2011年04月03日
魚が出て来た日
1968年のSF映画の題名だ。原爆と放射線物質を積んだ爆撃機が地中海の小島で墜落、二人のパイロットは墜落寸前に2発の原爆と放射線物質を落下傘で落とすが原爆は海中へ、放射線物質は小島に落ちる。物語はそこから始まる。
地中海の小島に落ちた原爆と放射線物質を秘密裏に探す政府部隊と彼らがばら撒く「島ごと売ってくれ、観光地にするから」と言う言葉に踊らされる島の人々。最後まで事実は知らされずに衝撃的な結末で終わり、当時の人々の原子力開発に対する理解や姿勢が良く分かる。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=8525
「鹿島灘の魚は安全です!」茨城県の漁協が4月2日に安全宣言を出した。茨城の野菜は、安全なものもありますからぜひとも買ってくださいと農協が訴えている。
放射線には人間が勝手に決めた県境も漁協の権利も関係ない事だ。つまり3月11日から「非常に強い放射線」が原発から茨城の土地や海中に流れ出しており、放射線の放出を完全に止めることが出来るのは数か月後と言う細野首相補佐官の発表があったので、それまで放射線は福島の海を中心に周囲にずっと流れ出していくという事になる。
「ただちに健康に被害が出る量ではない」なら、一か月の間ずっと身体に放射線を浴びても放射線を浴びた野菜を食べて放射線をのみ込んだ魚を食べても安全なのか?
水銀に汚染された水俣でイタイイタイ病に罹って多くの方が亡くなった時も政府は経済開発を優先させて水銀汚染の事実を一年間公表せず更に多くの人災被害者を出した。
ぼくは北日本の地理に詳しくないので福島のすぐ南にあるのが茨城県だとはあまり認識しておらず、今回の事故で初めて「こんなに近いんだ」と思った。これだけ近ければ被害が出ないってのは言えないだろう。すでに茨城の魚や野菜の購入を制限する動きが出ている。
政府は危機対応については全くのバカだが正確な放射線の流出量を把握して今後数か月にわたって海中に流れ出した場合の被害想定と言う高度だけど単純な作業はお得意である。すでに政府は実際の放射線流出量を把握しているだろうしそれがどの程度の被害になるかも理解している。
しかしもし政府が民間に対して正確な情報提供をしていないとしたら?情報統制されているとしたら?「情報操作などは絶対にありません」と水俣イタイイタイ病事件の時も農林水産省、経産省の役人は口を揃えて「水俣の病気とチッソ工場が海に流す水銀には何の関係もありません」と言い続けたのだ、経済優先と言うお国の御旗のために。
そのような体質を持つ国家が敗戦前夜の満州で一般人を見殺しにして水俣で人々を病死させた国家が、「今回は本当です、正確な情報を提供しています」と言ってどれだけ信じられるか?
今回の政府の錦の御旗は「パニックを起こされて経済活動が低下しない為に」である。東京の経済活動が崩壊した場合の被害想定は出来ている、パニックさえ起こらなければどうやら東京なら大丈夫だ、いや、この大丈夫って意味は、これからの放射線被曝による死者が長い時間をかけて出てくるだろうが、それが数千人であろうが東京全体の経済からすれば大したことはないって意味だ、本気でそう考えるのが政府である。
数年前に狂牛病が日本を襲った。それは多くの人が今でも覚えているだろう。あの時吉野家の安部修二社長は「安全と安心の違い」について出来るだけ多くの人に分かってもらおうと自分の意見を展開した。
その頃の日経ビジネスでも特集を組んで、安全は基準で図る事が出来てそれをクリアーすることは出来る、しかし安心は基準がなく一度パニックになると合理的な理由もないのに不買運動が起こる、これにはとにかく情報公開と同時に啓発が必要であると。
他社はすぐに豪州産の牛肉などに切り替えたが味にこだわった吉野家は米国産の牛肉がなければ牛丼は出さずと言う徹底した姿勢だった。それでも人々は吉野家の牛丼を食べずに吉野家は大きく業績を落としてしまった。
その時どれだけ多くの人々が米国産の牛肉を批判しただろう。プリオン体とプリン体の違いも分からないレベルの人間が「まあ、米国産の牛肉って怖いわ、今日はお魚にしましょ」となった。
その時米国政府は「牛肉は安全だから食ってくれ!」と州知事がビーフステーキを食べるパフォーマンスをしたにもかかわらず「安全だけど安心ではない」からと全然米国産の牛肉を買わなくなった。
今回の事態はまさにその正反対である。政府は何の根拠も示さずに安心しろと言ってるのだ。悪いが僕は今までの日本政府のやってきた事を自分で見聞きしているので今回の安心話も与太話としか取れない。
シンガポールの老舗寿司屋に行った時のこと、店主は「良い魚入ってるんですよ、食ってくださいよ」と勧められる。地震以降地元客が刺身を食べなくなっている。東北産かどうかに関係なく、築地から来る魚と言うだけで拒否反応を起こしているそうだ。
築地から送られてきた魚が東北産でないのは、東北で漁業が再開されていないってのだけで分かる事だが、これはもう安全と言う感覚でなく、なんで今あえて日本産の魚を食べないといかんのかと言う地元の人々の正直な感覚であろう。
その発想でいけば日本産の食物は当分食べないってことになるのは自然の理屈だろう。外国人卸売業者からすれば嫌がってる人の口に「茨城の野菜は安全だ!」と言っても誰も食べない事を知っているから仕入れをすることは当分あり得ない。
結局人は安全と安心の関連性を冷静に判断することはない。日頃からそういう事を考える訓練をしていないから、いざとなった時に思考停止してしまい、政府のいう事をそのまま信じて安全だけど安心できない吉野家の牛丼は食べずに、安心だけど安全ではない茨城の食物を買う事になるのだろう。