移住相談
2009年06月15日
ワークビザ
★NZdaisukiより
ワークビザ取得がますます難しくなる?
労働省が、ビザ取得に関係する Immidiate Skill Shortage List (ISSL)から6月15日より44の職種を削除することを決定した。
その他87の職種は残されることとなるがその後も見直しを随時行っていく。
今回は深刻さを増す失業率の高さから、より多くのニュージーランド人に仕事獲得を最優先させるため、Shortage List の中でもスキルの高さをあまり必要としないと判断した職種をリストから外したという。
リストから外されたからとはいえ、雇用者はリストに載っていないスキルを持った海外からの就労者達を雇ってはいけないわけではない。
実際に労働市場を調査した上で、現地では見つからなかったと移民局が判断した場合に限り、労働ビザが許可されることとなる。
社会 2009年6月14日
★ 終了
この記事の読み方。書いてることはすべて事実ですね。ニュージーランドでの失業率が高まれば、どんな国でも労働移民政策は変更するでしょう。
けど、さてここで考えて見よう労働移民政策。これって結局、ある一つの国が健全な労働力を得ようとして行う「こっちの水は甘いよ」的政策。
労働ビザと移民ビザの違いは、外国人を短期の労働者と見るか、つまりいずれは自国に戻る人々と考えるか、それともいずれは自国の生活者になる人と考えるかの違い。
日本ではまだこのあたりの区別が明確ではないし、だからこそ日本に住む外国人、特にブラジルからの労働移民に対して行政と市民の理解の違いが大きい気がする。
日本は純血主義が長く、移民慣れしていない国だからそりゃ仕方ない。
ニュージーランドの今回の決定は何もすべてのワークビザ希望者のドアを閉めたわけではなく、また能力のある人間のドアを閉めたわけではない。
このあたり、日本に住んでいる限り「さじ加減」の理解は難しいと思う。
今日もアグリビジネスで地元先住民であるMAORIと会議を持った。2時間近く、何か近い言葉で喋ってるようではあるが、彼らは白人の更に向うにいるって感じ。
彼らと喋っていると、「ビザ?おう、いつでもOKだ!」である。
この国は日本の田舎と同じで、法律を越えたところにいくらでも判断の要素がある。問題はそこに手を突っ込んで正しいボタンを押せるかどうかだ。
今月末にはもう少し上まで行く予定。そうなれば当社がやっているビジネスのほかの部門にも大きな影響が出せそうだ。
ただ言えること。ワークビザは、能力がない人間には出せないけど、この「能力」の内容について日本人が一般的に考える要素とキーウィが考える要素は全く違うってこと。
どこの国でも同じだけど、紙に書いてある法律や文章だけでは理解出来ないのがNZなのも事実である。
2009年06月09日
世界の平和な国BEST10
世界の平和な国ベスト10
1位 ニュージーランド
2位 デンマーク
3位 ノルウェー
4位 アイスランド
5位 オーストリア
6位 スウェーデン
7位 日本
8位 カナダ
9位 フィンランド
9位 スロベニア
詳細は http://news.livedoor.com/article/detail/4189729/ (Livedoor ニュースより)
(英語) http://arbroath.blogspot.com/2009/06/new-zealand-named-worlds-most-peaceful.html
Economist Intelligence Unitに関しては、http://www.eiu.com/site_info.asp?info_name=EIUcontact&page=noads
平和な国の基準は、お金は関係ないようですね。何せアイスランドが4位に入ってるんだから。
テロがないとか政治が安定しているとか、お金以外の基準で言えばニュージーランドは確かに平和。面白いのはお隣のオーストラリアがここに入ってない事。
説明会でもよく話をするのだけど、ニュージーランドでは警察官が銃を携帯していない。警棒さえも持たず、腰に付けてるのは手錠と無線機くらい。
そして今シドニーの街を歩いてるけど、こっちは本当に長いこと風呂に入ってない薄汚れたぼろ着を身にまとい、白い眼だけが異様にぎょろぎょろしている連中が普通に街を歩いている。
市民が鈍感になったのか?けどこういう姿の人々が街のど真ん中の繁華街の交差点ごとに一人づつ立っているのを見ると、う〜ん、どうなん、本気で思ってしまう。
日本のホームレスと違い、彼らは攻撃する対象がある。白人浮浪者にしてもアボリジニ浮浪者にしても「オレたちゃこの国に先に来たんだ、後から来たアジア人やろう!何威張ってるんだ!」という事に平気でなる。
だから何かの拍子でぶち!っと切れた彼らが攻撃してくる可能性がある。
何?大丈夫?だからこそ豪州の警察は全員銃を携帯してるんですって。だ〜から、銃を持つ事がすでに危険と言う意味でしょう。それよりは社会保障を充実させて街から浮浪者を排除すべきではないか?
日本の7位は、世界から見たらそうだろうなって感じ。住んでる日本人からすれば「そんな事はない!」と言うかもしれないけど、実際に7位でおかしくはないでしょう。
人口が多いから異常な事件も多いけど、これだけ平和ボケして自己責任取らずにそれでも毎日生きていける国って、本当に少ないですよ。
どこの国の人も生き残るのに一生懸命。それに比べると日本は生き残るのは当然のこと、その上に何も考えなくても一生飯が食える仕組みを作ってもらわないと不安が解消出来ないのが日本人。
ぜいたくなんですよね、日本人。かと言って日本政府は「じゃあよその国を見てこい!」とは言えない。だってそうしたらやる気のある人々はすぐ海外移住してしまうから。
北欧の国にNZと日本とカナダが入ってる感じだけど、日本を除けば社会保障や教育分野においてはすでに北欧と同じ形態を取っている国ですから、やっぱり平和の一つの基準は国家によるセーフティネットですね。
ただ、これだけを見て「じゃあニュージーランドに移住しよう!」なんて思わないで下さいね。平和の代償は退屈ですから、これをリラックスと捉えることが出来るかどうかで、NZの生活は思いっきり変わります。
世の中、天国はないのです。行けばどうにかなる、そんな国は存在しないわけで、行けば行ったでがんがります!が必要なのは間違いなし。
ただまあ、普通に頑張れば生きていけるのがニュージーランドですが、普通以上に頑張ってもお金と言う成果を北半球のようには得ることが出来ないのが特徴。
だから人々は自然と仕事よりも家族を大事にするし、ほどほどに働いたら後は自分の好きなことをする。それが結果的にお金を産まない国になっている。
けどここでいつも出てくる問題。カネさえあれば幸せなのか(笑)?
2009年05月12日
Belmonte Tomato School
りょうまくんが通う中学校の名前がぼくの頭の中でBelmonte Tomato School (ベルモンテトマトスクール)と頭に入力されてしまったので、本来の名前であるBelmont Intermediate School がなかなか出てこずに困る。人間の先入観念って怖いものだ。
「あの〜、すみません、うちの子供のお昼ご飯のお金(4ドル)を渡すのを忘れたんですけど」
この2週間は毎日僕が竜馬君の学校の送り迎えをするので、早寝早起き学校送り、会社早退(スタッフの皆さんすみません・・)で午後3時には学校に迎えに行き、その後空手やWarHammerに送り、彼が遊んでいる間に家の片付けごとをしてと、主夫はなかなか忙しいぞ。
今朝もりょうま君を学校に送った際に、お昼ご飯のお金を渡すのを忘れたまま一旦学校を出たけど途中で気づいて教務室に戻る。
ニュージーランドの学校は四方を芝生に囲まれた、伸び伸びとしたつくりにはなっている。けど入り口には教務室があり、何かあれば必ずそこを通して話をしないといけない。そしていつも警備会社と繋がっているから、へんな奴が入ってくれば問答無用である。
でもってぼくのようなそそっかしい親はどこにでもいるようで、事情を説明したらちっちゃな封筒をくれた。
そこに子供のクラスと名前、中身や金額などを書いて教務室に置いておくと後で担任の先生が子供に渡してくれる仕組みだ。けど、教務室からあっち側へは行かせてくれない。
ちゃんとした授業参観とか学校訪問なら予めアポを取っておけば全然問題なく大歓迎であるが、そうでない場合は「刑務所の差し入れ」状態である。
こりゃいいな、きちんと子供の安全を考えてくれてるな。それも学校の義務とか先生の責任逃れではなく、本当に社会で子供を守るという考えが徹底しているのを感じる。
そう言えばどうしても日本の学校と比較してしまうのだけど、日本の場合先生が責任を取りたくないとか校長先生が風見鶏だからって理由で放課後の校庭を使えないとか始業すれすれに門を潜り抜けようとした子供の頭を押しつぶすとか、結局子供や親がそのとばっちりを受ける事も多い。
ニュージーランドに住んでる母親が一時帰国で子供をふるさとの学校に入れようとすると、それこそあーだこーだとうるさいらしい。
カバンのサイズから色、定規の長さにノートのサイズ、鉛筆までいろいろと指定をしておかないといけないそうだ。誰もが平等じゃないといけないんだと。何が平等なのかを分からない無責任で責任逃れな連中がルールを作るんだから、子供がかわいそうだよね。
おれなら確実に1分で切れる。
今日もりょうまを3時丁度に学校の前で車で待ち受けて帰宅する途中におしゃべりをする。
「今日は楽しかった?何教えてもらったの?」
「楽しかったけど、何教えてもらったか全部忘れた」
「何で_」
「だって先生に授業中にもらったものだから授業が終わったら先生に返すのさ」だって。
でもって勿論日本のような教科書はないから、りょうまのカバンはあいも変わらずバナナと水が入った弁当箱とノートが一冊、ボールペンが一本と言う状況は変わらない。
それにしてもこいつ、伸び伸びと育ってるな〜と親から観てもそう思う。
彼に限らず学校の生徒の目の動き、歩き方、仕草の一つ一つが実に自由闊達なのだ。
「自分のことは自分でするよ、大丈夫さ」
中学生なのに皆結構好き勝手な格好をしている。もちろん制服なのだけど、それを好きな風に着こなしている。要するに自分の好きなことを自分の責任の範囲内でやってる感じ。
今日も朝から雨なのに男子生徒はほとんど傘をささずに、ある子は半そで、ある子は学校指定のセーターを着ている。前髪をしょぼ濡らして、時々鼻の頭に水滴が落ちるが全然気にせずに友達とのんびり歩いて学校に向かっている。
女の子は、白人とMAORI系はあまり傘をささない。アジア系は半分くらいが傘さしてたかな。
うちのりょうまはカバンに入れてた傘をちらっと見て「濡れたら面倒だからこのままでいいよ!」と車から外に飛び出していった。
日本人の若者が白人の真似をしてズボンをずらしたり腰にベルトを巻いたり髪の毛をいじったりするが、それがどこまでも空疎で惨めに見えるのは、その教育の根本において他人と同じ格好をする無意味な猿真似しか学ばなかったからだろうなと思ったりする。
何故それが必要なのか、その理由も教えてもらえずに⇒向け右とやらされて、反発したら「連帯責任」としてクラス全員が責任を取る。だからどこまで言っても自分で何かを考えて自発的に行動することが出来ない。そしてオトナになって社会人になって、見事なロボットの出来上がりである。
ニュージーランドの子供たちは、世間がどう考えようが我が道を行く、子供からそういう教育を受けているから、どのような服を着てもそれなりに仕草と一致していて、見ていて日本の子供ほどはおかしさを感じない。
教育問題。今日本は世界的不況でもめてるけど、10年単位で一番後悔するのは教育だ。こればかりは取り返しのつかないことになる。
写真は揃いのトマトたち。安定供給の名の下、味も同じなんだろな。
不揃いのトマトたちでも全部合わせて並べればトマトじゃんか。どう転んでもキュウリにはならない。
自由なトマトたち、一つ一つ味が違っても、その種はその味を残していくんだから、それが人間の多様性に繋がるのではないかな。
2009年05月07日
子供の日 ちょっと遅いけど

今年のゴールデンウィークは長い休みが取れた人が多いと思う。
ええこっちゃ。日本人もしっかり自発的に休みましょう。
休みってのも立派な無形資産であり、お金の代わりに休みを使って子供と魚釣りに行ったり湖で遊んだりキャンプしたり、自然と子供と両親とが一緒に過ごすことが出来る。
お金があっても休みが取れずに子供と遊べなければお金を子供に渡しますか?幸せじゃないよね。
キーウィはその点遊び上手で、とにかく機会を見つけては休んで家族で遊びに行く。とにかく家族との生活を大事にする。何度か書いたけど月曜日の朝のシティに向かう高速道路がすいすい走れるのは、「BlueMonday」現象のおかげだ。
BlueMonday現象=月曜の朝になると何故かお腹が痛くなったり家族が病気になったりして出社出来なくなる現象。治療方法としては週末を過ごした湖畔の別荘でもう一日釣りをすること。
お金がいくら稼げてもその結果として朝の7時に自宅を出て夜の12時に自宅に帰って子供との会話も持てず、気づいたら子供は親が渡した金を使ってマリファナ吸って、挙句の果てには家出して、なんて洒落にもならん本末転倒。
家族の幸せの為に働いてた積りが結果的に家族を壊すのであれば意味はない。
そういう意味で残業がないとか年休が全部消化出来て毎年5日の病欠が取れて、ついでにBlueMondayまである社会は、本来の意味で幸せと言えるのではないか。
現金なんて為替レートが変動すれば減ったり増えたりするわけだけど、家族の絆は積み重ねによって強くなる。だから休みを取って家族と過ごすってのは、実はとても贅沢な行為だと思うのだ。
そうそう、貯金って考え方。家族と日頃しっかり仲良く遊んでいれば、それはお父さんにとって信用と言う貯金を積み立ててるようなものだ。万が一お茶目なことをしても日頃の貯金があればこれを取り崩して謝罪出来る、はは。貯金ゼロの状態はきついですぜ。そのまま大喧嘩になりますからね。
閑話休題:
もちろん日本社会が強いのは個人の利益よりも全体の利益を優先することで社会自体を強くして、それから個人が配当を受け取れば良いではないかという考えからだ。
けどこれ、日本人はすぐ行き過ぎてしまい、「年休取るやつは会社辞めてしまえ〜!」とか「俺の仕事が終わらんのに部下のお前がもう帰るのか!」となる。
その結果として社会全体で家族が壊されていく現象が起こる。オトナはまだ良い。世の中ってこんなもんだと耐えるだけの力がある。けど家族が壊れることに矛盾を感じる子供にとってはどうだろうか。
前置きが長くなったけど↓。
★こどもの日に関する抜粋開始
<日本の現在の受験勉強は、強度においても規模においても、それに充分匹敵する新型の児童虐待であります。ビクトリア時代のイギリスの少年労働者の肉体が重労働ですっかり破壊されてしまったのと同じように、私たちの子供の精神が、狂気の重勉強で荒廃してしまっているとすれば、恐ろしいことではありませんか>1978年の森嶋氏の予言は、いまもっと極端な形で出ているといわざるをえない。
高学歴無教養な人間の大量創出、志望大学に、あるいは大学そのものに行けなかった人の心の傷、三択的頭脳構造と指示待ち症候群、大学まで出たもののやりたいことが見つからない、その結果、社会的不適応をおこし楽しく暮らせていない若者を地域でもみてきた。過保護と過干渉の果て、親を殺したい、子供を殺したいというところまで行った例もひとつやふたつではない。
子供の学歴や成功より「その子にとって何が一番幸せか」を考えよう。よその子と比べるのもやめたい。いい大学に入っていい会社に勤めたって、幸せとは限らない。だいたい「いい大学」って、「いい会社」って何なのだろうか?
森まゆみ 作家・編集者
★抜粋終了
ロンドン在住の方の文章だ。日経で取り上げられていたのだけど、わっかりやすい。
まさにその通り。実はみゆきが4月から学校に行き始めて最初に父親に言った言葉が「お父さん!何で日本人ってこんなに主体性がないのかな〜」である。
何の意味だろうと思って聞いてみると、彼女の通っている専門学校に集まった学生たちの半分は何故今自分がここにいるのか理解していないし、あとの半分はとりあえず行くところがないから来た程度らしいのだ。夢を持ってしっかり勉強したいまともな学生は今までのところ発見されてないそうだ。
まあもっちょっと領域を広げれば良い学生もいるんだろうけど、いきなり自主性主体性のない社会に飛び込んだニュージーランド育ちからすれば、「なんじゃこりゃ???」と言う感じだろう。
授業中の実習でも、先生が手取り足取りして細かいところまで指示しないと何も出来ない。
うちの娘からすれば「せんせー、そんなん自分でやるから余計な事に口出さないでよ。大体このコースってクリエーティブ系だよね、クリエーティブを育てる学校で手取り足取りってどういうこと?」と言う感じで、先生に対しても「あ〜あ」だ
とにかく主体性もないし自主性もないし何で今ここにいるのかも分からないし将来クリエーティブな仕事をしたいかどうかも分からない、要するに人間の抜け殻が机に坐ってケータイと遊んでいるだけなのだ。
今の日本は経済対策という目先の問題に一生懸命だしそれはそれで必要だけど、教育がこのままいくとしたら本当に10年後の日本は何も変わらずに世界から取り残されて衰退した国家になるぞと思った。
沈みゆくタイタニックの中で席取り競争をやって良い学校を出て良い会社に就職しても、船が沈むんですよ、どうするの。
こどもが大切だとか子供の日とか言いながら結局いつも子供をオトナの都合の良いように洗脳かけてるのが実態ではないか。
かと言って一人で今の学校教育に逆らっても勝ち目はない。
だから仕方ない、長いものには巻かれろでPTAで下らん「お付き合い」して言いたくもないことを言い、放課後は子供を一人で電車に乗せて隣町の有名な「受験塾」に通わせ、親は学費の為にパートタイムに出掛けて、子供は塾の帰りにコンビニで友達とカップヌードルと菓子パンを齧る生活で、結局出来上がった子供はニッポン政府の大好きな「自分で考えることが出来ない指示待ちロボット」となる。
もちろん全員がこうなるのではない。子供100人のうち10人くらいは、どんな貧しい環境からでも這い上がってきて自立心を持って育ち、10人のうち5人は社会主義に燃えて残りの5人は日本国家を動かすために大本営に就職するだろう。
共産主義に燃えた若者は30歳前くらいになると理想だけじゃ社会が成立出来ないことに気づいて、そこからは優秀な頭脳を使って民間企業で皆のリーダーとしてぐんぐん成長していくだろう。
大本営に入った若者は選民意識(選ばれし者)を持ち日本を変えようとするが、大本営自体が持つ組織維持機能は日本よりも大本営と言う組織生き残りの為に組織力を注入する為に、若者は自分の気持ちを殺しながら次第に磨り減っていく情熱と社会常識に悩むだろう。
けど、親がどんなに望んでも結果的に洗脳された残りの90人は自分を失ったまま社会に放り出されて会社から言われたことだけをやって、昼休みは喫茶店で少年ジャンプを読み往復の通勤ではPSPに夢中。
最近東京でお会いする経営者の皆さんに聞いても、今の若者、特に男性がどれほど使い物にならないか、呆れるほどだという話をよく聴く。
大本営に入れるのは100人のうち5人であるし主体的に生きる力を持った子供が5人である。
そうなると親としては自分の子供がこの10人の中に入るように一生懸命頑張る。
でもこれって結局は親のエゴである。自分の子供だけ助かれば良いって理屈でしょ。
本当の解決策は親が全員で一致団結して子供たち全員、つまり100人いれば100人全員が主体的に生きていく力を持たせるのが本来の教育ではないか。
そして日本という環境がどうしても変える事が出来なければ、住む場所を変えるというのも親の選択ではないだろうか。
「美味んぼ」の原作者雁屋哲氏も1988年、子供の教育の為に住み慣れた日本を出てシドニーに渡った。詳しくはこちら。
今日もお休みを利用して不動産視察にやってきた4人家族。5年ほど前の説明会に参加されたお客様とのことだけど、ニュージーランドのセーフティネットや教育の話をしたら、ずいぶんびっくりされていた。
日本の教育に耐えられない子供たちは教育難民になり、その解決方法としてこれからは教育移民も増えてくるだろうな。
こどもの日。実は親がもう一度子供の教育を見直す日でもあるのではないか。
2009年05月06日
移民エージェント ちょっと追記
先日書いたビザエージェントに関する免許の件でご指摘があったので明確にしておく。
今回免許制になったのは移民局に書類を提出する代理人(エージェント)に関する規制である。
ビザを申請した人ならお分かりのように申請書の後半の部分にAGENTを記載する欄がある。移民局が確認や調査をする際の連絡先である。
ビザエージェントが代行で記入した場合そこにAGENT名を記入するのだが、今まではこの欄は資格不要だったので誰でも書けた。
今回の法律で免許制になったのはこの部分に「AGENT」と書き込む際は予め政府に登録してくださいと言う点だ。
今回の法改正は他人に生業としてビザの仕組みや取得方法を説明してはいけないと言うことではなく、書類作成における代行作業は免許を持った人だけですよということ。
だから例えば当社のような移住全体の絵を描く仕事を行う会社は今回の免許の範疇ではない。何せ書類を書いてAGENT欄に名前を載せるのは弁護士だからだ。
もちろん僕らが書類を作成して提出しようと思えば出来る。申請して免許を取れば良いだけだ。
でもそれをすると今まで当社と取引のあった、現在すでに免許を持っている弁護士などとは競合の立場になる。
なので当社ではあえて免許を取らず、法律的な部分はすべて弁護士に依頼して手配をしている。
このあたり、阿吽の呼吸とも言えるかもしれない。通常の日本ビジネスであれば、まずは自社の体力がなければ他社に依頼をして作業をしてもらうが、ある程度まで知識が身に付けば「いやいや、どうもありがとう。それではこれから僕らは自分でやりますから、さようなら」となる。
自社オペレーションに切り替えをするのである。多くの旅行会社が海外でやってきた方法だ。
しかし、長い眼で見た場合にそれは本当にその地域にとって良いことだろうかとぼくは考える。ドライに割り切るのが嫌いと言う意味ではない。
けどどんなに転んでもこっちは移民一世、あちらはこの国で生まれ育った人間である。何をするにしても地元の人々と手を組んでやった方が信頼を得られるし相手と自分が利益をシェアすることでより良い情報を提供してもらえる。
そういう意味で長期的な視点で見れば、うち程度の会社が何もかも自社で抱え込むのはまだ十年早いと考えている。もっとか・・・。
今後も皆さんが読んでて「え?何これ?」というのがあればご指摘ください。僕は時々はしょって書くために日本の感覚や常識で僕のブログを読むと、意味不明になるかもしれません。
2009年05月04日
代書屋
政府が今日から移民ビザ申請に関する新規制を導入した。
てか、正確に言えば法律はすでに一年前に成立しており、今日から施行ということである。
今までは誰でも「ぼく、移民コンサルタントです」と言えたのだけど、これからはきちんと政府の行う試験を受けて政府に資格申請をしてください、そうでなければ資格のないコンサルタントからは受け付けませんよと言うことになった。
つまり今まで放置状態だった移民問題のうち、入り口に当たるビザ申請のエージェントに関する規制を開始したわけだ。
まさにその通りである。もっと早くやれって感じで、ぼくらも2年位前から言ってた。
と言うのはこの業界、とにかく騙しが多いのである。とくに中国人の間ではとんでもない連中ばかりで、金だけ巻き上げて後は知らぬ存ぜぬと言う手口が横行していた。
日本人でも「わたしがビザの専門家ですよ」なんていう人もいたが、ぼくが知っている限り移民ビザについてしっかりとした知識を持って、更にそれを戦略的に移住計画を作っていける人は本当に一握りだ。それも江戸前にぎりだから指一本分しかないくらい。
けどそんな連中でも雑誌やウェブサイトで堂々と広告したりするから始末に終えない。何せ自由経済ですから誰でも宣伝は出来る。見掛けだけ立派なのを作ってそれをお客が信じてしまえばあとは自己責任原則があるので、「騙された〜」と言っても誰も相手にしてくれない。
しかしこのような人々の実態はどうかというと、今回の改正で政府の認可を取らない人が殆どである。
現在約1200社が移民エージェントとして移民局に書類提出をしているが、今後移民局はそのようなエージェントからの書類は受け取らない。
だったら認可を取ればいいじゃんかと思うかもしれないが、認可を取得する年間費用のNZ1,995ドルが勿体無いという企業、てか個人レベルなのだ。
要するに毎年1995ドルのお金さえ払えない、てか払いたくない人がパートタイムで書類作成やっているのが実態。その人たちが「わたしはコンサルタント」なんて言ってたが、実態は代書屋である。
僕が考える本当の意味での移住コンサルティングとは、単純にビザを取るだけではなく取った後の経済面や教育面などその人や家族の全生活を創り上げて提案して、それを二人三脚で実行する仕事である。
しかし殆ど全ての「コンサルタント」はビザを取るだけで後のことは知らん!で終わり。それのどこがコンサルタントじゃ!
今回の法律改正の趣旨は、書類提出が出来るエージェントに関する規制であり、つまり代書屋を免許制にすると言う意味で、この法律にうちの会社でやっているような意味でのコンサルティングは含まれていない。
人生相談は誰がやってもいいよ、けど書類を作って提出するのはきちんと免許を持った人だけよということである。
だからぼくらがやっている「移住コンサルティング」と言うビジネスは、免許を持った弁護士と二人三脚で行動するようになる。
ぼくらが移住の3年分くらいの全体図を描き、その詳細であるビザについては免許を持った専門の弁護士が担当する。
これが会社設立などであれば免許を持った会計士と二人三脚、住宅を購入するのであれば不動産免許を持った会社と、と言う風にうちと言う会社が扇の要になり、そこから扇子を広げるように色んな専門チームと動くのがうちのビジネスモデルだ。
元々この法律が成立したのは去年で、ある程度の知識さえあれば試験には合格するんだし、一年間の猶予期間があったんだから本気でやる気があれば申請したはずである。
1200社のうち今回申請したのは171社だけとのこと。つまり残りの会社は実態としては会社ではなく単なる無届の代書屋で申請不要を良い事にあることない事吹き込んでカネだけ取って、と言うパターンだったのが良く分かる数字である。
今月は移民局との会議を予定している。議題は健康で優秀で能力のある家族をニュージーランドに呼び込む政策を日本人向けにどう展開していくかである。
他にもジャパンビジネスコンサルティングとしてはMAORIとの関わりを強化して農業への取り組みを開始して、今週から具体的な動きになる。
今まで随分ニュージーランドをネタにして日本在住の日本人を食い物にしてきた連中を見てきたが、政府がきちんとそういう部分の穴を埋めてもらうのはお互いの為に良い事だと思う。
Hundreds of would-be immigrants are today in limbo as a law comes into effect that could stall their bid to live legally in
The Immigration Advisers Licensing Act requires mandatory licensing of all immigration consultants, but so far just 171 of an estimated 1200 have bothered to get the proper documentation. Many are part-timers who have been put off by the $1995 cost of a licence.
The Immigration Advisers Authority had hoped up to 400 would have become licensed in time for today's law change.
Immigration
Some applicants have paid unlicensed agents up to $15,000 to work on their submissions, but authority registrar Barry Smedts says it cannot help to get the money back because it was not illegal to provide non-licensed immigration advice before today.
Licensed immigration consultant Tika Ram said clients of the 1000-odd advisers still unlicensed had been left confused about where they stood under the new law.
Some clients have paid the full fees upfront, so they can't just switch to a licensed adviser now without losing all their money.
"Advisers should have advised their clients that they will not be able to act on their behalf after a particular time-frame, but many did not."
David Cooper, operations manager at immigration consultancy firm Malcolm Pacific, said the issue of licensed advisers had been "off the radar" for would-be migrants.
However, many were "waking up to the reality only in the last couple of weeks" after Immigration New Zealand printed forms warning that all applications submitted by unlicensed advisers would be returned.
Indian national Raman Balakrishnan paid $9000 to his unlicensed immigration agent, but is now "stuck" after a police certificate from
"I am in a no-win situation. If I let my agent lodge my application, it will be returned. But if I do it myself, I will still have to state that I received advice from an unlicensed adviser, and that will also mean that my application will be rejected," he said.
"Does it mean I have to lie and say that I did not receive any immigration advice in order to get around it?"
Mr Smedts said the law still allowed would-be immigrants to represent themselves.
The relatively small number of licensed advisers was not necessarily a bad thing for the immigration industry, he said.
"The industry is now smaller, more professional and has a higher standard of overall expertise. I like to think of licensing as a sort of brand protection that supports good operators and punishes bad ones."
But a local Chinese immigration agent - who did not apply to be licensed because of the cost - said the new law would drive many advisers underground.
Many would-be migrants would continue to seek advice from advisers within their own ethnic communities regardless of whether they were licensed.
"The law is just turning honest and respected community leaders into criminals, some of whom genuinely want to help the people in their communities."
Overseas-based immigration advisers will have until May 4 next year to get a licence.
The authority defines immigration advice as "using, or purporting to use, knowledge of or experience in immigration to advise, direct, assist or represent another person in regard to an immigration matter relating to New Zealand, whether directly or indirectly and whether or not for gain or reward".
Some people, such as lawyers and MPs, are exempt from needing licences, but the authority says the exemption "probably doesn't cover many people in the not-for-profit, NGO [non-government] and government services who provide support and assistance".
IMMIGRATION ADVISERS LICENSING ACT 2007
* All NZ-based immigration advisers must be licensed from today.
* Just 171 of the estimated 1200 advisers have so far got licences.
* A licence costs $1995.
* Unlicensed agents face fines up to $100,000, seven years' jail and reparations.
* Overseas-based immigration advisers have until May 2010 to get licensed.
2009年04月29日
自己変革 満州
「東条には思想も意見もない。思想のない者とは意見の対立もない」
昭和21年3月に戦勝国側の検事が出張尋問した時の石原莞爾の言葉。
そうなんだよね、これなんだよね。一人でうんうんと頷きながら本を読んでると家族が不思議そうな顔をする。
普通、本を読んでるときは言葉を発しないのだけど、いっや〜戦前の満州ネタはすごいぞ。
実は移民とか移住のベースってこの時に既に出来上がっていたんだね。
戦争に負けて日本は島国に押し込められたけど、実は元々は世界に雄飛出来る民族だったのではないか。
大きな明後日の夢を描く石原莞爾と、明日の米びつの残量を確認する東条。その間で仲を取り持つ甘粕。
今まで僕の頭にあった甘粕の印象がすっかり変わった一冊である。てかこれ、無茶苦茶大きい。甘粕の立ち位置ってそこだったのか!
満州って大きな国造りであり、それがほんの数名の力で行われたってとこに日本の特殊性があるのかな。
それも権力側によって行われた大変革である。普通の西洋社会なら民衆が権力に対して戦うのに対して、日本では明治維新もそうだけど常に権力者の側から自己変革を起こしてきたと言う歴史がある。
自己変革は思想も意見もない奴には出来ない。けど思想や意見があっても実務が出来ないと自己変革は出来ない。
両方をバランスよく持っていないと変革は出来ない。出来てるか?・・・自己反省の日々だぞ。
2009年04月28日
明後日は素晴らしい、けど明日は?
甘粕は石原莞爾を「明後日の計画は素晴らしいが明日が抜けている」と言い、石原は甘粕と東条を「思想のない実務屋」を言う。
今読んでいる「甘粕正彦・乱心の荒野」で出てきたせりふ。な〜るほどな。本当にそう思う。
実際に歴史の勉強をしていると東条がやってた事と石原莞爾がやってたことの違いは、まさに思想であると思う。
世の中のことは随分難しそうに見えるけど、突き詰めていけば実は簡単だ。いつでも死ぬ覚悟でいる事は大前提にして、その上で今日の現実を取るか明日の夢を取るかである。
この本を読みながら何よりも面白いのは、これって「国造り物語」だってこと。満州と言う、今まで日本人がいなかった土地に日本人を移住させて日本民族を発展させる。
規模は全然違うけど、考えてることは同じだぞ。ニュージーランドに5万人の日本人を移住させる。その為の起爆剤として当社が存在する。
日本人が住む為に必要な様々なインフラを用意して、地元のキーウィにも理解してもらい、相乗効果を産み出しながら成長していく戦略だ。
今日もMAORI族のビジネスマンとミーティングを行った。実に眼力のある男だけど、何より楽しかったのは彼との会話で誰がいくら儲けるかではなく、MAORI族の宗教観とか死生観と言う点で話が出来たことだ。
思わず「飯食おう。食いながらゆっくり話そう」と声をかけてしまったが、ビジネスのレベルではなく概念のレベルで共有できるものがあれば、これは強い。
個々のビジネスで誰がいくら儲けるかではない、共同体としてどう活動していくか、そんな話が出来ればとても楽しい。仕事って本来そうではないか?
週末に飯を食う約束をした。さて、日本人の宗教観や死生観、普遍的な部分と現在の日本人が抱えている問題点をどう切り離して説明するか。それも英語で、だぞ。
本はまだ途中だけど、何かまた新しいものが見えてきたぞ。
宗教観の話等したので、思わずその後の社内打ち合わせでも宗教の話を出してしまった。あれはよくない。反省。
2009年03月16日
宇宙に行く日本人飛行士と国直轄事業負担金
そうそう、昨日書いた内容で、「で?どの本?」でした。
そうそう、本は4日前に書いた「女はそれを我慢出来ない」じゃなくて「女は何故突然怒り出すのか」でした。
女はなぜ突然怒り出すのか? (角川oneテーマ21) (角川oneテーマ21)
著者:姫野 友美
販売元:角川グループパブリッシング
発売日:2006-03-10
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そうそう、我慢できることは人によって違うから、人によって怒るポイントが違う。
でもって日本人宇宙飛行士が長期にわたって宇宙に飛ぶので「万歳!」と喜ぶ前に、何で日本が航空技術や宇宙技術を独自で持てないのか、そういう事を何故報道しないのか?
戦前の日本ではゼロ戦など航空技術を持っていたが、戦後米国によって一切の航空技術開発を禁じられて、唯一YSだけ作ったけどそれも結局撤退させられた。
制空権と言う戦争における大きなポイントを日本に取らせない為の明確な圧力だけど、戦争に負けたんだからそりゃ仕方ない。
けど宇宙技術にしろ本来は自分の国で作るべき技術を、米国の宇宙船に載せてもらって喜んでるのを見ると、正直悲しくなる。
ガキ大将と喧嘩して負けて頭をゴツンと叩かれた子供が、その後にガキ大将から飴を(それもたいして美味しくない)貰って喜んでいるようなものだ。
独自で開発出来ないようにさせられたのは仕方ないにしても、メディアが両手を広げて「素晴らしい!」なんて喜ぶ話ではないでしょう。
自分で飛行機も作れない、宇宙技術開発も出来ないという現実にまず目を向けるべきではないかな。
三菱がやっとリアジェットを飛ばせるようになったが、奴隷になって時に飴をもらってそれで単純に喜ぶのだけは止めたほうが良い。
けどガキ大将の方が強いんだから、頭を下げておいたほうがいいではないか。戦後彼らに逆らった政治家は見事に潰されたし、負ける喧嘩はしないほうが良い。
そりゃそうだ。勝ち目のない喧嘩をするべきではないのは当然。ただ自分が何故勝てないのかをよく考えて、中国は独自技術で自国民を宇宙に飛ばしている現実を考えれば、いつまでも頭を下げ続けで良いのかと思う。
同じようなことが知事会で議論されたようだ。
政府の事業の地方負担分をやめてくれって、政府に訴えるようだ。
ところがある知事は「おいおい、そんな事言ったらお上から逆に締め付けくらって、本当に欲しい事業まで断られるかもしれないよ」とびびっているんだって。
結局政府が決定的な力を持っている中で知事が逆らっても勝ち目なし、だから長いものには巻かれろって理屈なんだろう。
けどこれは、日本政府が米国の圧力に対して「長いものには巻かれろ」と言ってるのと全く同じ理屈。
日本が戦後60年以上も米国に支配されている一つの要因に、日本人自身が持つ、よく言えば争いを嫌い、悪く言えば逃げ腰の「長いものには」理論があるのだ。
何度もいう事だが、日本がどういう立ち位置にいるのかを決めるのは日本国民である。
だからその決定として米国追従を選ぶのもよし、中国と米国の間でバランス外交を取るもよしである。
しかし大事なのは、今米国に馬鹿にされて奴隷化されている事実だけはしっかり理解して、それでも「Better than nothing」か「Rather than china」と判断するなら良い。
しかし他国のロケットに乗せてもらってはしゃいでるような事実誤認だけは避けたほうが良いと思う。
2009年01月31日
活き造り
漁業に関する基本調査をしていく中で「食」に関する各民族ごとの考え方の違いが出てくるのは当然のこと。
でもって今回のネタはニュージーランドの日本食レストランでの「活き造り」。
盛り合わせではなく活き造りの問題なので誤解なきように。
ニュージーランドでは動物愛護の観点から「生きたまま動物を食べること」は法律で禁止されている。かなり以前、オークランドの老舗の日本食レストランで活き造りを出したところ、何も知らないキーウィはそれを見てびっくり、即市役所に電話して、これで大問題になったことがある。
「魚を殺して身を切り刻んでお皿に盛ってから出すのはOKで、活き造りとどこが違うんだ?」そう思う日本人は多いだろう。
「そんな事言っても、キッチンで殺してサシミにするのはOKで活き造りだけ嫌だなんて、ずっるくない?」なんて言われそうだけど、こればっかりは感情の問題なんだから仕方ない。
だって、死にかけてる相手の顔を見ながら相手の肉を食らうんだよね。
生きる為に栄養を摂る、だから相手を殺した後に食うのはわかる。
けど、自分の体の肉をばらばらに切り裂かれて骨と皮が剥きだしの状態にされて死にかけている魚の上にその魚の身を乗せて、体が痙攣して頭を振り口をパクパクさせながら間もなく死にますってぴくぴくしている状態を見ながら、その魚の生肉を口に入れて「美味しいよね!」って言うんだよね?
日本という地域では活き造りが普通なんだから、キーウィが日本に来て活き造りを見て怒っても、「そりゃあんたに関係ないでしょ」となるし、僕もそういうだろう。相手の民族と地域を尊重する気持ちがあれば他人の文化にむやみにクビや足を突っ込む事はしないのが礼儀だ。
食事で言えばうちの奥さんの中国文化ではもっとすごい食べ方をするのだから、活き造りなど可愛いほうである。
例えば広州の市場の肉屋の前で歯茎が真っ黒に焼けて牙が飛び出したままの犬がひっくり返されて釣られているのを見ても、それは彼らの長い歴史と食文化の違いなのだ。
その犬が殺される過程で棍棒でぶん殴られて恐怖を与えられることで味を良くするってのが事実かどうかは知らん。
けどいずれにしてもそれが直接的に僕に何かの影響を与えない限り相手を尊重する気持ちを持ち、個人的な趣向に口を挟むなど余計なことは言うべきではないだろう。
だから同じように、キーウィが「あり得ん!」と言うくらいに嫌っている食べ方を「そんなの非合理」とか「理屈が通らない」で押し通してしまえば、それはニュージーランド国民の気持ちを魚で、じゃなかった、逆なですることになるんだから、そりゃだめっしょ。
要するに活き造りの理論がどうかではなく、相手の国で相手の国民の気持ちを尊重するかどうかである。
ここ5年でキーウィはずいぶん魚の刺身を「健康な食品」と理解して受け入れるようになった。もう何年かすればイセエビの活き造り程度なら理解出来るようになるかもしれない。活き造りdaisuki派としては、それまではきちんと待っておくのが正解だと思う。
僕の場合で言えば生き作りは苦手である。
子供の頃はあまり気にならなかったけど、小学校の終わりか中学生くらいかな、ある一連の本を読んでから、なんて残酷な食い方だと思い始めてからはもうだめ、人が集まって食べるときでも出来る限り僕の周りからは押しのけてたものだ。
古代中国の歴史本、梁山泊とか三国志とかを小学生の頃から読んでた。今の記憶では小学校4年の時にはすでに大人向けの文庫本をガンガン読んでた気がする。
そして中国の歴史本の中では、人を食らう場面がよくある。
古代のある国の王様が自分に逆らった部下を丸裸にして生きたまま板に張りつけて、死なないように止血しながらわき腹の肉を少しづつ鋭利な刀でそぎ落として、それを板の隣に置いたぐらぐら煮えてる鍋に放り込んでしゃぶしゃぶにするのだ・・・。
部下は死ぬことも出来ずあまりの痛みにのた打ち回りながら自分の肉が食われるのを見るだけだ。勿論最後には手も足も食われてしまい、痛みでショック死するか失血死するか、どちらにしても死ぬ運命に変わりはない。
文化大革命の頃には多くの中国人が昨日までの友達を食らったようだ。
政府によって反逆者とされた人間はどのような地位にいる人でも昨日までの仲間に自宅から引き釣り出されて広場で公開裁判を受ける。
その結果は殆どが死刑だが、その殺し方が半端ではない。
例えば昨日まで隣組で仲良くしてた反逆者とその家の子供を殺すとき。まず子供の通う小学校の校庭に大きな鍋を置いてお湯を煮え立たせる。そして反逆者の子供を生きたまま手足を切り落として鍋に放り込み、骨からスープを取る。恐怖に脅えてるほうが美味しくなるそうだ。
ある程度味が出てきたら、次には子供の残りの部分を少しづつきり取っては鍋に入れて、仲間で輪になって食らう。夕陽に照らされた校庭では、人食い共の姿が長い影を作る。
体をずたずたに切り裂かれ肉体は瀕死状態。そして最後にやってきた老婆が無残な姿になったその子の脳みそに5寸釘を打ち込んで穴を開けて、そこに細い竹の筒を突っ込んで脳みそを吸う。
「脳みそは活きてるうちに食うのが美味いんだよ・・・。」
さてどうだ、今でも活き造りを食べたいか?と自問してしまった。
むろん魚には痛点がないと言われる。だから身を切り刻まれても痛みは感じないと言う。
けどね、あのね、魚に痛点があるかどうかは知らんけど、痛いのはこちらの心なんですよ。
中国の古代の本を読み、食の基本が人間の生存の為であり、活き造りや人間を食べる「食人行為」が食べるほうの喜びだとすると、その違いが見えなくなる。すると、例え相手が魚であろうが、この食べ方はな〜と、僕の気持ちの中でちょっと受け付けるのが苦しくなったのだ。
要するに、美味しく食べる為なら犬を棍棒で殴るのか?生きた魚に盛り付けするのか?
魚を美味しく食べる為に締め方などの技術を開発するのは素晴らしいことだと思うが、なんてか、この食べ方と技術開発と二つのどこかに一線があると思うのだ。
この一線が、越えてはいけない一線が人によって違うのは当然。
キーウィは一般的にこの一線があまり整理されていない。食文化の違いというよりも食に対する興味の違いではないかと思う。
美味しいものを探してきて何でも食材にしようとする東洋人と、美味しく食べると言うこと自体が「酒食にふける罪人!」みたいに感じる(これはもっぱらそれぞれの持つ宗教の違いから来ると思う)キーウィでは、同じ物差しを適用するのは難しいだろう。
食を文化として人間が生まれながらにして罪深いという理論まで創り上げた東洋人数千年の歴史を、学校で殆ど歴史を学ばない人に理解させるのは難しいだろう。基礎学力がないのだから例えば幼稚園児に大学院の授業を受けさせるようなものだ。
だからやっぱり待つしかない。彼らが追いついてくるまで。けど、一度追いついたら彼らは身の代わりが早い。
あっという間に馴染んでしまい、こっちが冗談で「おい、キーウィはいつから刺身食うようになったんだ」って言うと、澄ました顔で盛り合わせのサシミを取りながら「あのさ、刺身って健康で体に良いんだぞ」と平気で言い出す人種である。
この件で当社が作成した報告書の一部を抜粋する。
***
NZで活魚を扱うこと自体は問題がありません。ただ、活き作りとなりますと、やはり文化的に西洋人には抵抗があるようです。
弊社には日本人スタッフの他にも白人のスタッフ、韓国人のスタッフ、中国人のスタッフが在籍しておりますが。白人男性のスタッフには、活きたままさばくと言ったら!!!無理!!!!っと拒絶されました(涙)。
ちなみに韓国には活きたタコの足をちょん切り、にょろにょろと皿から逃げ出す足をそのまま食べる、タコの活き造りの文化がありますし、中国も生きているイセエビをバリバリっと二つ折りにして刺身にする活き造りの文化がありますので、韓国、中国チームはOKでした。
* **
活き造り。いろんな考えがあって良いと思うが、その基礎には「互いに理解しあう気持ち」を持つ事だと思う。
2009年01月28日
MAF 食料について
農業と水産業は、当然のことだけどやり始めると実に奥が深いことに気づく。命にもっとも密接に存在するものが食なんだから、そりゃそうだろう。
けど、僕はつい1年前までは炊飯器も使えない人間で、料理と言えばインスタントラーメンに卵を入れるくらいだったのだから、そういう常識がなかった。
それがここ1年で自分で料理をするようになり、ついに今年は企業向け農業コンサルティングにも進出と言うコペルニクス的大転回をやったのだから、自分でもびっくりである。
人はいくつになっても変わることが出来る。
そう思いながら今日は物流を担当してもらえそうな企業の方とミーティング。
この方はある特別な時間帯、そう、ドラキュラさんが歩き回る頃にお会いすると「にこ〜!」っと笑っていきなり「tom〜!」とか吼えながら彼の重い体をドラキュラさん並みに飛び上げてフライングシザースチョップを食わせてくれる方だが、昼間に会うと非常に上品で優しい紳士である。
つい最近までは「食」に対して何の意識も持っていなかった僕だから、誠に申し訳ないが食材がどこで出来てどのように作ってどのように流通してどのように食卓に並ぶかなんて全然意識してなかった。
僕の場合自閉症なのもあるんだろうが、興味のないものには全く見向きもしない癖があるので、例えば「はかた長浜ラーメン」一杯をとっても、あれは夜中にシメで食うものであり、麺で使っている小麦とかスープとか豚肉や紅しょうがの由来等考えたこともなかった。
ねぎ?ああ、あれは考えたくもない食い物(大嫌い!)なので、最初から意識の外。ちなみに僕はインスタントラーメンの粉末スープに入ってるネギでさえ茶漉しで取り出すほどだ。
まあそれはどうでもよいが、ラーメンのスープを粉末にする技術って、すごいじゃん!なんて感動をしたのはインスタントラーメンを食い始めて数十年経って、自分が食ビジネスに乗り出してからである。
ましてや冷凍技術とか魚の鮮度を保つ方法とか、この世界に入ってみて、「おおおおおおおお!」と言うかんじの連続だ。
ただ、「食」をビジネスモデルで考え一つの研究対象として見た場合、いきなり全然違う思考回路が回り始めて原材料から加工、そして流通と販売に分解することが出来るのが自閉症の特徴か。
そうやって観ると食ビジネスがどれほど国策による「無駄」と生産者の「無理解」と消費者の「思い込み」に縛られているかが見えてくる。
皆がばらばらなのだ。統一がないからあちこちに無駄なエネルギーが消費されて、それが結果的に全関係者(つまり全人類)のコストになっている。
簡単に言えば
本来なら1kg10ドルで食えるはずの鯛が30ドルになっているのだ。
本来なら栄養になるはずの食料が農薬等の様々な理由で人を殺しているのだ。
本来なら食せる材料を廃棄しているのだ。
こうなるとこっちは俄然と燃え上がる。何故なら僕は矛盾、つまり一物二価をぶっ壊すのがdaisukiなのだ。
モノやサービスが本来あるべき価格と現在の価格が違っているのが一物二価で、そこに差が存在する時は必ず一物一価に収斂(しゅうれん)しようとする自然な力が働くはずなのだが、現状維持を好む一物二価派はそれを嫌って変化をしようとしない。
だから一物二価派が強い市場、つまり政府による規制や保護が強い業種では変化がなく結局その「業態ビジネスモデル」自体が崩壊してしまう。今の日本の農業や漁業がまさにそれである。
しかし崩壊してもその業界に存在価値があれば、燃え上がる大火の中から生まれる不死鳥のように必ず新しい形が生まれる。
その「ぶっ壊しから生み出し=破壊と再生」が僕にとっては実に楽しいのだ。簡単に言えば既得権益や既成権力に守られた人にとっては宿敵。
コンピューターは入力⇒演算⇒記憶⇒出力であるが、人間の頭も感情を除いて大体同じ作りになっている。そしてこれがビジネスモデルの基本だと僕は思ってる。
農業をおおまかに俯瞰してみると(なんて偉そうなこと!)、生産⇒流通⇒販売の三つに分かれると思われる。
そこから細分化されて、例えば生産には改良がついてくるし販売には外食、中食、スーパー(この例えが正しいかどうか素人なので気になるが)とか分かれたりするのだけど、やっぱり基本はこの三つだと思う。
だからその物差しに当てはめれば、今は生産の段階でも流通の段階でも販売の段階でも、思いっきり改良の余地がある。
今日の会議でも「イクラ」の話(イラクではない、イラクの政治に興味があるのは今日の会議参加者4人のうち僕だけだ)が出たが、ニュージーランドではイクラを作る技術が無い為筋子のまま日本に送っているとの事。
なんと勿体無い!
ところがこの「勿体無い」の感覚は、会議に同席した当社スタッフは「なんで私はニュージーランドでは安くて美味しいイクラを食えないんだ!」であり、僕は「なんでニュージーランドでは加工技術を成長させて付加価値を付けるビジネスモデルを構築させて、そこに雇用を生むと言う合理的なことが出来ないんだ!」である。
僕だって美味しいものを食べるのはdaisukiだけど、それをビジネスとして捉える時に、自分が食べれるかどうかよりもビジネスモデルとして成立するかどうかが大事である。
けど食い物好きが集まると会議の真っ最中に、「イクラ、美味いっすね〜!」とか「いやいや、このわたがAUSで作れるんっすよ」とか、「本当の美味しい野菜は土から作るんです」とか、まるで食が全ての「全食教」信者の集まりのようになり話が止まらない。
まあこの情熱が「食」ビジネスを成長させているから、あまり冷やしてはいけないのだが、時にはあまり「食い方」の話になるので、おいおい、こっちはそれを無事に安全に効率的にみんなの幸せになるようにあなたの鍋の中に送り込むための方策を考えているのに、お前はなんじゃ!って事になる。
そういえばラジオの野球生アナウンスでも、野球を好きな奴にアナウンスやらせちゃいけないという話がある。
だって試合やってる間中、「こら〜!」とか「違うだろ!」とかアナウンサーの気持ちが入ってしまい、理性的なアナウンスが出来ずに、誰が今バッターなのか守備は誰なのか分からなくなるからだ。
「いや〜、今のプレイ、だメッスよね、xxさん」と語るアナ、あのね、視聴者の知りたいのは何がダメなのか、なんですよ。
これから僕の立ち位置がどこになるかはまだ見えてない。けど熱い当事者から一歩距離を置いて、それがビジネスとして成立することを考える役になろう。
2009年01月23日
ウェリントニアン
同じようにオークランドに住む人のことは一般的にオークランダー( Aucklander )と呼ぶ。
そしてニュージーランドの首都であるウェリントンに住む人はウェリントニアン ( Wellingtonian )と呼ばれる。
英語の語尾の変化の問題だろうが、同じ大都市でも変化のない街もある。例えばクライストチャーチは、まんまクライストチャーチだ。
クライストチャーチャーでもないしクライストチャーチアンでもない。
そういう呼び名がないってのは、別にクライストチャーチに住む人が自分の街の名前を嫌っているわけではない。
理由はよく分からないながら、ウェリントンへ日帰り再出張。
ニュージーランドは良い意味で食料の宝庫だと思う。まだまだいろんなことが未開発で、それでいながらこの幸せ生活レベルを保てるんだから、何て恵まれた国だと思う。
出張先で水産加工の話や農業、加工食品の話をしながら、本当にこの国はいろんなことが手付かずで残っているなと実感。
この国は基本的に自給自足、海に行けば魚もウニもあるし山にいけば鹿肉も豚肉もあるし、家は自分で木を切って建てれば良い。
だからいろんな食料資源が手付かずで残っているんだけど、それを商売としていちいち掘り起こさなくても、裏庭で作ったジャガイモと砂浜で拾った貝と山で撃った鹿肉で家族と毎日楽しく食卓を囲めるんだから、これ以上何が欲しい?
こっちから見れば、「あれも出来るこれも出来る!」と欣喜雀躍(きんききっず)な気持ちになるけど、肝心のウェリントニアンからすれば「うに?そんなん、食いもんじゃねえよ」となるし「魚?釣れたもんを食えばいいんだよ、何をそんな種類の指定なんかしやがって」である。
やり方次第でいくらでもビジネスの機会はあるのだけど、そこまで頭を絞って考えるよりも、友達とBBQやってビール飲んでるほうが楽しい人々だから、「そのまんま」で生きているほうが良いのである。
もちろん棚から落ちてきたぼたもちは食うけど、わざわざ棚に上がってまでぼたもちを取ろうとする気持ちはない。
だいいち研究熱心なわけではないので、棚にぼたもちがあることを気づかない。
けどそのことに気づいたほうが幸せなのか?気づくとどうしても宝探しが始まって人の心をぎしぎしさせる。
気づかないまま毎日を楽しく過ごすほうがいいんじゃないのか?ウォシュレットがなくても生きていけるのに、一度使ったら止められないんじゃ、麻薬と一緒だ。
それよりは最初からトイレはマニュアル、そう考えて生きてきたから今回のような世界の金融危機でもけろっとしている。
何事も徹底的に追求していく人種が結果的に自分を苦しめるなら、贅沢は出来ないけど楽しく生きられるキーウィライフも良いではないか?
160年前に英国からやってきた「まじめさん」が南太平洋の小島で「のんびりさん」のマオリと共同生活をする中で培われたキーウィキャラってのは、西洋人が本来持つ「俺かお前か、バンバン!」てな部分がかなり丸くなってると思う。
丸いことを「鈍(にっぶい)い!」と思い、他人の失敗を笑って許せる心の余裕を「だっさ!」と感じ、家族の夕食の為に残業を断る気持ちを「やる気あんのか!」と感じる人にはちょっと楽しくない国かもしれない。
けど、キーウィはそんなあなたにこの国を褒めてもらおうとは思ってないだろうし、どうぞ自分の住みたい国で生活をしてくれ、けどいちいちこっちのやってる事に口出ししないでくれって感じだろうな。
電線から外れた「ひげ」を、女性運転手がのんびりと取り付けようとしている。車内のお客さんも、のんびりとそれを眺めていた昼下がり。
日本だったら運転手が床に手をつけてお詫びをして、乗客は「いつになったら修理が終わるんだ!」と怒鳴り、そのうち「トロリーバスの存在とは!」みたいにテレビで特集でも組むんだろう。
けどこの国では誰も急がないし、誰も文句言わない。
いいよね、これって。
2009年01月20日
農業大国 その2

Druryのイメージは1940年代のロサンゼルス郊外。「長いお別れ」で私立探偵フィリップ・マーロウが焼けるような赤い大地と青い空の間に挟まれながら、依頼者の自宅の屋敷に古い車で訪れる場面がある。
道を行きかう人はなく、道路沿いには街路樹が枝を広げているが、それで防げるほど日差しは甘くない。アスファルトの歩道とその両側に広がる芝生はきれいに刈り込まれているが、それをやっている人の姿は見えない。
朝食を食べるための食堂が作られている、そんな時代に建てられた住宅が軒を連ねる。まさにそんな雰囲気だ。
Druryの人通りのない街中には殆ど信号もなく、住宅街の四つ角は殆どがランナバウト(信号のない四つ角)だ。
ランナバウトで徐行しながら時々右側から通り過ぎる車を待ち、車が過ぎるとこちらも軽くアクセルを踏んでランナバウトに入る。
くるり。回った。あれ?太陽の位置が変わったぞ。
タイミングの悪いことに、その瞬間に黒い雲が僕の頭の上に急激に広がって、叩きつけるような雨に変わる。
おいおい、前が見えないぞ。ランナバウトのすぐ向うにある小学校の駐車場に車を突っ込んで、昨日印刷しておいたグーグルマップを取り出す。
み、道がない。
そう、僕が走っている田舎町の細い道は、どうも掲載されてないようなのだ。そんなことありくい!と思うのだが、もしかしてこの地図はオークランド南部を印刷しているんだけど、僕がいるのはオーストラリアのパースかもしれない。
道を歩く人もおらず、時折通り過ぎる車は「ビシャ!」と水を弾いて行く。
真っ黒な雨雲が抜けて、また強い日差しが車を焼き始めると、自分の行くべき方向を確認する。
えと、僕は北から南に向かって走っている。だから地図を逆にして見る。なるほど、目的地の位置は南西で、僕の進行方向からすれば太陽を右手にまっすぐ下り、右に右に行くようにすればいいんだな。
今回の目的地は、地図を見るとまさに農場地帯のど真ん中。
途中まで国道を走り、分かれ道で農道に入る。のだが、地図の上では非常にわかり安そうな交差点や二股道でも、実際の景色ではどれが正解か全然分からない。
何せ回りはすべて農場地帯。右に見えるのはキャベツだろ、えっと、左に見えるのはとうもろこしか?とにかくどこも丘陵地帯に広がる農園ばかりで、どれも同じ景色に見えてしまう。
時々出てくる道路標識が、どうしても僕の手元の地図と合わない。
時速100kmで日本で言う「普通の道」を飛ばしながら(そうしないと後続車から追い込みをかけられる)地図と眼前の景色を比較していくんだから、これは難作業だ。出来れば目玉が4つ欲しい。
たぶん途中で、本来ならまっすぐ行くべきところを左折したんだろうな。気がついたら目的地を大きく外して(大体10kmくらい)、全然違う次の街プケコヘ(Pukekohe)に着いてしまった。
え〜皆様、右に見えますのがプケコヘ小学校、そんな事を一人でつぶやきながら、北に戻る道を探す。
何とかそれらしい道がある。よし、この道を北上して標識のあるところを左折だな、今度こそ、と思いながらそれらしい道を見つける。けど、この道は僕の手元の地図に出てる名前と違う。
どういうこっちゃい。まあいいや。
このあたりまで来ると、地名の付いてる街と言っても、人口200人くらいですなか。住宅が数十軒並んでたかと思うとあっと言う間に通り過ぎてしまい、次の街までは農地が続く。日本のように切れ切れに街が繋がっているなんてことはない。
イメージとしては、オークランドから真っ直ぐに南に下る道があり、その道沿いに「ここは俺の土地と家」って感じで住み始めて、何せ道路の向うに広がる農場が広いから、一つの街が何十軒も固まることが出来ないのだろう。
地図を見るうちに、だんだん分かったことがある。このあたりでは同じ道でも1ブロックごとに名前が違うのだ!
そして行く先を示す標識も、標識によってすぐ隣の町だったり、すんごい離れた西の端のタスマン海に面する町の名前を書いてたりする。
ええい、とりあえず左折できそうな道を見つけて、西へ進路をとろう。全然名前は違うけど、心は通じるだろう・・・・って、かなり意味不明。頭、つかれてきたか??
てか、このあたりの標識になると、知ってる人向けに作ってるわけで、100年以上前から道があって、100年以上生活している家族のための標識で、オークランドのよそ者が初めて来たって分からないように出来ているのだ。
時のゆっくり流れる農場地帯で、僕一人がBBQの開始時間を考えながら「急がなきゃ」と思ってた。
そんな僕を、100年以上も地元の人々のBBQを見てきた畑。
彼らは、隣の畑と顔を見合わせながら笑ってるんだろう、そんなことを思いながらとにかく車を走らせる。こっちゃ日本人、時間には厳しいんだ。
けどこの判断が合ってたようで、やっと街の名前と地図の名前が一致し始めた。おうおう、なんとかいけそうか?
途中で地図にはない、農作物を積み込む引き込み線路を一旦停止せずに一気に通り過ぎながら、あ、これには説明が必要。
日本人には信じられないかもしれないけど、ニュージーランドでは踏切では一旦停止するほうが危ない。
何故なら、停まったらそのまま動かなくなる可能性があり、線路上で立ち往生する可能性があり、それが機関車にぶつかったりする可能性があり・・・・・どんな車じゃ!
けど、これは本当なんです。だから踏切では赤信号がなってなければ一気に通り過ぎろが基本なんです。
途中両側に広がる農園風景を眺めながら、時には立派な馬が牧場を走り回る姿を見て、時には一般道を時速100kmで走る車の横でipodを付けてジョギングしている体格の良いおじさんをみかけた。
そして時には「しゃこたん」にフードパーカや野球帽を反対にかぶった若者がぎっしり詰め込まれた改造車が突っ走るのを見ながら、車は進む。
そうこうしているうちにやっと目的地にたどり着く。入り口の自動門を開けてもらってくぐると、すでに先客の車が一列に10台近く停まっていた。この御宅をお邪魔する頃には3列に車が並んでたから、そうとうの賑わいだったと言える。
ここもまた広々とした土地に果物の林や遠くに見える牛がのんびりと草を食べている。
こんなところで子供を育てたら、本当に素直に育つんだろうな。オークランドからたった一時間でこんな町があるんだもんな。
なんか、たどり着くまでに結局2時間近く車に座りっぱなしだったことになるけど、さてやっと本番、農業大国がどうして始まったかの話ですが、それはまた明日。
2009年01月19日
農業大国ニュージーランド その1
ニュージーランドの食料自給率は約300%。つまり10個のチーズを作れば7個は輸出して、その輸出代金で日本からテレビや洗濯機等の工業製品を購入するビジネスモデルだ。
この国は1840年に英国の植民地として始まったが、産業革命が進み農地が工場になった英国へ食料を送り込む食料庫として活躍した。
ところが1970年代になると英国のEC加盟により英国がEC域内で食料を調達するようになりNZの輸出先でもっとも多いときは8割近くを占めていた英国を失うことになった。
その為NZは販売先拡大策としてそれまでは英国とのビジネスを円滑に行う為にポンド通貨を使っていた(当時のポンドは10進法ではなかった)が、取引先を太平洋向けに切り替えるためにNZドル通貨(10進法)に切り替えて生き残りを図った。
しかし管理貿易であったNZは既得権を盾にする
そして1984年、デビッドロンギ労働党内閣が成立すると一気に経済改革市場開放に政策転換、これが大成功してNZの農業ビジネスは見事に復活した。
要するに南半球という地域性を生かして北半球の端境期に食料を輸出するビジネスモデル事態は構造的に優れていたのだが輸出先を大幅に変更するなどの体質変換を図ろうとしたら組合や公社が邪魔をして大不況になったということだ。
ところがそのボトルネックを取り除くと、見事に復活したと言うわけだから、硬直化したシステム=公社や目先の利益しか考えない=労働組合が経済成長と変化を妨げていた一番の要因だったことが歴史的に良く分かる。(今の日本と良く似てますな)
NZの農業はNZの基本なのである。
ところが僕はそんな国に20年住んでいながら、実際に農業に触れることは一度もなかった。まあつい1年前までは炊飯器でご飯も炊けなかったのだからさもありなん。けど自慢できることでもない。
だから改心したって訳ではないが、去年後半から農業が僕の頭の中に生まれてきて、日本の食の安全や食糧自給という国家的な問題を見ていくうちに、これはNZと日本を結びつける一つの大きな機会ではないかと考えるようになった。
そこで早速新会社を興して農業ビジネスに全くの素人ながら飛び込んでみたのだ。
そして今日は現場の初日。つまり初めてNZの牧場を訪れたのだ。
今までも観光牧場や羊や牛を見てはいたが、それは羊の毛刈りとか牛のミルク搾りとかであり、普通の牧場は今回が初めて。
実はオークランド郊外の農場を経営している日本人家族がいらっしゃる。そこにBBQに呼ばれて、大人が50人、子供の数を入れれば100人近くが集まっての日曜の午後のBBQとなった。
ただ、郊外と言っても普通の日本の郊外ってイメージではない。
オークランドから南に下った、大体100kmほど離れた農場地帯の一画にあるその牧場までは高速道路を使っても僕の家から1時間かかる。
今回は何年かぶりにオークランドから南に車で行くので、折角だからと以前お世話?になったパパクラ裁判所や、その近くで数ヶ月前にひったくり殺人事件が起こった場所、古くから中国人が1枚5ドルとかで古着を並べている街とかなどを見て回ろうと、シティから一般道(国道)を使って南下した。
日曜の昼下がりでもあり買い物客で賑わうニューマーケットを横目にレミュエラへ。ここは、あいも変わらず植民地風の洋館が並ぶ静かな高級住宅街だ。けど、アジア人が住むと、浮くだろうな。
グリーンレーンは車販売会社が集中している場所だが、随分と店が入れ替わってきれいになっている。BMW、スバル、アメリカ車、ジャガーと並んでいるが去年から車販売が激減しているので、どこも大変だろうなとか思いながら通り過ぎる。
オークランドの軽工業地帯であるマウントウェリントンに来ると、日曜ということもあるが幅広くて埃っぽい道路や、その道路を挟むように建設機械や倉庫が並ぶ工場地帯には全然人気がない。
そんな人気のないところのバス停でアジア系の若い女性が一人でバスを待ってるようだったが、何せ彼女の周囲数ブロックには人っ子一人いない。誘拐されてもおかしくないぞ、そんな事をマジに感じさせる町の雰囲気だ。
オタフフまで下るとざわついた雰囲気が出てくるが、これがまた「ここ、あの、ニュージーランドですか?」と言うような人種構成と町並み。
昼下がりの歩道には腰の曲がったアジア系のおばあちゃん、サリーをまとったインド系、のし歩くようなガタイのいいアイランダー系。彼らは何時見ても誰かとつるんで歩いている。
埃っぽい道路沿いにはドアが曲がってきちんと閉まらないような20年近く前の日産サニーやホンダシビックプロトタイプですか?今時オークランド市内では先ず見ないような、ボンネットとドアの塗装が違うのとかが無造作(つまり前後左右を考えずに駐車している)に停められている。
とにかくこの商店街の古くからの町並みには、道路に張り出した商店街の屋根から片方の鎖が半分切れかかったようにぶら下がる車の排気で汚れた看板。そこには古い書体の英語と、これはペンキで手書きの中国語が書かれている。
薄汚れた商店の窓に紐でぶら下がっている、あれは何だ?人形か古着か?とにかく店の前に子供がお風呂で使うちっちゃなプラスチック椅子に座って通り過ぎる車をぼやっと眺めているおじいちゃんだけは生きてる人間だ。
インド系の住民が家族総出で車に乗ってて、彼らが僕の目の前で車を停めると、わあわあと大声で子供たちがはしゃぎながら飛び出てインド系食材を売っている食料品店に駆け出していった。
小柄で小太りのお父さんと、更によく太ったお母さんは子供たちの後姿を微笑ましそうに見ている。
彼らと視線が合うと思わず軽く「ハイ!」と挨拶する。食料品店の上に掛かっている看板は「食品」と書かれている・・・・・と思う。
ここは彼ら中国系やインド系の1980年代の古い移民の土地ですなって感じさせる。
暫く走るとそろそろ道路が分からなくなる。このあたり、地図の上では一本道でも途中の交差点で微妙に五差路になってたりして、正面左と右に二本の道が広がってたりする。どれがまっすぐか分からない。
こんな時は空を見て近くの大木を見て、その影を確認しながら走る。とにかく道は多くないんだから、午後の太陽を右手に見ながら走っていれば間違いない。
そうこうしながらマヌカウに着く。ここは市役所もある大きな街で白人も多い。
駐車場にはBMWが停まってて、白人家族が楽しそうにショッピングカートを押しながらトランクに買い物を入れている。
ショッピングセンターを出てよく舗装された道を道路標識を見ながら走り・・・・・あれ?まっすぐ行ったらパクランガ?オレが行きたいのは南だけど、パパトエトエ?パパクラ?パパかママかよく分からなくなった。もしかしてまっすぐ行ったら東?。
赤信号で停まったのを利用して近くの木を見る。おう、僕の右手の木の影が僕の車の進行方向と同じ右手前方に伸びている。
南は右折だ!
原始的ですな、ナビはないの?って思うでしょうが、この国でもナビは売ってます。大体600ドルくらい。けど何故かナビは交差点をまっすぐ通り過ぎた頃に「あ、さっきのところを左ですよ」みたいに反応が遅い。
なんでだろう?まあいいや、とにかく太陽が東から出て西に沈むことさえ分かってれば、ニュージーランドではそれほど不自由しない。
マヌレワは、街というよりも四つ角を中心に商店が集まり、その周辺に住宅が囲むようになっている。日本だと駅を中心に放射線状に町が広がるのだが、この国では駅を降りたあとに自宅まで3時間歩く人はいないので、結局はドアtoドアで自家用車を使って移動する。
だから車社会では駅前よりも四つ角の方が商店が集まりやすいのだ。だって一本の道より四本の道が集まってるほうが通行量が多いですからね。
マヌレワを過ぎるあたりからそろそろ牧場や農場が見えてくる。途中の道が細いし走る車も少ないので、これで間違いなく国道だよねとか考えたりしながら、けど太陽は嘘をつかない。
そのまま走っていると、今度は見慣れた風景。薄汚れてシャッターを閉めた街工場にスプレーで書かれた芸術。つまり落書き。
道路沿いの住宅は1950年代に政府が復員軍人の為に建てた公営住宅(stateHouse)。
太陽の熱で反り返った寄せ木の塀は釘が半分抜けてところどころ壊れて、もちろん何十年も前に復員軍人が愛する妻と一緒に将来を夢見ながら太陽の下で塗装したペンキの上には、今では真夜中にスプレーで落書き塗装をされてる。
商店街は半分くらい閉まっており、ジーンズをパンツが見えるまでずり下げてフード付きパーカをかぶって数人で踊ったり大声をだしながら、どこかに騒動のネタはないかと暇そうにあちこちを睨みつけてるアイランダー系やマオリ系の若者がのし歩いている。
そう。この地域はおそらく今オークランド、正確に言えばグレーターオークランドと呼ばれる地域で最も治安の悪い地域の一つ、パパクラである。
昼下がりの街はよどんだ空気が流れているようで、目立つ傷もなく図体のでかい僕の車が何でこんなところに用があるんだ?みたいな、刺すような視線が道端でうろつく若者から飛び込んでくる。
いくら昼間とは言え、車を駐車させる気にはなれない。ましてや夜は、この通りを走る気持ちにもならない。
そうやって肝試しをしたり、何も知らずに人類は皆兄弟と思って車を停めた人々の招いた悲惨な結果をパパクラ地方裁判所で2年近く見てきた僕としては、肝試しもしたくないし人類を人類と言うだけで兄弟と思えるほど幸せでもない。
人は時々兄弟を裏切るものだ。
そうして左手にパパクラ地方裁判所を見ながらまっすぐ進むと15分ほどでドルーリー(Drury)に着く。ここまで来るとオークランドの邪気も喧騒もなくオークランドサウスの喧嘩もなくましてやパパクラのギャング同士の撃ち合いもなくなる。
オークランドの治安を尋ねる人が「オークランドの治安はどうですか?」と一括りな聞きかたをするが、そんな時の僕の答えは↓
1・はい、とても素敵な街です。
2・週末は家族が楽しそうに買い物をしてて
3・路上駐車した車は頻繁に車上荒らしに遭って、
4・ビーチでは無料で車を停めることが出来て海水浴を楽しんで
5・普通にスーパーで買い物をして車に戻ったらひったくりに遭ってひき殺されて、
6・週末は友達を呼んでバーベキューを楽しんで
7・自宅に帰ったら知らない人がテレビを持ち出そうとしたりして、
8・夜になると素敵な夜景が見えるレストランで豪華な食事とワインを楽しめて
9・時々はギャング同士の殺し合いがあって、
10・親切なキーウィが見知らぬ人を助け合って、
11・酒屋やドラッグストアでは猟銃を持った強盗がよく現れて、
12・それでいて店員が自己防衛の為にギャングにバットで逆襲すると暴行罪で逮捕されて、
そんな街がオークランドです。と答えるようにしている。
You have to believe me , この街は日本のように皆さん幸せに同じレベルの生活をしているのではないってことを。道路一本隔てて全然治安が変わるってことを。
長くなったので、残りは明日にします。写真はフォートストリートから眺める元メトロポリスホテル。このあたり20年前はいかがわしい通りだったんですが、今ではすっかり小奇麗になってます。
2009年01月15日
クリーニング店募集中!
数日前にクリーニングの記事を書いたら、早速書き込みを頂いた。
以前オークランドで生活をしていた方からで「今もオークランドのクリーニングの質が低いのに驚き」だったそうです。
そうなんです。低いんです。
「NZは天国!」みたいにニュージーランドを手放しで褒める人もいますが、あれは困りものです。
「ココは天国じゃないんだ、かと言って地獄でもない」のです。ただちょっとだけ、日本よりも人に優しいし、人との違いを認めてくれるから、自由に生きたい人には楽しいってこと。
確かに僕はNZを褒めることも多く、日本で生まれ育った人間として日本の問題点が目に付くのでついつい日本にキツメの評価をしますが、現実生活の中では、人に優しいゆるいルールの中でバスが道を間違い、銀行が入金計算を間違い、クリーニング屋さんはシャツのボタンを溶かし、魚市場に行っても海に囲まれた国なのに魚の扱いを知らずに新鮮な魚をわざわざまずくする国なんです。
その方の書き込みで一つ僕的に受けたのは「CafeRikkaという当時オープンしたばかりの和食の店」と言う表現。
この店、てか今では3店舗ありますが、今ではオークランドの和食業界でキーウィに大人気のトップクラスレストランですよ。オーナーシェフでありながら経営感覚がしっかりしてて、サービスと味を同時に提供しています。
そうそう、日本にあってNZにないもの。それはサービスの品質管理なんです。白洋社さんでなくても、NZ進出をお考えいただけないですかね。今のNZなら確実にNo1になれますよ。
今は日本円が強いから、今のうちにNZでクリーニングやってみませんか。私が第一号のお客様になります!日本円はいずれ「すとん」といきますから、今年中の投資をお勧めしますよ、結構まじで。
あ、そうだ、今日はクイーンストリートにある日本食材屋「Made in Nippon」さんに米を買いに行った。
カリフォルニア米の蓬莱米を勧められ、早速1kgを試しに購入。あきたこまちと比べたら香りや甘みがないかな。あっさりとも言える特徴のない味?今晩のおかずは鶏手羽の甘辛煮です。
写真正面の色気も何もない建物は市役所。奥に見える四角い無機質な、上に四角い屋根が載ったような建物が警察。
センス、分かりますよね。
ちなみに両方の間に見える梅色の建物はホテル。名前はランデブー。ケーサツと市役所の間でランデブーですか。
2009年01月11日
あなたがドキドキしたければ。
今年から企業向けコンサルティングを開始するので、このブログでも「こんなのがあれば
いいな」って切り口で、ニュージーランドに「これが欲しいな」ってのを挙げて行く新企画。
オークランドであなたがドキドキ感を味わいたければ・・・
答えは簡単、あなたが一番大事にしている服を街のクリーニングショップに出すことです。
服をクリーニングに出して、これが出来上がるまで3日ほど、間違いなく毎日毎晩ドキドキしますし、3日後に出来上がった服を無事に受け取った時には、「あ〜よかった!」って生まれて初めてだって言うくらいの安心感を味わえます。バンジーより迫力ありますよ。
もう二度と離さないわ、そんな気持ちにさせてくれる町のクリーニング屋。何て素敵なんでしょう。
けど、そうやって戦地から戻ってきた息子を自分の胸に抱ける母親はまだ幸せ。
その隣では、夜7時にクリーニング屋から電話がかかってきて「奥さん、悪いけどあんたの服、ぼろぼろになっちまったぜ、保険で片付けるから現在の時価を教えてよ」だって。
それほどにニュージーランドのクリーニングはひどい。何せどんな失敗でも許す国だ。
無事に出来上がったとしても、まともにアイロンもかかっていない。「これなら自分でやった方が余程まし」といつも思うのだが、出張の回数を考えれば洗濯の時間がなかなか取れず、仕方なく汚れてもよさそうのだけをクリーニングに出してる。
第一、値段が高い。Yシャツ1枚で3ドル50セント、日本感覚で言えば350円である。日本と比較すれば、あり得ん!
だもんで大事なものは日本に出張に行く際にカバンに入れて丸めて持っていく。日本は安くて丁寧で綺麗で、襟元も実にびしっと決めてくれるので本当に安心出来る。
こういう二カ国利用が、これから日本とNZの間で流行るようなら、それこそ日本のクリーニング技術をNZに導入すれば良いのだ。
ぼくは日本でクリーニングに出して綺麗に仕上がった洗濯物を、型崩れしないようにダンボールに入れてオークランドにもって帰る。
どうです皆さん、オークランドに住んでみたいと思いますか(笑)?
かと言ってこれはキーウィに対する悪口ではない。価値観の違いなのだ。
たまたまこういう世界一のサービスを提供出来る国から、アイロンのかかり具合に価値を感じない国に来たから、そこで文句を言うのもおかしな話なのだ。
ただ間違いなく言えることは、彼らも消費者としては間違いなく良いサービスを期待している。ただサービス提供者としては、そんな面倒なことはしたくないってのが本音だ。
彼らはとにかく基本がファーマーで、今でも奥さんがご主人に「お父さん、ちゃんとシャワーした?」と聞くと、ご主人は「ちゃんとしたよ、(小声で“昨日ね”)」となるような国だ。
上下水道設備も整備されてなかった時代を長く過ごしてきた国だから、もしかしたら日本の江戸時代の方が清潔だったかもしれないぞって、結構本気で思ってみたりするけど、アイロンのかかりかたの悪いのが何の問題だ!って言われれば、「はいそうですね・・・」と答えるしかない。
今も、街のクリーニング屋に行くのだけは出来るだけ避けている。けど、この街で生まれ育った人からすればこの街のクリーニングはもっと田舎にある、例えばテ・アロハの街よりもずっと優れているのだろう。
しょせんは比較の問題。たまたまこういうサービスが世界最高の国から来たもんだから不満を感じるのみ。
今日のお題。
どなたかクリーニングの白洋舎さんを紹介してくれませんか?クリーニング店のニュージーランド進出、お手伝いします(笑)。
2009年01月05日
今日も午後スキーに行く

今日も午後スキーに行く。この屋内スキー場は毎日13:00オープンなのだ。
奥さんすべりも随分うまくなってる。スピードが出てきたしパラレルも少しづつだけど型にはまって来た。
もうちょっと練習すればいいぞとか思ってたら、奥さんスキーが終わった後にこにこしながら、「ね、わたし明日は仕事だけど、明後日もスキー行く?」だって。どうもはまったみたいだ。
スキー場はあいも変わらず外国人ファミリーが目立ってて、今日はフランス人家族がいかにも欧州的なスキーウェア(ガンダム系カラフル上下つなぎ)を着て滑ってた。スイス人かもしれないけど、家族で話してた言葉はメルシーって言ってたのでフランス人としよう。
彼らもこちらをアジア人移民家族と思ったのだろう、スキーの途中に「元気いいよね、君のスキー!」って話しかけてきた。ちょっとぎこちないけど普通の会話の速度なので話が引っ掛からない。
「おじさんこそ元気良いですよね、ジャンプ頑張ってますよね」と返そうと思っても、英語には僕の言いたい「おじさん」と言う言い回しがなくて、普通にU2になる。Good Old boy は相手に対する言葉としては使えないしな。
みかけ60歳手前のおじさんだから敬意を表して「体堅いのに、よくキーウィの若者に混じってジャンプしてますよね」とは言わなかった。
彼らにとっては年齢は関係ないのだろう、けど西洋人の特徴かな、いくつになっても心が若い。
失敗を恐れずに常に挑戦していく気持ちって素晴らしい。
そして心が若いってのか、いつも自分だけを見て生きてるから、他人からどう見られようが関係ないのも日本との大きな違いかな。
日本のファッション雑誌が「今年の流行はこれ!」って決めたら皆がそれと全く同じ行動を取る日本では考えられないよね。
日本人が失敗を恐れるのは、学校で「失敗するな」と習い、親の背中を見て失敗したら世間で二度と生きていけなくなることを知っているからだ。けど誰が失敗を許さない社会にしたんだ?なぜそんな社会にしたんだ?
答えは簡単、その方が国民を統治しやすいからだ。
限られた一部の人間が国と国民を支配しやすいように「失敗は悪」=「何もしないのが一番」と言う考え方を子供の頃から脳みそに刷り付けたから、洗脳されたほうは自分が何も気づかないままに時には国家の手先として国家の意思に反する者をマスコミで叩き、時には国家の奴隷として自殺するまで納税する。
そんな洗脳状態を気づかせようとした学者は、皆潰される。
適当にガス抜きをする学者だけが国家によって生存を許される。時にはテレビにでも出れて「わお、うれしいな!」となる。
ニュージーランドはちっちゃな国だけど、少なくとも国民の意思がきちんと政治に反映されているし、いわゆる日本のような固定的支配層はいない。
もちろん白人上位という意味では固定的支配層だが、ニュージーランドではアジア人も政治家になれるし閣僚にもなれる。日本で外人が閣僚になれるか?
スキー場でいろんな国の家族が楽しむ姿を見ながら、そんな事を思った。
2009年01月04日
さらばNHK
去年12月上旬にNHKの受信契約を取り消した。
日本ではないのでテレビがあるからと言うだけで受信料を払う必要はない。
番組は海外で生活をする人向けに作ってる内容で、要するに見たければ金を払う有料テレビ番組なのだ。
考えて見ればNHKは一週間で2時間程度しか見てないし、それもニュース関連と政治討論番組だけなので、これならインターネットで情報は取れる。
受信料が月50ドル以上かかるのを考えれば、あまり価値はない。大河番組も日本にいる頃からすっかり興味がなくなっていた。
「もみの木は残った」などの本格的な歴史ドラマであれば一年付き合うが、歴史ドラマに見せかけたバラエティ番組に一年も付き合えるほど暇ではない。
大体これって有料番組だよね?
お金を払ってみてる視聴者に、日本でやってる「ちゃーんちゃらっちゃっちゃん!」ってピアノで体操をする人を見せてお金を貰うつもりか?????
何で海外で受信するNHK番組に何で「体操の時間」があるの????ピアノのリズムに乗せて健康体操????あれを観た外国人は日本人をどう思うのだろう?
視聴者をなめきってないか?
他にも、殆どの番組は観るに耐えないレベルである。
いよいよ日本の経済界でもあまりに低俗な番組に対して批判が出た。
だいいち本当にテレビ広告が売上に貢献しているのか?そんな疑問が公に出てくるようになった。
翻って質の高いニュースを見たければBBCもあるし、米国に偏った記事を見たければCNNで良いし、バランスの良い記事を読みたければ有名どころの個人ブログを読めば色んな情報や視点が入手できる。
子供に日本語を教えたければいくらでも教材はある。NHKである必要は、全くない。
紅白歌合戦は昔から見ていない。興味もないし正月にNHKが見られる場所には殆どいなかったからだ。
昭和の一時代は、全国民と歌手の接点がNHKであり、そこにおいて媒体としての意味が存在した。皆が集まりお祭りをやって一年を締めくくる、とても良い企画だったと思う。
けど媒体としての意味がなくなり、コンテンツだけならインターネットで購入したほうが良いような時代に紅白の意義はどこにあるのだろう?
結局今までやってきたからこれからもやります、続ける理由はそれしかないではないか。やめたいけど、やめても何をやっていいか分からないからずるずると続けてる、不幸な結婚のようなものだ。
僕にとっては今年後半から出張中のホテルでもテレビを見なくなったので、いよいよ「さようならテレビ、こんにちはインターネット」になった。
ついでに言えば、グーグルでニュースを観てたら、去年の民放で発表されたレコード大将は「Exile」というバンドが獲得したとのこと。
Exile?あの下手くそ?
いやいや、勿論僕よりは歌はうまいのだろうが、しかしプロとして金を貰ったり人に聴いてもらうレベルではないよね。デビュー当時に何度か聴いて、その度に思わず耳を押えた。ふ〜、よかった、まだ耳が付いてる、もげてない。
レコード大将は一応日本で一番人気のあった歌手やバンドに与える賞かと思ってたけど、どういうこっちゃ。
一体何が起こったんだ?不思議に思ってYoutubeで受賞曲を聴いてみる。
うわ!やっぱり耳がもげるかと思ったぞ。
やっぱ超下手じゃん。歌手の周りで黒服が盆踊りをやってるが、あれ、どっかのキャバクラで仕込んだおっさん向けの一発芸か?歌とは関係ないよね。
盆踊りの青年団連中に囲まれてやぐらに乗っかったような顔で坊主頭に剃りこみいれてサングラスに「ふかふか襟」つけて歌ってるのは、あれは“Unknown羞恥心”と言うグループでしたっけ?と聞きたくなるくらいだ。
他にもっとうまい歌手がごろごろしているけど、なるほど、どうやら一番人気と実力は関係ないんだな。
要するに世の中でCDを買う人という限定された市場で一番たくさんCDが売れれば、それがレコード大将なんですな。
しかし、こんなに下手でもいいのでスカイと思い、もちょっと調べて見ると、どうやら今年のレコード大将は販売枚数とか実力に関係なく、何を歌おうと最初から決まってたようですね。
http://www.cyzo.com/2008/12/post_1349.html
まあ芸能界ですから何でもありでしょうし、いちいち気にする必要もない。剃りこみいれたチンピラがウーウーと唸ってお金がもらえるのは、まともな社会に適応出来ない、声も出せない盆踊り青年団を救うための民間型社会保障なのかもしれないしね。
ただ、こんなゴミ音楽を年末に電波で流すことで自己の地位を低下させている民放テレビ局も、もう将来がないよね。
現状に不満を持っているテレビ局の人々もたくさんいるんだと思う。
良心的な番組を作ろうとしている人々もいる。
民放のビジネスモデルは良い作品をスポンサーに買ってもらいそれを放映することでスポンサーのイメージアップに繋がるという事だった。
ところが今テレビを見る人の多くは、そのような良質な番組は期待していないようだ。現実の痛みを忘れさせ、視聴者に迎合して視聴者を褒めてくれて、お笑い芸人が出て笑える番組が欲しいのだ。
その意味で今の民放は実に見事に視聴者の要求する番組を流している。その結果として内容が低下したのだから、必然とでも言うべきか。
下らなければ下らないほど喜ぶ視聴者がいる以上、これはもうタコ消費者がタコテレビを食っているようなもので、お互いに自滅していくしかないんだろう。
年末の記事では、いよいよ民放がキー局も含めて赤字になったとの事。
テレビ局はいよいよ土管商売としてコンテンツと視聴者を繋ぐだけのインフラになるしかない。つまり番組は制作会社が作って有料番組として視聴者に提供する。視聴者は興味がなければ買わない、Pay Per Viewに変化していくしかない。
しかしまあ、ぼくのような外国に住む人間が日本国内で「おらが村の盆踊りレコード大将」を見ながらコタツでみかん食ってる人々を批判する立場にはいない。
僕が出来ることは、テレビのスイッチを切ることだけだ。
2009年01月03日
去年の今頃
ふと気づいて、去年の今頃は何してたかなとブログを読み返す。
さすがウェブ版日記は便利ですな、去年の今頃はゴールドコーストとシドニーにいたことを思い出す。
その時のブログを読み返すと、おお、あれからもう一年経ったのかって感じになる。
特にこの正月旅行では、
ゴールドコーストで泊まった時に会ったニュージーランドの田舎出身の女の子との会話、
シドニーのバーでバーテンダーをやってたウェールズ出身の男の子との会話がとても印象深かった。
両方とも英国圏内での移動だから、ある意味北海道から東京へ、仙台から沖縄へ、みたいな感じだったな。
けど、肌の色が違う日本人が彼らと同じように新しい環境にぎこちないながらも溶け込めるはずもないし、何もせずに受け入れられるハズもない。
そんな事を書いてたな。
一年経った今もその考えは変わらない。自分が相手に感謝の気持ちを持って「軒を借りる」、それくらいの気持ちでないと移住に限らずどんな事でもうまくいくわけがない。
相手の母屋に入り込むのは子供の世代だ、それくらいの気持ちで構えれば楽しく過ごせる。
去年の1月ってのはオーストラリアの資源景気が盛り上がっていて、シドニーのインターコンチネンタルホテルの最上階のバーは毎晩順番待ちくらいに賑やかだった。
そう言えば最近シドニーに行ってないな。そろそろ定点調査に出なければ。
そんな事を考えながら家族でアルバニーショッピングセンターに出かける。新年初売りというわけだろうが、いろんなものが割引をやってて、家族は大はしゃぎ。
たった10分程度の道のりなんだけど、途中で大雨が降ってかんかん照りになって曇り空が広がって、いかにもNZってな天気。
アルバニーショッピングセンターではその広大な駐車場でさえ入ってくる車を受け入れる場所もなく、駐車難民がぐるぐると駐車場を回っていた。
ブログを見るとあれれ、実は去年もオーストラリアから帰ってすぐここに買い物に来ている。偶然ですな〜。
人の出入りは去年より多い気がする。今までは来なかったような人たちも来てる気がする。これは統計ではなく感覚なので学者さんのような説明は出来ないが、あれれ、もしかして去年より今年の方がニュージーランドは景気が良いのではないかと感じる。
去年も行ったお店JB HI−FIで今年はサラ・ボーンとエラ・フィッツジェラルド、それにセロニアス・モンクの古いCDを買う。出来ればヘレン・メリルを買いたかったが見つからず。
早速PCに落とせば、あとはいつでも聴ける状態だ。僕の場合音の良し悪しはよく分からないし、自宅で子供がきゃーきゃー騒いでる合間の一瞬に聴くだけなので贅沢なオーディオルームも必要ない。
パソコンにスピーカー取り付けて、ヘッドフォン装着して、よっしゃこれでOK。
さって、今日までが僕にとってのお休みだ。ゆっくり音楽を聴いて、今晩は久しぶりにチャールトンヘストンの「十戒」を見る予定。
明日からは仕事に取り掛かる。今年のグランドデザインは大体出来上がったから、後はどんどん詰めていくだけだ。
2008年12月23日
世界の宮崎
お客様の同行でANZ銀行に行く。お客様を交えて本店のプライベートバンカー(俺は100万ドル以下はやんないよ⇒勿論名刺には書いてないけど顔に書いてる)と言う肩書きの付いたマネージャーに、ニュージーランド経済の今後の見通しを聞く。
2009年も金利は1%前後は下降するだろう。持ち直すのは2009年9月以降で、2010年くらいからやっと本格的に回復の見通しとの事。
勿論彼は神様ではないからその読みが当たるかどうかは分からない。ただまあ普通に常識的に現状を見れば、そしてこれ以上大きなトラブルが起こらなければというのが前提である。
これでオバマが暗殺されるとか日本以外で大きな問題が起こったら更なる円高になるだろうし、反対に日本で大震災が起こって首都機能が麻痺するとかなったら、今の円独歩高がひっくり返るだろう。
要するに、明日の事は誰も分からないというのが明白な事実。
ただ、今まで世界が恐慌になったり世の中が引っくり返るような崩壊に陥った時でも、誰でも絶対に必要な物がある。
それは食料だ。
この国は退屈で面白くなくて麻雀もカラオケもパチンコもない、日本で言えば宮崎みたいな田舎だけど、実は宮崎と同じで食うものだけはたくさんある。
実は1929年の世界大恐慌の際もニュージーランドは近代化政策で成功した農業と取り扱いを一元化する公社を作る事でニュージーランド経済を守った経緯がある。
元々この国は羊毛のイメージが強いが、1800年代半ばは実際に羊毛を英国に送り、英国の紡織工場で商品化して世界で販売していた。
ところが羊毛を刈り取った後の羊は用途がなく当時のニュージーランドでは羊の数が多すぎて、羊毛を飼って4年もすると廃棄処分、つまり犬や猫に食わせる餌にしかならなかった。
それが1800年代後半に鉄道網が整備されて同時に冷凍輸送船が発明されることで、ニュージーランドで飼育した牛や豚、羊の肉が冷凍されて英国に送られるようになった。
それまで廃棄していた食物が冷凍船のおかげで英国で販売出来る様になり、これがニュージーランドを英国の食料庫とまで言わせるようになった起源である。
そしてウィリアムマッセイの時代には農業近代化研究所が北半球のあらゆるところから農産物を集めて、どれが一番ニュージーランドに合うかを調査した。
例えば日本の梨や桜はニュージーランドでも有名だけど、これはこの時代に日本から送られたものだ。最も有名なのはキーウィフルーツである。原産地中国、けど今はニュージーランドを代表する輸出用食物である。
そうこうするうちに世界中の商社がニュージーランドから食料を買い付けるようになった。特に北半球の冬、端境期に輸入する野菜など。
ところが買い付け業者が農家を各戸撃破で値段叩きする、そのうちに大恐慌が発生した。そこでNZ政府は農家の食料をすべて公社で買い付けて、これを海外の業者に卸すシステムを作った。
このおかげでニュージーランドは価格競争から回避でき、同時に世界中誰でも食べるものは必要なので食料輸出国として何とか大恐慌からも免れることが出来た。
その後も食料はニュージーランドにとって最も重要なビジネスであり食料自給率は300%、輸出の半分は農業関連商品である。
大雑把に言うと上記だけど本当はもっといろんな要素がある。ただ言えるのは本格的な不況になった時に何よりも強いのは、食い物を持っていることだ。
人は最後は食い物が必要なのだ。その食い物を北半球の端境期に輸送していたニュージーランドは英国と言う大きな市場を食料で支えて生き残った。これだけは値切るわけにはいかない。人は食わねば死ぬのだ。
不況になれば農業が強いのは日本の戦後すぐの食糧危機を学べば分かる。都内に食うものがなくなった時、資産家の妻は高級和服を持って田舎の農家に行き米と替えた。
そう、ヴィトンのカバンの皮は食えないのだ。
戦後すぐの本を読めば、必ず買出しの場面に出会う。東京では食うものがなくても宮崎に行けばお米と新鮮な鶏肉が食えたのだ。
今回の金融危機はやっと金融の第一幕が終わったところで、これから第二幕である実需の冷え込みが発生する。
この第二幕では製品が売れなくなるという現象が発生する。車もカメラも買い控えるようになる。そうなると車会社は車を作らず、回りまわってオーストラリアの鉄鉱石の値段が下がっていく。
ニュージーランドの景気が2007年前半のようになるには、あと1年は必要だろう。けど、どこよりも早く立ち直るだろう。だって、元々実体経済は痛んでないんだから。
まあ、ニュージーランドにいればとりあえず食いっぱぐれはなさそうだ。
2008年12月22日
WINS

日本でいうところのハローワークは、ニュージーランドでは
WINS Work and Income NewZealand である。
国民の福利厚生や失業者の仕事斡旋とかいろんな事をやっている。
12月21日の記事によると、免停中に車を運転していたギャングリーダーの妻がクライストチャーチの警察に捕まった際に2007年生クライスラーサロンという高級車が28日間没収された。
現場に残された車を没収用の駐車場に持っていくレッカー費用、28日間の駐車費用は、全額がWINSによって支払われた。
なお去年このギャングの自宅が放火され全焼した際もWINSはこのギャング家族のために一晩240ドルのホテルの部屋を10泊予約、支払いをした。
???
この国では誰でも生きる権利があるんだ!
てか、こんな事やってたら日本でしのぎを稼げない暴力団員が組単位で移住してくるんではないか?
今回の件は政府も「ちょいと行き過ぎでは?」と調査をするかもしれない、程度。
それで委員会?!!
WINSの広報では「誰でも困ったら助けるのが僕らの仕事」だってさ、でもって何故か南島の労働組合の幹部も「誰でも生きる権利があるんだ」だって言ってた。
おいおい!よく考えてくれ。2007年製のクライスラー買ったんでしょ、それで金がないってか?じゃあガソリンどう調達してるんだよ。放火って、そりゃ犯罪でしょ。やった方もやられたほうも事件性について取調べをしなかったのか?
そういえばクライストチャーチでは最近ニューヨークから移住してきた黒人女性が白昼の住宅街で6人組グループに囲まれて人種差別発言をされたそうだ。
これ以外にもシティ中心部で昼間からぶらぶらして周囲にいる連中を脅かそうとしているスキンヘッドも見かけたな。昼間からシティのど真ん中でギャングと警察がつかみ合いの喧嘩やってるんだからね。
努力しない人や他人にぶら下がって生きてる人や肌の色が違うだけでひまつぶしにからかうような連中が普通に市民権を持って生活していれば、まともに働くのが馬鹿らしくなる。
そうすれば誰も働かなくなるから、そんな社会はいつかは行き詰る。平等を追求した結果として不平等を招いてしまう、悪い意味での社会主義がクライストチャーチにはまだ残っているのではないか。
2008年12月09日
英語は翻訳ではない
今日も池田ブログを読んでて興味深い記事あり。
「日本語が亡びるとき」という本に対する書評で、彼の意見としては「日本語は現地語であり世界標準では最初からない」と言うこと。
これは当然の話であり、世界で使われている標準語は時代によって変化しており現在は英語だけど、だからと言って日本人が日本語を使わなくなることはなく日本語が亡んだことは一度もない。
まあそういう論旨はとても面白いんだけど、もっと面白かったのはコメント。その中で流れがいつの間にか「日本で生まれて日本で育ち日本で仕事をしている人」対「実際に海外に住んで海外を居住地としている日本人」とのやり取り。
その中で「在日日本人」は英語は翻訳だと言う。つまり日本語がしっかりしてなければ英語なんて出来るわけないから、まずは日本語をしっかり身に付けろと。
これはいかにも論理的。
これに対して「在外日本人」は、翻訳と言う部分については、「そりゃ違う。頭の中で日本語で考えて、それを英語にしてたら堅くて使えない」と言ってた。これ、わかるんだよね。
そして日本語が大事だと言う意見はよく分かるけど、だから英語は後でよいという考え方は、正解でもあり間違いでもある。という部分。
この意見は本当に英語圏で生きてきたから出てくる言葉だなと思った。
僕の自宅では3ヶ国語が日常飛び回っており、時にはそこに北京語が入り込むわけで、だから会話をする時は翻訳ではないというのが良く分かる。
英語力ってのは移住をする際の大きな要素だから説明会でも個人面談でも常にそのことは話すけど、その英語のレベルと上の人たちが話している英語の話は全く違う。
最初は誰でも日本語で組み立てた文章を英語にするし、それしかないしそれで良いんだけど、本格的に現地で生活をして仕事として英語を使うようになれば、そのレベルでは正直言って間に合わない。
会話の中で時には冗談も言い、時には辛らつな意見も言い、間合いの取り方、そんなのをやっていると、勿論日本語のベースがあるにしても、やっぱり英語の会話をする時は最初から英語で考えていかないと、会話は成立しない。
少なくとも、楽しい会話、継続できる会話にはならない。要するにコミュニケーションツールなのに相手が話をしたくなくなるのだ。
これは発音の問題ではない。論理構成の問題。発音は、正直言って日本の公立学校で日本人の先生から英語を最初に学んだ世代の人は、こりゃもうご愁傷様としか言いようがない。勿論僕もそうだ。発音は、悲しいほどにどうしようもならない。
けど論理構成は、これはどこかの文化の中でしっかり見につけるべきだってのは良く分かる。だから在外日本人が二番目に言ってる「正解でもあり間違いでもある」と言う意見になる。
うちの場合、みゆきの文化の基本は香港広東語でりょうまくんの場合はニュージーランド英語だ。つまり何かの文化を理解してれば、そこにいくつ言葉を乗せても良いけど、文化がなければ悲惨なことになる。
要するに問題は根無し草にするなと言う点。どこの国の文化をベースにするにせよ、一番悪いのは中途半端に子供を放置して海外に追いやったりする親である。
実際にニュージーランドには全く文化の基礎を持ってない日本人の子供をよく見かける。中学生くらいでNZに来たのかな、とにかく日本文化の基礎もなければ英語文化の基礎もないまま、それを誰にも指摘されずに体だけ大きくなるから、もうこれはどうしようもない事になる。
じゃあどこの国の文化でもよいのかという問題になるが、大雑把に言えばYES。
けど、僕は東アジア、それも中国か日本の上質の文化が、多分世界で一番良いと思ってるから体験的にはNO。
だから最初の話に戻るけど、英語の早期教育は不要って話になると、体験者の経験から言えばYESでもありNOでもなってしまうのだ。
けど正直言えば、英語程度の言語と日本語を二つ同時に学ぶのは子供にとってはそれほど難しいものではないですよ。学べない大人のレベルで議論するから二者択一みたいなおかしな話になるのではないかと思います。
2008年12月08日
何としてでも生き残る

今日は説明会。またも定員オーバーでお客様に窮屈な思いをさせてしまい、申し訳なし。
説明会に参加いただく人数が年間240名で、年間にニュージーランドに渡航する日本人が1200人。メールでの移住問い合わせは年間で600名程度。
説明会に来ていただきその後連絡がない方で、偶然クライストチャーチで会った人もいる。この人は説明会を聞いてもらい自力で渡航した方だ。
内田樹の研究室でとても興味深い言葉が二つあった。
「合理的に生き延びる技術」と「何が何でも生き残る技術」は別物。
これは実によく分かる。多くの人には意味不明だろうけど「おお、自分を死の縁に晒したこともないのに良く分かる、さすが学者。それとも合気道の師匠として学んだのか?」と、彼の事を見直した。
そうなんです。合理的に生き延びようとする人は結局生き残れません。何故なら最悪の事態を予想せずにできるだけたくさんのものを自分のポケットに残して置こう、そう甘いところでモノを考えるから、今ポケットにあるものの優先順位が分からない。
何が何でもってのは、本当に常に最悪の状態を予測しながらその中でどうすれば良いかと考えること。だから幸せの真っ最中でも常に頭の中に優先順位を付けておいて、今何かが起こったらどれを最初に棄てるかを決めてる。だから決断が早い。
もひとつあったのは、これ。
自分が失ったものの数を並べ立てて相手に対して「どうしてくれるんだ!」と怒る人。
自分にまだ残っているものの数を数えて、それを元手にどう復活しようかと考える人。
生き残れるのはどっち?
これもそうだ。他人に対してどうこう言うのは、他人に頼ってる証拠。現状をしっかり見つめて自分で答を出そうとする人間だけが生き残れる。
今日は説明会。いろんな方とお話しました。いろんな人生ありますね。
2008年12月06日
日通旅行
僕は1991年から1996年、つまり中国返還の前年まで香港に住んでた。
でもって知る人ぞ知るだけど僕の奥さんが香港人なので香港に移住するとすぐに永住権がもらえて、どこの会社でも就職出来る状況だった。
けど香港での生活は全く知り合いおらず何もしらないし、大体あの頃はまだインターネットも発達してなくて、就職情報の入手方法がなかった。
そんな時に飛び込みで旅行会社で面接を受けたのだが、最初が郵船航空。その次が日通旅行。当時の郵船航空は香港にあるアウトバウンド日系旅行会社(約10社)の中でトップクラスだった。
郵船では担当者から「来週からでも営業の仕事をお願いします。給料は香港ドル1万ドル以上です」と言われた。
日通では「うちみたいなところで良いんですか?給料も7千ドルしか出せませんよ」と言われた。
日通は当時の日系旅行会社で一番ドンケツだったし、旅行部と言っても5人くらいしかいない。そこに日本から送り込まれた社長と部長がいるんだから、かなり頭でっかちの利益が出ない仕組みになっていた。
でも何故かその当時に面接してくれた部長が、話の合間に見せる彼の人柄ってか、「あ、この人は旅行の事が分かってるし組織の事をよく知ってる」と思い、日通で雇ってもらうことにした。
1991年当時は香港が好景気で、日本のバブル不況はどこ吹く風って感じで、特に僕が担当したアウトバウンド部門はそれまでのやり方をひっくり返して(今ではどこでも当然なのだけど当時は珍しかった)顧客視点での営業を行う事で、翌年には日系でトップにもっていき、スタッフも12名まで増えた。
その時にずっと僕の背中を守ってくれたのが当時の部長だ。3年くらいで部長は任期が終わり日本に戻ったが、その頃には僕は独り立ちしていたので、自分で背中を守れるようになってた。
1996年、香港返還の前年に奥さんから「早くニュージーランドに戻らないと、いくらNZの永住権があったって香港を出国出来なくなるかもしれない」と本気で心配されて、せっかく住み慣れた香港を後にしたのが1996年10月。
おいおい、ただでさえ香港に落下傘移住だったのに、次はオークランドに落下傘移住かよと思ったが、まあ勝ち目のない喧嘩をしないだけの智恵があったので、黙ってオークランドに引っ越した。
それからの香港は一気に景気が冷え込み、それまでの「わが世の春」が一気に「真冬」に突入した。知り合いもどんどん首を切られて、日通旅行と言うよりも旅行業界全体に構造的崩壊がやってきたのが丁度その頃だった。
それから僕はオークランドで今の会社を作るのに一生懸命で、けど運の良いことに何とか軌道に乗せて現在に至るのだけど、ついさっき何気なしに日通旅行を検索してみたら、何と日本の日通旅行、ほぼ完璧に崩壊ではないですか。
LOOKWORLDは廃止され、地方支店は閉鎖された。
その中で「え?香港はどうなってるんだ?」と思って調べてみたら、何とここ、思いっきり業態変換して生き残っているではないか。
けど、担当者の名前を見ると、フランシス?キット?君ら、元々インバウンドのスタッフじゃんか?どういうことよ?
そうか、日本から日通旅行のツアーが出なくなったから、それまで受け入れをしていたインバウンド部門が思いっきり縮小になって、そこであぶれた人員がアウトバウンドに流れたんだな。
うわあ、ほんと、時代の変化は凄いな。1980年代までは海外と言えば日通だった。それがここまで・・・。感慨。
けど、何よりもうれしかったのは、ペリカンネットと言うアウトバウンドのシステムを導入することで生き残りを図っているということだ。
このあたりは業界話なので分かりにくいかもしれないけど、昔はインバウンドの方が圧倒的に強くてアウトは鬼っこみたいな位置付けで、海外のどこの支店でも傍流だった。仕入れはすべてインバウンドが優先して、こっちはそこから買わなくちゃいけない。
直仕入れをするなり共同仕入れをするなりして合理的にやれば良いものを、面子や肩書きでやるから、当時からかなり頭に来て何かあればインバウンドの連中と喧嘩したもんだ。
それが今の時代になってインバウンドが崩壊してアウトバウンドによってかろうじて海外支店が生き残ってる現状。
実は今、ニュージーランドでも同じような動きが起こっている。インバウンドが崩壊し始めているのだ。ところが彼らは自分のノウハウを利用した業態転換を考えておらず、もう少し待てばツアー客が帰ってくるだろうと、まるでバブルが崩壊した後の証券会社みたいなことを言ってる。
もうムリだ、早く業態転換しろ。いくら言っても聞かない連中。
天下の日通旅行でさえつぶれた。ニュージーランドのインバウンドが今のままで生き残れると思っているのか?
変化を忘れたとき、変化出来なくなったとき、それが終わりの始まりなんだ。
2008年12月05日
STARKS
ついでにもう一枚。
アオテア広場の入り口にある移動屋台のカフェです。
こういうのをやりたいってお客様がよくいます。
最初は固定店舗だとコストがかかるから、試しに屋台で商売したいってことですね。
何故か実際に始めた人がいないのはどういう事かな?途中まで話がいくんですけどね。
どうも屋台を選ぶ人はリスク回避を狙っているわけで、そんな事を考えたらニュージーランドに行くこと自体が大きなリスクだってのに気づくのでしょう。
そう。移住はすんごい大きなリスクなんですよ。キーウィが幸せに過ごしているからって、移住したばかりの人が同じ生活を出来るわけもない。
恵まれた社会保障、相続税がない、生まれたときからスタート地点が違うわけで、それでいながらキーウィ並みのものを今すぐに欲しいといっても、それはどうなんかなと思うわけです。
2008年12月03日
夏 アオテア広場にて
毎日夏と冬が交互に天気だったのが、やっと先週あたりから落ち着いてきた。
このアオテア広場はクイーンストリートの上の方になるけど、昼休みともなるとあちこちからキーウィがテイクアウェイをぱくついてる。
この写真はいかにも人の良さそうなキーウィおじさん。ネクタイを外して(最初からしてない?)サンドイッチをぱくついてました。
かと思うと、ハーレム状態で食事(喫茶か?)をしてるビジネスマンがいたり。
けどこの頃、いろんな人たちが外に出てきていかにも夏の太陽がうれしい!って感じで日光浴を楽しんでます。
毎日が日曜日みたいなキーウィビジネスマンですが、やってる本人は至って真面目だし、今回の金融危機には真剣に、、、う〜ん、あまり実感がないな。
NZdaisukiの書き込みを見ると、ニュージーランドでの生活に適応出来ない人、なかなか給料が上がらない人、誰かに騙された!みたいなことを書く人、いろいろいます。
けど、皆さん移民一世ですよね?安定した生活を求めるのは、まだ早いのでは?
僕は少なくとも、僕の世代はこの国では外様と思って毎日生活しているので、この国の為に一生懸命働くのは当然だと思ってる。少々大変なことがあっても「そんなもんでしょ」と思ってる。
一番最後に来たよそ者が少々不公平に扱われたからって、いちいち金切り声を上げて「平等!」とか「公平!」とかを匿名で書き込んで、それでどうしようと言うのだろう?
なので、実際には僕も同じような思いをしているんだけどあまり苦痛を感じないだけなのかもしれない。けど、その方が楽しく生きることが出来るから、それでいいんじゃないかなと思ったりする。
2008年12月02日
絶対安全??
昨日はインターネットで未来を考えた。今日も似たようなネタ。
けど僕が毎日現場でやっている作業はかなり生々しいものが多く、間違ってもブログで書けるものではない。それも、いついつならほとぼりも冷めて、という手合いのものではない。
それこそケースによっては、そのまま墓場までと言うのもある。現在進行中の取引は間違いなく一切表に出せない。
そんな中でも、たまには一般論として書けるケースがある。
なので、移住をしようと考えている人へいくらか精神論になるけど手助けをしてみると。
「絶対安全とか絶対安心ということばは世界中のどこにも存在しない。存在しないものを存在するように扱うからムリが出てくる」
という事。
日本では「絶対大丈夫ですか?」と言うと、その言葉が独り歩きをする。だから安全と安心の区別がつかずに、人生で一切のリスクを取ろうとしない他人任せの人になってしまうんだけど、その結果として多くの無駄が生まれてしまい、肝心の「生きる喜び」を失ってしまうことになる。
けど、道を歩いてたら交通事故に遭うかもしれない。香港の下町を歩いてたらアパートのエアコンが落ちてくるかもしれない。てか、香港では台風の後にエアコンが落ちることがよくある。
だから冷静に考えれば「絶対安全」なんてあるわけないのに無責任な消費者の言いぶんが「絶対安全」だからと言うだけの理由で思いっきり金をかけて安全神話を作ろうとする。その結果費用が高くついたら今度は消費者、「何故こんなに高いのだ!」と文句を言う。
これを日本国内でやる分には良いのだけど、ニュージーランドに移住しようとするなら、「絶対」なんて言葉は存在しないし、それを認める気持ちがなければ日本から出ないことだ。
世の中の殆どすべてのものは「相対」であり、生きてくことは常に一定のリスクを抱えるってことであり、そのリスクを他人任せにしてゼロにすることは不可能。もし出来ると思ってるんなら、それは大いなる誤解。
人生においては大体思わぬようなことが起こる。今まで一度も思わぬような事が起こったことがない人、次の波はでかいですぜ。
人生は例えて言えば大きな川を下っていくゴムボートのようなもんだ。努力をすれば川の流れの緩いところにボートを寄せることは出来る。
けど川の流れを遡って上流に行ったりとか、一つの場所でずっと止まっておくなんてことは不可能。
最後は海、つまり死に向かって進んでいくしかない。
その川では途中にワニが出たりピラニアがいたり、時には椰子の実が流れて喉を潤してくれたりするけど、基本的にはハードワーク。毎日一生懸命やるしかないし手抜きは出来ない。
そんな人生で何か一つ、絶対にこれだけは間違いないなんてものを下手に持つと、大体失敗する。特に安全なんてものを追い求めれば、確実に失敗する。そして何かあったら他人のせいにすることで問題から逃げようとする人は、確実に大失敗して、人生すべてにおいて惨めになることは請け合いだ。
あ!一つだけあった。絶対に間違いない事があった。それは絶対に間違いないなんてことはないってこと。皮肉ですな。
もし一つだけ「比較的」に安全を求めよう、てか、何かあっても大丈夫なようにしようと思えば、やれることはある。自分が強くなることだ。何があっても自己責任、毎日自分を磨くことだろう。
その中でも失敗はあるだろうけど、自分で問題を解決する技術を身につければ、ゲームの主人公のようにdandan持ち点数が増えてきて、魔王と戦って勝てるようになる。
それ以前に大魔王が来たら?その時は運がなかったと言って諦めるしかない。けど、だからと言って何もしないよりは、「その日のために」毎日訓練をしておくほうがましだよね。
とにかく人生って何が起こるかわからない。その日の為に心の訓練しましょうぜ。
写真はクイーンズタウンのラフティング。時々死者が出るスポーツです。ここでは誰も「絶対安全」なんて言いません。出来るだけ安全になるように「努力する」のです。
2008年10月17日
オーストラリアに移住して2年経つ方へ
大変申し訳ないのですが、この場をお借りして説明します。
ニュージーランドにおける農業は基幹産業であり、外国からヤバイ植物や生物が入ってこないように検疫を厳しくしています。
農業は1920年代からの世界大恐慌を生き残る為の大事な産業でした。農業をニュージーランドの基幹産業として近代化させたのは当時の首相であるウィリアム・マッセイで、彼の貢献のおかげで今もニュージーランドは世界の食料庫となっています。
例えば豪州が鉄鉱石やウランを輸出してお金を稼いだとしても、人間が生きていく一番基本的な要素としては、衣食住です。ウランは食えません。
その意味でニュージーランドは食料資源大国と言えます。人口4百万人のちっちゃな国ですが、立派に自活できる国だと思います。
ただ問題は、そういう基幹産業なだけに、食料品の生産、流通、輸出とも、すでにがちがちにルートが決められていることでしょう。
また、例えば和牛を飼育するとか切花を輸出するとかいろんな案がありますが、結局誰に売るのか、そのルートをどうやって定期的に確保するのかってのが大きな問題になります。
日本に売れば良いのですが、実際問題としてニュージーランドではワインも食料も、そんなに大量に安定して送れる市場ではありません。
だから、かなりニッチなビジネスとしてほんの一部の理解ある最終消費者へ提供するビジネスならいけるのですが、マス=大量販売=安定供給=でも飽きたらポイ捨てね、フィリピンのナタデココさようなら、農家の皆さん首をくくってねという世界では、ニュージーランドは影響力はありません。
あくまでもニュージーランドのビジネスは、皆が利益を得ると言うことを前提にしています。
だから農業をやるにしても、誰(かなり細かいセグメントが必要、例えば成城石井恵比寿店にしか売らないとか)に対して何(例えば端境期の野菜だけとか)を売るのかという明確な目的を持ち、さあそれがビジネスとして成立するのかって考える必要があります。
ただ、農業は夢だけでは出来ません。どんなビジネスモデルを作るか、それが一番大事です。
どんなに美味しい野菜を作っても、利益が出なければ翌年は止めるしかありません。
本当はもっと細かいことを説明したいのですが、あなたのメールアドレスを失ってしまいました、申し訳ないです。
もしこれを読んで、「あ、これ俺向けのメッセージだ、返事ないのがおかしいな」と思ってたら、大変申し訳ないのですが、もう一度メールください。
2008年09月13日
黒い革靴
やっと黒い皮靴を買った。
今まで持ってた靴はすべて茶色とか赤っぽいのばかりで、服もそれに合ったジーンズとか茶系だったんで良かったのだが、最近はちょいと色気付き始めて、紺色の服も着るようになった。
そうなると茶色の靴はあまり色が合わない。おまけにネクタイもするようになったので、ますます黒い靴が欲しくなった。
休日を利用してオークランドのショッピングセンターを数軒回るけど、どこも気に入った靴がない。こっちではビジネスマンさえも運動靴みたいな黒靴を履くし、おまけにそれが輸入品なので、品質の割りに値段が高い。
シティの靴専門店にも行くが、どれもこれも5回くらい履いたらつぶれそうなのばかり。
もう、この国のモノの無さには呆れるほどだが、特に男性用のきちんとしたものは期待をしていなくても必ずそれを下回る失望感を与えてくれるのだから、ある意味すごい。
今回の日本出張で恵比寿での仕事の合間に新宿伊勢丹に足を伸ばして、やっと靴を見つけた。伊勢丹MENSは、デパートの売り場が基本的に女性を中心に作られているのに対して、ここは男性専門店になっていて、商品もよく揃っている。
何よりも(当然の話だけど)サービスが良い。かゆいところに手が届く、そういうサービスは日本人が一番得意とする部分だろう。
まずは黒い靴を選び、それに合わせてベルトと靴下を買う。どこの店でもこちらの希望を聞いて一生懸命商品を探してくれて、商品ごとの違いとか説明してくれる。きちんと包んで渡してくれる。
「お支払いは一回でございますか?」
一回以外で出来るもんならやってみろ、海外のカードは基本的にリボなのだ、なんて皮肉を言う気にならないほどサービスが良い。
よっしゃ、これで大丈夫、黒が揃った。そうなると、少し気持ちが楽になる。
これほどにニュージーランドにはモノがない。
実際ぼくは、服を買うにも靴を買うにも、基本的にはすべて日本だ。黒い靴は、どうしてもジャケットに合わないので仕方なくオークランドで揃えようと思ったのだが、やっぱり案の定揃わなかった。
日本食材の値段の高さと品揃えの少なさは誰しも知っている。とにかく外国から持ってくるものは、高くて品質が悪い。ウェアハウスは衣料品を中国やインドから輸入しているが、中年女性用ジャージーなど、ありゃ雑巾か?って本気で思うほどひどい。
ニュージーランドがとても住みやすい国であることは間違いない。しかし、モノのなさにはとにかく呆れるし、この流通は改善可能なのに、今のところ誰も本気で動こうとしてはいないのが現状だ。何せ市場が小さいので、下手に改善をすると消費がついていけずにお店がつぶれる。
だからこの国にモノがないのは仕方がないのだけど、この国に来るまではニュージーランド礼賛をしていた人が、この国のモノのなさに失望して文句を言われるのには、どうなのか?と疑問を持ってしまう。
だからあえて今日は、ニュージーランドにモノがないという事を書いた。
あのですね、勝手に自分でニュージーランドを理想の国と持ち上げた挙句に、実際に渡航してみて思ったのと違うなんて自分勝手に怒って日本に帰るのは、もうやめましょうぜ。
てか、帰るのは本人の自由なので、黙って帰ってくれって感じ。自分の勉強不足を棚に上げて相手のことをどうこう言うの、格好悪いよ。
KFCはありますよ。
2008年09月03日
凛として生きる
オークランドに戻ると街を流れる空気が違う。
当然のことだけど、ここは英国や米国よりもアジアが近い国際都市であるから、いろんな人種がそれなりに平等に、てかそれなりに置かれた立場に応じて生活をしている。
でも今クイーンズタウンにいる白人の場合は、国家とか地政学とか考える必要はない。
毎日豪州や米国や欧州からやってくる同胞白人を空港で迎えて、英語で喋っておいしい肉や魚を食べさせて(肉とはステーキ、魚とはサーモンか鯛のみ・選択の余地は狭い)高額の食事代を取って天井の高い豪華な洋風ホテルに泊めて、昼間はスキー場でスキーと赤ワインを楽しませる。
「どうですか、去年行ったヨーロッパのスキー場と比べて見ても、北半球の夏にスキーができるし、設備も悪くないし、スキーするのは白人中心ですから楽しめるでしょう!」
そうやってお迎えを受ける北半球の白人は勿論うれしいし、それに乗っかった豪州人も、とりあえず色が白いからって受け入れられてるので喜ぶ。ただ、彼らが飲むのはビールだけで、夜中に地元のハンバーガーで腹いっぱいにして朝方にバックパッカーに帰る連中が多いのだが。
結局クイーンズタウンや白人が特別なのではない。
同じことは、日本でも中国でもある。一昔前の日本の田舎に行けば、白人はすべて「ガイジン」である。盆踊りに参加しようとすると珍しがられるけど、そこでビジネスに参加しようとするとはねられる。
香港のテレビでもガイジンが出て広東語を話して下手な演技をやって香港人を笑わせているが、それはあくまでも外から来たお客であり、結局香港人からすれば自己人(じーけいやん=味方と言う意味)ではない。だからこの白人と利益を共有する発想はあまりない。ただ、サシミのツマとして存在するのみ。
あくまでも世界の中心は中国であり、中国は世界で一番偉いのだ。
その正反対が日本であり、世界は中国や米国にお任せしますけど、私のこの「おらが村」では、おらが人々が一番農民ですよ、みたいなかんっじ。
要するに、方向性は正反対だけど結果的に中国の選民思想も白人の優越意識も日本人の村人意識も、そこに共通するのは他人を理解しようとしないし、自分が無知だと言うことを気づこうととしない無知な人々の集合体であるということ。
これは20年位前の古い話だが、僕が中国の北京で民の十三稜に添乗で行った時のこと。まだ文化大革命の爪あとが人々の心に残る時代、米国から来た団体を乗せた観光バスが僕らの前を出発した。次の観光地に向かっているのだろう。
するとその30秒後に、建物から一人の白人中年女性が飛び出してきた。その形相は、まるで狂気の館に取り残されたヒロインってな感じで、このままバスに取り残されたら自分は死んでしまう、本気でそう思ってたような表情だったのを今でも覚えている。
だから、このレベルの人種差別?というのは、相手を知らない恐怖とか不満とか優越感とかが発信地である。相手を知ってしまえば、肌や言語の違いは大きな問題ではないと気づく。
ただ残念ながらどこの国でも、そういう「まともな教育」を受けているのは常に少数派である。またその少数派は、自分が少数派であることを知っているから、あまり表立って行動することもない。
所詮は今だ言語と肌の色が人間の壁を作っていると言う事実は無視しようがないが、それが多くの無知層によって形成されているのも事実だ。
政府はそのような状況をうまく利用して、無知を無知のまま放置することで国家運営をすることがよくある。中国政府が愛国心を高める為に反日行動を煽るのはよくある方法だ。釣られて踊るのは、その程度の知識しかない人々と、踊らないと地位が危うくなる人々である。
ただ、だからと言って一概に「みんな、平和に仲良く生きようよ〜」なんて、偽善と自己欺瞞の人種平等を大声でかっこつけて叫ぶ必要もない。
現実を理解した上で、果たしてその人々と融和する必要があるのかどうかを考えて、必要があれば融和すればよい。必要がなければ無視すればよい。
結局は、凛として生きるのみである。他人に頼らず他人を排除せず、ではないか。
日本語でも「和して同ぜず同じて和せず」と言う諺があるけど、まさにこれだろう。
日頃は誰とでも「和して」仲良くするが、相手が無理を吹っかけてくればきちんと「それは違うし、君の意見には同意出来ない」と「同ぜず」となる。
例えば米国は「じゃいあん」みたいなお馬鹿であるが、何もなければNZも普通に付き合う。でもベトナム戦争とかイラク戦争にニュージーンランドを誘ったら、NZは即刻断る。(正確に言えばベトナム戦争には当初参加したが、すぐにその趣旨を理解して撤退した)
その反対に、お無知どもはたいして知りもしない他人とべたべたすることで「同ずる」けど、結局お互いの誤解と自分勝手の解釈の上に成り立っているから、ちょっとでも利益が絡むとあっと言う間に喧嘩になる、つまり「和せず」となる。
和して同ぜずとは、白人至上主義が大好きな一部アジア人による自発的奴隷化でもないし、アジア人が世界で一番とばかり、無意味に白人を無視したり相手の国に現金を持ち込んで威張ることでもない。
是々非々ですべての物事に対応して、相手の事を学びながらも自分をしっかりと主張して、現実的な妥協点を見つけて共存する。
ただこれは、結構辛い部分もある。時には孤独に陥るからだ。そんな時に大事な心がけが、凛として生きる、だと思ってる。
今回のクイーンズタウンでは、やはりオークランド慣れしていたのかちょっと考えてしまったが、それでもこの街は良い街だ。
この街は良い意味で社会主義であり一部の白人による独裁主義がまかり通っている。下手な民主主義よりは独裁主義の方が政治がうまく回るというのは、NZ自体がジョージグレイと言う独裁者に近い総督を得て国家の基盤を短期間で作り上げたのにも現れるように、使い方によっては効果のある方法なのだ。
だから僕は今のクイーンズタウンの独裁主義をそれほど批判はしない。ただ、白人至上主義が行き過ぎた時にブレーキをかけるだけの勇気が独裁者にあるか?ここが問題点だろう。
賢い白人が街の雰囲気=白人至上主義を押さえ込んで、白人の中で孤立しながらも「凛として生きる」気持ちを貫けるか?
まだまだ興味のある街だ。
2008年08月08日
いつも何をしてらっしゃるんですか?
実によく聞かれる質問。
日本にいるお客様からは、僕の仕事は日本で説明会をして個人面談をする事だと思われている。だから日本にいない時は何をしているんだろうと思われてる。
ニュージーランドにいる人からは、僕の仕事は毎日会社に来てメールのやり取りをすることだと思われている。だから日本で一体何をやってるんだろうと思われてる。
それを柔らかに質問系にしたのが、本日のタイトル。
実は僕がお客様とのやり取り以外で一番手間をかけて集中しているのは、商品企画である。
商品企画とは言っても二つあり、一つは移住と言うビジネスプランの個別企画。移住は一人ひとりの道筋が違う。だからそれぞれに合った時系列プランを提案するのが個別企画でもある。
しかしもう一つの大きな柱は、当社のウェブサイトに掲載されている、円送金とか無料携帯電話レンタルとか不動産購入サポートとかのような「目に見える商品」である。
円送金を始めたのは1999年、日本の外為法が改正になった翌年である。この法律が変わることによって何が起こるか?外為法がない他の国、例えば金融が自由化されている香港ではどのようになっているのか?
そんな事を考えながら、今の日本にはない商品を考えて作ったのが円送金だ。仕組み自体は決して難しくはないのだが、今まで誰も思いつかなかったし法律上日本側で禁止されていた。それが合法になったのを機に商品化したのだが、今ではニュージーランドの留学関連会社で円送金を扱ってない会社はない。
携帯電話レンタルビジネスも、1997年当時はワーホリがケータイ持つなんて、まさにあり得ない時代だった。いくらこっちがケータイ持ったとしても、相手が持ってないのだから存在が無意味、それなら公衆電話でいいやと言う時代に、誰でも無料で持てるケータイを仕掛けたので、これは面白いほどに当たった。
最も多い時期は、ワーホリ全体人口の約半分近くが当社のレンタルを利用していたくらいだ。一回当たり最大の台数を借りてくれたのは、オークランドでアセアン会合が開催された時に政府から受注したケースである。
ただ、最近ではすっかり市場が変わり、日本から携帯してくる人が増えたし、だいいちワーホリ人口が激減してるので、あまりビジネスとしてのうまみはない。
不動産購入サポートも、元々ニュージーランドの不動産売買に関する法律が、システムとして購入側に不利に出来ていたので、買い手の利益になるようにするにはどうするか?を考えて作った。これも「以前は存在しなかった」ビジネスであった。
こういう商品は、いつも市場を見ながら、「そこにないものは何か」と言う点から考え始める。
毎日街を歩いて、日本に出張に行く度に色んな地方を回って見て、そこに「あるもの」と「ないもの」を観る。だから、特にこれと言った目的を持って歩くのではなく、その時の気分でふらふらと、あちこちを歩くのだ。
例えば今年で言えば冬場のニセコでオーストラリア人村を見たり、ニセコのちっちゃなお店で働いてる地元の女の子の話を聞いたり。「そんなもん、どんなビジネスじゃ!」と言われるが、こういう積み重ねが色んな発想(時には妄想)を生むネタになっている。
今も僕のパソコンの中では、現在進行中の商品企画だけでも10個近くある。
「ほう?だから何なの?いくら企画しても自分じゃ何にもできないくせに」
・・・まさにその通り、実務に弱いのです・・・
「第一、 企画倒れの方が、よっぽど多いじゃん。その度に無駄な時間使ってさ」
・・そうなんです、随分無駄撃ちしてます・・・・
「企画企画って、それを紙に落として商品化しているのは誰よ?」
・・き、きついですね。何せパワーポイントを使えないのです・・・
結局はいつもスタッフに助けられているのが実情です。
てな事で、僕の仕事のお話、第二弾でした。
写真はオークランドの携帯電話会社Vodafoneの本社でした。
2008年07月20日
いつもの場所
いつもの場所
東京に着く。
昨日まで新横浜で2泊して仕事をこなし、そこから東京へ移動。お昼時には定宿に入り、やっといつもの場所に戻ったって感じだ。
ここで午後はずっと面談を繰り返す。IT系、コンサル系、小売系、いろんな業種のお客様(とは言っても全員社長さん、自分で決断を出来る方ばかり)と、それぞれのビジネスモデルやライフスタイルについていろんなシュミレーションを描きながら提案を繰り出す。
僕の仕事はコンサルティングだが、助言ではなくどちらかと言うとほぼ指示に近い。
何故ならこんな生意気な事を言って悪いとは思うのだが、お客様がNZでご自分のビジネスモデルやライフスタイルを構築する為の判断材料があまりに少なすぎるから、どうしても判断にずれが出る。だからこちらから「最新の情報によると、それはこうなんです」と状況説明をする事になる。
すると結局、情報の非対称性という奴が発生して、お客様はどうしてもこちらの話についてくるしかなくなるのだ。
そこでお客様はこちらを信じて「指示に従って」いただけるわけだが、そんなの、誰が面白いものか。他人に自分の人生設計をあ〜だこ〜だと言われるのだから、楽しいわけがない。
中には勿論「どうしてそうなんだ!」と怒るお客様もいる。
そんな時に、そのお客様の理解出来る言葉で納得出来るまで説明する理論武装が必要となる。これはもう株主総会で事前通告のない質問を受け付ける社長のようなもので、何を聞かれてもその場で打ち返さねばならない。
能力不足は許されない世界での一騎打ちである。
だから、1時間お客様と面談をすると、かなり疲れる。それを午後一杯、3〜5件やると、終わった時はもうくたくた。誰とも話もしたくなくなる。早く部屋に戻りシャワーを浴びて、バーに飛び込んで一杯やるだけが、唯一のリフレッシュとなる。
シャワーを浴びた後にいつものバーのいつものカウンターに坐ると、にこっと笑って「お帰りなさい」と迎えてくれる人がいると、とてもほっとする。
ああよかった、疲れがとれる。
一杯目の酒は一気飲み。二杯目は、二口で飲む。三杯目は、すこしゆっくり飲む。
よしよし、今までトップギアで入ってた心が、dandanゆっくりとローギアに入っていくのを感じる。
すこしずつ、心の中のヨロイが外れていく。ふ〜、よっしゃ、この辺でゆっくりしよう。
いつもの場所でゆっくりする。
2008年07月17日
戦争論、とまではいかないけどね
今年になってうちの会社で扱うビジネスの売買が急増している。一件あたり20~50万ドルの売買だ。
ビジネスの売買において一番の問題は資産評価(デューデリジェンス)だろう。
その会社の本当の価値はいくらなのか?そのビジネスは正解なのか?
最近は優秀な若者が優秀な大学の優秀な学部で優秀な成績を残して優秀な会社に入って優秀な仕事をするというパターンが目立つようになった。主に外資系。
昔の日本だと、「若い奴らは10年雑巾がけじゃ〜!」みたいな風潮があり、どれだけ能力があっても責任のある立場につけないシステムがあった。
それが今では、若くても能力さえあればかなりのところまで一気に伸びていけるのも事実である。
特に東京に出張して仕事をしていると、実に優秀な人間をたくさん見る。その中には様々な計算式を作って、「これがこうだからこれがこうで、だからこれはこうで〜」とやる20代後半の人も見かける。
ただ、ビジネスとは何か?その点をどうも大学の先生はきちんと教えていないようだ。
ビジネスとは基本的に戦争である。戦争とは相手のいる喧嘩である。相手が馬鹿であれば、こっちがちょろくても負けない。相手が利口であれば、こっちがかなり仕組みを作った上で準備をして戦わねば勝ち目はない。
(そして一番うまい戦争とは、戦争をせずに目的とした利益を得ることである。その為に、誰もが不満が出ないように、三方一両得というビジネスモデルを創り出すのが最高の戦い方だ)
そういう意味でのデューデリジェンスとは、市場の一般的な現時点での動向や企業の置かれた地位、現在のバランスシートだけでは計れず、市場の未来、企業の将来、経営者の姿勢が大きく影響する。
だから「人の気持ちを読んだり市場の先読みをしたり自分の立ち位置を理解する為」に、はるか昔の孫子の本がビジネスマンの間で読まれているのだ。
戦争の基本は、冷静に相手を見極めて、戦って勝てるかどうか、勝ったとしてこちらの損失はどれくらいか、損失が大きいなら戦争はやめとけという基本的な判断がある。
でも、そのもっと大前提として、政治がある。ビジネスは戦争であり、戦争をするかどうかを決めるのは政治である。
だから、数字を並べて議論するのではなく、自分が政治家として守るべきものは何か、その哲学をぶつけ合う必要が最初にある。政治において民衆とは数字でなく、息をする生きた人間とその愛し合う家族をどう守るか、なのだ。
簡単に言えば人間哲学のない政治等存在しないし、だから哲学のないビジネスは最初から無意味であり矛盾を内包しているという事だ。(今の日本が問題なのは、哲学のない官僚が政治家に代わって政治を運営しているから、民衆を数字でしか捉えられないという点だ)
その上で、政治的に必要なら戦いを起こすかどうかを判断して、天の時、地の利、人の和が整っているかどうかを確認した上で、それで利益と損害を比較して初めて戦うのだ。
でもって、ここまで来たら、これはもう数字で図れる部分を越えてしまう。てか、今の数学や経済学では計算不能である。
天の時って、いつわかる?地の利って、どこが良いかって何の本にも書いてない、人の和なんて、人間学がないと理解出来ない。
そういうビジネスにおける「本質的には計算不能」な部分を「本質的に計量的に計算可能」と思ってるのが、実は今流行の机上のデューデリジェンスなのだ。
そういう哲学を、今の学校は教えているか?暗記ではなく生き残る為の技術を教えているのか?
僕自身が幸運なことにニュージーランド、カナダ、香港でビジネスをする機会があり、西洋人社会の戦い方やデューデリジェンスを学ぶ機会があったので、その基本はある程度理解出来ているが、どれだけ勉強しても絶対に答が出ないのが、「未来の予知は不可能」と言う点だ。
だから僕がデューデリジェンスをするときは、基本は「出来るだけ計測するけど、不可知な要素は常にある、うまくいけばおお化けするし、失敗すれば大コケする」と言う視線であり、完全に失敗した際の被害評価をどう計測するかが大事だ。
だから古代の戦争では、必ず占い師を連れて戦ってた。最後は結局、運なのだと理解している戦略家は、運をどうやって自分の味方につけるかが最も重要だと知っていたのだ。
実は人生もこれと同じで、どれだけ準備をしても絶対という答は存在しない。最後は博打である。
博打になった時に強いのが、個人力である。他人やルールに頼らずに、その場でどんどん決断をして、最後には勝利に導く力である。
ちょうど1年前かな、あるとても優秀な金融関連の30代前半のビジネスマンと移住について話す機会があったが、彼はあくまでもリスク回避の為の様々な方策を考えながら、こちらにいろんな逆提案をしてきた。
僕の答えは、すべてNOだった。人生とは常にリスクと隣りあわせだ。そのリスクを取って、万が一状況が急変しても、その場で臨機応変に戦うだけの能力がなければ、自分らしい人生なんて生きていけない。リスクを絶対的に許容出来ない彼に言えることは、NOしかないのだ。
だから、状況に合わせて戦える戦闘力を身に付ければよいのだが、どうも彼は大学でそのような勉強は学ばなかったようだ。
1足す1が2になる世界で、机上の空論を学んでしまった彼は、これからどう生きていくんだろう?
算数だけで生きていけるほど、人生は甘くない。リスクのない人生はあり得ない。
あれ?k表は何となく散漫な文章になった。自分でも、一個の文章の中に色んな未処理のネタを放り込んだ感じ。
けど、中国人、白人、色んな連中と取引をする中で、ビジネスにおける大事な部分ってのは、今の日本の大学ではあまり教えてないんだろうなってのだけは、または、学ぶほうに何か大きな欠陥があって理解出来ないんだろうなってのだけは、事実として感じる。
2008年07月16日
Protein 33

オークランド最終日。明朝のフライトで日本だ。
今日はお客様との面談2件、社外打ち合わせ2件、社内打ち合わせは5分単位で数知れず。
明日から日本なので、どの案件を保留にしてどれを継続にするか、仕分けも必要な日。それに付け加えて、社外打ち合わせで、こっちの企画がいけそうだと判明。こりゃ大きな案件になるぞ。
これが当たれば、今までのニュージーランドにおける日本人市場のファイナンスの仕組みが、根っこからひっくり返るかもしれない。
お昼時もお客様の足は途切れず、今日のお昼は写真のProtein33。
これ、ある東京のお客様に教えてもらったのだが、プロテインがどれくらい効果あるのか、生まれて初めて食ったので、まだ分からない。ただ・・・・ああ、甘い。
ニュージーランドだからなのか、チョコレートでコーティングされており、中身のヌガー?もかなり歯ごたえあり。
とにかくPC叩きながら片手でエナジーバー(つまりProtein33)を齧って仕事を進める。
そんなこんなの矢先、ラッキーなことに、マルちゃんの「長崎ちゃんぽん」が机の上に!
やったね、これで九州生まれの僕は、ポパイのほうれん草のように生き返るのだ。
次のお客様との予定まで30分ある、、、よし、お湯を沸かすのに3分、麺に5分、食うのに7分・・・途中の作業工程を考えても、よし、いける。
5分前に注いだ熱湯が、蓋を外すと豚骨の湯気と共に、おお、心を揺さぶる〜、今回のマルちゃん、味が良くなったな〜。スープがより濃厚だし具も多い。おお、おお、たかがカップめんなのに、スープの最後の一滴まで完食。
ふ〜、力出たぞ、てな感じで乗り切る。
それにしても去年から今年にかけての流れ、こりゃ本当に、ど真ん中に大穴を開けてしまったのかもしれない。
そろそろ自分の処理能力に限界が来るのでは?と思いながら、でもまだいけそうだ。幸運なことに、後方業務をこなす兵站部隊が、今は実に優秀な連中ばかり。
まだまだこなせそうだ、そう思った今日の午後の兵站部隊からの一件の報告メール。スタッフの皆さん、こんなあふぉに付き合ってもらい、ありがとっす。
2008年06月24日
ハロー注意報
東京で仕事をしていていつも感じるのは「日本人はどうしても英語に弱い」という点である。それも、英語力以前に、英語で言われたら何でも「はいはい」と盲信してひょこひょこついていくってとこが弱い。
同じ内容を中国語で言われたら、ひょこひょこするか?日本語ならどうだ?
こういうのは、本当に情けない。白人、英語など、それ自体では何の価値もない。その口から何が発せられるか、英語を使って何が語られるかが重要なのに。
白人、西洋人のビジネスの方法は、基本的に「俺が儲けてお前が損をするんだ」である。彼らのビジネス本にどのような事を書いていようとも、共存共栄とか信用第一と言う考え方は存在しない。ここまで言い切ってしまうと反論もあるかもしれないが、これは僕自身が彼らと長い間ビジネスをやってきた経験値なので、この部分での議論はお断りしたい。
勿論個人的にはビジネスの基本は共存共栄と理解している優秀なビジネスマンもいるが、あくまでも基本は「俺が」である。
特にニュージーランドの不動産ビジネスや電話営業テクニックを教えるときってのは徹底している。不動産を売る際は、とにかく都合の良いことしか言わずに無理やり契約させようとする。電話セールスでは、とにかく電話を受ける側の都合等一切考えずに畳み込むように話しかけてくる。
その事を理解出来れば、白人西洋人が何かを英語で話しかけてきても、その時点でこちらの利益を奪おうとする事は目に見えるわけで、当然用心して聞くべきなのだ。
なのに彼ら英語を話す連中が何かを話しかけてくるとひょいひょい乗ってしまう日本人。弱いな〜と、東京にいると考えてしまう。
以前の日本人って、ここまで卑屈だったのか?そうは思えない。
例えば幕末に多くの外国人が日本に乗り込んできて開国を要求したが、その時に対応した武士は、勿論英語など出来はしない。しかし物事の理屈はしっかり分かっているので、通訳を通して正論で対応した。英語の会話能力があるかないかなんて関係ない。まずは物事の正論を理解しているかどうかだ。
なのに今、東京を歩いていると、「白人と言うだけで優越した存在と思い込んでる白人」と、それを「うきうきと許容している日本人」がいるのを見ると、ほんとにがっかりする。
ついでに言えば、中国人留学生というだけで自分が優越した立場にいると思い込んでる日本人もいて、コンビニやレストランで一生懸命働いている彼らを、彼らがアジアで日本より下位の国から来たと勝手に決め付けて、その人の個性で判断せずに表面だけで勝手に決め付けて失礼な物言いをする連中もいる。
白人もアジア人も立派な一個の独立した人間ではあるが、僕ら以上でもなければ僕ら以下でもない。元々人種に上下はないのだ。あるのは個人的能力の違いのみ。
正しいことは正しいと言い、間違いは間違いと言える日本人として、胸を張って対応してもらいたいものだ。事実上は米国に支配されている日本だが、だからと言って道を歩く白人は、もうすでに占領軍ではないのだから。
ハローって話しかけれたら注意しよう、6月の梅雨空に思った。
2008年06月21日
土砂降り香港
僕が到着した時間は雨が降ってなかったが、ホテルに入って数分もすると、一気に土砂降りの雨。おまけにこの雨、広州あたりの工場の排煙とかをたっぷり吸ってるから、汚い事おびただしい。
ニュージーランドでは傘をささない僕だけど、香港ではさすがにホテルで傘を借りて外出。でないと、服が泥だらけになるもんね。
さっさとシャワーを浴びていつものバーに顔を出す。香港でも飲み屋街は集中してて、特にコーズウェイベイと言う街には、日本の丸源ビルのようなバー専門のビルもある。
そのビルの中にある「C」という店は比較的新しくて、開店してからまだ2年足らず。学生ビザで滞在している子やワークビザを持ってる子、そしてそれ以外のいろんな素性の子、地元の子などが賑やかに地元ネタを提供してくれる。
日本でワーキングプアとかフリーターの問題が取り上げれられて居るけど、世界は広いよ。もっと底辺で、生活を一生懸命やってる人もたくさんいる。
「香港の景気って言っても、うちらのようなお店はあんまり大きく影響は受けないですね〜。ずっと安定してますよ」
「この街、住んでて最低やねん!雨の日とか、隣の人の傘がぶちぶち顔に当たりますやん!」
「こっこは~、えっと、ニホンジン、イイデスヨ~、皆さん優しいです〜」
皆それぞれの視点から香港を見ている。でも、オーナーからすれば慣れぬ海外で無理して商売して儲かる「利益」だけを考えれば、そりゃあ地元の大阪で店やった方がいいかもっていう気持ちもある。
海外で何かするって、結局は好奇心がどこまで持続できるかだろうと思う。毎日新しい事件が起きて、それを受け入れて対策を考えて、その中で「他所の国」の文化を理解して・・・そういう事が好きな人であれば問題ないけど、そうでなければ海外で生活したり、ましてや商売をするってのは大変だ。
それから同じビル内の「N」に行く。ここも日本人が頑張ってる店だ。その日はオーナーが居なかったので、スタッフと気軽にわーわー言って呑む。ここにはカラオケがあるので、英語の歌で盛り上がる。
店が午前1時に終わると、同じビルの中にある「Yuzen」と言うバーに、みんなで繰り出す。静かなバーで、カウンターがお洒落だし、マスター(日本人)がイケメン。それに控えめなので、会話を長い時間楽しめる。(お、今日は珍しくしらふだぞ。体内時計は午前6時なのに、まだまだいける)
ここは日本人ストレスホルダーがHeavyUserとして利用しているようで、要するに仕事が終わった後の「息抜きの場」として利用されている。
面白いことに、ここは香港でバリバリに働くキャリアウーマンにも愛用されている。意外と男性客は少ない。
香港ビジネスの戦場では男も女も関係ない。
そんな戦場では、大体においては弱っちい日本人男性は甘えんぼになって「まま、ぼくね〜、だっこされて癒されたい〜」とフィリピンパブでおだててもらって喜ぶが、女性は静かなバーで今日一日の仕事を振り返りながら、マスターとの軽い会話を楽しむ。時には女性同士で「何よ、今日日本から来たあのぼけ!やくったたず!」とやってる。
やはり飲み屋は面白い。人間の本音が聞ける。昼間はかっこいいことを言ってても、腹の中で考えていることは違う。
そんな事を考えながらオークランドで起きたのが午前6時で、それから24時間以上寝ずに過ごして、特に後半の数時間は香港の街で遊んで、朝方の帰りのタクシーに乗ったのも覚えているのだから、まだまだ体力はあるようだ、あはは。
香港は中国と言う大工場を背景に国際ビジネスが飛び交っているが、そこに早い時期から参戦しているのに結果的に見事に取り残された日本人ビジネスマンと、あくまでも「仕事は仕事」と割り切って、昼間の仕事が終わればポロシャツに着替えてホテルのバーで英語で自国人とおしゃべりを楽しむ西洋人の姿が浮き上がってくる。
西洋人と日本人の呑み方の違いを感じる。
西洋人からすれば、自分の土地で戦争やってるわけではない。あくまでも他国の領土で戦争をして、結果がどうであれ、週末には自宅に帰るのだ。その意味で彼らはホテルに泊まってても緊張している。戦場なのだ、気を抜けるわけがない。だからハメを外して飲みまくることはない。
それに対して日本人は、目の前にある問題にのめりこんで、一生懸命になって解決しようと、週末までも仕事をして、呑みに行っても仕事の話となる。そしてその土地を自分のもののように愛する。まるで明治維新の後に台湾や韓国を発展させた絵図と同じだな。
その両方を「ばっかじゃない〜?」と眺めながら、それでもビジネスの機会を失わないのが香港人。
翌朝は、ホテルから歩いて3ブロックの吉野家の朝食で牛丼を食べる。香港の朝食セットは、牛丼と味噌汁に何故かキムチが付いて26香港ドル。大体400円くらいかな。普通に香港の朝食やで食べると15ドルから20ドル程度なので、割高っちゃあYESだけど、でも客はしっかりはいっている。
ちなみに生卵は今は売ってない。「卵ちょうだい」って言ったら、「ゆで卵だけどいい?」と、高校生のアルバイトに聞かれた。ゆで卵は6ドル。半分なら3ドルだけど、一応勉強の為にフルサイズを頼む。以前は生卵を出していたのだが、やはり香港人には人気がないのだろう。
ところでアルバイト、何で高校生って分かったのかと言えば、僕が「君、今日は学校は?」と尋ねたら彼女は満面の笑顔で「あ、今日は午後からなんです!」って答えてくれたから。この辺、ほんとに香港の子供は素直で可愛い。日本のような会話不能なひねっくれは少ない。核家族化していないから、ちゃんと社会から礼儀を学んでいるのだろう。
早朝の吉野家では、ネクタイにスーツ姿のビジネスマンが、牛麺(つまり牛皿の下はにゅーめん)を食べながら、楽しそうにケータイで家族と話をしている。自宅で朝食を食べてないようだ。これ、香港では意外と普通。
こんなメニュー、日本ではあり得ないよねって思うような牛麺だが、香港ではそのほうが地元に受け入れられるのだろう。ただし、うちの子供には駄目だ。あいつらは米と牛肉である。
そんな事を考えた土砂降り香港。でも、朝飲み終わって街に出ると、明るい空と美味しいビールが待っていた。
毎回、実に勉強になる。情報産業に働いている人間としては、情報が命だ。自分だけの思い込みや主観だけではなく、すべての人から色んな知識をしっかり学ばなければと思う。
2008年05月31日
異邦人
どこへ行っても異邦。
家のリフォームが進行中である。勿論僕は何も知らない。いつもの事。
土曜日の朝、昨晩の痛飲で昼頃に起きて、眠い頭をごりごりとかきながら「日清やきそば」を作ってると、突然ドアがピンポン。生卵を落とす瞬間だったので、ちょいとやばかったが、ドアベルにめげずにきちんとフライパンの真ん中に落とせた、よしよし。
中国人のリフォームやさんが家に来たのだ。奥さんが「あ、リフォームやさんだ」とぼくに一言声をかける。はい、それで通知終了。
実際、月のうち半分くらいしか自宅に住んでない「旅人」としては、何を言う必要もないし、奥さんと家族が住みやすくなればそれでよし・・・え?あはは?
そういえば数ヶ月前に「ねえ、この家スペース的に無駄が多いから、今の3ベッドを4ベッドに改造出来るし、そしたら高く売れるよ」って「一方的通告」を受けた気がする。
それからその話、立ち消えになってたのかと思ったら、立ち進んでいたようで、今日は間取りやぶっ壊す壁の測量に、3人ほどが立会いに来てた。
こっちはパジャマ姿で「日清やきそば」を作ってる最中に、あっちのおっちゃんたちは僕の手元でキッチンやダイニングのサイズを測り、こっちをしっかり「がんみ」してから、「おう、美味しそうな匂いだね」とか言ってた。
特に何の説明もしてないのだろう、彼らは僕をしっかり香港人と思ってるようだ。そりゃまあそうだろう、普通に朝から自宅で広東語で会話しているから、違和感なしなんだろ・・・おれ、日本人だけど。
・ ・・
普通の日本人なら、「少しは遠慮せんかい!」となるところだ。
文化の違いだな〜。普通ならご主人に挨拶もあるだろうし、「あ、すみません、朝ごはんの最中に〜」とか、一言あってもいいだろ。
普通に「日清やきそば」を覗き込まれて「美味そうだね」では、・・・。
やっぱり日本と海外の常識は違う。
何十年経っても、自分が日本人であり日本の文化習慣をしっかり抱えて生きてるって事を実感させられた土曜日の朝であった。
さてと、りょうまのガンダムを買いに行こう。あは、日本製だし!
これから海外に住もうと思う方、ビザやお金じゃなくて、文化の違いを乗り越えるのが、正直一番大変でっせ。相手に染まらず相手を染めず、お互いの文化を尊敬しながら「同居」するんですからね。
同じ日本人同士でも会話不能な家族もあれば、外国人同士でも何とかやってけることもある。大事なことは相互理解と尊重と積極的会話。
それにしても・・・俺の日清焼きそば、勝手にのぞくな〜!
2008年05月26日
日本は本当に“破綻”?

「日本は本当に“破綻”しているのですか?」そんな質問をお客様から頂いた。
でも破綻とは何だろうか?ホテルのバーで夕食のシーザーサラダを食いながら考えた。ちなみにここのサラダはdaisukiだ。
前回の戦争で負けた時には数百万人の日本人が死んだ。経済は崩壊して多くの餓死者を出して国家の制度は破壊されて無政府状態になり、やくざが警察を守って外国人と闘いを起こす事にもなった。また戦前にはなかった「民主主義」が導入されて、天皇が普通の人になった。
それでも日本は破綻はしなかった、とも言える。だって土地も残ったし生き残った人もいたからだ。戦火を逃れて生き残った人が日本を再構築して昭和後期の繁栄を迎えることもできたのだから。
じゃあ破綻のイメージが国家の“崩壊”であれば、崩壊って何だ?
ロシアもアルゼンチンも崩壊した。でも国家が爆弾で吹っ飛んで、そこに住んでいる人すべてが死亡した、なんて話ではない。
だから、破綻とか崩壊ってのは、ある程度定義付けを明確にする必要がある。もっと言えば国家が破綻しても崩壊しても、自分の生活に影響が出なければ関係ないとも言える。
例えば日本が戦争で負けてたくさんの人が死んで経済が崩壊しても、親兄弟が戦争に行かずに九州の山奥で農業や漁業をしている人には、あまり大きな影響はなかったと言える。
逆に、どんなに世の中が好景気に沸いていても自分が貧しくて家庭的に不和であれば、こりゃ個人破綻だし家庭崩壊である。
昭和30年代に周囲が皆どんどん良い服を着て美味しいものを食べて綺麗な家に住み始めた頃に、いつも酔っ払って帰ってくる父親、風呂もないぼろ長屋に住んで飯盒でご飯を炊いてた家庭にとっては、破綻とはこういう事かと思うだろう。
そういう大前提をあまり考えずに「破綻してるんですか?」と質問する方は、こちらがまず言葉の定義づけを確認する必要がある。
「あなたの考える破綻とは何ですか?」
だから相手の背景を知らずにいきなりどっかの本のように「破綻してます」と言うのは、かなり無責任であるし正確な回答とはいえないのだ。
ただ、これが経済的に日本はどうなんですか、日本はニュージーランドと比べて治安や医療、教育はどうなんですかと言う質問なら答えやすい。
まず今の日本が民間の会計制度を前提に考えれば経済的に破綻しているのは明確だ。経済的破綻とは、年間利益50兆円の会社が年間で80兆円の費用を使っている状態だ。
その点ニュージーランドは毎年国家として黒字を出して、その黒字を国民に還元する為に毎年減税を行っている。去年は個人減税、今年は企業法人税の減税などである。
医療と教育は無料だし大学へ通う学生は政府から学生手当を貰える。貧富の格差が少ないから経済的犯罪も少なくてその結果治安も良くなる。だから、比較すれば生活基盤の安定と言う意味ではニュージーランドの方がずっと良いと言える。
ただ日本政府としても解決策はあるから全く駄目と言うわけではない。国債を個人に売ってからスーパーインフレを起こせば通貨の価値は下がるので、1500兆円と言われる借金はすべてチャラになる。
痛みを蒙るのは国債を買ったり国債を購入した銀行におカネを預けていた人=国民だけだから、政府は気にする必要もなく国家は継続出来る。
そう言えば「小説日本銀行」でもそんな話があった。戦後すぐの日銀を描いた有名な小説である。
「エリート集団、日本銀行の中でも出世コースの秘書室の津上は、インフレの中でバカと言われながら父の遺産を定期預金する。厳しい不況で一家は貧乏のどん底に…。」
ただ政府からすれば「何せ一般国民の資産がゼロになったからと言って彼らが生活を停止するわけではない。それどころか、資産がなくなったのだから、ますます余計に働いて政府に納税してくれるだろう。こりゃいいや」と言うことである。
消費税を増税して20%くらいにしても良い。それで景気が冷え込んでも下々の人の話であり、大企業や皇族の生活に影響が出るわけではない。
戦争が終わった時でも、一般国民の生活に大きな影響が出て「蛍の墓」のような戦災孤児が餓死をしても、飢え死にをした皇族はいなかったし大企業は結局生き残った。
だからその意味では国家が破綻するなんて彼らの世界ではあり得ないのだ。
と、ここまで説明すると、「おいおい、国家がそんな事するわけないじゃないか!」なんて怒る人もいる。でも、歴史を紐解けばいつの時代も国家は国民を踏み潰しながら生き残ってきたというのは明確である。
明治維新は大増税と徴兵制の導入に繋がった。米騒動では騒ぎを起こした人々が逮捕された。第二次世界大戦では無理と分かっている作戦を決行して多くの若者の命を無駄に奪っていった。
戦後は経済成長の為に水俣病を放置して世界一の公害大国にもなったが、水俣病の原因を知りながら放置した役人は誰一人として責任を取ってない。バブルの決算も政府は一切責任を取らず結局は国民だけが痛みを蒙ったのは誰しも理解している。
ほらね、いつの時代もどこかで国民に泥をかぶせて生き残るのが政府官僚国家なのだ。
だから日本政府と皇族とその関係者にとっては、国家破綻などあり得ませんので、その意味では日本政府が「破綻する」なんていうわけないし、本気で破綻しないと理解しているのだ。
だから問題は「じゃあ私にとってはどうなんですか?」なのである。
ね、結局そこにいきつく。つまり国家がどうのこうのではない、自分個人の財産や家族や生活がどうなるか、そこが大事なのだ。
さて、あなたにとってどうなんですかと言う質問に対しては、こう答えるべきだろう。
「あなたは皇族ですか?」
2008年05月25日
第30回説明会、無事終了

朝から雨模様だったが、午後には曇り空で涼しくなった東京。
今回は投宿してるホテル内のビジネスセンターだったので移動は楽。最近は益々資料が増えたので、ニュージーランドから日本に送るのが結構大変。大体40kgくらいの資料だもんな。
3日前の説明会でも今回の説明会でも、皆さんの反応が非常に似通っているのに気づく。
日本政府への何となく漠然とした不安を感じていたのがdandan現実になってきたというものだ。
数年前なら、飲み屋の宴席で「政府が〜」なんて言っても、心の底では「まだいける」と思ってた。
でも今はもう違う。本当に怖くなっている。医療、教育、経済、賃金、治安、どの点を取っても具体的に恐怖を感じ始めているのだ。
「移住と言っても、実際は避難ですよ。10年くらいの単位で自分の住みやすい国を選べばよいのです。日本が良くなれば日本に戻って納税すればよい。要するに会社を選ぶのと同じです。潰れそうな会社に就職する人はいないですよね」
そう話すと、それまでの緊張感が少し解けたようになっていく。
「やっぱり、日本を捨てていくのは悪い」そういう気持ちがあるのだが「なんだい、就職先選びと同じとか、いずれ日本に帰るんだもんね、ならいいじゃん」となる。
気持ちの持ち方の問題だ。気持ちを変えてみれば、実は移住なんて何てことはないのだ。
強い者よりも変化出来る者が生き残る時代。てか、いつの時代も同じ。去年と同じことを今年やってたら、いつの間にか時代に遅れを取ってしまうのだ。恐れては何も出来ない。
「あの時、思い切って移住していれば・・・」そう後悔するよりは変化すべきだろう。
午後遅くに個人面談も終了して、近くのラーメン屋「一風堂」に行く。福岡が本店のこのラーメン屋、出来た当時からよく通ってた。久々に食う。5年ぶりかな。
ラーメンさ、・・・・・君、変りすぎ。
2008年05月20日
2008年04月03日
My Family and My Job
クイーンズタウンでは当社から送った有給インターンの受け入れ先ホテルや、現在ワークビザを取得して働いているお客様から、直接生の声を聞いてくる。
これが、思ったよりも数倍、てか、たぶんもっとか、両者に評判が良い。ホテル側はキーウィ独特の言い回しとは言いながら、皆さん手放しで日本人の働き振りを褒めてくれる。
よく働くし、気は利くし、残業も厭わず、周囲と仲良くしながらやるスタッフってのは、特に自己要求の多いキーウィやブラジル人を相手に人事をしていると、こりゃ本当に疲れるのだろう、日本人が次に来る時は永遠契約を結びたいわとまで言ってくれたホテルもある。
そうだろう。今クイーンズタウンで働いている人々は、観光の延長で滞在しているわけではなく、これから永住権の取得を目指しているのだから、真剣度も違う。
ホテルも彼らの真剣度を理解してくれているのだろう、是非ともこれからも人材紹介をお願いすると言われた。
実際に働いている方からもお話をお伺いする。
すると皆、「仕事が楽しい」と言ってくれる。これからやることはたくさんあるけど、今自分がこうやってキーウィ社会の中に入れたという事が、それだけでまず前進だ。日本にいていくら考えていてもきりがない、一歩を切り出す気持ちが大事なんだ、皆さんそう思っている。
夫婦でやってきて、今までの経済生活よりも随分収入が減りましたよね、どのようにしてますか?と聞くと、これまた異口同音に「生活が豊かになりました。お金では買えないものですね」ってのと、「まあ、二人で働けば貯金は食い潰さずにやっていけます。まずはそこからですね」。
説明会で僕がいつも、「現地に行けば給料は激減しますが、夫婦で働けばとりあえず貯金は食い潰さずに生活出来る、その間にビザを取得してから転職、キャリアアップを目指して勉強.」と言ってる、それをそのまま実行出来ているのに、とても嬉しく感じた。
収入は減る代わりに、家族で一緒にいる時間が劇的に増えますよとも言ってた。
「日本にいたんじゃ、子供が寝てから家に帰り、子供が起きる前に家を出て、今のように家族が一緒に夕食をとれる生活なんて、ほんとに僕はラッキーだと思います」
幸運ではあるだろうが、幸運を呼び込んだのは実力と努力だ。
他にも、オークランドで職探しをしていた30歳代のご夫婦と去年後半に偶然知り合いになり、僕の助言でクイーンズタウンでビザ取得の方法を「商売抜き」でご案内したら、彼らはすぐにクイーンズタウンに行き、半年後には無事に希望していた永住権の取得が出来た。
これなどは、やはり前向きな行動力と自分で考える能力の賜物だと思う。
永住権申請=申請した場所で一生過ごさねばならないと思ってる日本人も多いかもしれない。しかし永住権はクイーンズタウンで取得して、他の街で生活することはまったく問題ない。中国人などは、豪州へ行く為の手段としてNZの永住権を取得する人もいるくらいだ。
写真の景色はグレノーキー。こんな素敵な家族生活出来るのかって?出来ますよ、本人が出来ると思えば。
今年はこのプログラムをもっとお客様に勧めていこう、そう思った一日だった。
2007年11月04日
ニュージーランドの魅力

ここ最近のNZdaisukiは、「日本に帰りたい」派+「NZの魅力が分からない」派:対:「NZは良いところ」+「NZは魅力があるよ」派で賑やかになってる
昨日の書き込みは早速削除されてたから、今立ってるトピもいずれ消されるかもしれないので早く読んだほうが良い。
特に、これから移住を考えている人には参考になると思う。今のNZに住む日本人の、どっちにしても実態の一面が良く出てるから、良い意見も否定的な意見も、まとめて理解するのに役立つ。
ただ、否定的な書き込みをする人に対する素朴な疑問がある。皆さん、渡航する前に何でもっと自分の将来像とかNZで出来る仕事とか、考えなかったの?
余計なお世話かもしれないが、最初から自分の能力と現地の状況を把握しておけば、後悔することなどなかったと思うのだが。
何千年も前のおじちゃんも「敵を知り己を知れば百戦危うからず」と言ってる。敵はNZだし、己は自分の能力。どちらも勘違いしたまま来てしまえば、そりゃ、やばいっしょ。
では僕自身はこの国をどう思っているのか?
それはこのブログのタイトルにも書いているように「この国は天国ではないけど地獄でもない。今のNZは今の日本よりちょいとだけ国民に優しい」と言う見方だ。
だから当然、NZで生活しててそのルーズさに腹が立つこともあるし、犯罪者に甘すぎる社会の姿勢を嫌になることもある。ただ、そのようなすべてのマイナス面を合わせても、「人に優しい」というたった一つのプラスには敵わないと思ってる。
この点が、僕が日本ではなくNZを好きな理由だ。
昔の日本も今の日本も、とにかく役所と一部の政治家という、東京の皇居を中心に生活する、人口のほんの1%にも満たない連中が住みやすい国を造り、国民はその為に洗脳された奴隷とされているのだ。
だがこの国では、国民が主役である。国民が堂々とTaxPayerとして、政府や警察に文句を言う。「長いものに巻かれろ」という発想がない。
日本の洗脳システムを一度でも理解してしまえば、その後の人生の選択の余地としては、「長いものに巻かれる」か、国を離れるしかないという事が分かる。
それから、この国が退屈だという人がいる。
僕は、退屈になることはない。家族がいるのだ。何を退屈するのだろう?朝から晩まで働いてるので、昼間が暇になることはない=退屈なんて、昼間はあり得ない。
夜、家に帰って家族の為に料理して、お皿洗って片付ければ、時計の針はもう9時だ。それからまたパソコンに向かって仕事をしたり、アマゾンで注文して買い置きしている本を読んだりDVD映画観たり、音楽を聴いてれば、もう真夜中過ぎだ。退屈どころか、時間が不足して困るほどだ。
朝は6時におきて朝食とお弁当を作って、子供を学校に送って出社だから、ここでも退屈な時間はない。てか、朝はほんとに5分単位で予定をこなしている。
週末の夜は、気の合う友達家族と食事したり、でもって大体そんな夜は気を使う必要がないので、がんがん呑んで酔っ払ってしまうので、朝起きたら、ベッドの横に昨日脱ぎ散らかしたジーンズが放り投げられている状態だから、退屈ではない。
週末の昼間は、りょうま君を連れてゲームセンターに行ったりおもちゃやに行ったりして、食料の買出しもするから、ほぼ一日かかる。
と言う風に、退屈になるような時間は、まずないのだ。退屈を感じる人って、どんな生活をしているんだろうな?
ほら、これだけやることが多いと、パチンコやもマージャンも競馬も必要ないし、タバコなんて吸わなくていいし、コンビニも映画館もツタヤも紀伊国屋も不要だし、それでも退屈はしない。
医療に不安って人がいるけど、あまり意味のない不安だ。高度の医療体制があっても、妊婦がたらいまわしされて死んでしまうんじゃ意味ないし。つまり医療のレベルが高いかどうかではなく、自分が必要な時に必要な治療を受けられるかどうかがポイントで、それなら民間の保険に加入しておけば解決する。
むしろ僕の場合、医療よりも、酒で命を落とすのではないかと思ってるので、医療体制がどうこう言える立場にいない。同じように、医療の心配をする人は、日常生活で病気にならないようにしているんだろうか?てか、心配して不安に感じることが一番病気の原因になるのでは?
うちの会社には医療の仕事もあるので、この国の医療水準も大体分かるし、これだけあれば、とりあえず問題はないと思ってる。この前GAUTやった時も、救急病院の実態もよく分かったし。
生活に不安?っていう人の多くが、為替と住宅ローンの話をしている。
為替もうちの会社で扱っているからよく分かるが、為替なんて、一般の人が真剣に考えても意味はないよ。自分が生活する国で一生懸命働いて稼ぐ、これが基本だ。日本に帰ったら資産目減りとか言うけど、それなら稼いだ金を半分日本に送金して、金利が殆ど付かない銀行に貯金しておけばよい。
「自宅を買ったからローンの支払いが目一杯で、日本に送る金がないのだ」と言う人は、その人が不動産を購入した時点で為替の不安よりも目先の住宅の不安を解消するという選択をしたのだから、今更どうしようもない。住宅ローンが高いと思うなら、自宅を買わなければ良いだけの事。
まあ、他にも色々と書き込みがあるが、良い点と悪い点は表裏一体である。だから物事をネガネガで見れば、すべてのものが嫌になる。ポジティブに見れば、すべてのものが良いように見える。
でも、ネガを持ってどうにかなるのか?それが金を作ってくれるのか?生活を安定させてくれるのか?心を癒してくれるのか?
何も産まない。
どころか、不安と言う、鬱病になる原因を創り出すのみだ。実に馬鹿らしい。現実に生きて生活をして毎日戦っている自分としては、そんな人こそ、よほど暇な時間とお金に余裕があるんだなと思ってしまう。
「わたしはNZ大好きだよ」さんの書き込みが分かりやすくてよい。
「この国はなにか人生の目標を探すのには物足りない国かもしれないけれど、何か目標があってそれに挑戦するのにはいい場所ですよ。」
写真は、日曜のタカプナフリーマーケットで、青いテントの下でチジミを焼いて売ってる韓国人のおばさん二人。
ほら、不安になったりする前に、これくらいの商魂と、積極的に生きようって気迫を見せて欲しいものだ。
2007年10月17日
クライストチャーチの雇用状況
先週当社クライストチャーチのマネージャーと話す機会があり、移住者向けの求人情報やワークビザサポートをしてくれる会社の情報等を聞いた。
マネージャーによると、クライストチャーチの就職状況はかなり悲惨であり、「まともな仕事がなくて」日本に帰る移住者が増加しているとの事。
たぶん最初はワーホリビザを取得して「自分探し」にやってきて、当時は日本人観光客も多くてお土産屋さんとかガイドさん、地元レストランで働いて生計を立てていたのだろう。
そのうち、CHCに住む日本人相手の商売も出てきて、日本食レストランも出来て、それなりにCHCの日本人人口も増加して、現在ではワーホリを含めて約3千人の日本人がCHCに住んでいるといわれている。
ところがCHCは支店の街であり、独自のビジネスを持っていない。オークランドであれば、ニュージーランドの商都として様々なビジネスがあるが、CHCの場合はオークランドの支店という位置づけであり、CHC独自のビジネスが存在しないのが現状である。
これだけインターネットが発達して飛行機がオークランド-CHC間をほぼ1時間ごとに飛ぶようになり、飛行時間も1時間30分となれば、会社側としても、あえてCHCに支店を作る理由もなくなる。
今の日本でも東京が栄えて大阪の支店が閉鎖されるようなものだ。
そのため、昼間にCHCの繁華街の大通りを歩いていても、酔っ払った若者が群れをなしてふらついてるか、大聖堂のベンチに座り込んでる老人を見かけるくらいだ。
「この街、住むのには最高なんですよ。でも、仕事をするってなると、ほんとに何もないんです」そう話すマネージャーも、ワーホリで来る人々の仕事の相談を受けてあちこちに聞いてるから、状況が良く分かる。
勿論誰もが失業をしているわけではない。実際に政府系の調査ではオークランドの失業率が3%以上なのに対してCHCでは2.8%である。
この調査ではパートタイムでも「フルタイム」と同じ扱いになるので日本の失業率とは異なるが、ニュージーランド国内での比較なので、どちらにしてもオークランドの方が「仕事が少ない」という結果になる。
街には新しくてお洒落なレストランも増えており、住宅価格も好調で上昇しており、つまりこの街で生まれ育ったまともな家族は、ニュージーランドの好景気に合わせて生活が向上しているけど、その景気に乗り切れない日本人がいるという事だろう。
実際に街を歩いて日本人に話を聞くと、なかなか良い話を聞かない。日本では高学歴でも、その資格はニュージーランドでは通用しないので、結局地元の日本食レストランで最低時給(11.25ドル)で働くしかない。
おまけに、いくら日本食レストランで仕事を見つけても、最初の3ヶ月は「見習い」とかで、最低時給を下回る7ドルくらいしか支給されないケースも多いようだ。
今時そんな法律違反を堂々とする経営者もどうかと思うが、それを黙って働くしかない日本人労働者もどうかと思う。
「まあいいや、実際に素人なんだし、喧嘩して気分悪くなるよりは黙って働こう、どうせすぐ辞めて旅行に行くんだし」そういった短期労働者が現在のCHC労働市場を形成していったのだろう。
仕事がなければオークランドに出てくれば良いのだが、それは嫌らしい。だから日本に帰って働いてお金を貯金してから、またCHCに戻ってくるというようだ。
でもさ、35歳過ぎて日本でまともな仕事があるのか?今までCHCで過ごしてたってのは、おそらく専門的な知識も身に付けてないだろうし、今更日本に帰ってサービス残業やって土日も働いて、それでいて高給が取れるわけではないだろう。
それよりも為替がこれだけ強い現在では、オークランドで夫婦で働いたほうが余程ましではないか。この国であれば稼ぐお金と出て行く生活費を比較すれば、可処分所得は日本よりも多いのではないかと思う。
まあ個人の判断であるから僕らが何を口出しすることもないが、ただニュージーランドの経済環境が悪いとか生活に楽しみがないとかは、帰国してから言ってほしくないな。
だってニュージーランドの経済は絶好調で、今年も84億ドルの黒字で、来年の個人減税をしようと言ってるし、給料も毎年10%近く上昇してて、海外旅行に行く人が増加しているし、生活に楽しみがないと言っても、それはあなたの問題では?てか、そんな所に今まで喜んで自分の意思で住んでたんでしょ。
CHCの就職状況を聞きながら、自分に特技もない状態で何となく「自分探し」にやってきて、何となくワークビザが取れたので日本に戻るのも嫌で、そのまま毎日生活をしてて、特にその時間を勉強に費やすこともなく何かを学ぶわけでもなく、ただ単に毎日の時間が流れていった結果、今の自分があるのではないかと思った。
写真はオークランドの歩道拡張工事。それにしても、働いている人のうち三分の一はアジア人だな。
2007年09月15日
ガラスホール

9月12日から出張。香港で1泊してから成田経由で東京に入る。
毎日いろんな事が起こるけど、書く暇もなし。
移動しながらメールをどんどん返すってのは、戦場でライフル持って、正面の敵を叩きながら、周囲から受ける攻撃に反撃するようなもので、かなりゲームセンターで遊んでいるような気がする⇒意味不明か?
昨日は東京で取引先の方とホテルのバーで夕食ってか、酒を飲みつまみを食いながら情報交換。東京の現場で働いている人たちとの会話は、非常に有意義である。
今日は説明会を午前中に行い、午後は個人面談。
今晩はオークランドに以前訪問頂いたお客様と、新規のお客様を数名入れて、やはりホテルのバーで飲みながら情報交換。
明日は静岡に移動、起業家のお客様と、やはり飲みながら情報交換。
つ〜か、毎晩飲んでるな。
写真は説明会会場の国際フォーラムガラスホールの屋根。ここ、あっち〜。役所なみに省エネで冷房を弱めてんのかな。
2007年09月10日
手洗い 2
ゲーセンを走り回るりょうまくんを見ながら、僕は小腹が空いたので、ゲーセンの一つしたの階にあるフードコートで食い物を物色する。家族だといつもKFCなので、今日は違うものを食べたい。
かと言って、韓国人がやってる寿司や京都鉄板焼きはさすがにな〜、あれ、たぶん喉を通らんなとか思いながら、かと言って中国人がやってるバフェット方式の、あの、一皿に盛れるだけ盛ってなんぼ!ってのも自分の美的感覚に合わない。
てか、お皿に山盛りにした、こぼれそうな料理を飲み物と一緒に支えながら歩くってのが、どうもいや。
そんな時に限って、少し湾曲したプラスチックトレイにあぶなかそうに載せたコーラが倒れたりして足にじゃぱ!ってひっかかり、その弾みに足をぴょんと上げたら、今度はつるつるのトレイの上を、つるつるのプラスチック製のお皿が勢い良くすべりだして、反対側にがっちゃーん!と落ちて、周囲20メートルくらいの人が皆振り返って、可哀そうよねなんて視線を当てられて、そいでもってそんな状況に耐えられなくて逃げ出したいけど、そこは日本人だからやっぱり汚したものをそのままにして泣きながら去っていくなんてのも出来ないから、周囲の視線を浴びつつ、跪いて料理を片付けるって事になる場面を想像しただけで、絶対にこの料理は取らないと決断する。
たかがフードコートの料理でそこまで考えるか!って思うかた、すみません、これが自閉症の症状です。
かと言って、中東系のケバブなど、最初から野菜、特に天敵のたまねぎをどっさり標準で入れる料理等、食いたいくもない。
どんなにケバブが美味しそうでも、たまねぎ抜き、野菜抜き!なんて僕が連呼すると、カウンターの内側にいる中東系の兄ちゃんが、いかにも見下した様子で「おい、たまねぎは体に良いのだ、何故食べない?」なんてのを、そのひげづらで偉そうに言われた日にゃ、おそらく僕はその場で金を叩きつけて去るだろうってが見えてる。
20年ほど前、日本でもそういう事件を起こした事があり、その頃からあまり変わってないので、今もおそらく同じ事をするだろな。
その時は江ノ島で旅館に3泊して会議の予定だったのが、旅館の受付で服のクリーニングに関して何かありぶち切れて、僕はその旅館で予約してた3泊を、全額払ってキャンセルした上で、毎晩会議後には東京に戻って朝までやってるマージャン屋に行き、適当に麻雀して仮眠して、翌朝旅館の会議に参加するってのを3日続けてやった記憶がある。何故怒ったのか原因はもう忘れたが、この制御不能の性格、今でも時々出ることがある。まさに、ヤバシ!である。
僕は中東やインド系の人に敵意はないが、あの、人を見下したような、いかにも自分だけが世の中の事を何でも知ってるって基本姿勢が嫌いなのだ。
かと言ってその隣の、キーウィ店員がいるフィッシュ&チップスは、あれ食った日にゃ、たぶん夜の水割りがまずくなること請け合いってくらい油っぽくて、魚が新鮮じゃないからくさくて、おまけに魚を揚げた油でそのまま芋のフライまで揚げられたら、ダブルくさいって事になるので、遠慮する。
その隣はマックなので、最初からフル無視。結局ぐるっと回って、若いアジア人の女性(たぶん中国人)店員が働いてるカレーショップに行く。インド人はスーパーバイザーみたいに命令するだけで客を見てないので、これなら安心して注文が出来る。
中国人女性らしき二人組みは、丁度1時頃の込み合う時間に、注文をさっさとさばきながらネイティブ英語で「は〜い、何食べる?」って聞いてきた。年の頃20代前半のようだが、3代前からニュージーランドに住み着いている華僑の子供のような横着感がないので、子供の頃に親と一緒にニュージーランドに来たのだろうと推測される。
バターチキンカレーとナンを一枚、ご飯は少なめ、それにそこにある3ドル50セントのコーラ一本(500ml)と注文すると、「はい、合計で13ドルね、持ち帰り?それともここで食べるの?」と、にこっと笑って軽い調子でさらさらと話しかけてくる。
この子達も、自分の判断で移民したわけじゃなくて、親に連れられて来たんだとしても、今は学校を卒業して、人生の入り口としてまずはフードコートのレストランで働いている。
オークランドの場合、大学さえ出てれば、そして仕事をそれほど選ばなければ、就職率は100%に近い。仕事も、ネクタイをして冷房の効いたオフィスで書類作業をするという事になる。
また、狭いオークランドを跳び越してシドニーで働くという方法もある。ただ、高卒で特別な技能がない場合は、どうしてもキーウィ社会の最底辺から入るしかない。
それが洋服店の販売スタッフだったり、フードコートの店員だったり、荷物運びとかの仕事が中心だが、時給はどうしても安い。12ドルくらいから始まるだろう。その後も、特別な技術を身に付けない限り(例えば大工とか調理とか)、あまり高給は期待出来ない。
更にその後も、ニュージーランドの社会では年齢ではなく業務内容で給料が決まるので、やはりこれは25歳程度になってある程度資金が出来たら、再度大学に入りなおして資格を取るという方法が、人生における資金的成功の一つだ。
ただ、そこまで計画的にものを考えることが出来るなら最初から大学に通っているわけで、この国は大学に通ってもあまりお金はかからないのだから、これはやはり親があまり教育に熱心でないまま、子供を早いとこ社会に送り出し、家計の手助けをさせるという事だろうか。
まあ、このあたりをあまり詮索してもしょもない事だ。今、目の前で働いている可愛い女の子たちは、料理用の大匙で白いボウルにカレーを注ぎ、水気の少ないご飯をお皿に盛り付けて、その上にトングで掴んだ白いナンを乗せてくれる。
横のレジでお金を払ってコーラを受け取ると、僕はすぐ近くの二人掛けの椅子に座ってトレイを乗せて食事を始めた。
食事をしながらよく見ると、このカレーやの厨房では、ひげを生やした若いインド人の男の子が、器用にフックを使ってナンをタンドリー?タンドゥール?(tandoor)から取り出していた。
そういえばこのチキン、実にジューシーだ。これ、タンドリーチキンだよね。ぱさぱさの奴じゃないから、この値段で食えればラッキー。
ナンをカレーに浸してぱくつきながらあたりを見回すと、やはり中国人が目立つ。態度があつかましいという事もあるが、やはり絶対数の多さかな。
それにしても、さっきの洗車ビジネスと言い、ここに集まってる中国人と言い、カレーやでスーパーバイズするインド人、タンドリーからナンを取り出すインド人、そこで働く中国人、隣の店の韓国人と、こりゃまさに人種の坩堝だ。
勿論この社会のトップに君臨するのは、今の時代に成人としてジモティとして存在する、つまり天の時、地の利、そして小学生時代からの同級生を抱えて人の和を謳歌しているキーウィだ。
世界から移民を受け入れるキーウィは、その心中では「来てくれて有難う、秩序を守ってしっかりこの国に利益を落としてね」だし、移民側では「住まわせてくれて有難う、しっかりこの国で新しい人生を楽しませてもらいます」だろう。
移民として生きていくってのは、その社会の最底辺に入り込んで、そこから自分の子供の代までかけて社会の中層に入り込んでいく、とても息の長い作業である。
だから、今の日本で移住したいという人にも、一体どれだけ覚悟があるのかと聞きたいなって思ったランチタイムだった。
さて、1時間後、ゲームの軍資金を半分以上(つまり20ドルくらい)使い終わったりょうまくんを、無理やりゲーセンから引っ張り出して車に戻る。
お〜、実に綺麗!ワックスかけてるので、表面がソフトにすべすべする。またも愛想の良いおにいちゃんがこちらの姿を見かけて、にこってしながら、「はい、鍵はこ〜れ、お金はさんじゅううどるです〜」と話しかけてきた。
「ありがと、ほんと綺麗になった、こりゃいいな、また来るね」と、現金を渡して車を駐車場から出した。何となく気持ちよい。どのような環境でも頑張っている人を見ると、こちらも頑張ろうという気持ちになるし、すがすがしい思いが胸にふわっと浮いてくる。
また次に車を洗うときも、ここを使おう。30ドルは高いけど、それでも費用対効果を考えれば、10ドルの子供洗いの3倍以上の価値がある。そして、少しでも彼らの仕事に利益が出ればと思う。
移住をしたければ、よほどたくさんの資産を持ってくるか、それとも今までの社会的地位をゼロにして忘れて、なおかつ2年程度はキーウィ社会の最低限の生活を覚悟してくださいって、いつも説明会で話している。
大体この話をすると、それまで目を輝かせてた30代の夫婦、特にご主人の方が、風船がはじけたように、しゅーっと縮むのが、演壇から見ても良く分かる。
日本の説明会でも必ず案内することだが、移住は逃避行ではない。新しい世界への挑戦だ。戦いを拒否して逃げ込む人には、ニュージーランドのバリアーは高く越えにくい。
日本で戦うにしても、日本のルールは不公平だ、だから公平な国で挑戦するってのなら良い。その時は庭師でも道路工事でも、とにかく手を汚してでも働くって気持ちがないと、まず数年のうちに潰される。それも、自分のしょうもないプライドによってだ。
手洗いは、水作業だ。吹きっさらしの駐車場で冷たい水を使いながら一日中頑張って働く彼らは、少なくとも自分が住んでいた国の生活よりも治安や経済面で豊かで、明日は今日よりはもっと良くなるだろうと夢を描いているのだろう。
写真はSTルークスのフードコートの写真。グレンフィールドの写真、撮り忘れてしまった。
2007年09月09日
手洗い 1

土曜日の朝は竜馬君を連れてスイミングスクールへ行く。
半年ほど通った成果として、彼は最近クロールが出来るようになった。まだ水に乗り切っていないから腰のあたりがぴょこぴょこと浮いたりするが、息継ぎも悪くない。背泳もまっすぐ進むようになったので、一ヶ月50ドル前後の会費を払った結果としては、父親としては結構満足。
これで子供が海に泳ぎだしたとしても、溺れる危険はかなり減少した。たかがプールごときで溺死と比較するのも極端だと思うかもしれないが、元祖自閉症の僕としては、どうも極端な話に飛んでしまう癖がある。
プールの後はグレンフィールドショッピングセンターでゲームだ。
今日は天気予報は雨だったのに、どうやら天気は持ちそうだな、少しは青空も見えてきたね、そろそろ車を洗わなくちゃ、そうだそうだ、行きつけの洗車場(セルフと自動洗車機)に行こうなんて思いながら車をグレンフィールドショッピングセンターの駐車場に入れる。
「そうだそうだ」が出始めると、そろそろぼけの始まりと思っている僕からすると、たかが会社がお休みの土曜日だからと言って「そうだそうだ」が出るのは良くない。
何故かって言えば、洗車という小さな問題ではあるけど、すでに一度は問題として認識しているのに、それを実行、又は計画的な処理もしないまま記憶の闇に眠り込んでしまい、何か他の事があってふと思い出すってのは、危機意識がないからだ。
たかが洗車くらいの事で危機意識ってのも随分話がワープするわけで、そういう極端な話しか出来ないお前の思考回路が危機ではないかと言われたらそりゃそうだが、再度、元祖自閉症の僕としては、極端な話しか思いつかない。
問題点が危機意識の欠如であれば、それが洗車であろうが戦車であろうが原因は同じで、やはり自己反省が必要なり。
極端な話と言えば、実は僕が他人と話をすると、すぐ極端な話に飛んでしまうことがよくある。
日本にいる時も、人が「なんだかこれがさ〜、困っててね〜」などと言えば、解決策が見えている場合はすぐ提案するのだが、これが結構極端だったりする。
すると相手は「いや、そしたらこれがさ〜」とか、困っている本人が、実は解決したくない、つまり「出来ないための言い訳」をする。
要するに解決する気持ちもないし、解決に向けて努力するつもりもない、更に要するに、自分が抱えている問題の重要さの優先順位がきちんと整理出来てないから、問題をこねくり回して、「僕(又は私)って問題抱えてる、なんてかわいそうな僕(又は私)」って筋書きを作って、自分で自分のプチ不幸を弄んで、それでうまくいけば女を誑かす時のネタにしようくらいの気持ちを持っている。
そんな気持ちが見えるから、「つまり、問題を抱えて楽しんでいるんですね、じゃあ話は終りですな、このテーマ、さいなら」という事になる。それ以降は他の何を話しても、僕自身がまったく心ここにあらずなので、他の問題についても一緒になって困ることもしないし、無駄な時間を潰すこともしない。
実は、そういう状態になった時の僕は、ひたすら苦痛を感じる。ほんと不思議なのだが、ものすごいストレスを感じて、そのまま椅子を蹴っ飛ばして出て行きたくなる。
問題を抱えている場合、大事なのはその原因がどこにあるかを突き詰めて、原因を治療する事である。対症療法が効果的なのは、コレラになったらとにかく水を飲ませるしかないって時くらいで、これだって極端な例だが、自閉症なので、どうしても生半可な「風邪になったら治す薬がないから対症療法で鼻づまりの薬を飲む」なんてアイデアが出てこないのも、僕の悪い癖だ。
だから、あんまり人との会話が成立しない事が多い。
とか、車を運転しながら、実にしょむない事をあれこれ考えながら車を駐車場に入れたら、あ〜、そうだそうだ、ここ、最近駐車場の一部を借り受けて洗車サービスが始まったのだという事を思い出した。
「あ〜、そうだそうだ」ってのは、前回ここで洗車しているのを見たわけだから、今回はきちんと目的意識を持ってこの場所に向かうべきで、偶然車を洗いたいと思った時に偶然洗車場を見つけるってのは、あまりに偶然に任せすぎで良くないと、更に反省。
「お買い物のついでに車を洗いませんか?手洗いでワックスもして、1時間でピッカピカになりますよ」って売り文句で、ショッピングセンターの5階建ての駐車場の4階部分に入居している。
とは言っても僕が車をビルの4階まで上げたわけではない。このショッピングセンターは崖沿いに作られてて、グレンフィールドロードから入ると5階に乗り入れるような構造で、だから4階ってのは、入り口から一つ下の、屋根付の駐車場って事になる。
でもってこのショッピングセンターは、各階ごとにショッピングエリアと駐車場が併設されているので、車を止めた階からそのままショッピングエリアに入れる。
確かに、自分で車を洗ってワックスまですると、どうしても1時間近くかかる。だから、ついつい手抜きで自動洗車をするのだが、あれだと今一ピカピカ感がない。
なんつーか、シャンプーはきちんとしたけどリンスをしてないような感じ。これはあくまでも「感じ」であって、丸坊主の僕は最後にリンスを使ったのが何年前なのか思い出さないくらいだから、あくまでも感じ。
そんな消費者心理をついての新たな商売だが、1時間で手洗いをやってくれるその対価は、普通車で30ドル、4WDで35ドルだ。車内も綺麗にしてくれるサービスは、45ドル?だっけな。
でもま、日頃自分で車を洗う時間もないし、自動洗車じゃ物足りず、やはりたまにはワックスも欲しいし、りょうまくんのゲーム代を考えれば、30ドルならOKだなと思う。
ただ、何がすごいかって言うと、僕の前に道はない、じゃなくて、僕の前にはすでに3台ほど洗車中の車があり、僕のすぐ後ろにもオーストラリア製の図体のデカイホールデンが待っており、スタッフが3名くらいでせっせと車にワックスかけてたって事だ。
おいおい、これだけ需要があるんかいな?そりゃまあ土曜日って事もあるし、今日は曇り空って事もあるし、最近は雨が多いので車が汚れやすいって事もあるだろう。
でもさ、30ドルでっせ、30ドル!それだけのお金を、お買い物の後にピッカピカの車を運転して帰るって優越感を持つためだけに、たった1時間の洗車の為に払い、満足するって、キーウィって、いつの間にかこんなにリッチになったのだ?というすごさ。
商売を思いつく奴も立派だし、それを商品として購入するほうも大したもんだ。このショッピングセンターだって、中流地域に立っているので、ノースショアのどっかのような優雅な人々がメインの客層とは言い難い。
一昔前なら、こんなビジネスは絶対に成立しなかっただろうし、誰も思いつかなかっただろう。実際、車洗いってのは、近くの子供が週末に1台10ドル程度で洗うのが主流だった。
もしくは子供がお父さんと一緒に週末にごしごし洗うってのが一般的だから、こんな商売、誰が思いついて、誰が成功?とまではいかないけど、これだけ行列の出来る商売にしたのだろう。
そんな事を思いながら車を入れて、隣で車を洗っていた作業着のインディアン系(つまり黒い肌)のおじちゃんに話しかける。すると彼は、何語か分からんがちょっと待ってくれ的な仕草で、更にその隣の車にいた白人系のお兄ちゃんに声をかける。
綺麗な金髪と使い込んだような作業着の、ひょろっとした体格の彼に「ここ、鍵をつけたまま置いておけばいいの?それと、時間はどれくらいかかるの?」と聞くと、思いっ切り訛りのある英語で、「お〜、そうね〜、か〜ぎはな、つけとい〜てな、洗ったあ〜とで、う、動かすからね〜」と、愛想良く答えてくれる。ほうほう、東ヨーロッパか南米の方ですな。
良く見ると、後ろの車の運転手が話しかけている、同じくインディアン系のおばちゃんは、殆ど話が通じてないようで、僕の話しているお兄ちゃんの方をしきりに指差しながら、「ちょっとまって」のサインを運転手に送っている。
な〜るほど、移民のビジネスってわけだ。
勿論この商売を思いついたのが移民かどうかは分からないが、ニュージーランドにやってきたものの、まだ言葉が出来ないけど、働きたいし働かないと食べていけない移民の受け入れ先になっているんだ。
何だか、英語も出来ないのに頑張っている姿を見て、うじうじして格好ばかり気にする日本人に見せたくなった。
「じゃあね」と車を置いて、そのままりょうまくんとゲームセンターに入る。あいも変わらず盛況で、さっそく友達を見つけたりょうまくんは、狭いセンターの中を走り回ってた。
長くなったので、続く。
写真はジャガーXJ8。僕の車ではないが、これくらい輝いてたって意味。
2007年08月11日
移住先

移住先
「百姓そのものをやりたいというのであれば、ここで暮らしていける。衣食住には困らない。ただ、消費生活をしようと思うと辛いな」
5月28日付けの日経ビジネスで掲載された、島根県津和野市奥ケ野集落で、その代表者である糸賀さんの話だ。
山奥の農村は過疎化が進み、空き家となるケースが多い。そこに、都会から移住してくる若者家族が住み着くのだ。
ただ、移住を希望して40人ほどの家族が来たが、3日で出て行く人もいれば、半年で出て行く人もいる。ここ数年で定住できたのは3組だけだという。
そうだろう、皆、自分の旅の先には桃源郷が待っていると思う。でも、ただ座ってればおいしいご飯が食える(Free lunch)、そんな桃源郷はないのだ。
島根の田舎でも、やっぱり一生懸命働いて、周囲のおじいやおばあとのバランスを考えながら生きていかねばならないのだ。農業に憧れるだけではやっていけるわけがない。
ましてや、都会でコンビニや地下鉄の便利さを知ってしまった若者が、一体どれだけ田舎の「何もなさ」に耐えられるだろうか?そうして、憧れだけで移住して、憧れだけでは生きていけない自分を知り、また都会に戻る。
これって、ニュージーランドと良く似てるな。
この国を桃源郷と思ってくる人がいる。確かに日本に比べればそうだろう。でも、どう転んでも、神様は「何もしない人間」に桃源郷を与えはしない。あくまでも、戦って生き残る力を持った人間にだけ、その権利を与えるのだ。
20戸くらいの農家が集まって、それぞれに将来を考えながら毎日の生活をしている。でも、その生活は、例えばテレビを見るためのアンテナを共同で作ろうとしても、いくつかの家庭では「いや、うちはもう買ったからアンテナは不要です」と、どうしても自分の都合が優先される。
同じ村で長年住んでいながら、利害関係が出るとすぐに自分の事しか考えなくなる人々。
そして、ニュージーランドに来ても24時間開いてるコンビニがあって、お弁当やカップ麺が売ってると思っている人たち。田舎の良さと都会の良さが同居していると思っている人たち。とにかく移住すれば幸せになると思ってる人たち。
そんな人がニュージーランドに来ても、絶対に長続きしない。津和野市でも同じだ。勘違いしてやってきて、そして失敗して、結局は時間だけ無駄にして、失敗した自分に腹が立ち、また結局他人のせいにする人々。
移住先を選ぶ時は、本当に慎重になって欲しい。自分が求める生活がそこにあるのか?そこにあるものだけでなく、「ないもの」もきちんとしらべてほしい。
日本のような便利さがないという痛みが、どれほどか、しっかり理解して、それから来て欲しい。
写真はリマーカブルスキー場から降りる車中より。ガードレールもなく砂利道で、20年前から全く変化してないが、かなり危険な道中。スキー場にレンタカーで行く人、十分ご注意下さい。
2007年08月01日
月曜日の朝から

月曜日の朝から飛び込みのお客様あり。50歳半ばの男性で、不動産投資で資産を形成されて、今回は家族を連れてオークランドにやってきて、不動産と管理をしてくれる会社を探しているとの事。
「いくら儲けても、日本じゃ意味ないですよ。殆ど全部が税金でしょ、その税金が何に使われるかが分からなくて、もうバカらしいやら何やらでね、今後は稼いだ金をニュージーランドに持ってきて、こっちで納税した方がましですよ」
おとなしそうな顔つきなのだが、日本政府に対する怒りは、かなりのようだ。
今の日本の問題を突き詰めれば、結局政治不信に繋がるのではないか。インターネットが発達する以前では個人の情報収集には限度があり、大手マスコミは政府に寄生、じゃなかった、規制されているから、自由にモノが書けない。てゆ〜か、一緒につるんで美味しい思いをしているほうが良い。だから日本の政府がどんな事やってるか、民間の一般人は知る由もなかった。
何時の時代も、日本では国民が苦しめられてきた。苦しめられるプロである日本人は、少々の事では怒らない。
「またいつもの事だ、銀行がバブルで吹き飛んで、政府が貸し付けた金が結局わけの分からないところに流れてるみたいね〜、全くもう」で終わり。
それでも真面目に納税する国民って、世界中の政治家の垂涎の的ではないかな。
「もうね〜、こっちが頭使って金を稼いでもね、それを坊主○取りじゃないけど、税金って名前で勝手にもってっちゃう。それも、ちゃんと俺たちに分るように医療や教育に使われてればいいよ。それがさ、年金を使ってグリーンピアとか作ってみてさ、国民は増税され医療は削られ、結局儲けるのはお上だけって事でしょ、こりゃおかしいよ」
税金を払うのは義務だが、それは国民としての権利を保障してもらう事が前提だ。それに、どこで納税をするかは国民が自分で決める事だ。
本当に、今年になってこのような駆け込みのお客様が増えた。
2007年07月13日
不動産
今日は一日、不動産の件で走り回った。
午前中は既存不動産の管理について打ち合わせ。
13:00丁度であるアパートメントの物件を購入のために、お客様と一緒に売主と会って現物を見る。
オーナーはアジア人で、物件も悪くない。
そのお客様は日本から来ており、短期で購入を考えていたので時間が全くない。
なので、無駄な駆け引きなしにやりたい、その事を告げた上で、その場で言われた料金を一切値切らずにOKとした。場で値段を決めて契約書作成となった。
オーナーは実にうれしそうに、「あたしゃ日本人daisuki!おはよ、こんにちあわ!」みたいに話しかける。13:30
いつお願いしても笑顔で働いてくれる韓国系弁護士のエレナのところに書類を持っていき、内容を確認、約10分で契約書を作成して、早速相手の弁護士にファックスしたのが14:00。
ところが契約書を作成した後になって、急にオーナーがずるそうな声で「あのね、他の人からもオファーがあってさ、もうちょっと値段上げてもらわないと売れないよ」と言い出したのが15:00。
他にも何だかかんだかと、決めた後にいろいろ言ってくるので、お客様はソッコーキッパリ「いらない。もう話しない」となったのが15:20。
するとオーナーは手のひらを返したように、おたおたしながら「いや、その金額は私じゃなくて親戚が決めた金額で、だから私もよくわからないくてetcetc」遅いっちゅうに。
「いや、貴方は私に嘘をついた。一度口からでた言葉をひっこめるんじゃない。もう貴方とは取引しない」
「ごめんごめん、すぐに元の価格に戻すから、考え直してetcetc」
「いやいや、そんな問題じゃない、信義の問題だから、今回はNOだ」彼らは、そんな交渉ばかりやって無駄な時間を過ごしてきたのかな。信義ってのを理解しないまま、この年齢まで来たのかな。
そうやって電話を切ったのが16:00.
お客様と別件で打ち合わせしている時に再度ファックスが来て、元に戻った金額の契約書が来たが、その場でお客様と目を見合わせ、NOと決めたのが16:30
オーナーに再度電話して、はっきりと「NO」といったのが16:45。
その後、税理士の件で打ち合わせをしながら、お客様が「いや、実はね、xxxxx」という話になる。毎回、良く聞く話だ。
どうしてこの街の日本人は、人の足を引っ張るのが好きなんだろ、て〜か、日本人なのに、ビジネスの信用というものが全く理解出来ず、次々とお客様の信頼を失う人々。
結局今回は契約が成立せず、エレナに契約書を作ってもらった分は、うちの負担だ。しゃあないな。エレナに電話をしたのが17:00。
「エレナ、今日はありがと。請求書送ってね。でもって、今回の契約は破棄だ。」
「え!そうなの!・・・そっか、まあいいや、じゃあ今日は私もフリーにしておくわ」だって。彼女は韓国系キーウィ。
すべてが終了したのが17:10。
まだ少し痛む右手で、オークランド最後のブログを書いている。
今日は、日本人の気持ちよい性格、アジア人のずるい性格、移住した後に日本人でなくなった人の性格、そして一番最後に、とってもうれしいお隣の国出身者からの心温まるギフトと、人生って楽しいねって思ったのが17:30。
明日の飛行機で香港経由日本。来週は日本が舞台。
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2007年06月16日
訪問客あり

木曜日の夕方、日本から税理士の先生方7名が当社を訪問。本来は通常のパックツアーで来る予定だったが、たまたまそのメンバーが、前回の日本出張で僕が行った税理士向けの事業継承プログラムを聞いて頂いており、今回の旅行に無理やり予定を詰め込んでくれた。
「ほ〜、ニュージーランドでは、一つ屋根の下に知らない男女が一緒に住むのですか?」とか、「え、アパートに住むのに保証人が不要ですか?」から「え?!家賃収入は課税対象ではないのですか?」まで、様々なびっくりマークが飛び回る。
ニュージーランドの家族信託会社の仕組みを説明すると、全員が目からうろこ状態で、「なるほど、これかい」って、本当にびっくりしていた。
全部で1時間半しか時間が取れなかったので詳細の説明は出来なかったが、日本では先生と呼ばれている勉強家の税理士なので、日本に帰って少し頭を冷やしてみれば、僕が提案したプログラムを理解してもらえるだろう。
今日は朝から1時間半、ニュージーランドへの投資に興味を持つご夫婦に個人面談。やはりニュージーランドの情報が絶対的に少ないし、たまに見つかっても、内容が「猫が可愛い」とか「犬と生活」とか、お笑い系の情報しかないので、本気でニュージーランドに移住や投資を考える人には、圧倒的に不足している。
お客様の業種を聞き、収入源を聞き、移住が可能である事を伝えると、やはりお客様はびっくりされる。
でも、今の日本のしょうもないしがらみに絡み付いて、払っても自分が受け取れない年金や、払っても結局役人の退職金にすり替わってしまう税金を払うことの無意味さは、本人たちも良く分かっているので、わりかしスムーズに話を理解してもらえた。
いつもいう事だが、納税は自分の判断だ。どこの国家に税金を払うかは、自分で判断することだ。日本で払うことが無駄だと分かっている以上、払っただけの見返りのある国はどこか?
そう考えてみれば、今のニュージーランドは日本より数段魅力的であろう。投資先としても良いし、いろんな意味でこの国は日本人の視野に入り始めている。
来週も、移住を目指してのご夫婦が到着だ。ますます忙しくなるが、これがニュージーランド移住5万人計画の一助となればと思う。
写真は、山水の影絵NO−2.香港人は、ある意味うらやましいな。世界中どこでも自分の世界を作って、楽しく生きている。


