2014年06月13日
街の風景 (昨日の続き) バナナ作戦
あ、そうだ、街の風景って意味は、ぼくの仕事は街つくりであり、その為に時間があれば街に出て様子を観る、定点観測のことです。大阪のコンビニ、オークランド・シティの韓国系日本式お弁当屋、こーいったネタは基本的に定点観測をしながらネタとして拾ったものです(笑)、だからちょっとお笑いが入ってます(笑笑)。
さて昨日の続きです。
けど彼らが去ったわけではなく現在はこれが投資家ビザとワークビザ部門になだれ込んできてる。今までは投資家ビザ部門なら申請して2週間で担当官が決定して2ヶ月程度で取得出来たのに、今は担当官を決めるだけで数週間かかる、具体的な期間は分からないって、それって去年の起業家ビザ部門の動きと全く同じじゃんか!
でもってワークビザ部門がパニックになってるようで、ここもとにかく申請が来ればとりあえず落とせ!的な動きになっている。中国人が知り合いのつてなんかを使ってワークビザを申請しているのだろうけど、移民局はこの申請はすべて撃墜が前提。
正直、悪いのはいつも自分のルールを無理やり押し付ける中国人であり迷惑なのは南太平洋の小国で善良に嘘を言わずに生きてきたキーウィである。
ほんとにもーもーいい加減にしろって感じであるが中国人にも生きる権利はあるわけでこっちがどうこう云う権利もないわけで、とにかく黄禍にならないように戦略を立てる必要がある。
そこで脳内トレーニングとしてゴーストタウンのイメージを頭に残しながらちょっと考えてみた。
一つは大陸中国人を絶対に一つの箱に入れない事だ。彼らは一つに固まるとすぐ腐る。
バラバラにして良い中国人だけを受け入れて、更にNZでもチャイナタウンを作らせず地元に同化させてキーウィの文化に流し込む。子供の世代になったらキーウィの価値観を持つチャイニーズキーウィ、つまりバナナになる。外は黄色で中は白。
実際に今のニュージーランドで頑張ってる中国系キーウィは1800年代半ばにダニーデンあたりで金掘りをしてた中国人の子孫でありアロータウンに行けば中国人が住んでた家が見られる。
じゃあ何故彼らがキーウィ化したのか?それはあまりに増える中国人に対して危機感を持った当時のNZ政府が黄禍(Yellow Perill)として移民受け入れを停止したからだ。その後中国人は全く入ってこなくなり初代にやって来た中国人もチャイナタウンを作るほどの数ではなく、更にそののち金が取れなくなって中国人はNZ中に拡散して、結局キーウィ化したのだ。
それから80年経ってNZの政策が多文化主義になり移民受け入れを始めると、最初に来たのが香港人。彼らは英語を話し英国文化を理解して問題なく受け入れられた。
ここで、バナナと香港人の間で軋轢があったのは事実であり、ぼくはその現場で傍観者として彼らが喧嘩するのを観てた。大変だなー、そう思ってたのを今も覚えている。
さて現実政策。それはダイバージョンプログラムとして人口の割合別に移民受け入れ数を決める方法だ。現在のニュージーランドの人口が400万人で日本人、中国人、それぞれ一定の割合になったらそれ以上の申請は受け付けない方法である。
例えば移民受け入れは日本人は10万人まで、中国人も10万人までとする。そして中国人の場合は更にダイバージョンを重ねて都市ごとに受入数の上限を作る。オークランドは3万人までとか。NZに住みたかったら田舎の町しか受け入れないとか。
こういうのって結構あり得るわけで、だからいつも僕は「ビザは取れる時に取れ」という理由だ。
さてもうひとつの現実的政策。それは海外に出たい中国人を相手に大型タンカーで受け入れてその船をマンションタンカーにしてしまい、どこの国家の規則にも縛られない公海に浮かべた船で一生過ごしたらどうだろうって事だ。パスポートいらないもんね(笑)。
石油タンカーみたいにでかい豪華客船作ってその中に住み、ある意味動くマンションだ、食い物は公海上で船会社から購入していつも新鮮な肉や野菜を入手出来る。
北半球の冬にはオークランド近くの公海に浮かび北半球の夏が来ればシンガポールあたりでのんびりすれば良い。
中国ではもともと客家とかボートピープルが普通にいたわけで、だったら中国人大作としてボートピープル政策やれば?なんて思いつつビザショップを観てた今日でした。
けど、日本人として忘れてはならないのは、古代中国は日本に漢字と文化を伝えた人々であり彼らに対する尊敬を忘れてはいけないって事。同時に今の中国人は古代中国から続く中国人ではないって事。次のネタは古代中国人と現代中国人の比較だなって思ってます。
長安一片月、万戸搗衣声。 秋風吹不尽、総是玉門情。
――李白、「子夜呉歌」
長安。三蔵法師。日本人には馴染みのある話です。お互いに仲良くやっていきましょう!