世界と日本 味めぐり

2008年05月15日

そろそろ冬・・・秋刀魚

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空気が冷えてきた。

 

太陽は出ているのに空気が冷たいから、道行く人もいつもより少しづつ厚着している。

 

 

 

こうなると温かい食べ物が欲しくなる。と言うことで最近よく昼食で食べるのが「海鮮茶漬け」。

 

そんなメニューない!って感じだが、元々は鯛茶漬けをイメージして作ってもらった山水の裏メニュー。

 

最初は鯛だけと思って注文したのだが、そのうちサーモンを載せるとさらに旨いことに気づいた。

 

それからいくらをトッピングにすると、これがまた熱いお湯で皮がピンと張って、歯で噛んだ時にプチっと割れる快感が良い。皮の中から塩味のジュースが飛び出るような感じ。

 

でもって、通常の鯛茶漬けならお茶を使うって事になるけど、当店のはうどんのだし汁を使ってる。関東系のうどんスープではないので、お茶代わりに使っても色を汚すことがない。

 

海鮮茶漬けそんなこんなで現在の完成形が出来上がったのだが、あまり空腹でない時とか、軽く食べたいけど肉は嫌だな〜なんて時に、新鮮な魚と温かいご飯、そこにうどんの出汁がよく効いたスープをかけてくれるので、実に食べやすくて胃に優しい。

 

 

 

結構いけるので最近は表メニューに載るようになった。でも、僕以外に誰か注文しているのか?

 

お茶漬けと言えば思い出すのが魯山人。多分近代日本の中で一番の美食家ではないかといわれてる彼は、お茶漬けにも拘った。

 

例えばのり茶漬け↓

 

「それは、いい海苔をうまく焼いたものか、焼海苔のうんと
  上等のを熱い御飯の上に揉みかけ、その上に醤油をたらし、
  適当に山葵を入れて、茶をつげばよろしい。熱い御飯を海
  苔で巻いて食べる人は沢山いるが、焼いた海苔を茶漬けに
  する人はあまり見受けぬ。一椀について海苔の分量は、せ
  いぜい一枚か、一枚半を使う。これは朝によく、酒の後に
  もよく、くどいものを食った後にはことさらにいい。多忙
  な時の美食としても効果がある。茶の代わりに、かつおと
  昆布のだしをかけて食べるのもよい。これらは副菜の漬物
  を一切要しない。」

 

彼は他にもてんぷらを使った「天ぷら茶漬け」なんてのも創り出した。

 

最近ではお茶漬け専門のお店もあり、そこの一番メニューが「天茶」のようだ。

 

天茶「天茶」は、天ぷらを乗せたご飯に鰹だしの入ったほうじ茶をかけるもので、美食家の北大路魯山人氏が好んで食べたといわれる伝統料理。

 

同店では、通常のだし入りほうじ茶だけでなく、だしに豆乳を加えた新しい食べ方も提案する。

 

これまで天ぷらを食べる機会の少なかった若い女性をターゲットに、「トラディショナル」「ヘルシー」をコンセプトとして新たな客層の獲得を狙う。

 

なるほどなるほど。

 

そう言えば一昨日は、おくさんが魚市場で秋刀魚を見つけてきた。普段は冷凍でしか見かけないのだが、これも季節感かな〜。

 

佐藤春夫の「さんまの歌」を思い出した。

 

あはれ秋風よ
情(こころ)あらば伝えてよ
----
男ありて
今日の夕餉(ゆうげ)に ひとり
さんまを食らいて
思いにふける と。

 

sannma佐藤春夫ってのは「細め雪」で有名な谷崎潤一郎と仲良しで、あんまり仲良くて奥さんを寝取った人。彼がずっと片思いでいた頃に、さんまをネタにした歌をたくさん作ったのだが、上の歌はちょいと自虐的。

 

 

 

それに比べて下の歌は、何と谷崎家の家庭の内情を暴露する歌。

 

さんま、さんま

そが上に青き蜜柑の酸(す)をしたたらせて
さんまを食うはその男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみなつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかいけむ。
あはれ、人に捨てられんとする人妻と
妻に背かれたる男と食卓にむかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男にさんまの腸(はらわた)をくれむと言ふにあらずや。

 

 

結局谷崎潤一郎と別れた千代は佐藤春夫と一緒になる。

 

さんま、さんま

さんま苦いか塩っぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
さんまを食うはいずこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは問はまほしくをかし。   

 

昔も今も、さんまはさんまか。



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2007年10月21日

TriBeCa

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TriBeCa  (トライベッカ) 

 

そろそろ薄暗くなりかけた金曜の夕方、パーネルのレストラン街が次々と明かりを点けて開店する中を、キースが運転するタクシーはゆっくりと長い坂を登る。

 

数年前に訪問したきりすっかりご無沙汰していたレストラン「トライベッカ」はパーネルからニューマーケットに走る道の途中にある。

 

シックな調度のメインダイニングは緑の芝生に覆われた庭に面しており、夏になれば庭にセットしたテーブルで食事も出来る。

 

いつも地元のお客で賑わっているが、シティで仕事をしてノースショアに住む僕からすると、パーネルはちょっと微妙な位置である。

 

飲むなら車では行けないし、かと言って酒を飲まない奥さんに運転してもらい子供連れの家族で行くような雰囲気の店ではない。

 

なので、パーネル地区自体が随分ご無沙汰だったのだが、今回は偶然地元日本語情報誌に「トライベッカで働く日本人」と言う記事が出て、それで思い出して金曜の夜に予約を入れて、いつもの飲み友達と一緒に訪問することにしたのだ。

 

この友達と飲みに行くと最後は大体漫才飲み会になって周囲を笑わせてしまうおちゃらけ状態になってしまうのだが、見かけは普通のカップルに見えるので、初めての街で飛び込みで飲むバーでもレストランでも、結構どんな店でも安心して入れるのがお得だ。

 

TriBeCaとは、ニューヨークにある古い倉庫群の街の名前だ。Triangle bellow Canal Street(キャナル・ストリート下の三角地帯)の略。

 

ダウンタウンの最南端に近い、北をキャナル・ストリート、西をハドソン川、東をブロードウェイに囲まれている、だいたい三角形をしたエリアである。有名な日本食レストラン「Nobu」がある場所としても知られている。

 

オーナーはアメリカ人、マネージャーはフランス人(食事後に立ち話をした時、最初は普通に英語で話してたけど、なんとなく少し訛りを感じたので聞いてみたら、元々はフランス出身なんだと言われた)との事。

 

古くてシックな煉瓦作りの建物の一画にあり、入り口が道路の裏側にあるため、初めて訪問する人は、どこから入ってよいか迷う。

 

トライベッカというネーミングから、古き良きニューヨーク、1920年代の、男が男だった、そして女が女だった時代を彷彿させるが、実際に煉瓦作りの店に一歩足を踏み入れると、そこは古き良き時代の書斎のような作りになっている。入ってすぐ左側にちょっとしたスタンドバーがあり、そこで軽く一杯飲んだ後に、奥のダイニングルームに行けるような作りになっている。

 

店に入った僕らは、バーには寄らずに(次の予定が8時に入ってたので)記事に載ってた日本人ウエイターの案内で、そのままダイニングルームに向かう。

 

内部がまたシックで良い。写真にあるような、古き良き時代のメインダイニングって感じだ。良い。これは良いぞという予感が心をよぎる。そして日本人ウエイターに椅子を引いてもらい、黒皮で縦長の、これもシックな感じのメニューをもらう。

 

「今日のお飲み物は、まず何になさいますか?」と、軽い笑顔を頬に載せた彼が尋ねてくる。

 

物腰の柔らかい、てか、一発で「お、これって日本の高級レストランで今一番流行ってる接客スタイルじゃね〜か!」って分かる丁寧なサービス、この時の嬉しさ!ここニュージーランドだよね、東京じゃないよねって、思わず頬をつねりたくなるような、嬉しいびっくり!この人、まるで日本のレストランで食事をしているような雰囲気を醸し出してくれるのだ。

 

実は日本でも、かなりのレストランではがっかりさせられるサービスが多い中で、更にこのニュージーランドと言うプロフェッショナルサービスの後進国では殆ど期待出来ないサービスがあるのだから、それはもう料理以前の段階でかなり盛り上がり、思わず高いワインを一本出してもらった。

 

レストランの要素は、味、サービス、雰囲気である。この3つがうまくバランスが取れているのが良い店と言える。

 

バランス、これは大事。

 

例えば銀座の久兵衛に行って、寿司職人さんが「何になさいますか?」などと語尾を下げて押えた話し方で言われると、ちょっと照れくさい。銀座のすし屋なのだ、短く切り揃えた髪にまっさらで真っ白な寿司着で「へい、らっしゃい!握りましょうか!それとも少しつまみますか!」と、きりっとして語尾が上がるような発音で会話を開始したいものだ。

 

それに比べてシックなレストランで求めるサービスは、語尾をきっちり押さえ込んでお客との心地よい距離感を取ることで知性を感じさせる一方、お客が会話をしたければすぐに乗るけど、でも話しかけられたくないなら、どうぞお二人で会話をお楽しみ下さいという無言のメッセージが伝わるような会話だ。

 

ぶっつけから「あ、すいません、ライトビールくださ〜い」って言う友達を無視して、僕は一人でワインを注文する。おいおい、この雰囲気でライトビールかよ?よほど喉渇いてるんじゃね〜か?だったらその辺の水道水でも飲んでろよとか心の中で思いながら、僕はフードメニューを眺めていく。

 

イベリコハムがニュージーランドでも手に入るんだとか思ったり、たたきとか日本食じゃん、ここのシェフ、何人だとか思ったりして、メニュー見学を楽しむ。

 

いろいろ見学してみて、どれも美味しそうだが、量が不安。どかっとこられても食えないぞ。

 

そのうちDegustation Menuと言うシェフのお勧めコースを見つける。一皿は少量で色んな料理を楽しめるやつだ。メニューの一番最後に、こっそりと載ってる。

 

やっとニュージーランドも、量じゃなくて味を楽しむ習慣が定着してきたなと思いながら、ェフのお勧めコースにする。

 

Chestnut, Shallot and Truffle Soup

 

最初のスープは、なんと取っ手付きのちっちゃなコーヒーカップのようなニップサイズで出てくる。これが可愛いだけでなく、美味しい。サイズが小さくても、しっかり味がついているのだ。これには、ちょいとびっくり。

 

クラウディベイのソービニヨンブランクと合わせても、両方とも飲み物なのに十分楽しめる。こりゃいいな、しょっぱなから「ここどこ?」空気を流して、オークランドにいる事を忘れさせてくれる。

 

Kelp Crusted Yellow Fin Tuna

 

次はツナだ。しっかりとした赤身を一筋取り出して外側を炙り、半生で辛味ソースを横に置いて出してくれる。おうおう、西洋人の魚の扱いも、少しは日本人に近づいてきたな、何とか食えるぞこれはって感じで、いけてる。付け合せのソースのバランスが良い。

 

Seared NZ Scallops
Iberico Jamon and Manchego, Char-grilled Asparagus Vinaigrette

 

これが一番良かったかも。貝柱をバターソースで合わせて軽く炒めてるのだが、貝柱の柔らかさを失わせずに、熱を通すことで味を更に馥郁(ふくいく)とさせている。隣にそろりと置いたイベリコハムが、一緒に食べると、また違う世界の別の喜びに連れてってくれる。これって何だ〜?

 

旬のアスパラガスも、貝柱に喜ばされた舌を、野菜独特の苦さ甘さで元に引き戻してくれるので、実に楽しい。

 

Seared Venison Tataki
Pear and Ginger Remoulade
Xocopili Paint

 

鹿肉のたたき。これは昔風の味だ。脂身が少ないから口の中でギトギトしない。大体日本人の霜降り信仰くらい馬鹿げたものはない。肉は赤身をがっつりと食うのがイノシン酸のうまさなのだ。

 

鹿肉は「ゲーム」なので、ゲーム肉独特の臭みを消す為にフルーツを使う。このバランスも良い。

 

新しいお皿になるたびにウエイターからの説明が入るが、これがまた気が利いている。この人、絶対NZMAとかの料理クラスの先生として接客を担当すべきだ。日本の接客を世界に!ワインをきれいに注いでもらい(これがきちんとできる店は少ない)、次の料理にトライする。

 

Roast Fillet of Beef
Buttered Cavalo Nero,
Merguez Mini Dogs and Hazelnut, Gorgonzola Jus

 

最後のメインは牛肉だったのを、お願いして二人ともラムに変更してもらった。これはちょい失敗かな。てのが、前の鹿肉ともろにかぶったからだ。ラムラックかと思ってたら、鹿肉のたたきと同じような「叩き」型式の、外側に火を通して中を半生で輪切りにして食わせる型式だったのだ。

 

勿論これはこれで美味い。美味なだけに、ここでかぶったのは、俺の責任だと自己反省。

 

Sorbet Refresher

Meyer Lemon Brulee
シャーベットとブリュレのデザートでしめてもらうが、615分に開始した食事が、その時点でもう815分。やばし、次の予定がきてる。

 

申し訳ないがと最後の素敵な飾り付けのデザートを食いながらお勘定をしてもらう。ちょいと失礼かなとか思うが、まあ仕方ない。

 

しかしまあ、かなり鮮烈な感激だった。いや〜、久しぶりに満足のいく食事だった。こんな事って、オークランドでは少ないよね。シティに戻るタクシーの中で、相棒と「こりゃいいね〜」の連発だった。

 

8時に約束してた友達も、結局そいつも別の宴会で遅くなり、丁度良い時間で会えた。馴染みの店を数軒回って、楽しい金曜日を過ごした。わいわい騒ぎ、これってまともな社会人かよとか思いながら飲む、歌う。途中でいろんな人と会って話すが、あまり記憶なし。結局土曜日の朝に目が覚めたら自宅のベッドで転がってたって状態。

 

良く働き良く遊ぶ。

 

それにしてもこのレストラン、次も是非とも行かなければと思わせる雰囲気でした。

 

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2007年04月29日

世界のレストラン

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ちょっと長くなるけど、CNNからの引用です。

 

ロンドン(CNN)  2007年4月26日 

 

英国の業界誌「レストラン・マガジン」がこのほど、最新号で2007年度版の「世界のレストラン・ベスト50」を発表、スペイン・バルセロナ近郊にある「El Bulli」が、昨年に引き続き2年連続で首位だった。

2位以下、6位までは昨年と同じ顔ぶれで、英国の「The Fat Duck」や、フランスの「Pierre Gagnaire」、オーストラリアの「Tetsuya's」などがランク入りした。

651人の委員が、世界70カ国の店から首位に選んだ「El Bulli」のシェフ、フェラン・アドリア氏は、自分自身を「料理人というより科学者」と話す。1年のうち半年は世界各国に出向き、様々な料理のインスピレーションを得ると、バルセロナの「実験室」にこもって、新しい味に向けて、様々な角度から研究するという。

国別に見ると、上位50店のうち最も多くランク入りしたのはフランスで、昨年の10店から増えた12店。続いて米国の8店、スペインとイタリアが6店で並んだ。

都市別では、フランス・パリの9店がトップで、ロンドンの6店が後を追っている。

2007年度版の上位10店は次の通り。

(1)El Bulli(スペイン)

(2)The Fat Duck(英国)

(3)Pierre Gagnaire(フランス)

(4)The French Laundry(米国)

(5)Tetsuya's, Australia(オーストラリア)

(6)Bras(フランス)

(7)Mugaritz(スペイン)

(8)Le Louis XV(モナコ)

(9)Per Se(米国)

(10)Arzak(スペイン)

 

******引用終わり******

 

ここの5番に出てくる「てつや」ってのは、その名の通り日本人だ。ワーキングホリデイでシドニーに渡り、料理屋の手伝いをしながら料理を覚えて、ノースで自分で店を出した。そこで作った新しいメニューの鱒料理が当たってシドニーっ子の人気を得て、今ではシティに立派な店を作った、ある意味伝説的な日本人。

 

僕も2回ほど食べに行ったことがある。

 

その時は予約をするのに2ヶ月先で、お店の予約を入れてから飛行機の手配をしたほどだ。

 

お店も立派な作りで、庭園を見ながらきちんとお酒を飲めるバーがあり、ダイニングテーブルに案内されると、そこも食事に相応しい雰囲気だ。

 

この店は基本的に「その日の美味しいもの」を出すので、メニューは決まってない。値段だけが決まってて、行ってみないと何が食えるか分からないって言う、楽しい趣向だ。

 

僕が行った時は、ニュージーランド産のスキャンピ(手長えび)やラム肉など、ニュージーランド産の材料が多かった。

 

「へ〜、ここはオーストラリアなのに、ニュージーランドの材料で料理するんですね」と聞くと、とてもプロフェッショナルなサービスをするウエイターが「そりゃそうですよ、食材はニュージーランドが一番ですから」と言ってた。

 

彼に「僕はオークランドから来たんですよ、この店に来るために2ヶ月前から予約してね。でもまさかシドニーに来てニュージーランドの食材を食べるとは思わなかったな〜」と笑って言うと、彼は「え!、そうなんだ、僕はクライストチャーチからこっちに働きに来てるんですよ!」だって。

 

食材も人材もニュージーランド。シドニーの人口は約400万人だが、そのうちの10%、大体40万人はニュージーランド人だ。

 

その気になれば、国境なんてたいした問題じゃないんだね。

 

これは続きねた。次は森くみこさんのはなし・

 

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tom_eastwind at 14:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2007年01月04日

博多 箱崎宮

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「はこざきぐう」は、今から1100年くらい前に出来た神社で、元寇の侵略で焼失したが、その後再建されて現在の姿になったと伝えられている。

 

 

このお宮の入口に、戦後すぐの頃から開いている焼き鳥屋台がある。その名は花山。

 

博多以外の人にはあんまり分りにくいだろうが、屋台と言っても、炭の焼き場を中心に丸椅子が10数脚並んで、更に季節によってはテント風に軒を広げて、例えばこの花山などは、正月は100人近くが一度に座れる屋台になる。

 

花山は戦後すぐに花田さんというオヤジさんが始めた屋台で、今はその息子さんが継いでいるが、彼とも30年近い付き合いだ。僕は10年ほど箱崎に住んでいて、20代の頃は、酔っ払って店に行くと「にいちゃんさ〜、酔ったら味も分からんかろ、はよう家に帰り〜」と言われて、水を飲まされたものだ。

 

この店はタクシーの運転手にも人気で、夜中になると必ずタクシーが数台表に停まって、運転手がラーメンを食べている。何せ美味い。ラーメンだけではない、「シロ」と呼ばれる豚の腸は一本100円だが、これなど絶品。他にも分厚くきった牛タンなど、とにかく何を食っても外れがないのがこの店だ。

 

焼き台は勿論開店当初から炭を使い、塩は津屋崎という近くの海の塩を天日で干している。今の時代だとこういうのを「本格的!」とか「もう最高!」とか「美味しすぎる!」なんて、語彙不足の幼稚言語を並べるのだろうが、この店の8割は地元の常連であり、そんなしょうもない言葉で店を誉めるなどしない。

 

ただひたすら、食べに来る。親が子供を連れて食べる。子供が彼女を連れてくる。結婚して、奥さんと子供を連れてくる。そのうちおじいちゃんが孫の手を引いて食べに来る、そういう店だ。

 

誰も、この店の焼き鳥を美味しいなどと言わない。そんなださい事は、誰もしない。ひたすらもくもくと食う。

 

しめにラーメンを食べるが、これがまた美味い。美味いなんて言わないと書いてる僕が、この場で美味い美味いというのも変な話だが、実際に美味い。

 

元旦のお昼に花山に顔を出した。うちの家族からすれば、「屋台」の意味も不明で、博多弁なんてちんぷんかんぷんだが、まずはお父さんが20代の頃、何を食っていたのかを知ってもらう為に連れて行ったのだ。

 

最初に「シロ」を食わせて、サガリ、タン、ズリ、その他あれこれを食わせると、とにかくみゆき16歳が、お皿から顔を上げない。食べっぱなしなのだ。

 

竜馬9歳も、焼きあがったネタを柚子醤油につけて、がつがつとかぶりついている。この二人が美味しい時の食べ方は、実に凄まじい。親の皿にあるものも、遠慮なく平気で持っていく。

 

ちょっとでも不味ければ「お腹一杯」と言って、どれだけ空腹でも絶対に食べないガキどもが、とにかくよく食う。

 

「シロ」など、最初に注文して、半ばで再度注文して、最後に注文して、合計40本以上食った。豚さんの冥福を祈る。しめはラーメン。竜馬9歳は、丼の端っこまで舐めるほどだ。

 

店の大将と暫く話をしている間に、焼きネタはどんどん消えていく。今日は元旦だ。次々とお客が入ってきては、テーブルを賑わせている。話をしている間も大将は、参道を通る参拝客に「ほ〜い、ラーメンと焼き鳥はどうですか!うまいですよ〜!」と声を掛けている。

 

もう十分に商売になってるし、一言も喋らなくてもやっていけるのに、オヤジの代から受け継いだ商売の気質がそうさせるのだろう、50過ぎになる今も、現場の先頭に立ってラーメンを作ったり焼き鳥を焼いたりしてる。

 

屋台には日本人スタッフ8名程度に混じって二人の中国人留学生がいる。「お前ら、しっかり日本語覚えなやぞ〜、折角おやっさんがお前らを出してくれたんやから、だらだらするっちゃないとぜ〜!」と、焼き台の前で檄を飛ばしている。

 

この近くの馬出という場所で日本人家族が中国人留学生に皆殺しにされたという事実も、前向きな大将とっては関係無い。「あれは悪い奴やけど、うちで働いとんのは、俺がしっかり鍛えてやるったい」大将からすれば、オヤジから引き継いだ屋台を、自分の腕一つでここまで大きくしたという自信がある。

 

政治家でもなく役人でもなく、誰に頼る事も出来ない中で、とにかく前向きに積極的に生きてきた大将は、見かけは今でも30代後半で通るような色男だ。何よりも、顔が生き生きしている。

 

「にいちゃんとこの子供は、もう16歳か、俺の方が真面目にしとっちゃったけど、何でかいなうちの子供はまだ12歳やもんね〜、にいちゃんの方が手が早かね〜」等と、大将としょうもない馬鹿話をしながら、焼酎のロックを片手に箱崎宮を背中に午後を過ごす。

 

その後一度ホテルに戻るが、夕食をどうするかとなった時に子供たちが「焼き鳥!」となり、再度花山に向かう。すでに小雨はやんだ夕方、参拝客も少なくなった神社の入口にタクシーを停めてもらい、「大将、また来ました〜!」

 

「おりゃ、また来たと〜」

「子供たちが、焼き鳥もいっぺん食いたいんですよ〜」

 

竜馬9歳は、最初から「ラーメン頂戴!」と飛ばしている。おいおい、焼き鳥を食う前からラーメンかよ。みゆき16歳は、お昼に食った「シロ」の味が忘れられないようで、早速8本注文。

 

その後も次々とお昼のメニューを続けて頼み、約2時間、延々と焼き鳥を食べつづける子供たち。僕は焼酎を飲みながら、そんな家族と屋台を、交互に見回す。

 

いくらアスファルトの道路と言え、一年365日営業して、皿洗いの水等を使いまわしているから、道路がぼこぼこしている。坐り心地の悪い丸椅子と合わせて、床がぐらぐらするような感じだが、そんな店に何十年も通える事の幸せを感じた。

 

元旦から楽しい家族旅行でした。

 

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2006年12月24日

麻布十番 カシータ

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「新一之橋の交差点を左にお願いします」

 

11月最終日の夕方は、5時頃にはすでに薄暗くなり、汐留のロイヤルパーク汐留タワーホテル(長い名前だし同じような名前のホテルが他に2軒あるのだからめんどい)からタクシーを拾った頃には、すでにヘッドライトを点けた車列が、そろそろ師走に入ろうかという銀座の街並みを照らしていた。

 

 

東京が江戸と呼ばれていた頃の古地図が手元にある。1600年代だから、江戸幕府が何とか始まった時代のものだ。古地図によると、江戸城の南側にあたる汐留は、その当時、松平政千代のお屋敷があったところだ。

 

お屋敷の隣の海側には濱御殿、今で言う浜離宮がある。今回泊ったホテルから、浜離宮がちらりと見える。浜離宮から先は今も埋め立てされてないのは、さすがに天皇への遠慮か。

 

高層ビルからは、浜離宮に出入りする車が見えるが、当時はまさかこんな建物が出来て、浜離宮を見下ろすような不届きな平民がいるとは、さすがの天皇も徳川幕府も思いつかなかっただろう。

 

そう言えば皇居近くの高層ビルは、高さ規制をした方が良い、でないと、天皇や皇太子の家が丸見えじゃんという議論も出ている。たしかに、夫婦喧嘩の真っ最中をフライデーされたらまずいよね。

 

そして汐留。ホテルの窓からは左手に見える築地市場だが、地図の上では浜離宮の隣にある築地が見つからない。

 

もう少し地図を眺めていると、どうも1600年代は築地という地名が存在しなかったようで、その地域は掘割に囲まれた大名のお屋敷になっている。築地の向かいにある西本願寺は地図に存在するが、このお寺もその築地側ともう一辺が掘割になっている。

 

つまり築地西本願寺の前の掘割を埋め立てて大きな道路にして現在の築地が出来上がっているのだ。そいでもって、築地に市場が出来たのは昭和10年、それから現在の築地の歴史が始まっているのだ。

 

なるほどなるほどと九州出身の山猿は東京の発展に妙に感心しながら、でもまあ天皇と言っても邪馬壱国の亜流でしょくらいの気持ちでホテルを出た。

 

冒頭に戻るが、タクシーで向かった先は麻布十番。江戸時代には狸の住んでる場所=狸穴と呼ばれていた地域だが、商店街は昭和のイメージを残し、有名なそば屋とか芸能人行きつけの焼肉屋などが軒を並べている。

 

地下鉄大江戸線の麻布十番駅が出来たので、陸の孤島ではなくなったが、新宿や汐留の機械的なイメージからはかけ離れた、とても静かな一画だ。

 

さて、本日の目的地は麻布十番にあるカシータだ。東京に行くと、大体一回は食事に行く。東京に良いレストランは沢山あるが、特に個人向けのサービスをシステムとして導入しているこの店では、様々な新しいホスピタリティが学べるので、仕事の上でもとても役立つ。

 

そして今はイーディというオーストラリア出身の関西弁を話すマネージャーがおり、オセアニアの話で盛り上がることも出来るので、個人的にも楽しみにしている。

 

数日前のブログでも書いたが、今回の東京出張はとにかく男性お一人様飯が多く、カシータも男性お一人様だ。

 

このカシータ、それほど宣伝していないにも関わらず、殆ど常連の予約で毎晩満席になる店だ。まずタクシーが止まると、ビル前の歩道にお店から出てきたウエイター君が、きちんと待っている。雨の日は傘を持って待ってくれてる。

 

お店自体はビルの8階にあるのだが、予約の時間を見計らって、その日の担当者がビル入口で当日の予約リストを持って待っているのだから、最初から心地よい気持になれる。

 

「いらっしゃいませ、tomさん!」明るく声をかけてくれる。慇懃無礼でもカジュアルでもない、丁度良い声のトーンは、個人の名前を呼ぶというちょいテクで更にお客を喜ばせてくれる。

 

彼らはお店が顧客管理をしているので、僕がどこから来たか、何の為に食事をするのか、どんなお酒が好きか、前回の来店時に問題はなかったかなどを、スタッフ全員がデータ共有している。

 

だからエレベーターの中でも、初めて会った新人さんとでも話が弾む。「ニュージーランドは今夏なんですよね、どんな感じですか、夏のクリスマスって?」「サンタがサーフィンボードに乗ってきますよ〜」等と言う他愛のない会話をしながら8階へ上がる。

 

この店はちょっと変わった造りになっており、レストランのダイニングスペースとは別に3メートルほどのちっちゃな池?プール?があり、これが真っ青な色にライトアップされていて「癒し」のイメージを提供している。

 

待ち合わせ用のバーで、いつものジントニックを貰う。タンカレーベースの奴だ。今日はどうせお一人様なので、とっとと一杯だけ飲んで、後はそのままダイニングルームに上がる。そうそう、ここはバールーム、ダイニングルーム、デザートルームと分れているのだ。特に窓際のテーブルだと、東京タワーが丁度肩の高さに見えて、とても綺麗。

 

ここのシェフは、いつも新しいメニューにトライしていて、新しい食材発見にいとまがない。その日のお勧めを聞くと、「シェフが自信を持った一品です!」と持ってくる料理は、大当たり3、普通4、外れが3くらい。

 

最高を狙い過ぎて、いつも「前よりよい料理」と考えるから失敗も当然あるが、それは前向きな結果だし、普通のレストランであれが出たら、どの一品も看板メニューになるだろうなって感じ。

 

おいしい料理は、本当に人を、あっと言う間に笑顔にさせてくれる。

 

さて、この日は男性お一人様なので、ウエイターの皆さんも特別気を使ってくれてる。いやいや、決して同情ではなく(思いたい)、プロとしてお一人様で来たお客様を楽しませようとする気持だ・・・?

 

まあまあ、早速喫煙席から最も離れて隔離されているような禁煙テーブルに案内してもらうと、メニューを開いて説明を聞く。前回と比べて三分の一くらい変わっているな。季節の素材を使う店だから、年中同じメニューはどうしても限られてくる。

 

1000円で食わせてくれる1スプーン料理ってのも楽しい。元々胃袋が鳩並に小さいので、小皿をつつくのが大好きな僕としては、こういう前菜が、同じ値段で吉野家の牛丼が3杯食えるとは知っていても、牛丼3杯並みの満足感を与えてくれるなら、十分納得だ。

 

食事は、食べる事としての体の栄養補給と、ご馳走という意味での心の栄養補給と言う二面があると思ってる。カシータは僕にとっては心の栄養補給なので、この量で十分。

 

勿論吉野家はdaisukiだし、日本で必ず行く店の一つであるが、カシータと吉野家を、値段のみを取り上げて比較する事は、そうしたい人はそうすれば良いが、やはりお店とは味だけではなく、造り、雰囲気、サービス、そういう全体的なバランスを考えた満足度の勝負であると思っているので、どちらも素晴らしい店だと思う。ただ、概念が違うだけなのだ。

 

ワインはいつもニュージーランドワインを注文する。少しでもNZ産のワインがこういう店で売れてくれて、一人でも多くのお客がニュージーランドに興味を持ってもらいたいという気持ちが半分、後の半分は、本当にニュージーランドの白がすっきりとして飲みやすいからだ。

 

お一人様で色んな事を考えながら、ゆっくりと料理を楽しむ。途中、マネージャーのイーディもわざわざテーブルに座って一緒にワインを飲んでもらったりしながら、約2時間の食事を楽しむ。今晩も、どれも力の入った美味しい料理とワインを楽しませてもらった。

 

東京では今だもってまともなレストランでも禁煙席を持っていない店が多い。それより前に、客のマナーが全くなってないから、お店も禁煙と言いづらいのだろうが、すし屋のカウンターで煙草を吹かしている親父を見ると、政府の批判よりも国民批判をしたくなるのは僕だけか?

 

この店の最後の〆は、最上階にあるデザートテーブルで頂くポートワインだ。テイラー10年ものをニイップグラスでもらい、ビターの効いたチョコレート系のデザートと合わせて、夜空にくっきりと見える東京タワーを眺めながら、一杯やる。僕とほぼ同じ時代に出来たタワーを見ながら、日本を離れた頃の事や、それからの生活を思い出す。

 

いや〜、それにしても人生って、楽しいな〜。もう一回生まれ変わっても、同じような人生を歩きたいな。

 

海外で起業、今までにないビジネスをどんどん作り出して、うまくいったものもあれば失敗作もあるけど、どれ一つとして、だらだらと流されてやったものはない。

 

毎日毎日が勉強と肝試しのような生活はそりゃ〜どきどきするけど、それが人生じゃないかなと思ったカシータの晩。

 

お一人様だから持てる、ゆったりした時間。

 

この美味しい空間を次回も楽しめるように、明日もまた頑張ろう。

 

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2006年12月18日

清酒白鹿

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最近、日本から来たセールスマンと山水で偶然会う。清酒白鹿を売っている「辰馬本家酒造」という会社の、国際営業担当者だ。

 

いや〜、日本から南半球の小島までお酒を売りに来ると言う「やる気」、うれっしいですね。

 

ただ今回は、僕は山水の仕入れには直接関与していないので、昼間に僕のところに「お酒買ってください」と来るわけではなく、たまたま山水に飲みに行った時に偶然同席したという程度。

 

彼とは今年になって2〜3回会った筈だが、毎回酔っているので、記憶が明確でない。かなり失礼な事をしているようで、昼間に一度会ってきちんとこちらの非礼はお詫びしなければと思っている。

 

ところで日本酒。

 

日本酒は元々米と米麹で作られたものだが、戦時中に兵隊さんに飲ませるお酒が不足した為、その時の技術を使って業務用アルコールを作り、普通のお酒に業務用アルコールをたっぷり混ぜて、三倍醸造酒という現在の日本酒が出来た。この酒の事を普通酒と言う。本来なら米と米麹だけで作るのが日本酒だから、普通でない酒というべきだろう。

 

白鹿も例外ではなく、製造量だけ増えたけど、味は戦前の日本酒と全く違っていた。そして政府は税収が欲しいので、このような業務用アルコールで薄めた日本酒を、一級酒という名目にした。

 

税金を沢山払うお酒を一級として、地方の、本当にお米だけで出来たお酒を二級酒としたのだ。そんな税務署と造り酒屋のからくりを知らない一般国民は、一級と書かれた、工業用アルコールをたっぷり混ぜた酒を美味しそうに日本酒として飲んでたのだ。

 

だから昔は、地方の二級酒のほうが美味いと言われていた。何故なら彼らはその当時から米と米麹だけで酒を作っていたからだが、税金を高く払うだけで誰も幸せにならない(あ、違う、役人が幸せになる)一級酒よりも、地元の人に安くて美味しい酒を飲んでもらおうと、地方の造り酒屋は二級酒のまま、その地方で純米のお酒を売っていたのだ。

 

今もそうだ。煙草で歯の裏真っ黒にしたような連中が、金粉が入ってるとか一級とか、酒のラベルと値段だけ見て、美味いとか不味いとか。何を言ってるのかという気持になる。

 

現在は一級二級という区別もなくなったが、他の名称で「おいしそうに見える」お酒については、ラベルで選ばないようにと言いたい。いずれにしても、今の日本で本当に美味しい日本酒を作ろうと思ったら大変な覚悟がいるのも事実だ。

 

ここで言っておくが、アル添酒(業務用アルコールを添加した日本酒)すべてを否定している訳ではない。アル添でも美味しい酒もある。業務用アルコールで、味がまろやかになる事も認める。ただ、日本人として、原点となる米と米麹だけで作った日本酒も大事にしたいと思うだけだ。

 

何せ、製造量で言えば、日本酒の90%以上はアル添酒なのだから、もう少し純米の日本酒の味を日本人自体が大事にしてもらいたいと思った白鹿さんの訪問でした。てゆ〜か、純米も売ってるんじゃないのかな?今度来た時に聞いてみよう。

 

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2006年12月11日

男性お一人様 銀座「ラ・ソース古賀」

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男性お一人様 銀座「ラ・ソース古賀」

 

高級なカレー屋なのか、気軽なフレンチなのか?色んな評価がある銀座6丁目のちっちゃなレストランに行った。

 

てゆ〜か、話は大きく変わるが、男性お一人様で、ディナータイムにちょいと美味しいものを食える店は、寿司屋のカウンターを除けば、少ない。

 

丁度先日も、行きつけの麻布のレストランで、哀しいかな男性お一人様の食事を楽しむはめになったが、そこはたまたま行きつけなので少しは安心して食事も喉を通る。(この事はまたそのうちに書こう)

 

でも飛び込みでそんな気楽に入れる店は少ないし、この日に限っては昼間からカレー料理番組なんかも見てたので、胃袋は寿司よりもカレー気分。そこで夕食場所は「ラ・ソース古賀」にと、自分の心の中で決定した。

 

勿論伏線はある。その前日のお昼に「ラ・ソース古賀」でカレーを食べたのが大きなポイントだ。ソースキュリー(カレー)1250円+酵素豚肉トッピング500円である。

 

もっと言えば、その店で美味しいカレーを一人で食いながら、あ、ちなみにこの日の午後はお客様とのアポがなかったのでウヰスキーの水割りを注文して、カレーと合わせた。

 

そして何となく水割りを楽しみながら夕食のメニューを見てみると、数は少ないが、それぞれがなかなかの逸品のような表記。自信あるんだろうなと思い、カレーでここまでいけるなら、松屋で牛丼とカレーを一緒に出すような真似はせんだろうし、それなりに期待出来るのではという予感がしてたのだ。これが第二次伏線。

 

11月最後の日の夕方18:30。街が暗くなり、銀座8丁目のイルミネーションが光り始める頃、僕は汐留のホテルを出た。

 

くっそ〜、折角の東京なのに、何で男性様お一人でディナーかよって思いながら、高速道路の下を抜ける。博品堂を左手に見て、てんくに(てんぷら屋)を右手にしながら、そこから3本目くらいの路地を右に曲がる。場所の目印としては、銀座東武ホテルの向かいという感じ。割かし分りにくいので、東武ホテルの手前路地を左折してゆっくりと歩き、お店を一軒一軒のぞく感じで歩く事がお勧め。

 

さてカレータイム。19:00に近くなりそろそろ食事の込み合う時間だろうと思って、人通りのまばらな店の前を通ると、あれれ?10席程度あるカウンター席はお客様ゼロ、20席程度のテーブルは1組のみ入っており、やばいっすか?さてさてどうする?と一瞬悩む。がやがやしているところに飛び込んで、カウンターで前菜や美味しい物を食い、最後に〆のカレーと言う絵図を描いてたのに、最初から絵図崩壊。これじゃ一人で入ってもじろじろと見られるではないか。

 

お店の人に同情の眼でじろじろ見られるのも嫌だし、かと言って彼らが明るい振りで「いらっしゃいませ〜」と聞くのも、恥かしいや。「いやいや、違うんですよ、連れがいないんじゃなくて、捨てられてしまった訳でもなく、元々最初から一人で食事の予定だったんですよ」言うだけ惨めになりそう。

 

そこでドアの前を一旦通り過ぎて、銀座5丁目あたりまで歩いて見る。威力偵察だ。(あ、ちなみにこれは戦争用語。興味があれば検索して見てください)良い店があれば、速攻入りますよって気分で銀座を流すと、さすがにクリスマス、どこのお店も頑張ってネオンサインや、街路樹にイルミネーションを付けて着飾っている。銀座ライオンもあるな〜。

 

う〜ん、でもな、今日は僕の脳波からカレー命令と出ているので、これに逆らう事は出来ないな〜。

 

等としょうもない事を考えながら、あっと言う間に30分を路上で過ごす。そう、実は僕はとても優柔不断な人間なのです。仕事であればどんどん決断判断していくのですが、こと食い物となると、もう、あ〜でもないこ〜でもないと、お店の前で立ちすくんでしまうのです。

 

さて、色んな悩みがあった「古賀」ですが、カレー腹には叶わず、結局一組しかお客のいないお店に入ってみました。

 

まずはメニューを拝見。それぞれパワーがアリそうなので、早速ウエイターの方に「お勧め」を聞いて見る。そして少量だが楽しめそうなメニューを選んで見る。後は白ワインを飲みながら料理が来るまでテーブルでゆっくりと座って、スタッフの働き具合を見つめる。

 

本日のメニュー:

エスカルゴと粒貝

ハモン・イベリコ生ハム

野菜たっぷりポトフ ジャガイモ、人参、キャベツ、大根、ネギの根本

生チーズとオリーブ

白ワイン

 

サービスは良い。しかし入口のカウンターは何故存在するのか?1250円と言う値段のカレーを食べるのは一般的ではない。普通ならココ一番だろう。そんな値段を払ってまでカレーを食う人種がカウンターでカレー食うか?フレンチをカウンターで食うか?それならバールみたいにしないと無理でしょ。

 

そしてスタッフが甘えてる。これでよい、味が分からないのはお客の問題と、変な自信をもってるような感じがした。いや、確かに美味しいのだが、商売である限り、何かこの集客に役立つ事はないのだろうか。スタッフ同士の内輪の会話が目立ち、お客への視線が不足している。

 

でもって料理が来るまで昨日食べたこの店のカレーのことを考える。

 

あのソース、たぶんフレンチで使った材料のハギレ?を寄せ集めて、例えばブイヤベースのスープの残りとか、ステーキの焼き汁の残りとか、新鮮なトマトとか、とにかくその日に余った「捨てるには勿体無い材料」を掻き集めて、それを煮込んでしまったら、どいつも個性が強い。

 

仕方ないから最も味が強いクミンなどカレーのベースとなる調味料を入れて色を整え、あの味にしてしまったのではないかと思わせる。フレンチの、要するに煮込みだ。欧州(英国?)風のカレーなら御馴染みの、ご飯の上にどろっとかかる感じがない。

 

むしろ、インドなどで食されているソ−スに近い。ありゃ、スープだ。だから最近の「ラ・ソース古賀」に対する評価ブログを見ると「札幌名物スープカレー」と比較して評価する人がいるが、これは僕から見ると的外れな気がする。

 

札幌のスープカレーは、一般的な欧州カレーとは違う味を狙って作った、最初からその概念があったのに対して、「古賀」のソースカレーは、何となく推測ではあるが、賄いから偶然に出来上がった高級品なのだ。だから、宣伝するにしても、高級カレーなのか、それとも手頃なフレンチなのか、店自体が基本概念を作り上げられてないし、だからお客様の「入り」もイマイチなのではないか。

 

ほらさ、例えば自宅で材料費をケチらずに新鮮な魚や肉、野菜で作った鍋に、最後にご飯を入れると、えもいわれぬ美食になる、あれが、古賀のカレーじゃないかなと思う。

最初から原価計算して作るんなら、銀座でカウンターで1250円のカレーを食わせるような内装にするだろう。本店であるフレンチが儲かっているので、ついでに「のり」で出店しちゃいましたって事か。

 

さて、そうこう考えているうちに料理が出てきた。

 

エスカルゴと粒貝は、エスカルゴ小さすぎやしないか?粒貝の味が強いせいか、エスカルゴの存在価値が理解出来なかった。

 

ハモン・イベリコ生ハムは、当然の如く美味い。ちゃんと太もも一本をカウンターの上の専用台に載せていて、それを綺麗に薄く切ってくれる。これは問題なし。

 

野菜たっぷりポトフは、ジャガイモ、人参、キャベツ、大根、ネギの太いところが入っており、肉は一切なし。確かに野菜たっぷりだわな。ハーフサイズにしてもらったが、ポトフの言いながらスープは少なく、野菜のうまみを食わせてしまえという魂胆がみえちゃん。でも、皮付きのジャガイモなどしっかりぎりぎりの線まで火を通してて、こりゃうまい。

 

生チーズとオリーブは、これは良かった。チーズと言えば固いというイメージがあるが、ここの生チーズは、本当にとろりとしてて、ワインが進む。

 

白ワインは、フランスからの輸入品だ。ふくいくたる味わいというか、ニュージーランドワインの若さと一直線さがない分、大人の味わいを感じる。

 

お一人様は、これも結構よいカモと思ってしまった今晩でした。いつもなら、一緒に食べる相手の気を使い、話のネタを考える分だけ料理に対して集中力が薄れる事があるけど、お一人様だと、話し相手が目の前の料理なので、素材との会話が楽しめる。

 

男性お一人様の食事、とっても楽しかったです。またやってみよっと。

 

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2006年12月03日

吉野家

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12月01日、吉野家の牛丼復活。午前11時から午後3時までの時間限定だが、一昨日の新聞広告で見つけた「牛丼復活」の広告が、早速今日の僕を牛丼に運ぶ。

そう言えば「牛丼やさんなんて行った事ない」って女性をたくさん知っている.何故だろう、あんなに美味しいのにな。

今日は汐留のホテルから新橋駅前の吉野家に行く。勿論11時丁度だ。地球を半周して来たのに、お店に入って「売り切れです!」は寂しいからね。香港、シドニー、ニューヨーク、フィリピンでも食った。吉野家は僕にとっての基本食。

新橋駅前の銀座側の吉野家は、本来は2階部分も使っているのだが、今は2階部分はお休みのようだ。

1階部分は蹄鉄型のカウンターに座れるのが13人。僕がお店に入った11:01の時点で、空席は二つのみ。残りの11人全員が、勿論牛丼を注文してた。

並牛丼380円に生卵をつけてもらい、お茶を飲みながら丼を待つ。この値段だが、豚丼や朝定食に比べて高い。吉野家の社長は「自分一人の決断です」と言ってた。

それにしても、客は全員男。おまけにそのうちの5人は、茶髪頭にタオルを巻いて、たった今工事現場から来ましたって感じ。これじゃあ女性は入りにくいな。

それ以外のお客も、まともに日本語を発音出来ない状態のおっちゃんとか、焦った口調で店員さんを「すみませんすみません」と呼びながら、目の前に店員が来ると「え〜と、え〜と」って口の中で呟いている高校生、それに、丼を食いながらも口を閉じる事が出来ないままぶつぶつと呟くおやじ。

日本語が怪しいおっちゃんなんか、カウンターの反対側の兄ちゃんが注文したメニューを見て、眼だけ飛ばして「がれにしてあ」って、そんな注文じゃアルバイトの中国人お姉ちゃんは分らんぞ。

案の定、並牛丼生卵と味噌汁付きだった「兄ちゃん」の注文を求めている事を理解出来ないアルバイトお嬢さんは、「な〜みいっちょう!」とやった。

舌の回らない(酔ってるみたい)オヤジは、「おいおいねえじゃゃん、づゆがね〜よ〜」と、アルバイトのお姉ちゃんに言ってる。僕が隣にいて聞いてても、君?理解難しい。づゆって、何よ?と思う。

中島みゆきの「狼になりたい」という歌「夜明け前の吉野家では化粧の薄れ掛けた〜」と言う、何となく悲哀の漂う歌詞を思い出しながら、でも吉野家の復活を喜ぶ。

まあ、そんな久しさの吉野家ストーリーを楽しみながら、薄切りにされた牛肉に生卵を絡めて牛丼を口一杯にほうばり、数年ぶりの感激・・・・あれ、味は変わらない・・・そっか、期待し過ぎてもっとおいしいものと思ってしまったのか。

12時過ぎた頃には、新橋周辺の吉野家は、長くはないけど全部行列が出来てた。吉野家には、頑張って欲しいな。協力しまっせ!

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2006年07月01日

黄金炒飯

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発音を日本語に移すと「うおんがむちゃうふぁん」かな。

皆さんも自宅で炒飯を作る事がありますよね。でも、電気だし火力が弱いな、炒飯をうまく作れないと思ってますよね。

ましてやインターネットで調べても、「炒飯に限っては火力勝負なので、自宅で作るなら一人分づつ」って書いているサイトがあるくらいですから、NZの電気では辛いものがありますよね。

でも、実はNZの火力でも美味しい炒飯を作る方法があるのです。コロンブスの卵!それが黄金炒飯なのです。

え、何が秘訣かって?それはとっても簡単。

普通はベーコンや豚肉などの材料を炒めて、一旦取り出してからフライパンを粗って、がりがりに熱く熱してから油(当家では肥らないエコナ油、700mlで16ドル!超高級品!)、そして卵を放り込みますよね。それからご飯をすかさず入れて混ぜるとなってる。

じゃあ、何で最初から混ぜないの?深皿にご飯を入れて、そこに生卵を放り込んで、皿の中でぐるぐるとかき混ぜて、卵かけご飯状態にしてから、米の隙間に卵を吸わせるのです。

そしてしっかり卵を吸わせてから、熱したフライパンに順順にご飯を放り込む。適当に炒めて塩コショウ(当家ではここで本だしを混ぜます)を半分くらい振って最初に炒めておいた材料を放り込む。

更に2分後くらいに味を見て、調味料(塩、胡椒、本だしなど)をふりふりして、最後にひとかけのお醤油で終わり。

準備からお皿に盛るまでが15分くらいかな。

どんな料理ブックを調べても、熱したフライパンに卵、そしてご飯と書いてますが、だったら一緒に放り込んだ方が、手間が省けるのでは?

おかげで香港式のおいっしい「黄金炒飯」を、毎朝楽しんでます。

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ほんとは北朝鮮の「めぐみは自殺」を取り上げたかったけど、さっき書きあがった文章を自分でみて、さすがにここまで書くとやばいと思い、ヒマねたの「炒飯」に切り替えました。

でも、今は正直言って、戦争しよっかって感じです。

人はパンのみにて生きるにあらず、です。ここまで面子を踏みにじってくる政治家たちに対して、感情的には言いたい。戦争しよっか。でも戦争をして結局困るのは僕らのような一般人。

それにしても、横田さきえさんという女性の力強さには感激する。金禿が韓国のお母さんに会ったテレビの生中継では「よかったね、お母さんに会えて」という言葉に、本当に暖かみがあった。

でも、今日のNHKでは、きちんと自分の主張を語っていた。いいな。この人、強いな。俺なら、速攻で北朝鮮に行って現地で政治家を拉致して、捕虜交換を要求したろうな。

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2006年03月29日

立花ビクトリア店

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立花と書いてRikkaと読む。勿論有名店。

顧客の8割が地元キーウィであり、彼らはよく飲みよく食べるから、客単価も高い。だから、商売としても割が良い。

 

日本人が自分に関係ない事を語る時、特に日本食等がテーマになると、皆さん言いたい事を言う。とにかくもう、「その言葉、そのままあなたに返しますよ」という事が多すぎである。

「ここのシェフも、もう一歩だね」とか、おいおい、タバコの火を消してから言えよ、ニコチンやろう。

「この寿司にこのワインが合うんだよね、最高!」とか、おいおい、生の魚介類に合うワインを知ってるのか?余程よくワインやお酒の事知ってるんだろうな、知ったかぶりの他人舌やろう。

「すし屋で最初の一杯はやっぱりアサヒだね!」とか、おいおい、お前さ、目隠しでビール飲み比べて、ちゃんと自分が何飲んでるのか、分かるんだろうな?あの、舌に載せた瞬間に苦い鉄分の味のするビールを、「おいしい!」と言ってるんだろうな?

最も酷いのは、インターネットで無記名で書き込む連中の罵詈雑言である。もう、便所の落書きもあそこまで無責任かつ出鱈目ではないよな、思わずそう言いたくなる内容だ。

でもって、何でRikkaがテーマかというと、実はここの味は、キーウィに合わせているからだ。つまり、普通の日本人が「おいしい」と感じるよりも、少し味付けを濃い目にしたり、揚げ物を多用したり、盛り付けにボリューム感を出したりと手間をかけているので、普通に日本人が行くと、ちょっとしつこいと思うからなのだ。

でも、キーウィに合わせたからこそ利益が出て、日本人を雇用して、NZ経済に貢献しているのだ。日本人にあわせたら、店なんてすぐ倒産するよ。オークランドに住む1万人程度の日本人でも、和食を普通に食べにいける家庭なんて限られていて、市場としての存在感は、ほぼゼロである。

だから商売を維持するとするなら、地元中国人、キーウィを狙った味付けにして顧客を獲得するのが、成功の道である。

そのような経営、料理の考えを全く無視し、日本ではくるくる寿司にしか行けなかったプータロウが、それも自分のブログでなく無記名の書き込みで「あそこね〜、まあまあって噂だよ」とか「良くないって評判」とか、結局自分で食べてもなくて、発言に責任も取らずにその場の余興で他人のシリアスなビジネスの部分を無視して勝手な書き込みをする。

自分で食ってから言うならまだしも、・・・・食ってから言え!そして、いっぺん食ったからって言って、百年も食ってるような、料理の専門家みたいな御託を言うな!くそぼけ!

僕がブログでお店の評価をしていながらこんな事を書くのもおかしいと思われるかもしれないが、評価はそれなりに自己責任が必要だと思う。他人を評価や批判をする際に、逃げてはいけないと思う。きちんと主張をするなら、まず「名を名乗れ」でしょ。

僕はおいしい食べ物がDaisukiだし、その為には少しくらい余分にお金を払っても良いと思うくらいだ。実際に、300円のラーメンを食う為に3000円のタクシー代を使っていた時代もある。

Rikkaをおいしいと思うかどうか?今のNZで成功して、毎日お客が入ってて、僕自身が食べても、それなりに食える料理であるという総合評価をすれば、こういうレストランがあって日本食の裾野を広げてくれるのは、良い事だと思う。

但し、日本食の中では、正直に言って「焼き鳥KEN」には、負けているだろう。というか、今のオークランドでけんさんが焼く「焼き鳥」を越えるものを出せる店は、山水も含めて、ない。

写真はRikkaから眺めるビクトリアの煙突。なんか支離滅裂になってしまったので、煙のように消えてしまおう。しゅわわ〜。

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2005年12月05日

J.C.オカザワのレストラン批評

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東京の青山ブックセンターで平積みにされている、最近人気の「ブログ感覚料理批評本」の一冊を買ってきた。

 

「ぜったい行ってはいけない有名店、行かなきゃいけない無名店特集」

 

 

 

若い頃に欧州アフリカを放浪して、ニューヨークで何故か金融の仕事に10年ついて、日本に戻ってからも仕事の傍ら食い歩きを続けている人が出した本だ。

 

読んで見て、ちょっとずれを感じた。一言で言えば「書き方は面白いけど、海外に長期生活をしてれば、もうちょっと違う視点もあるのでは?」という事。

 

ましてや自分の常識を基準にサービス評価をするのはいかがなものか。このような下りがある。永坂更科布屋太兵衛というそば屋での出来事だ。

 

「スーパードライを頼むと突き出しの揚げそばがごく小さな皿に1つ。2人で来店しているんだから、これっぱかりのモンは2皿出すのが常識でしょう。」

 

店にとっては、一本のビールにつまみ一つという決まりなのかもしれないし、ごく小さな皿と言う表現では、どの程度の量か分らない。それに、有料の突き出しであれば2人に2皿だろうから、これはお店の無料サービスではないか?そうであれば、

 

「スーパードライ大瓶を一本頼むと無料突き出しの揚げそばが一つまみだけだけ入った皿が来た」

 

というべきでしょう。

 

面白い文章もあるのだが、時々上記のような表現が出るので、全体的にバランスの取れた本になっていない。

 

そう思いながらインターネット検索してみると、結構この人を相手にした批判が出ている。

 

あるイタリアンレストランのブログでは「シェフが作りたくない、お出ししたくないと判断したのならそれでよいとおもいます。失礼には当たりません。店は得られるはずの利益を棒に振ってまで出さないという選択をしたのですから」

 

そしてオカザワ氏がマスコミの力を借りてレストランに高圧的に出るのは「違和感がある」とも書いている。

 

批評をする時に客観的な要素なしに書いて公表すれば、それは一応書き手の責任問題も発生するでしょう。「客がどう感じたかを公表することは客の自由だ!」は通りませんよ、オカザワさん。

 

とか言っても、僕も結構辛口に書いたりしている。他山の石としておこうっと。

 

 

 



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2005年12月04日

鐵釜 久留米ラーメン

てつがま「久留米ラーメン」を名乗る豚骨ラーメン。久留米とは福岡市から西鉄電車で30分の郊外都市だ。自称文化の発祥地、実際に松田聖子、チェッカーズ等、多くの芸能人を産出している街である。ソフトバンクの孫さんやホリエモンの出身地も久留米の近くだ。

 

たまたまTVで、六本木ヒルズにこんな店があると紹介されていたので覗いてみた。ヒルズにラーメン屋?という感じだが、ノースタワーB1F、コンビニや他のレストランにうまく溶け込んで商売していた。

 

このお店を選んだ理由は、若い店長が以前に一軒店を潰した経験がある為だった。店を潰した人間は、それなりに現実を知っており根性もある。そこで昼過ぎに早速訪れてみる。時間も遅かったせいか、行列に並ぶ必要もなく食券を買う。

 

四角い箱型の、標準的な作りの店だ。キッチンは入って右側にあり、キッチンは流行の黒Tシャツに手ぬぐいを首に巻くという元気そうな若いお兄ちゃんが3人

 

今日のご注文は「特鐵釜」880円。ダブルスープと呼ばれる、豚骨と魚だしを混合した味付けを選んだ。肉と魚だしは、混ぜるのが難しい。試しに、豚肉で作ったストックに「いりこ」や「本だし」を入れてみたら分るが、バランスを取るのが結構大変だ。

 

しかしこの店のスープはきちんとバランスが取れており、よく勉強しているなって感じだ。待つ間にテーブルを眺めてみると、ごま、胡椒等にまざって、水を張って、中に剥き身のニンニクがごろごろと入ってる丼があった。横にあるニンニク潰し器で潰してラーメンに入れて下さいという事だろう。おいしいのは分るが、昼間からニンニク臭いのはちょっとどうかな。

 

さて、出てきたラーメンを早速頂く。トッピングに焼き豚と牛肉の煮込みが入ってた。屋上屋を重ねるという違和感がある。甘く煮込まれた牛肉は、それ単品では味が染み込んでておいしいが、何故君がラーメンの上に存在するのかい?って、その点が不思議だし、豚骨の牛乳的甘味が出てる上にこの甘味が加わると、「女性向け?匂い消しの為?」と思ってしまう。要するに、合わない感じ。

 

ダブルスープは本来の豚骨より薄味だが、豚骨味の上で魚味が踊ってるようで、思わずにっこりとなる美味しさだ。スープは全部飲み干したが、煮玉子や牛肉など、不要と感じた具は残した。

 

ラーメンは麺とスープの勝負が基本なので、あまり具に拘るのは愚である。東京人にはごちゃごちゃと乗せた方が豪華に見えるのかもしれないが、僕はラーメンである以上、麺とスープで勝負してもらいたいと思う。これ、主観です。

 

混んでなければ、次回も来ようかな。

 

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2005年12月01日

純こくらーめん「ずんどうや」

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今日はTVでも取り上げられた(そして嬉しそうにお店の外や中にべったべたの張り紙!)六本木のラーメン屋を訪問です。ほんとはこの店の先にある、昨日行った赤のれんにもう一回行く予定だったのが、11時25分には、哀しい事に「準備中」なのでした。

 

ずんどうや、開店してすぐ、11時30分にお店に入ったら、左側に反対L字型カウンターだけ25席程度の作りで6人座ってた。カウンターの奥がオープンキッチンになっており、お客の目の前でラーメンを作ってます。

 

その時にいたお客は、汗と少しの泥に汚れた、若い現場作業員さん。次に入ってきた3人組も、やっぱり若い現場作業員。お、労働者系向けの、がっつりしたラーメン食わせるか?ちょびっと元祖長浜の期待感が強まる。実は博多の豚骨ラーメンも、主なお客は額に汗核人なのです。

 

でもメニューを見ると、「和風だしを使った昔懐かしい味です」とある。あっさり昔風味?昔?それって、東京では「不味いラーメン」って事の代名詞でしょ。

 

一体どっちがほんとじゃ??おいしいこってり?不味い薄味?

 

どきどきしながら、「あっさりシナそば600円也」を早速注文!早速その場で600円払わされました。前払いかよ。でもまあ、お姉ちゃんの愛想が良いし「私もお金を先に貰うのはいやいやなんですよ〜」という雰囲気が伝わったので、これはOKだ。お店の方針だもんね。

 

さて、お客も少なく、5分も待つこともなく出てきたラーメンは、あっさり系の醤油スープ。う〜ん、もしかして予感的中?昔風の味ってさ、昔の東京ラーメンってさ、まずかったんよね。何でそれを真似する必要があったのかな?不味いものを再現しようとする意味が不明だ。それに何故か焦がしニンニクがごろごろしている。おいおい、東京のラーメンは昔からニンニク使ってたか?

 

そんな事を考えながら、麺とスープを味わう。あれ〜?ちょっと待って。う〜ん、麺は、香りが良いし、きちんと水切りが出来てるので、これは食える。スープは、単なる醤油ではなく、しっかりとお魚の味が出てる。かなりあっさりだが、十分食える。

 

そう言えば、僕はあまりラーメンの値段を書かない。でも大勝軒の1050円ラーメン以来、値段を気にするようになった。この「あっさり支那そば」が600円。かけてる手間と時間を考えれば、十分満足な味ではないか?

 

しかし、結局全部を食う事はなく、最後の一口は残してしまった。完食には至らない。その理由は、味の組み立てが途中で全部見えてしまい、「これは何だろう?分らん、もっと食わねば」という気持ちにさせてくれないのだ。だから引っ張るものがない。好きになってしまえる人には完食OKなのだろう、実際に他のお客さん達は綺麗に食べ尽くしてた。

 

なるほどね、東京の食事事情を考えれば、大勝軒程度で美味しいといわれるのだから、この味なら東京のTVに出るだけの事はあるでしょう。悪くないかも。でも次も行きましょうと言われたら、ちょっと考えるかもね〜。あ、でもお腹が空いてて1メーターなら、タクシー走らせて行くかもって感じのお店でした。

 

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2005年11月30日

赤のれん六本木店

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やった!やりました!僕が18歳の頃から食べていた味だ。東京に行く度に前から気になって、絶対に行かなくてはと思ってた店。

 

場所は六本木の外れで、誰もがそこでビジネスをやると失敗すると言われていた通称「元取り通り」の一階に15年前からラーメンを売っているその店は、一見博多箱崎の本店とは違って入口がずいぶんお洒落なのだが、まずは入って見てなるほどと思った。

 

入ってすぐキャッシャーとカウンターがあり、左側にテーブル席2〜3というこじんまりした作りだ。厨房はカウンターの中のオープンスタイルで、頑固そうな親父さんが中国人のお兄ちゃんに麺を打たせ、フロアの、これも中国のお姉ちゃんにサービスをさせてた。

 

いつも思うのだが、中国人がきちんと日本のサービスを憶えた場合、同じ年の日本人より確実に手が早い。麺の水切りも、何故必要かが分ればちゃんと仕事するし、お客の並んでいる時にキャッシャー、テーブル拭き、料理出し、どれに優先順位があるか、きちんと分っている。これは、雇う方のきちんとした姿勢が伝わっているからだろう。

 

さてメニュー。基本は博多豚骨だが、やはり色々と東京風に改造されている。煮玉子は東京名物ではあっても、豚骨ラーメンのデフォルトではない。それと紅しょうがの色が違う。博多であれば、着色料がどばば!と入った、鮮やか過ぎるほどのしょうがだが、ここのはまるで寿司屋のガリだ。どっちが美味しいかは別として、改造されているのは間違いない。

 

取り合えずカウンターに座って注文をする。当然固めのネギなし、tomのデフォルトである。これで20年間赤のれんに通ってるのだ。ここで煮卵やチャーシューを注文する気には、ならない。ラーメン一杯で720円。20年前は300円だった気がする。しかし六本木なら妥当な値段かなと思う。

 

待つこと5分、博多ラーメンは細麺なので、出来上がりが早い。出てきた丼を見た瞬間、びっくりした。「これ、赤のれんやん!」そう、ホンモンなのである。真っ白で臭みのない、まるで牛乳の香のような乳濁色のスープがそこにある!

 

麺。きちんと固めに出来上がっている。水切りもしっかりしているので、スープを薄める事がない。いつも水切りの下手な醤油ラーメンを食べていると、スープが薄まった時のまずさは理解出来ないだろう。

 

僕はきくらげのこりこりした食感と麺を一緒に食べる時の、口の中の硬さのハーモニーが好きだ。薄い焼き豚は、麺と一緒にかき込めるのが大事ですな。

 

最初は胡椒なしで、スープを楽しむ。実に芳醇な香と、がっちりした味。それでいてくどくない。浅い丼は、実は替え玉用に合う作りだ。さらっと1玉食べて、すぐに替え玉を注文出来る。但しスープがおいしくて、つい飲んでしまうと替え玉不能。追加で一杯注文する必要がある。

 

僕は替え玉はしない方なので、半分ほど麺を食べてスープも飲む。それから胡椒やゴマを入れて、すこし味を変えてみる。胡椒が口に心地よい刺激を与え、そこにゴマの香りが鼻をくすぐり、これもいける。

 

結局10分で完食。いや〜、実にうまかった。その夜インターネットでこの店を調べてみると、東京人にも、それほど評価も悪くない。東京でも広く受け入れられた味なのだろう。次は一風堂やね

 

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2005年11月29日

永福町大勝軒

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この店の売上はすごい。一日680杯のラーメンを店内用に作り、お土産用を含めると1100杯(一杯が1050円のラーメンだ!)売れているので、年商3億円という事だ。

 

醤油味で、メニューはラーメンのみ。バケツみたいな丼に、普通のラーメンの2杯分の中太麺が出てくる。レンゲがでかくて、しっかりと麺をすくいあげてくれる。

 

ガイドブックやラーメン本に必ず出てくるこの店、永福町のお客様を訪問する度に見かけていたが、今回やっと時間が取れて食べる事が出来た。

 

狭い入口の引き戸を開けると、正面から右側にかけてはL字型のカウンターになっていて左側はテーブル席が申し訳なさそうに置いてある。カウンターの内側は透明な板で仕切られており、まるで工場のような厨房が見える。

 

たまたま座ろうとした正面のカウンター席に雑誌が載せてあったのでどけようとすると、その左隣にいた作業着姿の兄ちゃんがにこっと笑って「すいません、ここいるんです」ほ〜、OK,じゃあってんで右側にいるサラリーマンおじさんの横に席を確保した僕は、普通のラーメンを注文して、テーブル周りをぐるっと見回した。

 

隣の席を見ると、バケツサイズの丼に入った醤油ラーメン。1955年の開業以来、いつも味を少しずつ変えながら、お客様に飽きられないように努力しているという姿勢や、ラーメンだけでなく、お客様がお店の外で並ぶ時には、日傘や雨傘を用意、まだ冷蔵庫が家庭に普及していなかった時代に、氷水でお客を喜ばせるなど、様々な工夫を凝らして現在に至る。当初は出前の売上もお店の半分くらいを支えていたが、味の低下の問題があってやめた。

 

そんなお店の歴史を取材した地元ラーメン新聞の記事を読んでいたら、左隣に凄い兄ちゃんが戻って来た!よく肥った巨体は、肩から耳たぶまで刺青だらけ。トイレから戻って来た彼は、「ええ、そうですね〜」等と、声だけ聞いたら普通のサラリーマンみたいな声を出していたが、巨漢の迫力は半端ではない。

 

まあいいや、記事を読みつづけると、この店ではトイレをお客に貸さないらしい。どうも親の代からの言い伝えみたいで・・・あれ〜?隣の兄ちゃん、今トイレから戻ってきたぞ?

 

そうなるとついつい悪い癖が出てくるのが、僕のひねくれ者の証拠。ラーメンが来るまでの間、いろんな筋書き意地悪く考えてみた。

 

その1:バケツサイズの丼に入った醤油ラーメン=とりあえず量でごまかしですか?

 

その2:1955年の開業=つまり、醤油に鶏がらスープをぶっかけたラーメンを出していたという事ね。

 

その3:いつも味を少しずつ変えながら、お客様に飽きられないように努力している=独自の味を出す創作ラーメンというより、何を出してよいか分らないから味を変えるという、捜索ラーメンですな。

 

その4:お客様がお店の外で並ぶ時には、日傘や雨傘を用意=う〜ん、並んで欲しかったのだね〜、よく分る。

 

その5:まだ冷蔵庫が家庭に普及していなかった時代に、氷水でお客を喜ばせるなど=そりゃ、味で勝負できなきゃ仕方ないわな。

 

その6:出前を止めた=それって、普通に考えて当然じゃない?少なくとも元祖長浜は出前なんて味の落ちるサービス、最初から夢にも思わなかっただろうね。

 

さて、待つこと10分、ラーメンが来ました!待ってる間にも近くのテーブル席の4人家族が「おいしいね〜このラーメン」とか、東京弁で話してる。隣の巨漢も、ケータイ片手に、おいしそうにチャーシュー麺をがつがつと食ってる。

 

もしかして、僕の考えって、ひねくれ妄想?もしかしたら本当はおいしいの?そう思いながら、僕の前に出てきたラーメンを、しっかりと上部から見つめた。

 

まずは麺。何故か麺の腰や固さだけは、麺の外側1ミリ程度のとこの色と、内側の色の変化を見れば、ある程度判断が出来る。出てきた中太麺は、茹で釜に入ってる時間が長すぎなのと、釜から取り上げる時の水切り不足とが重なって、外側が余分に水を吸っている。麺が多すぎるのが一番の原因だろう。

 

次はスープ。魚だしを使っているが、芸がない。ただ魚がいて候。それだけの味。深みも隠し味も感じさせない、べたーっとした軽い醤油味だ。最後まで食べさせる為にスープに油を含ませて油膜で熱が逃げるのを防いでいると言うが、その油は単に熱いだけ。

 

具は愚なり。でろりんと麺の上に広がった焼豚は普通にパサパサで味がなく、歯の間に突っかかる。メンマは、おいしいと言うが何を自慢したいのかよく分らない。これでメンマだけ別売りをするのは良い度胸。東京の人は可哀想としか言いようがない。

 

その後、何とか空腹のお腹に半分だけ麺を突っ込んで、降伏。いやいや、参りました。東京人って、みんなよく汗をかいて働いて、疲れた体に塩気を補給する為に、醤油ラーメンを食う習慣が出来たのでしょう。

 

おいしいものを食べるという習慣がなかった労働者は、まずは腹を満腹にさせて塩気を補給するという視点から、こんなラーメンを作ったんでしょうね。その意味ではすごい発想だと思う。味を捨ててでも量に拘るという姿勢は、神がかりですね。

 

いやいや、一食損をした気分。人生は時間限定されているのに、その内の一回をもろに無駄にした気分でした。

 

こんな書き方をしましたが、東京の人がこのラーメンをこれからも愛しつづけるのは否定しません。大勝軒は東京だから育ったラーメンだし、これを美味しいと思うのは大阪の神座(かむくら=3度食べたらおいしさを理解出来ると言われてる、一回では絶対に美味しいと思えないラーメンもどき)をおいしいと思う大阪人の気持ちと同じ。

 

好きなものは好き。それで良いと思う。但し、だからと言っておいしいとなると、これはやはり、ある程度客観的な基準をベースに考えたほうが良いのでは?勿論誉める所ありますよ。テーブルが綺麗とかドアがちゃんと開いたとか、お釣りを間違えなかったとか、それは立派だ。

 

何はともあれ、ご当地名物を食べました。香港の水上レストラン並に、おいしくねーけど(おっと失礼、おいしいと思う人には美味しい)一回はモノの試しで食わないと、話のネタにならないという食い物ですから、誰でも一度は行く事をお勧めします。

 

いや〜、名物に美味しいものなしとは、よく言ったものです。

 

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2005年11月26日

鉄板焼

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今から10年位前の香港での話。香港には日系スーパーのイオン吉之島(ジャスコ)がある。吉之島と書いて「カッチートー」と発音する。そこには当然日本のインスタントラーメンや高級野菜が並ぶのだが、地下はフードホールになっている。

 

そのホールには色んなお店が並んでおり、日本式の鉄板焼店も人気がある。鉄板焼と言っても何の事はない、お好み焼屋みたいな鉄板の上で料理した肉や野菜を、更にお客用のちっちゃな鉄板の上に乗せて、ジュージュー言わせながらお客に出すだけなのだ。

 

しかし場所はフードホール。鉄砲玉みたいなちっちゃな子供が走り回っている中を、真っ赤に焼かれた、脂が飛び散ってる鉄板を、不安定な木製のトレイに乗せて何とか空いているテーブルを探すのだから、危険極まりない。まあ今まで事故はないようだ。てゆ〜か、多分事故っても新聞に載らないだけなのかもしれない。

 

そんな、日本で考えたら信じられないような危険と隣り合わせの日常風景で、更に面白い事があった。

 

昼過ぎでやっと忙しさが終わりかけた頃の事だ。多くのテーブルには食べ残した食器が散乱しており、片付けが出来てない。そんな時に小さなバックパックを背中に担いだ若いお兄ちゃんが鉄板焼を注文した。

 

牛肉と野菜セットにご飯付きで45香港ドル(約750円)である。お値段的には高級の部類に入る。

 

すると鉄板の後ろで汗をかいてたアルバイトの鉄板焼兄ちゃんが、かなり忙しかったのであろう、ぶすっとしたままいきなり無言で、鉄板の上で温めてた野菜に牛肉の細切れを放り込んで、牛肉入りの野菜炒めを作ったのだ。

 

そうして焼きあがった野菜炒めを、たまたま皿洗いが間に合わず鉄板がなかったので、発泡スチロールのお皿にどさっと乗せて、「はい、どうぞ!」とやった。

 

バックパックの兄ちゃんは当然文句を言う。

「こらこら、俺は牛肉と野菜セットを注文したのに、これは野菜炒めではないか!」

アルバイト君も負けてない。

「食べちゃえば同じだろうが!多めにしといたんだから、喜べ!」

 

普通の日本人ならこの辺で切れるか帰るのだろうが、この兄ちゃん忍耐力があった。

「ならば牛肉と野菜は別に出るはずだ。これは手抜きだから値段を安くしろ、そうでなければ俺はお前のボスに文句を言うぞ」

 

う〜む、脅しであるが、利に叶っている。ここで普通ならアルバイトシェフもごめんなさいというところだろうが、こんな場合にお店がお金を返す事は香港ではあり得ないし、そうなると自腹という事になるから、

「うちの鉄板焼は、野菜と肉を一緒に焼くんだ、嫌なら食うな。しかし料理は作ったんだから金は返さん!」といいのけた。

 

いやいや、日頃香港人とビジネス交渉してて、そのしぶとさに辟易している僕からすれば、楽しいバトルだ。

 

結局は「持ってる者の勝ち」であるから、バッパー兄ちゃんは、金を返してもらえずに飯も食えないとなると、それこそ「噴飯もの」なので、次の交渉に入った。

 

「よし分った。では料理はこれで良いとしよう。しかし鉄板がついてないぞ。これはどういうことだ。これは鉄板焼なのに鉄板がなければ、単なる<焼>ではないか。俺は<焼>は注文していないから、これはお前の作り間違いだ。そんなものに金を払うわけにはいかん」

 

するとシェフ。有無を言わさずにカウンターの外に出た!よっしゃ喧嘩だ!そう期待した僕をよそに、シェフは何と!とんでもない行動に出た。

 

シェフはいきなり近くのテーブルまで走り、そこに置いてあった食べ残しの鉄板皿を取り上げて、キッチンに戻ってすかさず洗い始めたのだ!

 

10秒ほどで洗い終わるなり(香港式皿洗いは洗濯からリンスまでが異常に短く、脂汚れをすべて落とすという発想はない)、発砲スチロールのお皿に盛ってあった、そろそろ冷え切り始めた野菜炒めを、どかっと鉄板皿に移したのだ!

 

「ほい、鉄板焼出来上がり!もってけ!」そう言うなり、シェフは嫌なものを見たように顔をそらして、次のお客の注文を取り始めた。

 

すると不思議な事に、バッパーのお兄ちゃんは自分の要求が通ったと考えたのだろう、満足そうな顔でテーブルに座って、片手には漫画さえ持って、冷えた料理を冷えた鉄板の上でおいしそうに食べ始めたのだ。

 

結局これをどう理解するか?お互いに相手に言い負けてたまるかという点のみが重視され、本来の意味である料理をどうおいしく食べるかという当初の論点や観点が、次第にお互いの主張をどう通すかという「面子論」に変化したのであろう。

 

このあたりが日本人には理解しがたい点であるが、確かに香港人や中国人は面子を大事にする。日本人だって面子を大事にするという人もいるだろう。しかし同じ「面子が大事」という言葉を使っても、その意味するところは大きく違うという点に気付いて欲しい。

 

「面子が大事」というのは実に抽象的な言葉であり、だから同じ言葉を発していても温度差が違うのだ。だから本来なら議論の際にはこのような抽象的な言葉は出来るだけ省いて、数値化する事が(それこそ)大事である。

 

鉄板焼のケースで言えば、面子の為に自分の命を含めた、何を賭けられるかだろう。金か?命か?仕事か?生活か?

 

客は、例え料理がまずくても、自分の主張を通したから、相手に妥協させた精神的な満足感が、冷えた料理でも「うまい、勝利の肉だ」と思わせたのだろう。

 

シェフからすれば、相手の要求を完全にはねのける事が出来ず、少しは悔しい思いをしたのだろう、最後には目をそらしてしまった。バッパー君の判定勝ちといったところか。

 

どうでもいいけど、もっと本質的なところを大事にしようぜ。冷えた料理は体に悪いよ、ね、お兄ちゃんたち。

 

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2005年11月18日

哀しい色やね

素晴らしい夜景と小気味良いイタリアンにすっかり天にも昇るような気持ちになっていた僕は、突然近くで破裂するような馬鹿声を聞いて、地上に引き戻された。

 

「ガハハ!おもろいな〜、おいねえちゃん、酒モッテコイヤ!」

生まれた時からサルなみの脳みそで、他人を威圧したり大声を出す事だけで何とか今まで大阪のどぶ板の裏側の溝鼠なみに生き残れてきたような、バブル時代にあくどい事をして銀行や役人を脅して成り上がった、ちんぴらのような連中が群れていた。

 

5mほど離れた4人掛けボックス席に座っているけばい中年カップル+いかにも生まれた時にお母さんの腹の中に脳みそを忘れてきましたといった馬鹿面若年カップルのグループが、すぐ横の舞台でブルースを歌っているガタイの良い黒人歌手を無視して馬鹿笑いしていた。

 

見てると、テーブルのクロスの上にタバコの灰を直に落としながら、襟がオーストラリアの爬虫類並に天を向いて跳ね上がった明るい青のスーツを着ているおっちゃんがいた。

 

「まったくやで〜、ほんま困ったもんやな〜、がっはは!」この笑いは隣にいる原色ばばあである。今時愛地球博のマンモスもびっくりして逃げ出すような、化石的原人類だ。醸し出す雰囲気、顔、着てる物、すべてが見事にマッチしてて、こりゃ確かに、マンモスも食われる前に逃げるよなと思うほど、下品さ丸出しのカップルである。

 

しかし世の中は、類は友を呼ぶと言うか、向かいに座っている若いカップルはどうやら兄妹らしいが、またきちんとあふぉバランスを取っている。

 

「そやなオヤジ、わしからすりゃ、あんなとこ一発で通るんや、当たり前やないけ、がははは!」

そうかそうか、今日は合格祝いか、なるほどなるほど、で、何だ、脂ぎった団子鼻から、公害防止装置のぶっ壊れた煙突みたいにタバコの煙を吹かしながらビール飲んでるお兄ちゃんは、一体どこの大学に合格したんだ?大阪南夜間大学か?

 

妹も、顔中の痘痕と鳥の巣みたいな「とさか頭」を振り回しながら、きーきーと何か騒いでる。体重がかなり標準を超しているせいか、そのあたりの床が心なしか沈んでいるようだ。かなり重いのだろう。ねーちゃん、そんな若い身空で人生棒に振るなよって、思わず老婆心が出てしまうような哀れさだ。

 

  

しかし、よく見回してみると、周囲にはそう言う客が目立つ。煙突みたいにタバコを吹かしていたり、食べ残しの皿の上に直接タバコの灰を落としてたり、トイレで洗った手をぶるんぶるんと振り回しながらテーブルに戻ってくる奴ら。

 

その後マネージャーに話を聞く機会があった。そのマネージャーも、つい最近マネージャーになったばかりの20代後半。しっかりと関西弁で説明してくれた。

 

「ここは元々大阪でもかっこつけずに、本音で話をする地域なものだから、形式などを嫌う人が多い。ホテルのトップGMは外国人だが、中間層はみな南海電鉄時代の人材で、GMが目指すような高級路線は、難波では受け入れられないと反対している。だからGMはこの店のマネージャーを首にして僕を採用した。

 

外部の血を入れたいという事だろう。しかしフロントや裏方はあいも変わらず「ここは大阪だから」という理由で、何につけぶつかっている。タバコにしても、禁煙席など作ると地元から反対されるからと、今だもって導入していない。

 

だからお客様が見るように、いろんな面でちぐはぐさが出ているのだ。本当なら国際ホテルの路線で行き、それでお客を取るべきなのだろうが、毎日の売上を考えると、難波の地元客を手放してはやっていけない」これが彼の趣旨だ。

 

ビジネスモデルが大きく変化する時に、一番ついていけないのは、今までの既得権益にしがみついたサラリーマンなのかもしれない。

 

大阪が地盤沈下して自治体として倒産寸前になったのも、過去の先人の努力の上にあぐらをかき、何の努力もせずにぬくぬくと手抜きをした連中の不作為であり、自分立ちの時代だけを何とか切り抜ければ、他人のことは知らんという「自分勝手」が招いた結果だ。

 

これが約1年前のホテルの実態だった。こんな事を書くのも、実は今年もう一回このホテルに泊る事になったからだ。

 

さて、今回の宿泊では、今でもバーでうどんを出しているかどうか、聞いてみよう。

 

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2005年11月17日

イタリアンレストラン&スカイバー「タボラ36」

ダボラ続きである。

 広告:「タボラ36」ではオーセンティックなイタリア料理と外国人ミュージシャンによるライブミュージックを地上36階からの素晴らしい眺望とともにお楽しみいただけます」

 

確かにその通り。僕が腹を空かせてこの店に入った時も、まずその景色の素晴らしさにびっくりした。大阪の街が光と共に足元に広がり、まさに天に昇り地上を見る雰囲気であった。それまでに一本の予約電話で怒る事さえなかったなら。

 

ラッフルズでしょ?国際級ホテルって、自分で言ってるよね?一流レストランって言ってるよね?だったらどうして、禁煙席がないの??????

 

僕が住んでいるNZは、すでにレストラン、バー、オフィスビル、公共施設等、人の集まる、空気の閉鎖された場所は、すべて禁煙だ。カナダでもすでに導入されている。最近の諸外国は禁煙が基本である。

 

別に格好つけて西洋諸国の真似をしろと言ってるのではない。科学的に証明された自殺幇助機械を、他人に向けて使用するなという事だけだ。この事はかなり以前のコラムでも書いた。自由と無責任は違う。

 

タバコを誰もいない所で一人で吸う分には「お〜い、病気になっても国の保険は使うなよ〜」程度だが、こっちが殺される立場になったらそうはいかない。

 

だから僕は普通に、部屋からレストランに電話して予約をする時に「すみませんが、禁煙席でお願いします」と言った。日本で、ましてや大阪で全面禁煙レストランを求めるのは、さすがに国際都市の国際一流ホテルでも高望みだろう、そう思って禁煙席を聞いたのだ。するとその答えは

 

「あの〜、禁煙席はないんですよ〜」すまなさそうじゃなく答えてる。何、満席か?

「そうですか、時間をずらしたらどうでしょうか?」

一応聞いてみる。

「いえ、それでもやはりないんですよ」

益々意味不明な返事だな〜??

「そうですか、今日はずっと満席なんですね」

再度確認。この時点では、まだ事実を知らない僕

「いいえ、そうじゃなくて、禁煙席を設けてないんですよ」

はは、って感じで言われた。

 

頭の中で何かがプチって言う音が聞こえた。戦闘モードに入ったのだ。僕は体温を3度くらい下げて、ゆっくりと聞き始めた。

 

「あの、ここのお客で今まで禁煙席をお願いした人は一人もいないんですか?」

「ここ、ラッフルズ系列ですよね?」

「将来的にここのタバコの煙で肺がんになったとしたら、ホテル、責任取れるんですか?」

 

とりあえず思いつく事を一通り冷静に伝えた。相手の反論はことごとく叩き潰した。

 

結果は何とか、今日の予約でタバコを吸わないお客を固めているので、そこに席を取りますとの事。背に腹は、ではなく腹に背は変えられない。飯は食いたいし景色も楽しみたい、何より猥雑な街に出て行きたくない僕は、矛を納めて時間どおりにレストランに向かった。

 

36階からの素晴らしい眺望はさっき書いた。

 

テーブルは写真とは違う場所で、窓際に用意されていて、窓を底辺とした逆三角形を想像してもらいたい、その下2辺にカップル用のテーブルをセットしているので、お互いに相手の顔を見ながら食事が出来るし、顔に飽きたら夜景を楽しむ事が出来るという、大変良く出来た趣向だ。

 

若いウエイトレスもきびきびしている。働く事に誇りを持っている感じがした。単なる若い女好き?違うし・・・あんた、退場。

 

メニューを見せてもらうと、どれも小腹の日本人に合うように、ミニポーションで出してくれるので、フルコースと言えど女性でも十分に楽しめる内容だ。アペリティフ、スープ、パスタ、メイン、どれもすばらしく美味しい。大阪でこんな味に会えるとは思わなかった。

 

ワインやカクテルも豊富だし、オープンキッチンなので、厨房でしゃきしゃきと手早く料理を作るシェフ君たちも小気味良い。単なる若い男好き?違うし・・・ラモンじゃないし。ふぉ〜。

 

景色、雰囲気、味ともに、とてもよく出来たレストランだなと感心し始めたその頃、事件は起こった。そして遂に、結局このホテルは大阪という街に潰されたという事が解明されていくのだ

 

続く

 

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2005年11月16日

バーでうどん?!その2

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夜9時。ほのかなオレンジ色のライトに包まれたバー。革張りのソファと静かなジャズ、そんな雰囲気の中、僕は一人でカウンターに座ってジン&トニックを注文した。すると左に3つほど離れたカウンターから、い、いきなりその音が出た!

 

ズズズズズズーーーーー!

 

うどんですかい!

 

その日、火星が今みたいに地球に接近していたら、おそらくムーンサルトで火星の赤茶けた大地にぴったりと着地していたに違いないほど、僕は飛び上がってびっくりした。

 

うどんですかい!JALもびっくりな至れり尽くせりだが、ちょっと待って欲しい。いくら食い倒れの大阪とは言え、ここは自称一流ホテルの、それもメインバーだぞ!みんなシックな格好でお酒と雰囲気を楽しんでる中で、いきなり

 

ズズズズズズーーーーーかよ!

 

汁をべっちゃべちゃと音を立てながら食ってるのは、原色花柄ぎんぎんぎららの肥ったおばさん。一人で座ってバーテンダーと話しながら、「いや〜、うちのお父ちゃんもどこいったんやろか、全くもう鉄砲玉やさかいな〜、おお、ほら鍋焼きうどんがうまいな〜、酒飲んだ後は、ほんまうまいな〜、ズズズズズズ〜!」

 

バーテンダーも「はい、そうでございますね」って、おいおい、バーテンさん、あんたはうどんの汁をシェーカーで振って出してんのか?

 

カウンターの周囲にお客はおらず、とてもヒマなバーで、音は奥まで聞こえているはずだったが、その奥で数人で固まって飲んでいる日本人は「ずずずずー」を聞いても、意に介し無いという表情だ。普通に会話が続いている。

 

おそるべし大阪文化。そう言えば、大阪では食い物やは、お客に言われたら何でも出さないといけないらしい。「当店ではお食事はサラミなどしかご用意〜」等と言おうものなら、「何かっこつけとんじゃこらー!」と怒られるらしい。

 

このバーでも、多分そのおばさんとお店が以前に一悶着あったのかもしれない。だからこの客には仕方ない、鍋焼きうどんをカウンターで食わせておけという事なのだろう。

 

しかし。しかしである。自分の存在が何なのか考えてみた事が、一度でもあるのだろうか?一体バーが何故存在するのか、考えてみた事はあるのだろうか?

 

バーの存在がうどんの為なら、どうしてバーという名前で存在してるのだ?その事をしっかり突き詰めもせずにうどんを出すなら、最初から入口の看板を「うどんバー」にしておけばよい。メニューに「今日のお勧めはきつねうどん」とでも書いておけばよい。

 

お客のいう事は何でもしなければいけないのか?お客は選べないのか?一体いつから商道徳やビジネスモラルがなくなったのだ??誰の為の店なのだ?

 

そこまで馬鹿に成りさがって下品な客に尽くしたいなら、いっそホテルの看板を外して「欲かき爺とくそ婆が自分のアホさ加減晒す博覧会場」と名前を付け変えれば良いではないか。

 

かっこつけると言うのと、ビジネスの目的が,履き違えられている。とりあえず客の言う事を聞いておけと言うなら、客がホテルに火をつけるぞと言ったら、マッチを差し出すのか?結局僕は、お酒を置いたまま席を立ってそのバーを出た。

 

彼らには、何故僕が席を立ったか分らないだろう。もし分ってて「何やあの客、うどんの音でびっくりして飛び出たで〜」とか思ってるなら、こりゃもう終わりだな。そう思いながら、同時にこれは多分、個人的な資質の問題なのだろうと思っていた。

 

ところが!その翌日、ホテル最上階のイタリアン風ディナーレストランにも行ったが、ここでも怒りマークが思いっきり発信され、ついにこのホテルは構造的にサービス問題を抱えている事が判明したのだ。今でもそのレストランマネージャーの名刺を持っているが、これは次回。

 

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2005年11月15日

バーでうどん?!その1

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大阪の難波に「スイスホテル南海大阪」という、シンガポールラッフルズ系列のホテルがある。

 

ラッフルズと言えば全室スイートで、サマセットモームの定宿としても、シンガポールスリングスの発祥の地としても知られている、世界の名門中の名門である。

勿論GMは外国人だ。

 

「南海」という名前の通り、元々は南海電鉄がオーナーだったのが、バブル時代に周囲の環境も考えずに計画して、大阪の地盤不況で赤字経営になり、どうしようもならなくてラッフルズに身売りをしたという話だ。

 

で、ん〜、それが「うどん」と、どう関係あるわけ?と思うでしょ。もうちょっと聞いてね。

 

半年ほど前に仕事で大阪に泊る事になった僕は、お客様の住所が難波だったので、地下鉄や電車の都合の良い駅ビルという事で、このホテルを選んだ。インターネットと部屋の広さで決めたようなものだ。値段も、クラスの割には手頃な15千円。

 

地下鉄駅からそのままエレベーターでロビーフロアに上がる。チーン、到着してロビーに向かうと、すごく変な雰囲気が・・・これって、昔の新宿プリンスホテル(知ってますか?当時はやくざの待合室状態でした)みたく、豹柄ドレスに能面みたいな化粧のおばさん&坊主頭にピンクのスーツを着てるおやじとか、ロビーの絨毯にタバコの灰をぱたぱたと落としているその筋の客、そしてそれを無視するホテルマンって、あれじゃない?

 

まずはチェックイン。機械的な「いらっしゃいませ」から始まって、フロント係が、とにかく人の顔を見ない。本当はいらっしゃってほしくない、だって仕事が増えるだけだもん、そんな気持ちがみえみえちゃん。カウンターの下にあるモニターを見つめながら、パソコンをカチャカチャ操作している。まさかゲームしてるんじゃないだろな?お前はパソコンお宅か?

 

チェックインがやっと終わり、さて荷物を持とうとすると、やってきたベルボーイ?おやおやお父さん、ボーイじゃないですよね、どう見てもシニアですよね?昨日まで保線区で線路の犬釘を修理してたでしょ。爪の間が真っ黒ですよ。

 

ところでお父さん、「いらっしゃいませ〜!」と威勢よく言われても、「汽笛一声新橋を!」じゃないし、う〜ん、僕は貨車か?あ、この感覚!そうそう4年位前に京王プラザホテルに泊った時に同じような状況で、やはり保線区作業で酒と太陽に焼かれた人の良さそうなお父さん顔に「こちらでございます、ご主人様!」と言われた時の感覚だ。

 

鉄道会社からすれば、ホテルなどは所詮付属施設。そこに本体で使えなくなったロートルを、全然研修も受けさせずに送り込み、「もうやってられません」という状態にして自主退職に追い込む方法だ。

 

僕はかなりお怒りモードながら、おじさんに罪はなし、「いいですよ、自分で持っていきますから」と言うと、まるで仕事を取られたような、哀しそうな顔をするおじさん。ごめんね、やっぱり持って下さい。心の中で、おじさんをこういう場所に追い込んだ経営者に腹が立つ。

 

社員の首切り狙いだけが怒りマークの対象ではなく、そんな未教育社員を配置する事で、顧客蔑視に繋がるという事を理解出来ない経営者の思考回路も怒りマークの対象だ。

 

さて部屋に入ってみると・・・ふ、古い!設備が古いし、カーペットも手入れされていない。よく見るとその部屋だけでなく、廊下のカーペットも、長い間大きなスーツケースに引きずられたのだろう、ぼよよ〜んと波打っている。

 

哀しくなりながら、とりあえず気分転換にシャワーしてからバーへ行こうっと。バーはフロントの反対側だ。と、そこでうどん事件が起こった!

 

長くなったので、続きは明日、また書きます。

 

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2005年11月12日

ポートフィノ

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僕の大好きなレストランの一つに、Portfino(ポートフィノ) がある。オークランドの中心部、カップビレッジというヨットハーバーの中にあるレストラン街のうちの一軒だ。

 

元々パーネルにちっちゃな店を構え、ピザとパスタで勝負をしてきた店だが、4年ほど前から身内でチェーン店展開を始めて、現在は4〜5店舗ある。特徴は、どこの店でもシェフやマネージャーはイタリア人又は東欧である事。キーパーソンにはきちんと味のわかる人を置いているのだろう、いつ来てもおいしいものを食わせてくれる。

 

一番のお気に入りは、夏場の週末ブランチだ。降り注ぐような太陽の光を受けながら、ワイングラスの中でシャドニーが光る。きらきらと、光っている。ワインも、日光浴が好きなのだろうな。

 

今日はガンエステートだ。光輝な香が素晴らしい、飲み口の軽い、それでいてしっかりと味のボトルを一本頼んで、ブランチはキーウィブレックファースト。御馴染み、ベーコンエッグにソーセージと焼トマト。2時間くらいかけてゆっくり楽しむこの時間は、とても気持ち良い。

 

週末は、こうあるべきだな〜と思う。



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2005年10月30日

世界で一番楽しく飲めるところ

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金曜は久々に飲み歩いた。これでやっと3週間近い旅の疲れが全部落ちたって感じだ。

 

まずは気の置けない飲み仲間と焼き鳥ケンへ。ケンさんの焼き鳥は、いつ食っても美味い。そのまま銀座に出店してもOKでしょうと言うくらい美味い。

 

出張から戻り、そのまま仕事モードに突入した僕としては、金曜日の夜は特別に味の濃いのものを食べたかったのだ。体の欲しいものとけんさんの焼き鳥味付けがぴったりで、お酒が進む。

 

*のりこさん、これ、本当に美味いんですよ、一度是非とも食べてもらいたいくらいです。

 

しこたま食べて、さてカスタムストリートからクイーンストリートに向かって千鳥足でアルク。

 

「独りの暮らしには、赤いぶどう酒飲み、全く目出度い、目出度いとつぶ〜やく〜」などと、昔の古井戸の歌を口ずさみながら「源太」の前を通りかかる。

 

するとおや、いるではないですか、古い飲み仲間のSにKに、その仲間たち。早速ドアを開けて、満席で順番待ちしているお客を無視しておっさん連中のテーブルに襲撃かけました。

 

「おいおい、椅子ないよ〜」S

「じゃあお前が床に座れば〜」tom

 

すっかり酔ったおやじ達は、あっけにとられる周囲を気にすることなく、ビールの大瓶を次々と注文します。

 

「あの〜、何かお食事はよろしいですか?」お店

「いやいや、この麦水でOKですよ〜ん、へろんへろん〜」tom

 

そのまま1時間ほど、半けつ状態でちっちゃな木の椅子をシェアして放歌していた僕らは、そろそろ行こうという事で3軒目へ突入!丘の上のちっちゃなお店は今日も賑やかで、その頃には殆ど記憶のない僕と飲み仲間は、互いに何を話しているか分らない状態のまま。お勘定、誰が払ったのかな〜?

 

そして11時頃に古巣の山水に戻ったのが誰だったか、その時点では完璧に記憶なし。山水でも賑やかに騒いだらしく、かろうじてタクシーに乗り込む事は出来たそうです(後日談)。

 

おかげで土曜日は、起きたのがお昼12時、ベッドを出たのが2時頃という、久し振りの快眠記録を創りました。もちろん家族に無視され、白い目で見られたのは当然です。家の鍵を持っているのに開ける事が出来ず、ドアをバンバン叩いたのが致命的だったようです。

 

はは、でも精神的には随分と役立ったお酒で、これでやっとオークランドモードに戻った僕です。

 

やっぱりオークランドで飲むのが、一番気が楽です。

 

さてさて、月曜からはまた仕事モードに戻ります。日本でしっかりと新しいネタを仕入れてきましたので、月曜日からは新規企画、いきますからね〜!



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2005年10月29日

<ランビキヤ> Alambique

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東京滞在中に結構御世話になったのがここ。今回利用した六本木のオフィスから徒歩1分の所にあり、夜中の1時までやっているので、個人面談終了後や仕事を終わらせた後の夕食(夜食?)に丁度いい。

 

オフィスに向かう途中のコンビニで買物をして表に出ると、道路の反対側にその店がある。青い外見、英語の名前、窓を開放的に使っているので、最初はアメリカンカフェかな?とか思ったが、お客は日本人が殆ど。

 

ある夜、11時に仕事が終わり、さて腹減ったとなった時点で、どこにも行く元気なし。じゃあということでふらっとお店の入口に近づいて、メニューチェック。

 

・・・何と沖縄料理じゃんか!

 

今東京は沖縄料理も結構なブームになっているが、僕が最初に沖縄に行ったのは、30年近く前の、まだまだ何もなかった時代だ。国際通りから裏の市場に入り、そこを抜けた坂を登ると、普通の民家みたいな、入口にシーサーがあって、3メートルほどの庭があって、その向こうが縁側になっている家があった、。奥の広間には畳に和テーブル。

 

18歳の僕は好奇心の塊だから、他人の家とも思わずふらりと中に入った。すると笑顔の似合う、よく日に焼けたおばあちゃんが出てきて、にこにこしながら、紙を渡して何かしゃべりかけてくる。

 

沖縄の言葉はうちなんちゅー独特で、やまとんちゅーである僕らが聞いても分らない。でも使っている言語は同じなのでその紙を見てみると・・・んなんと、メニュー!ここはレストランだったのだ!

 

僕みたいな客が飛び込むからレストランにしたのか、あまり知らない客に入って欲しくないから民家のふりをしているのか分らなかったが、そこで頂いたソーキソバ、一緒に食した味噌和えミミガーとオリオンビールの素晴らしさ。1977年。僕の沖縄通いの第一歩だった。

 

沖縄の話は長くなるのでこれくらいで置いておく。今日の話題はランビキヤ。

 

店内がお洒落である。押し付けがましくなく、裏通りにひっそりと商売してますって感じなのだが、どうも店内に「活気」がある。夜11時の時点では客は僕を入れて5組くらいしかいなかったが、もしかしてここ、日頃は繁盛店か?と思わせた。

 

よしよし、良い店を発見したかな?と思って、早速ミミガーとゴーヤ、ランチョンミートを注文する。最近の東京でありがたいのは、沖縄料理が普通に注文出来る点だ。

 

焼酎は島焼酎から泡盛、九州の焼酎まで揃っており、選ぶのに苦労するほどだ。

 

焼酎を飲みながらメニューを眺めると、九州の「あおさ(海苔の一種)」入り雑炊がある。他にもテビチ、トン足おでんがある。おうおう、素敵な店ですな〜。

 

その日は軽く済ませたが、次の日に再度、今度は本格的に夕食。夜8時の時点ではほぼ満席に近く、ヒルズで働いてる連中が自腹で仲間と飲みに来てる、そんな若いお客ばかりだった。ノーネクタイ、ラフな格好だが、所謂みっともない服装ではない。そうそう、ここは六本木ヒルズから歩いて5分のところにあるのだ。

 

どうやらこの店、自己否定してる若者には向かない店らしい。そうだろう、店に活気があり、明日はもっと稼ぐぞ!と言う雰囲気がみなぎっている。こんなところに、世間の文句ばかり言って汚い格好している奴が来れば、完全に浮くな。

 

とあれ今回はトン足おでんにあおさの雑炊、昨日に引き続きランチョンミートに、そしてミミガー。どれも塩っ気が強い。かなり塩を使っており、沖縄系の食い物?と思わせるくらいだが、焼酎と合わせていくと、酒が進む。

 

安くてうまくて、良い雰囲気で安心して飲める店、発見でした。次の出張の時には、また来ようっと。 



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2005年10月28日

「Vinoteca Wagon」

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銀座はいつも最先端な、それでいて歴史の街である。昭和初期にはモガ、モボ、戦後はみゆき族など、今時の若者には理解不能な、それでいて素敵で意味深い言葉が、時代の最先端を闊歩していた。

 

この街を歩く人は、皆、美しい。一言で言えば、「粋」。男も女も、目一杯に異性の目を意識して「粋」に振舞う。年など関係ない、死ぬまでお洒落でい続けるのだ。それでいて嫌味がない。

 

20年ほど前の一時期、この街の上辺を流れすぎていった人種もいた。背広の財布に2百万円、車のトランクに2千万円(レンガ2個と言う)を積み、ボーイに10万円のチップを払い、金曜の夜など、タクシー1時間待ちがざらだった時代だ。

 

今は外資大手のブランドショップが次々と出店し、歩行者天国も出来て敷居が低くなったが、それでも街全体の持つ雰囲気は、おそらく日本中どこを探しても見つからないだろう「粋」で包まれている。

 

秋晴れの日曜の昼過ぎ、80過ぎの老人が銀座6丁目を真紅のアスコットタイで胸元を飾って歩き、洋装のお洒落な親娘は7丁目の老舗靴屋カネマツを2代にわたって贔屓にしている。

 

前置きが長くなったが、そんな素敵な街の7丁目にある「Vinoteca Wagon」を訪れた。名前の通りイタリアンレストランである。大通りから一本裏に入ったビルの2階に、10月に開店したばかりのお店だ。

 

断っておくが、僕はグルメではないし、アルコールを別にすれば、エンゲル係数は低い方だ。昼食もカップヌードルで十分である。なのになぜこの店に来たかと言えば、友達の紹介というだけだ。

 

なのでイタリア語でこの店の由来がどうとか言われても、オーダーの注文を入れる時にイタリア語で言われても、まるですし屋のお勘定のように意味不明なだけだ。

 

しかし、自分の口に入ったものがうまいかまずいか位は、自分で分る。そして、この店の食い物は、すべてがうまい。

 

ビルの右手にある外付けの階段を上がったところに、このお店はある。トスカーナのお店をイメージしたレンガ色を基調に、縦に細長い、全体的に小ぶりなお店だ。席数は40程度だろう。

 

気を使わず、それでいて品のある店内でテーブルに案内されると、まず最初に出てくるのがワゴンに乗った前菜5種だ。僕は水牛とモッツァレーラチーズを選ぶ。オリーブオイルがたっぷりかかっているのに、全然あぶら臭くない。相当に出来の良いオイルだろう、自信の程がうかがえる。

 

次のリゾットは80グラム程度の小飯だが、芯を残した炊き上げで、仕上げを客の目の前でチーズボールの中で行い、これが実に目に良い。そして最後の硬い芯が歯ごたえとして残った状態で、クリームとチーズの薫りが顔を埋めてくれる。

 

パスタはカルボナーラ。良いベーコンと卵の黄身だけを使っているから、ソースがねっとりと絡むクリーミーさが絶妙だ。ひどい店では玉ねぎや卵白を使って火を通しすぎてぱさぱさにしてしまう所もあるが、ここは違う。

 

肉はイベリコ豚。焼き豚のようにざくっと薄切りにしているが、火と塩だけで勝負をしている。おいしい料理とは、出来るだけ材料に手をかけない事。この肉は素材で勝ち、調理で勝ち、最高の材料としてお客様の前に出されている。

 

同じ豚を先週他の店「C」で食った時もすごいと思ったが、ここで食った後は、ちょっと前言撤回の必要ありだ。脂身が多くて、その部分は切り取ってしまったが、空腹ならあの脂身も食えただろうなと思わせる、とろとろさだ。

 

サーブのスピードやメニューの説明が実に気遣いを感じさせる。背中を見られている感じだ。それでいてひっつくようなしつこさがない。このサーブは女性ならではのものかと思うが、店長は男性だ。

 

そしてこの店長、見てて実に面白い。引き締まった布袋さん(ギタリストじゃないよ、本物のお人形の方です)のような顔をした彼にワインを説明させると、まるで魔術のようにお客を惹き込んでしまい、誰でも「はい、それ!」と注文したくなる。自分で頼むよりも10倍うまく飲ませてくれる技を知っている。

 

プレ開店で公表していない為常連しか来ないが、日が沈んだ7時を過ぎた頃から周囲に気心の知れた人たちが集まり始める。あちらの男性二人はザンブーカの出来を話し、こちらの美女3人を連れた6人グループでは、お店に進められるままに赤ワインのコルクを次々と抜いてる上客。いやいや、やはりお店にとっては同伴客が一番儲かるな。鴨ネギとは良く言ったものだ。

 

おいしい料理は人を幸せにする。

 

ワインの酔いが進むと共に、隣で空きボトルが増えていく同伴グループを眺めながら、最後はポートで締めて、出窓から見える銀座の景色を楽しんだ。気になるお値段は、二人で16,000円。ちょっとした記念日には通える値段だ。おい、同伴のおっちゃん、お前らはたっぷり払えよ、この店が存続する利益の為にな〜。

 

戦後の電通前で山口洋子が「姫」という「歴史」を作った街。そこでは力道山や石原裕次郎、慎太郎、野坂昭如や文壇の大物が通っていた。

 

銀座が好きになった。この街で飲めるようになりたいな。そう思ったVinotecaWagonだった。誘ってくれたKさん、ありがとね。また次の機会もよろしく!

tom_eastwind at 22:22|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年10月25日

最終日のお昼は六本木ヒルズのロイズです。

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順序が逆になったが、日本のレストランの事を思い出ししながら書いていこう。

ヒルズのスターバックスで面談終了後、丁度お昼時だったので、ちょっと贅沢をしてヒルズの有名レストラン「Roy's」へ。5階から東京タワーが見える素晴らしい立地だ。

13:15の時点で広いお店に飛び込むと、まず普通に受付に誰もいない。3分ほど1人で入口に立っていると、目が合わさったウエイターが、忙しそうでもないのに、仕事の合間の時間つぶしという感じでふらっとやってきた。

勿論日本人ウエイターである。お客を見下したような雰囲気での接客だ。思わずこちらもやる気が出た。さあ、どこまでひどいサービスが展開されるのか?

「いらっしゃいませ、ご予約は?」冷たくて高ピーな言い方。まるで予約しなければ客でないような雰囲気。

「この、くそたこめ!」と思ったが、普通に「予約なしで1人です、禁煙席で」と言うと、「只今確認致しますが〜、え〜、予約はされてないんですよね〜」しつこいっつうの。「あの〜団体さんの間にあるテーブルしかご用意できないんですけど〜」となった。

見ると、お店の左側奥に個室があり、そこを解放して団体用に使っている。今も子供を連れた若い家族4組くらいのグループが2テーブル、賑やかにやっている。まあ、それでも禁煙ならいいや。「は〜い、ウォークインのお客様です〜」そこだけカタカナ英語かよ、全く。

しかし、客も金太郎飴みたいな連中だな。土曜の高級ブランチを家族で楽しむ勝ち組というイメージを頭に浮かべて「僕らはそこらの人とは違うよ、ヒルズ族だし〜」という、実は他人と同じ事をやっている連中。

さて、1人で壁際の薄暗いテーブルに座らされた僕は、5歳くらいの子供が前も見ずに走り回り、赤ちゃんが泣きまくり、親は子供を無視して自分達の洋服の話や最近の金を儲けた話をしているのを、まんじりと見ていた。良い大学を出るというのが智恵や生きる力を奪うという意味では、見事に優秀な大卒連中だ。

注文までに又10分ほど放置プレイされた。どうも、予約もなしに「男性お一人様」で来るような輩は、余程相手にしたくないのだろう。自分の価値を分ってくれる人にしかサーブしたくないのかな?

ブランチメニューは2種類しかなく、3670円のコースが基本で、それにワイン飲み放題を追加すると5770円になるという事なので、午後は仕事もない僕としては、当然飲み放題にした。

おいおいウエイター君、「お飲物はどうされますか?」って聞くなよ。飲み放題なら当然ワインでしょ。飲み放題で水くれなんて言うと思ってたのか?お一人様はやる事ないんだから、とっとと白ワイン持ってこい。 

あれあれ?そう言えばこのウエイター、ワインの銘柄も確認せずにいきなりグラスに注いでるよ。俺が白を好きで良かったが、誰にもカリフォルニアの白シャブリを出すのか?   

 

前菜10種類、アペタイザー10種類くらいあり、それぞれから一つを選択するセミバフェット方式だ。僕は前菜からルイジアナスタイル?蟹コロッケ、アペタイザーで骨付きラム肉を選んだ。コーヒー、デザートは料金に含まれている。

 

「ルイジアナスタイル蟹コロッケはたまねぎを使ってますか?」ウエイターに聞くと、びっくりしたような顔で「アレルギーですか?」と聞き返す彼。「いや、ソースに溶かしてるくらいならOKなんですけど、形のまま出てくると食べられないんで」目をそらしながら「それでしたら問題ないと思いますが〜」冷たそ〜!問題があったら、その蛙面に玉ねぎ貼り付けてやるぞ、ぼけ〜!

 

注文が終わるといきなりフルーツ盛り合わせが出てきた!何これ?と聞くと、「あ、当店ではフルーツを最初にお出ししてますので、セットですので〜」いかにも「教えてやるよ田舎もん、耳かっぽじって聞いとけ。うちゃ最初にフルーツ出すんだよ、これは料金に入ってるからびびるんじゃね〜よ」なんて心の声が聞こえてきた。

 

情けないですね〜、そんな客しか来ないんですね、よくわかる。客が店を作るんだもんね、ウエイター君、君は悪くない、悪いのは世間だ、うんうん。

 

でもって待つこと15分。勿論出されたフルーツには手もつけない。わざとテーブルの反対側の端っこに、ウエイターによく見えるように押しやった。

 

さて、おおっきなお皿の上に貝柱みたいな蟹コロッケが一個、ホワイトソースをかけているのが出てきた。単品で注文すると1500円くらいするらしい。ソースには七味をかけている。味は良い。ちゃんと蟹肉を使っている。良かった良かった、1500円のルイジアナ風蟹かまぼこが出てくるんじゃないかとひやひやしてたよ。

 

そしてメインコース、と言うかアペタイザーがラム肉。これにはびっくり!とってもうまいのだ。日頃あまりラムを食べないが、ジンギスカンの延長みたいなのが出てくると思ったら、何とちゃんとした骨付きラム肉で、レアなのだ!

 

羊をレアで出すってのは結構勇気の要る事で、生肉と勘違いされてしまうが、この肉は赤身のままだが、ちゃんと火が通っているからうまい。

 

ところがである。網焼きのイメージを出す為に使ってたコテ?網?どっちか分らないが、その網がちゃんと前に焼いた肉の焦げを落としてないままだったので、折角のラム肉が焦げ臭くなっている。シェフの火の通し具合はばっちりだったので、最後にキッチンハンドあたりに「焼き鏝付けとけよ」と渡したのだろう。

 

料理を1人が最初から最後まで見てればこんな風にはならないと思うのだが、多分キッチンは流れ仕事で回しているんだろう。そう思ってラム肉を半分だけ食べてナイフとフォークを置いて、蛙面に向かって「メニューを下さい」と言った。

 

蛙もびびり始めたのか、あえて何も言わずにお皿を片付ける。ちょっと顔が引きつっているのが可愛い。自分に自信があれば、又は仕事にプライドがあれば「何かお口に合わなかったでしょうか?」と聞く場面だろうが、その一言が言い出せない。気持ちはわかるよ、永遠の新米くん。

 

イベリコ豚のステーキがあったので、そいつを注文した。「あの〜、セットではないのですけど」またそのハナシカヨ?「ちゃんと追加料金はお支払いしますので、安心して持ってきて下さい」この皮肉がちゃんと通じたかどうか、不明。

 

イベリコ豚が出てきた。やっぱり!これも焦げが付いてる。肉自体の焼加減はばっちりなのに、焦げの為に苦くなっている。網の処理をしてないのだ。同じミスが2回という事は、組織的な問題だな。誰かのちょいとしたミスではなく、構造的問題だ。

 

そう思って食べてたら、今度は黒服?がやってきた。その時点で僕は大きな声も出してないし、隣のテーブルから怪しまれるような事もしていない。

 

黒服はウエイターに話を聞いてて不思議に思ったのだろう、二つ目のアペタイザーを食べている僕に「お客様、お食事はお口に合いますか?」と、店に入って初めてのまともな質問をしてきた。

 

サービス全般、料理の味、焦げが苦いという話を、声色を高めずに淡々と説明して、納得してもらった。最後にコーヒーがセットで付いておりますというウエイター君の言葉をフル無視して、またワインを頼む。

 

そうこうしている間にも「予約をしている」お客が入って来る。どいつもこいつもバブル紳士みたく、胡散臭いな〜。てゆ〜か10メートルほど離れたテーブルのオヤジ、タバコパカパカふかしながら「お、これこれ、この肉がうまいんだよ〜、いつも食べてるんだけどさ〜」だって。

 

やにだらけの舌じゃ、魚肉ソーセージと牛肉の違いも分らないだろうにね。そんなこんなで、日本最後のリッチなランチ、しっかり楽しんできました。

 



tom_eastwind at 03:11|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2005年10月20日

大三振!

福岡で大外れ!今日のお昼はお客様に呼ばれてのお寿司だった。日航ホテルに出店している、福岡でも老舗の有名すし屋のカウンターでビジネスランチ。

 

お客様と将来のビジネス展開の考え方等を話しながら、どうにも気になるのがお寿司の味。不味いとは言いたくないが、これって、不味い?

 

シャリが大ぶりなのか、少し固くて尖っている。米が尖るって、日本人にしか分らない感覚かもしれないが、米同士がぶつかり合って、口の中で喧嘩している。そうなると気になるのが具だ。

 

コハダを注文する。季節外れなのか、締め方のせいか分らないが、楽しくない。普通、美味しい物を食べれば、それだけでにこにこしてしまう方だが、うまみが伝わってこない。

 

こうなると、お客様との話もそっちのけ。カウンター10席がほぼ満席だが、3人いるシェフはそれほど忙しそうでもないので、ついつい職人さんに聞いてみる。

 

「あの、アボカドってあります?」

興味なさそうに「いいえ、ありません」

「このシャリ,20グラムにして握ってもらえますか?」

不思議そうに「はあ?」

 

実はこの店のシャリ、小さめだ。たぶん15グラムくらいだろう。それはそれで良いのだが、なにせうまくない原因を知りたい。一応高級ホテル内のすし屋だ。自信を持って造っているはずだ。だからいろいろ質問したが、その意図が理解してもらえない。

 

そう言えばふと気付いた事がある。昨晩の食事のことだ。その店も20数年続く、親不孝通りにある老舗の地鶏屋だったが、注文した塩焼きの鶏肉が、苦い。焼けすぎていると言う訳ではない。素材としての肉はうまい。しかし、たぶん網を綺麗に手入れしていないのだろう、焦げがひっついてるのだ。

 

そして、鶏肉の乗ったお皿が普通につるつるぺったんしている陶器なので、鶏肉の油がどんどん溜まっていく。5分もすると、油っぽくて食べるのが嫌になるくらいだ。

 

焦げと油。どちらも料理人がちょっと気を使えば始末できる事だ。

 

その店のオヤジさんはカウンターの一番奥に憮然として客のように座っており、夜730分に入ってきた僕らに対しても、いらっしゃいとも言わなかった。来てくれて当然なのだろう。食べさせてやってんだという気持ちかもしれない。ところが女性二人で座っているところには、嬉しそうに昔のTV取材の時の写真をひけらかしてた。

 

気付いてみると、15メートルはあるだろう、長いカウンターに座っているお客は、僕のグループを入れて4組だった。

 

磐石と思ったビジネスの足元も、時の流れと言う大きな波に耐える事は出来ない。特に食い物商売は、毎日が戦いだ。

 

寿司も地鶏も同じ。そして僕らも同じ。客は来るもの、うちは老舗と思った瞬間に、何かが止まるのだろう。

 

 



tom_eastwind at 09:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2005年10月19日

ロッテもびっくり、ツインホームラン!

NZやカナダで働く皆さん、特に宇野さん、今回は大変申し訳ない事をしました!

 

大阪天神八丁目のうどんがうまいのだ!その名も うどん道場。NZやカナダでは絶対に食えない、美味しいうどんを食べたのだ!

 

基本的に大阪のうどんを嫌いな僕ではあるが、今回はびっくりした。

 

九州出身の僕は、人の言葉を結構素直に受取る。だから出張の度に「大阪の食い倒れ」とい言葉を信用していろんなうどんやに回ったが、ここ5年で唯一印象に残るうどんやと言えば、ミナミで飲み終わった後にタクシーの運転手さんに案内されていったお店だけだった。

 

ところが今回。14時過ぎにお客様のオフィス訪問を終了し、博多行き新幹線までに1時間ほどあったので、遅い昼飯代わりに、北区天神八丁目のうどん屋に何気なしに寄った。外見は綺麗だし、メニューの宣伝も上手だが、さて味は?と思いつつ横開きのドアを開ける。

 

「いらっしゃい!」木目造りの、明るく天井の高い店内から、若くて元気の良いスタッフ一同が、気合かけての挨拶。決して重くないし、コンビニのやる気なし挨拶でもない。

 

昼過ぎと言うのに店内にはまだ10人くらいのお客があり、寛いでる雰囲気からすると常連だろう、お客ほぼ全員がのんびりとタバコを吹かしている(これが日本のお店の嫌なところ!)。ふんぞり返って足を放り出しているのは、地域性か?

 

うどんを中心におでんやおにぎりなど多彩なメニューで、福岡のウエストを彷彿とさせるお店だが、麺が決定的に違った。

 

何と!細くて透明に透き通ったような、それでいて腰のある麺なのだ。

 

少しドキドキしながら「デラックス麺(名前がこてこてやな〜)」をネギなしで注文する。

 

僕の注文に合わせてカウンターの奥に見えるように置いてある大釜に放り込まれた麺は、最初粉っぽい乳白色だが、5分も釜の中を泳いで上がってくる、すっかり透き通った細めんに仕上がっている。粉は釜の上に大きなあぶくを作っている。出来上がった麺を冷水でさらし、残り水をきちんと切って、再度軽くお湯を通してから、予め準備しておいた、軽く温めた丼に流し込む。お兄ちゃんのてつきが、実に軽快で、目にも楽しくて良い。

 

つるりと器に入った麺に、温かいカツオだしの効いたスープがかかる。トッピングは、支払った対価を十二分に上回る、豪華牛肉+海老天+生卵だ〜!って感じで、本当に大ぶりな具たちだ。ちなみに対価は1200円。

 

期待しつつ、さっそく木製のスプーンでスープを一口。・・う〜ん、つゆの甘味が鼻をくすぐり、牛肉のリッチな薫りが広がっていく。

 

麺の「つるつるしこしこ」が素晴らしく、全然にごりのないスープとの調和もよい。これだけてんこ盛りにすると、ともすれば喧嘩がちになりそうな具材だが、彼らはバランスよく控えめに構えており、どうぞ、麺を一口味わってからこちらへどうぞとばかりに、落ち着いて順番待ちしている。

 

一時、言葉を忘れて麺に没頭する。食べ終わって顔を上げたら、キッチンのお兄ちゃんと目が合った。思わず言ってしまった。「う、うまいです、これ」

 

う〜ん、久し振りのうどん完食!ついでに注文したおでんも脱帽もので、牛筋をあれだけきちっとおでんねたにできてたのは、うれしい限りだ。

 

いやいや、東京でまずいどんべーを朝食にして、関東のしょっぱい味に参ってた僕としては、昨日の水道橋カレーに続くホームランであった。

 

よし!これで福岡に行く元気が出たぞ!

 

 



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2005年10月18日

折り返し地点

日本出張も半分終わった。でも、まだ半分ともいえる。どっちもほんと。

写真が撮れないのが、これほど痛いとは思わなかった。

実は今日のお昼に水道橋の繁華街で食べたポークカレーライス、是非とも写真に撮りたかったのだ。その店はハングリー味川。飛び込みなので知らなかったが、結構有名店らしい。

カウンターだけ7席の小さな店だが、ポークカレー630円を注文すると、なんとこの店、カウンターの中の鉄板でいきなり豚肉を焼き始めた!焼かれていく豚肉の横では、こんがりとしているハンバーグ。おお、この店、具をきちんと鉄板で焼いてるんだ!

かなり感心しながら焼きあがっていくハンバーグから、それを待っているお客の顔を見る。みんなジモティだ。疲れた顔のおばちゃん、飼育動物のように首から名札を下げた、生気のない中年サラリーマン。その横では少年ジャンプを読みながら水を飲んでる若いサラリーマン。彼の場合、生き生きとなる瞬間は、漫画を読んでいる時だけなのではと思わせる風情がある。

よしよし、僕のポークカレーが出来上がった!自家製のルーと絡んで、実に美味である。coco一番亭も好きだが、こういう、いかにも昭和の時代からありますって実直そうなおじさんの作ってくれたカレーが、とてもうれしかった。

おっちゃん、バブルの時代を生き残ってきたんだね、そう声をかけたくなった、水道橋の午後でした。

明日は早朝から大阪で2件のアポ、そして福岡に移動します。



tom_eastwind at 15:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)