2017年01月03日

二級市民

移住していきなり何もせず最初から一級市民扱いしてくれ?あり得んし。

 

僕が落下傘移住を三回繰り返した中でいつも気をつけていたのが「現地と地元の考えを尊重する」事である。常に地元の人の意見を聴き何故そうなるかを相手に反対する前に考えてそこで自分との価値観の距離を測って自分自身の羅針盤とした。

 

何故普通の日本人が海外移住する先で他のアジア人よりも地元民に受け入れられやすいか。それは日本人が「軒を貸してくれた相手に礼を尽くす」事を理解しているからだ。

 

なのに移住したばかりの人々が日本の問題は棚に上げて日本の常識だけで相手を判断して裏で批判して、ところがいざ相手を目の前にすると何も言えずにヘラヘラ笑っているだけ。

 

そして何かあれば身内だけで不公平だとか文句ばかり言うがその前にあなたはどれだけ現地に貢献したのか?

 

公平や平等は最初から社会にあるものではない。自分で努力して勝ち取るものであり移住したからだけで自動的に付いてくるおまけではない。

 

なのに一部の日本人はニュージーランドに来たばかりで彼らの文化も理解しないまま教育が悪いとか要領が悪いとかあれがこれが、とにかく日本が正しくてNZが間違いみたいな話をする。

 

じゃあ日本は何でもかんでも100%素晴らしい国なのか?日本とNZ、どっちが一方的に100%正しいなんてあり得ないわけだし人間に完璧がないのにその悪い点だけを一方的に批判するのはどうなのか? じゃ日本に悪いとこはないのか?

 

まさに「嫌なら日本に帰れば?」という話にしかならない。

 

NZに住むというイイとこ取りだけして日本に残った人々に「ほら、おれってすごいっしょ!」と自慢するけどNZではキーウィ生活に馴染めずにすぐ「それって日本では〜」と身内だけでやるのは片手落ちでしょ。ましてや日本人だけでつるんで傷を舐め合うようなのはどうなのか。

 

そして大体においてそういう人間は数年で日本に帰っていく。自分が望んでいた無料の尊敬が得られないし自分が嫌だと思う人間と同じ街に住んでて楽しくもないからね。

 

そして日本に帰っても「ほら、俺さ、無制限永住権取ったからいつでもNZに戻れるんだよー」と周囲に下手な言い訳しつつ日本社会で窮屈な生活を再開することになる。

 

僕は何もニュージーランドを目をつぶって礼賛しているわけではなく良い点も悪い点も含めて観ている積りだ。問題だらけと言える部分もあるが良い部分もある。問題があれば指摘すれば良いが価値観の違いが基礎にあればそこは君子淡交であるべきだ。

 

ただその前に日本人もその街で努力しようよ、他人が話を聴いてくれるだけの努力を。

 

僕は自分の日本人としての価値観だけで相手を評価して悪い点ばかりを取り上げて批判する積もりにもならない。何故なら価値観とは100人いれば100個あるからだ。第一僕のような目くそがキーウィの鼻くそを笑えるか?どっちも悪いところがある。

 

彼らと生活する中で良い悪いは価値観の問題もあるしそして良い点と悪い点を合計すればどう観ても日本に住むよりNZの方が住みやすい、良いと思えるからNZに住んでいる日本人は多いのだ。

 

昨日も書いたけど戦前の日本からハワイやブラジルに移住してサトウキビ畑などで働きながら子どもたちに教育を付けさせた人々は移民先の人々がどういう言う前に一生懸命働いて何とか英語も学び地元を尊重して努力して来た。だからこそ地域で認められる存在になった。

 

彼らにとって自分は英語もまともに出来ない移民一世であり自分の子供の世代、つまり二世の時代になって地元白人の子供と同じ学校に通ってやっと少しは一人前である。

 

それでも普通に生活していればまだまだ一級市民とは言えず1.5級であろう。それでも当時の黒人よりはましだったが。

 

僕が何度か例に出すハワイ移民二世部隊「442日系部隊」の話は移住を考えている人々には是非とも彼らに関する映画でも本でも良いから学んでもらいたい。

http://tom.livedoor.biz/archives/52114247.html

 

そして彼ら二世は自分たちが米国に忠誠を誓い砂漠の収容所に放り込まれた家族の為に欧州戦線で命を投げ打って実に勇敢に戦い第二次世界大戦で最もたくさんの勲章を獲得した。

 

戦争の英雄であり戦いで片腕を失くしたダニエル・イノウエは戦後ハワイに戻り弁護士から米国上院議員となり米国大統領継承第三位の地位にまで上り詰めた人である。

 

長くなるがテキサス部隊の話は知っておいてもらいたい。

 

***

4日間にわたる激しい戦闘が終わったばかりの442部隊に突然指令が下った。ボージュの森でドイツ軍に包囲されたテキサス部隊211名を救う指令だ。すでに何度も他の米軍部隊によって試みられたが全て阻止された。

 

多くの兵が「ビールでも飲ませろよ」と文句を言う中、故ダニエル・イノウエ(米上院議員)はそのような強行突撃を「これは機会だ!おれたち日系部隊が米国への忠誠を証明するのだ!我々の価値を証明するのだ!」と周囲を励ました。

 

ひどい天気でぬかるみの森の中を進み、突然すぐ近くから撃たれたが弾は外れ近すぎるから白兵戦で相手の首を掴んで殺すこともあった。味方も多くがやられた。隣にいた誰かが突然吹き飛ばされるが前進あるのみだ。ブービートラップにかかっても運の良い兵は湿った爆薬のおかげで怪我をせずに済んだ。


深い森では敵軍の砲弾が木を吹き飛ばしてその破片が背中を切り裂いた。目の前の仲間の脳が一瞬のうちに切り取られてそのまま崩れ落ちた。背中に砲弾の破片を食らった兵はその破片が体をぐるりと回り、さらにそれが熱いものだから痛さと熱さでのた打ち回った。

 

二世は最後にはバンザイ攻撃で丘を駆け上がり手榴弾が届く距離まで近づく為に決死の突撃をした。しかし何人の仲間が倒れても決して逃げなかった二世部隊。最後には一人の英雄が仲間を失った怒りで機関銃を握りしめてその場で12人を撃ち倒し34人をたった一人で捕虜にした。彼はその後米軍兵士に与えられる最高の勲章メダルオブオナーを授与される。

 

442部隊はまさに自分たちの血で忠誠を証明したのである。そしてこの戦いが転回点となり二世部隊、日系米国人の忠誠心を米国人が認め出すようになったのである。

 

戦闘後に兵士を激励しようとスピーチ台に立った白人の将軍は集まった兵士の数を見て「皆どこへ行った!」と怒った。

 

「戦死か入院です」ダニエル・イノウエは不敵な笑顔で突き飛ばすような声でその場の雰囲気を説明した。例えば193名いたI中隊は最後には8名、それ以外は死ぬか怪我をして後方に送られていた。それを聞いた将軍はショックのあまりスピーチさえ出来なかった。

***

 

ハワイに移住した日本人は最大の努力で自分たちの生活を勝ち取った。その子どもたちは命を賭けて米国人社会での公平と平等を勝ち取った。

 

たかがニュージーランドに移住したというだけで地元に100年前から住む人々と最初から対等平等に扱ってくれってのは、それはあり得ない。

 

まず自分の実力を相手に見せた上で「一緒にやろうぜ、俺もこの国のために頑張るからさ」という姿勢を見せる事で初めて彼らも受け入れてくれるのだ。

 

長くなるので明日に続きます。



tom_eastwind at 13:13│Comments(0)TrackBack(0) 諸行無常のビジネス日誌 

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