2014年06月10日

小さいままで " I love me just the way I am "

大雨の中、自宅でオイルヒーターに温まりつつ、ビリー・ジョエルを聴きながら書いてます。

そう言えば前回の日本出張で出会ったあるビジネスマンからこんな事を聞かれた。

「して御社の今後の成長戦略は?」

は?この人真面目な顔して俺に向かって大喜利しかけてんのかねー、成長、成長ってあの、背が高くなるあれっすかね?って感じだ。

 

このビジネスマンは年の頃40前後、頑張って自社の成長や自分の部門をどうやって大きくしていこうか、てか、成長するのが企業でありその為に戦略を構築するのが当然と思っているのだろう。対前年比とかが大好きな人なんだろう。

 

日本ではビジネスは成長することが前提であり対前年で常に上昇することが当然のように思われている。経営者は経営セミナーに参加して経営コンサルタントから経営の基本を学び技術を学び対前年比を学び・・・。

 

けどそれって本当に当然なんだろうか?ぼくはニュージーランドに住むようになって「対前年比」がどうしても社会の成長に正比例しているのか、疑問を持つようになったのだ。

 

社会が持続しつつ成長するのは良いことであるが社会の成長だけがすべてであろうか?その為に無理をして会社の規模を拡大して皆が夜遅くまで働き対前年を超えるって事は言い換えれば余程の仕事の合理化をしない限り対前年より忙しくなることを意味するわけで、ということは対前年より家族と過ごす時間が短くなるわけだ。

 

べつにその仕事、ぼくが無理してやる必要もない、誰かアイデアを思いついた人がやれば良い、何もそこまでして全部の仕事を取って大きくなって結局家族に見捨てられてって、ソッチのほうがよっぽど問題だと思うんだけど。

 

僕も日本に住んでた20数年前はそのような事を考えてた記憶もあるがニュージーランドにやって来て家族を作り、家族を中心として毎日一緒に食事が出来て週末は家族で遊びに出かけ、年末には家族でスキーなど旅行を楽しみ、普段は残業もなく人間らしく土日も休みが取れて、やっている仕事は自分の好きな事でありそれで得た収入でちんまりとだが家族と暮らすことが出来ている。

 

小さいながら会社を経営してもうすぐ20年であり、常に社長として5年後の世界や10年後の世界を予測して変化する世界の中で日本とニュージーランドがどう変わるかを読み取り、35年ごとに会社の舵を大きく切ってスタッフも周囲もびっくりする中、一年程度で会社の中身、つまり業務内容をガサーっと入れ替えて次の3年〜5年に備えることを繰り返してきた。

 

常にこれから起こることへの受け皿作りをして「これから起こる事」を待っているので当社では世間の企業一般のイメージである「営業担当」という部門がない。

 

マーケティングと言う名前の、釣り糸に正しい餌を付けて正しい時間に正しい場所に垂らしたら、後はそのままのんびりしているだけだ。

 

その代わり一度当社の顧客になって頂ければ他社では絶対に不可能な徹底した顧客満足を、赤字覚悟で追求している。この「赤字」がぼくにとっての営業経費なのである。ただ、無理をしないから営業経費は随分安く収まっているのも事実だ(笑)。

 

だから成長戦略と言われてもねー、ぼくら会社のスタッフとその家族が食えて毎年昇給出来て毎年一ヶ月の年休を消化出来れば良いわけで、それ以上の仕事を「対前年比」の為に取ることがほんとうに必要なのかと思ってる。

 

上場企業においては株主は常に高い配当を要求し対前年比を基準に経営を語るが、ぼくの会社はぼくが100%のオーナーであり銀行の借金もないから高い配当より多い休みと短い労働時間の方を選んで人間らしい仕事をしたいのだ。

 

つまり僕の戦略の基本は「現状維持」であるがこの意味が一般的に言われている現状維持とは随分違う。世間一般で否定的に言われているのは「質の現状維持」なのだが僕の場合は「量の現状維持」なのだ。

 

日本の経営コンサルタントが言うのが「ビジネスに現状維持などない、衰退か成長しかない」であるが、その通りです(にこ)。だから僕はビジネスの内容を数年ごとに見直し、衰退傾向のビジネスは切って成長するビジネスに入れ替えて質の変化をしながらも取り扱い量(売上)の劇的変化(対前年比)を狙わないというビジネスモデルなのである。

 

これ、やってみたらいいけど、結構大変ですよ。何を切って何を育てて、けど量の現状維持ってのは、何つか激流の川の中で泳ぎの技を駆使して一箇所に留まり続けるようなものです。

 

市場が成長すりゃ当社も成長するわけで市場がちっちゃけりゃそんなに成長しないわけで、ニュージーランドなんてのは日本のようにダイナミックに動く市場ではないから、結局こっちからよほど何か仕掛けていかない限り大きく変わることはない。

 

え?じゃあ何故仕掛けないのって?だーから、そこまでするほど作業仕事が大事なのか?何のために?オークランドという田舎の市場には様々なプレーヤーが参加しておりそれぞれに住み分けがあり、無理してよそ様の市場に手を出してそれでこんな狭い街ですよ、波風立ててどうしたいの?

 

楽しい長屋のはっつあんとらさんのご近所つき合いが出来なくなっちゃうよ。かかあが長屋の裏の井戸端に洗濯に行ったらそれまで楽しそうに洗濯しながらおしゃべりしてた他のおかみさんが急に黙りこむようなもんだ(笑)。

 

成長戦略たってあなたの体が毎年肥大化していよいよ牛肉を一回に10kgも喰うようになったって話ではないでしょ。人間の体は座って半畳寝て一畳、それより大きくなることはあんまりない。

 

だったら無理をせずにストレスなく身の丈に合った生活をすればよいと思う。金が全くなければ生活に困るからその時は一生懸命働くが、金を得るのは幸せになるための手段であり家族が食えてればそれで良いではないか。

 

青山に豪邸建てて超高級車を乗り回して可愛い愛人3人くらい囲って銀座の高級バーに通い自家用ジェットをチャーターしてそのうち刑務所に放り込まれたなんて話は、あまり笑えないぞ(苦笑)。

 

身の丈はどうであれオークランドの清涼な空気は誰にも注がれきれいな水は誰でも飲めて治安が良くて、それなのに無理して背伸びしてってどうなのかな。

 

勿論事業計画は毎年作るし繁忙期なら忙しく仕事すれば良い。しかし会社は一度大きくすると小さくするのが大変である。ここが実は一番大事な部分です。

 

それよりは小さいままでコアの事業を行い、必要があれば外部の仲間と組んで仕事をこなし、繁忙期が終わればまたいつものように淡々と仕事をして、夜は家族と団欒をしたり仕事仲間と酒を飲んだりすれば良い。

 

昨晩などは同業の仲間と酒を飲み街の情報交換をしたりうちで働き十年くらい前に永住権取って今は独立して頑張ってるOBの最近の話を聴いたりして、世はなべて事もなし(笑)。気は長く、腹を立てずに心は丸く、身の丈を考えて小さいままで(はは、楽しい)。



tom_eastwind at 17:59│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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