2011年10月11日
ユニセフとかアフリカの子供、または深センの子供たちとか
キャセイ航空に乗って良い点はたくさんあるが嫌な点も少しある。そのもっとも嫌な点は搭乗して最初に渡されるユニセフ募金の封筒だ。
封筒の表には貧しいアフリカの子供や中東の子供たちの写真があり「この子がかわいそうだろ、だから金払え」と言う人質ビジネスだ。しかし封筒を渡す君、ぼくがこの封筒に一万円を入れたらそのお金は全額確実にその貧しい子供の手に渡り、渡った後も誰かに奪われずに自分の生活向上の為に使われるって信じてるほど幸せな生活を送ってるのか?
そんな事は何も考えずにぼくに渡しているだけなら君はすくなくとも無知か詐欺師の片棒を担いで「あたしって〜人助けしてるシャカイコウケンしてる〜」って思い込んでるだけだ。今のアフリカや中東がどのような状態か、また国際貢献と言われて支出されたお金のどれだけが肝心な子供たちに渡らずに独裁者やその取り巻きに奪われているか。
お金がどのように動くかご存じだろうか?あなたが入れた小銭がどう流動するか?例えばユニセフによって集められた小銭で買われて食料となった場合はその食糧は具体的にはトラックなどで貧困地域へ輸送される。しかしその輸送ルートはその地域の支配者が押さえており通行するすべてのトラックから食料を奪い軍隊の食い物にする。たまに食料を受け取って喜んでいる子供の写真が出たりするが、あの食料は写真を撮った後に「お前の仕事は終わったよ」と支配者に言われて子供の手から奪われてしまい軍隊の食糧となる。
そういう事を知ってしまえばこのような寄付は単なる自己満足でありかえってその地域の支配者、つまり飢えている子供の支配者にお金や食料を渡す犯罪行為と化する。そういう事を考えた事があるだろうか?
だから上司の指示で封筒を配る一つの行為と言っても自分が何をしているか考えてみればどうだろうか?必要なら寄付の袋は機内の雑誌棚に置くって配慮はないのだろうか?
ぼくは寄付をする行為がすべて悪いと言ってるのではないしユニセフで働く人は良い人が多いとも思う。また人間が助け合いながらこの社会を作っているのだから寄付は絶対に必要な行為である。しかしその「必要な行為」であり「善意」である部分を逆手に取って薄汚いビジネスが成立しているのも、これまた事実なのだ。
可哀そうな子供の写真を使って、寄付をする人には心の満足を与えて金を集めて食糧や武器にして一部支配層を太らせるのは「支払った側にも利益=心の満足を与えているんだから文句ねーだろ、外野が口出すな、被害者のいねえビジネスなんだよ」と言われば何もいう事はないが少なくともぼくはそのようなビジネスに加担したくないし心の満足を味わう事が誰か他人を太らせて肝心の子供には何も届かないという現実を知ってしまえば満足など感じる事さえ出来ずこのような寄付行為はむしろ恥を感じる。
ぼくの奥さんはこのような寄付を絶対にしない。ぼくと知り合う前からそうだったし今もそうだしアフリカについてはこれからも変わらないだろう。あれだけ優しい奥さんが何でユニセフとかに絶対に寄付しないか、それは多くの香港人は生き馬の眼を射抜くような厳しい社会で生きて常に現実的であるってからだ。
ぼくも自分の眼で見て来た事だが1990年代のシンセン駅前には手足のない薄汚れた子供がたくさん座り込んだり並んだりして乞食をしていた。中には5歳くらいの足を切られた女の子が3歳くらいの痩せたちっちゃな赤ちゃんを抱いてたりしてぼくら外国人に「お金を下さい」って話しかけてきたものだ。米国人ビジネスマンなどはもう目をそらすことさえできず自分の見ている光景を信じられず、けど子供たちに近寄っておろおろしながらポケットの中からお金を出していた。
しかし彼らの数十メートル後ろには、子供たちを四川あたりで両親が隣の田圃仕事に出ている隙を狙い田舎の家から誘拐して手や足を叩き切って治療してから駅前に並ばせて子供が集めたお金を回収する担当者が目を光らせているのだ。そう、中国ではこのような犯罪行為として誘拐乞食ビジネスが横行していたのだ。金を稼げない子供はもう片方の手を切られ病気になれば川に投げ込まれて終わりだ。
見るのが辛くなる光景であったがそれが現実であった。
駅前のシャングリラホテルは超高級レストランでコーヒー一杯飲むのにも香港側でお昼御飯が食べれるほどの金額がかかるが、その「あるフロア」では部屋いっぱいの売春婦がホテルの治安を担当する公安(警察)に賄賂を渡して客引きをしており。カネモチそうな香港人がしょっちゅう出入りしていた。
そして彼ら香港人の中には女を使った美人局で誘拐されてその場で殺されて、更に身代金を運んで来た秘書や奥さんも殺しその死体を香港人が乗ってきたベンツに詰め込み、数千キロ離れた田舎の町に捨てていく事件が多発して毎日新聞を賑わしたものだ。それが現実だった。
じゃあアフリカの貧しい子供たちはどうすれば良いのか?何もしないより少しでも何かをすべきでしょ、そう反論したい方には「じゃあどうぞ、アフリカの子供たちの為に寄付をしてください、少なくともぼくはアフリカではしません、ぼくは寄付は直接行為でない限りしません」と言うだろう。
東北の大震災やクライストチャーチの地震では違った判断があるだろうが、長い間世界でいろんな現実を見て来たしロンドンではアフリカの支配者が真っ黒な体に立派なスーツを身に付けて葉巻を吸いながら白人ビジネスマンとやり取りして「じゃあいいや、それで俺には何をくれるんだ?」と大声でしゃべっているのも見て来た。
世の中は「Innocent」であるだけでは生きていけない。世の中の現実を理解していけば「強くなければ生きていけない優しくなければ生きる資格はない」と言う言葉の意味がよく分かる。

