわけで、ということは対前年より家族と過ごす時間が短くなるわけだ。

 

べつにその仕事、ぼくが無理してやる必要もない、誰かアイデアを思いついた人がやれば良い、何もそこまでして全部の仕事を取って大きくなって結局家族に見捨てられてって、ソッチのほうがよっぽど問題だと思うんだけど。

 

僕も日本に住んでた20数年前はそのような事を考えてた記憶もあるがニュージーランドにやって来て家族を作り、家族を中心として毎日一緒に食事が出来て週末は家族で遊びに出かけ、年末には家族でスキーなど旅行を楽しみ、普段は残業もなく人間らしく土日も休みが取れて、やっている仕事は自分の好きな事でありそれで得た収入でちんまりとだが家族と暮らすことが出来ている。

 

小さいながら会社を経営してもうすぐ20年であり、常に社長として5年後の世界や10年後の世界を予測して変化する世界の中で日本とニュージーランドがどう変わるかを読み取り、35年ごとに会社の舵を大きく切ってスタッフも周囲もびっくりする中、一年程度で会社の中身、つまり業務内容をガサーっと入れ替えて次の3年〜5年に備えることを繰り返してきた。

 

常にこれから起こることへの受け皿作りをして「これから起こる事」を待っているので当社では世間の企業一般のイメージである「営業担当」という部門がない。

 

マーケティングと言う名前の、釣り糸に正しい餌を付けて正しい時間に正しい場所に垂らしたら、後はそのままのんびりしているだけだ。

 

その代わり一度当社の顧客になって頂ければ他社では絶対に不可能な徹底した顧客満足を、赤字覚悟で追求している。この「赤字」がぼくにとっての営業経費なのである。ただ、無理をしないから営業経費は随分安く収まっているのも事実だ(笑)。

 

だから成長戦略と言われてもねー、ぼくら会社のスタッフとその家族が食えて毎年昇給出来て毎年一ヶ月の年休を消化出来れば良いわけで、それ以上の仕事を「対前年比」の為に取ることがほんとうに必要なのかと思ってる。

 

上場企業においては株主は常に高い配当を要求し対前年比を基準に経営を語るが、ぼくの会社はぼくが100%のオーナーであり銀行の借金もないから高い配当より多い休みと短い労働時間の方を選んで人間らしい仕事をしたいのだ。

 

つまり僕の戦略の基本は「現状維持」であるがこの意味が一般的に言われている現状維持とは随分違う。世間一般で否定的に言われているのは「質の現状維持」なのだが僕の場合は「量の現状維持」なのだ。

 

日本の経営コンサルタントが言うのが「ビジネスに現状維持などない、衰退か成長しかない」であるが、その通りです(にこ)。だから僕はビジネスの内容を数年ごとに見直し、衰退傾向のビジネスは切って成長するビジネスに入れ替えて質の変化をしながらも取り扱い量(売上)の劇的変化(対前年比)を狙わないというビジネスモデルなのである。

 

これ、やってみたらいいけど、結構大変ですよ。何を切って何を育てて、けど量の現状維持ってのは、何つか激流の川の中で泳ぎの技を駆使して一箇所に留まり続けるようなものです。

 

市場が成長すりゃ当社も成長するわけで市場がちっちゃけりゃそんなに成長しないわけで、ニュージーランドなんてのは日本のようにダイナミックに動く市場ではないから、結局こっちからよほど何か仕掛けていかない限り大きく変わることはない。

 

え?じゃあ何故仕掛けないのって?だーから、そこまでするほど作業仕事が大事なのか?何のために?オークランドという田舎の市場には様々なプレーヤーが参加しておりそれぞれに住み分けがあり、無理してよそ様の市場に手を出してそれでこんな狭い街ですよ、波風立ててどうしたいの?

 

楽しい長屋のはっつあんとらさんのご近所つき合いが出来なくなっちゃうよ。かかあが長屋の裏の井戸端に洗濯に行ったらそれまで楽しそうに洗濯しながらおしゃべりしてた他のおかみさんが急に黙りこむようなもんだ(笑)。

 

成長戦略たってあなたの体が毎年肥大化していよいよ牛肉を一回に10kgも喰うようになったって話ではないでしょ。人間の体は座って半畳寝て一畳、それより大きくなることはあんまりない。

 

だったら無理をせずにストレスなく身の丈に合った生活をすればよいと思う。金が全くなければ生活に困るからその時は一生懸命働くが、金を得るのは幸せになるための手段であり家族が食えてればそれで良いではないか。

 

青山に豪邸建てて超高級車を乗り回して可愛い愛人3人くらい囲って銀座の高級バーに通い自家用ジェットをチャーターしてそのうち刑務所に放り込まれたなんて話は、あまり笑えないぞ(苦笑)。

 

身の丈はどうであれオークランドの清涼な空気は誰にも注がれきれいな水は誰でも飲めて治安が良くて、それなのに無理して背伸びしてってどうなのかな。

 

勿論事業計画は毎年作るし繁忙期なら忙しく仕事すれば良い。しかし会社は一度大きくすると小さくするのが大変である。ここが実は一番大事な部分です。

 

それよりは小さいままでコアの事業を行い、必要があれば外部の仲間と組んで仕事をこなし、繁忙期が終わればまたいつものように淡々と仕事をして、夜は家族と団欒をしたり仕事仲間と酒を飲んだりすれば良い。

 

昨晩などは同業の仲間と酒を飲み街の情報交換をしたりうちで働き十年くらい前に永住権取って今は独立して頑張ってるOBの最近の話を聴いたりして、世はなべて事もなし(笑)。気は長く、腹を立てずに心は丸く、身の丈を考えて小さいままで(はは、楽しい)。



tom_eastwind at 17:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月09日

街の風景 カツカレー

今日は雨が強めに降っており普段は傘をささないキーウィも今日は傘をさす姿が目立つ。

 

オークランドは毎年6月に入って冬の気圧配置になるこの時期によく雨が降る。この雨が抜ければ冬になるのが毎年恒例の天気である。

 

ぼくは普段は2ブロック離れたふじのきんたろうまで歩いてカツカレー、ライスなしを注文するのだが今日はさすがに傘をさすのは面倒で、けどカレー食べたいなって思って同じブロック内で軒続きにある韓国経営の定食屋に入った。

 

この店、入るのは初めてだけど昼時ということもあり混み合ってる。てかテーブルと椅子がまるで小学校1年生の教室並にちっちゃい。人間が座れる最低限の椅子と料理を2つ置いたらソレ以外のものが置けないようにして最大限のテーブル確保を狙って作ったのだろう。ちなみに隣のテーブルとの距離はどう見ても20cmだ、太った客には綱渡りです(笑)。

 

この店の動線は不思議で狭い入り口にレジがありそこで持ち帰り客が店頭に陳列しているスシを持って並んでるから、後から来た客が店に入れない。持ち帰り客の横を通って中に入ろうとすると前に並んでた人から「追い抜くなよ、おれも中で喰うんだ」みたいな目で見られる。礼儀を重んじる日本人には辛い場面である(苦笑)。

 

お店に入り笑顔の可愛い若い韓国系のウエイトレスに早速きっぱり「カツカレー、ライスなし!」と言うと最初は何とか注文を聴こうと一生懸命笑顔一杯にしてたのだがちょっと間を置いて「え?」。

 

「ライス無し」もう一度にこっと笑って言うと彼女はどうやらこれが冗談の注文でもからかっているわけでもなく本当にこの中年ハゲオヤジはカツカレーのライス無しを欲しがっているのだと分かったようで「は、はい、ライス無しですね」と注文を受けてくれた。

 

良かった良かったと思って料理を待っていると今度はキッチンから男性が伝票を掴んで飛び出てきて「これ、ほんとにライスなしだね?」と確認を取られた。「はい、間違いなし」。日本人が外国の日本食レストランで自分の好みで食事をするのも結構大変なものだ。次回は「犬鍋」って言ってみようか、多分何の質問もなく赤犬の鍋が出て来るのかな?

 

さて、この韓国式カツカレーは12ドルだ。約1,100円、日本のカレーチェーン店ではあり得ない高さだけどオークランドはこれで通る。でもってこのカレーを注文すると最初にお箸とスプーンと一緒に味噌汁が出て来る。カレーに味噌汁ねー、ふーんと思いつつ飲むと、これが結構旨い。ちゃんと出汁を取っている。

 

暫くすると随分と大きな丸皿にカツとソースと野菜サラダと本来ならお椀でパカっと置いたようなライスが乗っかってくる。

 

カツを食べるためにお箸を箸袋から出すと、まるで半月のように曲がった割り箸が出てきて「これじゃ曲芸だ」なんて思いつつ袋を見るとよく知ってる日系食材卸やの名前・・・。

 

これじゃ文句も言えんなと思いつつサクッとして美味しいカツをカレーソースに絡めながら食べると、これが旨い。ちょっと辛めのソースは野菜の旨味がしっかり染みこんでおりカツにかかったウスターソースの二重奏な味だ。

 

そうこうしているうちに隣に座ったガタイの良い男3人組のキーウィが陽気そうにカツカレーや焼きそば、丼ものを注文している。

 

そこで韓国系の可愛らしいウエイトレスが早速味噌汁を一つだけ持って韓国なまりの英語で「カツカレー?」と聞く。他の料理に味噌汁が付いてないのも変なものだと思いつつ何気なく観ていると陽気なキーウィが手を上げて「はい、こっち。ところでねえ、これはカツカレーかい(笑顔)?」と聞いてる。

 

可愛らしい笑顔の彼女は満面の笑顔で「YES!」と答える。するとキーウィは味噌汁の椀を両手で持ち上げてにこーっと笑って、

「そうか、これがカツカレーか、俺が知ってるのとは随分違うなー」

 

おちゃめな冗談であるが彼女、よく意味が分からずにこにこしながら“I don’t know -”と言って立ち去っていった。残ったキーウィは楽しそうに彼らの会話を続けてその後の食事を楽しんでた。

 

反対側の隣ではどうやらイタリアから来た若いカップルだろう、持ち帰り用のお寿司を二人の前に置いてスシをつついてる。「うまい!これ、うまいよね!」と手で持ち上げてたのは、ご飯に揚げ春巻きが海苔で巻かれてたものだった。コ、コメは何にでも相性が良いのか、ぼくが見たものが気のせいだったのか・・・(苦笑)。

 

オークランドはシティ内の再開発地区が指定されアルバートストリート沿いに高層ビルが建設される予定になった。すでにパンフレット、青写真、店舗を購入する際の価格なども発表されている。オークランド北部郊外でも次々と新しいモールが建設されてすっかり建設ブームが続くオークランドではあるが、街の雰囲気はこんな可愛らしいものでした。



tom_eastwind at 13:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) NZの不動産および起業 

2014年06月08日

大阪のコンビニの風景

ある朝、10時頃かな、お店の外のたいして広くない歩道でガードレールに腰掛けたりしてる3人の白人ガイジンが片手にパンやサンドイッチをコーヒーやビールで流し込みつつリラックスした雰囲気で談笑している。

 

これは、ぼくが前回の出張時に大阪駅前の定宿の道路を挟んだ反対側にあるコンビニでファミチキを買った時の風景である。書こう書こうと思ってたが結局出張後になった。

 

今回の大阪でも偉そうなホテルに泊まってるのにぼくの食い物と言えばコンビニで買ったファミチキを同じくコンビニで買った2Lの水で部屋でごそごと胃袋に押し込み食うだけなんだからみっともない話であるが(苦笑)、大阪と言えばいつも思い出す映画が「ブラックレイン」である。

 

最近では「ウォール・ストリート」が代表作のようになってるマイケル・ダグラス主演で若き日のアンディ・ガルシアが脇役、そして日本から高倉健と松田優作も主演する素晴らしい映画である。ちなみに主演が3人なのは、この3人の実力がまさに均等であり誰か一人だけを主演と呼べない状態になったからである。これは映画を見てもらえばすぐ分かる。

 

ニューヨークのレストランで起こった日本人同士の殺人事件の現場に偶然居合わせたNZPD刑事が格闘の末に犯人をその場で逮捕して日本の大阪に移送するところから物語は始まる。

 

1980年代後半のバブルどまんなかの大阪を舞台に米国から来た「ガイジン」が全く文化の違う街で犯人やそのバックにいる日本人と闘いつつ、お互いに次々と犠牲者を出しつつ自身の過去も次第に表に出てきてそれが捜査に影を落としたりしつつ、そこには常に「日本人とガイジン」の壁がありながらも時間をかけてお互いに信頼関係を取り戻し「日本人とガイジン」の壁が次第に低くなっていき、お互いが正直な腹の中で思ってる事が表出しつつそれが融和になっていく、そういう、僕にとって「観ていて気持ち良くなる映画」の一つである。

 

こういう、命のやり取りをした仲間になれば肌の色や宗教や考え方を乗り越えて生涯の親友になれる。考えてみれば第二次世界大戦でも日本人二世で作られた442部隊は当初は白人ばかりの部隊の中で随分と差別もされたがイタリア上陸、難攻不落の要塞攻撃、ドイツ兵に包囲されたテキサス部隊の救出などを通じて次第に白人米兵と生涯の友になっていく。

 

戦後は442部隊の戦争で片腕を失った英雄であるダニエル・イノウエがハワイ州出身の上院議員となり大統領承継第三位の地位にまで上り詰めたのは有名な話であるが、米国社会は移民の子供であっても国家の為に戦った戦士を仲間として本音で受け入れた。ダニエル・イノウエも米国人として米国に尽くし、同時に日本との架け橋としても最大の努力をした。

 

結局こういうのって、お互いに本気で命のやり取りとか死ぬほど苦しい場面とか観たくもない嫌な場面とかほんとうに困った場面を経験して初めて通い合う気持ちだと思う。そういう個々の体験が次第に社会全体に浸透して違う民族が融和できるのだと思う。

 

パンダや桜の木を送っただけでトモダチなんて馬鹿な空想はやめたほうが良い。もちろん政府はそんな空想はしない、問題は一般国民である。今から行こうとする国でお国のために腕一本失くす度胸はあるか?

 

もちろん一般国民は幸せを探しに新しい国に渡るわけだ、腕一本を失くしに行くわけじゃない。けどその国に住んである日もし近くの家が出火した時、目の前で子供が大型犬に襲われた時、何かあった時にそこから逃げずに戦えるか?このあたりの腹のくくり方で相手はこちらを判断する。

 

こっちはいつまでもお客さんじゃないのだ。ダニエル・イノウエだって先祖は九州の福岡であるが親が移住した先のハワイに生まれたわけで、腕を落としにハワイに渡ったわけではない。しかし彼は必要な時に必要な人間として腹をくくって、母国アメリカの為に戦った。

 

ウィキ:

イノウエが受章した名誉勲章への感状には下記のように記されている。

ダニエル・K・イノウエ少尉は1945421日、イタリアのサン・テレンツォ近郊における作戦中の際立って英雄的な行動によって、その名を残すこととなった。重要な交差点を守るべく防御を固めた稜線を攻撃している間、イノウエ少尉は自動火器と小銃から浴びせられる射撃をかいくぐって巧みに自身の小隊を指揮し、素早い包囲攻撃によって大砲と迫撃砲の陣地を占領し、部下達を敵陣から40ヤード以内の場所にまで導いた。掩蔽壕と岩塊からなる陣地にこもる敵は、3丁の機関銃からの十字砲火により友軍の前進を停止させた。

 

イノウエ少尉は自らの身の安全を完全に度外視し、足場の悪い斜面を最も近くにある機関銃から5ヤード以内の位置まで這い上がり、2個の手榴弾を投擲して銃座を破壊した。敵が反撃を仕掛けてくる前に、彼は立ち上がって第2の機関銃座を無力化した。狙撃手の弾丸によって負傷するも、彼は手榴弾の炸裂によって右腕を失うまで、至近距離で他の敵陣地と交戦し続けた。

 

激しい痛みにも関わらず彼は後退を拒否して、敵の抵抗が破れ、部下達が再び防御体勢に入るまで小隊を指揮し続けた。攻撃の結果敵兵25名が死亡し、8名が捕虜となった。イノウエ少尉の勇敢かつ積極的な戦術と不屈のリーダーシップによって、彼の小隊は激しい抵抗の中でも前進することができ、稜線の占領に成功した。

 

イノウエ少尉の類まれな英雄的行為と任務への忠誠は、軍の最も崇高な伝統に沿うものであり、また、彼自身やその部隊、ひいてはアメリカ陸軍への大きな栄誉をもたらすものであった。

**ウィキ終了***

 

お店の外の、たいして広くない歩道でガードレールに腰掛けたりしてる3人の白人ガイジンが片手にパンやサンドイッチをコーヒーやビールを飲みつつ談笑している。

 

「一体この日本って何だ?こんなちっちゃな店にどんなものでも揃ってて、まるで魔法のような店だな、おれの生まれたファイブ・リバーの村(クイーンズタウンからミルフォードサウンドに向かう途中にある人口数百人の村)は自然が豊かでキレイだったけど、じゃこんな魔法のような店があるかって、あるわけないじゃんかー」なんて事を思いつつ外国から来たガイジン同士が仲良く幸運を分けあって楽しんでいるのだろう。

 

楽しんでもらいたい、この日本を。そして未来のいつか、日本と彼らの母国の間で誤解が起こった時に「おいおい、そんな事ないぞ、あいつらそんな奴じゃないぜ!」と声を大にして伝えて欲しい。

 

彼らのご先祖様とコンビニで働いている若者のご先祖様はその昔に銃を持って戦ったのかもしれない。けれどお互いに命を賭けて戦いお互いに精一杯戦う中で相手の事を理解して、戦後70年経った今では日本は西洋諸国の中できちんとした地位を得ることが出来た。

 

それは多くの西洋人が日本を旅して西洋が大事にする自由、平等、助け合い、こういった考え方を共有出来るって事がわかり日本がそれを実践している事が実際に肌で感じられたからだ。

 

うちの父親はニューギニアで米兵やオーストラリア兵と戦い、逃避行の最中にマラリアに罹患して戦後も夏になるとマラリアの後遺症が発症していたものだ。

 

日本と西洋世界が大戦争して日本が300万人の死者を出して完璧に国土を焼き払われてからもうすぐ70周年だ。当時の日本軍の戦闘を経験している人々は今なら90歳以上であろう。

 

大阪のコンビニでお店の外の、たいして広くない歩道でガードレールに腰掛けたりしてる3人の白人ガイジンが片手にパンやサンドイッチをコーヒーやビールを飲みつつリラックスした顔で談笑している。

 

「ブラック・レイン」が作られた1980年代、白人はまだガイジンだった。今、白人のガイジンはあまり怖がらずに日本を旅行出来る。日本に住むガイジンも増えており日本の中でガイジンコミュニティ社会も構築されている。流暢な日本語を操るガイジンも増えている。

 

前回の出張で大阪のコンビニで朝ごはん食べてたガイジン(朝からビールを飲むのはどうか?おれと同じレベルじゃん;笑)をうれしい気持ちで見ながら、10年後のオークランドに住む日本人の子どもたちが学校の帰りに安心してコンビニでパンや牛乳買って道端で英語で雑談できてればいいなー、日本人社会がこれだったらいいなーって思った瞬間でした(笑)。



tom_eastwind at 15:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月06日

表と裏と

月曜日にオークランドに戻って火曜から速攻で仕事で今日がもう金曜日。てか今日もすでに面談2件やって夜は地元オークランドの近況情報のディナー会議。えらそうに書くけど要するに居酒屋でウイスキー飲んで枝豆や軟骨の唐揚げ食いながらの日本人地元情報交換だ。

 

この情報ってのは普通にオークランドに住んでいる人には決して表 に出ない噺ばかりで、どこの誰が最近どんな事やってるか、誰が何を欲しがってるのか、誰が何を持ってるのか、誰が何を仕掛けてるのか、結構ドス黒い噺である(苦笑)。

 

ただぼくのビジネスの場合起業家ビザなどでは市場調査が絶対に必要だし会社買収もしょっちゅやってるので、相手の会社の決算書を読み込むだけではなく実態として何が売れてて何故売れてて将来的なリスクは何か?などを理解する必要があるし、更に何よりも大事なのがそこの会社の社長の個性である。

 

だから表向きの顔だけではなく個人的な時間で何をしているのか、何を話しているのか、飲み屋に行けばどんな噺や態度なのか、こういう面を重視している。そこで重要となるのが飲み屋での情報交換なのだ。酒飲みはいつも言い訳を考える?などとは言わないで下さい(苦笑)。

 

昨晩、つまりこのブログを書いているのは今日の土曜日だけど日付に穴をあけない為に金曜にうpしているが、実際には昨晩の居酒屋の後に行きつけのおねーちゃんのいる店にも顔を出して街の様子を聴くと、これが面白い。

 

オークランドは小さな街であり更に日本人コミュニティとなると非常に狭いのでプレーヤーは限られている。そこに新しいプレーヤーがそっと加わるのか、それとも鳴り物入りで加わるかの違いはあるが、面白いのが一人、そろりと入り込んできた。

 

ほー、こんな人がねーって感じだけど、いよいよ日本も変化してきたな、10年前だったらあり得ないよな。

 

ほんっと、ぼくの仕事は表も裏もあるからこの情報は表の中の裏の部分で弁護士や大手会計事務所からそれなりに“こそこそ噺”で聴いてたが、実際の裏の部分で確認が取れると何かあった時に対応が出来る。酒飲みの言い訳ではありませんよ(笑)。

 

それにしてもほんっと、一週間が早いなー、今週は一体何件面談したんだ?(苦笑)

 

ほぼ毎月日本出張して去年の12月などは月の半分を日本で過ごし今年の2月は26日間日本にいてそれ以降も毎月日本出張して5月末から6月にかけて日本で、今月末もまた日本出張である。

 

だから僕に残された時間は普通にオークランドで生活や仕事をしている人より少なく、月の半分以下の日数で一ヶ月分の仕事をしなければいけない。これは結構たいへんであるから、どうしても昼飯抜きの日と普通に昼飯を食える日がほぼ同日数になる(苦笑)。別の言い方をすれば人の半分しか仕事をしてない!(笑)

 

ただ有難いのが、これだけオークランドにいないとスタッフ全員が慣れてくれて、僕が2週間不在でも時には一ヶ月近く不在でも日常業務に全く支障が出ない事だ。

 

時にはぼくが数週間の出張後に会社に戻ると、新しいスタッフがいて僕に向かって「いらっしゃいませ」。人事権までスタッフの日常業務に含まれている会社も少ないだろう(笑)。

 

でもって今月末にまた日本出張である。今回は移住説明会と個人面談だ。移住説明会はこれが最後になると思ってる。というのも、今まで説明会は12名限定でやってきて参加された方はそれなりに喜んで頂き実際にそこから多くの方が移住されたが、じゃあ北海道や沖縄や四国の方が参加出来るのかというと、簡単ではない。なので今後は少し視点を変えていく予定だ。

 

今年最後の移住説明会は東京で628日を予定しています。お金はかかりますが興味のある方は参加してみてください。一歩前に♪。



tom_eastwind at 14:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月05日

クリーニング屋とか魚屋とか

最近オークランドは随分と進化を遂げて様々なサービスが向上しつつあるが、クリーニングと魚(刺し身とか)だけは日光の手前くらいだ。え?どこって?今市です。

 

中国人がクリーニングをすると何故かYシャツの胸を広げた状態で開襟シャツのようなアイロンをかける。さらに襟元にはシワが寄る。やってくれるじゃないか。。。スーツを出すとパンツ部分のアイロンの掛け方がイカ棒みたいになったりする。

 

そりゃ恐怖だ、闇夜の地雷原、一体どこに何が仕込まれているか想像も出来ない状態である(苦笑)。

 

けどこれが中国人ならまだまし、キーウィの場合だとスーツのボタンを溶剤で溶かしてしまい済まなさそうに「あのさ、、、、そのさ、溶けたんだけどさ、うん、その、ボタンがさ・・」もーいいちゅうに。一人だけ腹を立ててる自分に馬鹿らしくなる瞬間である。

 

誰かクリーニング店を経営出来る人いませんか?今ならビジネス成立しますよ(苦笑)。

 

「仕事ありますか?能力ありますか?」というテーマで書こうと思ってたのだけど最近の仕事で非常に具体的に感じたのが上記の2業種である。

 

日本で生活していると何の疑問も感じないクリーニング、きちんとアイロンがかかって出て来るのが常識である。ところがオークランドではそのような期待?当然?普通?なんてのが非常識になる。

 

第一仕事で着るYシャツ一枚が1,200円くらいした挙句に3日くらいかかって、それで出来上がりが襟しわしわとか、あり得ん。

 

魚にしても南太平洋の美味しい魚が手に入る筈なのに、オークランドで入手出来る魚は血抜きも満足に出来てない身の傷んだ魚であり、スーパーで鯛を買ったら1kg35ドル、約3千円であるが日本のものと比較すると、非常に痛い。

 

日本では一般的にホワイトカラーがブルーカラーより↑って位置づけがあるけどニュージーランドに移住するなら出来る限りブルーカラーに近い、またはブルーカラーど真ん中の仕事を選ぶべきだろう。

 

建設業なら設計士よりも大工、飲食業なら経営者よりもシェフ、ビルの管理なら管理者よりも窓ふき、みたいな感じだ。

 

ニュージーランドは、これ、どれだけ言っても日本に住んでる人には理解してもらえないけど、ほんとに誰もがお人好しで他人の失敗に決して怒らず労働者と顧客が同じ立場で結果的に誰もが失敗をして誰もがそれを咎めずいつの間にか路線バスが道を間違ってもクリーニング屋がアイロン掛け満足に出来なくても、そんな事を期待する方が馬鹿をみるってことが、ほんっと、日本に住んでる人には理解してもらえない。

 

そうそう、今作ってる企画にお魚ネットってのがある。日本の魚を市場で仕入れてオークランドまで空輸して個人用には日本人の家庭や業務用にはレストランに卸す仕事だ。クリーニングはまだ企画していないけど、このようなビジネス、今なら参入出来ますよ。

 

何てか、ホスピタリティがプロの日本で少しでも失敗すると鬼のように怒鳴りつけるクレーマーは本気で大嫌いだけど、どんな失敗も笑ってしまう街で生きていくのは、やはり日本人として生まれた宿命なのかなー、なんて思った今日でした(笑)。



tom_eastwind at 14:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月04日

サラリーマンの昼飯

JA全中が叩かれている、おそらく潰されるだろう。安倍政権からすればTPPと組み合わせて農業の国際化を図るに全中は邪魔者、農協は戦後レジームの中では集票機械であったが農業が衰退して票が減った今では邪魔なだけ、農業の自由化で新しいビジネスが農業に参入して彼らが自民党に票を入れ農業改革を行った政府に一般国民層が一票をいれるなら生産性の足を引っ張ってる農協票が減っても数は合う。

 

次は医師会と教育だ。まず厚労省と政府にとって何よりも急務は医療費と社会保障の削減である。まず混合診療を認めさせて同時に健康保険を出来るだけ使わせず「死ぬまで健康でいるのは本人責任」とか「医療は自費で」とか「こんなん病気じゃねー!」とか「尊厳死」というテーマでキャンペーンを進めていく。

 

電通がキー局に依頼をして政府が希望する番組をじゃんじゃん作らせる。愛する父親が意識のない状態で病院のベッドのこれ以上老いさらばえた体を晒しているのは耐えられない、医師のいない隙に呼吸スイッチを切る娘!じゃじゃじゃじゃーん!である。

 

その後は多くの評論家がこの番組と「高瀬船」を比較しながら「やはりいつの時代も人間の尊厳は〜」などとのたくってる姿が今から見えるようだ。

 

もちろん僕だって尊厳死は認めている。しかし日本政府の場合は単純に予算削減でありそこに個人で国民で人間である日本人に対する尊厳は存在しない。

 

そこには政府と厚労省が組んで毎年肥大化する医療費と社会保障の削減がある。老人が増えても病院に行かなけりゃ政府の懐は困らない、余った金は自衛隊の装備整備に回せる。

 

つまり消費税増税で増えた医療予算であるが本音のところではいずれ死にゆく老人に手厚すぎるチューブ治療やって寝たきり10年なんてのは止めたい。消費税増税で浮いた金は軍備や国防や沖にある島に建造物作ったりの予算に使いたいのだ。

 

だからまず医師会を弱体化させて政府主導で医師法を改定して尊厳死を導入して終末医療のお金を削る。同時に75歳以上になればカネ持ってるんだから自分の好きな医療を自分のカネで受けなさい、保険診療部分はどんどん削減しますからね。カネがあるんでしょ、自由診療にしなさい。最初は混合治療を認めて次に自由診療部分を増やして保険診療を削減して政府の負担を減らす。

 

こうなると医者も自由診療で食える開業医なら良いけどそうでない開業医のところに客は集まらないから親が高い金を払って大学医学部に入学させて医師免許を取っても馬鹿な息子では開業出来ない。

 

そうなると勤務医で働くしかないけど現在の大学病院などを見れば分かるように多くの病院が赤字経営で人件費に予算が回せない結果、医師の夜勤連続など労働時間のきつさ、医療過誤など責任の重さ、患者からのクレーム等など、受け取る給料に比較すれば全然合わない。

 

父親に「何?医者になる?お前はそんなにボランティが好きか?辞めとけ、あんな給料と仕事のバランスが合わない仕事はないぞ。やるなら警察か公務員にしとけ」と言われる。そして医師も単なる労働者階級になる。

 

医者だけではなく患者にも当然のように負担がいく。医療費削減は政府の大方針であり医療費は個人負担が原則、最終的に個人に金がなければ病院にも行けないって明治の田舎のような日本にしてしまうのだ。

 

「何?明治の田舎では困る?なんて事を!明治時代こそ現在の官僚政治、全体社会主義が最も発展して日本中に住むすべての個人が全体、つまり天皇を抜きにした最高統合組織である「官僚組織」に向かって奉仕をしてた素晴らしい時代を、何ともうスカ!何ということだ!手打ちにいたす!」みたいな政府の本音の猿芝居でも誰かやらないかな(笑)

 

教育改革は明確な日教組つぶしである。戦後の日本で嵐のように吹きまくった黄砂や赤化を喰らって中途半端なバカが30過ぎまで組合活動なんて名前で馬鹿みたいに旗振りやってたらそのうちこれが金になることを知ったもんだから労働組合の闇専従やってたもんだ。

 

でもって今の時代になっても組合幹部(これをダラ幹、またはダラ菅と言う)として組合費を給与として食いつぶしオルグと言って組合員の金で銀座で酒を飲み葉山にヨットを買い、まさに組合員さまさま状態である。

 

本当の社会主義は知らず自分の生活のために旗振ってるバカ連中が日教組とその幹部連中である。

 

本当の社会主義を理解すれば誰もが自民党に入り自民党に投票するだろう。社員は労働組合を解散して新たに救国御奉公会を作り企業の生産活動と政府への忠誠を誓うだろう。だって政府が目指しているのがまさに全体社会主義でありそれを実行出来る力を持っているのだから。

 

日教組は単なるバカだけなら片付けようもあるが学生時代に政府と喧嘩して負けてプライドズタズタに挫折して長い髪を切って弁護士になった連中が後ろについてる。弁護士からすれば日教組は金儲けと恩讐の彼方のさらなる向こうの怒りかっくらきんの名誉そそぎ(そそぐものなどないのだが)に最高である。

 

今は日本の歴史教育が完全に曲げられている。隣国で政治的な理由で歴史が曲げら得るのは仕方ないとしても日本くらいは少なくとも事実を基礎にして子供に考えさせたいものだ、そう考えてる親は多い。

 

その為には政府と文科相が教育現場から日教組を叩き出し教育委員会を再興させて子どもたちに少なくとも近代史くらいは理解させて隣国の子どもたちと議論になっても負けないだけの「本当の日本史」を教える環境が必要である。

 

日本が全体社会主義と資本主義をうまくつなぎ合わせつつ成長させて近代国家を作り上げて東洋の端っこの資源もないちっちゃな島国を世界でトップクラスの国家にすることが出来た歴史的事実を学ぶべきだ。

 

その為に日教組を解体に追い込む。すでに一部では教員免許制度改革や現在の633制度の見直しが出てきている。

 

実は安倍政権の下でまだまだたくさんの大きな川の流れ、例えば官僚制度の根本改革が出来る人事制度変更などがすでに形成され始めている。それは日本から遠く離れた場所から日本を観ているとよく分かる。

 

だからこれから5年程度かけて2020年を目処にすべての日本人が平等になる仕組みが形成された先にある社会は、

1・一切の資産家は存在せず

 (すべて新しい税制で資産を実質没収する=既始)

2・コメを作らない事で金稼ぎをするあこぎな百姓は存在せず、

3・戦後日本の教育をねじ曲げ税金で飯を食うだら幹は存在せず、

4・病院の待合室をお茶飲み場にして無駄な税金を使う老人は存在せず、

5・既得権益にぶら下がる官僚システムは少し違った形で改良され、

6・安倍さんちのおじいちゃんが夢に見た明るい官僚独裁国家の一丁上がり!

 

他にも個別にこれから激変する業界や仕組みは山ほどあるけど書き出したらきりがない。とりあえず皆さんは自分の業界を見てみればどうだろう。

 

上記が川の流れである。この川の流れを意識して自分はその川のどこにいるのか、上流なのか下流なのか、川の左右のどちらで泳ぐか、自分がどのカヌーに乗って川を下るか、いつ次の大きな滝が来るのか、そのような事を考える必要がある。

 

けれど実際には多くの人々は川の流れに時々浮かぶ葉っぱのような、目の前に浮かぶどうでもいいような小さなネタ、例えば小保方、偽メール事件などだけ見てエロ週刊誌あたりやエロ新聞あたりでネタ仕入れてサラリーマンの昼飯のネタにして無責任に如何にも自分の「持論」として嬉々滔々と葉っぱの事を語る。

 

川の流れを観るか無責任なサラリーマン昼飯ネタに注力するのか?それはあなたが決めることである。



tom_eastwind at 12:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月03日

世は、なべて事もなし。

昨日はクイーンズバースデイで英国女王様のお生まれになった日で祝日で、あ、けど俺呼ばれなかったな誕生パーティ、なーんて(笑)頭はしっかり落語モードです(笑)。

 

今朝は少し眠いなーと思いつつ、普通の人なら日本出張の疲れですかねーなんてなるところだけど、僕の場合はちょと違う。昨晩は自宅に帰りくりーむしちゅーを食った後も結局夜中の12時ちょい前まで立川談志を一本と柳家小三治数本、ケタケタと笑いつつ観てたからだ。なんて平和な国!

 

翌日がクイーンズバースデイであればもっと観るのになーと思いつつ仕方なくベッドに潜り込んだのが昨晩真夜中過ぎ。こりゃ眠いわな(笑)。普通なら出張疲れを取ろうよって噺。

 

それにしても落語って「人生の豊かな経験(つまりハチャメチャに生きる)と知識(芸の為に家族を捨ててでも何でも学ぶ)に裏打ちされた究極の人情にあふれる、噺す小説」ではないかと思う。江戸時代から続く浄瑠璃、歌舞伎、等などがA級グルメとすれば落語はB級グルメ、まさに庶民の間に生まれ今も庶民の視線で庶民の中で楽しまれている、こりゃすんげえ噺である。

 

朝の車の中でそんな事考えつつ約10日ぶりの出社だけどオフィスに到着するといつもと同様すぐに仕事だ。

 

朝一番でスタッフへの出張報告が約40分、終わらせるとすぐその足で隣のビルの弁護士事務所で朝1030からの会議をこなす。

 

日本で預かってきたソーラー案件で、これがニュージーランドに受け入れられるのか電気は誰が買ってくれるのか、投資家ビザの適格投資対象となるのか等などを詰めていく。

 

この会議が約1時間で終了すると同じ事務所の別の弁護士と8月の日本出張について細部を詰めていく。8月は投資家向けセミナーで大掛かりだ。移住に必要な公的団体を5つくらいかませて東京と大阪でセミナーだから各団体との調整が難しい。

 

どこの組織も出来ることと出来ない事、ほんとは言いたいけど言えない事をどっか問題のない団体から話してもらうとか利害調整を予めしっかりやっておかないと、当日お客を放ったらかして喧嘩になって国連会議のように席を立たれるかもしれない(笑)。

 

だもんで弁護士と膝突き合わせてあーでもないこーでもない、あ、こいつが飛び出るとこいつとぶつかるなーなんてルービックキューブ状態である。やっと第一弾の調整が終わったらもうお昼の時間だ。

 

だけど今日は出張終了後の初日であり(だったら夜中まで落語観てるんじゃねえ・・・)昼ごはん食ってる時間はない(飯と落語、どっちが大事だ・・・)ので今週すでに入ってる面談予定を確認しつつストレート紅茶をがぶがぶ飲みつつ(水で腹膨らませる水飲百姓め・・・)ひたすらマックのキーを叩き続けながら追加で今週中に必要な会議・面談を埋め込んでいく。

 

でもって気づいたらもう午後3時。一日がはええーなー。今日はオフィスから半径50m以上はどこにも行ってないぞって気づいた。オフィスを中心にしてブロック一つ上の駐車場、信号の斜向かいの弁護士オフィス、会社のトイレなんてぼくの机から20mほどだが紅茶のおかげでいったい何度往復した事か、何か表彰してくれい!(笑)。

 

さて、ある程度は机の上も片付いたので、よっしゃ今日は終了。後は明日以降の仕事をどの優先順位でどの順番でやっていくかの確認だけして書類を机の中に入れてGO HOME

 

てか、かっこ良い事言ってるけど要するに落語の続きを早く観たいんでしょー、見え見えの見えちゃんの初日でした(笑)。   

 

てか、やっぱり平和です、オークランド(笑)。



tom_eastwind at 17:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月02日

ホトケ様はどちらへ?

気温差20度のオークランドに戻る。ひんやり!

 

昨日の昼に恵比寿のホテルを出ると、暑い暑い。真夏のような30度の暑さは、こりゃもうお湯でぐっしょりと濡れた布団にくるまれたようなものでやはり体はもう涼しいキーウィ仕様になってるなーなんて思いつつふーふー言いながら荷物を引っ張って羽田空港へ。

 

羽田は近い。そして北関東野菜売り空港(別名成田)では見られないお洒落なレストランが並んでるので気持ちが良い。ただ糖質制限を始めてからこうやってレストランを見ると去年とは違った景色が見える。

 

糖質制限で見ればカツ丼コメなしとかラーメンネギ麺なしとかカツカレーご飯なしである。スシのコメ無しなんて単なる刺し身だぞ(笑)。ところで糖質制限をすると食後の睡眠欲がなくなるので1時間得をしたようになる(笑笑)。

 

空港でチェックインする時にふとシドニーのブラックジョークを思い出した。シドニーのビジネスマンがオークランドにやって来た時を想像して欲しい。

 

お人好しのキーウィビジネスマン:

にこっと明るい笑顔で→「ハイ!シドニーはどうですか?」

シドニーのビジネスマン:

ぶすっとした顔で→「まだあるよ」

 

羽田空港発が16:40と余裕があったのでカレーの飯なしを食って出発カウンターのすぐ横にカウンターだけのウイスキーバーがありちょっと一杯引っ掛けて飛行機に乗り込む。さてっとこれで今回の出張は終了だ。

 

香港で1時間の乗り継ぎで次の飛行機に乗り込むとすぐに寝る。飯も食わずに11時間。到着すると天気は良いけど空気が冷えてるなー。

 

結局昨日の朝ごはんをたっぷり食べてから殆ど何も食べずにオークランドに到着したので体が軽くて良い。

 

キーウィの特典であるEスマートゲートで入国管理官を通さずに手続きは1分、その後一階に降りて荷物をカートに載せてさらに「善きキーウィ?」の特典であるゲート5,つまりX線チェックなしで到着口に出る。これ、ほんとに便利です。

 

日本も早くスマート化を本格導入すりゃいいのに、入国管理官組合が強いのか雇用を守りたいのか、成田空港入口前ゲート失業者対策事業の延長なのかな?

 

さて空港の駐車場に駐めてた車を引っ張りだして自宅に帰る途中にシティのニューワールドで肉と野菜と飲み物を買って自宅に戻り真っ先に冷蔵庫に放り込む。

 

お風呂に熱めのお湯を張ってる間にスーツケースの荷物を出して会社用と自宅用とにばらして、お、今回は立川談志、桂文雀、柳家小三治、いいねー、楽しめますねー、なんて思いつつひんやりした空気を楽しみつつ荷物を整理してからお風呂にドボン!橘玲の本を半身浴で楽しむ。てか、半身浴なんて言葉さえなかった時代から風呂で本を読む習慣のぼくからすれば一番ゆっくりできる時間だ。

 

風呂あがりにネットでニュースを見ると、東京は更に暑くなってるようだ。オークランド都の気温差20度ってのはすごいね。でもって拉致問題をどーこーやってるが、もっとも北朝鮮の場合、「約束はしたけれども、約束を守るという約束はしていなかった」なんて平気で言う国である。

 

ぼくは正直、北朝鮮は崩壊すると思っている。今は中国の意向で生き残されているだけですでに朝鮮戦争世代は現役を引退しており過去のしがらみに影響される現役世代はいない。ただその形、つまり中国の衛星国となるか韓国と北朝鮮を引っ付けるか、それとも北朝鮮そのものを滅ぼして中国の傀儡政権にするか、である。

 

ただその前には北朝鮮が「弾ける」可能性がある。この時日本に侵攻してくる可能性がある。この交渉はまだまだ先は長いし限定戦争の可能性は十分に残っている。右手で握手、左手に棍棒振りかざす外交が必要だ。

 

風呂あがりにソファに転がってクリームシチューを食いながら早速柳家小三治を観る。これが面白い!腹を抱えて笑ってしまうので落ちのありそうなあたりでは口に食い物を入れない。落語聴いて自分が吹き出したら洒落にもならんぞ(笑)。

 

ある長屋で嫌われ者がふぐ食って毒に当ってしんだとさ。兄弟分が現れてこっからが面白いのだけど途中で死体が踊りだす!あたりは抱腹絶倒である。

 

「あの、済みません、ほとけ様はどちらへ持っていきましょうか?」

「・・・ホトケか、そのへんに、ほっとけ(笑)!」

 

今日もお後がよろしいようで〜。



tom_eastwind at 13:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

2014年06月01日

あっじー!


 

昨日で東京の個人面談すべて終了。ふーい、あいも変わらずだが朝の1100過ぎから夜の7時前までホテルのラウンジで深々としたソファに座り昨晩プレスしたスーツのズボンが垂れた提灯のようにダンダラになって、まるで江戸時代の品川の宿から江戸湾に飛び込んでずぶ濡れになったような状態で仕事終了。

 

こういう状態だともちろん飯は喉を通らないので行きつけのバーで果物を流しこんで一日終了。スーツはすぐにプレスをお願いしてオークランドで使えるようにする。

 

今回の出張は梅雨に入る前も一つのねらいで、なにせ雨の日にスーツで街を歩くのはどうも好みではない。またホテルからJR恵比寿駅までカバーされた遊歩道があるので恵比寿駅にある無印良品に買い物に行くのも便利。

 

ところが今日の暑さ!これって何だ?真夏でしょ?30度超すなんてどーみても真夏。朝方になんの気なしにホテルを出てJR恵比寿駅に行くだけで汗をかいて、ホテルに戻るとすぐシャワーしたけど、まったくびっくり。

 

さって、蛇腹になったズボンを真っ直ぐにしてもらい今日の飛行機でオークランドに戻ります。あっちはお昼の気温が10度前後とのこと。

 

さて、涼しい空気で下手なクリーニングか、蒸し暑い空気で上手なクリーニングか(笑)。移動なので24時間程ご無礼、です、はは。 



tom_eastwind at 12:02|PermalinkComments(0) 諸行無常のビジネス日誌