2009年05月12日
Belmonte Tomato School
りょうまくんが通う中学校の名前がぼくの頭の中でBelmonte Tomato School (ベルモンテトマトスクール)と頭に入力されてしまったので、本来の名前であるBelmont Intermediate School がなかなか出てこずに困る。人間の先入観念って怖いものだ。
「あの〜、すみません、うちの子供のお昼ご飯のお金(4ドル)を渡すのを忘れたんですけど」
この2週間は毎日僕が竜馬君の学校の送り迎えをするので、早寝早起き学校送り、会社早退(スタッフの皆さんすみません・・)で午後3時には学校に迎えに行き、その後空手やWarHammerに送り、彼が遊んでいる間に家の片付けごとをしてと、主夫はなかなか忙しいぞ。
今朝もりょうま君を学校に送った際に、お昼ご飯のお金を渡すのを忘れたまま一旦学校を出たけど途中で気づいて教務室に戻る。
ニュージーランドの学校は四方を芝生に囲まれた、伸び伸びとしたつくりにはなっている。けど入り口には教務室があり、何かあれば必ずそこを通して話をしないといけない。そしていつも警備会社と繋がっているから、へんな奴が入ってくれば問答無用である。
でもってぼくのようなそそっかしい親はどこにでもいるようで、事情を説明したらちっちゃな封筒をくれた。
そこに子供のクラスと名前、中身や金額などを書いて教務室に置いておくと後で担任の先生が子供に渡してくれる仕組みだ。けど、教務室からあっち側へは行かせてくれない。
ちゃんとした授業参観とか学校訪問なら予めアポを取っておけば全然問題なく大歓迎であるが、そうでない場合は「刑務所の差し入れ」状態である。
こりゃいいな、きちんと子供の安全を考えてくれてるな。それも学校の義務とか先生の責任逃れではなく、本当に社会で子供を守るという考えが徹底しているのを感じる。
そう言えばどうしても日本の学校と比較してしまうのだけど、日本の場合先生が責任を取りたくないとか校長先生が風見鶏だからって理由で放課後の校庭を使えないとか始業すれすれに門を潜り抜けようとした子供の頭を押しつぶすとか、結局子供や親がそのとばっちりを受ける事も多い。
ニュージーランドに住んでる母親が一時帰国で子供をふるさとの学校に入れようとすると、それこそあーだこーだとうるさいらしい。
カバンのサイズから色、定規の長さにノートのサイズ、鉛筆までいろいろと指定をしておかないといけないそうだ。誰もが平等じゃないといけないんだと。何が平等なのかを分からない無責任で責任逃れな連中がルールを作るんだから、子供がかわいそうだよね。
おれなら確実に1分で切れる。
今日もりょうまを3時丁度に学校の前で車で待ち受けて帰宅する途中におしゃべりをする。
「今日は楽しかった?何教えてもらったの?」
「楽しかったけど、何教えてもらったか全部忘れた」
「何で_」
「だって先生に授業中にもらったものだから授業が終わったら先生に返すのさ」だって。
でもって勿論日本のような教科書はないから、りょうまのカバンはあいも変わらずバナナと水が入った弁当箱とノートが一冊、ボールペンが一本と言う状況は変わらない。
それにしてもこいつ、伸び伸びと育ってるな〜と親から観てもそう思う。
彼に限らず学校の生徒の目の動き、歩き方、仕草の一つ一つが実に自由闊達なのだ。
「自分のことは自分でするよ、大丈夫さ」
中学生なのに皆結構好き勝手な格好をしている。もちろん制服なのだけど、それを好きな風に着こなしている。要するに自分の好きなことを自分の責任の範囲内でやってる感じ。
今日も朝から雨なのに男子生徒はほとんど傘をささずに、ある子は半そで、ある子は学校指定のセーターを着ている。前髪をしょぼ濡らして、時々鼻の頭に水滴が落ちるが全然気にせずに友達とのんびり歩いて学校に向かっている。
女の子は、白人とMAORI系はあまり傘をささない。アジア系は半分くらいが傘さしてたかな。
うちのりょうまはカバンに入れてた傘をちらっと見て「濡れたら面倒だからこのままでいいよ!」と車から外に飛び出していった。
日本人の若者が白人の真似をしてズボンをずらしたり腰にベルトを巻いたり髪の毛をいじったりするが、それがどこまでも空疎で惨めに見えるのは、その教育の根本において他人と同じ格好をする無意味な猿真似しか学ばなかったからだろうなと思ったりする。
何故それが必要なのか、その理由も教えてもらえずに⇒向け右とやらされて、反発したら「連帯責任」としてクラス全員が責任を取る。だからどこまで言っても自分で何かを考えて自発的に行動することが出来ない。そしてオトナになって社会人になって、見事なロボットの出来上がりである。
ニュージーランドの子供たちは、世間がどう考えようが我が道を行く、子供からそういう教育を受けているから、どのような服を着てもそれなりに仕草と一致していて、見ていて日本の子供ほどはおかしさを感じない。
教育問題。今日本は世界的不況でもめてるけど、10年単位で一番後悔するのは教育だ。こればかりは取り返しのつかないことになる。
写真は揃いのトマトたち。安定供給の名の下、味も同じなんだろな。
不揃いのトマトたちでも全部合わせて並べればトマトじゃんか。どう転んでもキュウリにはならない。
自由なトマトたち、一つ一つ味が違っても、その種はその味を残していくんだから、それが人間の多様性に繋がるのではないかな。

