2018年10月09日
旅行至上主義者
今日はちょっと新鮮なネタ。自分が旅行屋でありながらこういう角度で旅行を観るのは思いつかなかった。
例えば友達同士がカフェでお茶している時に
「今度の休暇はタイで珍しいお寺巡り、写真一杯撮って来るね」とか
「ねえ次の長期休暇は予定合わせてパリに行かない?」とか
旅行嫌いからするとうっざい話でしかない。
だから生返事していると
「あれ、疲れてるの?ちょっと旅行して気分転換すれば?」とか
とにかく旅行が嫌いなのに旅行至上主義者は自分たちのやっていることが
如何にもリア充であり正義であり旅行に行かない人間は心に傷があると考える。
そして旅行に行かない人に対して「だったら車とか電車で近場の温泉もゆっくり出来ていいよ」と言い、これが益々旅行嫌いの怒りに火を注ぐことになる。
だから旅行嫌いは旅行の要素(お金がかかる、移動、ガイド付き観光、お土産、決まった夕食、部屋も選べない)すべてが嫌いなのだから何を言っても仕方ない。
てか旅行至上主義者は自分の正義や生き方が全てで何の悪気もなく平気で話題にするが、もしそこに座ってる相手が旅行嫌いで喧嘩至上主義者で旅行の話をする人間を「おいこら、表に出ろ!喧嘩して勝負を付けようぜ」とでもなったらちょっとしたお笑い、至上主義者同士の喧嘩になる。
どっちも自分が正しいと信じているから本人が知らないままにxx至上主義者同士の戦いになってそれを相手に押し付けることになる。
例えば食事至上主義者がいてお店に連れていってくれるまでは良いのだが「ここは美味しいよ、まずはビールで乾杯しよう」となり前菜が出てくるが料理の下に生の刻んだ玉ねぎ、上にはたっぷり乗ったネギ。どうやらこの人、自分の「出てきた料理は何でも食べる」食事方法だけが正義であり、世の中にはネギや玉ねぎなど食材の好き嫌い、偏食、アレルギーがあるとは考えもしない。
とにかく自分のやりかたをどんどん押し付けるから参加した初心者は何も食えずビール飲んでメニュー見て枝豆注文することになる。宴会時の大皿の唐揚げにレモンが乗ってて必ず誰かが「皆さん、レモン行きましたー!」とやるのも、要するに自分の食べ方至上主義者であり他人のことなど全く考えない。
北大路魯山人は自分が呼んだ客(仲間)の好き嫌いを理解把握しており、彼らが好きそうな食材を入手するとすぐに客を呼び夕食会を開催する。いつも数名である。大人数では夕食の制御が出来ない。
魯山人は人を呼ぶ時は5名まで、ほんとは少ない方が良くて一番良いのは料理を作る人の前に客が一人だけ座って順々に料理を食べてもらうことだと言ってる。
至上主義者は要するに「自分だけ正しい」と思い込んで他の考えがあることを全く理解出来ない。
旅行に行く自分を「リア充!」と感動して写真をUPして帰国後友達に見せて自慢してみたり、美味しいレストランで自分の食べ方を相手に強制して「ほら、美味しいだろ、このメニュー、俺が組み立てたんだ」と言われても何故その前に呼んだ相手の食材の好き嫌いとかを聴くだけの配慮が出来ないのか?
世の中には至上主義者がたくさんいる。それも本人が無意識のうちにやっているから悪気もなくて、まるで話に乗らないこちらの方が「可哀想ね」とか悪者にされる。
もうちょっと他人に気配りしようよ。世の中何かと生き辛くなったものだ。