2009年05月18日
ちょっとした気づき 視点を変えてみると
郵便受けの手紙を見てたりょうまが怒ったように「ねえお父さん、この人たち変な人ばっかりだよ!」
どうしたのかと見てみると、みゆきのオークランド時代のかかりつけ歯医者さんからの一般案内メールとおくさん宛てのDMだ。
「だっておねえちゃんは東京なのにナンでここに送るのかな〜、おかあさんだって今は香港なんだから香港に送らなくちゃ届かないよね〜」
たしかにお姉ちゃんは東京の学校で勉強しているしお母さんは親戚の結婚式で里帰りだ。
だからりょうまくんの言ってる意味は分かるのだけど、12歳になってもまだこの程度の時間認識ってのか、なるほど、時間ってのは日頃全然意識せずに使っているけど、時間の感覚を持つって実はすんごいことなんだなと思わず考えさせられてしまった。
そう言えば高校時代に読んだSFマガジンの中にこんな短編があった。
ある国ではとにかく頭が悪い子供が生まれるのを待っていた。その国では長い間賢い子供しか生まれず、世の中が全然進歩しなかったからだ。
どういう事かって言うと、頭の良い人は何か問題があればその場で自分でさっさと処理してしまい、問題として認識しない。
だからいつまで経っても社会に問題意識が発生しないから何も変化せずに進歩しないんだと。
それに対して頭の悪い人がいれば、彼が理解出来ないことや処理出来ないことが出てくるから、それが頭の良い人には「気づき」となる。
このSF小説では頭が良いと頭が悪いで表現しているけど、ぼくらも日常生活の中で何も考えずに無意識に処理しているものがたくさんあるのではないだろうか。
そう考えると、りょうまくんのような思考回路や視点で世の中を見ると、なるほどこの世の中はまだまだいくらでも改良が出来るんだなって思ってしまった。
けど、そういうSF的な夢を潰してしまうのが言葉狩りだ。
このSFだって題材として智恵や知識を取り上げたのだけど文章の主題は「気づき」をテーマにしているのであって、その程度の読解能力は持ちましょうねという事を、日頃本を読まない人に期待したい・・。
全く筒井康隆の絶筆宣言以来、言葉狩りの時代になったもんな。
*後半、修正しました。自分で書きながらも、「どうかな?」と思ってたところにご指摘頂きましたので、やっぱり勢いだけで書き込むとよくないと自己反省です。

