2014年06月18日
医療・介護法が成立=来年8月、自己負担引き上げ
さあ、いよいよ始まったぞ、2015年から介護保険の自己負担の引き上げや介護を家族の負担で在宅でやらせるぞ。
安倍首相が進める改革は次々に実行される、この流れは以前から何度も書いているが2015年から本格化されて2020年には全く新たな社会が出来上がっている。国境の長いトンネルを抜けると、そこは違う国だったって感じだろう。
1980年代に青春を過ごした日本人からすれば信じらない景色でありバブル崩壊後に大人になった人々は「またかよ・・・、また、俺たちかよ・・・」と無気力に受け入れるか、切れて包丁振り回して社会に仕返しするしかない。
他にも同様の法律や通達が次々と出されたりして、日本に住む一般日本人の95%を占める「普通の日本人」から様々な名目であるが要するに強制性のある支払い、つまり税金を搾り取る仕組みが次々と構築されている。
バブル崩壊を受けて一時期は官僚が完全に死に体になったが小泉首相あたりから少しづつ力を回復して遂に今は超元気でピンピンして「おりゃー、いくぞ国民!死ぬまでついてこい!」状態である。
これは何も言葉の綾ではなく、本当に生まれてきた子供を日本国家の労働力として税金で育て成人に達すると何らかの労働を義務付けて働かせて可処分所得ゼロの状態、つまり高額の税金を支払わせて当面は70歳、そのうち「現役75歳!」みたいにしてそれまでは年金払わないようにして、そして本当に死ぬまで何らかの労働をさせるのだ。
なんかまるで収容所群島だな、国民から搾れるだけ搾っておいて国民が病気になったら「おい、そいつの自宅に放り込んでおけ」で終わりである。
ロシアもびっくりだろう、何せ治療を受けるにも金があるかどうかが全てであるが、当然可処分所得がないので貯金もないから医療など受けられず人生終了、そこで政府は「ああ、君はお国の為によく頑張ったねー!ばんざいーい!」で終わりである。
周囲を見渡すとコンビニがありケータイがあり無料の物も多く、何だか普通に楽しく過ごしているように見えるが、それはキアヌ・リーブスのマトリックスと同じで、ある日気づいてみれば自分は壮大な収奪装置の中で単に生かされている事を知る。
「そう言えば回りの男たち、あまり結婚してる人がいないなー、なんかおやじの世代だと20歳過ぎたら皆結婚してたとか聴いてたけど、今は違うんだなー」けれどその原因を考えようとしないしそういう健全な疑問を持つ思考回路は小学校時代にすでに切除されている。
「カッコーの巣の上で」はジャック・ニコルソン主演で1975年に発表された。僕はその時高校生でこの映画を観たが、社会や政府が持つ暴力装置に本当にぞっとしたものだ。同時期にジョージ・オーウェルの「1984年」や「動物農場」も読んだので「どのような理想を持って作られた組織でも腐る、長くなればなるほど確実に腐る」という言葉を肌身で感じたものだ。
今回“小池晃氏(共産)は特養の新規入所者の限定について「要介護1、2の人は現在でも後回しにされているが、今後は行列に並ぶことすら許されない」と指摘。「法案は介護保険の根拠なき負担を押しつける歴史的な改悪だ」と述べた。”との事。
いやいや、小池さん、そうなんですよ、行列にも並ばせないんですけど、国家財政から見れば改正、つまり正しくしているんですよ。
だって要介護なんですよ、役に立たないんですよ、政府にとって国民とは労働者、労働が出来なくなった時点で不要なのですよ、だからその老人を生かしておきたいならそれはどうぞ、家族のわがままですから自分の家で家族の方が介護してくださいって事ですよ、ほら、きちっと筋が通ってるでしょ。
え?介護すると仕事やめなくちゃいけない?そりゃ困ったもんですねー、けど今まで頑張って働いててお金を貯めてたら介護費用が払える筈でしょ、現にあたしたち東大法学部卒は卒業時は貧しくても、役人になってから一生懸命働きましたよ、退職後も生活に苦労しないように天下りとか渡りとかきちんとシステムを作ってきた。
それに比べてあなた、今まで何して来たんですか?え?パチンコ?カラオケ?ばっかじゃないですか、そりゃもう自己責任ですよ、親子で枕並べて討ち死にして下さい。間違っても親だけ殺してあなたが刑務所などダメですよ、裁判費用も馬鹿にならないし刑務所だってタダ飯じゃないんだからね。

