2009年12月08日
週末は古代史
週末、久しぶりに時間が取れたので日本でまとめ買いしてた本を引っ張り出してたら関裕二という作家の「古代日本史」の解説本が出てきたので、ざ〜っと読んでみた。
聖徳太子は蘇我入鹿である (ワニ文庫)
著者:関 裕二
販売元:ベストセラーズ
発売日:1999-10
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けど、この手の本って面白いよね。何故だか分からないけど、本の外装や外見や帯に書いてる事見ただけで大体どの程度の本か分かる。
でもってこの本も案の定、思ったところにぴったりと着地。面白い!実に面白い!この人、SF作家やれば受けますよ。
日本古代史はあまり興味がなかったので立ち入る事もなかった分野であるが、それでも大化の改新や藤原鎌足程度は高校生の頃に勉強したのである程度は頭に入ってる。
その、高校生程度の知識で彼の作品を読むことになったのだけど、いや〜、高校生程度の知識がなければ速攻で引き込まれて信じ込ませられますよ。
ぼくがなんで日本古代史と言うか歴史の、例えば「日本書紀」などや中国の「正史」に興味がなかったか。
それはあの手の本って基本的に戦争して「勝った方」が自分の存在価値と理由に理屈を付けるためにプロの作家に書かせたものであり、だから史実と言うのが実は嘘であったなんてのはしょっちゅう。
だもんで、古代史の話をするにしても議論の土台となる基本的事実がどこにあるか分からないから、何を議論しても砂上の楼閣である。
例えば大化の改新とは本当に存在したのか?日本書紀が正しい事を前提に誰かと「中大兄皇子はこうあるべきだった」とか議論しても、彼が実際には存在しない人物であり大化の改新が実際には「なかった」場合、どれほど無駄な議論に時間をつぶす事になるか。
第一たった60年ほど前に起こった南京大虐殺でさえ思いっきり戦勝国側、てか、戦勝国に乗っかった国で政治プロパガンダとして改ざんされて今の時代に「南京の真実」として語られているのだ。
同じ議論の土台が存在しない中では真実も何もあったものではない。幸いぼくの世代は父親が第二次世界大戦に参加した世代なので、まだしも直接に戦争で行われた事を学ぶ機会があった。
捕虜虐待を禁止しているのにマレー半島で捕虜になったイギリス軍やオーストラリア軍の兵隊に木の根っこを食わせたとして戦犯になった日本軍人がいるかと思えば(実はごぼうであった)、片方では東京大空襲で民間人を数万人単位で焼き殺し、戦闘地でもない広島と長崎の非戦闘員の頭の上に原爆を落として戦争の英雄になったものがいるくらいで、歴史の正史に真実がないことなどは分かりきったことだ。
だから歴史的に不明な部分はあまり立ち入らずに、具体的な資料とか理論的にスジの通った場合にのみ歴史学の視点から考えるのではなくその上部にある物理学とか要するに試金石として使えるものを引っ張り出して考えるようにしてた。
そうやってみると古代史ってのは冒険科学小説であり恋愛小説であり人間のどろどろした面を描くミステリー小説だったりするけど、ほとんどの場合は歴史的事実という点からは大きく外れている。
けど、いくら外れているからと言ってあなたまで外しちゃ駄目でしょ、関さんって感じ。
けど、そのガラクタの資料の中にも時々面白いネタが転がっている事がある。
伊勢神宮の暗号
著者:関 裕二
販売元:講談社
発売日:2009-07-22
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縄文人、ながすねひこ、天皇の出自、こういうのはそれなりに想像が掻き立てられて面白い。
縄文人はやっぱりムー大陸の子孫なんだろな。でもって縄文人は八百万の神を信じて私有制度を持たずムラごとに生活を送り、つまりマオリと全く同じ生活文化を持ってたという事とか。
でもまあ関さんの書いている事で彼自身が全く説明をしていないことがある。他の「古い本」にもよくあるのだけど、日本書紀で「655年の夏に龍に乗った人間のようなものが葛城山から生駒山に向って飛んでいった」と言う記載があるのだけど、これの説明はないのかな?
蘇我入鹿が実はその人間だったとかじゃなくて空飛ぶ物体が何だったのかってこと。これだけいろんなこと書いておいて、空飛ぶ物体だけは「あれはもののたとえです」なんて言わないでね。
実は面白い事に聖書の内容を100%信じるキリスト教原理主義者がたくさんいる米国でさえ旧約聖書に書かれていた宇宙船については触れていない。
神々の指紋 (上) (小学館文庫)
著者:グラハム・ハンコック
販売元:小学館
発売日:1999-04
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どうせSFチックにするなら、やっぱり人間は空から降りてきた宇宙人でした、猿が進化して人間になったなんて間違いでした、くらいのことを命がけで書いてくれれば僕だってこの本を途中で放棄することもなかったのだけど。
まあ、創造力の乏しい人が精一杯の知恵でその辺に散らばっている欠片を集めて自分なりに組み立ててみたら古代の歴史はとても面白かった、はいはいよかったですねという程度、ですね。
しかしまあ、本は好き嫌いがあるので、こういうトンデモ本を楽しめる人には読書の入り口としては良いのかもしれない。あ、そうだ、東大の受験でこの本を使ってみるのもよいかも。彼ら、素直にこの本を信じるかもしれないぞ。

