2010年02月08日
インターナショナルリビング
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米国の移住専門誌が今年度の移住最適国の5番目にニュージーランドを選んだそうだ。
まさに行く人来る人である。
米国に移住したい人はたくさんいるが、同時に米国での生活に区切りをつけて次の新天地を探す人もいる。
ぼくがいつも思うのは適時適地。自分に合った土地に自分のライフステージに合わせて住む場所を地球サイズで変えていく。一所懸命と言う発想は、ない。
廃国置球、国家がなくなる時代においては、どこで生まれたか、どこで働いたか、どこで生活を楽しむか、どこで老後を過ごすかはすべて本人の実力次第で決まる。
もちろん生まれ育った場所がdaisukiならそこで一生過ごしても良い。要するに好きな場所に好きなときに住むのである。
その実力にはいろんな要素があるが、まずは健康、そしてお金に換算出来る仕事をする能力(これは一般的な日本人の作業の意味ではない・社内遊泳や社内稟議書類の作り方の上手い下手は、この場合は能力ではない)、今使えるお金(多ければ多いほど良いが本人がお金を作る能力が非常に高ければ今すぐ持ってなくてもよい)。
次に趣味があるか、他人との生活を楽しめるか、など、その本人が持っている素材としての能力である。海外に行っても引き篭もりをするのであれば住む場所を動かす意味はない。
ゴルフやヨットやスキーなど、アウトドアスポーツが好きでお金があって英語さえ出来れば、ニュージーランドは素晴らしい老後を過ごせる一つの国であろう。
つまり米国で「頑張って」資産を作った人がニュージーランドに移住すれば、米国に比べて安い生活費、素晴らしい自然環境、優しい人柄の人たちとの生活を楽しむ事が出来るのだ。
その意味で大事なのが教育だなって思ってしまう。「頑張って」と言っても、そういう競争の入り口に立つ為には、まずは教育がないとほぼ不可能なのが現実である。
入り口にさえ立てない人間は一生空を見ながら地面にへばりついているしかない。これこそ究極の差別である。人は生まれ育ちで差別されるべきではないが、現実は生まれ育ちで差別されるのだ。
例えば米国ではMBAを取った優秀な学生は一流企業に入って出世するだろうし、法律を学んで優秀な成績で卒業した学生は大手法律事務所から次々とオファーが来るだろう。
けど、その大学に入るためにかかるお金が半端でないのは誰でも知っている事で、毎日の生活をするだけで精一杯な家庭で子供を大学にやる事も出来ない。
世界的に見ても、子供が成長して成功する機会を得るためには、何よりも教育が大切だ。ここで出てくるのが子供の成長の機会均等を国家が保障しているかってところだろう。
ニュージーランドはその点、機会の平等は徹底していて、子供がその気になれば大学まで一切親の世話にならずに入れるし、その間の生活費や医療なども政府が保障してくれるので恵まれている。
結果的にそのシステムを使って勉強して成長するかどうかは本人の判断だが、教育のないバカばかりの国家よりもきちんと学ぶ機会を持った人々の多い国家の方が成長するのは間違いない。
そりゃもちろん、世の中には成功物語として小学校卒業資格しかない田舎の土建屋の親父が総理大臣になったりするだろうが、それはあくまでも例外である。
システムとして子供の機会均等を保護しているか。
ここは本当に大事だなって思うのは、オークランドでもちょっと裏通りを歩くと、何を勘違いしたかフーディを頭から被ってズボンをずり下げて肩を揺らしながらついでに道を歩く姿も千鳥足で、片手にタバコ、片手はラップダンスしているようなバカを山ほど見かけるからだ。
システムとして機会均等を保護していてもその子の親がバカで教育の大事さを理解していないと子供は何も学ばずに、水は低きに流れるようにバカな親の子供はそのまま教育を知らずに社会に出される。
しかし勿論そんな子供が社会で役立つわけはなく、ましてや高い給料を取れるわけではない。そこで自然とだらしなくなり、結局は政府の補助金で朝からマリファナ吸って、一週間も風呂に入ってないような薄汚い格好で道行く普通の人々に汚い言葉を吐きかけるようになる。
そんな親の姿を見て「かっこいい!」と思った子供は、やはり親の真似をして子供の頃からマリファナを吸って・・・etcetcと、結局は同じ事の繰り返し、貧困の環から抜け出せなくなるのだ。
システムがあってもこれですぜ。なかったらこの国、どうなってたのかな、と思ったりする。
ましてやそのような機会均等システムも存在しない国ではどうであろうか?
自分が住みたい国に住む権利は自分で勝ち取るしかない。けどその競争地点にさえ立てない子供はどうすればよいのか?
どうすれば良いかを理解出来ないまま大きくなってしまった(機会がない)多くの子供たちは残りの人生を「自分で人生をコントロールする」と言うことを一生理解出来ないままに劣等感とそれを隠すための無知な暴力を周囲に振りまいていくのだろう。
だからと言って日本の教育熱心を手放しで褒めているわけではない。あれはまた違った意味でバカを粗製乱造しているのだから、まあないよりはましだけどって程度か。
バカな親が自分の果たせなかった夢を子供に託す、つまり子供が自分の所有物と思い込んでおもちゃか奴隷のようにこき使うわけだから、それも「お前の為に!」と悲壮な顔で言うんだから、これまたバカにつける薬はないわけだが、それでも教育がないよりは、あった方がましであるのは事実。
運よく米国で成功してニュージーランドに移住して人生を楽しむ。だったらモノポリーみたいに世界すごろくでも作ってみるか。
中国の山の中で生まれて子供の頃に中国政府に見いだされて国費で勉強をする。優秀な成績で北京大学を出ると米国のスタンフォードあたりに国費留学。
5年ほどして中国に戻り、米国の友達と起業。
米国と中国で大成功して会社を売却して資産家になりプライベートジェットを買う。
その勢いでニュージーランドの永住権を取得してクイーンズタウンあたりの牧場を買って、余生を楽しむ。
こんなモノポリーもありかも。
米国の移住専門誌が今年度の移住最適国の5番目にニュージーランドを選んだそうだ。
まさに行く人来る人である。
米国に移住したい人はたくさんいるが、同時に米国での生活に区切りをつけて次の新天地を探す人もいる。
ぼくがいつも思うのは適時適地。自分に合った土地に自分のライフステージに合わせて住む場所を地球サイズで変えていく。一所懸命と言う発想は、ない。
廃国置球、国家がなくなる時代においては、どこで生まれたか、どこで働いたか、どこで生活を楽しむか、どこで老後を過ごすかはすべて本人の実力次第で決まる。
もちろん生まれ育った場所がdaisukiならそこで一生過ごしても良い。要するに好きな場所に好きなときに住むのである。
その実力にはいろんな要素があるが、まずは健康、そしてお金に換算出来る仕事をする能力(これは一般的な日本人の作業の意味ではない・社内遊泳や社内稟議書類の作り方の上手い下手は、この場合は能力ではない)、今使えるお金(多ければ多いほど良いが本人がお金を作る能力が非常に高ければ今すぐ持ってなくてもよい)。
次に趣味があるか、他人との生活を楽しめるか、など、その本人が持っている素材としての能力である。海外に行っても引き篭もりをするのであれば住む場所を動かす意味はない。
ゴルフやヨットやスキーなど、アウトドアスポーツが好きでお金があって英語さえ出来れば、ニュージーランドは素晴らしい老後を過ごせる一つの国であろう。
つまり米国で「頑張って」資産を作った人がニュージーランドに移住すれば、米国に比べて安い生活費、素晴らしい自然環境、優しい人柄の人たちとの生活を楽しむ事が出来るのだ。
その意味で大事なのが教育だなって思ってしまう。「頑張って」と言っても、そういう競争の入り口に立つ為には、まずは教育がないとほぼ不可能なのが現実である。
入り口にさえ立てない人間は一生空を見ながら地面にへばりついているしかない。これこそ究極の差別である。人は生まれ育ちで差別されるべきではないが、現実は生まれ育ちで差別されるのだ。
例えば米国ではMBAを取った優秀な学生は一流企業に入って出世するだろうし、法律を学んで優秀な成績で卒業した学生は大手法律事務所から次々とオファーが来るだろう。
けど、その大学に入るためにかかるお金が半端でないのは誰でも知っている事で、毎日の生活をするだけで精一杯な家庭で子供を大学にやる事も出来ない。
世界的に見ても、子供が成長して成功する機会を得るためには、何よりも教育が大切だ。ここで出てくるのが子供の成長の機会均等を国家が保障しているかってところだろう。
ニュージーランドはその点、機会の平等は徹底していて、子供がその気になれば大学まで一切親の世話にならずに入れるし、その間の生活費や医療なども政府が保障してくれるので恵まれている。
結果的にそのシステムを使って勉強して成長するかどうかは本人の判断だが、教育のないバカばかりの国家よりもきちんと学ぶ機会を持った人々の多い国家の方が成長するのは間違いない。
そりゃもちろん、世の中には成功物語として小学校卒業資格しかない田舎の土建屋の親父が総理大臣になったりするだろうが、それはあくまでも例外である。
システムとして子供の機会均等を保護しているか。
ここは本当に大事だなって思うのは、オークランドでもちょっと裏通りを歩くと、何を勘違いしたかフーディを頭から被ってズボンをずり下げて肩を揺らしながらついでに道を歩く姿も千鳥足で、片手にタバコ、片手はラップダンスしているようなバカを山ほど見かけるからだ。
システムとして機会均等を保護していてもその子の親がバカで教育の大事さを理解していないと子供は何も学ばずに、水は低きに流れるようにバカな親の子供はそのまま教育を知らずに社会に出される。
しかし勿論そんな子供が社会で役立つわけはなく、ましてや高い給料を取れるわけではない。そこで自然とだらしなくなり、結局は政府の補助金で朝からマリファナ吸って、一週間も風呂に入ってないような薄汚い格好で道行く普通の人々に汚い言葉を吐きかけるようになる。
そんな親の姿を見て「かっこいい!」と思った子供は、やはり親の真似をして子供の頃からマリファナを吸って・・・etcetcと、結局は同じ事の繰り返し、貧困の環から抜け出せなくなるのだ。
システムがあってもこれですぜ。なかったらこの国、どうなってたのかな、と思ったりする。
ましてやそのような機会均等システムも存在しない国ではどうであろうか?
自分が住みたい国に住む権利は自分で勝ち取るしかない。けどその競争地点にさえ立てない子供はどうすればよいのか?
どうすれば良いかを理解出来ないまま大きくなってしまった(機会がない)多くの子供たちは残りの人生を「自分で人生をコントロールする」と言うことを一生理解出来ないままに劣等感とそれを隠すための無知な暴力を周囲に振りまいていくのだろう。
だからと言って日本の教育熱心を手放しで褒めているわけではない。あれはまた違った意味でバカを粗製乱造しているのだから、まあないよりはましだけどって程度か。
バカな親が自分の果たせなかった夢を子供に託す、つまり子供が自分の所有物と思い込んでおもちゃか奴隷のようにこき使うわけだから、それも「お前の為に!」と悲壮な顔で言うんだから、これまたバカにつける薬はないわけだが、それでも教育がないよりは、あった方がましであるのは事実。
運よく米国で成功してニュージーランドに移住して人生を楽しむ。だったらモノポリーみたいに世界すごろくでも作ってみるか。
中国の山の中で生まれて子供の頃に中国政府に見いだされて国費で勉強をする。優秀な成績で北京大学を出ると米国のスタンフォードあたりに国費留学。
5年ほどして中国に戻り、米国の友達と起業。
米国と中国で大成功して会社を売却して資産家になりプライベートジェットを買う。
その勢いでニュージーランドの永住権を取得してクイーンズタウンあたりの牧場を買って、余生を楽しむ。
こんなモノポリーもありかも。

